鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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皆様本当にありがとうございます!

…しかし投票は増えないな…なんでだろう。

今回のタイトルについてですが、もちろん魔王というのは、ノスグーラのことではありません。



005. タウイ艦隊と魔王の出撃

 中央暦1639年4月20日 午後1時、クワ・トイネ公国公都クワ・トイネ。

 首相カナタをはじめ、政治部会に出席しているメンバーは、いずれも重苦しい雰囲気をまとっていた。

 およそ1週間前の4月12日、ロウリア王国軍はクワ・トイネ公国の再三の魔信を無視して国境を越え、侵攻を開始。その日のうちにギムが陥落した。団長モイジ以下、クワ・トイネ公国西方騎士団は全滅し、戦死者は3,500を超えた。そればかりか、ロウリア軍は占領したギムにおいて、虐殺、(ごう)(かん)、略奪、破壊、ありとあらゆる乱暴(ろう)(ぜき)をやりつくし、その時ギムにいた市民のほとんどが死んだとされている。ただ、一部の者がギムのロウリア軍から解放され、事の残虐さを伝えてきていた。

 それらの報告も合わせると、ギムだけでおよそ8,000にものぼる公国民の命が失われたらしい。公国西部全体で見ると、死者は軍民合わせて1万人にのぼると見られている。それも(ろう)(にゃく)(なん)(にょ)問わずに、だ。

 

「現状を報告せよ」

 

 カナタの言葉に、軍務卿ヤヴィンが、冷や汗をかきつつ、声を震わせて答える。

 

「は! 現在、ギム以西はロウリア軍の手に落ちており、合計で1万以上の国民の命が奪われたと推定されます。ロウリア軍の総兵力は、先遣隊だけで3万以上。スパイの報告によると、40万以上の軍勢が控えており、予備軍と合わせると総兵力は50万に達すると見られます。また、この侵攻で目撃された敵ワイバーンの数はおよそ400以上、500という見方もあります。

それに加えて4,000隻を超える大艦隊が、ロウリアを出港してこちらに向かっているとのことです。恐らく、狙いは経済都市マイハークでしょう。

未確認ですが、第三文明圏の雄、フィルアデス大陸の列強パーパルディア皇国が、ロウリア王国に軍事支援を行ったとの噂があり、それがこのワイバーンと艦隊の数の理由だと思われます」

 

 カナタ以下一同が絶句する。

 ロウリア王国の人口は3,800万もあるので、歩兵の兵力が多いのは当然として、軍船とワイバーンの数、これはあまりにも数が多い。クワ・トイネ公国の全軍を結集しても、これだけの軍勢は絶対に作れない。つまりそれは、クワ・トイネ公国軍には勝ち目がないということを意味している。

 席上は重苦しい沈黙に包まれた。誰もが絶望を顔に浮かべている。

 

 ……と、言いたいところだが約1名、雰囲気の違う者がいる。他ならぬ、(さかい) (しゅう)(いち)その人である。

 堺は今回、最新の敵軍の情報が欲しいとのことで、カナタの許可を得て、政治部会に出席していた。

 

「すみません、質問よろしいでしょうか?」

 

 その堺が手を挙げた。

 

「どうぞ」

 

 カナタが許可を出すと、堺は起立して話し始めた。

 

「今回の侵攻で亡くなられた、クワ・トイネ公国の国民の皆様のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。と同時に、ギムをはじめ各所で乱暴狼藉をはたらいたであろうロウリア軍を、断じて許すことはできないと申し上げます。

そこでヤヴィン殿、1つお伺いしてよろしいですか?」

 

 堺は、暗い顔をしている軍務卿ヤヴィンに、顔を向けた。

 

「何かね?」

「現在のロウリア軍の動きを、教えていただきたいのです。既に作戦は複数考えてあるのですが、どの作戦を選ぶか選択する最後の基準として、現在のロウリア軍の動きの情報が必要なのです」

 

 堺は一言一言、はっきりと話した。

 

「そういえば、(けい)は昨日から作戦を考えるとか申しておったな……。よかろう、お教えしよう。

現在、ロウリア軍はギム周辺から動いていない。奴らは、ギムを今後の侵攻の拠点としようとしているようだ。今はその拠点化の真っ最中、というところだろう。これは、今朝のスパイからの報告と、ワイバーンによる偵察飛行の結果を合わせた情報だ」

 

 堺は素早く、自身の頭の中の情報と突き合わせる。

 実は、クワ・トイネ公国軍のワイバーンが偵察から帰還した後で、堺の密命によって飛ばされた「(さい)(うん)」が、高度7,000メートルもの高空から、偵察を行っていたのだ。その「彩雲」からの報告が1時間前、政治部会に来る前に寄せられている。ヤヴィンの話は、「彩雲」の報告と一致するものだった。

 

「ありがとうございます。……これで、迎撃計画が決まりました」

「「「……へ?」」」

 

 さらりととんでもないことを言ってのけた堺に、政治部会の出席者一同が、すっとんきょうな声を上げる。

 

「すみません、ここは我がタウイタウイ泊地部隊に、お任せいただけませんか? 任せていただければ、必ずや(あく)(ぎゃく)なるロウリア軍を叩き潰し、この地から追い出してごらんにいれます」

「卿、いま何と言った? まさか、あのロウリア軍に勝つ策があるのか!?」

 

 ヤヴィンが驚いて、堺に問う。

 

「はい、あります。しかし、この策の実行にあたっては、幾つか許可をいただかないといけません」

 

 そう言うと、堺はカナタを見た。

 

「すみません、公都クワ・トイネか城塞都市エジェイの付近で、何もない広い平原は、どこかにございませんか? あるのであれば、そこに基地を築き、ロウリア軍と戦う部隊を配備したいのですが。できれば縦横3㎞以上の広さの場所がありがたいです」

「あ? ああ、わかった。エジェイがクワ・トイネの西方120㎞の地点にあるのは、知っていると思う。そのエジェイの周辺には、ダイタル平原という場所がある。土地が痩せているので、耕作は行われていないし、集落も特にない。そこならおあつらえむきだ、自由に使って良いぞ」

「ありがとうございます」

 

 許可を得た堺は、ふいに制服の胸ポケットを軽く叩き、「聞いたな? 今の」と尋ねた。

 と、ポケットがモゾモゾと動き、中から小さな人のような生命体が出てくる。それはビシッと敬礼すると、()(ぜん)とするカナタたちの脇を駆け抜け、開けっ放しの窓から飛び出した。そしてパラシュートを開き、降下していく。

 

「な、何だったんだ? 今のは?」

 

 衝撃からやっと立ち直ったカナタが質問する。堺はこともなげに答えた。

 

「アレが私の部下の1人なんですよ。あの程度の大きさなので、簡単にあちこち連れて行けるのが便利ですよ、本当に。では、許可をいただきましたので、さっそく工兵隊に連絡して、基地の建設に入ります。それで、今回の作戦ですが……」

 

 堺が話し始めると、度肝を抜かれていた他の幹部も、やっと気を取り直しはじめた。

 

「まず、先ほど建設許可をいただいたダイタル基地の方に、我が空軍の基地航空隊を進出させ、同時に陸上部隊も配備します。兵力としては、基地航空隊が『(いっ)(しき)(りく)(じょう)(こう)(げき)()』が36機、『(いっ)(しき)(せん)(とう)() (はやぶさ)』が18機、『彩雲』偵察機が4機とする予定です。また、陸上兵力は戦車が計70輌、兵員は合計8,000名とし、武器や弾薬もこちらで用意します。食糧支援のみ、お願い致します。あ、兵器についての資料は、後でお持ちしますね。

次に海軍についてですが、我が艦隊から20隻を派遣します。まず、上陸部隊を20隻の一部を使って輸送し、残りの艦でその護衛を行います。この上陸によって、先ほど申し上げた戦力のうち、戦車30輌と兵員3,000名を揚陸し、残りの戦車40輌と兵員5,000名は、地上を走って現地に向かわせます。なお、戦力はマイハーク、もしくはその近郊に揚陸します。

揚陸の後、この部隊をそのまま迎撃に転用し、海上より迫り来る敵艦隊を迎撃、これを撃破します」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 軍務卿ヤヴィンが声を上げた。

 

「はい、何でしょう?」

「兵員8,000名というのは分かったが、20隻だと? 2,000隻や200隻ではなくてか!?」

「はい、正真正銘20隻です。ですが、ただの20隻ではありません。先の、初めての接触の際の飛竜…あれの仲間を大量に飛ばせる母艦が2隻、それから口径38㎝の大砲を搭載した戦艦が1隻、口径35.6㎝の大砲を搭載した戦艦が1隻。それ以外の小艦艇でも、そうですね、敵の帆船を5㎞以上先から撃沈することが可能です。つまり、ロウリア艦の()()()()()()()、一方的に撃破することが可能です」

「な、なんと……」

 

 ヤヴィンは絶句して、声も出なくなった。

 

「というわけですので、20隻でも十分勝算があります。それを以て、敵艦隊を最低でも撃退、あわよくば全滅させます。まあ、数が数なので、全部を撃沈するのは難しいでしょう。撃退で十分です。

その後、要塞都市エジェイの防衛部隊と連携し、敵の陸上部隊を撃破します。場合によっては、敵をギム以西まで押し戻し、国境から追い出します」

 

 堺がここまで話すと、何人かが頷いた。

 

「それと……」

「?」

「これは、その後の展開次第ですが……場合によっては、国境を越えて逆侵攻し、ジン・ハークに直接攻撃をかけ、そのまま占領してしまうことも、我が部隊は検討しています。ご命令とあらば、そのための戦力の用意もしておきます」

 

 一同、完全に言葉を失ってしまっている。今のこの状態をひっくり返し、それどころか相手の首都を逆に制圧してしまうこともできるとは……!

 彼らには、まったく想像できない状況だった。

 

「まあ、まずは国内のロウリア軍をまとめて叩き潰すことが先決ですね。そうでもしないと始まりません」

「あ? ああ、そうだな……。しかし、逆侵攻か……できるのか?」

 

 やっと言葉を取り戻したカナタが尋ねる。

 

「できるかできないかで言うと、できます」

「して、国境突破は分かるが、相手の首都の制圧はどのようにやるというのだ!?」

 

 これは、ヤヴィン卿の質問だ。

 

「うーん、選択肢は幾つかありますが……例えば、空から兵を送り込んで、王城に直接侵入、王を人質にとるとか?」

「な!? そんなこともできるのか?」

「はい。専門の訓練をやっている部隊がありますので、天気にもよりますが、できると思います」

「な、なんということだ……」

 

 ヤヴィン卿は力なく、机にへたりこむ。

 

「というわけで、敵の迎撃をお任せしていただきたいのですが……よろしいでしょうか?」

 

 堺が聞くと、カナタ以下全員が首肯した。

 

「ありがとうございます。あと、すみません。全軍に、我が部隊に協力するよう、通達を出すこともお願いしますね。

では、私は作戦準備にかかりますので、これで失礼します」

 

 あっさりと説明を終えると、堺は用事は済んだとばかりに退室した。会議室に残された一同は、それをぼんやりと見送ることしかできなかった。

 

 

「さて、それじゃ帰って、待機させてる陸攻隊に出撃命令を……ん?」

 

 政府庁舎を出た堺、しかし門を出ようとしたところで無線が鳴った。不審に思いながらも、堺は応答する。

 

「おう、堺だ。会談終わ……」

『司令官! ダイタルの飛行場って、もうできてますか!?』

 

 無線からは、今日の()(しょ)(かん)である"(ふぶ)()"の声が聞こえてきた。どうしたのか、やたら焦っている。

 

「は? 完成も何も、さっき許可取り付けて、工事始めたばっかのはずだが?」

『ええっ!? そんな……それじゃ……!』

 

 堺の胸を、嫌な予感がよぎった。

 

「落ち着け吹雪。何があった?」

『大変なんです! ちょっと前に、“ある航空隊”がダイタル基地に向けて出発しちゃいました!』

「は? おいおい待て待て、派遣飛行隊の連中、張り切りすぎだろ」

 

 「一式陸上攻撃機」を装備した飛行隊、2個中隊合計36機と、「一式戦闘機 隼」のⅢ型改を装備した1個中隊18機、そして「彩雲」1個小隊4機に対し、堺はあらかじめ、出撃待機命令を出しておいた。なので、飛び立つ準備はできているはずだが……飛行場もできていないのに飛び立つとは、よほど一番槍が欲しいのだろうか?

 

『いえ、離陸したのは「Ju87C改」の飛行隊です! 2個中隊36機が飛び立ちました!』

「なにっ!? シュトゥーカだと!?」

 

 猛烈に嫌な予感を抱きつつ、堺は急いで空を見上げた。すると、東の方の空に、小さな黒点が幾つも見える。それは次第に大きくなり、特徴的な逆ガル翼と機体から突き出た固定脚を持った飛行機に変わった。間違いなく、シュトゥーカだ。

 

「おい、シュトゥーカ隊に出撃待機命令を出した覚えはないぞ!」

『えっ!? でも、隊長さんがちゃんと命令書まで持ってきて……』

「俺はそんなもん書いてねえぞ!」

『えぇっ!? ちゃんとハンコも押してあったのに!?

あ、あとその隊長さん、司令の部屋の冷蔵庫から牛乳を1本、くすねていったみたいです!』

 

 その瞬間、堺の中で全てが繋がった。

 

 偽造されたらしき命令書。

 無断で飛び立ったシュトゥーカ隊。

 くすねられたミルク。

 

 これらが意味するものは……

 

「あー! あの野郎……! 吹雪、ヤツはいつ飛び立った!?」

『えっと、20分くらい前です!』

 

 堺は素早く計算した。

 シュトゥーカの航続距離は約1,000㎞。今の飛行速度が仮に、最大速度の時速約310㎞だとすれば……!

 

 飛んでいられる時間は、あと3時間もない!

 

「なんてこった!

吹雪! すぐ工兵隊に連絡! どんな手段を使ってもいい、今から2時間以内にダイタル基地の滑走路を完成させろって言え! 急げ!」

『はっ、はいぃ!』

 

 "吹雪"との通信は終わった。

 既にシュトゥーカ隊は、堺の頭上を轟音と共にフライパスしていくところである。堺はそれに向かって、拳を振り上げて叫んだ。

 

「コラー! 勝手に出撃すんじゃねぇー!」

 

 声が届かないのは百も承知だが、叫ばずにはいられなかった。

 

(戻ってきたら、(えい)(そう)にぶちこんでやる……!)

 

 西の空に消えていく約40機のシュトゥーカを見上げ、堺は目を血走らせて、おもいっきり叫んだ。

 

「ルーデルきさまぁー! 覚えてやがれーーっ!!!」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 「(すい)(せい)(()(ぐさ)隊)」すら上回る実力を持つ、タウイタウイ泊地最強の艦上爆撃隊、「Ju87C改(Rudel Gruppe)」の無断出撃が発覚してから5時間後、18時。

 オレンジ色の夕焼けの最後の輝きが空を(いろど)る中、経済都市マイハークは、戦時下ということではあったが、いつもと変わりなく商売が行われていた。そろそろ店を閉めようという者もいれば、むしろこれから開ける者もいる。

 そんな中、マイハーク軍港に停泊している、クワ・トイネ公国海軍第2艦隊の司令部(地上施設である)では、提督パンカーレが、出撃作業の様子を司令室から見ていた。

 何人もの水兵たちが矢避けの盾を甲板の縁に並べ、バリスタの弦を点検する。油の入った壺や弓矢が船内に運び込まれていく。帆が上手く張れるか確かめている者もいた。

 クワ・トイネ公国第2艦隊、総勢50隻の帆船は、攻めてくるロウリア軍の艦隊に決戦を挑むべく、出撃準備をしているのである。

 

(そう)(かん)な風景だな」

 

 パンカーレは、誰に言うでもなく呟く。

 

「しかし、敵は4,000隻以上の大艦隊……。彼らのうち、何人が生きて帰れるか……」

 

 パンカーレは窓から目を離し、傍らに控える側近のブルーアイに話しかける。敵の圧倒的な物量を前に、どうしようもないやるせなさが込み上げていた。

 と、その時、別の幹部がドアをノックして入室してくる。

 

「提督、軍司令部より魔信です」

「読め」

「はっ。『間もなく、日本国タウイタウイ泊地の艦隊20隻が、援軍兼兵員輸送部隊として、マイハーク沖に到着する。彼らの運んできた兵士と兵器が多数、マイハーク港に揚げられるため、軍港周辺を整理しておくこと。また、彼らは我が艦隊に先駆けてロウリア艦隊を攻撃するため、観戦武官を1名、搭乗させること』……とのことです」

「何!? 20隻だと!? 2,000隻や200隻の間違いではなくて、20隻なのか!?」

 

 パンカーレは、自分の耳を疑った。

 

「はい、間違いなく20隻です」

「なんてことだ……やる気はあるのか、彼らは? そして観戦武官だと? ……それでは、観戦武官を死にに行かせるようなものではないか! 明らかに死地だと分かっているところに、部下を行かせるわけにはいかないぞ!」

 

 一時の沈黙が流れる。その時、

 

「私が行きます」

 

 ブルーアイが発言した。

 

「な!? しかし……」

 

 否定しようとするパンカーレを遮り、ブルーアイは話す。

 

「この艦隊で剣の扱いが最も上手いのは、私です。したがって、私が生き残る可能性が最も高い。それに、あの鉄竜を飛ばし、巨大な船を送ってきた日本のことです。もしかすると、勝算を見込んでいるのかもしれません。ですから、私が行きます」

「……すまない、頼んだぞ!」

 

 一瞬の沈黙の後、パンカーレは悲壮な声で、ブルーアイに観戦武官を頼んだ。

 

 

 その30分後。

 ブルーアイは、迎えにきたという日本の“小舟”に乗り、沖に待機している日本艦隊へと向かっていた。

 

(なんだ!? 小舟だというのに、ものすごく安定している……。どんな魔術が使われているんだ!?)

 

 彼は、小舟(11メートル級内火艇のこと)の乗り心地に驚いていた。

 帆もない小舟だというのに、同サイズのクワ・トイネの船より速く、かつ安定して進んでいく。ブルーアイには、それが信じられなかった。

 

(それに、さっき入港してきた日本の艦……)

 

 彼は、先ほど見た光景を思い出す。

 ブルーアイの迎えの舟がくる少し前から、()()()だと言う日本の艦が、次々と入出港を繰り返していた。だが、その小型艦ですら、クワ・トイネ公国の軍用帆船より大きく、しかも帆を持たないのに移動速度が速い。そして、艦の後ろから次々と、小さな舟を送り出していた。

 その小舟は、軍港の近くにあるクワ・トイネ軍所有の浜辺に近づき、浜に乗り上げると、舟の前方の板をパタリと倒した。そして、乗っていた完全装備の兵士や鎧を着た怪物(戦車のこと)を、次々と降ろしていた。

 

(あんな舟まであるのか……あれなら、我が国の小舟以上に、迅速に兵力を展開できる。とても便利だ、できれば我が海軍にも導入したいものだな)

 

 そんなことを考えているうちに、日本の小舟はいよいよ、マイハーク港と外海を隔てる岩のアーチを、潜ろうとしていた。その時、アーチの向こうにある物を見て、ブルーアイは思わず叫んだ。

 

「なっ!? 何だ、あれは!?」

 

 ブルーアイの目はいっぱいに見開かれていた。

 

 岩のアーチの向こう側、そこには日本の艦とみられる船が何隻か、太い線状のまばゆい光に照らされて停泊していたのだが……そのどれもが、とても大きい。中でも、真ん中にいる艦は特に大きく、クワ・トイネ公国の軍用帆船の3倍か4倍はあろうという大きさだった。その艦の中央には、どっしりした建造物が建っている。

 そしてどの船にも、帆が見られなかった。

 

「これはいったい!? 城か? あの艦は、船の上に城を乗せているのか!?」

 

 ブルーアイは驚愕していた。

 

「そうか……これほど大きいのなら、乗っている兵士の数も多いのだろう。海戦の際には、あの中から大勢の兵士が出てきて、人海戦術で敵船を制圧していくのに違いない! これなら、確かに1隻でも、並みの帆船20隻ぶんくらいの仕事はできそうだな!」

 

 ブルーアイは、自分自身の理解の範疇で、この巨大艦を理解しようとしていた。

 

 ……実際のこの艦隊の戦い方は、そんなものではないのだが。

 

 ブルーアイの乗った内火艇は、超大型の艦(ブルーアイ基準)のうちの1隻……日本人が「オオヨド」と呼んだ艦に横付けした。ブルーアイは「大淀」に乗り込み、観戦することとなる。

 

 ちなみに……今マイハーク沖にいるタウイタウイ艦隊の陣容は、以下の通りである。

 

 

〈揚陸艦隊〉

軽巡洋艦 「()()(くま)」(()(かん))

以下、軽巡洋艦 「()()

駆逐艦 「()(つき)」、「(きさ)(らぎ)」、「()(つき)」、「Верный(ヴェールヌイ)」、「(かわ)(かぜ)」、「(かすみ)

計8隻

 

〈護衛艦隊〉

軽巡洋艦 「大淀」(旗艦)

以下、戦艦 「Bismarck(ビスマルク)」(ブルーアイの言う、城を乗せた船はこれである)

航空母艦 「(あか)()」、「()()

重巡洋艦 「(たか)()」、「(あた)()

駆逐艦 「(ゆき)(かぜ)」、「(あき)(づき)」、「(てる)(づき)

計9隻

 

 この後、航空戦艦 「()()」が、護衛の駆逐艦 「(とき)()(かぜ)」と「(はつ)(づき)」を伴って合流し、総計20隻となる。

 

 

 乗り込んだ「大淀」で、ブルーアイはさらに驚愕の連続に見舞われていた。

 

(何だこの艦は……!? これは……甲板は木だが、それ以外は鉄でできているのか? どうやって浮いている?)

 

 疑問が尽きぬまま、彼は案内役の日本人(実は妖精である)にしたがって、艦内を歩いていく。

 

(中が明るいし、ほんのり暖かい……。これは光? それとも魔法なのか? もしやこれは、魔導船?)

 

 そんなことを考えているうちに、やがて彼は、艦橋にたどり着いた。そこで待っていたのは、セーラー服(ただしスカートの腰のところに妙な穴が開いている)を着用した1人の女性。

 

「よくおいでくださいました。私は、本艦の艦長を務める大淀と申します。今回はよろしくお願いします」

 

 その女性は丁寧に挨拶し、お辞儀をする。ブルーアイは、あることに気付いた。

 

(この艦の名前も、オオヨドだった……もしや、艦名と艦長の名前は同じなのか?)

 

 ブルーアイのこの疑問は、イエスとも言えるしノーとも言える。

 

 実は、艦娘には3つの形態があるのだ。それぞれ(ひと)(がた)形態、(かん)(むす)形態、(かん)(てい)形態と呼ばれる。

 

 人形形態は、()(そう)を装着していない姿。服装はともかくとして、見た目は普通のヒト族の女性に見える状態。

 

 艦娘形態は、(しん)(かい)(せい)(かん)と戦う時の姿。艤装を装着して海面に立つことができ、この形態なら、この女性がヒトとは違う存在であることがはっきりと分かる。しかし、この形態で艤装に付けられた砲を撃ったとすると、深海棲艦相手なら高い威力を出せるが、それ以外だと見た目通りの威力にしかならない。普通の軍艦が相手の時は、たとえ46㎝三連装砲でも、豆鉄砲程度の威力しか出せない。ただし撃たれた砲弾は、爆発はする。

 

 そして艦艇形態は、史実通りの艦の姿を見せた状態である。この時、艦娘自身は「その艦の艦長」とでも言うべき状態となり、艦橋をはじめ艦内にあって指揮を執る。艤装は「史実の実艦」として展開し、艦内にいる艦娘は、見た目は艦を操るヒト族の女性艦長に見える。

 

 今のタウイタウイ艦隊の艦娘たちは、全員が艦艇形態で航行しており、そのため「艦娘としての大淀」は、艦長として艦橋にいるのだ。

 なおこれは、妖精についても似たようなことが言える。特に艦娘形態の時は、妖精は小さい人間という格好で現れるのだが、艦艇形態となると巨大化し、普通の人間と大して変わらぬ身長になったりする。そして妖精も艦娘も、形態変更はいつでも自由に行える。

 

 というわけで、ブルーアイは軽巡洋艦「大淀」の艦長としての艦娘"大淀"と、話しているのだ。

 

「クワ・トイネ公国海軍、第2艦隊より派遣されました、観戦武官のブルーアイです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「それでは、さっそくですが、説明しますね。我々は、既に敵ロウリア艦隊を捕捉しています。方位と距離は、この艦隊の西方約240㎞。速度5ノット程度と非常に遅いですが、確実にこちらに向かってきています。私たちは明日の朝4時にこの海を発ち、朝7時頃には敵艦隊を目視で捉え、戦闘に入る予定です。もっとも、それに先駆けて赤城と加賀……向こうにいる2隻の平たい艦です……の飛竜隊が、敵に対して攻撃をかけるのですが。それによって、敵を撃破することが可能でしょう。今日はこのままここに留まりますので、今夜はごゆっくり、お休みくださいませ」

 

 ノットという単位が分からなかったり、どうやって相手の位置を知っているのか、などという疑問はあったが、ブルーアイは無言で頷いた。彼らは本当に、自分たちだけでロウリア艦隊と戦うつもりなのだ。

 

 その夜、彼は「大淀」の艦内食堂で、カレーライスという、見たこともない辛い料理に(した)(つづみ)を打ち(転移と同時に堺たちの曜日感覚は失われていたが、「金曜日はカレーの日」という伝統だけは絶対に失うまいと、7日に1回はカレーを食べている。たまたまブルーアイが乗り込んだ日が、カレーの日だったのだ)、彼にあてがわれた部屋で、クワ・トイネの軍船には絶対にないふかふかのベッドに入り、休むこととなる。

 

 そして、翌朝4時。

 ブルーアイがまだ夢の中にいる時分に、タウイタウイ艦隊は(いかり)を上げ、出撃していた。

 暗い中、航空母艦の「赤城」と「加賀」の甲板では第一次攻撃隊各機の(だん)()運転が始まり、索敵機の「彩雲」が飛び立っていく。

 

 戦いが始まる。クワ・トイネ公国の命運をかけた戦いが。




というわけで、泊地での待機、という命令をガン無視していった、魔王ことルーデル閣下でした。
彼の出番はもう少し先になります。

それと、停泊しているタウイタウイ艦隊の、探照灯によるライトアップですが…あの理由は、ぶっちゃけ軍事パフォーマンスのためです。あと、ロウリア軍が潜水艦を保有していないと確信していた故に、あんな行動が取れました。

さて、お待たせいたしました、ドンパチパートのお時間です。
次回より、1回だけ戦闘なしのパートを挟みますが、しばらくドンパチパートの予定です。食傷気味になるかもしれませんが、どうかお付き合いくださいませ。


次回予告。

マイハークに接近するロウリア軍の4,000隻以上の大艦隊。それを迎え撃つのは、タウイタウイ艦隊20隻。ロデニウス大陸の沖で、両軍は激突する…
次回「海と空に鉄と血は舞う」

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