鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、今回から第四章「異世界に激震走る」がスタートです。
本章の前半は講和会議の内容がメインになると思われますが…まずはその前に、世界の国々の様子をちょっと描かせていただきます。



第四章 異世界に激震走る
068. パールネウス講和会議(1)


 中央暦1640年6月14日。

 その日、世界各国に凄まじい激震が走った。たった一つのニュースによって。

 

『パーパルディア皇国、ロデニウス連合王国に完敗』

 

 「世界のニュース」において発表されたこのニュースは、発表されるや否や「悪事千里を走る」という言葉がぴったりの速度で全世界に広まり、人々を驚愕させた。

 

「おいおいマジかよ!? とうとうパーパルディア滅亡か!?」

「信じられん……レイフォルに続いて、列強国が()()()()()()滅ぼされるなんて……!」

 

 中央世界(第一文明圏)の中心国にして、自他共に認める世界最強の国家、神聖ミリシアル帝国。

 その南端にある港街カルトアルパスの酒場では、酔っぱらいたちが盛んに喋りまくっていた。

 

 忘れもしない中央暦1639年4月21日、第二文明圏の西側において、第二文明圏と第二文明圏外の境界に位置していたパガンダ王国が、第八帝国……もとい、グラ・バルカス帝国という“文明圏外国”によって、()()()()()()で滅ぼされた。更に、パガンダ王国は列強レイフォル国の保護国筆頭であったため、レイフォル国は激怒してグラ・バルカス帝国に宣戦布告。しかし、返り討ちに遭って()()()5()()で滅ぼされた。しかも、「グレードアトラスター」という()()()()()()()()によって滅ぼされた、という。

 列強の中では“最弱”とはいえ、世界五列強にすら数えられるほどの国力を誇ったレイフォル国が文明圏外国に滅ぼされる、というのは前代未聞の大事件であった。この一件でグラ・バルカス帝国は(にわか)に脚光を浴び、神聖ミリシアル帝国やムー国はこの国を危険視して、情報収集を行っていた。

 

 そこへもってきて、今度は世界の反対側、第三文明圏で()()()()()が発生したのである。

 第三文明圏唯一の列強国にして、世界五列強の四番手に数えられていたパーパルディア皇国が、ロデニウス連合王国という“第三文明圏外国”と正面から戦って、大敗した。しかも、パーパルディア皇国の側から殲滅戦が宣言されていたせいもあって、パーパルディア皇国は内陸部にまで侵攻を受け、同国の重要な都市は残らずロデニウス連合王国軍の攻撃を受けたという。一部では「パーパルディア皇国の首都(皇都)エストシラントが、ロデニウス軍の攻撃によって(かい)(じん)に帰した」という噂もあり、ただごとではないとされていた。

 

「なんてこった。マジでロデニウスはパーパルディアに勝っちまったのか……!」

「どうなってんだ!? パーパルディアといえば、第三文明圏では最強を誇る軍隊を持っていたはずだ。それが完敗とは……!」

「噂によれば、ロデニウス連合王国は飛行機械を持っているらしいぞ」

「飛行機械だって!? それじゃ、ムーが後ろで糸を引いていたってのか!?」

「いや、違うらしい。ロデニウスの飛行機械は、どうやら自国品らしいんだ。飛行機械()()()()()()()軍艦もな」

「何だと!?」

 

 酔っぱらいたちは、盛んに喋り立てる。そんな酒場の一角では、

 

「まさか、本当にロデニウスが勝っちまうとはな…」

「お前さんの言った通りだったらしいな。ロデニウスに、ミリシアル並の兵器があるとは……」

「な、言ったろ? “パーパルディアが負ける”って」

 

 いつかのムー製の腕時計商人が、商売仲間を相手に得意そうに話していた。

 

「これでパーパルディア皇国も終わりだな」

「ああ。しかも下手をすると、ロデニウス連合王国が主宰している大東洋共栄圏が第三文明圏に成り代わる可能性もある。第三文明圏は、その様相を大きく変えるだろう。

そしてそういう時こそ、商人にとっては稼ぎ時よ!」

 

 (しょう)(こん)(たくま)しい、という他ない発言である。

 

「第三文明圏かー。あんまり発展してない地域として、これまで見向きもしてなかったけど、こうなった以上、第三文明圏が伸びていくのも確実かな。様子見のつもりででも、商売に出かけてみるかな?」

「そんならどうだ、一緒に来ないか? 俺の船が、今この港で食料と水の補給中なんだけど、今日寄港したばっかりで、あと5日くらいはこの港にいるんだ。どうだ?」

「マジかよ!? ならちょっとご一緒させて貰おうかな。

どうせムーに魔石を売りに行くんで、アルタラスに仕入れに行かなきゃならなかったんだ」

 

 金になりそうなことには貪欲な商人たちであった。

 

 

 同時刻、神聖ミリシアル帝国の首都(帝都)ルーンポリス。

 帝国情報局の局長室では、局長アルネウス・フリーマンが頭を抱えていた。

 彼は……いや、彼と情報局に所属する職員たち全員が“多忙を極める状態”となっている。第八帝国もといグラ・バルカス帝国の情報調査が遅々として進まないところに、第三文明圏から驚愕のニュースが飛び込んできたからだ。それが、「列強国・パーパルディア皇国が、文明圏外国・ロデニウス連合王国に完敗した」というものだったのである。

 「文明圏外国に列強国が敗れる」という、これまでのこの世界の歴史において絶対に()()()()()()()()()()()が、二度も立て続けに起こった。これを一大事と言わずして、何と言うのか。

 

(どういうことだ……? 何故、“列強国”が“文明圏外国”に敗れるのだ……? しかも二国も)

 

 自他共に認める世界最強の国家・神聖ミリシアル帝国は、この世界において最も強力な軍事力を持つ。

 例えば海軍では、地球の技術に換算して1930年代の技術を持ち、大口径砲を搭載した戦艦や空母……ロデオス級航空魔導母艦(あんなゲテモノ)を空母と言い切れるかは怪しいが……を保有している。主力は船体装甲を成す金属に金を混ぜ込んだ装甲を持つ「ゴールド級魔導戦艦」であるが、最近金の代わりにミスリルを含有させた「ミスリル級魔導戦艦」を就役させることに成功している。この戦艦は15インチ(38.1㎝)三連装砲を搭載しており、間違いなく“世界最大の戦艦”と目されていた。

 こうした戦艦であれば、パーパルディア皇国やレイフォル国の海軍如き、(がい)(しゅう)(いっ)(しょく)で蹴散らすことができる。

 

 だが今回、パーパルディア皇国・レイフォル国共に、文明圏外国に敗れた。そう、技術が()()()()()()はずの文明圏外国に。

 

(グラ・バルカス帝国とロデニウス連合王国か……列強を打倒したことで、この二国は今後列強入りしてくるだろう。何とかして情報を集めておかなければ……)

 

 アルネウスは、胃がおかしくなりそうな感覚を覚えていた。

 

「局長、失礼します」

 

 そこへ、情報局職員の1人ライドルカ・オリフェントが、報告書を持って入ってくる。

 

「エストシラントの大使館に避難していた我が国の民と、大使から集めた情報を整理しました。その結果、信じ難いことが分かったのですが……」

 

 言いながら、ライドルカは報告書をアルネウスに手渡す。アルネウスはそれを一読して……椅子からひっくり返りそうになった。

 

「ろ、ロデニウス連合王国は、て、天の浮舟を実用化しているだと!?」

「はい。

目撃情報によれば、ロデニウス連合王国の航空機は、ムー国の『マリン』のようなプロペラ……でしたか、それを使った機体を多数保有しています。しかし、『マリン』に比べて圧倒的に速度が速く、我が国の『エルペシオ2』にも匹敵するほどのものだそうです。これは、我が国の大使館付武官からの報告ですから、まず間違いありません。

それと陸上戦にあっては、彼らはムーの機関銃を小型化して両手で持てるようにしたものを使用する他、全身を鎧で覆い、車並の速力で走りながら魔導砲を発射する怪物を多数使役している、との報告もあります」

「なんてことだ……ロデニウスという()()()()()()()が、我が国の天の浮舟に匹敵するようなものを持っているとは……。いったい何があったんだ……?」

「分かりません。ですが、何か大変なことがあったのだろう、とは推測できます。でなければ此度の戦争、()()()()()()()()()()()()でしたでしょう」

「ううむ……」

 

 ゴロゴロ、ギュルギュルと悲鳴を上げる胃を押さえながら、アルネウスは口を開いた。

 

「“文明圏外国如き”に、我が国が負ける訳には行かぬ。

天の浮舟の件については、軍部に報告することにする。『エルペシオ2』の改良型が今、開発段階だそうだが、それの完成を急かすことにしよう。

それとだが……おそらく、グラ・バルカス帝国及びロデニウス連合王国の双方と国交を開設した方が良いだろう。列強国を()()()打ち破った国家だ、いずれはパーパルディア皇国とレイフォル国に代わって列強入りするに違いない。

どちらにも使節を送ることになりそうだが……ライドルカ、お前にはロデニウスに行って貰うことになるだろう。ロデニウス連合王国について、更なる情報収集を頼む」

「承知しました」

 

 ライドルカが退室した後、アルネウスは局長室で一人溜め息を吐いた。

 

(やれやれ……しかも、ロデニウスやらグラ・バルカスやらに使節を送るとなると、プライドの高い政治家様や外務省の連中を説得する羽目になりそうだ。気が重いなぁ……)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 一方、第二文明圏の列強国ムー、首都オタハイトでは。

 

「やはり、パーパルディア皇国の完敗か。まあ、予想していたことではあるがな」

 

 ムー統括軍本部庁舎の一角にある会議室で、会議が行われていた。その議題はもちろん、ロデニウス連合王国とパーパルディア皇国の戦争である。

 

「さて……まずは、ロデニウスに行っている観戦武官たちを呼び戻さなければ。彼らのことだ、非常に参考になるデータを集めてくれたはずだ」

「ああ。そのために、我が軍の誇る精鋭の人材を派遣したんだ。技術士官のマイラス君は、あの若さにして第一級総合技将の資格を持つ我が軍でも希代の技術士官だし、リアス君は艦艇には非常に詳しい。ラッサン君も、戦術士官として非常に優秀で、我が軍の次代を担うと目される人材の1人だ。そんな優秀な面々を……“我が国の宝”とでも言うべき人材を派遣したのだから、大いに参考になるデータを集めてくれているだろう。

実際、マイラス君は既に『ロデニウス連合王国に、“グレードアトラスター級戦艦に匹敵する戦艦”がある』と伝えてきている。ロデニウスは、科学文明と魔法文明が入り交じった国家であるから、その科学技術は我々にとって参考になるところ大だ。従って、そろそろ戻ってきて貰っても良い頃だろう」

「ああ。それに、ロデニウスから設計図とボイラー・タービンを供与された金剛型戦艦は、何とか艦体を完成させて進水させ、艤装工事にかかったところだが……九六式艦上戦闘機の開発は、遅々として進んでいない。早く士官たちを呼び戻して、必要な技術を手にしなければ……」

 

 グラ・バルカス帝国の脅威がある今、ムーにとってはどんな技術でも欲しいところである。そこに、「ラ・カサミ級戦艦すらぶっちぎるスペックの“超高性能戦艦”」と「技術者たちが夢にまで見た、“全金属製の単発単葉機”」の設計図がもたらされたのだ。

 これは、何としてでも実用化しなければならない。

 

 ムー軍部上層部や技術部の士官たちも、1日でも早く強くなろうと、必死なのであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 翌6月15日、ところはロデニウス連合王国 タウイタウイ島。

 中央暦1640年1月に、ロデニウス連合王国がパーパルディア皇国に宣戦布告して以来、厳戒態勢が取られ続けていたタウイタウイ泊地であるが、パーパルディア皇国との戦争の戦況を鑑み、警戒レベルは第2種警戒態勢にランクダウンしていた。まだパーパルディア海軍の残党が襲撃してくる可能性は捨て切れないため、ピリピリした緊張感は残っているものの、平時の生活が戻ってきつつあったのである。

 そんなタウイタウイ泊地の医務室では、医師免許を持つ室長妖精が読書をしている。白を基調とした清潔感溢れる医務室には2つのベッドかあるのだが、そのうち片方にはカーテンがかかっていた。誰かが利用しているらしい。

 

「ん……うう……」

 

 その時、カーテンの中から呻き声らしい、小さな声が上がった。

 妖精は読書を中断して、カーテンのかかったベッドに近付いていく。妖精がカーテンを引き開けるのと同時に、「知らない天井だ……」という、“あまりにもベタな呟き”が聞こえた。それは、ベッドに横たわる若い男性から発せられたものである。

 

「お目覚めになりましたか? マイラスさん」

 

 妖精は、ベッドに横たわっていた男性……ムー国から観戦武官として派遣されていた技術士官マイラス・ルクレールに話しかける。

 

「……ここは?」

「ここですか? ここはタウイタウイ泊地の医務室ですよ。貴方が知らない場所であるのも、無理からぬことです」

 

 そう言われて、マイラスは自分が何故ここにいるのか、必死に思い出そうとした。

 

「私は確か……」

 

 マイラスの脳は、霞がかかったようにぼんやりしていた。だが、少しばかり時間をかけて、彼は思い出した。

 

「あれ? 私はここの図書室にいたはずでは……」

「仰る通り、貴方が発見されたのは図書室でした。“ある方”が貴方をここまで運んで下さったのですよ。

(もっと)も、“貴方の様子がおかしい”と言って、守衛の方々が騒いでいましたので、私も動くつもりだったのですが」

 

 マイラスは必死に誤魔化しているつもりだったが、どうやら周囲にはバレていたらしい。

 

「……すみません、今日は何日ですか?」

「今ですか? 今は西れ……失礼、中央暦1640年6月15日の午前11時3分ですよ。貴方がここに担ぎ込まれてから、ほぼ1日が経っています」

 

 妖精の話をマイラスが飲み込むのに、3秒かかった。

 

「え……? それじゃ、私は丸一日寝ていたと!?」

「そうなりますね」

「そんな! 時間がもうないのに、私には、まだ……!」

 

 医師(マイラスは、この医師が“妖精”だとは全く気付いておらず、“ヒト族の女性医師”だと思っている)の答えを聞いた途端、マイラスはベッドから跳ね起きようとした。が、妖精は腕一本でマイラスを押し留めた。

 

「ダメですよ、病み上がりだというのに。

マイラスさん、貴方が寝ている間に、貴方を運んで下さった方からお話を伺いました。遠く、ムーという国からいらっしゃった観戦武官だそうですね。

ムーの将来が賭かっている、というお気持ちは分かりますが、無茶のやりすぎです。ここしばらく、まともに睡眠を取っていなかったのではないですか?」

「うっ……」

 

 図星を衝かれ、マイラスは動きを止めた。

 

「それに、顔色もよろしくないですよ。栄養状態もよろしくないと推察しますが」

「………」

 

 完全に図星であり、マイラスは(うな)()れた。

 医師妖精はベッドの縁にしゃがむと、マイラスの顔を見てゆっくりと話す。

 

「マイラスさん。貴方の診断名は『過労』です。要は、“働きすぎ”だということです」

 

 妖精は視線を遠くへやり、半ば独り言のように口を開いた。

 

「私たちのいた世界では、“働きすぎた者たちが健康を害し、最悪の場合は命を落とす”という痛ましい事件が往々にしてありました。その数はあまりにも多く、ついには『過労死』という言葉まで生まれ、社会問題にもなったのです

 

 ここでマイラスは顔を上げた。

 妖精はマイラスの顔を見ながら、話を続ける。

 

「働きすぎるというのは、それほど()()()()()のですよ。

念のため精密検査をしますので、貴方にはもう少しの間ここにいていただきます。何、少しといっても1日2日ですよ。その間は十分お休みになってください」

 

 この説明を聞いて、マイラスは素直に「分かりました」と頷いた後、言った。

 

「すみません、水を一杯いただけますか?」

「分かりました、少しお待ちを」

 

 そう言うと、妖精はカーテンを閉めて出ていった。

 カーテンの外で戸棚を開ける音、コップのカチャカチャという音がするのを聞きながら、マイラスはベッドに仰向けに寝転がり、考える。

 

(過労、か……確かにこのところ、無茶をやりすぎたな……。少し休め、という“神様の思し召し”なのだろう……)

 

 その時、部屋にコンコンとノックの音が響いた。「はい」と医師が応え、部屋の外の方へと歩いていくのが足音と気配でわかる。

 ややあって、足音が部屋に戻ってきたが、足音も気配も2人分に増えていた。誰かが部屋に来たらしい。

 

「マイラスさん、水をお持ちしました。入って良いですか?」

 

 カーテンの外から医師が尋ねてくる。マイラスは許可を出して、コップの水を受け取ると一口飲む。気分が大分楽になった。

 

「マイラスさん、貴方に見舞い客が来ています」

 

 マイラスが水を嚥下するのを待ち、医師が話しかけてきた。

 

「見舞い客? 私に?」

「ええ。お呼びしてもよろしいですか?」

「構いませんよ」

 

 マイラスが承知すると、医師は去り際にこう言った。

 

「マイラスさん、彼女に礼を言っておきなさい。貴方をここに運んできたのは、彼女ですから」

 

 そして医師は出ていった。入れ替わりに、長身の女性が1人、カーテンの中に入ってくる。

 その女性は、袖が分離し腋が露出した白い服と赤いスカートを着用し、黒い靴下を履いている。靴下は左右で長さが異なっており、左の靴下には白い文字で何か書かれていた。焦茶色の髪をポニーテールにしているが、それは膝にまで達するほど長かった。

 そしてマイラスは、その女性を知っていた。

 

「貴女は……」

「お久しぶりですね、マイラスさん。まずは無事にお目覚めのようで、何よりです」

 

 その女性、大和(やまと)型戦艦1番艦の艦娘"大和"は、にっこり微笑んだ。その手には花束がある。

 

「貴女が、私を……?」

「はい。マイラスさんが図書室に向かうところを、たまたま後ろから見たのですが、フラフラしていましたよ。それで、“これはまずい”と思っていました。そして後で図書室を覗いたら、マイラスさんが爆睡しておりましたので、勝手ながらこちらに運ばせていただきました。マイラスさんのお荷物も、こちらに運んでありますよ」

「そういうことでしたか。お世話になりました、ありがとうございます」

 

 マイラスは、"大和"に頭を下げた。

 

「いえいえ。お花をお持ちしましたので、飾っておきますね」

 

 花瓶に花を挿す"大和"を見ながら、マイラスは考えていた。

 

(花を挿す大和さん……随分と絵になるな)

 

 実際、「大和撫子」という言葉がそのまま人の形をしたような美人である"大和"が花を挿す様子は、マイラスの思う通り、かなり絵になる。

 

(それはそうと、聞くべきか……? 大和さんに、「グレードアトラスター」のことを……)

 

 マイラスは偶然見てしまったのだが、「大和」と「グレードアトラスター」はその外見が酷似している。マイラスが、一瞬見間違えたほどだ。

 しかし、日本の資料を漁った結果、「大和型戦艦」の同型艦は「武蔵」「信濃」「111号艦」のみであり、念のため改大和型戦艦、超大和型戦艦についても調べてみたが、そのどれにも「グレードアトラスター」という艦名はなかった。

 このことから、マイラスは「大和とグレードアトラスターが似ていたのは偶然ではないか」と考えていた。しかし、そう決めるにはいささか証拠が足りない。故に、"大和"に直接聞くべきか考えていたのである。

 ところが、タイミングの悪いことに、花を飾り終えた"大和"に話しかけようとして、マイラスが口を開きかけた瞬間、"(おお)(よど)"の声が館内放送で響き渡った。

 

『タウイタウイ泊地の全艦娘に告げます。

提督が、お戻りになりました!』

 

 その放送を聞いた途端、"大和"がはっとする。

 

「提督が……!

すみませんマイラスさん、私はこれで失礼します」

 

 そう言うが早いか、"大和"はさっさと立ち去ってしまったため、マイラスは質問しそびれたのだった。

 マイラスが軽く堺を呪ったのは、言うまでもない。

 

 

「前方14㎞に艦影視認。艦種識別……(かみ)(かぜ)型駆逐艦。友軍です」

「了解」

 

 戦艦「アイオワ」の艦橋にて、堺は航海長妖精から報告を受けていた。その行く手には、タウイタウイ島が少しずつ見えてきている。

 

(やれやれ、やっと帰ってこられたか。長かったな、本当に……)

 

 堺にしてみれば、4月中旬の「タスフラワー作戦」以来、2ヶ月ぶりのタウイタウイである。

 

「さてリアス殿、ラッサン殿。この戦艦アイオワは、如何でしたでしょうか?」

 

 堺は、ちょうど隣に立っていたリアスとラッサンに話しかけた。

 

「素晴らしい船ですね」

 

 リアスが先に口を開く。

 

「堺殿がパールネウスに出かけている間に、アイオワ殿からスペックを伺いました。どれも想像を絶するスペックでしたが、特に“レーダー管制による射撃方式”には目を惹かれました。できるなら、是非我が国にもレーダーを導入したいものです」

 

 どうやらリアスは、レーダー教に入信したようだ。

 

「レーダーですか。そういえば、ムーはもうテレビや識別信号をお持ちなんでしたね。

それだけ電波通信の技術が発展しているのであれば、後は基本的なレーダーの構造が分かれば、国産のレーダーを作れるかもしれませんね。楽しみにしておりますよ」

「本当ですか!? 是非とも頑張らせていただきます」

 

 リアスがそう言うと、続いてラッサンが発言した。

 

「今回はあまりお目にかかれませんでしたが、私はレーダー射撃の他に“弾着観測射撃”なる戦闘方法に興味があります。航空機で上空から戦場を見下ろすことで、砲撃の狙いを誘導するものですね。

ただ、ムーには水上機がないので、まずは専用の観測機の開発からでしょうか」

「ああ、いや。弾着観測に使う機体は、正直に申し上げるとどんな機体でも良いのです。“操縦士と通信士の2人が乗れる機体”であれば、貴国のソードフィッシュのような機体でも十分ですよ。

ただ、弾着観測用の機体を飛ばすのであれば、弾着観測用の機体を搭載できる艦艇を随伴させる必要がある他に、制空権の確保が必須となります。貴国は優秀な戦闘機をお持ちですから、大抵の国家が相手なら大丈夫でしょう」

 

 そんな会話の声を乗せて、「アイオワ」はタウイタウイ泊地へと帰港していった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 23時、いつもより早く業務(書類仕事+艦娘たちのメンタルケア)を切り上げ、泊地司令部の提督権限を当直艦娘の"()()"に委譲して、堺が私室に引き上げてきてみると、既に寝間着に着替えた"大和"が待っていた。

 

「提督、今日も1日、お疲れ様でした」

「ああ、ありがとな」

 

 激務に疲れた……という体で、堺がソファーに腰を降ろす。すると、その左隣にするりと"大和"が座り込んだ。

 

「どうぞ、提督」

「すまない、助かるよ」

 

 "大和"が差し出してきた紅茶を、堺は礼を言って受け取った。カップを鼻に近付け、まずは香りを楽しむ。紅茶特有の香りに混じって、葡萄のような甘い香りが鼻についた。

 彼はカップを傾け一口飲んだ。豊潤な味わいと、どこかフルーツに似た甘い味がする。

 

「ん? これ、もしやブランデーか?」

「はい。地球にいた頃の、提督のお気に入りでしたよね。

ブランデーに似た味わいのお酒が手に入りましたので、それを試してみました。いつもより大分多めに入ってますよ」

 

 ブランデーに似た味わいという辺り、どうやらロデニウスの地酒の一種らしい。が、それでも地球にいた頃によく飲んでいた、ブランデー入りの紅茶(いや、濃度が逆転しているから紅茶入りのブランデーか)に似た物が飲めたのは、堺にはかなり満足だった。

 

「すまんな、大和。わざわざこんなものまで用意して貰って」

「いえ。……あの、提督。1つ聞いていただきたいのですが」

「ん? どうした、改まって」

 

 堺が尋ねると、"大和"は姿勢を正した。

 

「提督。“私のやったこと”は……正しかったのでしょうか?

命令だったとはいえ、私は戦争には直接関係のない、エストシラントの一般市民を大勢、殺してしまいました。あの行動は、果たして正しかったのかどうか……」

 

 現時点では、「カタストロフ作戦」における()()()()()()()()ははっきり分かっていない。だが、暫定的な結果としては、犠牲者の数は1万は下らないとされている。言い換えれば、1万人以上の民間人の命が戦艦「大和」の砲撃によって消し飛ばされたのだ。

 

「大和。俺としては、()()()()()()()、と思うぞ。

あくまで俺の意見だがな、最初に民間人を殺したのは向こう(パーパルディア皇国)だぞ。“フェン王国での虐殺事件”を忘れた訳ではあるまい?

それを考えれば、先に手を出したのはパーパルディアの連中だ。報復に遭っても仕方ないと思うが」

「それは……そうだと思います。ですが……」

 

 ここまで言った瞬間、"大和"の瞳から不意に大粒の涙が零れ落ちた。

 

「いくら、何でも、私は、大勢の、民間人を、殺し、すぎ……!」

 

 後は声にならなかった。

 堺の胸に顔を埋め、泣きじゃくる"大和"。彼女を優しく抱き寄せながら、堺は考えていた。

 

(他の艦娘たちのメンタルケアをやっていた時に、何となく察していたが、やはり限界だったか……。状況としては、かなり危ういところだったな)

 

 実際、かなり()()()()()だったと言えるだろう。

 

(こうなったのは、俺のせいでもあるな……)

 

 堺は、己の責任を強く感じた。

 だって"大和"は、()()()()()()()()()()なのだから。

 

(それはそうと、大和の殊勝なこの態度、()()()()()にも見習わせたいもんだな)

 

 もちろん、「あのクソ女」とはレミールのことである。

 堺はしばらくの間、"大和"が泣くに任せていた。

 

 

 

 

「……?」

 

 どれだけの時間が経っただろうか。

 ふと堺は、"大和"が動かなくなっているのに気付いた。

 

(大和?)

 

 首を()じ曲げて、見える範囲で"大和"の顔を覗き込んで見ると。

 

「すぅー……すぅー……」

 

 泣き疲れたか、彼女は寝入ってしまっていた。

 

(寝てたのか。ちょっとびっくりしたぜ……)

 

 堺は安堵した後、顔を上げてソファーからベッドまでの方位と距離を測る。

 

(ちと遠いな……しゃあねぇな、何とかして運ぶか)

 

 "大和"の上体を自身の胸に寄りかからせたまま、堺はゆっくりとソファーから腰を上げ、カタツムリの3倍程度の速度で身体を旋回させた。そして、左手を"大和"の肩の辺りに回したまま、右手を伸ばして彼女の膝関節の下に差し込む。

 そして、最終的に"大和"を抱き上げると、3メートルばかりの距離を歩いて移動し、ベッドの上にそっと寝かせた。

 

「すぅー……すぅー……」

 

 穏やかな寝息を立てる彼女に、堺は布団をかけようとして……大変なことを失念していたのに気付いた。

 

(しまった!)

 

 それに気付いた途端、堺の中でナニカがムクムクと鎌首をもたげてくる。

 咄嗟に"大和"の身体から視線を逸らしながら、堺は心の中で叫んだ。

 

 

(最近あまり側にいてやれなかったから、すっかり忘れていたが……こいつ、何だかんだで見てくれは()()()んだった……!)

 

 

 提督の皆様なら、お分かりいただけるだろう。

 "大和"は、“大和撫子”という言葉を()()()()()()()()()()()()()であるが、ではどこに魅力があるのか、と問われると幾つか要素が挙げられる。

 高身長ながらすらっとした体型による、完璧なプロポーション。芸術品かとすら思えるような、美しい肌。すらりとした足(と太腿)、普段はあまり目立たない(というより、メタい話をするとゲームの立ち絵の関係でお目にかかれない)項の辺り。あと巨乳兼美乳。

 

 これらの要素に対する感想を一言でまとめようとすると、ある単語に集約される。

  人は、それを「エロい」と言うのだ。

 

 

 堺は、そのことをすっかり忘れていたのだ。

 しかも今、彼女は寝ている状態である。完全に無防備そのものであり、「ヤるなら今」としか言い様がない。

 

(くそっ……悪い、悪すぎる! いろんな意味で悪すぎる!)

 

 そしてここでもう一つ、忘れてはならないことがある。

 

 堺は男である。

 

 ()()()()

 それも、2()7()()とかなり若手の。

 

 要するに、年齢的には「ヤり盛り」だということである。

 

(具体的には、目と心臓に悪い! あと、股間にも相当に悪い!)

 

 しかし、一度そのことに気付いてしまった以上、元に戻るのは相当難しい。

 堺は、自分の中で鎌首をもたげてきたナニカ……ずばり「性欲」という奴を必死に抑えようと試みた。しかし、残念ながら無駄な足掻きでしかない。

 彼の心拍数が平常時の1.5倍に跳ね上がり、身体のある一部分(どことは言わないが)が大きくなるのが分かる。

 

(くそ……負けて、堪るかっ……!)

 

 そのまま"大和"の身体を見詰めながら、「それ」と戦うことおよそ5分。

 ついに屈したのは、堺の心だった。

 

(ですよねー……こんなエロいもん見せられたら、無理だわな……)

 

 ゆっくりとベッドに近付く堺。

 

「すぅー……すぅー……」

 

 それを知ってか知らずか、"大和"は寝息を立てたままだ。

 

(大和……言っとくが、悪いのはそっちだからな……? そっちがそんなエロい体してるのが、悪いんだからな……?)

 

 変な所に責任転嫁しながら、堺はまず、彼女のたわわな双丘に手を伸ばし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビリビリビリビリビリッ!

「っっっっっっ!?」

 

 突如として全身の神経回路を駆け抜けた強烈な電撃に、声にならない悲鳴を上げて仰け反った。

 

 

「全く、もう。

人が寝ていると思って、何をしようとしてくれてるのですかっ!」

 

 堺に床上で正座をさせ、頬を膨らませてぷりぷりと怒る"大和"。堺は平身低頭で謝るしかない。

 実は彼女、当初は眠っていたのであるが、ベッドに運ばれた段階で目を覚ましていたのだ。そして、堺から漂う(よこしま)な雰囲気に気付いた後は、寝たふりをしつつその手にスタンガンを用意していたのである。

 堺はまんまと、彼女の術中に嵌まり込んだのだった。

 

「だからって、おま……何もスタンガンを持ち出すことはないんじゃないのか?」

 

 "10まんボルト"の電流が身体を走り抜けた結果、ボサボサの頭かつ全身に鳥肌が立った状態で、恨みがましい視線を"大和"に向ける堺。

 

「だったら許可を得て、堂々とやればいいじゃないですかっ!」

「ご尤もで……」

 

 返す言葉もない()()()に、堺は項垂れかけて、

 

「ん?」

 

 違和感を抱いた。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょっと待て。大和、おま……っ!?」

 

 言い終える前に、いきなり"大和"の両手が堺の首筋に回された。そして、堺は無理矢理立たされ、同時に前方に引き寄せられる。

 

「ちょ……!?」

 

 堺の首に回された"大和"の両手により、堺の身体にモーメントがかかった。そのまま前方へ倒れ……倒れたところはベッドの上。しかも……

 

 格好だけ見たら、完全に“堺が"大和"を()()()()ような体勢”になっていた。

 

「大和?」

「提督……」

 

 堺の耳元で、彼女が囁く。

 

「今晩は、寝かせませんよ?」

「ッ……!」

 

 その瞬間、堺も覚悟を決めた。

 

「上等だ! とことん付き合ってやんよっ!」

 

 この後めちゃくちゃ(お察し下さい)した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「全く、()()()()なんじゃないの?」

 

 これが、再びフィルアデス大陸に向かう戦艦「アイオワ」の医務室で、"Iowa"が堺に向けて放った台詞である。堺はお決まりの台詞「知らない天井だ……」を呟く暇もなく、上記の台詞をぶつけられたのだった。

 中央暦1640年6月16日、パールネウスでの講和会議のため堺がタウイタウイを出発し、パーパルディア皇国に向かっている途中の出来事である。

 

「“何を”とは言わないけど、完全に絞り取られた、って顔してるわよ」

「うぐっ……」

「Admiral、貴方何戦したのよ?」

「んー……すまん、はっきりとは覚えてない」

 

 堺は、未だ霞がかかったようにぼんやりしている頭を、左右に振りながら言った。

 実際、読者の皆様に打ち明けておくと、彼は(何をとは言わないが)かなりやっている。どれだけやったかって?

 ヤン・ウェンリーが「ロシアン・ティーを一杯。ジャムではなくママレードでもなく蜂蜜で」という暗号コードを使ったのは、第何次イゼルローン攻防戦の時でしたかね?

 これがヒントだ。

 

「Admiral。久しぶりにYamatoと会えた、という気持ちは理解できるわ。けどね、いくら何でもやりすぎよ」

「返す言葉もございません」

 

 事実なので、堺には言い返す言葉がない。

 

「今から講和会議なんでしょう? そんな時に全部絞り取られて元気が出ない、なんてのはナシよ。

ウコンでも飲んどきなさい。それか、Colaあたりでも要る?」

「……一番良いのを頼む」

 

 堺にはそれしか言えなかった。




まさかの講和会議の前の、各国の様子見の描写だけで終わってしまった…
次回から講和会議に突入します! 必ず!
そして相変わらずの1発ネタ入りです。元ネタが分かった人は挙手を。まあ、これはかなり分かりやすいネタだったと思いますが…

UA22万突破、お気に入り1,400件突破、総合評価5,000ポイント突破だと!?
ありがとうございますっ!! 感無量です!!

評価7をくださいましたkntknt様
評価9をくださいましたWalter様、イタグレ様、にゃらら様、GIOSU様
評価10をくださいましたクラストロ様、ジョニー一等陸佐様、空を目指す竜神様様、sin1221883様、ヴェルヌイ様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

ついに終結した呂破戦争。国体護持、賠償金、技術獲得、領土拡大…さまざまな思惑が複雑に絡み合った講和会議が、パールネウスにて始まる…
次回「パールネウス講和会議(2)」


P.S. あの…「この後めちゃくちゃ(お察し下さい)した」っていう文章ではしょった内容…描写要りますかね…?
「拒否権は無い。描け。」か「描かなくていいよー」か、「どちらでも、私は一向に構わんッ!」のどれかに投票お願いします。
あと、私…R-18タグが付くような作品描いたことないんですが…。知らんな、って? さいですか。

はしょった描写要りますか?

  • 拒否権は無い。描け。
  • 描かなくていいよー
  • どちらでも、私は一向に構わんッ!

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