鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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前話の「大和」による艦砲射撃は、相当に賛否両論あるようですね…。私としても、少々驚きました。

そもそもパーパルディア皇国に燃え落ちるだけの栄光が残っているのか…というツッコミは置いておいて、いきますよ!
お待たせいたしました、「燃え落ちる栄光」抜錨です!



063. 燃え落ちる栄光

 中央暦1640年6月6日 午前0時、パーパルディア皇国 皇都エストシラント。

 エストシラントといえば、地球でいうローマ風建築の建物がところ狭しと立ち並び、人通りも第三文明圏では最も多く、経済の中心でもある都市だった。第三文明圏に住まう者で「エストシラント」の名前を知らぬ者など、赤ん坊くらいのものだろう。

 

 その第三文明圏の中心都市にして、「華の都エストシラント」とまで称されたこの街は今、栄華ではなく戦火に包まれていた。

 

 市街地の東半分は酷い有り様になっており、ほとんどの建物が損壊して原形を留めていない、という(さん)(たん)たる状態である。戦艦「大和(やまと)」の全力砲撃によって発射された46㎝砲弾と15.5㎝砲弾は、エストシラントの市街地を構成していた石造りの建造物を破壊するには、十分すぎる威力を持っていた。

 建物が崩れ落ちて無数の()(れき)と化し、その上に覆い被さるようにして炎が燃える。燃えやすい物には事欠かないため、ひたすら炎は燃え、それが新たな炎を呼び、エストシラント市街地の東半分は今や火炎地獄と化していた。夜空を焦がさんばかりの大火の中、ほとんど崩壊したパラディス城が、異形のシルエットを影絵のように写している。まさに悲劇的結末(カタストロフィ)である。

 人々は炎と破壊から逃げ惑い、ある者は水気を求めて海へと向かい、ある者はこの炎から逃れんとして市街地の外縁部に向かって走る。またある者は逃げ遅れて火に巻かれ、倒れてゆく。

 

 

 そして……市街地の西外縁部では、激しい戦闘が発生していた。

 

「くそっ! ダメだ、防ぎ切れん!」

 

 市街地に続く道路に、丸太やら家具やら壊れた家の残骸やらを使って即席のバリケードを作り、防衛線を張っていたパーパルディア皇国軍の歩兵が叫んだ。

 現在、皇都エストシラントは、皇国南岸に上陸したロデニウス連合王国軍によって、地上攻撃を受けている。

 パーパルディア皇国皇軍のうち、新たに皇都防衛の任に就いた属領統治軍。そのうち皇都西部に展開していた警備部隊約2,000名が“即応部隊”として、ロデニウス連合王国軍と戦っている。だが、パーパルディア軍の即応兵力2,000名に対して、ロデニウス連合王国軍南方軍集団は42個師団(約50万名)。数の差が違いすぎる。

 しかも、守るパーパルディア皇国軍兵士の主力武器はマスケット銃であり、魔導砲は数少ない。ほとんどが、エストシラント基地空爆によって破壊されてしまったのだ。

 それに対してロデニウス連合王国軍は、ほぼ全員が少なくともボルトアクション式銃を中心とする小銃を所持し、一部の兵士は機関銃やパンツァーファウスト(これは、敵に戦車はいないと推測されていたが、市街地で咄嗟に使用するための“榴弾砲的な兵器”として持ってきていた。バズーカの転用みたいなものである)を持ってきている。歩兵携行型の軽迫撃砲として、八九式重擲弾筒を持つ兵もいた。

 また、九五式軽戦車ハ号や九七式中戦車チハ、ハノマーク装甲車が投入されており、歩兵の先頭に立って進んでいた。当然ながらこれらの車輌は、パーパルディア皇国軍の歩兵やバリケードを発見するや、砲なり機銃なりをぶっ放す。

 

 結論としては、攻撃する側であるロデニウス連合王国軍があまりにも強すぎて、パーパルディア軍は全く対応できていない。

 

ドガァン!

「ぐわあああ!」

「ぎゃあああ!!」

 

 九七式中戦車チハが撃った榴弾がバリケードに命中して炸裂し、タンスや机で作られていた即席のバリケードは木っ端微塵にされる。それと同時に何人ものパーパルディア皇国軍の兵士たちが吹き飛ばされて、空中に舞い上がった。

 数瞬後には、パーパルディア皇国軍の兵士たちはある者は地面に叩き付けられ、ある者は道端の木に激突する。木が大きな音を立てて折れ、地面には手や足を物理的にあり得ない方向にねじ曲げた兵士たちが倒れていた。もちろん、その全員が魂を失っている。

 もう既に、4つの防衛用バリケードが突破され、ロデニウス連合王国軍は市街地西外縁部に取り付きつつあった。

 

「早く、簡易基地に応援を要請しろ!」

「は、はい!」

 

 エストシラント市街地西外縁部を守っていた守備隊の司令官が、早口で命令を下した。

 もう、守備隊本部にまで敵が迫っているのだ。爆発音と銃声が大分大きくなってきているのが、何よりの証拠である。

 ちなみに、守備隊本部は市街地の西の端にある、空いた一軒家に設置されている。これは、ロデニウス連合王国からの宣伝ビラやら警告の放送やらを聞いたある下級貴族が、エストシラント基地空爆の1日前、5月27日に逃げるように引っ越して行き、その貴族が住んでいた家が空き家になったのを利用したものである。

 守備隊が築いていたバリケードによる防衛線は、兵力・技術いずれも圧倒的に強力なロデニウス連合王国軍の攻撃によって、奮戦の甲斐もなく次々と突破され、ロデニウス連合王国軍は確実にエストシラントに近付いていた。

 

 

 一方、エストシラント北部に臨時設営されている皇都防衛隊簡易基地は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

「市街地東部の様子はどうなっている!?」

「は。それが、敵の軍艦から砲撃された際に甚大な被害を受けたようで……市街地東側は大規模な火災が発生しており、道路も瓦礫によって塞がれたところが多い、と思われます。皇帝陛下の安否も不明です」

 

 報告を聞いた基地司令官が、苦い顔をして命令する。

 

「分かった。急いで皇都防衛隊の兵力を展開させよ!

ここにいる35万のうち、皇都東側に5万、この基地の防衛に10万を残せ。それ以外の兵力は、全て皇都西部に展開させろ! 急ぐんだ!」

「はい!」

 

 皇都防衛隊に回された属領統治軍の兵士たちは、各部隊ごとに急ぎ持ち場へと移動を開始した。

 しかし、そう素早く展開できるものではない。まず皇都防衛隊の兵士たちは、金属製の防具を着用して、マスケット銃や剣、人が持ち運び可能な野戦用魔導砲を持つなど、フル装備をしている。逆に言うと、武器や防具の重みがかかって、騎兵でもない限り素早く展開するのは難しい。

 加えて、市街地東部は「大和」の砲撃で壊滅的被害を受けている。家並みが破壊され、それらの瓦礫や炎によって道路は至るところで寸断されていた。場合によっては、石畳の舗装が抉られてもいる。このため、重い鎧を着てマスケット銃を持った歩兵隊の歩みは遅い。野戦用魔導砲があるなら尚更だ。

 そして、市街地の西部はというと、

 

「押すな押すな!」

「こらっ、割り込むんじゃねえ!」

「とにかく、火の無い方へ!」

「助けて……助けて……」

 

 道路という道路に、避難民の群れが(あふ)れている。彼らはどの方角が安全かも分からぬまま、とにかく安全を求めてめくらめっぽう逃げ惑っているのだ。

 これにより、道路は大混乱が発生しており、大軍の移動が極めて難しい状態にあった。ここに立体機動装置でもあるのなら、家並みを飛び越えて行けるから話は別であるが。

 

「くそっ、なかなか前に進めない……!」

 

 もう敵軍がすぐそこまで来ているというのに、思うように動けない。

 皇都防衛隊の兵士たちは、いらいらする他なかった。

 

 

 しかし、パーパルディア皇国軍皇都防衛隊の兵士たちが混乱の市街地を抜けるよりも、ロデニウス連合王国軍が市街地に肉薄する方が早かった。

 皇都西外縁部守備隊司令部は完全に機能を停止。それどころか司令部のある一軒家を巡って、争奪戦が起きている状態である。しかも、争奪戦にはそう時間はかからなかった。

 司令部のある一軒家に立て籠る、司令官以下40人のパーパルディア皇国兵を相手に、ロデニウス連合王国軍は兵法三十六計第六計「声東撃西」で対抗。正面玄関を九七式中戦車チハ改(新砲塔チハともいう。チハの車体はそのままに、砲塔デザインを一新して長砲身47㎜砲を搭載したタイプ)と九五式軽戦車ハ号の砲撃で吹き飛ばすと、九九式軽機関銃やらMG34機関銃やらを総動員して、正面玄関と二階に向けて激しい銃撃を浴びせ、パーパルディア軍の兵士たちを釘付けにした。その間に、庭に面した窓を破って機関銃中隊が潜入し、特殊部隊の如くMP40を構えて部屋を一つずつ落としていった。そして最終的に、味方に被害を出すことなく建物全体を制圧したのである。

 家自体がそこそこの大きさであったこともあって、直ちにこの建物を拠点にして、エストシラント市街地への侵攻陣地が築かれる。そして約10分後、

 

「これより、エストシラント市街地へ突入する。総員、突撃用意!」

 

 拠点に入ったモッツァラ・ノウ将軍が、魔信と無線で指示を出す。兵士たちは一斉に覚悟を決めた。直後、

 

「突撃ぃぃぃぃ!」

 

 お決まりの号令がかかる。

 

「「「「「国王陛下、バンザァァァァァァァイ!!!」」」」」

「「「天皇陛下、バンザァァァァァァァイ!」」」

 

 これまたお決まりの台詞と共に、ロデニウス連合王国軍の兵士たちは一斉に走り出し、戦車や装甲車を先頭にして市街地へと突入した。

 

 

 先刻の「大和」の砲撃により、地獄のような様相を呈したエストシラント市街地東部。今、新たな地獄が市街地西部に顕現した。

 パーパルディア皇国軍の兵士たちは、避難して人のいなくなった家々から家具類を引っ張り出したり、道路に放置された荷車を活用したりしてバリケードを築き、その裏に兵士を潜ませて迎撃態勢を取る。中には、家の戸板を引っ()がしてきて、それをバリケードに使う者もいた。そして、パーパルディア皇国皇軍の兵士たちはバリケードに潜み、マスケット銃や人が持ち運び可能な野戦用魔導砲を構える。

 それに対し、ロデニウス連合王国軍は“優勢火力ドクトリン”と“強襲浸透突破戦術”で対応。市街地を区切る幅の広い道路に戦車や装甲車を展開させ、パーパルディア皇国皇軍の兵士たちに激しい砲火や銃火を浴びせ、これを圧倒。その一方で、短機関銃を装備した歩兵隊を裏路地に送り込んで、戦車や装甲車がパーパルディア皇国皇軍の注意を惹いている間に後方に回り込ませ、一気に奇襲してバリケードに籠るパーパルディア軍を殲滅していった。あるいは高い建物に三八式歩兵銃や九七式狙撃銃を持った兵士を忍び込ませ、通りを移動するパーパルディア軍兵士を建物の上層階から狙撃する者もいる。

 この作戦で特に活躍したのは、戦車第11連隊が装備した九七式中戦車チハだった。その装甲で以てパーパルディア軍の魔導砲の砲撃を易々と跳ね返しつつ、バリケードを一撃で吹き飛ばせる威力を持つ砲撃を行って、歩兵隊の盾兼火力突破要員として縦横無尽の活躍である。

 

 バリケードに浴びせられる圧倒的な火力を前に、パーパルディア軍皇都防衛隊は必死で抗戦したものの、バリケードごと粉砕されるか、バリケードに釘付けにされたところを背後から奇襲されて射殺されるか、どちらかである。

 そして、皇都防衛隊の懸命の努力にも関わらず、圧倒的な火力と兵力の差の前に、防衛線は次々と突破され、戦線は次第に東進し、また北上していった。攻撃開始から1時間後には、ロデニウス連合王国軍はエストシラント中心街に到達し、通りを挟んで激しい砲火が交えられていた。

 そんな中、ロデニウス連合王国軍・第13軍団の一部の兵士たち(いずれも陸戦妖精である)が、崩壊したと見られる皇宮パラディス城に向けて進んでいた。彼らの目的は、パーパルディア皇国政府上層部メンバー、そして皇族の生死を確認し、生きているようならしょっ()いてくることである。

 進むに従って瓦礫が増え、車輌の侵入は難しい。そのため、歩兵隊を中心にした戦力での作戦遂行となった。

 

 そのうちの第2班は、4人一組でグループを作り、油断無く銃を構えて全周警戒しながらパラディス城に向けて進んでいる。

 あたかもどこかの国の軍の特殊部隊でもあるかのように、静かに進んで行く第13軍団の精鋭陸戦妖精たち。すると、パラディス城にほど近いところで、10人ほどのパーパルディア皇国兵と出くわした。

 距離にして、50メートルと離れていない。両軍の兵は反射的に銃を構え、相手に銃口を向けてトリガーを引いた。

 しかし、パーパルディア皇国の銃はマスケット銃(火打石銃)である。いわば火縄銃と同時代の銃であり、トリガー(引金)が引かれてから実際に弾が発射されるまでには、少し時間がかかる。それに対しロデニウス連合王国の銃は、トリガーを引けばタイムラグなしで銃弾を発射可能である。つまり、同時にトリガーを引いたとしても、発砲はロデニウス連合王国軍が先になるのだ。

 

ズドォン!

 

 4発の鋭い銃声がほぼ同時に街路に響く。照準(あやま)たず、4人のパーパルディア皇国兵が短い悲鳴を上げ、銃を落として地面に崩れ落ちた。

 直後、

 

パパパパパパーン

 

 地面に落ちた銃も含めて、10丁のマスケット銃が一斉に白煙を噴いた。

 しかし、それより一瞬早く、妖精たちは瓦礫の陰に身を隠し、銃撃を回避した。そして、敵弾が通過した直後に物陰から飛び出し、銃を構える。直後、彼らは()()()()()()()()トリガーを引いた。

 不発かと思いきや、

 

ズドォン!

 

 4丁の銃が火を噴く。

 今度は狙いが重複し、倒れたパーパルディア皇国兵は2人だった。しかし、

 

ズドォン! ズドォン!

 

 装填用のボルトを引くこともなく、4人は短時間の間に連続してトリガーを引く。10秒後には、パーパルディア皇国兵は全員が大地に倒れ伏していた。

 敵がいないのを確認して、再び歩き始めるロデニウス連合王国軍の妖精たち。そのうち一人がぼそりと呟いた。

 

「凄いものだな、この新型の小銃は……」

 

 

 そう、彼らが用いている銃は、従来の三八式歩兵銃や九九式小銃ではなかった。新型の銃だったのである。その名は、「M40GRG ガラント銃」。

 これは、ロデニウス連合王国陸軍が新開発した、半自動小銃である。用いている銃弾は九九式普通実包で、これは九九式小銃の弾と同じものであるが、ガラント銃は10発(正確には5発×2)を装填可能だった。そして、機関銃ほどではないが、連続射撃が可能となっている。

 

 ちなみに、読者諸賢の皆様はもう察しがついていることと思うが、この銃のモデルとなったのは、第二次世界大戦の米軍の主力小銃「M1ガーランド銃」、そして太平洋戦争末期に日本軍がそのガーランド銃をコピー生産した「四式自動小銃(五式小銃ともいう)」である。

 

 エストシラント市街地をゆっくりとだが確実に進み、そして途中で何度かパーパルディア皇国軍と遭遇してこれを殲滅しながら、彼らはついに巨大な廃墟と化したパラディス城に、他班に先駆けて到着した。

 3人が油断無くガラント銃を構えて全周警戒する中、1人がガラント銃を背中に背負い、代わりにMP40を持って崩れかけた城門に近付く。そして、なおも油断無く中を確認した後、右手を肩関節の高さに上げてちょいちょいと手招きした。手招きに応じて、残りの3人も素早く城門の中へ滑り込む。

 

 全周警戒を続けながら、4人は荒れた庭園を横切り、倒れた樹木や遺体を踏み越えて、奇怪なオブジェのようになっているパラディス城宮殿に向けて進んで行く。足元に大小の瓦礫やら遺体やらが散乱しているため、足場が悪いことこの上ない。

 それでもどうにか、宮殿に接近する兵士たち。と、不意に先頭に立つ妖精が、左腕を真っ直ぐ水平に左へ突き出し、後ろに続く妖精たちを止めた。

 

〔どうした?〕

 

 班長妖精が無声音で尋ねると、妖精は無言で建物の中の方を指し示した。

 耳を澄ませると、何やら奇妙な音が聞こえて来る。人が泣いている、(すす)り泣きの声のようだ。妖精たちの間に、緊張が走る。

 班長妖精が先頭に立ち、4人妖精たちはゆっくり建物の中に進入する。そこには、

 

「ぐすっ……ひぐっ……」

 

 銀髪が目立つ若い女性が、床にへたり込んで泣いていた。彼女の前には、瓦礫の山がある。

 

「おいお嬢さん、こんなところで何をしているんだ?」

 

 怪しい人物ではないと判断されたものの、接触しなければどうしようもないため、部下たちに周囲の警戒を任せた班長妖精が、その女性に声をかける。

 班長の声に反応して、女性がゆっくりとこちらを振り向いた瞬間、

 

「っ!」

 

 一瞬のことだった。

 班長妖精が素早く距離を詰めるや、その女性をガラント銃の銃床で床に打ち据えたのだ。そして、電光石火の早業で彼女の両手に手錠をかける。

 

「班長! 何を!?」

 

 班員が驚いたように尋ねると、班長は女性に(さる)(ぐつわ)を噛ませながら、怒りに満ちた声で答えた。

 

「やっと見つけたぞ……! この()()()()! 俺の友人を処刑しやがって!」

 

 そこでやっと、班員の妖精たちも目の前の女性が誰であるかに気付いた。

 

「レミール……!」

 

 作戦開始前に頭に叩き込んでいた、皇国政府上層部メンバーの顔写真(魔写)と女性の顔を突き合わせた妖精が叫ぶ。

 そう、この銀髪の女性こそ、フェン王国にてロデニウス連合王国の民100人を処刑し、そしてロデニウス連合王国に殲滅戦を宣言した()()()()()、レミールだったのだ

 

「あれだけの砲撃を叩き込まれて、まだ生きていたとはしぶとい奴だな。ま、最重要人物を生きたまま押さえられたから、良しとするか」

 

 班長妖精が呟いた時、

 

「班長、あれを」

 

 MP40を持った妖精が、先ほどまでレミールがへたり込んでいた瓦礫の山を示した。

 

「む? これは……?」

 

 班長は、瓦礫の山の中にあった遺体に近付き、その顔を良く観察する。

 

「よし! 皇帝ルディアスは死んだか。証拠が必要な以上、写真班の到着を待たねばならんが……」

 

 そこへ、別の班の妖精たちが次々とやってきた。

 

「すまん、レミールを捕らえたんだが、護送したいんでここをお願いしたい」

「なっ!?」

 

 2班の班長がそう告げると、他班の妖精たちがにわかに色めき立った。レミールは、親の仇でも見るような顔で2班の班長を睨み付けているが、班長はどこ吹く風といった様子である。

 

「良くやったぞ! 他の奴らはどうだ?」

「まだ何とも言えん。だが、少なくとも皇帝ルディアスの遺体は確認した。

証拠を残さねばならんから、写真班を待ってるんだが」

「それなら、俺たちの班と一緒に来た。ここは良いから、第2班はこの女(レミール)を連行しろ。市街地西部の臨時司令部まで連れて行け!」

「了解!」

 

 そう言うや、班長はレミールの腕を無理やり引っ張って、彼女を強引に立たせた。

 

「おら、とっとと歩け! このクソアマ!」

 

 だが、レミールは歩き出そうとしない。

 焦れったくなった班長は、すぐさまこう命じた。

 

「確か庭に、倒れた木があったな。おい、適当な枝を一本見繕って切ってきてくれ」

 

 命令に応じて、2人の妖精が駆け出していく。そして枝を見繕うと、軍刀を抜いて枝を切り落とし、小枝や葉を切り払っていく。

 5分と経たぬうちに、彼らは適当な太さの枝を一本、持って帰ってきた。

 

「よし。んで、これを……」

 

 班長は、自身の腰に付けていたロープを手に取ると、それでレミールの両手足を枝に縛りつけた。そして、あたかも狩りで捕らえた獲物の動物か何かのように、あるいはこれから丸焼きにする豚のように、レミールを吊り下げてしまったのである。

 

「これで良し。連行する!」

 

 レミールを捕縛するという大手柄を立てた第2班は、意気揚々と本陣に引き上げて行った。

 

 

 一方、パーパルディア軍皇都防衛隊は押され続け、いよいよ戦線は、市街地北外縁部にさしかかろうとしていた。

 ロデニウス連合王国軍は、大砲や銃の火力と戦車の装甲に物を言わせて、パーパルディア皇国軍を追い込んでいく。既にパーパルディア皇国皇軍皇都防衛隊は、戦力の大半が壊滅した状態となっていた。

 残存兵力は、エストシラント北部の皇都防衛隊簡易基地に向けて退却しており、逃げ遅れた一部のパーパルディア皇国軍兵士が、大使館街に逃げ込んでいた。ロデニウス連合王国は攻撃開始に先立ち、「各国の大使館は、如何なる攻撃にも晒されない『非戦地帯』である」と宣言している。そのため、大使館街に逃げ込んだパーパルディア皇国軍の兵士たちは、命だけは助かったものの、離れ小島にでも取り残されたように、そこからどこへも移動できなくなった。武器はあるが補給ができないし、そもそも食料も水もほとんどないので、彼らは事実上無力化されてしまったのだ。

 パーパルディア皇国軍皇都防衛隊は必死に応戦したものの、その甲斐もなく、エストシラントはロデニウス連合王国軍の攻撃で陥落しようとしていた。

 その時、

 

「グオオオオオ!!!」

 

 本能的に嫌悪感と恐怖を煽る(ほう)(こう)が轟いた。そして、人のような形をした生物が何体も、ロデニウス連合王国軍めがけて突進していく。その後方で指揮を執っているのは、

 

「さあ、行くのです! 奴らを一人残らず皆殺しにしてやりなさい!」

 

 元ロウリア王国の将軍アデムだった。

 彼は、ロウリア王国が陥落した時には、既に配下の魔獣兵団を率いてロデニウス大陸を去っており、パーパルディア皇国に身を寄せていた。そして、傭兵団として皇都防衛の任に就いていたのである……が、エストシラント基地空爆で、主力の魔獣は大半が吹き飛ばされていた。今ロデニウス連合王国軍に突撃しているのは、生き残った魔獣たちである。

 

「なっ!? 何でこんな所に、ゴブリンやオークがいるんだ!?」

「魔物がいるじゃないか! 何で!?」

「今はそんなことどうでもいい! 迎撃するぞ!」

 

 ロデニウス連合王国軍の兵士たちは、魔物の出現に一瞬たじろいだものの、すぐに気を取り直して戦闘態勢に入った。

 

「構え!」

 

 まるで戦列歩兵のように、ロデニウス連合王国軍の兵士たちはある者はしゃがみ、ある者は立ったままの姿勢で小銃や機関銃、擲弾筒を構える。その横に九七式中戦車チハや九五式軽戦車ハ号、ハノマーク装甲車が滑り込んできて、順次停止すると主砲の砲口や機銃を魔獣たちに向けた。

 

「撃てー!!」

 

 号令が下された直後、戦車が一斉に砲撃を放つ。兵士たちも、小銃や機関銃を発射した。

 九九式軽機関銃やハノマークの車載MG34機関銃の火線で貫かれたゴブリンが、悲鳴を上げて次々と倒れ伏していく。ゴブリンよりも巨大な体躯を持つオークが、チハ改の47㎜砲やハ号の37㎜砲で撃ち抜かれ、その体躯が粉微塵に弾け飛ぶ。放物線を描いて落下してきた八九式重擲弾筒の榴弾が爆発するや、ゴブリンロードが空中高く跳ね上げられる。ゴブリンロードは宙を舞った後、地面に叩き付けられて動かなくなった。

 相手が剣や槍、弓といった近接兵器で武装していたなら、魔獣兵団にもまだ勝機があっただろう。だが、ゴブリンたちが持つ鉈や剣といった武器のアウトレンジから、小銃やら機関銃やら大砲やらを撃ちまくられては、さしもの魔獣兵団もその力に抗い切れなかった。ゴブリンの数の暴力は、機関銃が相手では何の役にも立たず、オークの(りょ)(りょく)も大砲や榴弾の前には意味をなさない。

 

 魔獣兵団を指揮していたアデムは、すぐに不利を悟った。

 パーパルディア皇国軍と共同すれば、ロデニウス連合王国軍など容易に蹴散らせる……などと考えたのは早計だった。ロデニウス連合王国軍は、パーパルディア皇国のマスケット銃よりも性能の高い銃を開発し、それを全軍に行き渡らせていたのだ。しかも、高威力の魔導砲まで持っている。

 特に、一部の銃には何やら特別な機構が搭載されているらしく、弾を連続発射してきた。それによって、ゴブリンやゴブリンロード、オークまでもが、まるで草刈り鎌にかかった雑草のように、薙ぎ払われて斃れていく。

 あっという間に、魔獣兵団の損耗率は60%を突破し、部隊がほとんど総崩れになって遁走しつつある。

 

(これは、もう駄目ですね)

 

 アデムは即座に、これまで配下に置いていた魔獣兵団を切り捨てる決断をした。

 もうロデニウス連合王国軍を止めることはできない。まさか、列強パーパルディア皇国の軍隊を以てしても、クワ・トイネ公国の軍隊を含むロデニウス連合王国軍を撃破することができない、とは思わなかった。

 

(では、私もさっさと逃げることにしましょう)

 

 ところが、アデムがそこまで考えた時、ちょうどアデムがいる位置を狙って、九七式中戦車チハが砲撃を行った。それを目の端で確認していたアデムは、横っ飛びに飛び退る。次の瞬間、57㎜砲弾が着弾して爆発が発生した。

 すんでのところで砲撃を回避したアデム。しかしその直後、彼の足元が爆発した。上空から放物線を描いて落下してきた、八九式重擲弾筒の榴弾が着弾したのである。

 身体が宙に放り出され、視界が目まぐるしく回転した直後に、アデムの意識は闇の彼方に消え去った。

 

 アデム率いる魔獣兵団は、ロデニウス連合王国軍の猛攻に呆気無く壊滅し、そしてついにロデニウス連合王国軍の攻撃は、皇都防衛隊簡易基地に向けられた。

 皇都防衛隊は、基地に残っていた全ての物資を掻き集め、最後の抵抗を試みた。基地に残してあった10万の兵力に市街地から逃げ戻ってきた兵力を合流させ、合計13万の兵力で(じゅう)(しん)防御陣地を構築して、ロデニウス連合王国軍を迎え撃ったのだ。

 しかし、ロデニウス連合王国軍は九七式中戦車チハとチハ改(新砲塔チハ)を前面に押し出して露払いとし、皇都防衛隊の砲撃や投石機で投げ付けられる爆弾を弾きつつ、前進してくる。戦車に向けて皇都防衛隊の兵士たちがマスケット銃で一斉射撃をするが、銃弾は軽い金属音を立てて弾かれるだけに終わる。

 それも当然のことで、九七式中戦車チハの装甲は、車体前面で25㎜ある。太平洋戦争においては、75㎜砲を装備したアメリカ軍のM4シャーマン中戦車はおろか、37㎜砲しか持たないM3スチュアート軽戦車にすら悪戦苦闘するほどの有り様だったチハだが、歩兵が相手なら性能は十分だ。加えて、パーパルディア皇国の魔導砲は射程が2㎞しかない上に、砲弾も球形である。幾ら炸裂魔法が付与された砲弾だとはいえ、軟目標に対する破壊力はともかく、装甲化された対象を破壊するのには向いていない。砲弾の形状が、装甲を貫通するには向かないからだ。

 

 という訳で、九七式中戦車チハは水を得た魚のように縦横無尽に暴れ回り、砲火力で皇都防衛隊を沈黙させるなど大暴れである。そこに、九五式軽戦車ハ号とハノマーク装甲車に守られたロデニウス連合王国陸軍の兵士たちが突撃し、銃撃で皇都防衛隊の兵士たちを片っ端から撃ち倒してゆく。テントは戦車の砲撃や擲弾の爆発で吹き飛ぶか、あるいは炎の塊と化して燃え崩れていった。

 攻撃開始からたった30分で皇都防衛隊基地は全滅し、皇都防衛隊司令官以下の首脳部は自決または戦死。生き残った兵士たちは、バラバラになって遁走していった。

 

 

時に中央暦1640年6月6日 午前4時22分。

朝焼けが東の空を明るく染める頃、ついにエストシラントは陥落し、ほぼ全域(大使館街を除く。そのため、「ほぼ」という表現になった)がロデニウス連合王国軍によって占領された。市街地東部を中心に、市街地のあちこちでまだ偶発的な戦闘は起きているものの、それ以外には大規模な戦闘はなく、ロデニウス連合王国軍によってパーパルディア皇国軍・皇都防衛隊の敗残兵の掃討が進んでいた。もはや市街地に、皇都防衛隊の大規模部隊の姿はない。

パーパルディア皇国はついに首都までもが陥落し、もはや誰の目にも戦況は明らかであった。「この世界」の歴史上、首都に攻撃を受けて占領された国が生き残れた試しはない。すなわち、第三文明圏に覇を唱える国だった『列強パーパルディア皇国』は、今や()()に向かっているのだ。

 

 

 ロデニウス連合王国軍の臨時(野戦)司令部は、エストシラント市街地西外縁部の一軒家を離れ、皇都南部の海軍本部跡に移っていた。そこでは何人もの兵士たちが地図と睨めっこしたり、陸軍の各部隊からの無線や魔信を拾ったりして、戦況の把握を続けている。それらの情報を受けて、ノウ将軍が攻撃の総指揮を執っていた。そして堺は、この臨時司令部にて軍師として作戦展開を考えたりしていた。

 「止まるんじゃねえぞ……」などと言われようが言われまいが、軍隊というものは作戦目標を達成するまでは止まる訳にはいかない。早くも堺は、次の段階のことを考えていたのだ。

 その堺の元に、パラディス城の様子を見に行った妖精たちが、何かを担いで戻ってくる。

 

「提督! レミールを捕らえました!」

「何っ、本当か!?」

 

 堺は、慌てて立ち上がった。

 担がれてきたモノが地面に置かれ、手早く縄が解かれていく。それは、銀髪の目立つ若い女性だった。

 

(ふむ……間違いないな。本人だ)

 

 何ヶ月も前の記憶と照合させ、堺はこの女がレミールであると確信した。

 レミールを担いで運ぶのに使われた木の枝が放り出され、彼女は無理やり(ひざまず)かせられる。そして猿轡が外され、彼女は口が利けるようになった。

 

「お久しぶりですね、レミールさん」

 

 数ヶ月前、ロデニウス連合王国がパーパルディア皇国から絶対的隷属を要求され、ロデニウス連合王国がそれを撥ね付けた時。そして、パーパルディア皇国がロデニウス連合王国に殲滅戦を宣言した時。

 『あの時』とは立場も状況も何もかもが逆転したような状況で、2人の対話が始まった。




はい、ついにエストシラントも陥落。
歴史的に考えて、首都が陥落した国が生き残れた試しはほとんどないんですよね…。首都を奪われてまだ残っている国といったら、「アルス○ーン戦記」のパルス王国か、エス○ンのどこかの国くらいのものではないでしょうか?


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次回予告。

戦火に包まれ、陥落したエストシラント。その一角にて、堺とレミールの対話が始まる。一方、73ヵ国連合軍の動静は、そしてまだ有力な部隊が残っている「聖都」パールネウスでは…
次回「アサマ作戦6合目 パールネウスに向かって」

p.s. 昨日5月21日から、「艦これ」のイベントが開始されました。それに伴い、拙作の更新速度が遅くなることが予想されます。ご了承のほど、よろしくお願い申し上げます。

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