鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
中央暦1640年6月27日、ロデニウス連合王国本土。
新聞を始めとするマスメディアによって、パーパルディア皇国との戦争における勝利が伝えられ、ロデニウス連合王国の国民たちは歓喜に沸いていた。首都クワ・ロデニウスを始め、王国のどこへ行っても人々が手旗を振り、提灯(に当たるこの世界の一般的な飾り)を持って、「万歳、万歳」と叫び合う光景が繰り広げられている。
それもそのはず、今回の戦争の相手はパーパルディア皇国。そう、第三文明圏の覇者にして、世界五列強の一角を占めていた、あのパーパルディア皇国である。その軍隊は“第三文明圏最強”とも言われ、これまで“向かうところ敵無し”を誇り、第三文明圏を統一するのも時間の問題、とまで言われるほど強力な軍隊だったのだ。
その強力な軍隊を完全に撃滅し、ロデニウス連合王国が殲滅される危機を回避したばかりか、逆にパーパルディア皇国を叩きのめし、滅亡にまで追いやったのである。国民の喜びもひとしおであった。
そんな中、国民の勝利の興奮をさらに加速させるような出来事が起きようとしていた。
新聞に、“ロデニウス連合王国軍部からの公告”が載せられたのである。それを見た国民たちは、更に沸き立ったのだった。
その公告のタイトルがこれである。
『連合王国陸軍主催 対パーパルディア皇国戦争戦勝
『海軍・空軍主催 対パーパルディア皇国戦争戦勝記念 第1回特別大演習
◆◇◆◇◆◇◆◇
ここで少し時を
6月25日、ちょうどパールネウス講和条約が締結されたその日。
会議が終了した後、堺はタウイタウイ泊地に電文を打ち、「あること」……つまり、今回の戦争における戦勝を記念しての、第13艦隊独自の慰労パーティーの計画立案を、"
「これ、“パーパルディア皇国との戦争に勝ったことを記念するパーティー”ですよね? 折角ですから陸軍と空軍も交えて、凱旋パレードと観艦式を挙行してはどうでしょう?」
「なるほど、いい考えですね」
"大淀"もあっさりこの案に同意し、二人はこの「陸軍による凱旋パレード」と「海軍・空軍による観艦式」の計画を上申書にまとめて、ヤヴィン軍務卿に提案した。するとヤヴィンは即座にこれに賛成し、国王カナタ1世も関心を示したため、“クワ・ロデニウスにおける陸軍凱旋パレード兼観兵式”と、“ピカイアにおける観艦式”の開催が決定したのだった。
ヤヴィンは直ちに、ロデニウス本土に残っていた陸軍各軍団と海軍各艦隊の司令官を召集し、パレード及び観艦式の計画を立てさせると共に、タウイ図書館を駆使して観艦式とパレードについてのデータを収集。また、観艦式における
協議の末、御召艦は航空戦艦「
方式として選抜されたのは、地球においては海上自衛隊が行っている世界的にも珍しい方式「移動式」と、地球の各国海軍がよく行っている方式「停泊式」の混成である。「停泊式」は受閲艦艇が停泊し、その間を閲覧者(国王や海軍総司令官等の要人)が乗った観閲艦艇が航行する方法で、一方の「移動式」は受閲艦艇、観閲艦艇共に
何故混成になったかというと、まず第4艦隊の面々は、移動式の観艦式を行うには未だ練度未熟と判断されたこと、御召艦を含む第13艦隊の面々は互いに各艦娘の癖を熟知しており、移動式でも問題ないと判断されたからである。
また凱旋パレードのルートは、首都クワ・ロデニウスの南からスタートして中心街を通って王宮へと向かい、その後カナタ1世や陸軍大臣ハンキの観閲を受けながら、王宮の脇を掠めるようにして市街地を通過、市街地北部の演習場に到着するルートを取ることも決定し、これには各軍団のうちパーパルディア皇国に出征していた者たちの他、アルタラス島奪回作戦やフェン王国の戦いで活躍した者たち、そして第13軍団の新戦車(といいつつ、これまで出番の無かったⅣ号戦車とティーガーⅠ、そして新開発のⅢ号突撃砲F型とパンターG型改、ブルムベア改である)を参加させることも決定した。
そして、目の色を変えて艤装の掃除と塗装直しに取り組んでいたのが、御召艦に選ばれた"山城"である。
「隅々まで綺麗に磨いて! 国王陛下が乗艦なさるのよ、
御召艦とは大変名誉な職であるが、同時に準備の大変な艦でもある。艦の隅々まで綺麗にし、塗装を塗り直し、必要なら整備をし直し、垂れ幕と満艦飾の国旗を張って、場合によっては食事の用意もして、国王陛下をお迎えする準備をしなければならないからだ。特に厨房など、「どったんばったん大騒ぎ」である。
「そっちに1匹行ったぞ!」
「逃がすな、囲め!」
厨房で働く妖精たちの怒鳴り声に、シューッというスプレーを吹き付けるような音が続く。ネズミと
「よっしゃ、これで89匹! あと11匹狩ったら当直交代許可だ!」
「あっ、奴らこんな所に巣を張りやがって! そっちにネズミが逃げた!」
「捕まえろ! 絶対に逃がすな!」
何故ここまで必死なのかというと、理由の1つは“褒賞が出る”からだ。ネズミ1匹か油虫100匹取ると、「
「1匹残らず捕まえろ! 早い者勝ちだぞ!」
料理長妖精がけしかけるような号令を発し、ハンティングはますます熱を帯びていった。
厨房に限らず、「山城」では主砲・飛行甲板・機関部、どこもかしこも隈無く掃除が行われており、ネズミか油虫が発見されるや、“争奪戦”が勃発する。特に、国王陛下が観閲の舞台になさると思われる飛行甲板は、搭載されている水上爆撃機「
一方、陸軍の方も準備に余念がない。
「塗装は綺麗に塗り直せ! シミ1つ残すんじゃないぞ!」
隊長の号令を受けて、全ての搭乗員が目の色を変えて自身の戦車を掃除し、塗装を塗り直している。歩兵たちも自らの銃を分解して整備し、必要なら油を注したりしていた。
だが、戦車に乗る妖精たちや搭乗員たちは気付かなかった。
Ⅳ号戦車H型の1輌に配属された搭乗員妖精のうち1人が、
そして、空軍も気合いが入っていた。
『おい、そこの! ワイバーン同士の間隔が開きすぎだ! もっと詰めて!』
「はっ、はい!」
魔信から飛び出してきたムーラの声に、やっと新人から中堅くらいの竜騎士になってきたターナケインは返事を返した。
空軍では、連日ワイバーン同士で編隊を組んでの飛行訓練を、連続して行っている。観艦式に合わせて空軍の展示飛行をしなければならないため、下手な演技は見せられない。
「やれやれ、ムーラの奴、少しくらいは甘く見てやってもいいんじゃないか?」
ターナケインの右を飛ぶ、竜騎士マールパティマがぼやく。
『聞こえてんぞ、マールパティマ! 今回は国王陛下もご観覧なさるんだ、情けない姿を見せられるか!』
マールパティマは、軽く肩を
かくして、陸軍・海軍・空軍いずれも、凱旋パレードないし観艦式の準備を鋭意進め、国民たちはその日を心待ちにしていた。
観兵式・観艦式共に観覧は無料とされたが、観艦式のみ別途で“特別席を利用できる有料チケット”が販売された。この特別席とは、戦争勃発に伴って各国との航路が閉鎖された結果、港に係留されたままになっていた民間の高速帆船をレンタルし、それに観覧席を設けたものである。“間近で軍艦を見ることができる”という触れ込みであった。
各州1,000枚、王国全体で6,000枚のみの限定販売、しかも購入方法は窓口での現金支払いのみという形で、7月5日に販売が開始された「特別乗船券」であるが、販売が開始される前から既に販売窓口には長蛇の列ができており、販売開始と同時に客足が殺到、その日のうちに6,000枚全てが完売してしまった。とんでもない人気である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして迎えた中央暦1640年7月10日、処はロデニウス連合王国西部ロウリア州 港湾都市ピカイア。
午前8時30分の時点で、ピカイアはこれまでにないほど大勢の人でごった返していた。軍の兵士によって規制線が張られた通りの両側には、1㎜も動く隙間がない程大勢の市民が立ち並び、国王陛下一行の到着を今か今かと待っている。港には、既に国王陛下一行が移乗される
特別席が設けられた帆船は、既に全船が出港しており、ちょうど最後の1隻が「山城」のそばを通り過ぎるところである。その船上に、ムー国の観戦武官マイラス、リアス、ラッサン、そしてムー外務省の文化調査官アイリーンの姿があった。
「デカい……! これがタウイ図書館の資料で見た、山城という戦艦か! 我が国も早く、こんな戦艦を建造できるような技術を持ちたいものだな!」
見上げるような「山城」の艦体を眺め、目をキラキラさせたマイラスが頻りに感嘆している。その手にはカメラが握られており、「山城」の艦体に向けて何度もシャッターを切っていた。
そのマイラスに、リアスが尋ねた。
「これ、どれだけの速度が出るんでしょうかね?」
「資料では23ノットとなっていたぞ」
「山城」の主砲にピントを合わせながら、マイラスが答える。
「23!? これだけデカいのに、『ラ・カサミ』より脚が速いんですか!? なんて奴だ……!」
絶句するリアス。
「この戦艦、後部が水上機用の甲板になっているのか。弾着観測射撃用の機体は……流石に出されていないか」
水上機を見ることができず、ちょっとがっかりするラッサン。
「ひ、人が多すぎて目が回りそう……」
そして、若干人混みが苦手なアイリーンは、目を回しかけていた。
午前9時ジャスト。国王カナタ1世、軍務卿ヤヴィン、海軍大臣ノウカ、空軍大臣アルデバランを乗せた黒塗りの高級車(実際には、防弾設備を施したくろがね四起であるから、決して高級車ではない。当然だが、護衛に当たる兵士たちの乗る車が不覚にも衝突したりはしない)が、護衛に当たる兵士たちの乗る車(ハノマーク装甲車どころかⅣ号戦車G型までが護衛に就いている。どれだけVIP待遇なんだ、と言わざるを得ない)と共に列を組んで港にやってきた。歓声で迎える市民たちに、カナタ1世は手を振って応えている。
埠頭の手前で車が止まり、カナタ1世は車から降り立った。そして、設営されていた演台にゆっくりと歩いていく。
「今、国王陛下が演台に立たれました! これより演説が行われます!」
ロデニウス国営放送局(ムー国からの支援で、ついに放送局が設置された)のリポーターが、興奮のあまり早口でテレビカメラに向けて喋っている。
演台に立ったカナタ1世は、聴衆の歓声とカメラのフラッシュが収まるのを待ち、ゆっくりと話し始めた。
「国民の皆様、おはようございます。ロデニウス連合王国国王、カナタ1世です」
話が始まると、聴衆はしーんと静まりかえる。
「皆様も既に何らかの形で情報を得ておいでだと思いますが、今年1月以来ずっと続いていたパーパルディア皇国との戦争が、ようやく終わりました。最終的に我が国は戦争に勝利しましたが、この戦争の中で4,200名の我が国の兵士たちが命を落とし、10、000名近い兵士たちが負傷しました。パーパルディア皇国の魔の手から我が国の民を、財産を守るため、勇敢に戦い、散っていった兵士たちに、まずは哀悼の意を捧げます」
ここまで言うと、カナタ1世は一度言葉を切り、握り拳を胸に当てて目を閉じた。そのカナタ1世に向けて、まばらにシャッターが切られる。
「さて。今回の戦争に於いて、我が国の優秀なる兵士たちはパーパルディア皇国皇軍と戦い、第三文明圏最強とも言われたかの国の軍を打ち破り、輝かしい勝利を勝ち取りました。これは、“我が国の軍隊が強力であることの証”に他なりません。何しろ、あのパーパルディア軍を完膚無きまでに破ったのですから。
ですが国民の皆様、勘違いしてはなりません。我々はその優秀な軍隊を、“平和を守るために出動させること”はあっても、決して“他国の侵略のために出動させること”があってはならないのです。私が望んでいるのは、あくまでも“大東洋共栄圏の、そして第三文明圏の平和”です。
かつて、我が国も含めた多くの第三文明圏内外各国は、パーパルディア皇国からの圧力に対抗すべく、互いに連携し合ったりしておりました。大東洋共栄圏を結成した目的も、パーパルディア皇国の圧力と侵略に抵抗するため、大東洋周辺の国家で一丸となることにあったのです。
今やパーパルディア皇国は滅び去りましたが、この、『互いに助け合い、平和の実現を目指す』という精神は失われてはならない、と私は考えています。この精神を保つためには、何よりもまず
この精神が保たれ続ける限り、我が国はこれからも、“大東洋共栄圏の平和を守るリーダー”であり続けるでしょう。決して“軍隊の動かし方”を誤ってはならない、“パーパルディア皇国の二の舞”となってはならない。それが、私が常に考えていることです」
カナタ1世はまた一瞬、言葉を切った。
「最後に、我が国の民を、財産を、そして何よりも尊い祖国を、パーパルディア皇国の魔の手から守り抜くために、戦略を提案し、策謀を巡らせ、命を賭して戦った軍の指揮官そして兵士諸君に、改めて感謝の意を申し上げます」
そう言うと、カナタ1世は両手を振り上げ、マイクに向かって叫んだ。
「ロデニウス連合王国万歳!」
「「「「「万歳! 万歳! ばんざーい!!」」」」」
カナタ1世の音頭に合わせて、ヤヴィンも、ノウカも、アルデバランも、聴衆も、一斉に万歳三唱した。
万雷の拍手をバックに、演台を降りるカナタ1世。ヤヴィンとノウカ、アルデバランがそれに続く。
そして彼らは、市民たちが手を振る中で内火艇に乗り込んだ。
「国王カナタ1世陛下、並びに軍務卿ヤヴィン殿、海軍大臣ノウカ殿、空軍大臣アルデバラン殿に、敬礼!」
4人が「山城」に移乗してタラップを上がるや、甲板上に整列していた水兵たちが一斉に銃剣を着けた九九式小銃を掲げ、「
国王カナタ1世御一行の御観覧場所となっていたのは、広々とした「山城」艦体後部の飛行甲板である。そこに天幕が張られ、椅子が並べられていた。
カナタ1世・ヤヴィン・ノウカ・アルデバランが着席したことが確認されると、艦橋にて"山城"が「両舷前進微速!」と号令をかけ、「山城」は水面を滑るように静かに出港した。その前方に「最上」、後方に「三隈」が続いている。
出港した「最上」「山城」「三隈」を待っていたのは、綺麗な梃形陣を組んで整列した第4艦隊の艦艇群だった。その向こう、水平線付近には既に凱旋する艦艇の姿が見えつつある。第13艦隊以下の艦艇が帰還してきているのだ。
軍楽隊がロデニウス連合王国の国歌、次いで「錨を上げて」を吹奏する中、3隻は停泊した第4艦隊艦艇の間をゆっくりと航行し、カナタ1世、ヤヴィン、ノウカ、アルデバランの4人は、勇壮な雰囲気を醸し出す艦隊を眺めていた。その時、彼らの頭上を多数のワイバーンが編隊を組んで飛行していく。空軍による歓迎飛行であった。
それが終わると、いよいよ第13艦隊以下の艦隊の凱旋である。「タスフラワー作戦」「アサマ作戦」で一貫して旗艦を務め、大戦果を挙げた堺の座乗艦、戦艦「アイオワ」を先頭に、「トワイライト作戦」「チェックメート作戦」「ブレイジングスター作戦」で活躍した空母機動部隊が先鋒、巡洋艦と駆逐艦、潜水艦からなる部隊が次峰を務め、後尾を固めるのは
その上空には、空母から飛び立った700機にも達する航空機が、整然たる大編隊を組んで飛行している。第三文明圏最強の航空戦力だったパーパルディア皇国ワイバーンロード竜騎士団、それをたやすく壊滅に追いやった
現在のロデニウス連合王国海軍の中で、最大の戦力を誇る第13艦隊。その最強の艦隊が美しい梃形陣を組んで向かってくる様子は、見る者を圧倒するものがあった。
さらに、軍楽隊がぴったりのタイミングで「軍艦行進曲」の吹奏を始め、その曲調が艦艇の勇姿と相俟って、一種の感動すら与えてくる。
「報告は聞いていましたが、これほどの質の艦をこれだけ揃えているとは……これならば、パーパルディア海軍に圧勝するのも道理ですね。素晴らしい」
「ええ。我が海軍にとって、最も頼りになる艦隊です」
カナタ1世の言葉に、ノウカが相槌を打つ。その横でヤヴィンも頷いていた。
今のロデニウス連合王国海軍の艦隊のどれにも、この第13艦隊に匹敵する戦力はない。いや、第三文明圏内外各国全ての海軍艦艇と往時のパーパルディア海軍全艦隊、それにロデニウス海軍の第1・2・3・4艦隊を連合して第13艦隊と戦ったとしても、
それほど“比類無き強力な艦隊”が味方に付いている、というのは
(もし第13艦隊に
そう、比べ物にならないほど強力な味方というのは、もし仮に反乱を起こして敵に回った時、即座に凶悪な相手と化すのである。
(これは、第13艦隊を頼りにしつつも、あまり無茶な命令は控え目にするべきだろうな……。あと、恩賞を少し多くして……)
どうやったら「第13艦隊の裏切り」という“最悪の悪夢”を回避できるか、ノウカは必死に考えていた。
一方、ノウカの心配なぞ知ったこっちゃない、とばかりにはしゃいでいたのが、マイラスである。
「デカい……! 山城も相当だったが、これもデカいな……! 主砲の口径と砲身長は何センチだろう?」
目の前を通りすぎていく「アイオワ」を見て、大興奮のマイラス。その横では、「アイオワ」他の艦艇の雰囲気に圧倒されたアイリーンが、口から魂が出かかっている。
「見てくださいマイラス先輩、空母ですよ、空母! こんな間近で見られるなんて……この乗船券買って正解でしたね!」
リアスも、かなり興奮している。
「ここまで間近で見られるとはな。1枚5千ロデンもしたから、“ただのぼったくり”かと思ってたが、これは当たりだったか?」
しれっと凄まじい毒舌を吐くラッサン。
「全くですよ! 1枚5千ロデンなんて、クッソ高い……! それに朝早くから使いっ走りに走らされて、チケット買うの大変だったんですから!」
「いや、あれは済まなかったよ、ホントに」
実はマイラスとラッサン、4人分のチケットをリアスに買って来させたのである。その結果、リアスは朝早くから大行列に並ばされ、さらに4枚合わせて2万ロデンという大金を取られて、その上チケットを買い損ねた者の恨めしげな視線までたっぷり浴びせられ、と酷い目に遭わされたのであった。
「ま、お金については本国に帰ってから“必要経費”として軍の経理に請求すりゃいいだろ! お金のことより、今は目の前の戦艦だ!」
少しジト目気味のリアスに比べて、実にあっけらかんとしたマイラスであった。
マイラスたちムーの観戦武官一行のみならず、高い乗船券を買って間近で軍艦を目撃した他の観客たちも、興奮状態に陥っている。そして陸の方でも埠頭や砂浜に詰めかけた群衆が、沖合を航行する巨大な軍艦と上空を飛行する航空機の数々を見て、しきりに歓喜の声を上げている。ピカイアはまさに“興奮のるつぼ”と化していた。
また、同時に陸軍部隊も引き揚げてきており、歩兵や戦車がピカイアの砂浜に上陸し、隊形を整えていた。後日彼らは首都に凱旋するのである。
ロデニウス本土に凱旋した艦隊は、ロデニウス大陸南東部のクイラ州の沖合を回って、北東部の要衝クワ・タウイに帰還するルートを取った。この最中、クイラ州最大の港町シャプールを母港とする第2艦隊が、艦列から抜けてシャプールに帰還している。そして、残る第1・第3艦隊はそれぞれの母港マイハークとクワ・タウイに錨を降ろし、第13艦隊はタウイタウイ島へと戻ってきた。
パーパルディア皇国に対する全面反攻作戦「アサマ作戦」が発動してから1ヶ月あまり。ようやく全てが終わり、第13艦隊の主力が母港へと戻ってきたのである。
そして、タウイタウイ泊地に帰還した堺たちを待っていたのは、こんなお知らせだった。
『対パーパルディア皇国戦争戦勝記念 第13艦隊慰労パーティ』
(ふむ。どうやら“依頼しておいた件”は、ちゃんと計画されているようだ)
そう考えた堺は、“開催日時”の項目を見て、少し首を傾げた。
『開催日時 中央暦1640年7月18日 午後0時~』
(え? 何か遅くね?)
対パーパルディア戦争の終結を慰労するパーティにしては、開催日時が
(まあ、哨戒シフトその他の都合でこうなったんだろう。あるいは、パーティ用の何かしらの準備か?)
堺は、そんなことを考えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
観艦式の興奮醒めやらぬ中央暦1640年7月15日朝、今度はロデニウス連合王国の首都クワ・ロデニウスが興奮に包まれた。“連合王国陸軍による凱旋パレード”である。
午前9時から開始の予定だったのだが、既に午前8時の時点でクワ・ロデニウスの中心街の歩道は、群衆によって埋め尽くされていた。市街地警備に動員された兵士が規制線を張っているが、そのギリギリまで群衆が押し寄せている。歩道にはいくつかの屋台も並んでおり、中にはミニチュアのロデニウス連合王国の国旗や「
午前9時、街道沿いに設置された魔導スピーカーから、高らかにロデニウス連合王国国歌の演奏が流れ出した。それが終わると、軍楽隊が演奏する「陸軍分列行進曲」が響き始める。その曲に合わせて、パレードの先頭に立つ第13軍団が目抜き通りを行進し始めた。
大興奮の民衆がロデニウス連合王国の国旗や赤い太陽の旗を振り、紙吹雪が風に乗って宙を舞う中を、第13軍団の陸軍妖精たちが一糸乱れぬ動きで行進していく。その誇らしげな姿は、民衆を魅了するには十分な威力があった。
第13軍団2万名の妖精の行進が終わると、続いて大量の九七式中戦車チハと九五式軽戦車ハ号がやって来た。同時に軍楽隊の演奏が「雪の進軍」に変わる。
各戦車の砲塔上ハッチから、車長が上体を乗り出して敬礼している。見たこともないような強力そうな兵器の登場に、民間人たちはまたも大興奮。一部の観衆は、車体に赤い太陽のマークが描かれているのに気付いて、赤い太陽の旗を勢いよく振っていた。
第13軍団と戦車第11連隊の行進が終わると、次はいよいよ
“例の妖精”が乗るティーガーⅠを先頭にして、ティーガー1輌、パンター改1輌、ブルムベア改1輌、Ⅳ号戦車G型4輌、その強化型であるⅣ号戦車H型2輌、そしてⅢ号戦車M型50輌、Ⅲ号戦車N型50輌、Ⅲ号突撃砲20輌、ヴィルベルヴィント対空戦車10輌。なお、Ⅲ号戦車のうちM型10輌とN型10輌、それに2輌のヴィルベルヴィント対空戦車は、フェン王国の戦いで活躍した部隊である。
軍楽隊が「パンツァー・リート」を演奏する中、大小様々な戦車が砲身を振り立て、履帯を軋ませて大通りを抜けていく……のだが、“1輌のⅣ号戦車H型”がインパクトを全部
そして実は、
何やってんだティーガーエース。
ちなみに、後でこの話を聞いた堺は「何やってんだお前ら」と、呆れ顔でツッコミを入れたとか。
そんな突っ込み所満載の戦車隊の後には、各軍団の歩兵たちが「くろがね四起」や移動用の軍用トラック、ハノマーク装甲車と共に、延々と続いている。あまりに数が多いため、軍楽隊は「双頭の鷲の旗の下に」「ジョニーが凱旋する時」「ワシントン・ポスト」「
行進が終わり、興奮のるつぼにあった民衆が解散し始めた時には、時刻はとっくにお昼になっており、軍楽隊員たちは皆ヘトヘトに疲れて伸びてしまった。それほど長いパレードだったのである。
同日15時、クワ・ロデニウスから少し南、エージェイ山系の近くにある海外客向けホテル「ラ・ロデニウス」。
「いやー、凄かったですねアレ! “大砲を積んだ車輌”……でしたか? 我が国も、アレを大々的に導入したいですね!」
「ああ。我が国にもアレ……確か戦車と自走砲とかいったが、“それに似たようなモノ”はある。だが、我が国の戦車は数が少ない上に、あれほど洗練されていないし、砲身も長くない。ましてや回転砲塔なんて持っている筈もない。
これを機に、陸軍の装備もロデニウス製の物を導入すべきかもな」
「ふう……人が多すぎて、
リアス・ラッサン・アイリーンの3人がホテルの部屋で話していると、大使館からの呼び出しで出かけていたマイラスが戻ってきた。
「先輩、呼び出しの内容って何だったんですか?」
「まあ、予想してた通りだったよ。帰国命令だ」
マイラスの答えに、3人とも「あー」と反応した。
「俺たちは『観戦武官』という肩書きだからな。戦争が終わった今となっては、観戦もへちまもあったもんじゃない」
「ああ。それに、ここで学んだことを国に帰って活かさなきゃならんからな。“グラ・バルカス帝国の脅威がある今、ぐずぐずしてねえで早く帰ってこい”ってことだろう」
ぶっちゃけすぎた話をするマイラスとラッサン。
とここで、リアスがマイラスの手に握られた封筒に目を留めた。
「ん? 先輩、その封筒は?」
「ああ、忘れるところだった。何か、“俺宛に堺殿から渡された”ってユウヒ大使が渡してきたんだ。何だろな、これ?」
言いながら、マイラスはビリビリと封を切り、封筒を開けていく。そこに入っていたのは……
「これ、特別入場許可証じゃないですか。何でこんなのが?」
封筒からひらりと舞い落ちた複数の紙片を見て、リアスが呟く。その横で、マイラスは封筒に入っていた手紙を読む。
「何々……?
『暑さ厳しくなって参りましたが、皆様如何お過ごしでしょうか。皆様は、もうそろそろムー国に帰還しなければならないのではないか、と拝察しております。
そこで、皆様へのご
参加をご希望であれば、7月16日の午後0時までに我が国のムー大使ユウヒ殿まで、その旨伝えていただけますと幸いです。
時:中央暦1640年7月18日 午後0時から
処:タウイタウイ島 タウイタウイ泊地講堂
追伸:念のため、全員分の特別入場許可証を同封しております
ロデニウス連合王国海軍第13艦隊司令官 堺 修一』
なるほどな」
「どうするんだ、これ? 行くのか?」
ラッサンが尋ねると、マイラスは勢いよく頷いた。
「せっかく招待して貰ったんだ。こっちも色々と教えてもらったし、“恩返し”という意味でも出席した方が良いだろう。幸い、18日はフリーだしな」
「ふむ、なら俺も行くとするか」
ラッサンが頷くと、アイリーンも手を挙げた。
「あ、じゃあ私も行かせていただきますね。また“あのスイーツ”食べたいですし」
「え、皆行くんですか? なら私も是非!」
かくて、ムーの観戦武官たちは全員が出席することとなった。
更に時が進み、午後11時。
星と月だけが空を照らし出す中、タウイタウイ泊地は闇の底に沈んだように暗い。堺も、これまでの作戦の疲れからとっとと就寝しているし、多くの艦娘たちもそうだった。
そんな中、一箇所だけ不夜城になっている区画がある。工廠だ。
「
「ええ、良い感じです。ご覧になります?」
"釧路"に案内されているのは"大和"である。"釧路"が示した先に多数置かれたステージ用の大道具を見て、"大和"は満足そうな笑みを浮かべた。
「どうですか?」
「完璧ですね、流石釧路さん」
「いえいえとんでもない。そういう大和さんだって、いい感じじゃないですか、『その衣装』」
"釧路"が示したのは、"大和"が作っている
やけにサイズの大きい、黒い上着らしきものが1枚。それは襟の裏地が赤くなっており、左胸と袖の肩のところに金色の錨マークが付いている。その上着と白い長ズボン、そして茶色の靴と白い提督帽に白い付け髭でワンセット。
黄色地に黒で錨らしい飾りが入った、長袖シャツと長ズボンが1組。こちらもサイズは大き目。ただしこの長袖シャツと長ズボン、よく見るとボディースーツっぽい形になっており、着用した日には見た目が
そしてまだ製作中であるが、白地に赤で錨っぽい飾りが入った長袖シャツと長ズボン。こちらは、茶色のウィッグが付属しているようだ。
「まあ、ね?
「もちろん! 釧路工房、お客様の秘密は守ります」
ふふふ、と笑い合う"大和"と"釧路"。
何やら不穏な雰囲気を醸し出しながらも、タウイタウイの夜は更けていった。
さてさて、"大和"が用意していたコスプレが何だったのかが分かったとしても、箝口令ですよ! ネタバレ禁止。
どうしても答え合わせがしたければ、ダイレクトメッセージのほうでお願いします。
UA26万突破、お気に入り1,500件突破に加えて、そ、総合評価5,500ポイント超、だと…!?
本当にありがとうございます!!なんとお礼申し上げれば良いやら…
評価8をくださいましたS(人格16人)様
評価9をくださいました金貨守り隊様、アルトシュ様、柊 纏様、blackfenix様
評価10をくださいましたうごくどらえもん様、桜花1218様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
パーパルディア皇国との戦争を終え、最前線となったフィルアデス大陸近海から、あるいはアルタラス島から、あるいはアワン島から、フェン島から、帰還してきた第13艦隊の面々。各方面に出撃していた艦娘たちを交え、タウイタウイ泊地では慰労パーティが開催される…
次回「慰労パーティ、そして…」