鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、予告通りにロデニウス連合王国のとある日の様子です。日常回、というやつですね。



077. ロデニウスのとある日

 中央暦1640年8月4日、ロデニウス連合王国。

 首都クワ・ロデニウスにある外務省の建物(軍制改革が行われたのと時を同じくして、ロデニウス連合王国もムー国を参考にして各省庁の改革に踏み切っていた。そのため、これまで「外務部」と呼称されていた組織は、メンバー構成はそのままに「外務省」と改名していたのだ)では、多数の外交官が一室に集められていた。その中にはヤゴウとメツサルの姿もある。

 集まった外交官たちを前にして、新たに外務大臣に任じられたリンスイが、重々しい声で口を開いた。

 

「諸君、本日はよく集まってくれた。早速だが、始めたいと思う。

単刀直入に言おう。我々ロデニウス連合王国外務省には、人材が足りないっ!

 

 のっけから、リンスイが思い切り爆弾発言をぶちかましたことで、会場は大きく揺れた。

 

「もっと正確に言えば、“列強国が相手でも堂々と外交ができる人材”が、我が国には足りない!

パーパルディア皇国を下したことで、我が国は世界から目を付けられたはずだ。そして今後、()()()()()()として認知されるかもしれない。あの『先進11ヶ国会議』に招かれるかもしれないのだぞ!」

 

 説明しよう。「先進11ヶ国会議」とは、この世界に存在する数ある国家の中でも、“特に優れた技術や国力を持つ”等の理由から選定された、「世界中でも特に優れた国」11ヶ国の代表が集まって行う“世界(国際)会議”である。列強国は常時参加であり、それ以外の国(特に文明圏内にある国で、「準列強」と呼ばれることもある国)は、持ち回りで参加国を務める。

 もし招待されれば、それ()()()()「特に優れた国」として世界中から認知される、という名誉な会議でもある。

 

 これまでロデニウス大陸の諸国家は「第三文明圏外」という立地から、「世界中でも文明が最も遅れた国々」として認知されていたため、こんな会議とは無縁の状態であった。

 しかし今回、ロデニウス連合王国は列強国であったパーパルディア皇国を下した。そのパーパルディア皇国は滅亡し、「新生パールネウス共和国」となったものの、天文学的規模の賠償金やら国内産業の建て直しやらで(あえ)いでおり、かつての列強国の姿はどこへやら。従って、パーパルディア皇国改め新生パールネウス共和国は、“列強失格”となるのは確実であった。

 

 ということは……パーパルディア皇国の滅亡によって空いた「列強国」の席に、ロデニウス連合王国が座る可能性がある。

 そうなれば、外務省は()()()()多忙な状態に置かれることは間違いない。“世界最強の国家”たる神聖ミリシアル帝国との外交的接触すらあり得るのだ。

 今のうちに外交官を育成しておかなければならない。例え神聖ミリシアル帝国が外交相手でも、()()()()()()交渉に臨める外交官を。

 

 各外交官たちはざわついている。それが一通り収まるのを待ち、リンスイが再び声を上げた。

 

「今回集まって貰ったのは、我々の外交レベルをさらに引き上げるためのフォーラムを開催するためだ!

今こそ、我々ロデニウス連合王国外務省の力が試されているといっても過言ではない。諸君には全力を尽くして貰いたい!」

 

 こうして外務省では、“外交官の速成教育”のためのフォーラムが開始された。そして、そこで教材として使われたのは、"(きり)(しま)"が撮影していた『レミールとの外交交渉の様子を録画したビデオ映像』だった……。

 ただし、安心してほしい。「反面教師として」使っているのである。

 

 

 その頃、タウイタウイ泊地では。

 

「……という訳でして、我が国も苦労してるんですよ」

「それはそれは。まあ、技術進歩に犠牲は付き物ですからね。無理のない範囲で(こん)(ごう)型戦艦の建造、是非頑張っていただきたい」

「ええ。グラ・バルカス帝国の脅威がありますし、列強国として簡単には負けられませんよ!」

 

 提督室にて、堺とマイラスが紅茶片手に談笑していた。

 マイラスは、堺とは一度話したことはあるものの、あれはかなり“急ぎの件”であった(「アサマ作戦、発動寸前!」参照)ため、ゆっくり話したことはなかったのだ。そこで今回、もうすぐ帰国してしまうということで、マイラスは帰国する前に一度、“堺とゆっくり話しておきたい”と考えたのだ。

 堺も全く同じことを考えていたため、両者は即座に意気投合。只今談笑中なのである。

 え? 堺は勤務時間じゃないのか、って? 安心してください、サボりです

 

「そういえば堺殿、貴殿はグラ・バルカス帝国について何かご存じですか?」

 

 マイラスは、ここで密かに探りを入れた。

 以前このタウイタウイ泊地で戦艦「大和(やまと)」を目撃してから、マイラスの心には「大和」と「グレードアトラスター」の酷似性がずっと引っかかっている。それをこの際、確認してみようとしたのだ。

 

「ええ、少しだけ。商人の方から噂を伺った程度ですが、何でも“貴国の西にあった列強レイフォルを、()()()1()()()()で下した”そうですね。私が知っているのはその程度です」

 

 実はこの時、堺も密かに探りを入れていた。

 何故かというと、堺()確認したかったのだ。「グレードアトラスター」というのが、もしや“大和型戦艦に似ている”のではないか、ということを。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 どこで堺がこれを知ったのかというと、それはつい先日のことだった。

 慰労パーティがあったあの日…その夜、堺が泊地権限を当直艦娘に移譲する直前に、来訪者があったのである。

 

「Hi, Admiral!」

 

 その来訪者というのは、戦艦の艦娘"Iowa(アイオワ)"だった。

 

「おう、アイオワか。急にどうした?」

「ちょーっと気になることがあって、報告に来たの」

「気になる? どうしたんだ?」

 

 堺が尋ねると、"Iowa"は真面目な顔付きになった。

 

「Admiral。Operation Twilight(トワイライト)Checkmate(チェックメート)Catastroph(カタストロフ)の時に、私に“Mu国の観戦武官”を2人、乗せてたわよね?」

「ああ、乗せていたな」

「それで、Operation Catastrophが発動して、Yamatoがエストシラントを砲撃していた時、その2人がYamatoを見て慌てていたわ。『何故Gread Atlasterがここにいる!?』って」

「グレードアトラスター?」

 

 堺には聞き慣れない単語が出てきた。

 

「何だそれは?」

 

 堺が尋ねるも、"Iowa"は肩を竦めて首を横に振った。

 

「I don't know. But……」

「?」

「彼らはYamatoを見て慌てていたわ。ということは、そのグレードアトラスターって、“Yamatoそっくりな戦艦”なんじゃないかしら?」

「確かにな……」

 

 とここで、堺は大変なことに気付いた。

 

「ちょっと待て!? それじゃ、()()()()()大和型戦艦を運用している国があるってことか!?」

「Oh……! 確かにそうなるわね」

 

 自分で言っておいて、その可能性に気付いていなかった"Iowa"であった。

 

「むむ……こいつはちとまずいぞ。調査が必要だな。

ありがとなアイオワ、教えてくれて」

「You're more than welcome! それじゃあね、Admiral!

Uh、忘れるところだったわ。Night battleは程々にね!

 

 ひらひらと手を振りながら、"Iowa"は退室していった。

 

(大和型戦艦を運用する国家……か。そこなら、無線機があったとしてもおかしくないな)

 

 堺は、以前にエストシラントで拾った謎の無線機……グラ・バルカス帝国製のものと判明した(くだん)の無線機のことを思い出す。

 おそらくだが、グラ・バルカス帝国なる国は大和型戦艦に当たる戦艦を建造し、運用している可能性がある。何せこの世界では、科学技術文明国家は極めて希少なのだから。

 

(ようやく尻尾を掴んだ、って感じだな。もっと情報が欲しい……そろそろ商人だけじゃなくて、もっと精度の高い情報が必要だな。

……って、ん? アイツ、最後に何て言った? 『Night battleは程々にね』? どういうこった?)

 

 一瞬後、彼は全身の血が顔に向けて駆け上がってくるような感覚に襲われた。顔が一気に紅潮していくのが分かる。

 

(あのアメリカン娘、最後に爆弾投げていきやがったな……!)

 

 遅まきながら、"Iowa"の発言の意図にようやく気付いた堺であった。

 

 

 ちなみに、今さら書くまでもないが、この後めちゃくちゃ夜戦(意味深)した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そしてこの機に、堺は「グレードアトラスター」なる艦のことを情報収集したいと考えたのであった。

 

「ええ、仰る通りです堺殿。

そしてその戦艦なんですが、どうやら艦名を『グレードアトラスター』というそうです」

「ほう、『グレードアトラスター』ですか。何ともカッコいい響きですな」

 

 マイラスにそう返事しながら、堺は確信した。

 故アップル社CEO(ス〇ィーブ・ジ〇ブズ)の言葉を借りれば、「点と点が繋がった」。グラ・バルカス帝国は「グレードアトラスター」という名の、大和型戦艦そっくりな戦艦を運用しているらしい。

 

「そしてその艦なんですがね、堺殿。それでお伺いしたいことがございまして」

「ほう、何でしょうか? 私に答えられる質問だと良いのですが」

「実は私、以前に貴殿のところの大和嬢が戦艦になるところを偶然目撃してしまいまして」

 

 マイラスも本題に踏み込んだ。

 そしてそれを聞いた堺は、心の中で呟いた。

 

(あちゃー。覚悟はしてたけど、やっぱり見られたか、()()())

「それで、その大和嬢が変化した戦艦が、あまりにも件の『グレードアトラスター』と似ていたので、驚いたのですよ。このロデニウス連合王国や日本が、もしかするとグラ・バルカス帝国と技術交流やら何やらしていないかと思いまして……」

 

 マイラスはついに賭けに出た。

 

「なるほど、お話は分かりました。

ですがマイラス殿、我々日本も、またロデニウス連合王国も、『グラ・バルカス帝国』などという国とは国交を結んでおりません。そもそも我々も、ようやくその国の存在を知ったところなのです。現在我が国の外務省や軍情報部が、総力を上げてかの国の情報収集に当たっています」

「国交を結んでいない? いや、驚きました。

グレードアトラスターと貴国の『大和』は、あまりにも酷似していたのです。一瞬見間違えたほどでした。そこから考えるに、“国交があるのではないか?”と思ったのですが……」

「そんなに似ているのですか?」

「ええ。あ、せっかくですから見ていただいた方が良いですね」

 

 そう言いながら、マイラスは制服のポケットから魔写を引っ張り出して堺に手渡した。それは、かつての列強国レイフォルの首都レイフォリアにて撮影された、グレードアトラスターを写した魔写である。

 魔写を受け取った堺は、一目見るや目を丸くした。

 

「拝見致します。……こ、これは!? なんと……仰る通り、そっくりですな。これでは、技術交流やら国交の有無が疑われるのも無理はない……。……む? しかし、基本的な形状はそっくりですが、微細な部分が違いますね」

「失礼ながら、どちらが異なるのか教えていただけますか?」

 

 堺も、「大和」の本体を()()()()()()のならば、この程度の情報提供は「禁則事項」には当たらないと判断し、説明に入った。

 

「はい、まず高射砲の形状が異なります。大和型戦艦の高射砲は、()()()です。対して、このグレードアトラスターの高射砲は、よく見ると()()()()になっているようです。

我が国の艦艇用高射砲に、三連装砲はありません。従いまして、これは我々の技術とは異なる、と言い切れます」

「高射砲の形状が異なる、と。なるほど……ちなみにすみません、高射砲というのはどのような砲でしょう?」

「ああ、高射砲というのは小口径……口径75㎜から12㎝前後の砲や、それより少し大きい中口径砲のうち、“航空機を撃墜するために仰角を大きく取れる砲”のことですよ。発射時初速を高めるため、砲身が長いことも特徴の1つです」

「航空機を撃つための砲ですか……これもムーに導入したい装備ですね」

「是非頑張っていただきたい。

次に、この艦橋の周囲を見てください。何やら見慣れない装置があるのが、お分かりいただけますか?」

「……確かに。これらは何でしょう?」

「あくまで予想ですが、これは(でん)(たん)や高射装置……つまり、“電気式の索敵装備と演算装置”ではないかと推測されます。

電探はレーダーとも申しまして、索敵のために電波を発射し、相手に当たって跳ね返ってきた電波をキャッチして、相手の方位や距離・高度を測定するための装置です。それに対し、高射装置はレーダーから送られてきた敵の方位や距離を元に、高角砲や対空機銃に目標の位置を伝達し、照準を容易ならしむるための装備です。

どちらも、高速で飛ぶ航空機などを捕捉するのにお勧めの装備ですよ」

「なるほど、これがレーダーですか。レーダーというものの存在については、リアスとラッサンから聞いています。電波を使って相手の位置を測定する機材がある、と」

「ああ、リアス殿とラッサン殿ですか。お二人は実際に我が国の軍艦に乗って、レーダー運用の様子なども見ていますからね。どうやらすっかりレーダーの魅力に嵌まってしまったようで……頻りにムーにレーダーを導入したがっていましたよ。

大和とグレードアトラスターでは、これらの装置の形状が異なるんです。それも相違点ですね」

 

 マイラスにそう話しながら、堺はちらりと壁にかかった時計を見た。針は午前9時40分を指している。

 

「む、もうこんな時間ですか。予定ではそろそろ……」

 

 堺がそう言いかけた矢先、提督室のドアがコンコンとノックされた。そして、部屋の外で声がする。

 

『失礼します。金剛型戦艦、(はる)()、参りました!』

「来たか。良いぞ、入ってこい!」

『はい、失礼します!』

 

 ドアの外から聞こえてきた声に叫び返しながら、堺は素早く、ちらっとだけマイラスを見た。若干顔が赤くなっている。

 

(やっぱりな)

 

 堺も気付いていた。マイラスが、"榛名"に惚れているらしいということに。まあマイラスの方から告白してきたのだから、どれだけ鈍感な者でも否応無しに気付くだろうが。

 ガチャリとドアを開け、"榛名"が入ってくる。

 

「提督、特別任務だと伺ったのですが……あら、お客様ですか?」

「ああ。あ、お客様が同席してるからって無理に気にしなくていいぞ。今回の()()()()には、彼も関係しているからな」

 

 堺の説明に、マイラスは一瞬ぎょっとした。

 

「え? さ、堺殿、その特別任務とやらは……」

「ああマイラス殿、お気になさらずに。今ご説明致しますので。榛名、ちょっとこっちに座ってくれるか?」

 

 堺は"榛名"に席を勧めた…のだが、その席はマイラスの真向かいである。もちろん、堺は()()()やっていた。

 "榛名"が着席するのを待ち、堺は口を開く。

 

「さて、まずは任務の背景から説明する必要があるな。

まず榛名、こちらの方をご存知だろう?」

「ええ。ムーという国からいらっしゃった、マイラスさんですよね?」

 

 堺の質問に答えた後、"榛名"はマイラスに会釈した。マイラスも慌てて会釈を返したが……その顔がやや紅潮している。

 

「ああ。今、彼の出身国であるムーは、とある覇権国家の脅威に晒されている。しかもその覇権国家、かなり強力な軍隊を保有しているらしい。未確認だが、“戦闘機や(ちょう)()(きゅう)戦艦を運用しているらしい”という情報もある。

ムーは、その覇権国家から自国を守るため、八方手を尽くしている状態なんだ。そしてそのうちの1つに、“海軍力の強化”がある。今のムーの最新鋭戦艦は、はっきり言えば我が国の戦艦『()(かさ)』レベルだ。つまり、(ぜん)()(きゅう)戦艦という訳だ。()弩級戦艦じゃあ()弩級戦艦には勝てん。だからムーは、海軍力の強化として“金剛型戦艦を()()()()()建造しようとしている”んだが……マイラス殿の話によれば、難航しているらしい。何せ“何もないところ”からいきなり超弩級戦艦を作ろうってんだ、その苦労は尋常のものではないだろう。

そこで榛名、君の出番だ」

「ええと、何をすればよろしいのでしょうか?」

「はっきり言おう。艦内の設備類を、何から何までマイラス殿に見せてやってもらいたい。また、建造記録やら何やら、書類のデータが残っていれば見せてやって欲しい。特に主砲と電探や(そっ)(きょ)()、機関周りは念入りに頼む。今回は『禁則事項』に触れるような条項はない、全てフリーだ。彼の満足の行くところまで、全て案内してやってくれ。

金剛型戦艦の中で、最も原型に近い姿を残しているのは榛名、お前だけだ。残り3人は主砲の交換やら何やら、思い切ってやってしまったからな。だから、お前さんにしか頼めない任務なのさ。頼む」

「分かりました!」

 

 "榛名"は、笑顔で敬礼した。

 

「それで、任務はいつからになりますか?」

「今日、今から3日間だ。1日当たり、朝9時から夜7時までの限定で全て公開してやってくれ。今がちょうど9時45分だから、今のうちに艤装を用意して、出撃に使う()(とう)で待機していてくれ。艦艇形態で頼む。もし砲撃訓練の必要があるなら、利用規則に従って演習海域を利用してくれ。

俺はまだマイラス殿に説明しなきゃならんことがあるから、10時くらいに埠頭に行くことになると思う。それまでに用意を頼む」

「はい! では、失礼しました!」

 

 もう一度敬礼し、"榛名"は退室していった。

 

「というわけでマイラス殿……マイラス殿?」

「……え? あ、は、はい!」

 

 (ほう)けたような様子になっていたマイラスだったが、堺の言葉ですぐ正気に戻った。だが、堺はそっとニヤニヤ笑いを押し隠した。

 

(完全に惚れてんな、マイラス殿。彼がヘンな行動を取るとは思えんが、後でちょっと"注意"しとくかな)

「うちの榛名に、艦内設備の一切合切を貴殿に見せるよう命令しました。貴殿には、“金剛型戦艦の実艦そのもの”と、その“建造過程の記録”を見ていただきたいのです。建造の際に大いに参考になるでしょう」

「さ、堺殿、本当にありがとうございます! 3日間という短い間とはいえ、まさか戦艦の内部と建造記録を公開してくださるとは感謝の極みです……! この機会、全力で勉強させていただきます!」

「勉強は結構ですが、艦内食堂もありますからちゃんと食事をして、睡眠を取っておいてくださいね? 正常な思考力は、食事と睡眠をしっかりしてこそ発揮されるものです。そのことをお忘れなきようお願いします。過労で倒れた、と大和から聞きましたよ?」

「は、はは、恥ずかしながら……」

 

 堺が対パーパルディア戦争のため遠征していた間に、マイラスは過労でタウイタウイ泊地の医務室にお世話になったことがある(「パールネウス講和会議(1)」参照)。堺はそのことを言っているのだ。

 

「あ、それともう一点、注意がございます」

「何でしょうか?」

 

 尋ねたマイラスに対し、堺はド直球の()()()を投げ込んだ。

 

「惚れた女と一日一緒にいられる訳ですから」

「っっっっっっ!!!??」

 

 その途端、耳まで真っ赤になるマイラス。茹で蛸そのものである。

 

「さささ堺殿、そそそそれはっ……!」

「分かりやすいですよ、マイラス殿」

 

 真っ赤になって口調までどもっているマイラスに、堺は苦笑いしながら返事をした。

 

「まあ、見方によっては『デート』ともとれる訳ですよ」

「で、デート!? いっ、いや、断じてそんな訳では……!」

「え? 理由が何であれ、『男女が一緒に長時間過ごす』のでしょう? これをデートと言わずして、何と言うのでしょうか?

それに、マイラス殿の方から告白してきた、と記憶しておりますが」

「………」

 

 言い返せなくなって、真っ赤になったまま項垂れるマイラス。堺はこの辺りで追撃を止めておくことにした。ここら辺で止めておかないと、下手をすればマイラスの意識が飛ぶだろう。天国にでも。

 

「彼女も艦娘とはいえ“一人の人間”です。私も、男女の関係ができる可能性については考えております。

ですがマイラス殿、下手に手を出さないでいただきたい。そりゃあ、手を繋ぐくらいなら何も問題ないでしょうが、()()()()()をすれば首を()ねられますよ」

「えっ」

 

 真っ赤になっていたマイラスは、一気に青白くなった。

 

「え、ええと堺殿、“首を刎ねられる”というのは……」

「文字通り『物理的に』という意味です。お(しと)やかに見えるでしょうが、あれでも彼女はかなりの武闘派です。下手な真似をしようとすれば、人間の首をへし折るくらいは()()()やってのけるでしょう」

「ひえっ……」

 

 マイラスはそっと首筋を撫でた。彼にとっては"まさかの一面"である。

 尚、堺は「首をへし折るくらいは容易くやってのける」と言ったが、これは誇張でも何でもない。"榛名"は人間であると同時に()()でもあるのだから、リミッターを外してしまえば全開の機関出力を「筋力として」出せる。つまり、“数万馬力の力を筋力として発揮できる”のだ。これなら、リンゴを握力で握り潰すのも容易い。まして、人間の首であれば簡単にへし折れる……という訳である。

 

「そういう訳ですから、少々お気を付けていただきたい。そこさえ注意していただければ大丈夫でしょう」

「分かりました、十分に気を付けます」

 

 気を引き締めるマイラスであった。

 

「さて、私からの注意はこのくらいです。もう彼女はスタンバイしているでしょうから、埠頭へ行ってみましょう」

 

 かくして、マイラスの「榛名」見学が始まった。

 

 

 埠頭には、既に戦艦「榛名」がその勇姿を見せて停泊していた。以前にマイラスがムーの首都オタハイトで見たのと全く同じ姿のままだ。艦体前方に塗られた、白と黒の不規則な縞模様(ダズル迷彩のことである)もそのままである。

 桟橋の上で堺と別れ、タラップを上がったマイラスは、甲板上で"榛名"と乗り組みの妖精たちに出迎えられた。妖精たちが「(ささ)(つつ)」の姿勢を取る中、挙手の礼をした"榛名"が微笑みながら話しかけてくる。

 

「マイラスさん、戦艦『榛名』へようこそ。艦長…に相当する役を担っております榛名です。慰労パーティ以来……でしょうか?」

「榛名さん、こちらこそよろしくお願いします。ええ、ほんのすこし前のことでしたね。去年の11月に国交を開設して以来、我が国では自国の技術進歩を図っていますが、そう簡単にはいきませんね。今回こうして訪問したのも、“自国の力のみ”で金剛型戦艦を建造しようとして難航しております故、その参考になれば……ということで、見学を希望しました。堺殿と榛名さんには、感謝してもし切れません」

「いえいえ、そんなことはないですよ」

 

 話しながらも、"榛名"は気付いていた。マイラスが若干挙動不審になっていることに。具体的には、何だか彼の顔が紅潮しているように見えるし、話すスピードも少し速い。

 

「それでは、どちらから見学なさいますか? 提督からは“オールオッケー”と伺っていますから、全てご案内致します」

「ええと、そうですね、まずは機関からお願いしたいです。ムー国での金剛型戦艦の建造に当たり、最大の問題となっているのが機関の仕組みを解明できていないことなのです。『金剛型戦艦に使われる機関がどうやら蒸気機関の一種らしい』ということは分かったのですが、我が国では考えられないほど“高圧の蒸気機関”らしいのです。それをどうやって作るのか、どうやってスクリューと接続して艦を動かすのか、さっぱり分からないのです。なので、是非とも機関からお願いします」

「分かりました、では機関から見ていきましょう。こちらへどうぞ」

 

 "榛名"が笑顔を見せると、マイラスの紅潮が心なしか更に強まったように見えた。

 

(どうしたのでしょう……? 体調不良、とかいう訳ではないみたいですし……)

 

 マイラスの挙動不審の理由を考えていた"榛名"は、ふとマイラスの視線が自身の顔周りや自身の一挙手一投足に向けられていることに気付いた。そして次の瞬間、()()()()()に思い至ってドキッとした。

 

(まさか……もしかして、榛名は「一人の女性として」見られているのでしょうか? もしそうなら、全て筋が通るのですが……でも……)

 

 「艦娘」という職業特性と、「泊地」という特殊な職場環境のせいで、基本的に艦娘たちは異性との恋愛経験はかなり少ない。初心(ウブ)な子も結構な数に上る。それは"榛名"とて例外ではなかった。"榛名"もまた、“一人の異性として”男性から見られた経験はないのである。まあ、異性が提督くらいしかいなかったせいもあるので、仕方ないといえば仕方ないが。

 

(榛名が、女性として見られてる……)

 

 これまで全く遭遇したことのないシチュエーションに、"榛名"の心拍数はいつもの倍くらいに跳ね上がっていた。

 

(い、いえ、これについて考えるのは後にしましょう。まずは、任務を果たさないと)

 

 頭を軽く左右に振って気持ちを切り替える"榛名"であった。

 

 

 で、マイラスが「榛名」の心臓部に当たる主機を見学している頃、埠頭付近の倉庫の裏では、

 

「説明してくだサイ、提督」

「榛名に、男性を引き合わせるなんて……」

「論理的に100文字以内でお願いします」

 

 堺が、殺意にも近い感情を含んだ瞳の"金剛"、据わった目をしている"()(えい)"、そして笑顔だが目が全く笑っていない"霧島"に問い詰められていた。

 

「待て待て、まずは落ち着け。何もやましいことではない。

ムーでは、自力で金剛型戦艦を建造するのは難しいって聞いたから、せっかくの機会なんでマイラス殿に『実艦』を見ていただこうと思っただけだ。そしてお前さんたちは大規模改造で金剛型戦艦の()()を失っているから、榛名にしか頼めなかった、というだけなんだ」

 

 "金剛"に襟首を掴まれたまま、半ば足が宙に浮いた状態で、堺は声を震わせて必死に説明する。その顔には大量の冷や汗が流れ落ちていた。

 

「嘘じゃないデスネ?」

「おい金剛。お前は俺と長い付き合いじゃねえか。その中で俺が嘘吐いたことがあったか? それに、この目が嘘を吐いているように見えるか?」

「ありまセン。それと嘘吐いてるようにも見えないデスネ」

「そういうこった。分かったら降ろしてくれ」

 

 こうして、“袋叩きの運命”だけは何とか回避した堺であった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「堺殿、本日はありがとうございました。戦艦『榛名』に使われている『ロ号艦本式缶』と『改良型艦本式タービン』の仕組みが、やっと分かりました。これで、国産の金剛型戦艦の建造における最大の問題が解消されそうです」

「おお、それはようございました。今日は機関だけ見たのですか?」

「いえ、機関の他に主砲も見させていただきました。といっても、実射の様子は見ておりませんので、触り程度ですが」

 

 午後7時半、夕焼けの最後の光が西の水平線の空を照らす頃。タウイタウイ泊地司令部にて、マイラスは堺に今日の見学について報告していた。

 

「主砲は、ラ・カサミ級戦艦の主砲を少し発展させた改良型らしい、と感じました。あの主砲の機構については、我が国の技術でも何とか再現できるかと存じます」

「それはそれは。流石はマイラス殿ですね。見ただけであの主砲の構造が分かるとは……」

 

 ムー稀代の最優秀若手士官は伊達ではない。さしずめ『ムー舐めるな日本』というところだろう。

 

「明日からは主砲と電探周りを中心に見学したいと思います」

「あ、それでしたら、測距儀と射撃指揮装置を見ておくことをお勧めしますよ。金剛型戦艦の主砲は、およそ20㎞の有効射程を持ちますから、有効射程が大きすぎて“直接照準”では狙えないのですよ。なので我々は、測距儀を使って敵との距離を測った後、そのデータを射撃指揮装置に打ち込んで照準しているのです。“人間が目視で照準する”のではなく、機械にやらせる、ということですね」

「なるほど、ありがとうございます。その測距儀と射撃指揮装置とやらは、艦のどちらにあるのでしょう?」

「一番高いところ……つまり艦橋のてっぺんですよ」

「分かりました、明日早速見学してきます。

あ、それと堺殿、ちょっとお伺いしたかったのですが……」

「何でしょう?」

「いや実はですね、あの慰労パーティの時に、これだけ多数の美少女に囲まれていて誰にも手を出していないとなると、堺殿が(ぼく)(ねん)(じん)な可能性もあるのではないか? という話があったんですよ。堺殿もお若いですから、もしかすると恋愛経験とかないのではないか、と思いまして」

「な、なっ! 失礼なっ!」

 

 あまりにもぶっちゃけすぎ、かつ失礼な発言に、堺は思わず叫んだ。

 

「朴念仁なんかではないですよ、私は! これでもケッコン済ですからね!」

「ええぇーっ!」

 

 今度は、マイラスが驚く番だった。

 なんと、堺は恋愛経験どころか結婚済みだった。彼は決して朴念仁などではなく、むしろ結婚まで済んでいたため、“余裕綽々で見物していただけ”だったのだ。

 

「ど、どなたと……もしや、大和嬢ですか?」

「ほう、どこからそのように判断なさったのか伺っても?」

「指輪です。あの慰労パーティの時、最初の乾杯の時に大和嬢から飲み物を注いで貰ったでしょう? その時に、彼女の左手に指輪がしてあるのを見たのです。ムーにも、『婚約した相手に指輪を渡す』という風習がありますので、もしやと思いまして……」

「流石はマイラス殿。最優秀の技術士官は観察眼にも優れる……ですね」

「いやいや、大したことではありませんよ」

 

 堺は感心した。やはり、マイラスは気付くものには気付いていたのだ。そこは流石というべきだろう。

 

「それでしたらマイラス殿、こちらからもちょっと伺いたいのですが……」

「何でしょうか?」

 

「惚れた女と一日一緒にいた感想を、まだ聞いていない気がするのですがねぇ(ニヤニヤ)」

 

「ーーーーーっ!」

 

 マイラスは強烈なカウンターパンチを喰らうこととなった。

 

効果は 抜群だ!

マイラスは 倒れた!

なお、気絶したり昇天した訳ではないので、ご安心を。

 

 

 消灯後、戦艦寮。

 金剛型戦艦4姉妹に割り当てられた4人部屋には、3人分の寝息が微かに響いていた。……そう、3()()()。1人だけ、まだ寝ていない者がいた。他ならぬ"榛名"である。

 彼女は2段ベッドの上段に寝転んだまま、悶々としていた。彼女の脳裏に浮かんでくるのは、昼間のマイラスとの交流のことである。残る3姉妹からの猛追撃を何とか(かわ)した後だけに、余計強く意識してしまっていた。

 あの後、"榛名"は見学だけでなく昼食もマイラスと共に摂った。そして、色々と観察したことを総合した結果、どうも“自分が「一人の女性として」マイラスから見られている”らしい、という結論に至ったのだ。

 異性から一人の女性として……つまり“恋愛対象”として見られる。これは、"榛名"には初めての出来事だった。"榛名"自身のマイラスに対する気持ちがまだ固まっていないこともあり、どうすれば良いのかまるで分からない。

 

(どうすれば……)

 

 ちなみに"榛名"としては、マイラスは“悪くない感じ”の相手であった。女性との付き合いには慣れていないようだが、誠実そうな方であるし、話してみると中々面白い御仁だ。外見もまあ、可もなく不可もなくといった様子だし、年齢的に考えても釣り合う相手である。

 ……"榛名"の年齢? 女性に年齢のことを訊くのは御法度だ。いいね?

 

 ともかくも、初めて遭遇する状況に混乱する"榛名"であった。




リ ア 充 爆 発 し ろ

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次回予告。

タウイタウイに拠点を置く第13艦隊。その武器の整備や開発を担う工廠で、武器開発に関するとある陰謀が進んでいた…
次回「工廠の陰謀」

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