鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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艦これのイベントが終了し、何とか暇を確保できるようになりましたので、急ぎ執筆しました。
あ、イベントは甲乙乙で全海域の完走に成功しました。本当はシャーマンDD戦車と秋水、それにグレカーレ欲しかったのですが…まあ、ある程度はやむを得ませんな…。

さあ…判決の時間です。



075. 大東洋国際軍事裁判

 中央暦1640年7月30日、ロデニウス連合王国首都クワ・ロデニウス。

 市街地中心部からやや南西に離れたところにあるロデニウス中央裁判所では、大東洋国際軍事裁判が開かれていた。これは、先のパーパルディア皇国との戦争、フェン王国におけるロデニウス人虐殺事件、そしてその前、中央暦1639年9月25日にフェン王国において行われた軍祭における、パーパルディア皇国国家監察軍襲撃事件の責任者を、ロデニウス連合王国の法律に基づいて裁くものである。

 現在、法廷では軍祭襲撃事件の際にパーパルディア皇国国家監察軍竜騎士団の指揮官を務めていた、竜騎士レクマイアの裁判が行われていた。といっても、もう判決が言い渡される段階なのだが。

 

「被告人は、フェン王国で行われた軍祭において我が国の軍艦を攻撃し、飛行甲板に火災を発生させるなどした。しかし、被告人は国家監察軍に配属されて初めての出撃任務が当襲撃事件であり、言うなれば初犯と看做すことができ、殺人も犯していないことが確認された。被告人に適用される罪は、器物損壊罪のみとなる。

しかし、被告人は中央暦1639年9月末からクワ・タウイの強制収容所に収容されており、これまでの懲役期間を以て罪は十分に償ったと判断することができ、さらに反省の色も見られる。

よって、判決! 元パーパルディア皇国国家監察軍竜騎士、被告人ラジミル・レクマイアを無罪放免とします!」

 

 スーツに似た感じの黒い礼服を着用し、大学の卒業式で使われるような黒い四角い帽子を被って裁判長席に立ち、レクマイアに判決を言い渡しているのは、他ならぬ堺 修一その人である。

 

「ははっ、ありがとうございます!」

 

 それに対し、証言台に立っていたレクマイアが頭を下げる。

 

「最後にレクマイア殿、貴殿は今後どうなさるおつもりか、お聞かせ願えますか?」

 

 堺が問うと、レクマイアは一切の迷いなく答えた。

 

「ニュースで伺ったところによりますと、現在、我が祖国は新体制となり、国号も新生パールネウス共和国となったとか。軍備制限をかけられたとはいえ、現在の祖国には“実戦経験を有する竜騎士”は大変貴重な存在でしょう。

従いまして、私は祖国へ帰ったら、また竜騎士として空を舞い、()()()()に力を尽くしたい、と考えております」

「ふむ……承知しました。貴殿が道を(たが)えないことを、そして貴殿の一層のご活躍を、陰ながら応援しています」

「は! ありがとうございました!」

 

 再び、深々と頭を下げるレクマイア。

 こうして、彼は収容されていたパーパルディア皇国の捕虜たちが故国へ帰国する、その集団の最終便に、ギリギリで間に合うことができるようになったのである。目下の彼の関心は、何とかして集団帰国の最終便に間に合うように準備する、ということだろう。

 

(あの様子なら、レクマイア殿が道を違えることはないでしょう。さて、次の人を裁かなければ)

 

 堺は素早く、次の被告人に意識を切り替えた。手元の資料に目を落とし、これまでに何度も目にしている情報を素早く整理する。

 

(被告人の名前はクロード・ファン・シウス。職業は……元だけど、パーパルディア皇国海軍第4・第5艦隊司令官。罪状は、中央暦1640年1月18日にフェン王国で起きた武力衝突における、指揮下の戦列艦隊の砲撃でロデニウス人103人とフェン人2,300人を殺害させた、言うなれば殺人罪と、フェン王国に対する器物損壊罪。

ここに収容されていたのは、中央暦1640年の1月20日からだが……犯した罪と、「懲役刑として収容されていた期間」という罰が釣り合っているとは言えないな。検察側は、それを元にして更なる刑罰を……具体的には“懲役10年又は罰金1億ロデン”を求刑している。これに対して弁護側は、『被告人は皇国の皇族及び皇軍司令部の()()()()()()()()()()()()()であり、軍事作戦に従わなければ抗命罪で死刑も十分にあり得る状態であった。故に、確かに死者を出させてしまったものの、今回の犠牲は已むを得なかった』として、“執行猶予付きの懲役1年、又は罰金10万ロデン”を求刑している、か……)

 

 ちなみにであるが、堺から見て右側にある検察側の席には、フェン王国王宮騎士団長マグレブや、ロデニウス連合王国軍務卿改め王国軍総司令官となったヤヴィン元帥(軍制改革と同時に日本軍式の階級制度が取り入れられ、将官・佐官・尉官、その他伍長等下士官を含めた階級が誕生している。具体的にはヤヴィン元帥の下、各軍大臣が大将位に就き、その下で陸軍の各軍団司令官と海軍の各艦隊司令官が中将として動いている。もちろん、堺も中将位を拝命している)、その他若干名が検察団として着席している。その反対側、堺から見て左にある弁護側の席には、元皇軍総参謀長のステァリンがいるだけだ。人数にかなり偏りがある。

 そして証言台兼被告人席の後方にある傍聴席には、報道陣が詰めている。ただし録画・撮影及び録音・映像公開は全面禁止であるため、スケッチとメモのみが許可されている状態であった。また、いつものことなので語るまでもないが、この報道陣の中にはしっかり"(あお)()"が紛れ込んでいる。

 

(あと3人、しかも最後の1人が選りに選って()()()だからなぁ……気が重い。

まあ良い、今は目の前のことだ!)

 

 気を取り直し、堺は口を開いた。

 

「被告人、クロード・ファン・シウス、前へ!」

 

 堺の声に弁護人席後方の扉が開かれ、警備官に付き添われたシウスが入室してきた。手錠を()められたままゆっくりとした足取りで被告人席に進み、そこに立つ。シウスが被告人席に立ったのを確認し、警備官たちは下がった。

 

「被告人クロード・ファン・シウス、これより貴方の裁判を始めます。

まず貴方の罪状ですが、中央暦1640年1月18日にフェン王国において発生した武力衝突の際に、指揮下の戦列艦隊の砲撃によってロデニウス連合王国人103人とフェン王国人2,300人を殺害した殺人罪、そしてフェン王国に対する器物損壊罪です。これに相違ないことを認めますか?」

 

 堺が尋ねると、シウスは一つ頷いて、ゆっくりと口を開いた。

 

「ああ、間違いない。全て私がやったことだ。責任は取るつもりでいる。

ただ……貴公も軍人ならばお分かりいただけると思うが、軍人というのは常に上からの命令に従わなければならない身だ。特に私の場合、今は亡き皇軍最高司令官アルデ殿の命令、()いてはルディアス前皇帝陛下を始めとする皇族の方々の命令に従わなければならなかった。そのことを考慮に入れていただけるとありがたいと思う」

 

 シウスの口調は落ち着いている。おそらく、自身が犯した過ちと、それに対して降りかかるであろう刑罰に対し、覚悟を決めているのだろう。

 

「ふむ……貴殿の主張については、分かりました。

では検察側の方、今一度求刑の主張をお願いします」

 

 堺は続いて、検察側の弁論を求めた。

 

「我々検察側としては、被告人に対して懲役10年、または罰金1億ロデンを求刑します」

 

 検察側代表として立ち上がったのはヤヴィン総司令官である。

 

「理由としましては、被告人の命令によってパーパルディア軍がフェン王国のニシノミヤコを砲撃し、フェン人2,300人とロデニウス人103人の尊い命を奪ったことです。また、砲撃によってニシノミヤコの家並みのうち、実に217軒が破壊されました。

こうしたことから、殺人罪及び器物損壊罪を適用することで検察側の意見は一致しました。そして、被告人は中央暦1640年1月末から今日まで、懲役6ヶ月の刑を受けておりますから、その分を差し引いて、懲役10年又は罰金1億ロデンとしました」

 

 淀みなく説明を終えると、ヤヴィンは静かに腰を下ろした。

 

「分かりました。では続いて弁護側の方、今一度持論の主張をお願いします」

 

 堺の発言を受けて、ステァリンが立ち上がった。

 

「弁護側としましては、執行猶予付きで懲役1年、又は罰金10万ロデンを求刑します。

確かに、シウス殿の指揮下にあった戦列艦隊の砲撃によって、多くの人命が失われ、ニシノミヤコの家屋の多くが被害を受けました。これは“事実”です。

ですが、先ほどシウス殿自身が仰った通り、彼は“軍人”です。軍人というのは上からの命令に従わなければなりません。命令に違反すれば、抗命罪で処刑を免れません。ですから、今回のシウス殿の行動は、“自分の命が賭かっていたが故の已むを得ざる行動”であったと考えられます。以上の理由から、執行猶予付きで懲役1年、又は罰金10万ロデンを求刑します」

 

 ステァリンの心情としては、シウスの無罪を主張したいところである。だが、シウスが殺人に加担したことは“隠しようもない事実”である。

 ならば、事実であることを認めた上で、“()()()()()()()()によるもの”であったのだとして、情状酌量を求める以外にない。ステァリンはそう判断したのである。

 

「承知しました。

それではこれより、判決を言い渡します。被告人はフェン王国において指揮下の部隊に指示を出し、その結果として2,403人にも達する尊い人命を奪い、多くの器物損壊を行いました。これは到底許すことのできない行為であり、()()()()()死刑に値すると判断します」

 

 堺がそう言うと、一瞬シウスの眉が片方跳ねた。その唇は細かく震えている。幾ら自身が犯した罪に基づく罰とはいえ、死刑判決が下るとは思わなかったのだろう。

 

「しかし、被告人は中央暦1640年1月下旬から収容所に収容されており、労働を伴う刑罰である懲役を受けている状態となっております。また、被告人は反省の色著しく、更生の可能性は高いと判断できます。さらに、被告人は軍人であり司令部からの命令には絶対服従であった以上、今回の殺人並びに器物損壊は、“已むを得ざるもの”であったと判断できます。

よって、判決! 被告人クロード・ファン・シウスに対し、懲役刑5年を宣告します!」

 

 堺が取ったのは、検察側と弁護側の主張の折衷案だった。

 確かにシウスの命令によって、フェン王国の都市ニシノミヤコは破壊され、総計2,403人にも登る犠牲者を出してしまった。しかし、シウスはパーパルディア皇国皇軍の軍人であり、軍上層部、延いては皇族の命令に従わなければならなかった。

 軍においては命令違反は抗命罪であり、即座に極刑にされてもおかしくない事案である。つまり、シウスは“自身の生死を皇族に握られた状態”で犯行に及んだと捉えることができ、さらに収容後には反省の色も著しく見られた。そのことから、堺は情状酌量の余地は大いにあると判断し、シウスの更生の可能性を信じることにしたのである。

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 堺の言い渡した判決に対し、シウスは深々と頭を下げた。彼にしてみれば、極刑は免れないものと覚悟していたのだろう。それが、まさかの「懲役5年」である。向こう5年間は収容所に入れられたままであり、その間は帰国は叶わないものの、5年間の刑期が終われば自由になれるのだ。かなりの“温情”と言えるだろう。

 

「では、貴殿の更生を心から祈ります。5年間は我が国にいるわけですから、その間に多くの勉強を重ね、貴殿が“正しき道”に立ち返ることを切に願っておりますよ」

「堺殿、本当にありがとうございました。

死罪を覚悟しておったのですが、このような処分で済むことになるとは……温情に本当に感謝いたします。この5年間、精一杯努めさせていただきます」

 

 かつては部下から「冷血で無慈悲な将軍」と評価されていたこの男は今、“人としての正しき道”に立ち返り、この国に学ぶことを決意していた。

 かつての祖国はロデニウス連合王国との戦争に大敗し、国土を大幅に削られた他、賠償金やら軍備制限やら、属領の喪失による農林水産業・工業への多大なダメージに喘いでいると聞く。この5年の間にロデニウスにしっかり学び、知識や技術を国に持って帰ることができれば、祖国の再興に役立つだろう。

 

「では、貴殿に対する裁判は以上です。退出してください」

「は!」

 

 もう一度深々と頭を下げた後、シウスは警備官に付き添われて退出していった。

 

(ふむ、あの様子なら大丈夫そうかな)

 

 それを裁判長席から見送りながら、堺はそう考えていた。

 

 

 続いて被告人席に立ったのは、パーパルディア皇国陸軍の将軍の1人だったクメールである。罪状は、ロデニウス人103人の処刑に加担した殺人罪の疑い、そしてニシノミヤコにおける器物損壊罪の疑い。

 罪状確認において、クメールは一切隠し立てすることなく、殺人罪そして器物損壊罪を全て認めた。そして、検察側からは犯した罪と「懲役刑として収容されていた期間」という罰が釣り合っているとは言えない、として、シウスの時と同様に懲役10年又は罰金1億ロデンを求刑する、という主張が発表された。一方、弁護人側からはシウスと同様、軍人というのは上からの命令に従わなければならない身であり、従って今回クメールが犯した罪は自分の命が賭かっていたが故の已むを得ざる行動であったと考えられる、として執行猶予付きで懲役1年、又は罰金10万ロデンを求刑してきた。

 これに対する堺の判決は、シウスと同じく「懲役刑5年」というものであった。家族を処刑されたロデニウス人たちには申し訳ないかもしれないが、“()()()にはこれが限界”だったのである。

 死罪も覚悟していたクメールは、この思いがけない処置に驚き、次いで人目を憚らず涙して感謝した。そして、今後はこの国に学び、“人としての道”を外れることのないよう強く意識して生きていく、と決意して退出していったのである。

 

「ふぅ……」

 

 クメールが退廷した後、堺は少しだけ溜め息を吐いた。ずっと同じ姿勢であるため、身体的に疲れてきたのもあるが……それ以上に、“人を裁く”ということは精神的にかなり来るものがあったのだ。

 

 だが……そんな彼を待ち受けているのが、最後の裁判、「あの女」に対する裁きである。

 

(気が重いんだよなぁ……。これまでの取り調べにおいても、あの女は罪悪感なんか微塵も持っちゃあいないのは確かだし、それに軍が“皇族の命令に基づいて動かなければならない組織”である以上、()()()()()が彼女に被さるんだよな。このままでは、彼女は確実に……)

 

 堺にとっては、ただ判決を下すだけでも気が重くなるというのに、「あの判決」すなわち「死刑」を言い渡すのは、もはや“苦行”と言い切ってもいいレベルであった。本当なら、無期懲役か遠島辺りにでもしたいところである。

 しかし、彼女はロデニウス連合王国に対して“殲滅戦を宣言した元凶”であり、言うなれば“国民を根絶やしにする”と一方的に通告してきた()()()()だ。それを考えれば、死刑判決を下さなければならない可能性は、現実的に考えてかなり高い。

 

(……今すぐにでも逃げ出したいとこだが……裁判長就任が“勅命”である以上、逃げることは許されないんだよな……已むを得ん。嫌なことこの上ない仕事だが、後で特別報酬を要求するくらいで許すことにするか……!)

 

 腹を括った堺は、ついに“最後の被告人”を法廷に呼び出した。

 

「被告人、レミール・フォン・エストシラント、前へ!」

 

 そう……最後の裁判は、レミールを裁くものであったのだ。いよいよ、時が来たのである。

 4人の警備官に付き添われる、という異様な厳戒態勢でレミールが入ってきた。そして被告人席に彼女が縛り付けられた後、堺は裁判を開始した。

 

「では被告人レミール・フォン・エストシラント、これより貴女の裁判を開始します。

貴女にかけられている罪状は、まず邦人103人を処刑した殺人罪。次に、邦人の人権や主権を顧みず処刑を実行した、人道に対する罪。最後に、我が国に対して一方的に殲滅戦と民族浄化を宣言した、国家主権侵害罪と脅迫罪です。これについて相違ないことを認めますか?」

 

 堺がそう尋ねた途端、レミールは堰を切ったように反駁してきた。

 

「何故この私が……パーパルディア皇国の皇族が、()()文明圏外国の平民を()()()100人程度殺しただけで、こんな裁判に掛けられなければならんのだ!? 力ある国家、それも列強国が、文明レベルの低い野蛮人に()()()()()をするのは当然のことだろう!

それに、殲滅戦を宣言して何が悪いのだ! 列強国に逆らったらどうなるかを、他国に対して見せ付けるのも当然のことだ!

早く離せ!」

(全く……ここまで来て、まだ主張が変わらないのか。何度も説明しただろうが。文明圏外国だからといって相手を見下した真似をするなと!)

 

 堺は思い切り愚痴を零したくなったが、ここは法廷だ。そんなことができる筈がない。

 

「それが貴殿の主張だということですね。承知しました。

では検察側の方、求刑主張をお願いします」

 

 堺が検察側の席に顔を向けると、ヤヴィン元帥が代表して立ち上がった。

 

「ではこれより、検察側からの求刑を行います。

検察側としては、被告人に対して死刑を求刑するものであります

(やっぱりそうなるわな……)

 

 そう内心で考えながら、堺はヤヴィンの発言の続きを聞いた。

 

「被告人は我が国の民103人を、残虐極まりない方法で殺害したばかりか、それによって我が国の主権や我が国民の人権を侵害しようとしました。そして、我々がそれに抵抗してパーパルディア皇国の軍隊を全滅させると、野蛮人なぞこの世には要らぬ、とまで発言し、殲滅戦と民族浄化を一方的に宣言してきたのであります。

我が国にとっては、被告人は“存在する()()”で我が国の主権と国民の安全及び人権を侵害しかねず、危険極まりないと考えます。しかも、我が国に身柄を引き渡されてからも、尚も被告人は考え方を変えておらず、“更生の余地なし”と考えます。従って、“かような危険人物の存在を許すことは到底できない”と判断し、死刑を求刑するに至りました」

 

 それが、ヤヴィンから発表された検察側の総意だった。

 

「承知しました。では弁護側の方、主張をお願いします」

 

 今度は弁護人席に座っていたステァリンが起立した。

 

「弁護側としては、被告人に対して無期懲役を求刑します。

確かに彼女は、ロデニウス連合王国に対して殲滅戦を宣言しました。しかし、この世界においては、“文明国や列強国が力の差を背景に文明圏外国に理不尽な要求をする”というのは、()()()()()()()とされています。この第三文明圏のみならず、第二文明圏や中央世界にあっても同様です。

こうしたことから、彼女のこの行動も“それらの()()()()に基づいた行動の一つ”であったと判断することができ、已むを得ざることであったと考えました。故に、殺人罪や国家主権侵害罪を事実と判定した上で、已むを得ざるものであったとして無期懲役を求刑する訳であります」

 

 それぞれの主張を聞いた上で、堺は一度目を閉じて考えた。

 被告人……レミールの行動は、確かに国際常識を考慮すれば“当然の行動”であったと捉えることができる。だが、殺人と国家の主権侵害は事実として消えるものではない。

 それにそもそも、その「国際常識」とやらは明文化されたものだろうか? ……否。法律のように明文化されているならともかく、ただの不文律、暗黙の了解でしかない。それならば、自国の法律にのみ基づいて判断しなければならない。

 

 例え、それが()()()()()であったとしても。

 

 2分ほどかけて考えをまとめきると、堺は目を開き、ゆっくりと話し出した。

 

「では、判決を言い渡します。

弁護側の方が仰った通り、『この世界』においては“国際常識”として、『力ある国が力なき国に自国の要求を押し通すのは当然である』という不文律があるようです。それについては認めます。しかし、ここは大東洋共栄圏に位置するロデニウス連合王国であり、我々は明文化されていない常識などとは無関係に、法律によってのみ判断します。

被告人は、我が国に対して強制的な植民地化を要求しました。これは我が国の主権を一切省みない、凶行という他ありません。しかもそのために、何の罪もない我が国の民100人を一度に惨殺させ、さらにその様子を映像にして我が国の外交員に見せ付ける、という暴挙に及びました。そして、フェン王国に派遣されていた自国の軍隊が、我が国の軍によって討伐されると、野蛮人なぞこの世に要らぬ、として殲滅戦を宣言してきました。

我々にとっては、一方的に力を振るって我々の主権や人権を侵そうとしたばかりか、民族浄化まで行おうとした“危険極まりない人物”であります。その上、我が国の民を殺したことについても、何らの罪悪感も持っておりません。かような危険人物を生かしておくことはできないと判断します

 

 表情は冷静だが、堺の心の中では二つの感情が激しくせめぎ合っていた。「復讐心」と「罪悪感」である。

 被告人……今目の前にいるレミールは、邦人100人を人質に取って植民地化を要求し、それに反対すると人質全員を処刑させた、“悪逆無道の殺人者にして大罪人”である。そして、自国の軍隊がフェン王国で全滅させられると、ロデニウス人を「蛮族」と罵った上「この世には要らぬ」とまで発言して、殲滅戦を宣言してきた。その上、今に至るも反省の色も罪の意識もない。生かしておけば、ロデニウス連合王国の民に害をなすことは明白である。

 しかし同時に、彼女は1人の人間である。大罪を犯したとはいえ、()()()を宣告するのは流石に少し気が引けた。

 

 

 ……だが。

 誰かがこれをやらねばならぬ。

 

 

 堺は心を鬼にすると、判決を言い渡した。

 

「よって、判決!

被告人レミール・フォン・エストシラントに対し、死刑を宣告します!

 

(言ってしまったか……!)

 

 その言葉を口にした直後、堺はこれまでにない“ある種の恐怖感”を抱いた。

 たった今、自分は1人の人間の人生を終わらせる()()()()を下したのだ。

 頭では分かっている。法治国家である以上、法律は“絶対の存在”であり、そして彼女が犯した罪は死刑以外では償いようがないということを。だが、「感情」はまた別物だ。1人の人間としては、他人に死を宣告するなど、とても実感が持てない。

 

(やれやれ……本当にこうなるとはな……。

裁判官でもないのに死刑判決を下した一般の日本人なんて、俺だけじゃないかなぁ……)

 

 暴れるレミールが無理矢理引っ張って行かれるのを見詰めながら、堺はそんなことを考えていた。

 

 

 閉廷の翌日、中央暦1640年8月1日 午前9時。

 夏の日差しがガンガン降り注ぐタウイタウイ島。そのタウイタウイ泊地を一団の人々が歩いている。手錠を嵌められた銀髪の若い女性を取り囲むようにして、何人もの人間が歩いていた。その先頭に立つのは堺と"あきつ丸"である。

 

「ここで良いでしょう」

 

 タウイタウイ泊地の片隅、あまり人目に付かないとある倉庫の裏側。そこで堺が立ち止まり、人々に告げた。

 直ちに太い杭が立てられ、それに銀髪の若い女性……レミールが縛り付けられる。一連の作業は5分足らずで完了した。

 集団の人々の正体は、処刑されるレミールを護送する人々であった。堺と"あきつ丸"の他に、泊地の警備に当たる警備員妖精が数人、それに"(くし)()"。そして、カナタ陛下に代わる立会人に指名された、ヤヴィン総司令官である。

 

「最後に、レミール。言い残すことはあるか?」

 

 杭に縛り付けられたレミールに、堺が尋ねる。

 

「いや、何もない」

「そうか。分かった。

レミール、これより貴様の死刑を執行する。遺体については、伝染病予防のため焼却処分した上で、残った骨をこの場所に埋める。ああ、処刑した後で墓を暴くような無粋な真似は、神に誓って絶対にやらないから、そこは心配しなくて良い」

 

 それだけレミールに告げると、堺は"あきつ丸"の方を見た。彼女は堺の言いたいことを敏感に察し、背負っていた武器……MP40を彼に手渡す。安全のためマガジンは外されており、銃本体が渡された後で手渡された。

 金属の冷たさを左手に感じながら、堺はこれまた冷たいマガジンを右手で受け取る。軽い音を立ててマガジンが装着されると、最後にガチャリと音を立ててコッキングレバーが引かれ、射撃準備が整った。

 銃口をレミールに向ける堺。少しの間沈黙が流れる。

 と、不意にレミールが顔を上げて叫んだ。

 

「パーパルディア皇国万歳!」

 

 その直後、ほとんど反射的に、そして一切の(ちゅう)(ちょ)無く、堺はトリガーを引いた。セミのような昆虫の鳴き声が満ちる中にあって、トリガーが引かれるカチッという乾いた音が、彼には酷く場違いに聞こえた。

 

ダダダダダダダダダダッ!

 

 MP40の銃口から発射炎が迸り、次々と9㎜パラベラム弾が発射される。空になった薬莢が地面を打つ、チリンチリンという軽い金属音が耳に響く。

 硝煙の匂い、続いて有機物特有の臭い物が混じった鉄の匂いが立ち込める。そして、地面に赤い液体が飛び散って乱雑な水玉模様を作り、上半身を朱に染めたレミールの頭がガクリと項垂れた。

 堺は素早く、"釧路"に目だけで合図する。小さく頷いた"釧路"は、自身の艤装の中で医務を担当している妖精(医師免許持ち)に診断を行わせた。

 聴診器とペンライトを使い、心音・呼吸音・瞳孔・対光反射と手際良く確認した後、妖精は"釧路"に何やら耳打ちした。それを聞いた後、"釧路"は堺に向き直り、報告を行った。

 

「中央暦1640年8月1日、午前9時4分。レミール・フォン・エストシラントの死亡を確認しました。これより、所定の手続きに入ります」

「うむ」

 

 堺は黙って頷いた。そして、レミールの遺体は杭ごと袋に入れられ、"釧路"の手で運び出されていった。工廠か、"釧路"の溶鉱炉辺りを利用するつもりなのだろう……。

 

 

 後日、この倉庫裏には残った骨が埋められ、石碑が設置された。そこに書かれた言葉は、実にシンプルなものであった。

 

『パーパルディア皇国元皇女 レミール・フォン・エストシラント

ここに眠る』

 

 こうして、対パーパルディア戦争に関して残っていた最後にして最大の仕事が、終わったのだった。




はい、皆様も薄々分かっていたとは思いますが…レミールは死刑になりました。
なお、彼女の死刑のシーンはネタ入りです。具体的には、「ヒトラー最期の12日間」でフェーゲラインが処刑される場面です。「他作品のネタ満載」のタグは伊達ではありませんよ!


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ありがとうございます!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

戦争が終わり、平和が戻ってきたロデニウス連合王国。その本土と、大東洋共栄圏に参加している各国では、「ある物」が流行していた。それは日本から流入したサブカルチャーで…!?
次回「ロデニウスと周辺のサブカル白書」

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