鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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アサマ作戦1合目の後半、エストシラント軍港攻撃です。



052. アサマ作戦1合目 エストシラント軍港攻撃

 中央暦1640年5月28日、パーパルディア皇国皇都エストシラントの皇都防衛隊基地は、「一式陸上攻撃機」を主力とするロデニウス連合王国軍の爆撃によって、炎に包まれた……

 

 そして、読者の皆様はそれに付随していた母艦航空隊の存在を忘れてはいまい。

 そう、皇都防衛隊とほぼ時を同じくして、エストシラント軍港に停泊していた艦隊もまた、悲劇に見舞われていたのである。

 

 その日の午前6時頃、エストシラント軍港はまだほとんど静けさに包まれていた。

 パーパルディア艦隊における「総員起こし」は、基本的に午前6時半である。そのせいもあって、起きている者といえば当直の艦橋勤務員と、マストに登っている見張りばかりである。他の者は訓練や侵攻作戦の準備の疲れもあって、ぐっすり眠っていた。

 そんな中、パーパルディア皇国海軍第1艦隊旗艦を務める150門級超F(フィシャヌス)級戦列艦「バルトニア」の艦橋に、プカレートの発した緊急魔信が飛び込んできたのである。

 

『緊急通信! こちら皇都防衛隊第18竜騎隊第2中隊所属、竜騎士プカレート! 我が隊、エストシラント南方15㎞の空域を哨戒中に敵騎多数見ゆ! 南方より接近、数はざっと500! 我が隊と敵との距離5㎞、至急援軍請う!

繰り返す、敵騎500、南20㎞よりエストシラントに接近! 至急援軍請う!』

 

 この一報だけで、「バルトニア」の艦橋は騒然となった。

 皇都防衛隊のワイバーンオーバーロードによる哨戒のシフト、及びその割当空域の情報は、あらかじめ海軍本部と各艦隊旗艦に共有されている。この時間だと、第18竜騎隊は皇都南方およそ15㎞の空域にいるはずだ。実際、通信でもその旨を伝えていた。

 その第18竜騎隊が「敵襲」を報じた。となれば、敵は皇都の南方20㎞に迫っていることになる。明らかに敵の航空攻撃だ。

 しかも、比較的近くまで接近されている。その上、それを対空魔振感知器で捉えられなかったらしいのだ。完全に寝耳に水の事態である。

 第1艦隊旗艦「バルトニア」からは直ちに指揮下の全艦艇に戦闘配置が発令され、ムー国より伝わったサイレンを大音量で鳴らすと共に、第2艦隊旗艦「セルジア」(こちらも150門級超F級戦列艦である)にも魔信を飛ばして、この事態を知らせた。その間に、プカレートから続報が入ってくる。

 

『皇都防衛隊第18竜騎隊第2中隊所属、竜騎士プカレートより続報! 敵は飛行機械の可能性大である! 繰り返す、敵は飛行機械の可能性大である!』

 

 この魔信はすぐさま各部署で共有されると共に、皇宮パラディス城へも伝えられた。

 

「第1、第2艦隊の各竜母は、すぐにワイバーンロードを出せ! 皇都防衛隊と共に敵を迎撃し、これを撃滅する! 他の戦列艦は出港用意を急げ!」

 

 第1艦隊司令官ゴーランドは、魔信で指示を飛ばす。第2艦隊司令官ゲルンも、皇都直衛艦隊司令官デストールも、指揮下の全艦艇の出港と戦闘配置を急がせていた。

 艦全体が騒然となり、上官に叩き起こされた水兵たちが()()(まなこ)を擦りながらも戦闘配置に付く。

 

「こちら見張り、南方の空に敵編隊見ゆ!」

 

 そこへ、「バルトニア」のマストに登っている見張りが報告を入れる。ゴーランドは、そちらを見て驚愕した。

 空の一角を真っ黒に埋め尽くさんばかりの敵が、こちらに向けて迫ってくる。プカレートの報告は聞いていたが、百聞は一見に如かず、見ると聞くとでは受ける衝撃が違う。

 彼の乗る「バルトニア」を含む艦隊の上空を、次々とワイバーンオーバーロードが通過していく。この頃になってようやく、竜母からのワイバーンロードの発進も始まった。

 

「くそ、多いな……」

 

 苦々しげに南の空を見上げたゴーランド。その時、彼の目に飛行する黒点の幾つかが落ちていく様子が映った。

 

「おお、皇都防衛隊はよくやっているようだ。流石、ワイバーンオーバーロードを装備した精鋭部隊だな!」

 

 ゴーランドは呟く。味方の皇都防衛隊が敵を撃墜したもの、と思ったのだ。

 

 しかし残念ながら、この時ゴーランドは思い違いをしていた。墜落していくのは、味方のワイバーンオーバーロードばかりなのである。敵騎は()()()()()()落ちていないのだ。

 

「第1艦隊のワイバーンロード、総勢250騎、発進しました!」

 

 そこへ、通信士が報告を上げる。

 

「うむ!」

 

 ゴーランドは頷いた。

 周囲を見ると、既に戦列艦隊は帆を張って、ほとんど出港準備を完了しているようだ。第1艦隊の乗組員たちも、なかなかの練度である。

 

「他艦隊より報告来ました、皇都直衛艦隊出港準備よし! 第2艦隊は準備に今少し時間がかかるとのこと。ですが、ワイバーンロード250騎の発進は完了したそうです!」

 

 どうやら第2艦隊の竜母部隊も、ワイバーンロードの発進を完了したようだ。

 空を見上げると、雷雲かと錯覚するほど多数のワイバーンロードによって作られた集団が、艦隊の上空を越えて敵騎に向かっていく。その更に高空を、ワイバーンロードより一回り大きな騎影……「世界最強の竜」ワイバーンオーバーロードが、力強く美しい編隊を組んで、敵に向かっていく。

 

(艦隊から発進したワイバーンロード500騎に、皇都防衛隊のワイバーンオーバーロードが800騎。これほどの大戦力、文明圏外国ごときが耐えられるものではない。

ロデニウス連合王国よ、ここまで来たその勇気は褒めてやる。だが、ただの無謀でしかなかったな)

 

 ゴーランドが胸の内でそう考えていた、その時。

 

「ゴーランド司令! 大変です!」

 

 通信士が、悲鳴のような声を上げた。

 

「何事だ?」

「ワイバーンオーバーロードの喪失、既に100騎を突破!」

 

 ゴーランドの脳が一瞬、思考を停めた。

 

「な、何!? ワイバーンオーバーロードが、100騎もやられた!? そんなバカな! 誤報ではないか?」

 

 ゴーランドは狼狽える。

 

「いえ、どうやら事実のようです! 魔信もかなり混乱していますが……皇都防衛隊にかなりの被害が出ているのは間違いない模様! それと、我が第1艦隊のワイバーンロード隊が、敵に攻撃を開始しました!」

 

 ついに、第1艦隊のワイバーンロード隊が敵騎と戦闘を開始した。

 

 

♪推奨脳内BGM:「宇宙戦艦ヤマト」から「ブラックタイガー」♪

 

「全騎突撃! 敵、ロデニウス連合王国軍を滅せよ!」

 

 第1艦隊竜母部隊旗艦「ミーティア」から飛び立った第1艦隊所属竜騎士団長マルコは、249騎の部下に魔信で指示を飛ばす。

 皇都防衛隊のワイバーンオーバーロード隊は、敵の上方か同程度の高度から攻撃しているようだ。ならば、自分たちは敵の下から行けばちょうど良いだろう。

 

「以降は各小隊長の指示に従って動け! 行くぞ、突っ込め!」

 

 250騎のワイバーンロードは広範囲に散開し、上昇しながら導力火炎弾の発射態勢に入る。それに対して、敵軍からは30騎ほどの飛竜が飛び出してきた。

 どれも、酒場にある樽のような太い胴体を持つやつだ。まっすぐにワイバーンロード隊に向けて急降下してくる。

 

「来るぞ!」

 

 マルコが叫んだ時、

 

ダダダダダダダダダッ!

 

 鋭い連続音と共に、敵飛竜は主翼の中ほどを連続して点滅させた。

 次の瞬間、10騎以上の味方が血飛沫を吹き上げ、ガクンと首を垂れて落ちていく。

 

「え!?」

 

 マルコは思わず、目を見開いた。

 

 

『こちらス31、下方より敵飛竜接近! 約500機が2隊に分かれて、時間差で来るぞ!』

 

 海軍航空隊全体の電波管制を務める、空母「()()」より発進した「(りゅう)(せい)」のコクピットに、新たな報告が飛び込んできた。報告主は、"(ずい)(かく)"3番スロットの「流星改」隊の隊長妖精だ。

 「流星」の後部座席に座る通信手妖精が下を見下ろすと、黒い雲と見紛うような敵の大軍が見える。その数は、250機というところか。その後方に、同じくらいの規模の敵集団が、もう1つ近づいてきていた。

 

『500か、面白(おもしれ)ぇ! VF-3が先陣を切る!』

 

 VF-3…空母「サラトガ」の「F6F-3」戦闘機隊の隊長妖精がそう言うと、

 

『こちらス21、次鋒は我々が!』

『こちらヒ21、なら最終防衛はこの岩本隊がやろう』

 

 「瑞鶴」の戦闘機隊の隊長妖精と、「()(りゅう)」の戦闘機隊……「零式艦戦53型((いわ)(もと)隊)」の隊長妖精が後に続く。

 

「こちら管制、了解しました。敵機を絶対に攻撃隊に接触させないように! あと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どうぞ」

 

 通信手妖精が指示を飛ばした。

 

『OKだ。VF-3、俺に続け! かかれ(アタック)!』

『『『アイアイサー!』』』

 

 「サラトガ」の戦闘機隊の面々は、随分と血気盛んなようだ。

 ビール樽のような太い胴体を翻し、日光に主翼をギラリ! と光らせて、36機の「F6F-3」が急降下を開始する。それと前後して、「瑞鶴」戦闘機隊長の乗る「試製烈風 後期型」が、主翼をバンクさせ始めた。

 

『瑞鶴の、先に来る奴らは任せたぜ! 俺たちは前の奴らを突っ切って、その向こうにいる連中を叩く!』

『ス21、任された。健闘を祈る(グッドラック)

 

 どうやら割り振りが決まったらしい。

 

『VF-3、交戦(エンゲージ)!』

 

 「サラトガ」戦闘機隊長の通信の後、VF-3が交戦を開始した。流れ星のように一直線に敵に突っ込み、ブローニング12.7㎜機銃6丁で弾幕の嵐を浴びせる。

 

『敵弾来るぞ! ヘロヘロ弾なんかにやられるなよ!』

『『『アイサー!』』』

 

 そんな遣り取りの後、敵ワイバーンが火炎弾を何発も発射する。しかしVF-3の36機の「F6F-3」は、ある者は機体を反転させ、ある者は速度を上げて、これらの火炎弾を躱した。被弾した者は1人もいない。

 

『敵機撃墜!』

『こっちも1機やったぞ!』

『邪魔だ! どけどけー!』

 

 あっという間にVF-3は、ワイバーンロード250騎の間を突っ切った。この一瞬の交差だけで、36機の「F6F-3」は全員が1騎以上を撃墜し、しかも味方に被害を出していない。

 

『VF-3、まだまだ行くぞ! ここから先は全て俺たちの獲物だ! 後続の奴らに1機も渡すな、ここで全て落とせ!』

『『『アイサー!』』』

 

 VF-3は、後方のワイバーン隊…第2艦隊より出撃したワイバーンロード250騎に、一斉に襲いかかった。

 

『サラトガの連中に負けるな! 我々もここで食い止めるぞ!』

『『『了解!』』』

 

 それに対して、ス21……空母「瑞鶴」の2番スロットに配属された、24機の「試製烈風 後期型」も負けじと突っ込む。

 あっという間に、上空は機銃の曳光弾と火炎弾が飛び交う地獄の戦場と化した。

 

 

『くそっ! 駄目だ、追い付けん!』

『ああ! ジャン・ルイがやられた!』

『死にたくない……死にたくn(通信途絶)』

 

 魔信はもはや、悲鳴と怒号、そして最期の通信ばかりが飛び交う混沌地帯と化していた。

 パーパルディア皇国海軍第1艦隊竜騎士団長マルコは、周囲を見渡して歯軋りする。

 

「何なんだ、これは!」

 

 味方のワイバーンロードは、敵の戦闘機と交戦を開始したものの、圧倒的な性能差を前に次々と撃墜されていった。逆に、こちらも何発もの導力火炎弾を撃っているのだが、敵機はそれらを途轍もなく優れた運動性でひらりと躱してしまい、一発も当たらない。

 まあ、至極当然の結果ではある。最高時速350㎞のワイバーンロードが、最高時速574㎞の「試製烈風 後期型」に敵うわけがないのだ。

 現在、第1艦隊竜騎士団は、もう50騎残っているかどうか、というところまで減らされている。対して、敵の数は1騎も減っていない。

 その時、マルコの視界を黒い影が掠めた。マルコはそちらを見て、仰天する。

 敵機が、艦隊のほうへとまっしぐらに向かっているのだ。奇妙に折れ曲がった翼と突き出た脚を備えた奴だ。

 

「行かせるか!」

 

 マルコは咄嗟に相棒に指示を出し、艦隊に向かう敵機を撃墜しようとする。が、そこへ別の敵機が後方から接近してきた。

 

「くっ!」

 

 一旦相手を追うのを諦め、マルコは急旋回で回避しようとする。しかしその瞬間、迫ってきた敵機……空母「飛龍」の2番スロットに配備された「零式艦戦53型(岩本隊)」の隊長機が、見越し射撃で13㎜機銃弾を撃ち込んだ。

 

「がっ!」

 

 それに自ら飛び込む形となったマルコは、あっさりと撃墜され、身体から血を噴き出しながらワイバーンロードと共に海面に落ちていった。

 

 

「くそっ!」

 

 パーパルディア皇国海軍第1艦隊司令官ゴーランドは、空から迫り来る敵機を見て歯軋りした。

 

「ワイバーンオーバーロードですら、歯が立たんとは……!」

 

 そう、彼の言葉通り、パーパルディア皇国皇軍のワイバーン隊は、片っ端から撃墜されているばかりなのだ。敵騎は1騎も撃墜できていない。

 そして、敵騎は次第に艦隊上空へ殺到しつつあった。

 

「このまま港にいては、ろくに回避行動も取れずに全艦がやられてしまう。第1艦隊全艦出港! 外洋に出るぞ、急げ!」

 

 ゴーランドは出港命令を発令した。期せずして、海軍本部からも同じ命令が届く。

 第1艦隊は直ちに出港を開始していた。第2艦隊、皇都直衛艦隊がそれに続く。だが、400隻もの艦隊が同時に動くのは困難だ。そう易々とできることではない。

 こうして、第1艦隊の半分も出港しない先に、敵機は次々と艦隊上空に殺到してきた。

 

「だ、第1艦隊竜騎士団、団長マルコ以下総員、悉く戦死しました! 全滅です!」

『こちら第2艦隊、竜騎士団の損耗率85パーセル(パーセントにあたる単位)! 駄目だ、侵攻を防ぎ切れない!』

 

 あれだけいた竜騎士団も、ほとんどが消滅してしまっていた。

 その間に、脚の速い「(すい)(せい)」艦上爆撃機が艦隊上空に到達し、次々と機体を翻す。機体が朝日を反射してギラリ! と不気味に輝き、導力火炎弾を発射しようとするワイバーンのように、一直線にこちらに襲いかかってきた。

 

「各艦、回避運動を取れ!」

 

 ゴーランドが叫び、各戦列艦は思い思いの方向に舵を切る。しかし、そんな大艦隊にいる艦が、狭い港内で思い思いに舵を取れば、統制も何もあったものではない。たちまち衝突する艦が出る。他の艦とぶつかりそうになって、慌てて減速したり舵を切ったりする艦がある。

 「彗星」はそうした艦を、決して見逃さなかった。

 

ヒュウウウウウ……

 

 「彗星」の腹から500㎏爆弾が投下され、甲高い風切り音が鳴る。

 

ドガアァァァン!

 

 投下された500㎏爆弾は、照準過たずフィシャヌス級戦列艦の1隻に命中して炸裂した。次の瞬間、弾薬庫に引火した戦列艦は大爆発を起こし、一瞬で粉微塵に吹き飛んでしまった。

 先頭を切って突っ込んできた「(たい)(ほう)」の「彗星(601空)」の爆撃により、あっという間に24隻の戦列艦が巨大な火柱を上げて轟沈する。立て続けに、「大鳳」や「サラトガ」、「(うん)(りゅう)」らの「(てん)(ざん)」隊が800㎏爆弾を水平爆撃で投下し、その隙間を縫うようにして「雲龍」や「(あま)()」、「(かつら)()」から発進した「彗星」や「流星」(いずれも第601航空隊の所属機である)が急降下爆撃を仕掛ける。

 

ドーン! ドドドーン!

 

 次から次へと戦列艦が爆発する。

 手段を問わずに投下された爆弾は、大半が戦列艦の舷側や甲板を突き破って艦内に突入し、弾薬庫で炸裂していた。そのため、戦列艦は片っ端から弾薬庫の誘爆で大爆発を起こし、沈められていったのである。軍港の片隅に停泊していた国家監察軍東洋艦隊にも、容赦なく爆弾が浴びせられた。

 竜母は爆発物を搭載していないので、戦列艦ほど派手な爆発はしないものの、爆弾を喰らった艦は瞬く間に炎の塊に変わっていく。

 

ズズーン!

 

 目標を外れた爆弾は海面に落下し、戦列艦の砲撃による着弾よりも遥かに大きな水柱を上げる。

 

「竜母カーチス被弾、大破炎上! 戦列艦アメル被弾、轟沈!」

 

 悲報が次々と第1艦隊旗艦「バルトニア」の艦橋に舞い込む。その時、ドゴオォォォン……という、今までのとはやや異なるおどろおどろしい爆発音が、遠く響いてきた。

 そちらを見遣ったゴーランドの目に飛び込んできたのは…キノコ雲にも似た形状の黒煙を吹き上げ、船体を真っ二つにへし折って沈んでいく、第2艦隊旗艦の150門級戦列艦「セルジア」だった。150門級の鈍重な巨体では、「加賀」航空隊の「流星」が投下した800㎏爆弾を避けることはできなかったのである。

 

「第2艦隊旗艦セルジア、轟沈! 艦隊司令官ゲルン以下、幕僚総員の安否不明!」

 

 魔信技術士が悲鳴のような報告を上げる。それと同時に、

 

「敵機直上! 急降下ー!」

 

 見張り員の絶叫が飛び込んできた。

 はっとして空を見上げたゴーランドの瞳に飛び込んできたのは、獲物に狙いを定めた(もう)(きん)のように一直線に突っ込んでくる敵機。

 

「回避運動! 面舵一杯!」

「おもかーじ!」

 

 連続して沈められていく味方を見て、恐慌状態に陥っている艦長に代わってゴーランドが叫び、操縦士が操舵輪を目一杯回す。

 「バルトニア」は、その巨体を右に回頭させ始めた。

 

 しかし……()()()()()()()

 

 

「ようし、このまま!」

 

 爆撃照準器にドアップ気味に映る敵艦を見据え、空母「(そう)(りゅう)」の艦爆隊隊長…妖精たちからは"()(ぐさ)(たか)(しげ)"なる名前で呼ばれるその妖精は、獰猛な笑みを浮かべた。

 現在、同敵艦は右に回頭し始めている。回避運動を取っているようだ。

 だがこの程度、恐ろしく高い技量を持つこの妖精にかかれば、何のことはない。「彗星」艦上爆撃機はそのまま、敵の大型戦列艦に向けて降下を続け、

 

「投下!」

 

 高度400メートルで投弾した。切り離された500㎏爆弾が、笛に似た風切り音を立てて、敵艦に落ちていく。

 それを尻目に、江草機は体勢を立て直して、急降下から水平飛行に戻っていた。

 

「おい通信手、様子はどうだ?」

 

 妖精江草が尋ねると、

 

「やりました、命中です! 敵の戦列艦が、派手に爆発しています!」

 

 通信手妖精の弾んだ声が返ってきた。

 

「よし。さて、対空警戒を怠るなよ。母艦に()()()()()()()が出撃なんだからな」

 

 妖精江草は、操縦桿を握りながら周囲への警戒を始めるのだった。

 

 

「敵機、更に接近!」

 

 マストに登っていた見張りが、悲鳴のような報告を上げる。

 

「回避! 回避だーー!!!」

 

 「バルトニア」の艦長が絶叫する。だが、ゴーランドは敵機をじっと見詰め……自身の運命に気付いた。

 

 これは、回避できない。

 

「ここまでか……」

 

 ゴーランドが呟くと同時に、急降下してきた敵機が爆弾を投下した。それは、吸い込まれるように「バルトニア」に向けて落下し……「バルトニア」の甲板を突き破って、艦内で炸裂する。

 戦列艦という船は、低い砲撃命中率を補うために、不必要なほど多数の大砲を搭載している。ということは、その大砲の数に見合うだけの砲弾もまた、搭載している、ということになる。

 そして、戦列艦の舷側には、そうした多数の大砲がずらりと並べられている。それはつまり、その多数の砲弾もまた、艦内のほぼ全体にくまなく分布している、ということを意味する。

 そんなところへ、500㎏爆弾を一発放り込んで炸裂させれば、どうなるか?

 

 

 

 

 

 答えは簡単。全ての砲弾が連鎖的に誘爆し、吹っ飛ぶに決まっている。

 

 

 爆弾の爆発により、まず爆弾の落下ポイントの周囲にあった砲弾が、引火誘爆を引き起こす。

 その炎と熱は、壁や天井を突き破って隣の部屋へも伝播し、そこでもまた砲弾の誘爆が起きる。以下これの繰り返しである。

 そしてこの爆弾、戦列艦の砲列甲板のうち最下層で炸裂している。つまり、最下層の砲列甲板で発生した爆発は、左右へ広がっていく一方で、上階へも到達し、更なる誘爆を招く。

 この反応が、一瞬のうちに連続して起きるわけである。

 

 そして、150門級戦列艦「バルトニア」は、火山の噴火かと錯覚するほど凄まじく高い火柱を艦の真ん中から噴き上げ、凄まじい轟音を上げ船体を真っ二つにへし折って轟沈した。

 第1艦隊司令官ゴーランド以下、「バルトニア」の乗組員は総員が戦死を遂げたのである。

 

 この頃には、第2艦隊も7割方の船が沈められてしまっていた。そして、元々艦数が30隻しかなく、そのうち9隻が120門級超F(フィシャヌス)級戦列艦、残り21隻がフィシャヌス級100門級戦列艦という、鈍重な艦ばかりで構成されていた皇都直衛艦隊はとっくに全滅し、デストール司令官以下総員が悉くあの世送りとなっていた。

 

 

 パーパルディア艦隊が叩き潰されている頃、エストシラント軍港にも攻撃が行われていた。

 急降下爆撃隊の攻撃とほぼ時を同じくして開始された攻撃により、既に沿岸部の砲台は大半が破壊されており、その砲台の弾薬庫が爆発して、噴煙のような巨大な黒煙を空に向かって噴き上げている。

 海軍の魔信による通信施設は「加賀」航空隊の投弾によって爆砕され、資材置き場も猛炎に包まれていた。

 そして、

 

ヒュウウウウウ……ドカーン!

 

 「飛龍」の「天山((とも)(なが)隊)」が、ドックを襲っていた。

 ドック入りし近代化改修を受けていたフィシャヌス級100門級戦列艦が、木っ端微塵に粉砕される。その隣で、まだ建造中だった120門級戦列艦が破壊され、これまでの工員の努力が全て無駄になった。ついでにその横にあった原始的なクレーンも、爆撃によって倒壊している。

 

「司令! ここはもう危険です。避難を!」

 

 海軍本部の建物では、作戦参謀のマータルが焦った様子で海軍総司令官バルスを呼ぶ。

 

「ううむ……艦隊が気になるが、止むを得ん……!」

 

 苦渋を表情に滲ませながらもバルスが決断し、2人が逃げようとした、その時だった。

 

ウウウウウウウウー!

 

 天井の方から、サイレンに似た音が聞こえてきた。

 

「上か!?」

「司令! 早くお逃げください!」

 

 珍しく焦った様子でマータルが叫び、バルスもマータルも廊下に出て走り出す。

 

ウウウウウウウウウウウー!!!!!

 

 だが、その間にサイレン音はどんどん大きく、高くなり、そして、

 

「……? 止んだ?」

 

 マータルの呟き通り、止んだ。

 その直後、

 

ドグアァァァァァン!!

 

 大爆発が発生した。その爆発に巻き込まれ、一言も言葉を発することができぬまま、バルスもマータルも木っ端微塵に吹き飛ばされた。

 

 

パーパルディア皇国海軍本部、「Ju87C改(Rudel Gruppe)」の隊長妖精"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル"が投下した2トン分の爆薬(1トン爆弾×1・500㎏爆弾×2)により、完全爆砕。パーパルディア皇国海軍総司令官バルス、作戦参謀マータル、以下職員一同戦死または行方不明。

 

 

 その少し前、エストシラント海軍基地から、一人の男が逃げ出していた。男の地味な服装は少し汚れており、掃除か何かをしていたことを窺わせる。

 その男、海軍基地の臨時掃除夫シルガイアは今、海軍基地を離れ、エストシラント市街地西部にある公園まで逃げ込んでいた。彼は高台に登り、遠くを振り返る。

 海上には(もう)(もう)たる黒煙が何条も立ち込め、その黒煙の根元で戦列艦や竜母が燃え盛っている。その上をロデニウス連合王国軍のものと思しきワイバーンではない何かが多数、黒煙を割いて飛び回り、逃げ惑う残存艦に向けて黒い物を投下し、攻撃していく。

 そして基地も、あちこちで炎と黒煙を噴き上げていた。砲台が爆砕され、弾薬庫が爆発して吹き飛び、ドックに入っていた艦が破壊され、その上にクレーンが倒れ込む。基地の建物も次々と破壊され、炎の中で崩れ落ちていく。

 

「何とか……避難が間に合ったか……? はっ!?」

 

 シルガイアは、敵の動きを見ていて気付いた。

 突き出た脚を持つ敵が、急にその進路を変え、急降下に移ったのだ。まるで、ワイバーンが導力火炎弾を発射する時のように。

 その真下には、海軍の本部がある。そこには、シルガイアの同窓生にして良き友でありライバルでもあった、海軍総司令官バルスがいるはずだ。

 バルスは、シルガイアの誇りでもあった。

 シルガイアは本能的に友の身の危険を感じ、思わず叫んでいた。

 

「バルス!!!」

 

 次の瞬間、その敵が黒いものを3つ投下し、海軍本部は猛烈な閃光に包まれた。

 そして、轟音が響くと共に、海軍本部のある建物から大量の黒煙が噴き出す。その建物の窓から、真っ赤な炎がちらりと見えた。

 豪奢な装飾が施され、威厳と威容を誇っていた建物は、完全に炎の塊と化し、ボロボロと崩れ落ちていく。遠く響く爆発音が、シルガイアにはバルスの断末魔のように聞こえた。

 その時、シルガイアの脳裏をよぎったのは、つい先日の同窓会の思い出。

 

 

 その同窓会にはバルスも出席していた。当然、シルガイアもその場にいた。

 シルガイアとバルス。学生時代、両者はライバル同士であった。しかし、成績、運動能力、いずれにおいてもバルスの方が少しだけ勝っていた。

 ほんの僅かな差ではあるが、それが積もり積もって、今の状態……自分はただの臨時掃除夫、対してバルスは皇国海軍の司令……となっているように、シルガイアには感じられた。

 今の自分とバルスの間には、まさに天と地ほどの差がある。シルガイアにはそう思えてならず、それが彼にとっては悲しかった。

 その同窓会の席上、ちょうど戦争中という時勢もあって、戦死の話が話題に出た。その時バルスは、笑ってこう言っていた。

 

『はっはっは! 戦場に出ることのない列強国の海将が戦死する? そんなことはあり得んよ。もし暗殺以外で私が死に、断末魔を上げるようなことがあれば、その断末魔は列強パーパルディア皇国の()()()()となるだろう』

 

 

「もうこの国、パーパルディア皇国も終わりか……」

 

 涙に霞む目を拭い、シルガイアはそう呟いた。

 首都にまで正面攻撃を受けた国が戦争に勝った試しは、()()()()()。必ずといっていいほど、敗北で終わっている。

 そして今、パーパルディア皇国がそうなっていた。つまり……パーパルディア皇国は今、()()()()()()()()()()()()のだ。シルガイアには、そうとしか思えなかった……

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その頃、フィルアデス大陸西方約120㎞の沖合にて。

 

「か、海軍本部との通信、途絶しました! 魔信が繋がりません!」

 

 パーパルディア皇国海軍第3艦隊旗艦・150門級超F(フィシャヌス)級戦列艦「ディオス」の艦橋で、魔信技術士が悲鳴のような声で報告を上げた。

 「エストシラント軍港、敵の攻撃を受く」という報告は、既にこちらにも伝えられている。今の報告が意味するところを悟り、艦橋にいた全員が絶句する。そんな中、

 

狼狽(うろた)えるな!」

 

 第3艦隊司令官、アルカオン提督が声を張り上げた。

 

「魔信が繋がらなくなったからといって、基地が全滅したとは限らない。敵の魔信妨害、という可能性もある。まだ全滅と決まったわけではない。だから皆、落ち着け」

 

 アルカオンの声により、「ディオス」の艦橋には安堵した雰囲気が戻ってくる。

 

「全艦に通達しろ。『風神の涙』の魔力が続く限り、最大速度でエストシラントを目指せ、と」

「はっ」

 

 アルカオンの命令は魔信に乗って全艦に伝えられ、各艦は『風神の涙』を全開で使用して、12ノットの速度で航行する。

 第3艦隊、総勢200隻の艦隊は、エストシラントを目指して一路、走り続けるのだった。




他作品の作者の様子を見てみると、後書きに評価をくださった方への感謝を述べている方がいらっしゃいましたので、それに倣うことにいたします。

評価3をくださいました羽屯 十一様、小鳥遊 虹様
評価6をくださいましたいかだら様
評価7をくださいました歪曲王様
評価9をくださいましたにゃらら様、ぴょんすけうさぎ様、ヘタレGalm様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

軍港と皇都防衛隊基地への空襲を完了し、引き上げていったロデニウス連合王国軍。その時エストシラントにいいた者たちは、そしてエストシラントに急行した第3艦隊の面々は何をしていたのか、それが明らかとなる…
次回「空爆と、その後」

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