鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
あと、某作品にてレミール閣下2号が降臨したようですね。同志ができるとは…嬉しい限り。
中央暦1640年6月6日 午前5時、パーパルディア皇国 皇都エストシラント。
エストシラントと言えば、第三文明圏の列強パーパルディア皇国の首都であり、また“第三文明圏一の大都市”にして、“同文明圏の経済の中心”とも言える都市である。第三文明圏内外各国や属領から
今、この街の姿は変わり果て、かつての繁栄の面影はどこにもない。
市街地の東半分は「
これらの被害は、戦艦「
市街地の西半分は、現在進行形で燃えている建物が多い。というのは、西半分は「大和」を始めとするロデニウス連合王国海軍艦艇の艦砲射撃こそ受けなかったが、ついさっきまで市街戦が行われ、魔導砲の砲弾やらロケット弾やらが飛び交っていたからだ。それらによって発生した戦火は、そう簡単に収まるものではなく、今も尚黒煙を上げる高層建築が多数並んでいたのである。細長い建物の上層階から黒煙が上がり空を黒く染める様子は、まるで“太い線香”のようだ。
ただし、市街地北西部にある大使館街とその周辺の建物には、被害はなかった。
エストシラントは現在、上陸してきたロデニウス連合王国軍の占領下に置かれていた。あちこちの通りには、ライフル銃を持った歩兵隊が小隊単位で集まって展開している。市街地北外縁部には、戦車隊が集結して進撃準備を整え、その周囲を短機関銃を持った歩兵たちが警戒している。
そのロデニウス連合王国軍の本陣は、市街地の南側、皇国海軍本部の跡地付近に置かれていた。といっても野戦用の陣地なので、机や椅子や魔信の機械を並べ、その上に簡易テントを張っただけである。
本陣内にて、前線に立つ軍師の一人として着任していた堺は、縄で雁字搦めに縛られた一人の若い女性と対面していた。彼女は自宅用のものと思われる簡素な衣服姿だったが、その生地は明らかに高級品のそれである。そして特に目立つのが、髪型こそ乱れてはいるものの、それでも美しさを失っていない銀髪だった。間違えようもない。
「お久しぶりですね、レミールさん」
堺が先に口を開いた。
そう、囚われていたこの女性は、レミール・フォン・エストシラントその人だったのである。
「殲滅戦の宣言の時以来……でしょうか。覚えていますか? あの日の私の予言を。
『来年には、“パーパルディア皇国という存在”は、「歴史書の中」にしかその存在を認められていないでしょう』……。
貴国は一年どころか、
事実を指摘しているだけであるが、堺の言い回しには2つの感情が……「蔑み」と「優越感」が見え隠れしている。
それに気付かないレミールではない。しかし、彼女は縛られた上に屈強なドワーフの兵士に押さえ付けられ、
堺は彼女を上から下まで眺め回した後、ぽつりと呟いた。
「無様だな」
たった一言の指摘ではあった。だが、それがレミールの心に火を点け、彼女を突き動かした。
「こんなことが許されるとでも思うのか?」
レミールの口から、言葉が零れ出す。
「列強たるパーパルディア皇国の皇族を捕らえ、しかも
少し震えた声で吐き出された言葉、それは彼女の精一杯の虚勢だった。
レミールも、自身の立場が圧倒的に不利であることくらいは百も承知である。しかし彼女のプライドが、屈服を、挫折を、許さなかったのだ。
「あ? 相手が外国人だろうと、“大量殺人の
それに、“殲滅戦”って言い出したのは
皇帝が死んだことについては、『気の毒だった』としか言い様がない。だが、一つ言えることとしては、彼が
実は、今堺が言ったことは“嘘”である。
だって、思い返してほしい。カタストロフ作戦の目標には「皇帝ルディアスの殺害」が挙げられていたはずだ。
あれは“狙って行われた軍事行動”だったのであり、ルディアスの死は
「何だと!?」
淡々と事実を指摘した堺に、レミールは自身の立場も忘れ、怒りに駆られて叫んだ。それを冷たい目で見下ろす堺。
「お前たちは、文明圏外にある国の民だ。その分際で、列強たるパーパルディア皇国の皇族を捕らえる、なんてことが許される訳がないだろう!
だいたい、私が
ガンッ!
その瞬間、レミールの目の前に、
レミールが「高が文明圏外国の平民」と言った途端、堺はお付きの妖精の手から軍刀を引ったくるようにして受け取った。そしてそれを、目にも止まらぬ早業でレミールの眼前に鞘ごと突き立てたのだ。
軍刀の石突が石畳を叩く、鋭い音が響く。
「ふざけるな!!」
雰囲気を一変させ、怒りのオーラを全身から滲ませた堺が、真っ向からレミールに怒声を叩き付けた。その迫力に気圧され、レミールが口を
「
貴様のその行為のせいで、どれだけの人が泣いたと思ってる! 人生を大きく狂わされた人が、何人いると思ってやがるんだ!
文明圏外国の人の命を、『物』だとでも思ってやがるのか? そうした人々に、感情がないとでも思ってやがんのか!」
ここで堺は一瞬息を吸い込み、そして声を大にした。
「人間はな、愛情が無ければ育たないんだよ!!!」
そして尚も堺は続けた。
「貴様が何の気なしに消した命はな、どれも皆赤ん坊の頃から両親の、家族の、その他多くの人々の愛情をたっぷり受け、宝石を大事に磨くようにして育てられた、大切な命だった! それを、弄ぶかのようなやり方で簡単に消しやがって!!
しかも反省するんならともかく、言うに事欠いてこれか! 敗戦国の囚われの身の分際で、しかも自分の言葉一つで敵味方問わず多くの血を流した立場で、よくそんな口が利けたもんだな!!」
一息にそう言い切った堺は、改めてレミールを見下ろした。
彼女の唇はわなわなと震え、彼を睨む瞳はその威圧感を失っている。やがて彼女は俯き、
「ううっ! うううっ……!」
「提督、こやつはどうなさるおつもりで?」
「ん? ああ、どうせ取り調べをせにゃならんから、本国送りだ」
ついさっきまでレミールに対してブチギレていたというのに、堺の声はいつもと変わらない調子に戻っている。
「はっ。移送手段については、如何いたしますか?」
「うーん……」
堺は下顎に手を当て、少し考えてから口を開いた。
「『大和』を使おう。あの艦は他の艦に先駆けてタウイタウイに帰還しないといけないし、ある意味都合が良い。それに、上が“
そういう訳で、ランチを寄越すよう『大和』に言ってくれ。『戦争犯罪人を護送する故、重武装の水兵隊付きでランチを一隻、我が軍の上陸地点に寄越せ』と」
「はっ」
妖精が無線機へと向かうのをちらりとだけ確認して、堺は「憲兵」と書かれた腕章を付けた、カーキ色の衣服を着た一団に視線をやる。
「聞いていたな?」
「もちろんであります」
妖精憲兵隊を束ねる色白の女性……"あきつ丸"が、挙手の礼で応じる。
「という訳で、この女を上陸地点に連行しろ!」
「
堺に返事をした"あきつ丸"は、指をパチンと鳴らした。すると、憲兵の中でも最も体格の良い4人の妖精が頷き、レミールを無理矢理立たせようとする。
「おら、立ちな!」
「さっさと歩くんだよ!」
こうして、レミールはロデニウス連合王国軍に逮捕・連行され、ロデニウス連合王国本土(正確にはタウイタウイ泊地)への移送が決定した。
「あ、ちょっと待った!」
連行されていくレミールの背に、堺が呼び止める声をかける。
「レミールさん。あんたは今から、ロデニウス連合王国本土に身柄を移送される。それに使う船なんだが……使う船は、このエストシラントの東半分を
都市の半分を焼け野原にするだけの力を持った我が国の軍艦、その肌で感じてきな」
「ったく、あのクソ女は……」
レミールが連行された後のロデニウス連合王国軍本陣で、堺は思い切り悪態を吐いた。
堺にとっては、彼女は最後まで“いけ好かない存在”だった。しかも、敵味方問わずこれだけ多くの血を流しておいて、
(ま、最重要犯を生きたまま押さえられたのは大きかったな)
堺がそう考えた時だった。
「将校殿! 大変です!」
第13軍団に所属する陸戦妖精が駆け込んできた。その手には見慣れない鞄が提げられている。
「いったいどうした?」
「は、パーパルディア皇国兵の残党掃討中に、市街地交差点にてこれを発見したのであります」
そう言うと、妖精は鞄を突き出した。
「何だこりゃ?」
「開けていただきたいであります」
言われるがまま、堺は鞄を開けて…中から出てきた機械に目を見開いた。
「これ……ポータブルの無線通信機じゃないか!? 何でそんなのが交差点に落ちてんだ!?」
「不明であります。何やら“文字らしきもの”が刻まれておりますが、読めないであります」
妖精は、その通信機の下部を示した。そこには、奇妙な文字らしきものが刻まれている。
(ムーが、パーパルディアにも観戦武官を送ってたのか? いや、ムーにとってはパ皇の技術なんか解析済みのはずだ。
となると、これはムーではなく“別の国のもの”、ということか!? しかも、ポータブルの無線通信機を製造できるような“科学技術文明国家”があるのか!?)
堺はすぐさま、フルスロットルで頭を回転させた。
(こりゃあ……ムーが何か隠してやがるか、それとも“別の国”がパーパルディアにスパイを送ってたか、どっちかだろうな。しかも、この世界には珍しい科学技術文明国家だ。もしかしてだが、
そういえば風の噂に聞いたが、第二文明圏の外側に新たな国家が出現し、何やら秩序を乱し回っているとか。こりゃ商人たちから噂程度でも情報を集めたりする必要があるな。ムーの観戦武官の皆様……に質問するかどうかは、後で考えよう。まずは目の前のことだ)
堺は、鞄を持ってきた妖精に尋ねる。
「今の第13軍団だが、手が空いている兵力はどのくらいだ?」
「は。現時点ですと、600名程になります」
「この鞄の持ち主はどこだ? そもそも生きてんのか?」
「さて、それは怪しいであります。この鞄を発見した時、周囲には焼け焦げた遺体が散らばっていたでありますので。
それに何分、あの戦艦の砲撃があった後です。死んでいてもおかしくありますまい」
「うーむ、それもそうか。
よし、手空きの600人全員を総動員して、この無線機と関わりがあるようなものを……例えば暗号用の乱数表とか…何でも良いから探してくれ。瓦礫になった市街地を片っ端からひっくり返してでも、是非とも見つけて欲しい」
「ひえっ……こりゃまた重労働ですな。戦闘よりきついかもしれん……後で追加報酬頼みますよ」
「もちろんだ、分かってる」
「それと、暗号表らしいものでしたら、鞄に入ってましたよ。一部だけでしょうが」
「何、そりゃ本当か?」
「はい。ごゆっくりご覧になってください」
そう言うと、妖精は退出していった。
堺は鞄を開け、暗号表と思しき書類を引っ張り出す。そして、それと無線機とを交互に見ながら考えた。
(この暗号表は最高機密書類扱いにして、とっとと"
それにしても、こりゃ戦後処理以外にもう一波乱あるだろうな。やれやれ、面倒くさい……)
ちなみにであるが、堺の手に渡った無線機の下部に書かれていたのは、“とある企業”のロゴマークだった。堺には読めない字で「カルスライン」と書かれていたのである。
カルスライン……そう、グラ・バルカス帝国の企業であるカルスライン社だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
いったい、何が間違っていたのか……?
彼女は何度も、“自身がしたこと”を思い返す。
「恐怖」という絶対服従の方法を以て、他国を支配する。その前段階として、レミールが行っていた「虐殺」という方法。それは、西方にあった国家エドリンを攻め落として以来、パーパルディア皇国が他国に対して何度も行っていたことだった。
南の文明圏外の島国ガランダを
もし、ガランダに通常の侵攻をかけていたら、敵味方合わせて万単位の人間が死んでいただろう。
私の慈悲で、何万というガランダの民の命を
ロデニウス連合王国に対しても、同様のことをしただけである。
しかし、同国は激怒してパーパルディア皇国に宣戦布告。結果、苛烈な攻撃によって皇軍は壊滅状態に陥り、属領は一斉に反旗を
凄まじいという言葉すら
ランチが来るのを待つ間、レミールは砂浜に立ち、エストシラントを振り返った。エストシラントは各所から炎と黒煙を噴き上げ、瓦礫の山の中に廃墟と化した建物が不規則に建ち並ぶ、死の都と化している。
これから彼女は、ロデニウス連合王国に移送される。この第三文明圏で最も栄えた都、エストシラントの地を踏むことは、もう二度と叶わぬだろうし、この都もこれが見納めになるだろう。
それがレミールには堪らなく悲しく、彼女は人目も憚らずに泣いた。しかし、それもランチが到着するまでのことで、ランチが来た途端に彼女は強引に引っ張られ、ランチに乗せられてしまった。
レミールと重武装の水兵たちを乗せたランチは、憲兵隊の見送りの下、上陸地点を離れ、走り出した。
(速い……!)
レミールは驚く。
金属製らしいその小さな船は、皇国の同サイズの船に比べて圧倒的に速いスピードで走り、波に対しても比較的安定している。しかも帆がない。
レミールも薄々感じてはいたが、ロデニウス連合王国の技術は相当に高い。
やがて小舟……ランチは沖に出た。そのランチの前に、途轍もなく巨大な軍艦が姿を現す。
(なっ……!)
レミールは、この巨艦……ロデニウス連合王国が誇る、そして大日本帝国が誇った超弩級大型戦艦、大和型戦艦1番艦「大和」の威容に圧倒される。
この軍艦は、自国最強の軍艦である150門級戦列艦を鼻で
搭載された砲は、パーパルディア皇国の魔導砲が玩具の大砲にしか見えなくなるほど大きく、砲身も長い。どれだけの破壊力があるのか、想像もつかない。
そして、その艦体中央部には、皇宮パラディス城の尖塔より高いのではないか、と思えるほど高くスマートな艦橋が聳え立っている。
(こんな巨大な軍艦は、我が国どころか神聖ミリシアル帝国でも保有しているかどうか疑わしい……そんな艦を運用しているなんて……これでは、
レミールは、戦艦「大和」が放つ圧倒的な存在感に、自国とロデニウス連合王国の技術力の差を思い知り、打ちのめされる。
そして彼女は「大和」に乗せられた後、厳重な警戒が敷かれた営倉に収容されていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その数時間後、パーパルディア皇国(といっても、旧パールネウス共和国領である)の北部、アルーニの街の南方100㎞の地点。
パーパルディア皇国に反旗を翻した元属領73ヶ国連合軍は、リーム王国軍、トーパ王国軍、そしてロデニウス連合王国軍と共に、パールネウスに向けて進軍、南下を続けていた。この軍勢は、73ヶ国連合軍が約3,100名、リーム王国軍約1万6千名、トーパ王国軍32名、そしてロデニウス連合王国軍約5万8千名という兵力である。
現代地球に生きる人々がこの軍勢を見たら、何ともチグハグな妙な軍隊に見えることだろう。
まず73ヶ国連合軍は、装備に統一性がない。武器として弓を持つ者、剣を腰に吊り下げた者、
リーム王国軍は、全員がほとんど統一された装備を着用し(当然だが、兵科によって装備は少々異なる)、隊列をよく整えて練度も十分であるが、装備は鎧兜に剣・槍・弓である。「中世の軍隊」という表現が相応しいだろう。
トーパ王国軍は僅か“32名”と、全軍の中では最も少ない数であるが、全員が揃いのくすんだ緑色の軍服を着用し、装備も三八式歩兵銃をメインにして3丁だけ九六式軽機関銃を持つ等、“小さな狙撃部隊”というべき様相である。
そしてロデニウス連合王国軍は、装備がボルトアクション式ライフル銃や機関銃で統一され、全員が等しくカーキ色の軍服に身を包んでいる。兵士の中には、八九式重擲弾筒やパンツァーファウストを装備した者もおり、更にハノマーク装甲車まである等、立派な「第二次世界大戦頃の諸兵科連合部隊」と言えた。
そんな、“時代も国もごちゃ混ぜな軍隊”が進軍していくのである。“奇妙な光景”である、と言い切っていいだろう。
現在、この連合軍は昼休憩に入っており、各軍が昼食を摂っている。その中で、73ヶ国連合軍の司令官ミーゴは昼食を摂りながら、リーム王国軍の連絡将校カルマと話をしていた。
「カルマ殿、流石に次の街を落とすのは容易ではないのではないですか?」
話を振られたカルマは、口内にあった堅パンを飲み込んでから口を開いた。
「何を仰るのですか。今、パーパルディア皇国は弱っているのですよ。これほどの
「いや、油断ならないでしょう。
アルーニを落とし、何とかここまで進軍することはできましたが、次に街を攻める時にはアルーニのようにはいかないでしょう。ここに来るまでに既に二度、パーパルディア皇国の軍と戦いましたが、我が方の損害は決して馬鹿になりません。
それに、パーパルディア皇国側もアルーニを失ったことで警戒し、軍備も強化しているはずです。例え貴国が竜騎士団150騎を投入したとしても、難しいかもしれませんぞ」
ミーゴがそう言うと、カルマは苦い顔をした。
「確かに……奴らのワイバーンロードは想像以上の強敵でした。我が竜騎士団にも、想定を超える被害が出てしまった。
ですが、“継続的に戦力を投入する能力”においては、今はパーパルディア皇国より我が国の方が優勢です。何としてもこの機にパーパルディア皇国に一撃を与え、皇国を弱らせるべきです。幸い、こちらには“ロデニウス連合王国軍”という
そう言って、カルマはロデニウス連合王国軍の方に視線を投げかけた。
ロデニウス連合王国軍は各隊が交代で昼食を摂っているところで、食べ終わった隊、あるいは順番がまだの隊は、全員が銃を持って周囲を警戒している。ハノマーク装甲車に乗った兵はMG34機関銃の銃身に仰角をかけ、空を睨み付けていた。パーパルディア皇国のワイバーンロードの襲撃を警戒しているのだ。
「一つ伺いたいのですが、何をそんなに焦っているのですか?」
ミーゴは、気になったことをカルマに聞いてみた。
彼の目から見ると、どうもリーム王国軍が“功を焦って進撃したがっている”ようにしか見えないのだ。
「……分かってないですね」
カルマは、ぽつりと呟くように言った。
「え?」
ミーゴが聞き返すと、カルマはミーゴを真っ直ぐ見据え、真剣な表情で口を開いた。
「あなた方は、『自分たちの祖国を取り戻せればそれで良い』……というような認識しか、していないのではないですか?
我々リーム王国は、“この戦争が終わった
この戦争が終わった後、第三文明圏は大きく変わりますよ、間違いなく。パーパルディア皇国の列強脱落は間違いありませんし、それどころか現状から考えて、パーパルディア皇国の
それに、この戦争の後、この文明圏はロデニウス連合王国を中心にして回るようになるのは確実です。前にも言いましたが、今のうちにロデニウス連合王国に恩を売っておく方が、外交としては得策です。それに、“ロデニウス連合王国と共存できるかどうか”に、我々リーム王国の運命がかかっているのです!」
カルマは、最後は力説していた。
「そ、そうか……」
気圧されるようにミーゴは相槌を打ったが、これは理解半ばに打ったものであった。
「さて、パールネウスの占領を急ぎませんと」
「あ? ああ、そうだな」
こうして、この奇妙な連合軍の進撃は続くのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
さてその頃、所変わってパールネウス。
この街は、まだパーパルディア皇国が「パールネウス共和国」と名乗っていた頃、パールネウス共和国の首都だった都市である。また、エストシラント公爵家(今のパーパルディア皇国の皇族)もこの地に生まれ、そしてこの地で「パーパルディア皇国」の建国を宣言して皇族となった場所でもある。そういった経緯から、この街はパーパルディア皇国民から「聖都パールネウス」と呼ばれ、国名が「パールネウス共和国」から「パーパルディア皇国」になった後も、首都がエストシラントに移った後も、パーパルディア皇国にとって“聖地”であり続けた。
そのパールネウスの少し北にある、パーパルディア皇国皇軍・パールネウス防衛隊基地司令部。その司令室にて、一人の女性が報告を行っている。
「……以上のことから、エストシラントは海上からの敵の砲撃に晒され、市街地の東半分が焼失しました。その際に皇宮パラディス城も破壊された模様です……」
この女性の名はパイ。そう、元々皇都防衛隊基地に勤めていた、あの魔信技術士である。
皇都防衛隊基地に対してロデニウス連合王国軍が行った空爆から奇跡的に生還した彼女は、その魔信技術を買われてパールネウス防衛隊基地への転属を命じられた。どのみち、エストシラント基地の魔力探知レーダーはそう簡単には修復できないため、使える戦力を遊ばせておく訳にはいかなかったのだ。
そこで彼女は、パールネウスの基地に着任して、魔信技術士として働いていたのだった。
「また、敵艦の艦砲射撃の後に敵の陸軍が上陸し、エストシラントに総攻撃をかけました……。皇軍はエストシラントの西部市街地を砦にして抗戦しましたが…多大な損害を出し、今朝の4時半頃に全軍がエストシラントからの撤退を余儀なくされました……。エストシラントは、全域が敵の手に落ちております……。
ルディアス皇帝陛下や、当時エストシラントにいた皇族の皆様方、そしてアルデ最高司令官をはじめ皇国の主だった幹部クラスのメンバーは、全員が行方不明となっております…。あるいはもう、既に……」
そこまで言うと、パイは口を噤んだ。
「そうか……」
彼女の報告を聞いて、司令室の机の脇に立っていた男が、沈痛な面持ちで呟く。司令室の机に向かって座っていた男も、悲愴な面持ちをしていた。
「エストシラントは敵の手に落ち、デュロもレノダも壊滅状態……しかも、その状態で有力な敵と戦え、か……」
司令室の机の脇に立つ男が呟く。
「だが不幸中の幸い、このパールネウスは籠城戦を想定して、ある程度の工業生産能力を持ち、資源の蓄えもある等、自給自足が可能な要塞都市になっている。しかも、この都市を守る城壁は堅固だし、防衛隊の10万の兵力もある。防衛用の機構には事欠かない。そして、ワイバーンオーバーロードだって300騎配備されている。そう簡単に落とされはしないだろう。
報告ご苦労、下がってよし」
「はい」
パイは退室していった。
机の脇に立つ男と、司令室の机に座る男とが、視線を合わせて頷き合う。そして、立っていた男が部屋の片隅に設置されていた、魔信の機器のスイッチを入れた。
「あ、あ、魔信テスト、魔信テスト。
パールネウス基地の全軍に告げる。私は、皇軍総参謀長のステァリンだ。重要な話があるので、皆心して聞いて貰いたい」
この突然の魔信に、ワイバーンオーバーロードに餌をやっていた竜騎士が、馬にブラシをかけていた騎兵が、マスケット銃の射撃訓練をしていた歩兵たちが、魔導砲の整備をしていた砲兵たちが、それぞれ手を止めて魔信のスピーカーを見上げる。
「我が国の皇都エストシラントが、ロデニウス連合王国軍の攻撃を受け陥落、占領された」
ステァリンがこう言った瞬間、兵士たちが一斉にざわついた。まさか、皇都エストシラントが占領されるとは全く思っていなかったのだ。
「しかも、皇宮パラディス城は破壊された、とのことだ。皇帝陛下の御無事は、
更なる報告に衝撃を受けた皇軍の兵士たちが、それぞれ顔を見合わせる。
「嘘だろオイ」
「馬鹿な……まさかそんな……」
彼らは激しく動揺していた。
無理からぬことである。何せ“皇帝陛下が亡くなられたかもしれない”のだ。
「またこれと同時に、皇軍最高司令官であるアルデ閣下も、行方不明になられた。状況を考えれば、戦死した可能性も否定し切れない。
そこで、このパールネウス守備隊も含めた“皇軍の全部隊の指揮”を、この私、皇軍総参謀長ステァリンが執る。敵は強大だが、我々が兵士も市民も一体となって力を合わせて戦えば、撃退できるはずだ。パールネウスの市民たちにも協力して貰い、何としてでも敵を撃退する! 総員、冷静に、落ち着いて行動して貰いたい」
ステァリンのこの放送を合図に、パールネウスに駐屯するパーパルディア皇国陸軍10万人は、来るべきロデニウス連合王国軍との戦闘に備え始めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、ほとんど“お祭りムード”になっていたのが、ロデニウス連合王国本土である。
今朝7時のニュースと朝刊が最新の戦況を知らせてきたのであるが、新聞にはこんな大見出しが踊っていた。
『エストシラント、ついに陥落』
『列強パ皇、恐るるに足らず』
早いもので、既に“エストシラント陥落”のニュース速報が入ってきていたのだ。
特に「
列強パーパルディア皇国の首都であるエストシラントが陥落した。それが意味するところは即ち、もうパーパルディア皇国には勝ち目がない、ということである。
ニュースを知ったロデニウス連合王国の首都クワ・ロデニウスでは、朝から人々が通りに飛び出し、万歳、万歳と叫び合い、互いに肩を叩き合う光景が繰り広げられた。いや、クワ・ロデニウスだけでなく、ロデニウス連合王国本土のあちこちで、これと同じことが起きている。
また、大東洋共栄圏参加国を始め、第三文明圏内外に国土を持ち、パーパルディア皇国から強い圧力を受けていた他の国家でも、パーパルディア皇国の圧政から解放された元属領73ヶ国でも、喜びの声が溢れていた。
しかし、クワ・タウイの捕虜収容所だけはその限りではなかった。
「エストシラントまでもが、陥落だと……」
朝食のパンを食べかけた手を完全に止め、真っ青な顔で「青葉新報」を読んでいるのは、パーパルディア皇国国家監察軍特A級竜騎士レクマイアである。その横にはいつもの面子…皇国海軍の将軍シウスと陸軍の将軍クメール、ハーク・ロウリア34世、そして新たに加わった、監察軍東洋艦隊指揮官ポクトアールもいた。
ハーク・ロウリア34世以外は全員が顔面蒼白になり、大きく見開かれた8対の目は「青葉新報」を強く見詰めている。視線だけで新聞紙を突き破れるんじゃないか、と思えるほど、彼らは「青葉新報」を凝視していた。
「青葉新報」第一面の中央部には、崩壊したパラディス城にロデニウス連合王国の国旗を立てようとする兵士の写真がでかでかと掲載され、別の紙面には破壊されたエストシラントの街並みの様子が写されている。
(なんと、エストシラントすら陥落させたのか……! それならば、ロウリア軍が大敗したのも頷ける。
ロウリア軍は、人数は確かに多いし、練度も相応のものはあるが、使う武器は剣・槍・弓辺りが関の山だ。それに対し、パーパルディア皇国の皇軍はマスケット銃や魔導砲なる武器を保有している。皇軍には、我がロウリア軍も勝てないだろう。
しかしロデニウス連合王国軍は……いや、その前身の一つであるクワ・トイネ公国軍は、そのパーパルディア皇国皇軍ですら撃破し、エストシラントをも陥落せしめた。これで、クワ・トイネ公国軍は列強の軍隊すら超える力があることがはっきりしたな。
クワ・トイネ公国軍は……いや、ロデニウス連合王国軍は、今や“列強国の軍隊ですら敵わないほどの力”を持つというのか……)
そこまで考えた元一国の主は、ふと顔を上げて食堂を見渡した。食堂には、あちこちに捕虜となったパーパルディア皇国兵が集まって、押し合いへし合いしながら新聞を見ている。その誰もが、顔が真っ青になっていた。
(これは、時代が変わった、ということなのだろうな……)
そんなことを考えながら、ハーク・ロウリア34世はちぎったパンを口に入れた。
というわけで、Web版原作で朝田さんがぶちかました名台詞が引き継がれました。書籍版では、この名言は削除されていたようですね。ですので、せめてこちらでは復活させたいと思い、原文ママで登場させました。
さて、この戦争もいよいよ最終局面。某作品ではたった2時間で終わったパーパルディア戦、拙作ではだいぶ時間がかかりましたが、いよいよ決着です。
総合評価4,400ポイント超…!本当にありがとうございます!
評価5をくださいましたデルフト様
評価8をくださいました聯合様、ランス様、セルド様、Sagaris様
評価9をくださいました笑う男様、ワイルド・ドッグ様、インターセプト様、ゆうems10様、正憲様、ベータ2様、霧島174様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
ついにエストシラントを陥落させたロデニウス連合王国軍・南方軍集団。彼らは急ぎ、パールネウスに向けて侵攻の準備を整える。その一方、パールネウスにおいては既に戦闘が始まっていた…
次回「アサマ作戦6合目 パールネウス攻撃(1)」