鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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前回、投稿寸前に思い付いてぶち込んだヤマトネタが、思った以上に反響が多くて驚きました。
4番知ってる方も相当数いらっしゃって…世の中って広いねー(棒読み)
そして、どなたかは存じませんが、日本国召喚wikiの「二次創作に関して」の頁の拙作の項目に、紹介文が追加されていた…ありがとうございます。

さて、いよいよアサマ作戦、行動開始。1発目は、「トワイライト作戦」のうちのエストシラント基地攻撃です。



051. アサマ作戦1合目 エストシラント空爆

「うう……」

 

 私は今、木製の台の上で無理矢理ひざまずかされている。その両手は縄で以て、雁字搦めに縛り付けられていた。

 目の前には、大勢の人間が集まって、拳を振り上げながら口々に何かを叫んでいる。多人数が同時に喚いているから、彼らが何を言っているかはよく聞き取れない。だが、内容の想像はつく。十中八九、私への非難だろう。

 群衆の後方には、崩れかけた壁のようなものがある。だがよく見ると、その壁には見覚えがあった。なんと、パラディス城を囲む城壁である。

 ついでに言えば、群衆の最前列の面々の顔には見覚えがあった。どこで見た?

 しばらく考えて、思い出した。

 

 ……それは、フェン王国で私の命令により処刑されたロデニウス人たちの顔だ。

 

 そう分かった瞬間、私は後ろから頭を掴まれた。そして、首を強引に上に向けられる。

 

「あうっ!」

 

 思わず苦悶の声が口から漏れる。その時、群衆がさーっと静かになった。

 直後、声が上がる。

 

「これより、この者の処刑を行う」

 

 この宣告に、わーっと群衆が声を上げる。

 その時、私は見てしまった。斧を持った死刑執行人の顔を。

 

 …それは、ロデニウスの外交官のうち、サカイと名乗った男性の顔だった。

 その瞬間、私は頭を前方に向けて押し下げられる。そして、何かの器具で首を固定されてしまった。

 視界の外で、断頭用の斧が振り上げられるのが、気配でわかる。

 

「やめ……やめろおぉぉぉぉ!」

 

 

 

「……はっ!?」

 

 中央暦1640年5月28日 午前6時、パーパルディア皇国皇都エストシラント、レミール邸。

 自分が処刑される悪夢を見て、レミールが飛び起きたところだった。

 

「……ちっ!」

 

 レミールは(あく)(たい)を吐く。また、この夢だ。

 あのムー大使との会談以来、ずっとこれに似た内容の悪夢を見続けている。いずれも、()()()()()()()()()()ばかりであり、最後は必ずといっていいほど自身の処刑の場面で終わる。

 レミールの息は乱れ、心臓は激しい運動でもした後のように、激しく脈打っている。身体からは嫌な汗が吹き出し、寝間着はじっとりと濡れていた。

 レミールは一旦呼吸を整えると、再びベッドに倒れこみ、(うつぶ)せになって枕に顔を埋める。

 

 私は……やらかしてしまった。

 「皇国や蛮族どものためになる」と思い、仕事に打ち込み、外交において数百人程度の処刑を行い続けてきた。

 

 しかし……私はその結果として、皇国の存続すら危うくなるような、致命的な失策をしでかしてしまった。

 

 私は文明圏外の蛮族の国だと思って、ロデニウス連合王国国民の処刑を執行させたが、ロデニウス連合王国は決して「文明圏外の蛮国」などではなかったのだ。文明圏外国どころか、むしろ技術的には()()()()()だったのである。

 

 会談の際に、ムー国の大使は言った。

 

・ロデニウス連合王国は、ムー国よりも遥かに進んだ技術を持ち、国力としてはムー国を凌いでいる。

・ムー本国では、「ロデニウス連合王国の技術の一部は神聖ミリシアル帝国のそれすら上回っている」と判断している。

・殲滅戦が皇国から宣言された以上、パーパルディア皇国が殲滅される可能性も十分にあり、それどころか皇都エストシラントが(かい)(じん)に帰する可能性すらある。

 

 信じられない。どう考えても、信じられるはずがない。

 しかし、皇国は過去2回、ロデニウス連合王国と戦って、そのどちらもに大敗を喫している。そこから考えれば、ムー大使の発言はおそらく事実なのだろう。

 もはや皇国は今、文明圏外国などではなく()()()()を相手に、全面戦争をする羽目になってしまったのである。

 しかも、「あの通告」……「皇都エストシラントを火の海に変える、その前段階の攻撃を行う」とロデニウス連合王国は通告を行い、各国の国民に対して皇国から避難するよう呼びかけたが、その攻撃の日が今日なのだ。

 

 どうにかして……どうにかして、この戦争を回避するか、終わらせることはできないものか?

 レミールは、必死に思考を巡らせる。

 

(属領の譲渡? 領土の割譲? いや……ロデニウス連合王国は、我々に何を要求してくる? ……はっ!)

 

 その時、レミールはあるものを思い出した。

 それは、開戦直前にロデニウス連合王国の外交官が言っていた言葉と、ロデニウス連合王国からの要求文書の最後の方の項目。

 

『フェン王国でのロデニウス人虐殺事件に関し、本件に関与した全ての人物の身柄の引き渡しを要求する。なお、当然だがこれにはレミール殿、貴女自身の身柄と皇帝ルディアスの身柄も含まれます』

 

「駄目だ! 駄目だ、絶対に駄目だ!!」

 

 枕に顔を埋めたままだったため、室内に響いたレミールの声はくぐもっていた。

 

(私は皇族だぞ!? しかも、世界五列強の皇族。将来は皇帝ルディアス様に嫁ぎ、皇妃となって、ルディアス様と共に世界征服に突き進み、やがて世界の女王となる身だ! もしロデニウス連合王国に渡れば、処刑は免れないだろう。それは駄目だ!

こんなところで……たかが文明圏外の蛮国の国民100人を()()した程度で、諦めて堪るか!)

 

「私は……ロデニウス連合王国には、絶対に捕らえられんぞ!」

 

 この瞬間、レミールは最後まで生き残ることを決意するのだった。

 

 

 その5分後、皇都エストシラント南方15㎞の海の上。

 その空域をパーパルディア皇国皇軍皇都防衛隊・第18竜騎隊のワイバーンオーバーロード、総勢40騎が哨戒していた。

 いつもなら、哨戒任務には2個小隊10騎程度が当たるだけなのだが…今回は違う。何せロデニウス連合王国が、「皇都エストシラントを火の海に変える、その前段階の攻撃を行う」と通告した日なのだから。

 このため、パーパルディア皇国皇軍上層部は「文明圏外国にそんなことができる訳がない」としながらも、念のために警戒して、哨戒部隊の数を増やしたのだ。

 そのうちの第2中隊では、隊長デリウスが、中隊内では一番のベテラン騎士であるプカレートから、意見具申を受けたところだった。

 

『中隊長、この辺りは別の中隊に任せて、私達はもう少し南側の空域も哨戒しましょう』

「そうですね」

 

 隊長なので、立場はデリウスの方が上だが、デリウスはプカレートの腕前を尊重していた。故に、デリウスの返答は丁寧語になっている。

 デリウスの指示により、ワイバーンオーバーロード隊は編隊を保ったまま、進路を変える。進路変更の間に、編隊に一切の乱れが生じなかったことから考えても、第2中隊の練度の高さが窺える。

 それはそうだろう。彼らは皆、軍の全兵士の中から選抜された、精鋭中の精鋭ばかりなのだから。

 

『中隊長、ちょっとお時間よろしいですか? “今回の敵について”なのですが……』

 

 プカレートから魔信が入る。

 

「いいですよ、どうぞ」

 

 デリウスはちらっと周囲を見回し、哨戒を他の部下たちに任せてプカレートの話を聞く。

 

『数日前の上層部からの通達の通りであれば、ロデニウス連合王国はムー国の兵器を使用して攻撃してくるでしょう。しかしそれにしては、どうも先の2回の戦いにおける我が軍の被害が、大き過ぎるような気がするのです。上層部にそれを問い合わせても、一旦答えの歯切れが悪くなった後、「通達文の通りである」との一点張りの答えしか返してこない。

敵はいったい、何なのでしょう。中隊長は如何お考えですか?』

 

 実は、皇国皇軍上層部の返答が「微妙なもの」であることには理由がある。

 先日のムー大使との会談で、軍司令部も含めた皇国上層部は、ロデニウス連合王国の正体を知ってしまった。しかし、軍の士気の低下を恐れた結果、皇国上層部はロデニウス連合王国に関する情報を「遮断」し、上層部くらいしか知らないように情報統制してしまっていたのだ。

 デリウスは、プカレートに返事する。

 

「確かに、今回の戦いについて、上層部は何を聞いても歯切れの悪い返事しかしていませんね。何かを隠しているようにも思えますが、それが何なのかは私には分かりません。しかし、()()()()()()となると、何か考え付きますか?」

『神聖ミリシアル帝国か、あるいは古の魔法帝国……まあ、あり得ませんね。ところで……』

 

 ところがその時、2人の魔信を遮るようにして、別の部下からの魔信が飛び込んできた。

 

『中隊長! あれは何ですか!?

南の空に、何かが飛んでいます! それも多数!』

 

 プカレートとのお喋りを中止し、デリウスはそちらを見て……愕然とした。

 空の一角を真っ黒に染めるほど多数の何かが、空を飛んでこちらに近づいてくる。凄い数だ。

 

「あれが何かは分かりませんが、敵です! 全員戦闘用意! プカレートさん、味方と基地への通報を!」

『了解です!』

 

 プカレートは急ぎ、味方に魔信で知らせ始める。

 デリウスは敵を見て、

 

「……!?」

 

 目を見開いた。

 敵は明らかに100騎以上いるのだが…その全てが羽ばたいていないように見える。

 

「羽ばたいていない……!?」

 

 呟きながらも、彼は部下たちに突撃を命じ、自らその先頭に立つ。

 

「プカレートさん、味方に続報! 『敵は飛行機械である可能性大』!」

『承知しました!』

 

 そんなやり取りをしている間に、敵味方の距離は大分詰まっていた。この頃になると、敵の全景もよく見えるようになっていた。

 敵の数は、少なく見積もって500。それどころか600以上いるかもしれない。少なくとも今は、この数を第2中隊の20騎だけで迎撃しなければならないのだ。

 その形状は、幾つか種類がある。少なくとも2つには大別される。鼻先に高速回転する物体が1つ付いたものと、両の翼に合計2つ、高速回転する物体を付けたもの。

 ……そして、そいつらからは強敵のオーラがガンガン出ている。

 

「くっ……数が多い!」

 

 現状、他の部隊が戦闘に参加するには少し時間がかかる。25倍以上の敵を相手に、何としても20騎だけで時間を稼がなければならない。

 

「全騎、小隊ごとに散開! 4方向から一斉にかかれ!」

 

 デリウスは、魔信で指示を飛ばす。

 それに従い、散開する味方部隊。すると、敵側にも同じような動きが出た。鼻先に高速回転する物体を付けた騎が、敵編隊の中央やや左から4騎1組で4隊ほど飛び出し、首をこちらに向ける。そして、腹の下に抱えていた妙な白い円筒形の物体を捨てた。

 

(何だ、あの白いの?)

 

 デリウスが疑問を抱く暇もなく、敵はこちらに迫ってくる。相対速度も相俟って、一瞬でこちらに接近してきた。

 

「導力火炎弾、用意! すれ違いざまに喰らわせろ!」

 

 デリウスの指示で、デリウスの乗る騎も含めた5騎のワイバーンオーバーロードが、一斉に口に炎を滾らせる。

 ところが、デリウスが「撃て」の指示を出す直前、敵がその鼻先をチカチカと連続で光らせる。続いて、タタタタという連続音。

 次の瞬間、デリウスの部下のワイバーンオーバーロードが4騎、一斉に顔と胴体から赤い液体を撒き散らした。同時に、そのうち1騎の竜騎士がガクンと頭を垂れるのを、デリウスは視界の端に捉えた。

 

「えっ!?」

 

 デリウスが驚く間に、部下のワイバーンオーバーロード4騎は見る見る高度を下げていく。やられたのは明白だ。デリウスは一瞬にして、小隊の部下を4人とも失ったのだ。

 

「くそ! ここだ、撃て!」

 

 デリウスの命令。直後、デリウスの合図を受けたワイバーンオーバーロードが、導力火炎弾を発射する。

 ところが、敵は信じ難いほどの運動性能を見せた。なんと、至近距離で放たれた導力火炎弾をひらりと(かわ)して見せたのだ。

 当然だ。今回、このワイバーンオーバーロード隊の前に立ちはだかったのは、航空母艦「()()」から飛び立った零戦52型の熟練搭乗員ばかりなのである。ただでさえ運動性能に優れる零戦に、もはや神の領域に片足突っ込んだ、キチガイ染みた練度のバケモノ搭乗員ばかりが乗っているのだ。

 その実力、かけ値なしに世界一。

 

「嘘だろ!?」

 

 デリウスが驚愕した時には、敵騎は既に擦れ違った後。

 

「ちっ!」

 

 擦れ違った敵騎を振り返って、デリウスが舌打ちした時だった。

 

『中隊長! 前です!』

 

 魔信から飛び出してきたのは、別の小隊で戦っていたプカレートの絶叫。

 次の瞬間、デリウスは零戦の後から猛然と突進してきた一式戦闘機「(はやぶさ)」Ⅲ型甲から、12.7㎜機銃の弾幕を浴びせられ、愛騎のワイバーンオーバーロードともども、一瞬であの世送りにされた。

 

 

「中隊長! くっそ!」

 

 中隊長デリウスが撃墜されるのを見て、プカレートの全身を怒りが駆け抜ける。

 

「見てろ、落としてやる!」

 

 そう言うや、プカレートは1騎の敵に狙いを定め、猛然と追跡する。最高時速430㎞を誇る皇国のワイバーンオーバーロードにかかれば、あっという間に追い付けるはずだ。

 

 ……ところが。

 

「嘘だろ!? 全然追い付けない!?」

 

 プカレートは叫んだ。

 

 追い付けないのも当然である。というのは、彼が追いかけようとしているのは、「加賀」航空隊の零戦52型、それも熟練者の機体なのだ。時速430㎞のワイバーンオーバーロードごときで、最高時速565㎞を誇る零戦52型に追い付けるわけがないのである。

 しかも……この機は囮だった。「加賀」の戦闘機隊は「(あか)()」の戦闘機隊と共に、他の隊に先駆けて「サッチウィーブ」を習得していたのだ。

 

「!?」

 

 後ろから殺気を浴びせられたプカレートが振り返ると、後方に敵騎が1騎迫っていた。

 

「くそ、振り切ってやる!」

 

 プカレートは、ワイバーンオーバーロードを右に左に旋回させてジグザグ飛行し、敵騎を振り切ろうとする。が、実はこれは大変な失策であった。

 

 低空での格闘戦は、零戦が得意とする分野なのである。

 

「ぐおおおお!」

 

 そのことを知らぬまま、身体にかかる風圧やGに耐えようと、プカレートは叫んで気合を入れる。

 そして見事、複雑なジグザグ飛行をやってのけた。ワイバーンオーバーロードで、彼のこのジグザグ飛行についてこられた者はいない。

 

(どうだ、このジグザグ飛行についてこられるわけが……)

 

 後ろを振り返ったプカレートは……絶望した。

 

 敵騎はちゃんとついてきたどころか、むしろ距離を詰めてきていたのだ。

 

(なっ!? ついてきただと!?)

「くそっ……ちくしょおぉぉぉ!」

 

 その絶叫を最期に、プカレートは零戦の7.7㎜機銃で頭部を撃ち抜かれ、絶命した。

 

 

『敵機撃墜!』

『こっちも1機落としたぞ!』

 

 ロデニウス連合王国軍の戦闘機乗りたちは、20騎ほどの敵のワイバーン……第18竜騎隊第2中隊を、ものの5分ほどで全騎撃墜した。まあ、機体性能と練度から考えれば当然の結果である。

 

『油断するな! 前方から更に来たぞ、およそ50~60機!』

 

 飛行隊長が、無線で警告を発する。

 

「爆撃機に絶対に近付かせるな! ここで落とせ!」

『『『了解!』』』

 

 まだアサマ作戦の1合目…第一回エストシラント攻撃は始まったばかり。「一式陸上攻撃機」も「(ぎん)()」も、「(すい)(せい)」も「(りゅう)(せい)」も、まだ一発も投弾していない。

 パーパルディア皇国に対し、我が国の民を虐殺した罪は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『陸攻隊長機より入電、「エストシラント見ユ」!』

 

 部下からの通信に、飛行第64戦隊の隊長妖精…仲間たちからは"()(とう)(たて)()"と呼ばれるその妖精は、前方を見た。

 攻撃隊の中央を飛ぶ「銀河」隊、その先頭に立つ(きょう)(どう)機が機体をバンクさせ、両翼を振っている。その前方では、陸軍の「隼」や海軍の零戦が敵のワイバーンを追い散らし、撃墜していた。その遥か先に、微かに陸地といくつかの塔状の建造物らしきものが見える。だが良く見ると、そこからいくつもの黒点が飛んできているのが見えた。敵の増援のワイバーンらしい。

 

「さあ、ここからが正念場だぞ。者ども、絶対に敵を爆撃隊に近付けるな! あと、()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 無線に叫び、彼はスロットルレバーを奥に押し込んだ。

 ハ115エンジンが唸りを上げ、彼の乗る一式戦闘機「隼」Ⅱ型は、「銀河」を始めとする攻撃隊に速度を合わせて、猛然と突進していくのだった。

 

 

 一方、その隣では、

 

「全機に告ぐ。陸攻隊は高度1,000まで下げろ! 目標はエストシラント北部の敵陸軍基地及び飛行場! 左翼部隊は分離して、敵の軍港及び艦隊を攻撃せよ! 全機、攻撃態勢を取れ、どうぞ」

 

 陸上爆撃機「銀河」の飛行隊長が、今回の空襲の総指揮官として指示を飛ばしていた。

 空母から飛び立った約700機の単葉機の群れが、少し進路を変える。

 

『こちら左翼指揮官、攻撃配置よし。急降下爆撃隊は高度サンマル(3,000メートル)まで上昇せよ。水平爆撃隊もこれに続け。目標はエストシラント軍港、及び同港に停泊する敵艦隊。一隻残らず沈めてやります、どうぞ』

「こちら総指揮官、了解。全機突撃隊形作れ!」

 

 ただちに「突撃隊形作れ」を意味する「トツレ連送」が、モールス信号で全機に送られる。

 

『こちら戦闘機隊、どうやらお出迎えだ。(いっ)(こう)(せん)の誇り、見せてやれ!』

(いわ)(もと)隊、全機突撃!』

『第六〇一航空隊、岩本隊に続きます!』

 

 こちらに向かってくるワイバーン隊を見て、戦闘機隊が次々と(ぞう)(そう)を捨て、敵機、いや敵騎に突撃する。

 攻撃隊は、いよいよエストシラント上空にさしかかろうとしていた。

 

 

 パーパルディア皇国皇都エストシラント北部、皇都防衛隊北基地では、パーパルディア皇国皇軍陸将にして、皇都エストシラント防衛基地司令のメイガが、作戦室で指揮を執っていた。

 

「上げられる竜は全て上げろ! 敵が侵入しようとしている、絶対に食い止めるのだ!」

 

 基地の滑走路からは、ワイバーンオーバーロードが隊ごとに、次々と青空へ飛び立って行く。

 こうなった原因は、少し前に皇都南方を哨戒飛行中だった、第18竜騎隊第2中隊から緊急入電があったためだった。

 

『皇都南方17㎞の空域に、敵飛竜隊多数接近。アルタラス島より襲来したと思われる。数は500以上、至急来援乞う』

 

 この一報により、パーパルディア皇国皇都防衛隊は直ちに緊急警報を発令し、メイガは部下に叩き起こされて、待機していた竜騎隊に全騎発進を命じた。とはいえ、ワイバーンオーバーロードもちょうど眠りから覚める頃であり、緊急事態にも関わらずすぐ対応できた竜騎隊は、極僅かだった。

 しかも、ムー国から輸入したサイレンが基地一帯に鳴り渡り、竜騎士たちが大急ぎで相棒を叩き起こしている間に、とんでもない内容の続報が届けられた。

 

『敵は()()()()の可能性大である』

 

 実際、皇都の南方に向けられた対空魔信感知器にも敵騎らしき反応は入っていない。ただワイバーンオーバーロードの魔力反応が感知できるだけである。

 

 

 そして、どうにか騎士たちがワイバーンオーバーロードを叩き起こし、そろそろ発進できる、という状態が今なのである。

 

「急げ急げ!」

 

 メイガが指示を出した直後、基地に勤める女性魔信技術士パイが、血相を変えて飛び込んできた。

 

「緊急報告! ワイバーンオーバーロード、魔力探知レーダーから次々と反応ロスト! 撃墜されている模様、既に魔力探知レーダーから80騎以上が消滅! なおも続いています!」

「何だと!?」

 

 メイガが聞き返し、作戦室に詰めている幹部も、その多くが目を見開く。

 

「そんなバカな!? ワイバーンオーバーロードは、ムーの最新戦闘機『マリン』にも対抗可能だったはずだ!」

「あり得ん。レーダーの故障じゃないか?」

 

 幹部たちは言葉を交わす。

 

「レーダーの故障という可能性はないか?」

 

 メイガが尋ねるが、

 

「いえ、故障ではありません!」

 

 パイは、はっきりと否定した。

 

「ふむ、となると……敵は本当に飛行機械で来ている可能性が高い!」

 

 メイガは叫ぶ。

 

「全竜騎隊、急ぎ発進せよ! 敵はおそらく飛行機械だ、魔力探知レーダーが役に立たん!

もうそこまで来ているかもしれん、急いで飛び立つんだ! 見張り員は各自、よろしく頼むぞ!」

 

 

 その頃、エストシラント市街地は混乱状態となっていた。

 

「基地の方がやけに騒がしいぞ。どうしたんだ?」

 

 店開きをしようとしていた店主が、異常に気付いて首を傾げる。

 

「何だあれは? 尋常じゃない数の飛竜が、次々と空を……!」

 

 出勤中に空を見上げた男性が、空を飛んで南に向かう大量のワイバーンを見て、目を丸くする。

 

「? 何かしら?」

 

 そんな中、エストシラント市街地の南、軍港に近いところにあるとある民家では、今日は洗濯日和になるだろうか、と思いながら空を見上げた女性が目を見開いていた。

 家の上空を、何頭ものワイバーンが物凄い速度で飛び回っている。

 

「何かのパフォーマンス?」

 

 女性が呟いた、その時。

 目まぐるしく飛び回っていたワイバーンの一体が、急にその進路を変えた。真っ直ぐに急降下してくる。

 だが、そのワイバーンをつい目で追った女性は、あることに気付いた。

 

 竜が、()()()()()()()()()()

 

 次の瞬間、血を噴きながら降下してきたワイバーンは、その女性の家の庭先に墜落。地面に叩き付けられた。

 

グジャッ!

 

 水気を含んだ嫌な音と共に、ワイバーンは庭先に赤い飛沫を撒き散らす。叩き付けられた骨格はひしゃげ、翼にも胴体にも無数の細かい穴が開いていた。手入れされていた緑の芝生の一角が、直ちに真っ赤に染められる。ついでにいえば、竜騎士は首から上をもぎ取られている。

 

「きゃあああああぁぁっ!」

 

 絶叫を上げ、女性は窓辺にへたり込んだ。まあ、こんなショッキングなものをいきなり見せられては、悲鳴を上げない方がおかしい。

 その間にも、空から次々とワイバーンが落下してくる。

 

「何なの……いったい何なの!?」

 

 震えながら空を見上げ……彼女の目は完全に空に釘付けにされた。

 

「あ……あ……」

 

 声が出ない。

 彼女の視線の先にあったのは……ブオォォォォン、とでも形容すべき異音を上げながら、エストシラント市街地上空に向かってくる、異質なモノの姿だった。

 

 

 ここのみならず、エストシラントは全域でこうした混乱が続いている。特に、空中戦の最前線となった南部は混乱が大きい。それはそうだ、敵機も直接見えるし、何より()()()()()()()()()()()()()()()()()が竜騎士ともども後から後から降ってくるのだから。

 皇都を守るため出撃した花形の竜騎士たちは、爆撃隊を守るロデニウス連合王国軍の戦闘機隊に果敢に挑み、しかし圧倒的な性能差の前に次々と散って逝く。

 撃墜された竜騎士たちは、ある者は7.7㎜の小口径機銃で竜と共に全身ハチの巣にされ、ある者は竜をヘッドショットされて原形を保ったまま、またある者は20㎜機銃で竜肉と人肉のミンチにされて、あるいは腕のみとか足のみ等の肢体をバラバラにちぎられた状態で、次々と市街地に落下する。その数も相俟って、第三文明圏の最強国家たる列強パーパルディア皇国皇軍、その中でも特に精鋭中の精鋭のはずの皇都防衛隊のワイバーンが、雨のように空から降ってくる。

 市街地には、人々の喧騒の代わりにそれらの竜騎士たちが地面に叩き付けられる、ビシャッという水気のある嫌な音や、パラパラという液体が屋根に当たる音が響く。もちろんこの液体は、全て()()である。

 

「いやあぁぁぁぁぁっ!」

「きゃあああああ!」

 

 市街地のあちこちで、こうした凄惨極まりない光景に耐え切れなくなった、女性たちが上げる悲鳴が響く。中には気絶する女性まで出る始末であった。

 

 しかも、エストシラントの市民たちには気の毒だが…これはあくまで()()なのだ。

 

ブオオオオオォォォン……

 

 市民たちには聞いたことのない、不気味な音がし始める。

 

「な、何なんだ、この音は?」

 

 市民たちが混乱する中、

 

「おい、あそこだ! あれを見ろ!」

 

 一人の市民が、南の空を指差す。

 その場にいた全員がそちらに注目し……絶望した。

 

「なっ、何だあれは!?」

「嫌ぁ……いやあぁぁぁ……」

 

 それは、空を覆い尽くさんばかりに広い隊形を取って進軍してくる、多数の異形の飛竜…_「銀河」を先頭にした、「一式陸上攻撃機」の大群だった。「銀河」と「一式陸攻」を合わせただけでも、その数は100機を超える大部隊である。そして、その周囲を零戦や「隼」が飛び回り、近づくワイバーンオーバーロードを追い回し、撃墜していた。

 しかも、こいつら全員高度1,000メートルというかなりの低空から、皇都上空へと侵入してくる。これは、ワイバーンの飛行高度を考慮して、「我々はワイバーンの全開高度でも、()()()()()()()()()()()()()」という意味を持たせた、パフォーマンスの役割を担っていた。これによって、エストシラントの市民たちや皇国政府上層部に、絶望の種を撒こうという狙いがある。ついでに、厭戦気分を煽ることができれば上出来、とも考えられていた。

 

「に、逃げるんだよぉぉぉ!」

「もう駄目だ……おしまいだぁ……」

「あれは何だ!? まさか竜!?」

「これが……これが、ロデニウス連合王国の攻撃か!」

 

 堺の目論見通り、エストシラントの市民たちは混乱と絶望の淵に立たされていた。

 

ブオオオオオォォォン……

 

 レシプロエンジンの独特の音を響かせながら、皇都上空を堂々と通過するロデニウス連合王国軍の航空攻撃隊。その周囲を皇都防衛隊のワイバーンオーバーロードが飛び回り、何とか敵を排除しようとするのだが、零戦や「隼」の存在があり、全く爆撃機に接近することができない。

 列強パーパルディア皇国は、その歴史始まって以来、初めて首都(皇都)に敵の侵入を許してしまったのだ。

 

 

「いったいどうなっているのだ!?」

 

 皇都北部の防衛基地では、陸将メイガを始め幹部一同が大混乱に陥っていた。

 全てのワイバーンオーバーロードの離陸こそ完了したものの、魔信からは絶句するしかない報告が飛び込んでくる。

 

「第16竜騎隊、魔信途絶! レーダー上からも反応ロスト、全滅した模様!」

「第7竜騎隊、生き残り僅か2騎!」

「第17竜騎隊、損耗率80パーセント! 戦闘継続不能!」

「第13竜騎隊、隊長戦死! 同部隊の損耗率94パーセント!」

「現在までに確認せる敵騎撃墜なし! 1騎も撃墜できていないようです!」

「敵飛竜隊約150、当基地に接近中! 堂々と市街地上空を抜けてきた模様!」

 

 魔信は様々な報告が飛び交い、完全に混沌状態と化していた。

 信じられないことに、世界最強のはずのワイバーンオーバーロードが、それも特に練度が高い皇都防衛隊が全く歯が立っていない。敵飛竜を一騎も撃墜できず、味方は次々と撃墜され、ついにここまで侵入されてしまった。

 そして、もう味方のワイバーン隊は全て空に上がっており、対空兵器も魔導士たちの攻撃以外にはない以上、メイガたちにできることはない。

 

「監視塔より報告、敵騎多数、南方より接近! 目視圏内です!」

 

 そこへ監視塔から報告が届き、メイガ以下の幹部たちが一斉に窓辺に集まる。

 そこには、接近する敵が黒い影となって、多数広がっていた。羽ばたかない巨大な翼を持ち、両の翼に高速回転する物体を備えてゆっくりと、しかし確実にこちらへ接近してくる。

 

「デカい! 何だあの大きさは!? ワイバーンオーバーロードより大きいぞ!」

「ロデニウス連合王国の奴らか!? 何てものを使役してるんだ!」

 

 幹部たちは騒ぐ。

 

「羽ばたいていない……やっぱり飛行機械か……!」

 

 メイガは確信したものの、今更それが分かったところでどうにかなるものでもない。

 

「全魔導士たちに、対空戦闘の開始を命じよ!」

「了解!」

 

 気休め程度にしかならないかもしれないが、それでも、とメイガは対空魔導士たちに対空戦闘の開始を発令した。

 

 

「爆撃進路に進入完了。目標、敵エストシラント北部基地の滑走路!」

 

 「銀河」のコクピット内に、操縦士妖精の報告が響く。

 

「安全装置解除よし」

 

 爆撃手妖精は、爆撃照準器を覗きながら距離を測る。

 ここまで接近しても、敵は対空砲火を撃ち上げてこない。ということは、敵には対空兵器がない可能性が高い。

 対空砲火の上がらない実戦なんて、滅多にあるものではない。そのため陸攻隊の搭乗員たちにとって、この空襲は訓練から片足が抜け出していない実戦となっていた。

 

 と思っていたら、地上から何発もの火球が飛んでくる。どうやら呪文「ファイヤーボルト」等が対空戦闘用に撃ち上げられているようだ。だがその程度、弾速が遅すぎて脅威にもならない。

 

 彼ら(いや、妖精たちは少なくとも「見た目」は女性だから、彼女らか)の眼下には、異世界の地に栄えた都市と、それを守る基地がある。覇権主義を唱え、驕り高ぶった国。

 そしてロデニウス連合王国民を、民間人も含めて全て殲滅すると宣言してきた国だ。容赦する必要など、どこにあろう?

 

「3、2、1、投下!」

 

 機長妖精が無線に叫ぶ。直後、爆撃手妖精が投下レバーを引いた。

 「銀河」隊は、各々が抱えてきた1発の500㎏爆弾を、それぞれ基地の滑走路に向けて投下したのであった。

 

 

「ちくしょう、何をする気だ!?」

 

 ほとんど何らの抵抗も受けずに空から接近する多数の敵。それを地上から睨み付けるメイガたちを尻目に、飛来した敵集団のうち、集団から少し離れて先頭に立つやや小型の敵がまず動いた。

 

「あっ、何か黒いものを落としたぞ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 その言葉通り、先頭を飛ぶ敵集団が何やら黒いものを落としたのである。もちろんこれは、「銀河」が投下した500㎏爆弾であった。

 

ヒュウウウウウ……

 

 爆弾に笛が付けられているわけではないが、爆弾は風を切って落下していくために、どうしても笛のような甲高い音が鳴り響く。

 

「何だ、あの黒い物は?」

 

 メイガが呟いたその時、落下してきた500㎏爆弾の1発目が、司令部の建物のすぐ目の前に着弾した。

 

ドゴォォォォォン!

 

 爆弾は猛烈な勢いで爆発し、大量の土砂と爆炎とを撒き散らした。そのついでに、爆発の衝撃によって基地の建物の窓ガラスは粉々に吹き飛び、破片となって降り注ぐ。そのガラス片が、窓のすぐそばにいたメイガの両目に突き刺さる。

 

「ぐあぁぁぁぁ! 目が!! 目がぁぁぁ!!!」

 

 どこぞの大佐のような台詞を叫びながら、陸将メイガは目を押さえ、あまりの激痛に床を転げ回る。

 

「ぐっ! 腕を切られた!」

「お前、額から出血してるぞ! すぐ医務室に行ってこい!」

「メイガ様! メイガ様、お気を確かに!」

 

 あまりの事態に、幹部たちは大混乱となる。その間にも、空から降ってきた10発以上の爆弾がワイバーン用の滑走路に着弾し、爆炎と黒煙と土砂とを空に向かって噴き上げる。

 

ドオンドンドドドーン!!

 

 爆弾が、連続して炸裂する。

 最終的に、「銀河」隊は投下装置の故障によって投弾できなかった1機を除いて、全機が見事に爆弾を滑走路に命中させた。

 

「状況は! 状況はどうなっている!!」

 

 幹部の呼びかけもあって、メイガは気力を振り絞り、我に返る。その両目からは血が流れており、視力を失っているのは明白だ。

 だが、彼は視力は失っても、指揮能力までは失っていなかったのだ。

 

「先ほどの爆発は、空から投下された爆弾によるものと思われます。現在、滑走路が爆煙に包まれているため、滑走路の被害状況を把握できません」

 

 幹部の1人がメイガの目の代わりを買って出て、メイガに報告する。

 

「空から爆弾を投下しただと!? なんという威力だ……しかし、とんでもないことを!」

 

 パーパルディア皇国皇軍にも爆弾はあるのだが、それは投石器によって敵陣に投げ込むようなものである。「ワイバーンに搭載するような爆弾」はない。というのは、ワイバーンは重い物を持つと飛べなくなってしまうからだ。そのため、ワイバーンの攻撃方法は導力火炎放射及び導力火炎弾となっている。

 ワイバーンは導力火炎弾による上空からの支援は行えるのだが、「空から爆撃する」という運用は、パーパルディア軍はもちろん、その周辺国でも全く行っていない。そのため、()()()()という事例がなく、パーパルディア軍皇都防衛隊にとっては「衝撃」でしかなかった。

 

「む? メイガ様、煙が晴れてきました」

 

 滑走路を覆うように広がっていた爆煙が、微風によって少しずつではあるが晴れてくる。

 

「なっ……こ、これでは!!」

「どうした! 何が見える!?」

 

 幹部の驚愕の叫びに、大声で尋ねるメイガ。メイガの声にも焦りが感じられる。

 煙が晴れ、幹部の目の前に広がったのは、変わり果てた姿の滑走路。いや、滑走路()()()ものだった。平らだったはずの滑走路は、耕されていない荒れ地か何かのように穴だらけのデコボコになっており、これではワイバーンがあったとしてもとても離着陸など不可能だ。

 

「か……滑走路をやられました。滑走路は完全に穴だらけにされており、これではとてもワイバーンの離着陸はできません!」

「何だと!?」

 

 幹部は、悲鳴のような報告を上げる。それを聞き、メイガは絶望した。

 そこへ、更なるバッドニュースが飛び込んでくる。

 

「魔力探知レーダーより、ワイバーンオーバーロードの反応が全てロストしました! どの竜騎士とも通信が繋がりません! ワイバーンオーバーロードが全滅したと考えられます!」

 

 パイからの報告により、メイガを含め幹部たちは絶句した。

 世界最強のはずのワイバーンオーバーロードが、文明圏外国・ロデニウス連合王国の軍の前に全滅してしまった。これは、列強たるパーパルディア皇国を上回る力を、ロデニウス連合王国が持っていたことの証明に他ならない。それどころか、皇都の空の守りが全滅し、空からの攻撃を防げなくなってしまったことを意味していた。

 パーパルディア皇国は、皇都上空の制空権を完全に失ったのである。

 

「敵、更に来ます!」

 

 しかも、敵はこれだけではない。まだ多数いるのだ。「銀河」の後方に、多数の「一式陸上攻撃機」が続いているのである。

 そして、

 

「敵、何か黒い物を多数投下! 信じられない数です!」

 

 監視塔にいる見張りの絶叫。

 絨毯爆撃によって敵基地を殲滅するよう命じられていた「一式陸上攻撃機」は、その全てが4発の250㎏爆弾を抱えている。これにより、爆弾1発当たりの破壊力は「銀河」よりも劣るが、多数の機でこれを一斉に投下することにより、()()()を行うことを期待されていた。

 まさに絨毯爆撃(カーペット・ボミング)である。

 

ヒュウウウウヒュウウヒュウウウ……

 

 投下された幾つもの黒い物(250㎏爆弾)は、風切り音の多重奏を奏でながら、基地に向かって落下してくる。

 それは、パーパルディア皇国軍の将兵たちにとっては、先ほど聞いたものに似た音。滑走路を猛烈な爆発によって破壊した、敵の兵器の音。

 

ヒュウウウウヒュウウヒュウウウ……

 

 さっきよりも、この笛のような音の音源は圧倒的に多い。

 

ヒュウウウウヒュウウヒュウウウ……

 

 音の数はどんどん増える。しかも、その音の高さが少しずつ低くなり、それに反比例して音量は大きくなってくる。

 

「さっきの高威力の爆弾だ!」

「爆弾の雨が降ってくるぞー!!」

「退避だ! 逃げるんだよぉぉぉぉ!!」

「ちくしょう、数が多すぎる! どこへ逃げりゃいいってんだよ!」

 

 大パニックに陥る幹部たち。しかし、時間も爆弾も止まってはくれなかった。

 

ドゴォンドドドドドドドドガァァァァン!

 

 何発もの爆弾が同時多発的に着弾し、あっという間に基地は蹂躙される。

 監視塔は爆発によって根元を吹っ飛ばされ、大きな音を立てて地上に倒れ、崩れる。その上から止めとばかりに爆弾が降ってきて、倒壊した塔は粉々にされた。塔に登っていた見張りたちの絶叫が、塔の崩壊音と爆発音に掻き消されていく。

 基地の拠点となっていた(ごう)(しゃ)な石造りの建物は、1,000メートル分の位置エネルギーを上乗せした250㎏爆弾の直撃と爆発に耐えることができなかった。物凄い爆炎と黒煙の中で、原形を留めないくらいに破壊され、崩れ落ちてただの瓦礫の山と化す。

 今朝方まで多数のワイバーンオーバーロードを擁していた竜舎にも、また地竜リントヴルムを収容している竜舎にも、容赦なく爆弾が叩き付けられた。

 

グオオオオオ……!

 

 その鈍重さ故に逃げ遅れた地竜たちが、火炎地獄にでも落ちた亡者のような物凄い咆哮を上げながら、生きたまま炎に焼かれていく。中には、落下してきた爆弾の直撃によって叩き潰され、直後に爆弾の爆発で跡形もなく吹き飛ぶ地竜もあった。

 

ドグァァァァァンッ!!!

 

 更に、基地に配備されていた魔導砲の弾薬庫に爆弾が直撃し、炸裂魔法を付与されていた砲弾が誘爆。何百発という砲弾が一辺に爆発し、250㎏爆弾の爆発の何倍になるかと錯覚するような、巨大な爆発が発生する。

 炎が炎を呼び、爆発が更なる爆発を生み、今や基地全体が火の海と化していた。

 

ブオオオオオォォン……

 

 多数の「一式陸上攻撃機」が上げるレシプロエンジンの音は、まるで勝利の(がい)()のよう。

 爆弾投下を完了した攻撃隊は、市街地北方の空で大きく円を描いて旋回した後、何条もの黒煙を空に向かって噴き上げている基地を尻目に、南へと飛び去っていった。

 

 攻撃隊が去った後、基地上空に2機の単葉機が現れた。この機体の名は、「二式艦上偵察機」。航空母艦より発進した、戦果確認機である。

 元の機体は「彗星」艦上爆撃機だが、こいつは爆弾の代わりにカメラを搭載していた。それで写真を撮り、戦果の証拠とするのである。

 動くものがいなくなり黒煙を噴き上げる基地上空で、2機の「二式艦上偵察機」は、地上の死骸を狙う猛禽類のように、何度も上空を旋回するのだった。

 

 今回の攻撃により、パーパルディア皇国は精鋭だったはずの皇都防衛隊を根こそぎ失い、更にはその拠点も喪失してしまったのである。

 

 この空襲だけで、パーパルディア皇国は凄まじいまでの損害を出した。

 皇都防衛隊に配備されていたワイバーンオーバーロード800騎(北部基地には10個竜騎隊が配備されており、竜騎隊1個は4個中隊、つまり20×4=80騎で構成されるため、80×10=800となるのだ)は悉く全滅し、それと一緒に第一線クラスの精鋭竜騎士も800名、総員戦死。更に基地に勤めていた兵士や職員も合わせると、皇都防衛隊だけでほぼ300,000名にも及ぶ人員が死んだ。

 事態はそれだけに留まらず、皇都防衛隊が基地ごと全滅したことで皇都の陸軍の守りがほぼ完全に消滅してしまい、防御態勢に大きな穴が開いてしまう。更に、皇国の三大陸軍基地のうち一つがこれによって消えたのだ(残り2つはデュロとアルーニにある)。これにより、皇国陸軍は人的・物的に甚大な被害を受けた。

 ついでにいえば、「多額の金」がかかったワイバーンオーバーロードが一騎残らずやられたことで、それこそ取り返しが付かないんじゃないかと思えるほどのダメージが、皇国の財政にも発生してしまった。

 そして堺の狙い通り、皇都の一般市民たちの心身にも、「大きな恐怖」を植え付けることに成功した。

 

 そして読者諸賢の皆様、まさかこれで終わりだなどと思ってはいないでしょうね?

 ……そう、パーパルディア皇国陸軍()()がダメージを受けたのではない。

 

 海軍にもまた、大きすぎるダメージが出ていたのだ。




はい、「トワイライト作戦」の前段階となるエストシラント基地空襲が、成功裏に終わりました。
??「まあ、そうなるな。」


次回予告。

パーパルディア皇国陸軍の皇都防衛隊は、ロデニウス連合王国軍の航空攻撃により多数の人員やワイバーンを失った。そして、それと同時にパーパルディア皇国の海軍にも、大きな被害が出ていた…
次回「アサマ作戦1合目 エストシラント軍港攻撃」

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