鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、完全に不穏なタイトルしてますが…いきますよ!

そして「ジパング」のネタ入りです。
あと、今回は2万3千字を超える過去最多文字数回となっております。



062. エストシラントを(あけ)に染めて

 中央暦1640年6月5日、パーパルディア(こう)(こく)(こう)()エストシラント 皇宮パラディス城。

 夕刻も遅い時間になり、太陽が最後のオレンジ色の光を投げかけ、空の西側が(あかね)(いろ)に染まる。その中で、対ロデニウス連合王国戦争どころか、もはや“第三文明圏大戦”とでも称すべき様相を(てい)してきた戦争に関しての会議が、パラディス城で始まろうとしていた。

 

「それでは、(こう)(ぐん)の現状をご説明致します……」

 

 皇軍最高司令官アルデの声は、暗く沈んでいる。アルデの表情も真っ青になっていた。

 

「我が国の大規模工業都市デュロは、ロデニウス連合王国軍の攻撃を受けて(かん)(らく)いたしました……。陸軍基地はその全てが焼き払われ、工場地帯や民間人居住区の一部にも被害が出ております……。また、デュロに(ちゅう)(とん)していた陸軍は、ワイバーンロード隊と共に全滅に追い込まれ、デュロ陸軍基地も破壊されました……さらに、デュロに駐留していた第6・第7艦隊も全滅です……。

ロデニウス連合王国軍は、空からの攻撃と水上艦隊の砲撃によってデュロの工場地帯と陸軍基地を(せん)(めつ)した後、陸軍兵力を揚陸し、皇国本土に上陸した模様です。現在は、我が国の北東部に展開していると見られます……」

 

 アルデは、いったん言葉を切った。

 

「また西方では、我が国の属国だったパンドーラ大魔法公国が我が国を()()()、マール王国軍と共に侵攻してきました……。港湾都市レノダにいた第8艦隊と国家監察軍西洋艦隊はこれに対応するも、どうやら彼らはロデニウス連合王国製の軍船を使用しており、さらにロデニウス連合王国の超大型軍艦の参戦で、両艦隊共に全滅致しました……。陸上では我が軍は善戦していましたが、パンドーラ-マール連合軍を援護するような形でロデニウス連合王国の海軍・空軍が参戦、以後苦戦に(おちい)り、一昨日(おととい)レノダは陥落致しました……。

レノダとデュロが陥落し、エストシラントの軍港も壊滅状態に陥ったことで、戦列艦や(りゅう)()の建造・修理はほぼ不可能となっており、またデュロの陥落により我が軍への武器や弾薬の供給も止まっております……。よって、我が軍には苦しい状態が続いています……」

 

 そう言った直後、アルデは青い顔を一層青くして話を続けた。

 

「また、皇軍の連敗が世界に報じられ……その結果、我が国の属領72箇所は一斉に武装(ほう)()致しました……。各属領の統治機構は既に壊滅し、もはや彼らを支配するのは不可能となっております……。

また、属領にされていた72ヶ国は、アルタラスも含めて73ヶ国連合軍を結成し、我が国に対して宣戦を布告、武力攻撃を開始しました……。更にこの73ヶ国連合軍には、リーム王国とトーパ王国の正規軍、それにデュロに上陸して攻め込んできたロデニウス連合王国軍が支援を行っております……。その結果、彼らの攻撃によって北方の要衝アルーニが陥落しました……。しかも、この73ヶ国連合軍はそれだけに留まらず、皇国の北部で皇軍を破りながら、凄まじい勢いで(せい)()パールネウスに迫っております……。

まとめますと、北から73ヶ国連合軍・リーム王国軍・トーパ王国軍・ロデニウス連合王国軍の連合部隊が、西からパンドーラ大魔法公国軍・マール王国軍・ロデニウス連合王国軍の連合部隊が、それぞれ武力侵攻をかけており、我が国は追い込まれている状態です……。以上で、報告を終わります……」

 

 アルデはそう言い終えると、フラフラしながら自分の椅子に座った。かつての自信に溢れた姿はどこにもない。

 続いて第3外務局長のカイオスが立ち上がり、報告する。彼の顔も緊張で硬くなっていた。

 

「第3外務局からです。トーパ王国、ネーツ公国、シオス王国などといった第三文明圏外国は現在、一斉に我が国に宣戦を布告し、ロデニウス連合王国と共に我が国と戦う構えを見せております。また、これら第三文明圏外国は、互いに連携して海軍の軍船を繰り出し、我が国を海上包囲するような布陣を敷いております。しかも、これらの国家の軍船は、ロデニウス連合王国で建造された艦を購入したものと見られ、またこれらの艦隊と同調するように、ロデニウス連合王国艦隊が動いております。

これによって、我が国は事実上、経済封鎖を受けたに等しい状態となっております。皇国の(ざん)(ぱい)が世界に報道されたことで、これまで()(より)()をしていた文明圏外国が一斉にロデニウス連合王国の側になびいた、という印象であります。

以上、第3外務局からです」

 

 カイオスが着席すると、今度は第2外務局長のリウスが焦った様子で立ち上がった。

 

「第2外務局から報告です。こちらでは現在、アルデ最高司令官の説明にあったパンドーラ大魔法公国やマール王国を含め、リーム王国を除く第三文明圏の全ての文明国が我が国に宣戦を布告してきたことが確認されております。また、そのリーム王国は宣戦布告こそしていませんが、アルデ殿の話から考えて、73ヶ国連合軍に対して正規軍による軍事支援を行っていることは明白です。よって、事実上戦争状態にあると見ていいでしょう。

カイオス殿の話を踏まえてまとめますと、我が国は第三文明圏内外の全ての国から宣戦を布告され、武力侵攻ないしは何らかの敵対行動を取られた、ということになります。我が国に対する敵対行動を行った国の数は、合計で100ヶ国にも及び、その中心となっているのはロデニウス連合王国です」

 

 このあまりの報告内容に、出席者全員が声も出ない。皇帝ルディアスですら沈黙している。

 

「なんてことだ……」

「我が国が、第三文明圏の()()()()()を相手にして戦争を行うことになるとは……」

 

 1分ほどして、何とか衝撃から立ち直った者たちが呻くような声を上げる。

 いくら列強パーパルディア皇国といえども、技術や軍事力が()()()()()()文明国や文明圏外国の集まりとはいえ、100ヶ国が同時に相手となると、流石(さすが)に厳しいものがある。敵の数が非常に多くなるからだ。

 しかもこれは、パーパルディア皇国皇軍が最大の戦力を保持した状態での話である。今の皇軍は、ロデニウス連合王国軍の攻撃によって多大な被害を(こうむ)っている。精鋭の陸軍は半壊し、海軍の艦隊はほぼ全滅。しかも、レノダもデュロもエストシラント軍港も破壊されたため、戦列艦や竜母の補充は事実上()()()である。さらに、皇国の空を守っていたワイバーンロードはおろか、皇都防衛に当たっていた最新鋭の飛竜ワイバーンオーバーロード……ムー国の戦闘機「マリン」にすら対抗可能とされる飛竜までもが全滅し、ロデニウス連合王国の航空機は(ゆう)(ゆう)と皇国の空を飛び回り、次々と爆弾を投下して皇国の基地や都市を焼いている。

 かつての第三文明圏最強の軍隊の姿は今いずこ、パーパルディア皇国皇軍は(みじ)めなほどに弱体化してしまっていた。その消耗し切った状態で、100ヶ国もの国と戦わなければならないのだ。しかもその100ヶ国には、当然ながらロデニウス連合王国が含まれている。

 

「あ、アルデ殿!」

 

 そんな中、農務局長が声を上げる。

 

「属領の一斉反乱を許すどころか、北方の(よう)(しょう)アルーニまで陥落するとは、軍はいったい何をしているのだ……など、聞きたいことはあるが、今はそれどころではない! すぐにも軍を出していただきたい!」

 

 農務局長の要請に、アルデは首を横に振った。

 

「今すぐは無理です。現在、皇軍はロデニウス連合王国との戦争で壊滅状態に陥っており、その再建が急務です。再建が完了次第……」

「いつだ!? それは、いつになる!?」

 

 アルデの声を遮るように、農務局長は声を張り上げた。

 

「お静かに! 皇帝陛下の()(ぜん)であるのですよ!」

 

 第2外務局長リウスがやや大きな声を上げ、農務局長は興奮を冷ます。

 

「……失礼した。ですが、すぐにも穀倉地帯だけでも取り戻していただきたく存じます。

アルデ殿もご存じだと思うが、我が皇国は農業を属領に頼っていた。しかし、その属領が反乱を起こしたために、我が国は()()を手に入れることができなくなってしまったのだ! このままでは()って……保って6ヶ月で我が国の食糧が底を尽くことになる、と試算されております! 配給制にして食糧を統制すればもう少し保たせられますが、それでも8ヶ月以上は厳しいです!」

 

 この情報の前に、出席者たちは全員息を呑んだ。

 先ほどの外務局からの説明から、パーパルディア皇国が海上封鎖を受けていることは把握できている。しかし、まさか穀倉地帯が自国の手から離れてしまっているとは、思っても見なかったのだ。

 

 パーパルディア皇国の産業形態は(いびつ)なものになっている。具体的には、第一次産業(農林水産業)や第二次産業(工業等)は属領任せになっており、パーパルディア皇国本国(旧パールネウス共和国領)では、第三次産業(観光業・サービス業等)や研究業が盛んなのだ。特にアルーニやパールネウスには著名な魔導学校が幾つかあり、日々魔導の研究が行われていたものである。

 しかし今回、属領が一斉に反乱したことで、農業や工業の中心がパーパルディア皇国から離れてしまったのだった。このため、パーパルディア皇国皇軍への補給もほぼ不可能となり、それどころか食料供給が断たれたために、国内で()()()を出す恐れすら出てきたのである。

 

 しかも、こうした食糧や物資を外国から輸入しようにも、輸送船が多数沈められたために物資を運べない。

 それに、仮に船があったとしても、海はロデニウス連合王国以下の文明圏外国によって、海上封鎖されている。ロデニウス連合王国の艦隊は言うに及ばず、他国の艦艇であってもロデニウス製の軍船が登場しているのだ。

 パーパルディア皇国製の輸送船の足では、発見されると逃げ切れない。よって、外国からの海路による食糧等の輸入は、事実上不可能だった。

 

 では空輸はどうか? という話であるが、そもそもワイバーンは重いものを持つと飛べなくなってしまう。成人の人間2人を乗せて飛ぶのがやっと、という始末であるから、ワイバーンによる空輸は不可能である。

 え? そもそもパーパルディア皇国にワイバーンが残っているのかって? 一応、通常型ワイバーンが300頭以上残っているし、ワイバーンロードもワイバーンオーバーロードもまだ残ってはいる。だが、先述の通り空輸は難しいだろう。

 

 では、火喰い鳥ならどうだろうか。パーパルディア皇国があるフィルアデス大陸にも、火喰い鳥は生息している。これなら、個体によっては人間4人が同時に乗れるから、荷物の積載は一応できる。

 しかし、実はこの作戦も現実的ではない。というのは、火喰い鳥は飛行時に最高時速110㎞しか出せないのである。通常型ワイバーンよりも遥かに鈍足なのだ。これでは、ロデニウス連合王国軍の戦闘機どころか、各国が運用している通常型ワイバーンに見つかった時点で“The End”である。それに、火喰い鳥の可能積載量もさして多くはない。ペイロードは全く以てお話にならないのだ。

 言うなれば、超ハイリスク超ローリターンなのである。どう考えても割に合わない。

 

 ならば、神聖ミリシアル帝国やムー国から航空機を飛ばしてもらって、物資を持ってきてもらうことはできないのか、という話になるが、これもあてにはできない。

 確かに彼らの航空機は物資を運んで来ることはできるだろうし、ムー国の空港もあるから離着陸はできる。だが、そもそもこんな戦場地帯に誰が好き好んで来るというのか。しかも、自国の兵士を助けるためならともかく、相手は全くの外国人である。どう考えても()()()動きそうにない。

 

 という訳で、自国の力のみで何とかするしかないのである。

 

 農務局長は、話を続けた。

 

「一時的にロデニウス連合王国と休戦し、穀倉地帯の反乱を抑えるような手続きは取れないのですか?」

 

 アルデは、自分の胃がおかしくなりそうな感覚を覚えた。

 そんな手続きを取れる訳がないだろう。そもそもこちらから殲滅戦を宣言してしまった以上、ロデニウス連合王国が手を抜く理由(わけ)がない。あれだけの技術力を持つ国だ、弱っている敵国を見逃すほど馬鹿でもあるまい。

 

「第1外務局長のエルト殿とも話し合いましたが、無理です」

 

 アルデは、農務局長の無知ぶりに怒りを覚えながら回答した。

 

「では、穀倉地帯を取り戻せるのですか!? 相手は高が()()()()()()でしょう!! 何故早く穀倉地帯を取り戻さないのですか!?」

 

 一度は落ち着いた農務局長の声が、まただんだんと高く、早くなってくる。

 アルデはキリキリと痛む胃を抑えながら、ゆっくりと落ち着いた口調で説明した。

 

「穀倉地帯は、取り戻せるよう全力を尽くします。

しかし、北部の都市アルーニが陥落した時、73ヶ国連合軍にリーム王国の軍が混じっておりました。また、西からはパンドーラ大魔法公国とマール王国の軍が攻め込んできています。文明国と戦うとなると、やはりある程度まとまった戦力を用意する必要があります」

「ぐぬぅ……!」

 

 農務局長の顔が()(じゅう)(ゆが)んだ。

 

「それだけではありません。こうした73ヶ国連合軍にも、パンドーラ-マール連合軍にも、ロデニウス連合王国が支援を行っているのです。

73ヵ国連合軍には、デュロを占領したロデニウス連合王国軍の一部が合流して地上支援を行っており、パンドーラ-マール連合軍に対しては、『ロデニウス連合王国の飛行機械が上空支援を行っている』との情報が入っております。実際、西部方面軍のワイバーン隊が壊滅状態に陥っておりますし、虚偽の報告ではないでしょう」

 

 いくらパーパルディア皇国であっても、文明国と戦うというのは容易なことではない。しかも今回は、その文明国を()()()()()三国同時に相手にする必要があるのだ。

 リーム王国軍は、第三文明圏とその周辺においては「準列強」と言われており、魔法・魔導技術はパンドーラ大魔法公国に劣るものの、軍の数ではパンドーラを上回る。しかも、配備しているのは通常型ワイバーンとはいえ、相当数の竜騎士団を有するなど、決して侮ってはならない軍隊だ。

 パンドーラ大魔法公国軍は、数こそリーム王国軍より少ないが、魔導技術は圧倒的に高い。パーパルディア皇国と(そん)(しょく)ないどころか、下手をするとパーパルディア皇国すら凌ぐのではないか、と思われるほど高い魔導技術を持つ。油断できない相手である。

 マール王国軍に関しては、“パンドーラやリームよりも質・量共に落ちる”とされていて、パーパルディア皇国軍ははっきり言ってマール王国軍を侮っていた。だが、レノダでの戦いの様子を聞くに、どうやらマール王国軍はロデニウス連合王国製の銃や軍船を持ち出してきたようである。よって、この国も侮れなくなってしまった。

 しかも、これらの国全てに、ロデニウス連合王国が何らかの形で支援を行っているのである。パーパルディア皇国にしてみれば、敵戦力の数も質も厳しいどころの騒ぎではない。半ば()()()とすら言えた。

 要約すると、『パーパルディア皇国は()()()()()()()()()()()()()()ということである。

 

 その時、ドンとテーブルを叩く音が響いた。

 

「お……おのれぇ!! ロデニウス連合王国め!! そして、それに与する国どもめ!!!」

 

 怒りの言葉を吐き出しているのは、他ならぬ皇帝ルディアスである。これを見て、出席者たちは全員が押し黙った。

 皇帝相談役ルパーサの見通しも外れ、今やパーパルディア皇国は()()()()である。

 何故ここまで追い詰められたのか。そして、パーパルディア皇国は……第三文明圏最強の国家として(くん)(りん)し、世界五列強にも名を連ね、そしてゆくゆくは全世界を制覇すべき国であったパーパルディア皇国は、どうなってしまうのか。

 そういった思考が、ルディアスから冷静さを奪っていたのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 少し時が経って午後7時、(ところ)はロデニウス連合王国クワ・トイネ州 観光客向けホテル「ラ・ロデニウス」。

 この世界では比較的南方に位置し、地球でいう赤道に近いところに位置するロデニウス連合王国は、日の入りが遅い。東の空は暗くなっていたが、西の空にはまだ茜が差していた。

 戦時下ではあったが、出国できなくなった各国の商人たちや観光客等がいるせいで、「ラ・ロデニウス」は平常営業である。むしろ連日のニュース報道や新聞によって、“戦火が遠ざかっている”と判断した人々は、思い思いにのんびり過ごしていた。中にはここで商売をやってみて、戦時下だというのにかなりの稼ぎを出し、“今後はこっちで商売するのも悪くない”と考える(しょう)(こん)(たくま)しい商人もいた。

 

 そんな中、「ラ・ロデニウス」3Fの食堂「エージェイ山食堂」では、ムー国の観戦武官・マイラスが夕食を()っていた。

 日本から伝えられたとされる、一風変わった辛いドロッとした焦げ茶色のスープ状のものを米にかけた料理(とはいうが、ただのカレーライスである)を食べながら、マイラスは考え事をしている。

 

(航空機の飛行理論については、我が国の技術部で出されていた結論が正しかった、ということが証明されたな。

あと、ボーキサイトの(せい)(れん)方法も分かった。かなり大量の電気を使うようだ。ここまでの電力量を、うち(ムー国)の発電所が出せるかどうかが問題だな。火力発電所を建設すれば、この国のクイラ州から石油を輸入して発電できると思うが……)

 

 ここでマイラスは、今日見たものを思い出した。

 

(ロデニウス軍航空隊のフォーラムとやらいうもの……資料ももらってきたが、恐ろしい(しろ)(もの)が書いてあったな)

 

 カレーライスを口に運びながら、マイラスは考える。

 それは、「戦闘用航空機の発達史」と題された、航空隊妖精向けのフォーラムだった。"(あか)()"と"(くし)()"が主催したこのフォーラム、すっかりタウイタウイに()()んでいるマイラスも、しれっと参加したのであるが……

 

(お……お、()()()()!? 戦闘機が、音速を超えるだと!?)

 

 資料を見たマイラスは、のっけから凄まじい衝撃を受けた。

 どうやら転移前の日本は、音速の2.5倍の速度を出せる航空機を多数、運用していたそうである。マイラスは「音速超えの戦闘機」なんて、“古の魔法帝国が持っていたもの”としか知らなかった。だが日本は、そんな機体を()()()、運用していたのである。

 しかも、その戦闘機の武装には「空対空ミサイル」などというものがあり、これは“音速で飛ぶ飛行物体を()()()()()()()物”だそうだ。つまり、古の魔法帝国が使っていたという「誘導魔光弾」そっくりの武器なのである。

 

 ということは、ロデニウス、いや、転移した日本の一部(タウイタウイ泊地)は、これを開発しようとしているのかもしれない。真偽のほどは分からないが、元々持っていたのであれば、開発してもおかしくはないだろう。

 

(マジかよ……)

 

 半ば放心状態となりかけたマイラスだが、頭を振って気分を切り替えた。

 

(まあ今は、変なことを気にしても仕方ない。それより、昨日データを集めた「ロ号(かん)(ほん)式缶」という高温高圧蒸気ボイラーと、「艦本式タービン」なるものについて、理解を深めなければ。

アレらの構造と原理を解析できなければ、(こん)(ごう)型戦艦の量産など夢のまた夢なのだから……!)

 

 マイラスは、ロデニウス連合王国から設計図を提供された「金剛型戦艦」について、是非とも量産すべきであると考えていた。

 独自に計算してみたところ、金剛型戦艦の戦闘力は、ムーが誇る最新鋭戦艦「ラ・カサミ級」をもぶっちぎる。金剛型戦艦の主砲・45口径35.6㎝連装砲は、射程距離が20㎞を超えるのに加えて、破壊力でもラ・カサミ級の主砲を(りょう)()している。砲門数も、ラ・カサミ級の4門に対して8門、と倍になっている。

 また、装甲もラ・カサミ級より厚く、個艦防空能力にしたってラ・カサミ級が比較にならないほど高い。それでいて、ラ・カサミ級の18ノットを大きく超える、最高速度30ノットを叩き出せる、ときているのだ。これは、ムーが保有する、または計画しているどの軍艦とでも艦隊行動が取れる、ということを意味する。

 こうしたことから、マイラスは金剛型戦艦の戦闘力は、軽くラ・カサミ級の5倍は超える、と見ていた。

 

 唯一のネックは、コストの高さである。

 マイラスの試算の結果、金剛型戦艦1隻の建造コストは、なんとラ・カサミ級の3.5倍という結果になった。これまでムー国が建造したどんな軍艦よりも、高い建造コストであることが判明したのである。

 

(財務省の連中が渋りそうだなぁ……。

だが、グラ・バルカス帝国の存在を考えれば、少なくともこのくらいの戦艦がなければ、あの国への対抗は不可能だ。何せあの国は、グレードアトラスター(46㎝砲を持つ戦艦)を持っているのだから……!)

 

 マイラスは食器を返却しながら、そう考えていた。

 その時、他の客が読んでいる新聞の大見出しが、マイラスの目に止まる。

 

『デュロ、レノダ共に()つ』

『戦争は最終局面に移行せり』

 

 「青葉新報」と銘打たれた新聞の一面には、そんな見出しが踊っていた。

 

(やはりか……パーパルディア皇国の技術では、ロデニウス連合王国に勝つなんて到底不可能だ。我が国でも勝てないのだからな。

それにしても、デュロもレノダも落ちたのか……ということは、戦局としてはロデニウス連合王国陸軍がパーパルディア領内に上陸、侵攻中ってところだな。

しかも、デュロはパーパルディア皇国の工業の中心だったはず。そこが落ちたということは、パーパルディア皇国は軍への補給がほぼ不可能になった、ってことだ。ついでにレノダも落ちているから、かの国の造船業も全滅だろう。

いよいよ以て、末期戦だな)

 

 そんなことを考えるマイラスであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その数時間後。

 未だ会議が続いているパラディス城、そしてそれを取り囲むエストシラント市街地。灯火管制が敷かれたこの街は、暗く沈黙している。城の窓にも遮断魔法を施したカーテンが引かれ、城も街も暗くなっていた。

 その街に向けて、海の方から静かに接近する、1つの影があった。その影が通った後には、白い航跡が太く曳かれているのが、夜目にも微かに見える。

 その影は、巨大な船であった。船体中央にはニューヨークの摩天楼を思わせる高い構造物が(そび)え、その後ろにあるそこそこの背丈の構造物からは、黒い煙が空中に向かって噴き出している。さらにその後ろには、三つ叉に分かれた独特の形状のマストが立ち、赤い太陽を描いた白い旗(旭日旗)が夜風に(ひるがえ)っていた。そして、その船体の前後には巨大な三連装の大砲が計3つ乗せられ、長大な砲身は誇らしげに掲げられている。

 と、その巨大な船体の後尾から、1つの小さな影が夜空に飛び立った。それはよく見ると、下部にフロートを付けた複葉機である。

 

『観測機発進完了』

 

 この巨艦……ロデニウス連合王国海軍第13艦隊最大の切り札・大和(やまと)型戦艦1番艦「大和」の第一艦橋で、航空管制を担当する妖精が報告を入れる。

 

「了解。右舷、対陸戦闘用意、主砲発射準備! 最初の3斉射は通常弾でいきます」

 

 その報告を受け、暗い艦橋の中心に立つ長身の女性……艦娘の"大和"が命令を下す。

 

「はっ、右砲戦、主砲発射用意! 対陸戦闘、弾種通常弾!」

 

 砲術長妖精が"大和"の命令を復唱した。

 

「測的開始します!」

「了解。測距班は正確なデータを砲術部に送れ!」

 

 様々な命令が飛び交う。

 まず動いたのは、戦艦「大和」の艦橋のトップに据えられた15メートル二重(そっ)(きょ)()。左右に伸びたアーム状の構造物の上に、金網のような形状をした21号対空(でん)(たん)を乗せたまま、測距儀が右に回転する。

 

『目標に見当を付けました。後は、観測機の(ちょう)(こう)(だん)の投下を待って、照準調整するのみです』

 

 測距儀を操る測距班が報告してきた時、

 

『こちら右舷見張り。観測機、吊光弾投下!』

 

 右舷の見張りから、報告が飛び込んだ。

 艦橋の窓から外を見ると、右舷の方、「大和」からみて10㎞ほど先に陸地の影が黒々と見えている。その上方に、月のような明かりの玉が現れ、ゆっくりと落ちていくところだった。マグネシウムの焼ける白い光を放ちながら、パラシュートを付けた吊光弾が落下していく。

 すると、マグネシウム吊光弾の仄かな明かりに照らされて、エストシラント市街地の建物の影が(おぼろ)()ながら浮き上がった。その中に、4つの細長い尖塔に囲まれた、丸屋根を持つ巨大な建物が見える。その建物の下部には、壁のような長方形の構造物が見えた。

 提督や"霧島"の報告書にあった内容から考えて、おそらくこれがパーパルディア皇国の王城であろう。

 

「両舷前進微速! 徐々に速度を落とし、停船してください」

「は! 両舷、前進微速よーそろー!」

 

 "大和"が新たな指示を出し、航海長妖精が復唱する。

 

「目標捕捉しました、諸元算出します!」

「了解。算出が終わったら、直ちに主砲にデータを回してください」

 

 "大和"は、測距班の妖精たちに指示を出した。

 

「諸元算出! 右95度、仰角……」

「艦長、この射界なら、全主砲の全砲門を目標に指向できます!」

「了解、全主砲砲撃用意! 目標は、射撃諸元に従ってください」

 

 命令は電話回線や伝声管を使って、艦内に伝達される。

 「大和」の艦体に乗せられた、ただならぬ雰囲気を醸し出す巨大な三連装の主砲が動き出し、測距儀と全く同じ方向に砲門を向けた。

 

「艦体、停止しました!」

「射撃諸元、調定よし!」

「1番主砲、砲撃用意よし!」

「2番、3番主砲、砲撃用意よし!」

「主砲、射撃用意よし!」

 

 ほど無くして、主砲の発射準備が整った。

 

「初弾から斉射! 相手は静止目標です。タウイタウイ最強の名に賭けて、絶対に当てなさい!」

「は! 主砲一斉撃ち方! 甲板要員は、至急艦内へ退避せよ!」

 

 砲術長妖精が退避を発令し、艦内に警報ブザーが鳴るのを聞きながら、"大和"は黒々と広がるエストシラント市街地を睨み据えた。

 

「いよいよ、この大和型戦艦が第三文明圏最強であることを、第三文明圏全体に知らしめる時が来ましたね……」

 

 その"大和"の口から、呟きが漏れる。

 

「46㎝砲の威力……パーパルディア皇国よ、思い知るがいいです!」

 

 "大和"がそう呟いた時、

 

「甲板要員、総員退避完了です!」

 

 砲術長妖精が報告した。

 それを受け、"大和"は声を張り上げる。

 

「アサマ作戦5合目『カタストロフ作戦』、行動開始!

目標、パーパルディア皇国 皇宮パラディス城! 主砲第1斉射、てぇーっ!」

「撃ち方用意!」

 

 砲術長妖精が、主砲発射を発令した。

 

ジジーッ、ジジーッ、ジジーーッ

 

 独特のブザー音が3回、艦内に響き渡る。

 

「てぇ!」

 

 これは、砲術長妖精の号令だ。

 

ジジーーーーー

 

 さっきよりも長く、ブザーが響き渡る。そのブザー音の中、"大和"は右手を振り上げて叫んだ。

 

「全主砲、薙ぎ払え!」

 

 さっと、"大和"の右手が振り下ろされる。同時にブザーが鳴り止んだ。

 その瞬間、

 

ズドドドオォォォォォォォン!!!!!

 

 3基の「46㎝三連装砲」が(ほう)(こう)した。

 発射炎が一時的に夜の闇を駆逐し、戦艦「大和」のシルエットが影絵のように浮かび上がる。同時に強烈な反動が襲ってきて、「大和」の艦体はびりびりと震えた。

 鼓膜を突き破らんばかりの強烈な発砲音が、衝撃波を伴って響く。

 主砲の真下の海面は、ブラスト圧によって波が叩き消され、鏡のように平らになった。その上に大量の白い飛沫が舞う。

 超音速で発射された零式通常弾9発が、夜の大気を引き裂いて飛んでいった。

 

 

 パーパルディア皇国の皇宮パラディス城は、同国の政治の中枢であり、従って警備も厳重である。具体的には、高さ30メートルに達する城壁に囲まれており、その城壁の上ではマスケット銃を持った歩兵が多数、24時間態勢で警戒に当たっている。また、皇宮の()(すみ)に建てられた高い(せん)(とう)は、見張り台の役目も果たしていた。

 その城壁の上で、今夜の当直に当たる2人の歩兵が話していた。

 

「やれやれ、今日も()(とう)()で見張りかよ。これじゃ、まともに足元も見えやしない。こんなんで敵が襲撃してきたら、戦えんのかね?」

 

 歩兵のうちの片割れ「マッピー」が()()(こぼ)す。

 

「こらこら、そんなことを言うなよ……先輩にどやし付けられても知らんぞ」

 

 もう一方の片割れ「メヴィウス」が、マッピーを(たしな)める。

 

「とは言うがよ? 戦時中とはいえ、ちょっと前までガンガン明かりを()いていたのに、いきなり無灯火だぜ?まだ慣れねえよ」

「仕方ないだろ? あれだけ酷い目に遭わされたら、そりゃあ誰でも警戒するっての」

 

 2人の会話も(もっと)もであった。

 あの日……中央暦1640年5月28日、ロデニウス連合王国軍によって初めてエストシラントに空襲が行われたその日以降、ロデニウス連合王国軍は昼夜を問わず攻撃を仕掛けてくるようになった。メヴィウスのいう「酷い目」とは、ロデニウス連合王国軍の攻撃で皇都防衛隊が全滅し、軍港が艦隊ごと壊滅したことである。

 どうやら狙われているのは軍事施設ばかりのようで、必死で再建が行われている軍港や陸軍基地、そして属領統治軍が展開する臨時基地(とはいうが、仮設テントを並べただけである)が連日連夜やられていた。

 だが、たまにとんでもないところに爆弾が投下されることがある。最近だと昨日の晩、軍港と魔信用の空中線基地にロデニウス連合王国軍が空襲をかけたのだが、爆弾の1発が皇宮のすぐ目の前に落下し、正門の守備に当たっていた衛兵2名が吹き飛ばされた。辛うじて命は取り留めたものの、2人とも重傷だ、と聞き及んでいる。また、3日前の夜の空襲では、大通りの交差点に爆弾が落下している。この時は、人通りが少なかったためもあって、()()()()死者はいなかった。だが、負傷者が出た上に舗装が吹き飛ばされ、馬車が通行止めを喰らってしまった。ちなみに、この復旧工事はまだ完全には終わっていない。

 

「ったく、ロデニウス連合王国も要らんことをしてくれやがる。これじゃあ、気持ちの休まる暇もありゃしない。それに、散々ビラだの爆弾だの撒いていきやがるから、毎日の仕事に『市街地の復旧』が増えちまって、まともな休みもない」

 

 マッピーは、ロデニウス連合王国軍に対してつらつらと恨み言を並べていた。

 

「まあ、仕事が大変なのは認めるがな」

 

 そう言いながら、メヴィウスは空を見上げる。今日は、陽が沈んでから風と雲が出てきており、星明かりも月明かりもない。ただ灰色の曇り空が広がるばかりである。

 その時、

 

「……?」

 

 メヴィウスは、首を傾げた。

 たった今、自分の視界を何かが横切ったような気がする。ワイバーンくらいの大きさの黒い影が、空を飛んで視界を横切ったような気がしたのだ。

 メヴィウスは目を凝らし、夜空を見上げる。だが、奇妙な影らしきものはもう見えなかった。

 

(気のせいか……?)

 

 (いぶか)しみながらも、今のはただの気のせいだった、とメヴィウスは結論付けた。そして、別の方角の空に視線を向けようとする。が、

 

「ん?」

 

 彼の視界に、不思議な光が映った。それは、小さな白い光の玉。星明かりよりやや大きい程度の大きさのその玉が、彼の目に映り込んだのだ。

 

「何だ、あの光?」

 

 彼の隣でマッピーが(つぶや)く。どうやら彼にも同じものが見えているようだ。

 

(星明かりか? だが、それにしちゃ変だ。動いてるように見える)

 

 それが、この光を観察してメヴィウスが感じたことだった。

 

「なあ、あれどうする? 上に報告するか?」

 

 マッピーが尋ねてくる。メヴィウスは低い声で答えた。

 

「いや……微妙なところだな。もう少し様子を見てからでも、遅くはないんじゃないか?」

 

 突然上空に現れた不思議な光の玉を、なおも見上げる2人。その時、どこからか大気を震わせて、グオオオオ……という重低音と、ヒュルルルヒュイーン……という甲高い音が聞こえてきた。

 

「何だ、この音は?」

「さあ?」

 

 マッピーとメヴィウスが声を交わすうちに、音はどんどん大きくなる。

 その音に、2人が何か恐ろしいものを感じた時。

 

ドガアァァァァァァン……!!

 

 強烈な爆発音……

 吹き飛ぶ皇宮の建物……

 発生する巨大な火炎……

 

 それらを彼らが視認した時には、既に遅かった。

 

 マッピーとメヴィウスは、共に46㎝砲から放たれた零式通常弾の爆発により、この世からその存在を消し飛ばされた。

 

 

 パラディス城にて会議が続く中、第3外務局長カイオスはあることを確信していた。

 

(やはり、もう皇国の執政権を今の者たちに預けておくわけにはいかない。革命を起こし、皇帝を退位させ、他の要職の者たちも無力化し、そして何よりレミールを捕らえた上で、ロデニウス連合王国と停戦交渉を行い、その後レミールを引き渡して、ロデニウス連合王国及び他の国家と講和するより他にない。

軍の中に、不満を持つ兵士が多いのは、好都合だな……とりあえず、こうした不満分子を集めてルディアス皇帝陛下を幽閉し、皇国の上層部を無力化して実権を握らなければ。

そして、今回の戦争の原因となったレミールを捕らえた上で、まずはロデニウス連合王国に降伏しなければ……)

 

 カイオスが、そんなことを考えていた時だった。

 たまたま窓際の方の席に座っていた彼は、グオオオオオ…という奇妙な重低音を聞いた。

 

(? 何だ、この音?)

 

 この音はだんだん大きくなってくる。それと一緒に、ヒュルルルヒュイーン……という甲高い音も聞こえてきた。

 この頃には、他の者たちもこの妙な音に気付く。

 

「何だ、この音は?」

 

 出席者を代表して、アルデが発言する。

 その時になって、カイオスはやっとこの音の正体に思い当たった。

 

 もしや、砲撃……!?

 

「陛下! 今すぐお逃げくださ……」

 

 カイオスは叫んだものの、()()()()

 

ドガアァァァァァァン!!!

 

 会議室に、大爆発が発生する。

 臣民統治機構長官パーラスや皇軍最高司令官アルデの姿が、爆炎の中に消えていく。自身も吹き飛ばされながら、カイオスは一瞬考えた。

 

(()()()()()()()()……!)

 

 その直後、第3外務局長カイオスの意識は、永遠に閉ざされた。

 

 

 同時刻、皇都エストシラント北部の高級住宅街。

 その一角にあるレミール邸では、レミールが失意のどん底に沈んでいた。

 

 いったい、何がいけなかったと言うのだろうか。

 自分はいつものように、皇国のためを思って仕事をした()()だった。

 恐怖により他国を従属させ支配する、というやり方を続けてきたパーパルディア皇国にとって、敵対する可能性がある国の国民に「教育」を行うことは、当然の行為であった。死者が100人で済むなど、皇国(というよりレミール)からすれば行きすぎた()()であった。

 軍事力や国力の圧倒的な差を背景に“脅迫外交”を行うことも、この世界では当たり前のことであるからして、特に問題はないはずだった。

 

 しかし、ロデニウス連合王国に対して「教育」を行った結果、同国は激怒して皇国に宣戦を布告。結果、皇国軍は連敗を続け、エストシラントにすら空爆を許し、海軍の艦隊はほぼ全滅、精鋭の陸軍にしても半分以上の戦力が失われた。同時にデュロもレノダも破壊し尽くされ、デュロはロデニウス連合王国の陸軍により占領された。

 そして今、皇国の空を自由に舞っているのは、皇国の誇るワイバーンロードやワイバーンオーバーロード…ではなく、ロデニウス連合王国軍の航空機だ。彼らは、ワイバーンの上昇限界を超えた空域を自由に飛び、何らの迎撃も受けることなく、攻撃したいところに爆弾を落として攻撃する。そのため皇国の被害は増し、軍と直接関係のない民間人にも死者が出る一方だった。

 

 そればかりか、皇国の惨敗をアルタラス王国のルミエス女王が公表し、他の属領に皇国に対する反乱をそそのかした。その結果、属領統治軍のいなくなった属領では、蛮族どもが一斉に武装蜂起。各属領の統治機構は、瞬く間に攻め落とされていった。

 そして、皇国から独立した各属領は互いに繋がり合い、「73ヶ国連合軍」を結成して皇国に宣戦布告。ちゃっかりその支援に入ったリーム王国軍やトーパ王国軍及び、デュロに上陸したロデニウス連合王国軍と共に、我が国に攻め込んできた。現在はアルーニが陥落し、その周辺にて激しい戦闘が発生しているが、防衛線は次第に切り崩され、敵はパールネウスに迫りつつある、と聞き及んでいる。

 また西では、皇国の属国だったパンドーラ大魔法公国が裏切り、マール王国と共に我が国に宣戦を布告。陸海空における激しい攻防戦の末に、レノダが陥落した。皇国西部でも戦闘が起こっており、ロデニウス連合王国軍の航空支援の前に、皇軍は後退の一途を辿っている。

 そのついでとばかりに、第三文明圏内外に国土を持つ全ての国家がパーパルディア皇国に宣戦を布告してきた。結果、パーパルディア皇国は()()()1()()()、100ヶ国(元属領73ヶ国を含む)を相手に戦争をする羽目になっている。“ただの文明圏外国1国との戦争”は、今や“第三文明圏全体を巻き込んだ大戦争”と化してしまっていた。そして、その100ヶ国の中心には、ロデニウス連合王国という超列強国がいる。

 もう、パーパルディア皇国の存亡に関わるどころか、皇国が滅亡に追い込まれるような状態になってしまっている。

 

 しかも、ロデニウス連合王国はこの私、「レミール」自身を探している。

 “殺人を行った犯罪者”として、この列強パーパルディア皇国の皇族を捕らえ、法律によって裁くつもりらしい。

 

 ロデニウス連合王国が憎い。そして同時に怖い……!

 

 レミールはふと、開戦前に会談を行ったサカイという人物の顔を思い出す。開戦前の会談で、彼はこんなことを言っていた。

 

『蛮族蛮族と偉そうに言うが、我々からすれば全くの逆だ。我が国の国力を見抜けない、いや、見ようとすらしていない。お前たちこそ、()()()()()()()()()でしかないぞ!』

『今回の行為に関して、誇りある我がロデニウス連合王国政府は、決して見て見ぬふりはしない。必ず裁きが下されるだろう』

『我が国の真の力を知った時の、あなた方の顔が見物だな』

『いいですか? ここがスタートラインです。来年には、パーパルディア皇国という存在は、“歴史書の中”にしかその存在を認められていないでしょう。つまり、来年にはあなた方の国が滅んでいるだろう、という()()です』

 

 負け犬の遠吠え、弱き者の戯言としか思っていなかった。

 しかし、現実は………

 

 私は、ロデニウス連合王国の力を、見誤ってしまった。

 

 そう考えたレミールの脳裏に、サカイの言葉が響く。

 

 

『その殲滅戦の宣言、忘れないでおいてくださいね。来年には、焼け野原になったこの街で、()()()()()()その言葉を思い出させてやりますから』

 

 

「駄目だ! 駄目だ、絶対に駄目だ!」

 

 レミールは、どうにかして生き残ろうと考えていた。

 我々からすれば、なんと往生際が悪いのか、としか思えないが。

 

 夜風に当たって混乱した思考を立て直そうと、レミールは部屋の窓を開け、バルコニーに出て空を見上げる。

 しかし空は曇っているらしく、月の他は星明かり1つ見えなかった。レミールの心の闇がそのまま空に反映されたかの如く、空は暗い。そして空と同様にレミールの心も曇っていた。

 

(……?)

 

 ふと彼女は、瞳に映った月に違和感を抱いた。そして、月をじっと見詰める。

 月は皇宮パラディス城の上にあって、白い光を投げかけている。だが……レミールには、それは月ではないように思えた。

 

(何だ……あの光は?)

 

 レミールは光を見上げる。その時、

 

ドドオオオオォォン……!

 

 鋭い音がレミールの鼓膜を衝いた。一瞬遅れて、地響きが彼女を揺さぶる。

 

(!?)

 

 その瞬間、彼女の(のう)()に不意に、“張り詰めた糸が切れるようなイメージ”が横切った。

 

「……陛下?」

 

 レミールの口から、呟きが漏れる。

 糸が切れるイメージに続いて彼女の脳裏に浮かんだのは、将来己の夫となるべき男・皇帝ルディアスの顔だった。そのため彼女は、つい「陛下?」と呟いたのである。

 レミールは(とっ)()に顔を下ろし、パラディス城の方を見る。そして彼女の目に飛び込んできたのは、()()()()()()()()()()

 

「陛下っ!」

 

 レミールの口から、言葉が絶叫となって飛び出す。

 何が起きているのかは明白だ。エストシラントは今、敵からの攻撃を受けているのだ。空襲なのか砲撃なのかは定かではないが。

 そして、皇宮パラディス城が赤々と炎を上げて燃えている。それが意味するところは、ただ1つだった。

 

 ルディアス皇帝陛下が、危ない。

 

「陛下……! 今すぐ参ります!」

 

 レミールは、ルディアスに聞こえもしない叫び声を上げると、階段を駆け下り、大急ぎでパラディス城へ向かおうとする。

 しかし1階で、メイドと出くわした。

 

「れ、レミール様!? いったいどちらへおいでになるのですか!?」

「決まっているだろう。陛下にお目にかかって、無事を確認する!」

「お止めください、レミール様! 危険です!」

 

 レミールは、引き留めようとするメイドの手を払い除けた。そして、私服のまま皇宮に向かって駆け出そうとする。その間にも、ドドオォォォン……と遠い爆発音が響く。

 

「レミール様、お止めください!! 大変危険です!!」

「うるさい、離せ! 陛下が、陛下が……!」

 

 両腕を掴み、抱き留めるようにして押し留めようとしたメイドを振り切り、レミールは今度こそ爆発音が響く外へと駆け出していった。

 

 

 皇宮パラディス城を目指し、レミールはなりふり構わずひたすら走る。その目には、今も攻撃を受けて崩れていく城が映っていた。

 

(早く、早く陛下の元へ……!)

 

 レミールの脳が考えているのは、ただそれだけである。

 皇宮の方へ近付くに従って、市街地から逃げてくる市民が増え始めた。その時、

 

ババババッ……ドドドドドォーーン!!!

 

 突然、上空に巨大な炎の花が咲いた。直後、その火花が大量に市街地に落下する。

 次の瞬間、大量破壊が発生する。窓ガラスが叩き割られ、建物の屋根が吹っ飛び、壁に大穴が開き、地面が()(そう)ごと耕される。そして、市街地の各所で火の手が上がった。

 

 

「艦橋から見張りへ、敵王城の様子はどうですか?」

『こちら右舷見張り。3回の斉射は、いずれも良好な命中精度である模様。吊光弾の明かりの下でも、王城の形が変わっているのがはっきり見て取れます』

 

 砲撃の様子を観測していた「大和」の見張り所では、3回の斉射によって形が変わったパラディス城が朧気ながら見えていた。あれではおそらく、パラディス城にいた人たちは、大半が助かっていないだろう。

 

「分かりました。これより、弾種を三式弾に変更。全力射撃を以て、エストシラント東部を火の海にします。砲撃用意!」

 

 報告を受けた"大和"は、通常弾による王城への攻撃は十分な戦果を上げた、と判断した。そしてここで、作戦通りに「三式弾」に切り替えての砲撃を指示する。

 

「は! 一斉撃ち方! 弾種三式弾! 射撃諸元そのまま!」

 

 砲術長妖精が、"大和"の命令を艦内電話で伝達する。

 「三式弾」の装填作業が、自分の見えないところで確実に進行していくのを感じながら、"大和"は目を閉じて、心の中で詫びた。

 

(何の罪もない、エストシラント市街地にお住まいの皆様……申し訳ありません。ですが、これは()()です。それも、私たちはあなた方の方から殲滅戦を言い渡されました。よって、取れる手段は全て取らなければなりません。それが、私たちの国民を守るただ1つの方法です。

あなた方が賢明で、『トワイライト作戦』の時の警告に従って、エストシラント市街地から逃げてくれていることを祈ります……)

 

 もちろん"大和"自身も、それがただの願望にすぎないことは分かっている。おそらく今頃、エストシラントの市民たちは逃げ惑っていることだろう。

 だが、これは戦争であり、自身は提督の命令に従う他ない一艦娘にしかすぎないのだ。ならば、提督の命令に従って行動するだけ。

 

「装填よし! 射撃用意よし!」

 

 「三式弾」の装填が完了した。

 "大和"は、さっと右手を振り上げる。

 

「主砲三式弾、砲撃始め!」

「は! 一斉撃ち方、用意!」

 

 砲術長妖精が"大和"の命令を伝達した直後、

 

ジジーッ、ジジーッ、ジジーーッ

 

 また、ブザーが鳴り響く。

 

「てぇ!」

 

 ジジーーーーー

 

 長く、ブザー音が艦内に響いた。

 その直後、

 

ズドドドオォォォォォォォン!!!!!

 

 3基の「46㎝三連装砲」が、雄叫びを上げる。その砲撃音は全ての音を圧し、艦体には強烈な反動がかかった。

 耳に響く砲撃音が収まるのを待ち、"大和"は新たな命令を下す。

 

「副砲も、撃ち方始めてください!目標はエストシラント市街地です。大使館街がある市街地北西部は避けて、それ以外の場所を狙ってください」

「は! 副砲、一斉撃ち方用意!」

 

 ここで"大和"は、「主砲と副砲を同時に使用しての全力射撃」を決断した。

 それは、偶然にも1年程前、第二文明圏において列強だったレイフォル国の首都レイフォリアが、グラ・バルカス帝国の戦艦「グレードアトラスター」の全力砲撃によって破壊された時と、同じような光景だった。

 

 

 エストシラント市街地は、あっという間に深夜の静けさを破られ、()()(きょう)(かん)の火炎地獄と化した。

 夜の静けさを圧して響き渡る砲声と爆発音、爆発の度に崩れていく建物。

 市民たちは叩き起こされ、ある者は()()(まなこ)を擦りながらベッドから起き上がり、ある者は窓の外を赤々と照らす業火を見て、弾かれるようにして駆け出した。

 しかし、空からは新たな砲弾が次々と落下してくる。15.5㎝の(パーパルディア皇国基準で)超巨大な砲弾が建物を粉砕したかと思うと、市街地上空に太陽が現れたか、と錯覚するような光が出現する。しかし、その光はすぐに無数の流れ星となって地上に降り注いだ。

 黄金色にも見える無数の小さな流れ星が家並みに向かって降り注ぐや、窓ガラスが弾け飛ぶようにして割れ、建物には火の手が回る。一部では屋根を貫通した光弾……「三式弾」の子弾が、吹き抜けに飛び込んで1階の床に落下してしまい、炎が床に敷かれた(じゅう)(たん)に燃え移って、1階から順に燃えていく建物もあるほどだ。

 すっかり目を覚ました市民たちは、様々な格好で道路に飛び出し、あちらこちらと駆けずり回る。寝間着姿の者から平服の者、身の回りにあった必要最小限の荷物だけ持って飛び出してきた者。寝ぼけたあまり、靴を片方履き忘れている者もいる。わざわざ荷車を持ち出して、燃え盛る自宅から運び出せるだけの家財を運び出そうとしている一家もいる。中には果敢にも、消火活動に当たろうとして、広場にある魔導噴水から水をバケツに汲んで持ってくる者もいるが、46㎝砲や15.5㎝砲の破壊力の前には、()()()()の"焼け石に水”でしかなかった。

 

ババババババッ……ドドドドドドーン!!!

 

 空中に巨大な炎の花が咲き、それが一瞬後に市街地に落下して、新たな火の手が燃え上がる。運悪く、子弾の直撃を受けた幌馬車が一瞬で火だるまになり、馬車に乗っていた家族は全員が黒焦げにされてしまった。火が燃え移った馬が、悲鳴を上げて狂ったように走り出し、全身に炎が回った御者が馬車から転げ落ちる。

 

「あなたぁぁぁ! 嫌あぁぁぁぁぁ!」

「おとおさぁぁぁぁぁん!」

 

 ある通りでは、成人した女性と幼子が泣き叫んでいる。彼女たちの前には、高所から落下してきたと思われる巨大な瓦礫が、石畳を突き破るようにして突き刺さっていた。その下から、男性の下半身だけが突き出ている。瓦礫の周囲には、一面に赤い液体が飛び散っていた。

 建物はある物は完全に倒壊し、ある物はほとんど松明と化し、またある物は尖塔をもぎ取られている。そのもぎ取られた尖塔が市街地に向かって倒壊し、下にあった建物を押し潰して全壊させる。そこへ、だめ押しとばかりに火が回る。エストシラント市街地は今や、火の海と化そうとしていた。

 そんな中、

 

「くそっ、ヤバい!」

 

 1人の男……グラ・バルカス帝国諜報員・エンリケスも、避難民に混じって逃げていた。無線機を入れた鞄を、肩に背負っている。

 

(こいつは……もしや、艦砲射撃か!?)

 

 エンリケスは、そのように考えていた。

 今しも、彼は交差点にさしかかるところである。そこで左を……つまり海の方を見た時、暗い海上にパッと閃光が光った。そして、艦のシルエットらしきものがはっきり見えたのだが……

 

「なっ!?」

 

 彼はつい、足を止めてしまった。

 海上に見えた艦影……それを、()()()()()()のだ。

 

「ぐ……グレードアトラスターだと!? 何でここに!?

アンタレス型艦上戦闘機みたいな機体を有していたから、有り得なくはないが……もしかしてロデニウス連合王国は、グレードアトラスター級戦艦も保有しているというのかっ!?」

 

 だが、彼はその先を続けることはできなかったし、これを本国に報告することもできなかった。というのは、ついうっかり足を止めたばっかりに、彼は家族に連れられた子供に後方から激突され、転んでしまったのだ。そしてそこに、「三式弾」が直撃したのである。

 爆発の閃光が収まった時には、火の海の中にグシャグシャに潰れ、焼け焦げた幾つもの死体が折り重なり、その影に隠れるようにして鞄が転がっているだけだった。

 

 

 地獄のようになった市街地を必死で走ったレミールは、いつもの倍以上の時間をかけたものの、なんとか皇宮パラディス城に辿(たど)り着いた。が、

 

「なっ……!?」

 

 そこにあったのは、ほとんど()(れき)の堆積場のような有り様になったパラディス城だった。

 レミールは崩れかけた門を潜り、敷地内に入る。入った途端、彼女はあまりの惨状に息を呑んだ。

 高く聳えていたはずの城壁は、見るも無残な大穴を開けられ、破壊されている。どれほどの破壊があったのか、想像も付かない。

 左右対称に作られていた美しい庭も、面影はどこへやら。そこにあったのは、荒地のような凸凹の地面と薙ぎ倒された木、そして水浸しになった石畳だった。噴水が破壊され、水が溢れていたのである。

 そして、あれほどの雰囲気を備えていた宮殿は、半ば倒壊してしまっている。一部では出火し、炎が燃えていた。

 

「へ……陛下ーっ!」

 

 レミールは声を張り上げる。応える者はいない。

 

「陛下……?」

 

 一歩踏み出しかけたレミールの足に、何かグニャリとした感触が伝わる。レミールは足元を見た。

 

 ……城壁にいたのであろう、鎧を着た兵士が倒れていた。下半身が無くなっている。レミールが踏みつけたのは、この遺体の腹部だった。

 

「ひいぃっ!」

 

 悲鳴を上げ、彼女はその場にへたり込む。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 遺体から目を背けようとした彼女、しかしよく見ると、どこもかしこも遺体と瓦礫だらけである。

 

「う……うぅ……」

 

 歯の根が合わず、ガチガチと音を立てる彼女の口から、呻き声が漏れる。

 少しした後、不意に響いた新たな爆発音に弾かれるようにしてレミールは立ち上がり、宮殿に向けて走り出した。

 地面が凸凹になっている上に、瓦礫やら遺体やらがそこかしこにあるため、走りにくいことこの上ない。だが、それでも彼女は、どうにか宮殿にたどり着いた。

 

「陛下!」

 

 レミールは叫びながら、周囲を見渡す。

 (そう)(ごん)な雰囲気を(かも)し出していた宮殿は、今や誰1人動く者のない荒れ果てた館と化していた。肉の焼け焦げた嫌な臭いが強く鼻を突き、目に入ってくるのは瓦礫か遺体のどちらか、という有様。

 レミールは、それらの遺体を1つずつ確認していく。真っ黒に焼け焦げ、元が男性だったのか女性だったのかも判らないほど焦げた遺体。瓦礫の間に横たわる片腕のみの遺体。瓦礫に押し潰され、半ば埋もれるような格好の遺体……

 

「ひぃっ!」

 

 第1外務局長エルトも、遺体と化して横たわっていた。焼け焦げてこそいなかったものの、46㎝砲弾の爆圧で手足はあらぬ方向にねじ曲がり、首がほとんど有り得ない角度でねじ曲げられている。

 

「あっ……ああ……」

 

 さらにまた、幾つかの遺体が見つかる。

 首が完全に吹っ飛んでしまっている遺体があったが、やたら派手な襟章と胸元の勲章、そして軍服のデザインから、辛うじて皇軍最高司令官アルデのもの、と見分けられた。

 その隣に、やたら目立つ金歯の遺体がある。これは、臣民統治機構長官パーラスのそれ(遺体)だ。

 

「うう! うぅぅぅ!」

 

 食い縛ったレミールの歯の間から、呻くような声が漏れる。だが実際には呻いているのではない。恐怖故に満足な呼吸ができず、必死になって空気を吸っており、その音が呻き声のようになっているだけだ。

 その時、

 

ドオオオオオオオォォン!

 

 大音響と共に、城が大揺れに揺れた。ガラガラと瓦礫が崩れる音がする。敵の砲撃が、城の近くに着弾したらしい。

 

「うっ……!」

 

 両手で頭を抱え、蹲るレミール。その彼女の前で、瓦礫の山がガラガラッと崩れた。その時。

 

「!?」

 

 レミールは、その瓦礫の山の下から新たな遺体が出てきたのを見て、目を逸らそうとして……とんでもないものを見た。

 その遺体は、頭部の右半分が吹き飛び、脳髄が(こぼ)れてきている。……が、問題はそこではない。

 

 その遺体に残る左耳には、皇帝しか付けられない耳飾りが付いていたのだ。そして遺体と一緒に、半分に割れた黄金の冠が出てきたのだ。

 

「あっ……ああぁ……!」

 

 レミールは震える足をどうにか動かし、その死体に近付く。そして、その遺体の顔の左半分を見て、絶叫を上げた。

 

 

 

「あああああぁっ!! 陛下ぁーーーっ!!!!」

 

 

 

 そう……この遺体は何を隠そう、パーパルディア皇国現皇帝にして、レミールの夫となったであろう男、ルディアス・フォン・エストシラントその人のものだったのだ。

 

 

「陛下……陛下ーっ!」

 

 レミールは、必死にルディアスに呼びかける。しかし、虚ろに開かれたその目は、レミールの方を向くことはなく、冷たくなったその口は何も語りはしない。

 

「陛下あぁぁぁぁぁぁっ!! うわあぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 生きている者がほぼ誰もいなくなり、「大和」の艦砲射撃に揺れるパラディス城の廃墟に、レミールの(どう)(こく)だけが空しく響いた。

 

 

時に、中央暦1640年6月6日午前0時。

アサマ作戦5合目「カタストロフ作戦」成功。パーパルディア皇国皇都エストシラント東地区、戦艦「大和」の艦砲射撃により壊滅。皇宮パラディス城、ほぼ全壊。

パーパルディア皇国皇帝ルディアス・フォン・エストシラント、皇帝相談役ルパーサ、第1外務局長エルト、第2外務局長リウス、第3外務局長カイオス、皇軍最高司令官アルデ、臣民統治機構長官パーラス、経済担当局長ムーリ、他パーパルディア皇国の国政を担う幹部クラス多数が死亡。また、エストシラント公爵家(つまりパーパルディア皇国の皇族)は、パールネウスにいた少数の者とレミールを除いて全滅。

まさに悲劇的結末(カタストロフィ)となったのであった。

 

 

「派手にやらかしたもんだな」

 

 燃え上がるエストシラント市街地を見て、堺は呟いた。

 

(流石は世界一の戦艦、ってわけか)

 

 そこへ、

 

「堺殿、あれは何だ!? 海軍には、あんな艦艇があるのか!?」

 

 半ば興奮した様子で、話しかけてくる者があった。

 

「ええ。我が艦隊最大の隠し玉です。アレもね」

 

 言いながら、堺は右手の親指を立てて後方を示した。そこに浮いているのは、戦艦「アイオワ」である。

 

「それよりもノウ将軍、攻撃の準備はできましたか?」

「ああ。たった今、全部隊の攻撃準備が完了した、と報告があった。いつでも行けるぞ」

 

 実は、「大和」が艦砲射撃を行うどさくさに紛れて、ロデニウス連合王国陸軍42個師団50万人は、迅速にエストシラント西部の砂浜に上陸していたのだ。

 

「分かりました」

 

 ノウに頷いて、堺は無線機を取った。

 

「第13軍団、準備は良いな?」

『第13軍団2万名、総員意気軒昂、準備良しであります』

『こちら()(こん)部隊。いつでも突撃可能です』

 

 どうやら第13軍団も、準備が整ったようだ。

 

「こちらも準備できました。

それではノウ将軍、お願いします」

「うむ」

 

 ノウは、左手に持った無線機のマイクに話しながら、さっと右手を振り上げた。

 

「これよりアサマ作戦6合目、ラグナロク作戦を発動する! 最終目的地はパールネウスだが、まずはこのエストシラントを攻め落とす!

全軍突撃せよ!

 

 6月6日午前0時、ついに「ラグナロク作戦」が発動した。

 

「「「「「国王陛下、バンザァァァァァァァイ!!!」」」」」

「「「天皇陛下、バンザァァァァァァァイ!」」」

 

 一斉に鬨の声を上げる兵士たち。

 そして、各々が銃剣を付けた九九式小銃や九九式軽機関銃、MP40、パンツァーファウスト等を持ち、師団ごとに固まってエストシラントに向けて走り出す。それに負けじと、九七式中戦車チハや九五式軽戦車ハ号も飛び出していく。

 ロデニウス連合王国とパーパルディア皇国との戦争は、ついに最終局面へと突入しつつあった。

 

 

 同時刻、戦艦「アイオワ」の艦橋では、ムー国観戦武官・リアスとラッサンが仰天していた。

 

「あ、あ……あれは……」

 

 リアスの口からは、声にならない声が漏れる。ラッサンも絶句していた。

 彼らの視線の先には、時折発砲炎を閃かせる大型の軍艦が1隻いる。そして発砲炎が閃くと同時に、影絵のように映し出されるその軍艦のシルエットは、2人も知っている艦のものだった。

 

「「ぐ……グレードアトラスター……!?」」

 

 2人のムー国人は、揃って同じ名前を口にする。

 

「おいリアス、あれはどういうことだ!? 何故グレードアトラスターがここにいる!?」

「いやラッサンさん、そんなこと聞かれても……!」

 

 ラッサンがリアスを詰問するが、分からないものは分からない。

 

「そ、そうだ! 今ロデニウスで調べ物に当たっているマイラス先輩なら、何か知っているかも……!」

「エストシラントを砲撃している、ってことは、あれはおそらくロデニウス連合王国の戦艦だ……! 第三文明圏内外の他の国に、あんなものを建造したり保有したりできる訳がないからな!

だが……何故ロデニウスが、グレードアトラスターを……」

 

 2人のムー国人は、揃って混乱していた。

 ちなみにその後ろでは、「アイオワ」の艦長である"Iowa"以下、艦橋に詰めていた多くの妖精たちが首を傾げていた。あの2人の外国人はいったい、Yamatoの何にあんなに慌てているのだろう、と。




はい、とうとう「カタストロフ作戦」の全貌が明るみに出ました。カタストロフ作戦の正体は、「戦艦大和によるエストシラント砲撃」だったのです。
カタストロフ作戦の動員兵力は3,000人、ということでしたが、あれは戦艦大和の乗組員の人数ですね。


総合評価ほぼ4,000ポイント到達だと!?
本当にありがとうございますっ!!

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ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

ついにアサマ作戦も最終段階。その手始めとして、エストシラントへの攻撃が開始された。ロデニウス連合王国軍が、エストシラントへ雪崩れ込む…
次回「燃え落ちる栄光」

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