鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
はい、今回は「アサマ作戦」の行動開始と、その直前の出来事の話です。
あと、以前の最長編(034.)は2万7百字オーバーでしたが、今回はそれを超えて2万2千字以上に達する、過去最長編であることを申し添えておきます。
中央暦1640年5月20日午前8時、第三文明圏列強パーパルディア皇国 皇都エストシラント。
朝日射すエストシラント軍港には、大勢の人間が慌しく行き交い、港には多数の戦列艦が集まっていた。その大半が、パーパルディア皇国海軍の新鋭主力艦・フィシャヌス級100門級戦列艦である。舷側に張られた対魔弾鉄鋼式装甲が、朝日を反射して鈍く輝いていた。
皇帝ルディアスの
このため、エストシラント軍港には作戦に参加する第1・第2艦隊……戦列艦370隻、竜母30隻、その他輸送船多数という大艦隊が集結していた。これに、新造艦の遠洋航海演習のため現在皇国西方にいる第3艦隊を合流させ、戦列艦、竜母、輸送船合わせて1,000隻という、これまでのパーパルディア皇国皇軍の動員数としては史上最多となる戦力で、アルタラス島へ向かうつもりである。
第3艦隊は、まだエストシラント軍港に到着しておらず、第1・第2艦隊にしてもまだ準備が完全にはできていない。そのため、エストシラント軍港では大勢の人々が朝早くから動き回り、戦列艦に砲弾を搭載したり、輸送船に物資や兵員を積んだりして、忙しく準備を進めている。
その様子を、港湾施設の屋上から眺める男性の姿があった。パーパルディア皇国皇軍海将にして、海軍総司令官のバルスである。
彼のすぐ左隣には、パーパルディア皇国皇軍・作戦参謀マータルが控えている。マータルは、“皇国の頭脳”とまで言われるほどの名参謀である。
「マータルよ、今回の戦いをどう見る?」
港の様子を眺めていたバルスは振り向き、マータルに意見を求める。
マータルは朝日が眩しいらしく、少し目を細めながら話し出す。
「そうですね、セオリー通りであれば、アルタラス王国ごときを攻めるには、大幅な過剰戦力である、と言わざるを得ない布陣です。何しろ作戦に参加するのは第1・第2・第3艦隊と、皇国海軍の中でもトップの戦力を持つ艦隊3つを総動員するわけですから」
ここで、少し風が吹いた。それに合わせるように、マータルは一瞬言葉を切る。
「しかし、アルタラス王国を再占領するに当たっては、ロデニウス連合王国の陸海軍が作戦の妨げとなることが、十分に予想されます。アルタラス王国は、再独立してまだあまり間が経っておらず、海軍戦力は全く揃っていないと考えられますので、アルタラス王国上層部が、その分の哨戒と本土防衛をロデニウス連合王国海軍に依頼しているというのは、あり得る話です。以前の記者会見でも、アルタラスのルミエス女王は、そのように言っていましたし。
しかも、ロデニウス連合王国軍は情報分析の結果、ムー国の兵器を使用している可能性が高いです。現に、フェン王国では国家監察軍が敗れ、皇軍のフェン王国侵攻艦隊も全滅し、そしてアルタラスも奪われています。その全てに、ロデニウス連合王国が関係しています」
マータルはまた一瞬、言葉を切った。
「これほどまでに連続した大敗は、我が国が列強と認められた後としては初めての……そう、歴史的な大敗です。ロデニウス連合王国は強い! それは、認めなければなりません。
奴らがムー国の兵器のうち、どの種類をどれだけ購入しているかは不明ですが、航空戦力についてはワイバーンオーバーロードで何とかなるでしょう。仮に敵が『マリン』を出してきたとしても、『マリン』はムー国にとっても最新鋭戦闘機です。ムー国も、ロデニウスにそこまで多くは供出していますまい」
バルスは適宜頷きを入れる。マータルの話は続く。
「問題は、敵が戦艦を購入し、使用してきた場合ですね。かの『ラ・カサミ級戦艦』を敵が出してきた場合、普通に戦えば……我が海軍は劣勢です。その場合、海戦に敗れる可能性が高くなります」
「では、どうするのだ?」
バルスは、ここで質問をした。
「ラ・カサミ級戦艦も『マリン』と同様、ムー国にとっては最新鋭の戦力です。ロデニウス連合王国軍がこれを投入してきたとしても、少数の投入が限界でしょう。
よって、戦列艦の圧倒的な数で以て押し潰すか……もしくは、原始的な方法になりますが、ワイバーンを大量投入して戦艦の上甲板を導力火炎弾で焼き払い、その後ワイバーンを戦艦に直接乗り付けて、銃を持った竜騎士を艦内に突入させ、内側から無力化するくらいしか、手がないと考えています」
「その方法だと、かなりの被害が出ることになると思うが?」
バルスの指摘も尤もである。
「はい。もはや被害なしで勝てる相手ではありません。しかし、皇国の技術と量を以てすれば、この戦いには必ず勝てます。『皇国の興廃はこの一戦にある』といっても過言ではないでしょう」
「ううむ。ロデニウスといいムーといい、
マータルの発言に返事をし、バルスは南方遠くの海を見詰めた。
「ロデニウス連合王国には、この戦いが終わったら、これまで散々皇国を舐めてきたツケをきっちり払わせてやる。捕虜には、死よりも辛い生を味わわせてやろう」
そしてバルスは、眼光鋭く南の海を睨み付ける。
「ロデニウス連合王国よ! 皇国の主力の力、しかと味わわせてやる!!」
バルスは、まだ見ぬロデニウス連合王国艦隊との海戦に闘志を燃やすのだった。
なお、読者諸賢の皆様はもうお分かりいただいていることと思うが、ロデニウス連合王国海軍が投入しようとしている艦隊は、“ムーの「ラ・カサミ級戦艦」が裸足で逃げ出す軍艦”を複数含んでいる。
地球基準でいえば、「ラ・カサミ級戦艦」がいわゆる「
パーパルディア皇国が相手にしようとしているのは、そんな超弩級戦艦を複数隻含む艦隊なのである。
その頃、皇都エストシラント北部にある、皇都防衛隊陸軍基地。
皇都防衛隊は、文字通り第三文明圏唯一の列強パーパルディア皇国の首都、“第三文明圏内外から吸い上げた富で栄華を極めた都市”である、エストシラントを守るための部隊である。そのため、皇国皇軍の中でも最も優秀な将兵が集められている。
更に、武器も常に最新のものが装備され、練度も士気もこれ以上ないほど高い。そして、皇都防衛隊だけで30万もの兵力があり、皇国陸軍三大基地のうち一つを所有する等、兵員の数や組織の規模においても皇軍中最大であり、総合力を発揮した時の強さは、第三文明圏全体でも一番であることは間違いない。
自分達の掴んだ情報では列強ムー国の兵器を入手し、使用していると見られるロデニウス連合王国。
パーパルディア皇国は、ロデニウス連合王国を強敵と認め、……あってはならないことだが……皇都への侵攻が行われた場合に備えて、皇都防衛隊の戦力を増強していた。
基地内には、地竜リントヴルムによって牽引される野戦用魔導砲が多数並べられ、それらの砲弾も十分な数がしっかり用意されている。また、皇都防衛隊で運用される地竜は、歩兵の銃弾を跳ね返すことが可能な鎧を装着した、『装甲地竜』となっている。基地では、そうした装甲地竜が何頭も動き回り、訓練を受けていた。
基地に勤める職員は慌しく動き回っており、訓練中の兵は隊列を保ったまま、機敏に行動している。そのことから、非常に高い練度があることが、はっきりと見て取れる。
その基地では、滑走路の脇に建てられた豪奢な装飾が施された三階建ての石造りの建物の屋上から、パーパルディア皇国皇軍陸将メイガが、眼下の光景を見下ろしていた。
彼は満足そうに頷き、傍らに立つ竜騎士団長に話し掛ける。
「素晴らしい戦力だ。最新の武器を抱えたこれほどの大戦力が、これだけの密度で集中するとは……。これならば、例え相手が神聖ミリシアル帝国だったとしても、簡単には敗れまい」
「そうですな、メイガ様。そして、栄光ある我が皇都防衛隊竜騎士団にも、新たな騎が配備されておりますぞ! 上空をご覧くださいませ」
竜騎士団長に言われて、メイガは空を見上げる。
そこには、皇都防衛隊のワイバーンロードが4騎、編隊を組んで飛行していた。その姿は優雅で、力強く、誇らしいものである。見る者によっては恐怖の象徴ともなるだろう。
すると、その編隊の後方から、ワイバーンロードより一回り大きな飛竜が、これまた美しい4騎編隊を組んで飛行してきた。その速度は圧倒的に速く、高速飛行中であるはずのワイバーンロードとの距離を、確実に詰めていく。
それを見て、メイガは興奮し、思わず叫んだ。
「おお! あれが、噂に聞いた新型の飛竜、『ワイバーンオーバーロード』か!! なんと、ワイバーンロードの最高速度を凌駕しているではないか! なんという速度だ!!」
その間にワイバーンオーバーロードの編隊は、長らく空の覇者として皇国皇軍の空に君臨し続けてきたワイバーンロードの編隊を、あっさりと追い越していた。
「皇都防衛隊竜騎士団のワイバーンロードは、間もなく全てワイバーンオーバーロードに更新される予定です!」
メイガの声に負けないような声を張り上げ、竜騎士団長が誇らしげに叫ぶ。
「なんと! ということは、皇都防衛隊の飛竜800騎全てが、あのワイバーンオーバーロードになるのか!」
またもメイガは、興奮を隠し切れずに叫んだ。
先述の通り皇都防衛隊は、皇国陸軍三大基地のうち一つを有しており、そこには20個の竜騎隊から成る竜騎士団が配備されている。竜騎隊1つにつき、配属されている竜騎士の騎数は40。ということは、基地に配属されている竜騎士の数は、 40×20=800 となるのである。
「なんと凄まじい! これだけの数をあっさりと揃えるとは、皇帝陛下も本気になられたようだ。
これほどの戦力があれば、例えムーの戦闘機『マリン』が、編隊を組んで襲ってきたとしても、恐るるに足りんな! ムワーッハッハッハァ!」
メイガは勝利を信じ、笑う。
皇都の守護者たちは"万一の戦い"のための準備を続け、皇都防衛隊の強化は続くのだった。
なお、ロデニウス連合王国の戦闘機が軒並み時速500㎞を出せるのは、言っちゃいけないお約束。
◆◇◆◇◆◇◆◇
同日午前9時、第1外務局長エルトは皇帝ルディアスに謁見し、先日行われたムー大使との会談の内容について、報告を行っていた。
「……以上のことから、ムー大使の言によれば、アルタラスにおいて目撃された飛行機械は、『ロデニウス連合王国が自国で開発し生産したもの』であることが判明しました。軍艦にしても、『ロデニウス連合王国の自国開発によるもの』とのことです」
エルトの声は震えている。それはそうだろう、相手はただでさえ気を遣うことになる相手、ルディアス・フォン・エストシラント皇帝陛下なのだ。しかもその方に、"ロデニウス連合王国の脅威"を説明しなければならなかったのである。
「陛下に、今後の方針について御指示を仰ぎたく、本日ご報告に参上致しました」
エルトは報告を終えた。彼女の心臓はバクバクと脈打っており、背中には冷や汗が流れる。
皇帝ルディアスは、しばしの間一言も発さず、エルトの提出した報告書を見ている。エルトにとっては、この時間もまた、何とも耐え難い。
と、
「エルトよ」
報告書を読み終えたか、ルディアスは顔を上げ、エルトに向けて言葉を発した。
「はっ!」
「お主は、ロデニウス連合王国を恐れておるのか?」
「はっ? いっ、いえ、決してそのようなことは!
私はただ、『事実のご報告』に伺ったまででございます」
するとルディアスは、エルトを安心させようとしてか、静かな落ち着いた声で話し始めた。
「エルトよ、お主は“大事なこと”を3つ忘れている」
「大事なことと仰いますと、何でございますか?」
「まず1つ目、戦いにおいては“攻める”よりも“守る”方が、ずっと楽に戦えるということだ。
ロデニウス連合王国との過去2回の戦いを振り返って見ると、1回目は我が皇国が攻める側で、2回目は我が皇国は守る側だったが、“完全な奇襲”だった。今回は、皇国皇軍が本格的な迎撃の構えを取っているのだ、もう奇襲も通用しないだろう。分かるな?」
「はっ、はい!」
「次に2つ目、ロデニウス連合王国の国力だ。彼らの経済力は“アルタラスに及んでいない”そうだな。これでは、例え優れた兵器があったとしても、それを多数作ることは難しいだろう、ということだ」
「そ、それは……確かに、仰る通りです」
「最後に3つ目。今度の戦いは、“世界を統べるべき我が皇国に、神が与えた試練”だ。
これまでロデニウス連合王国と戦ったのは、国家監察軍に属領統治軍、そして海軍ばかりだ。皇国の誇る最強の陸軍は、その大部分が健在ではないか! 装備にも兵士の練度にも問題はない陸軍が、健在なのだ。そして、配備が始まった新型の飛竜ワイバーンオーバーロードも、まだ実戦に出ていないではないか」
ルディアスは一呼吸置いて、話を続けた。
「アルタラスに出撃するのは、“海軍の主力部隊”だ。万が一この主力が破られたとしても、“守りの態勢を固めた皇国皇軍を破れる国”は、この第三文明圏には存在しない。違うか? エルトよ」
「おお……!」
皇帝ルディアスの言葉に、エルトは光明を見た。
確かに陸軍については、主力部隊の大半が健在であり、ロデニウス連合王国軍と戦っていない者がほとんどである。精鋭である皇国陸軍が守りを固め、勝手知ったる皇国の領土をフル活用して地の利を生かして戦えば、相手が例え神聖ミリシアル帝国であっても、引けは取らないであろう。
「ははーっ! 流石皇帝陛下にございます!」
エルトはすっかり安心し、ルディアスの言葉に平伏するのだった。
だが、このエルトの安心が僅か数時間後に乱れようとは、この時は誰も知る由もなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
同日午後0時ジャスト、第一文明圏(中央世界)列強神聖ミリシアル帝国、港街カルトアルパス。
とある酒場には、大勢の客が詰めかけていた。例によっての「世界のニュース」の時間である。
群衆の注目が集まる中、天井から吊り下がった平面水晶体が輝き、ニュースキャスターの顔がカラーで映し出された。
『こんにちは、世界のニュースの時間です。今回は、“第三文明圏から緊急の発表がある”とのことで、そちらから先にお伝えしたいと思います』
よく見なくても、ニュースキャスターの顔は例になくこわばっているように見える。群衆の中にはそれを見て、よほどの凶報でもあったのか、と考える者もいた。
ただでさえ最近の第三文明圏は、“ロデニウス連合王国とパーパルディア皇国との全面戦争”で、激動状態となっている。そして、その戦争の様子を見守っている者の中には、『ロデニウス連合王国に釣られるように、大東洋共栄圏に参加している国々もパーパルディア皇国に宣戦を布告し、「第三文明圏大戦」とでも表現すべき事態となるのではないか』と思う者もいた。
というわけで、商人たちはもちろん、各国の外務官や外交官たち、第三文明圏の国の人々、カルトアルパスの酔っ払いたちに至るまで、誰もが第三文明圏に注目していたのである。
『第三文明圏外のロデニウス連合王国政府は、世界各国に対し、各国の国民をパーパルディア皇国の国内から退去させるよう要請しました』
その瞬間、モニターに注目する群衆が一斉にざわついた。ウェイターたちですら仕事の手を止め、モニターを振り返っている。それほどとんでもない内容だったのだ。
『ロデニウス連合王国軍務卿ヤヴィン氏は、当番組取材班に対して、次のように発表しました』
ここで画面は切り替わり、ヤヴィンの姿がアップで映し出された。
『我が国の軍部は、ついにパーパルディア皇国との戦争の帰趨を決定付ける、最終的な作戦の決行の意を固めました』
ヤヴィンの声は若干固い。これは、“重大な発表”であることもあるのだが、彼が“テレビカメラまで動員しての取材”というものに、まだ慣れていないせいでもある。
『その作戦が発動すれば、パーパルディア皇国本土までもが戦火に晒されることになるでしょう。そこで、各国の皆様にお願い致します。
我々は、皆様が戦火に巻き込まれ、その生命や家財に損害が出ることを良しとしていません。でき得る限り直ちに、パーパルディア皇国全域から、退去していただきたく存じます。我々は、5月28日を期して作戦行動を開始します。5月28日には、パーパルディア皇国の皇都を火の海に変える、その前段階の攻撃を行います。それまでに、各国の皆様にはパーパルディア皇国の国外に、退去しておいていただきたい。5月28日以降に、我が軍の攻撃によって、各国の皆様の生命や家財に何らかの損害が出たとしても、我々は責任を負いかねます。
繰り返しお伝えします、各国国民の皆様に置かれましては、5月28日になるまでに、パーパルディア皇国国外に退去しておいていただきたく存じます。同様の要請は、大使館を通じて各国にも行っております。5月28日以降に我が軍の攻撃によって、各国の皆様の生命や家財に何らかの損害が出たとしても、我々は責任を負いかねますことを申し添えておきます』
これには、酒場に詰めていた群衆が一斉にざわざわし始めた。
「おいおい、どういうことだ?」
「まさか、マジでパーパルディアを滅ぼそうってのか!?」
群衆の中には、そんな言葉を発する者もいた。
そんな中、画面は再びニュースキャスターを映し出す。
『その上でヤヴィン氏は、「我々はパーパルディア皇国から殲滅戦を宣言されており、このまま手を
本件に関連して、第二文明圏の列強ムー国は、5月17日付で全てのムー国民に対して、"パーパルディア皇国からの国外退去”と、“同国への渡航制限”を発令しており、パーパルディア皇国のエストシラントやデュロでは、ムー国民が列を成してパーパルディア皇国を出国する船を待っている状態です』
画面はエストシラントに切り替わり、港に長蛇の列を作って船を待っているムー国の人々を映していた。更に画面が切り替わり、並んでいるムー国人男性の1人にマイクが向けられ、インタビューしている場面が映される。
『政府から避難命令が出されたので、それに従って船を待ってるんですよ。ここには、商売のために来ていたのですが……商売のことも気になりますが、まずは戦争がいつ終わるのか、ですね。戦争が終わらないとどうにもならない、と思いますので……』
群衆は最早、このニュースのあまりの内容に愕然としていた。他のニュースなど、ほとんど耳に入ってこない。
酔っ払いたちの“本日の話題”が決定した瞬間だった。
「おいおいマジかよ。どうやらロデニウスは、本気でパーパルディアを滅ぼそうとしているらしいな」
30分のニュース番組が終わり、画面が暗くなった瞬間、あっちでもこっちでもお喋りが始まる。
「相手は列強パーパルディア皇国だぞ? そんなこと、本当にできんのかよ?」
「俺の考えでは、エストシラントは特にターゲットにされるはずだ。エストシラントはちょうど海に面している上に、パーパルディア皇国の首都でもあるからな。
だがそれだけに、パーパルディア側の守りは厳重だろう。そんなところへ正面から攻め込む気か、ロデニウス連合王国は? 無謀としか考えられないぜ」
「俺も、ちょっと前まではそう思ってた。しかしよ、ロデニウス連合王国は2回連続でパーパルディア皇国に勝利している。これを『まぐれ』と片付けるのは、ちと難しいぜ。それに、皇国の領土だったアルタラスも、たった2日で彼らに攻め落とされたしな。ひょっとするとこの国、マジでパーパルディア皇国に勝つかもしれん」
「いつだったか、ムーの腕時計商人がここで、“ロデニウス連合王国は文明圏外国じゃなくて上位列強国だ”って言ってたな。アレ、もしかすると本当のことかもしれん。1週間後に、交易でマール王国に行く予定があるから、ついでにロデニウスまで行ってみるのもありかもしれんな」
「あ、それなら戦争中は止めといたほうがいいと思うぜ。俺の商売仲間が、ちょっと前にロデニウスに入国しようとしたんだが、“船がパンドーラ船籍だから”って認めて貰えなかったそうなんだ。今、ロデニウスの入国審査の連中は、かなりピリピリしてる。出国ならともかく、入国は難しいと思うぜ」
「そりゃあ拒否されるだろ。パンドーラ大魔法公国は“パーパルディア皇国の属国”だからな。ロデニウス側にしたら、『パーパルディアのスパイを送り込まれるかもしれない』と思ったんだろう。無理もないと思う。ま、今は無闇にロデニウスとパーパルディアには近寄らないほうが良いな」
「うーむ、なら少し待ったほうがいいかもな。ありがとよ、教えてくれて。こいつは奢るよ」
酔っ払いたちは、そんなことを喋り続けていた。
「何だ! 今の報道は!!」
パーパルディア皇国の第1外務局局長室では、「世界のニュース」が終わった途端に、レミールの怒声が響き渡った。
「こ、皇国の本土が戦火に晒される……?」
第1外務局長エルトは、またも
(と、ともかく、本件は陛下にも相談することになるでしょうね)
それが、混乱する頭の中でエルトが結論付けたことだった。
その時、
「局長!」
第1外務局の職員の1人が、血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「今しがた、これが第1外務局に届けられまして……!」
職員が差し出したのは、1枚の紙。
だが、そこに記された内容はエルトを驚かすには十分だった。
「な……何ですって!!?」
同時刻、第3外務局では、局長カイオス以下の職員一同が緊張していた。さっきから第3外務局の外線魔信は鳴りっぱなしで、他国のパーパルディア皇国駐在大使館からの魔信がひっきりなしに入っている。対応職員や窓口勤務員は大忙しだ。
「トーパ王国、ネーツ公国両国の大使が、“我が国からの国民の国外退去命令を受けた”と言ってきました!」
「シオス王国も、“大使館職員一同を含む全国民の引き上げ命令”があった模様!」
「アワン王国政府、全国民に対して“我が国からの国外退去”を命じたとのこと! 大使館から国外退去を許可してくれるよう、要請がきています!」
「ガハラ神国も同じく、全国民の引き上げ命令を出したそうです!」
あのニュース以降、第三文明圏外の各国政府は一斉に、“パーパルディア皇国からの全国民の国外退去”を命令していた。特にいち早く動いたのは、大東洋共栄圏の参加各国である。
それ以外にも、遥か遠方にある第二文明圏外国であるイルネティア王国までもが、“国民の国外退去”を申請してきていた。
「いったい、これは……? この国々、“何かしらの共通点”があるかもな。急いで調査しろ!」
「はい!」
カイオスは、「国民の国外退去を命じた各国」に、何らかの共通点があると睨んでいた。
文明圏外国と同様の事態は、文明国でも起きている。
“ムー国民の国外退去"の件が伝わるや、第三文明圏のマール王国がこれに続き、その他ニグラート連合やマギカライヒ共同体などの第二文明圏内国も、右に倣えをした。何と中央世界(第一文明圏)のトルキア王国までもが、“国民引き上げ”を決定している。
(実はちゃっかりマール王国も、大東洋共栄圏に参加している。大東洋共栄圏の結成から2週間後の中央暦1639年12月15日、第三文明圏内国の1つであるマール王国は、ロデニウス連合王国に対して“大東洋共栄圏への参加要請”を出してきたのだ。これにより、ロデニウス連合王国では各国の駐在大使を交えて話し合いが行われ、その結果12月19日にマール王国は参加を認められた)
「な、何なんだ、これは!? ムーにしてもニグラートにしても、奴らいったい何を考えているんだ!」
第2外務局長リウス以下、職員は混乱するばかりだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、中央暦1640年5月20日午後3時、パーパルディア皇国では“臨時帝前会議”が開かれようとしていた。
「それではこれより、帝前会議を始めます」
司会進行係(今回はアルデが担当している)の、緊張感を
出席者は、パーパルディア皇国皇帝ルディアス・フォン・エストシラントを始め、各外務局の局長(第1外務局から順にエルト、リウス、カイオス)、臣民統治機構長官パーラス、皇軍最高司令官アルデ、経済担当局長ムーリ、その他情報局長や農務局長を始めとして、何人もの国政を担う幹部クラスが顔を揃えている。また、レミールを含む皇族も出席していた。
開会に先立ち、出席者一同の前に資料が配布される。よっぽど大急ぎで作られたと見え、インクがまだ完全には乾いていないものもある。
「本会議の議題は、“ロデニウス連合王国の発表”についてです」
アルデの声は固い。
「3時間前、午後0時の『世界のニュース』において、ロデニウス連合王国は世界各国に対して、“我が国からの国民の退去”を要請しました。5月28日を期して、彼らは『我が国の全土を戦火に巻き込む作戦を開始する』としており、同日には『この皇都エストシラントを火の海に変える、その前段階の攻撃を行う』としています」
資料を見ながら話していたアルデは、ここで顔を上げ、出席者一同を見渡しながら言った。
「これに関連して各外務局の局長の皆様、報告をお願いします」
アルデの振りを受けて、まず第3外務局長カイオスが立ち上がった。
「第3外務局長のカイオスです。現在、第三文明圏外に国土を持つ各国はこぞって、“我が国から国民の引き上げを行う”よう、大使館に対して命じたようです。ニュースの後、第3外務局の窓口には、各国大使館から国外退去の受理の要請や暇乞いに来る者たちが相次ぎ、事務室は一時騒然となりました。現在も、何ヶ国か“国外退去を行う”と通達してきています。現在までに退去を申請してきた国は、約30ヶ国に昇っており、その大半が第三文明圏外国です」
カイオスは一瞬、言葉を切った。
「なお、ロデニウス連合王国が主宰している“大東洋共栄圏の参加各国”は、ニュース番組が終わるや否や一斉に国外退去を開始したようです。非常に反応が早かったことから、ロデニウス側から彼らの国家に、何らかの根回しがあったものと推定されています。第3外務局からは以上です」
実は、カイオスのこの推測は当たっている。
このニュース報道が行われる直前に、ロデニウス連合王国外務卿リンスイは軍務卿ヤヴィンの要請を受けて、大東洋共栄圏に参加している各国の大使館に対し、「パーパルディア皇国から国民を退去させて欲しい」という要請を行ったのだ。“ロデニウス連合王国の実力を深く理解している”これらの国々は、ニュース報道を聞くやさっそく動いたのである。
カイオスが着席すると、今度はリウスが立ち上がった。
「第2外務局からです。こちらでも何ヶ国か、“自国民の国外退去”を行う国があります。ニグラート連合やマール王国、マギカライヒ共同体、トルキア王国など、10以上の国家が自国民の退去を行っている状態です。なお、ムー政府は第二文明圏の他国の民に対し、『船の座席に空きがあれば、ムー大陸までの便乗を許可する』と発表しました。現在、ムー国の避難民を輸送するための大規模船団が、我が国に向けて出港しています。明日と3日後にはエストシラントに、4日後にはデュロに、それぞれ到着するとのことです。以上、第2外務局長リウスから報告です」
そしていよいよ、エルトの順番になったのだが…彼女の顔は青く、唇はわなわなと震えている。誰が見ても、“何かがあった”としか思えない。
「だ、第1外務局長のエルトです。皆様もご存じの通り、第二文明圏の列強ムー国は、“他国に先駆けて”自国民の国外退去を開始しています。5月27日には全国民の国外退去を完了し、それと同時に大使館職員一同も撤収する、とのことです。第一文明圏に関しては、神聖ミリシアル帝国は情報収集のため一旦様子を見る、とのことでしたが……」
ここで彼女は口を切り……そして、一層震えた声でどもりながら、続きを報告した。
「え、エモール王国が、じ、自国民の退去を、か、か、開始すると通達してきました!」
「「「「「!!!!!」」」」」
その瞬間、出席者全員がハンマーで頭をぶん殴られたような衝撃を覚えた。目を見開く者、息を飲む者、様々な反応が見られる。
第一文明圏の列強・エモール王国が、自国民の退去を決めた。それは、大きな意味を持っている。
エモール王国は、第一文明圏ミリシエント大陸・神聖ミリシアル帝国の北にある内陸国で、世界五列強の3番手である。人口は100万人と少ないのだが、居住しているのが魔力の高い「竜人族」であり、風竜を使役するなどの高い魔法力を持つことから、小国ながら“列強”と認められていた。
エモール王国を語る上で、欠かすことのできない要素が一つある。それは、『占い』である。
エモール王国では、何かに付けて占いが行われるのだが、地球にある占いとは全く性質が異なる。エモール王国の占いは、『魔力を用いて』行っているため、一説には“的中率98パーセント以上”とまで言われるほど、的中率が高いのだ。つまり、エモール王国の占いで出てきた事象は、“ほぼ確実に起こる”ということである。
そんな占い大国が、ムー国に続いて“自国民の退去”を発令した。しかも、同国はムー国と異なり、ロデニウス連合王国とは国交を有していない。
ムー国はロデニウス連合王国と国交があるので、『ロデニウス連合王国の裏の実力』を知っているとしても、エモール王国がロデニウス連合王国の姿を深く把握しているとは考え難い。
つまり……エモール王国は、この戦争の結果について、占いによって把握したのではないか? そしてそれは、“パーパルディア皇国の殲滅を意味するもの”だったのではないか? だからこそエモール王国は、自国民を我が国から退去させる決断をしたのではないか?
そんな疑問が、一同を襲っていた。
エルトは、どうにか話を続ける。
「ほ、本件に関して、急ぎエモール王国の大使館に問い合わせたのですが、彼らはただ、『万一の事態を考えて、“ロデニウス連合王国からの要請”に従っているだけだ』とコメントしてきました。わ、私からは、い、以上です」
それだけをやっとのことで言い終えると、エルトは糸が切れたように椅子に座り込んだ。
入れ替わりにアルデが口を開く。
「こうした各国の動きと、ロデニウス連合王国からの発表の内容を考え合わせると、ロデニウス連合王国軍は“我が国への本土上陸”を考えているのではないか、ということになります。現に彼らは、『我が国の本土を戦火に晒すことになる』と発表していました。
我が国の国土の広さを考えますと、海からの砲撃や空からのワイバーンによる攻撃だけでは、我が国の本土全域を攻撃することはできません。よって、彼らは絶対に陸軍の揚陸を行ってくると考えられます。
また、皇都防衛隊には本日付けで戦闘配備を発令しました。現在、財務局の協力も得てワイバーンオーバーロードの量産、そして皇都防衛隊への配備を行っています。2日後には、皇都防衛隊竜騎士団はその全ての隊が、ワイバーンオーバーロードを装備することになるでしょう」
アルデは、一旦言葉を切った。
「また、アルタラス再奪取作戦のため、現在皇都の軍港に展開している第1・第2艦隊を、場合によっては皇都防衛に投入します。第3艦隊は現在遠洋航海演習中であり、およそ1週間後に皇都に帰還、物資の積み込みを行って第1・第2艦隊に合流する、とのことです。また、近日中に陸軍を総動員し、沿岸部や要衝の防衛に当たらせます。以上、軍部から報告です」
アルデの報告が終わると、次は臣民統治機構長官・パーラスが発言した。
「臣民統治機構からです。アルタラスの再独立以来、“各属領の蛮族たちが沸き立っている”との報告が、各属領統治機構から寄せられています。今は属領統治軍が睨みを利かせていますが、このままだと反乱が発生する危険が否定できない状態です。従いまして、軍部には何としてもロデニウス連合王国軍を迎撃、これを滅していただきたく存じます。
また、今回の放送によって、エストシラントに住む臣民たちが不安を抱き、混乱が発生する危険があります。ですので、私としてはエストシラント市街地に張り紙を出したり、魔信放送を行ったりして、臣民たちに『今回の報道は“全くの脅し”であるので、恐れたり混乱したりすることなく、皇帝陛下の御指示に従って、安んじて生産活動や日常生活を送って欲しい』と知らせることに致します。
以上、臣民統治機構からです」
パーラスの話も
パーパルディア皇国は現在、72の属領を領有しているのだが、その全てを恐怖で支配している。その根源にあるのは、圧倒的に強力な軍隊による暴力だ。
しかし現在、パーパルディア皇国はロデニウス連合王国との戦争で連敗が続いており、更に属領にされていたアルタラスが再独立を宣言したこともあって、パーパルディア皇国の強大な力が揺らいできている。そのため、これまで押さえ付けられていた属領が、にわかに活動的になってきているのだ。
かくして、この臨時帝前会議は、
1. 陸軍は、皇都防衛隊をはじめあらゆる戦力を沿岸部と要衝に集結させ、属領統治軍は従来通り属領の維持に当たらせる。
2. 5月28日に備え、皇都防衛隊には最大級の警戒態勢を取らせる。
3. 必要なら、アルタラス再奪取のため皇都に集まっている第1・第2艦隊も防衛に投入する。
4. 皇国臣民への情報統制を徹底する。
というような方針を定め、解散となった。
だが、彼らは1つ、忘れていることがある。それは、“ロデニウス連合王国軍の具体的な戦力把握”だ。
現在、ロデニウス連合王国軍は大規模な戦時志願兵を受け入れたことで、陸軍は開戦当時の25個師団(約30万人)からなんとその約5倍、150個師団(約160万人)まで兵力を急増させ、海軍にしても各艦隊共に動かせる艦艇が増えていた。そればかりか、各地の造船所をフル稼動状態にして、新たな軍艦をせっせと作りつつ、各国への武器の供与と訓練も施している状態なのである。
空軍はとっくに、ワイバーンの個体の提供が追い付かなくなっており、航空隊も訓練に充てる機体が、志願兵の数に対して不足し始める、という事態に突入。更に、各地で「節約」「戦時国債の購入」が叫ばれて実践されるなど、まさに挙国一致状態で戦争態勢を敷いていたのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから数日が経ち、中央暦1640年5月27日 午後2時30分。
その日、第三文明圏の列強パーパルディア皇国は、大いにざわつくこととなった。
その日、ロデニウス連合王国はまたしても、「世界のニュース」を使って警告を発した。これだけでも、エストシラントに残っていた市民たち(皇国上層部からの説明に納得したためもあって、残念なことにエストシラント市民たちの大半は避難を行っていなかった。ただし、一部の聡い者は「引っ越し」などと偽って、エストシラントを脱出、あるいはパーパルディア皇国そのものから出国していた)は、再び不安を抱くこととなった。
しかも……今回はそれだけでは済まなかったのである。
「何だ! このふざけた紙切れは!!」
緊急開催された帝前会議の席上に、レミールの怒声が響き渡る。
そう、今回はあろうことか、皇都エストシラントに敵の侵入を許し、空からビラを撒かれてしまったのだ。
午後1時頃、「世界のニュース」におけるロデニウス連合王国からの『再度の警告』を聞いていた、エストシラント市民たちの不安をより一層
結果、ワイバーンオーバーロードは迎撃に全く間に合わず、敵が去った後の空を虚しく飛び回る羽目になった。そして、エストシラント周辺海域に対して緊急索敵を実施している。まだ何も見つかっていないが。
さて、そのビラの内容は何だったかというと、これがまた、無駄に
スズメバチの腹を連想させるような燻んだオレンジ色の紙で、一番上に「警告します」と真紅の太い文字が書かれ、その下に「我々はパーパルディア皇国を攻撃します」と黒字で一文書かれている。紙の中央には、あちこちから出火して燃え盛るパーパルディア皇国の地図が描かれていた。しかもこの地図は、現代日本でいうツ○ッターなどでよく見られる「GIF画像」のような短いループ映像になっており、最初はどこも燃えていない地図がどんどん出火して、最終的に一面火の海になるように作られている。その上ご丁寧なことに、出火した点には「エストシラント」「デュロ」「パールネウス」などと地名まで書かれているものもあった。そして、地図の下に「5月28日までに適切な行動を。貴方の運命は、貴方の行動次第です」などと黒字で書かれている。紙の一番下の署名は「ロデニウス連合王国」と至ってシンプルなものだ。
レミールが怒った原因は、このビラであった。
「レミール様、落ち着いてください! 皇帝陛下もいらっしゃるのですよ!」
第1外務局長エルトが、必死でレミールを宥めにかかる。その一方で、
「アルデ殿! これはいったいどういうことか!」
臣民統治機構長官パーラスが、皇軍最高司令官アルデに食ってかかっていた。
「一時のこととはいえ、皇都に敵の侵入を許すとは! しかも、かような屈辱的な内容のビラを撒かれるとは! 皇都上空の哨戒はどうなっていたのですか!?」
ヒステリックに怒鳴るパーラスに、アルデは申し訳無さそうに眉を寄せながら答えた。
「皇都上空の哨戒網は、しっかりと固めていたはずでした。しかし、どうやら敵は海面スレスレの低高度を飛行することで、哨戒網の穴を上手く衝いたようです。してやられた、と言わざるを得ません。
ただ、明日が敵の予告日でありますので、我々はしっかりとした哨戒防御体制を敷く必要があります。むしろ今回の件によって、敵はわざわざ我々の哨戒網の穴を教えてくれた、と考えることはできませんかな? パーラス殿?」
「む……それは、確かにそうですな」
パーラスの返答を聞き、アルデは皇帝ルディアスに向き直った。
「陛下、今回の件については、誠に申し訳ございませんでした。面目次第もございません。ですが、明日が警告の日であるだけに、我が軍の皇都防衛隊は、今回の敵の侵入ルートも押さえられるよう、最大級の警戒を行います。敵が何騎来ようとも、“皇都には指一本触れさせない”ことを、ここに誓って申し上げます」
「アルデよ、余はそちに期待しているのだ。余を失望させるでないぞ」
「は……はっ! ありがたき幸せ!」
平伏するアルデを横目に見つつ、ルディアスは今度はパーラスに話し掛けた。
「パーラスよ、そのビラについては如何しておる?」
「は、現在統治機構の職員を動員し、敵のビラの回収を進めております。このビラを拾った臣民もいるかと思いますので、戸別訪問も行ってビラを回収致します。その後、回収したビラは全て焼却します」
「うむ、頼んだぞ」
「ははっ!」
パーラスが畏まるのを見ながら、ただ1人、第3外務局長カイオスは危機感を抱いていた。
(まずい……まずいぞ……!)
その頃、エストシラントの市街地を出て、市の外縁部にある自然公園では、立派なカイゼル髭が目立つ男性が1人、無線機を手に持ってやり取りをしていた。
「ええ。ロデニウス連合王国……どうやら航空機を有しているようです。見ることができたのは1機だけで、しかも遠方から見ただけでした。ですが、我が国のリゲルと同程度の性能があるかと。……武装ですか? いえ、そのようなものはなかったように感じます。……はい。……はい、承知しました。引き続き情報収集に当たります。それでは、失礼します。グラ・バルカス帝国に栄光を」
その男、グラ・バルカス帝国の諜報員エンリケスは、無線機をしまい、意味ありげな笑みを浮かべた。
「パーパルディア皇国は、大したことはないな。精々レイフォルより数が多いくらいか。だが……ロデニウス連合王国は気になるな。まあ、我が国に敵うはずもないが」
独り言を呟くと、彼は散歩をしている観光客のような振りをして、ぶらぶらと辺りを歩き始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一方、同じ頃のアルタラス王国。
王都ル・ブリアス南の港に集結していたロデニウス連合王国艦隊は、輸送船と戦車揚陸艦、及びその護衛に当たる艦艇を除く、約50隻の艦隊が出撃準備を整えていた。
その布陣は以下の通りである。
戦艦「
航空母艦「
重巡洋艦「
航空巡洋艦「
軽巡洋艦「
駆逐艦「
いずれも、パーパルディア皇国沿岸部に近い海域まで接近し……言い換えるとパーパルディア皇国の領海に侵入して、航空攻撃や艦砲射撃を行う最前線部隊である。全ての艦艇が「トワイライト作戦」及び「チェックメート作戦」に参加し、一部の艦は「ブレイジングスター作戦」にも参加する手筈になっていた。
「アサマ作戦」の発動が決定され、「世界のニュース」による二度に亘る警告も完了し、更に俊足の艦上偵察機「
……あとは、作戦行動あるのみである。
「傾注。総員、良く聞いてくれ」
艦隊の総旗艦に選ばれた、最新鋭クラスの超弩級大型戦艦「アイオワ」の艦橋から、堺が訓示を行っていた。
「いよいよ、“この戦争の雌雄を決する時”が来た。私は、諸君ら全軍に指令する。『アサマ作戦』の妨害因子となるパーパルディア皇国皇軍を全力を以て駆逐せよ、と。
それで、堅苦しい話はこのくらいにして、諸君、作戦は頭に入っているな? ……さて諸君、戦争だ。以上を以て訓示とする」
堺は相変わらず、大事なことしか言わない“2秒スピーチ”ぶりである。
「全艦発進せよ。目標、パーパルディア皇国」
そしてロデニウス連合王国海軍第13艦隊は、大東洋の波を押し分け、パーパルディア皇国本土へ向けての進軍を開始するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ついに、その日は来た。中央暦1640年5月28日。
その日の午前4時20分、アルタラス王国王都ル・ブリアス郊外 ルバイル基地。
かつてはムー国が使用しており、「ルバイル空港」と呼ばれていたその飛行場は、今や大きく様変わりしていた。具体的には、空港の駐機場が拡張され、大型機でも多数を収容できるようになっている。
そして今、その基地には多数のレシプロエンジンの音が鳴り響いていた。出撃前の暖機運転の音だ。
駐機場には、全体を埋め尽くすほど多数の航空機が並んでいる。その約半数は、葉巻のような太い胴体を有し、両の主翼に設置した計2発のレシプロエンジンを唸らせていた。種々雑多な「一式陸上攻撃機」……一一型が多いが、二二型甲や三四型も混じっている。ミリオタが見れば、大歓喜すること間違い無しの光景である。更に、それらよりやや小柄な機体……陸上爆撃機「
それらの爆撃機を守るための戦闘機、熟練パイロットが乗る零式艦上戦闘機の21型や52型、一式戦闘機「
暖機運転の音が凄まじい轟音となって響く中、司令部庁舎……もともと旅客の搭乗手続きや荷物の積み下ろしなどを行う建物だった……の玄関ホールでは、搭乗員たちが出撃前の訓示を受けている。
「……以上を以て、訓示とする。なお、見送りの方がいらっしゃっているので、ご挨拶を忘れないように! では解散、全員搭乗せよ!」
隊長(「銀河」爆撃隊の隊長を兼ねている)妖精の訓示の最後の言葉には、多くの搭乗員妖精やロデニウス人パイロットたちが、首を傾げた。
しかし、玄関を出て駐機場へ向かおうとして、彼らは一様に驚くことになる。そこにいた「見送りの方」というのは、美しいセミロングの黒髪をした、まだ若い女性だったのだ。
そう、他ならぬ新生アルタラス王国現国王、ルミエスである。傍らにはリルセイドとライアルも控えていた。
「皆様、お気を付けて!」
暖機運転の音に負けまいと叫ぶルミエスの声に、搭乗員たちは笑顔で手を振る。中には「ありがとうございます! 我々は必ず、生きて帰ってきます!」と叫ぶ者もいた。
するとここで、タウイタウイ泊地から派遣された「銀河」や「一式陸上攻撃機」に乗り込む妖精たち(現在は人間サイズである)が、一斉に口を開き歌い出す。
「「「♪戦いのーー 旅ーははるか 命のーー 張り詰めてーー」」」
「「「♪ーーじゃないと 心でーー ーー紫の ーーの中へ……」」」
もちろん、ロデニウス人のパイロットたちは、この歌詞が何という曲のものか知らないので、首を傾げていた。
そして10分後……
「総員搭乗、配置よし!」
「各機、異常なし!」
「よし……行くぞ!
全機発進せよ! 目標、パーパルディア皇国・皇都エストシラント北方基地!」
隊長の号令一下、陸上攻撃機や戦闘機は次々と動き出し、滑走路を蹴ってようよう白み始めた朝の空へ、轟音を上げて飛び立っていった。
滑走路の脇に立ち、風に髪を靡かせながら攻撃隊を見送るルミエス。
思い返せば、どう考えても奇跡としか言いようのないことばかりが、彼女の周囲で起こっていた。
事の始まりは、パーパルディア皇国大使からの要求だった。
大使は、ルミエスを奴隷身分まで落とした上で皇国に差し出すことと、アルタラス王国最大の魔石鉱山であるシルウトラスを皇国に献上するよう、要求してきた。
しかし、父である国王はこの要求を全て拒否し、結果、アルタラス王国とパーパルディア皇国は戦争となってしまう。
彼女は、父の指示を受けて商船に偽装した船で護衛と共に脱出し、ロデニウス大陸を目指す。
そして食糧に不安が出てきた頃、ロデニウス連合王国海軍に船を発見されて臨検を受け、ロデニウス連合王国に身を寄せることとなる。
しかし、彼女がロデニウス大陸に到着するのとほぼ時を同じくして、精強を誇ったアルタラス王国海軍も陸軍も全滅し、アルタラス王国はパーパルディア皇国に占領され、滅んでしまっていた。
ロデニウス連合王国は、未だ文明圏外国の様相を残していた(特に農村地帯や山岳地帯)が、都市部や工場地帯は明らかに発展していた。
馬もないのに、四輪の乗り物が馬より早いスピードで舗装された道路を走り抜けていく。マイハーク軍港には、自国の戦列艦より遥かに大きく、強大さを窺わせる軍艦が停泊し、空にはワイバーンとは異なるもの…何と、ムー国のそれと同じ飛行機械で、しかも独自開発品だそうだ…が飛び回る。
まるで、どこかの列強国かお伽話に出るような国にでも来たか、と錯覚するような発展ぶりだった。
しかし、パーパルディア皇国はついにこの国にも、侵略の魔手を伸ばそうとした。その手始めとして、フェン王国にて捕らえられたロデニウス人100人を、外交官の前で公開処刑したそうである。
だが、それがロデニウス連合王国民の凄まじい怒りを買い、ロデニウス連合王国とパーパルディア皇国との全面戦争を招いた。
ロデニウス連合王国軍は、苛烈極まりない攻撃を行って、フェン王国にいたパーパルディア軍をほぼ全滅まで追いやり、大敗させた。しかも、ロデニウス連合王国軍には一兵の死傷者も出なかったそうである。
このニュースを聞いた時、彼女は驚き、喜び、そして祖国の奪回を神に祈った。アルタラス王国正統政府と自分自身がロデニウス連合王国と手を取り合い、“パーパルディア皇国軍をアルタラスから追い出す”という奇跡を、夢にまで見た。
更に彼らは、皇国からの「殲滅戦」宣言にも関わらず敢然と抵抗した。そして、ルミエスの夢は現実となり、ロデニウス連合王国軍はパーパルディア皇国の属領にされていたアルタラスを奪回し、そこに航空隊と艦隊、陸上兵力を進出させて拠点とした。
そして、今に至る。
次々と発進する航空機、その目的はパーパルディア皇国の首都エストシラントへの攻撃。しかも、攻撃の日付まで予告しての攻撃だ。当然、パーパルディア皇国は迎え撃つ兵力を用意しているだろう。
“文明圏外国が列強国の首都に直接殴り込む”など、常識で考えれば正気の沙汰ではない。どう考えても、攻め込んだ側が殲滅されるに決まっている。
通常なら、誰もがそう考えるのだが……ルミエスには、“彼らは攻撃を成功させて帰ってくる”という確信があった。根拠は、これまでに彼らが上げてきた成果。現に、アルタラスだって戻ってきたではないか。
ルミエスは、朝の光が差し始めた空を見上げる。
緑と白の二色で塗装され、翼端と胴体に赤い円を描いた巨大な航空機が多数、それを守る小型の航空機と共に、遥か500㎞先のエストシラントを目指して、飛び去っていく。そのエンジン音は鼓膜を圧し、144機にも達する航空機が集まって構成された攻撃隊の姿は誇らしく、胸が熱くなる。
悪魔のような国パーパルディア皇国、その魔を打ち払わんがために、彼らは太陽の印を誇り高く掲げ、空を行く。
歴史上、列強国の本土にまで攻撃を行った文明圏外国は、少なくとも第三文明圏外にはない(第三文明圏外国であるアルタラス王国にも、グラ・バルカス帝国の情報は商人経由で伝わってはいる。情報の確実さには疑問符がつくが)。今回の攻撃は、世界の歴史に残る大攻撃となるだろう。
これが、今までパーパルディア皇国に虐げられてきた国々の人々にとっての、希望の朝の到来となる。そしてパーパルディア皇国の最期の時の、その始まりとなるのだ。
ルミエスが特別な感情を持って見送る中、航空隊は彼方の空へと消えていった。
同時刻、シオス王国のゴーマ基地(これまたムーの空港を改造した飛行場である)でも同じ光景が展開していた。
何十機という数の「一式陸上攻撃機」が、一式戦闘機「隼」を駆る精鋭飛行隊・飛行第54戦隊や第64戦隊に守られて、エストシラント東方の大規模基地を目指して飛んでいく。その数は全機合わせて144機にも及び、空の一角を真っ黒に染めていた。
そして、これだけで済むと思ったら大間違いである。
約1時間後の午前5時半、エストシラント南方210㎞の海域。
そこには約50隻の艦艇からなる大艦隊が、海面に白い航跡を曳いて、北上を続けていた。
高い艦橋と巨大な大砲を保有し、その威容を見せ付ける戦艦が7隻。それに、広大な飛行甲板にところ狭しと航空機を並べた空母が10隻。そして、それらを守るように巡洋艦や駆逐艦が展開し、海一面が艦艇で埋められていた。いずれも、ロデニウス連合王国の国旗を掲げている。
その空母の甲板の上では、航空機が甲板にところ狭しと並べられ、暖機運転をしている。発進しようとしているのだ。
「Commander。あと20分で、陸上基地を発った攻撃隊が艦隊上空を通過します」
「そうか、分かった」
総旗艦として選ばれた戦艦「アイオワ」の艦橋では、堺が妖精からの報告を受けていた。
「んじゃ、始めますかね。全空母へ、攻撃隊発進せよ」
「OK。各艦に無線と発光信号で伝えるわね」
堺の命令を受け、艦橋の中央に控える艦娘"Iowa"が命令を出し始める。
2分もすると、あっという間に無線が騒がしくなった。
『行くよ! 二航戦攻撃隊、発艦始め!』
『よしっ、友永隊、頼んだわよ!』
最も早く動いたのは、第二航空戦隊の「蒼龍」と「飛龍」だった。
飛行甲板を滑走し、「零式艦戦52型(熟練)」や「
続いて、
『全航空隊、発艦始め!』
『艦首風上! 攻撃隊、発艦、始め!』
第五航空戦隊の「翔鶴」と「瑞鶴」が、攻撃隊を出撃させる。今回、ジェット機部隊は第二次攻撃(必要ならば)担当となり、攻撃の主力はレシプロ機に託されていた。
「瑞鶴」からビュンビュンと艦上攻撃機「
そう、"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル"の乗る「Ju87C改」である。カタパルトによる補助ありとはいえ、彼の機体は1トン爆弾1発に500㎏爆弾2発と、明らかに過積載になっていた。だから、やたらとフラフラしているのである。
『さあ、やるわ。第六〇一航空隊、発艦始め!』
装甲空母「大鳳」も遅れてはいない。尾翼に「601」の数字をマーキングした「
『よし、第一次攻撃隊、発艦始め』
『第六〇一航空隊、発艦、始め! ……さあ、始めます』
『攻撃隊、稼働全機、発艦、始め!』
雲龍型空母三姉妹……「雲龍」「天城」「葛城」も動き出す。「零戦52型丙」や「天山」、「彗星」、そして「葛城」からは「流星」が、続々と青空に飛び立った。どの機体の尾翼にも「601」の数字がマーキングされている。
『Saraの子たち、頼みます。いい? Attack!』
アメリカ生まれの大型空母「サラトガ」も、艦載機を飛ばしていく。最新の「F6F-3ヘルキャット」戦闘機に加えて、「天山」や「彗星」が飛翔していった("Saratoga"が装備として持っていた「SBDドーントレス」や「TBDデバステーター」は、性能的に古過ぎたのでこれらの機体に置き換えられた)。
そんな中、艦隊に参加している航空母艦「加賀」の艦橋では、
「流石に気分が高揚します」
空母艦娘"加賀"が、艦橋の窓から外を眺めて呟いた。彼女は第二次改装を受けて以降、初めての実戦となる。
「第二次改装成ったこの私、加賀。ここは、絶対に譲れません」
"加賀"の瞳に、覚悟を伴った戦意が宿る。
「一航戦加賀、第一次攻撃隊、発艦」
"加賀"の号令と共に、「加賀」の甲板先端に付けられたカタパルトが作動し、搭載されていた「流星」や「烈風一一型」、「彗星一二型甲」、「零式艦戦52型(熟練)」を次々に艦の外へ解き放った。
この母艦航空隊の攻撃目標は、エストシラント軍港に停泊している艦隊と海軍司令部である。それを攻撃するためだけに、空母10隻から約700機に達する攻撃隊を放ったのだ。
ちなみに、今回は雷装した機体はない。全ての機が爆弾を搭載し、"水平爆撃もしくは急降下爆撃によって敵を攻撃すること”とされていた。
約20分後、各隊ごとに編隊を組んだ航空隊は、陸上攻撃機からなる攻撃隊と合流して約1,000機の攻撃隊となって、エストシラントへ向けて進軍していった。
(さて、これからしばらく、忙しい日が続くな)
攻撃隊を見送り、堺はそう考えた。そして、慌しい雰囲気になった「アイオワ」の艦橋の中で、誰に言うともなく呟く。
「誰かがーーをーーねばならぬ、ーーの人がーーーならば……か。攻撃隊の皆、
後半のほうで、タウイタウイの妖精の皆さんが歌っていた歌が何だったのか、分かる人はいるのだろうか…。
一番最後の場面で堺が呟いた独り言には、ぴんとくる方は多いと思うのですが…
なお、著作権遵守のため歌詞の一部を伏せております。
まあ、日本アニメの金字塔とすら言えるであろう某宇宙戦艦のアニメ作品と申し上げれば、お分かりいただけるかと思います。
次回予告。
ついに発動した「アサマ作戦」。最初のターゲットとなったのは、あろうことか皇都エストシラントだった。きちんとした理由のある爆弾の雨が、エストシラント北部にある皇都防衛隊基地を襲う…!
次回「アサマ作戦1合目(前編) エストシラント空爆」