鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、今回はタイトルそのものの回となっております。
どうタイトル通りなのかって? まあ、お読みいただければ分かるかと。



080. 3対1の戦い

 中央暦1640年9月5日、ロデニウス連合王国北東部タウイタウイ島 タウイタウイ泊地。

 本日も多くの艦娘たちが演習に明け暮れている。特に、新たな艤装を手に入れた"()()"は気合いが入りまくっていた。それに呼応するように、「加賀」所属の搭乗員妖精さんたちも戦意高揚状態で、航空攻撃演習で敵役となった艦娘たちに片っ端から直撃弾を決め、撃沈判定をもぎ取っている。

 

ドガァーン!!

『無理な作戦は嫌だー……すごく嫌ー……』

 

 洋上に爆発音が響いた直後、"(とき)()(かぜ)"の声が無線機から漏れた。"加賀"の急降下爆撃隊が操る「(りゅう)(せい)(かい)」から投下された800㎏爆弾を見事に喰らってしまったのである。

 “艦娘形態”での演習であるため、"時津風"は爆撃を喰らって弾き飛ばされ、演習被弾を示す赤ペンキと海水でずぶ濡れになった姿で海面上に倒れていた。その()(そう)からパシュッと音がして、白旗が飛び出す。

 

『駆逐艦時津風、撃沈判定!』

 

 そのアナウンスを受けて、洋上にたった1人残っていたセーラー模様のワンピースを着用した艦娘が、キッと顔を上げた。

 

「司令の(はつ)(かぜ)ちゃんがやられ、(あま)()(かぜ)ちゃんもやられ、そして時津風ちゃんまでやられちゃった……。残ってるのは、私だけ……でも!」

 

 ワンピースの首から双眼鏡をぶら下げたその艦娘、駆逐艦"(ゆき)(かぜ)"は、未だ闘志衰えぬ目で空を乱舞する"加賀"航空隊を見据える。

 

「雪風は、沈みませんっ! 沈む訳にはいきませんっ!」

 

 そう言うが早いか、"雪風"は勢いよく海面を蹴り飛ばし、猛烈なダッシュを決めた。その直後、空から降ってきた模擬爆弾が炸裂して海面に赤いペイントの花が咲く。間一髪、"雪風"は練度の高い"加賀"爆撃隊の爆撃を躱してみせた。

 その時には"加賀"雷撃隊の「流星改」が一斉に魚雷を投下している。10本もの白い雷跡が、“船の喫水線下を穿つ剣”となって"雪風"に殺到する。

 

「不沈艦の名は、()()じゃないのです!」

 

 しかし彼女は、“一瞬のうちに”的確に雷跡の隙間を見切り、そこに無理やり身体をねじ込んで魚雷を躱した。が、それは"加賀"航空隊の仕掛けた()だった。

 絶好の機会を得たとばかりに、3機の「流星改」が800㎏爆弾を抱えて突っ込む。それに対し、"雪風"はギリギリまで相手を引き付け、“最終爆撃進路を()()()()”後、空に向けて主砲を……九八式65口径10㎝連装高角砲を発射した。さらに対空機銃も撃ち上げる。

 先頭に立った「流星改」が直撃弾を受けて撃墜判定され、残念そうに戦場から離脱する。しかし、残る2機は猛然と突っ込んだ。もう“回避のチャンス”はない。今から舵を切ったり、増速しようとしたりしても間に合わない。

 

(勝った!)

 

 「流星改」搭乗の妖精たちがそう確信した、その時だった。

 

「雪風は、沈みませんっ!」

 

 その言葉と共に、"雪風"は空に視線を向けた。その肩の上に、“奇妙な円筒形の装置”が乗せられている。

 次の瞬間、“太く眩い()()()()”が迸り、2機の「流星改」を照らし出した。途端に2機の「流星改」はふらつき……でたらめなところに爆弾を投下した直後、海面に激突した。白い飛沫が大量に跳ね、"雪風"のワンピースに不規則な水玉模様を作る。

 "雪風"が使ったのは、「(たん)(しょう)(とう)」であった。探照灯とは、旧日本海軍の艦艇には大抵装備されていた“大型の電灯”で、言うなれば「でかいサーチライト」である。太い炭素の棒に電気を流して発光させ、その光を“線状にして”照射する「カーボン・アーク灯」の一種である。使い方は様々で、無線封鎖している時に発光信号を送るために使用したり、夜戦訓練での砲撃判定の代わりにすることもあるが、最も代表的な使い方は“水雷戦隊が夜戦を行う時の()()”である。水雷戦隊の先頭に立つ軽巡洋艦が、後続する駆逐艦に対して雷撃目標を示すために、これを“敵艦に向けて”照射するのだ。

 その探照灯であるが、ではどのくらい明るいのかというと、それはもう凄まじいものである。その明るさ、何と約10万カンデラ。「“新月の夜”にこれを照射すると、10㎞先で新聞や本が読める」くらいのとんでもない明るさだ。そんなものを、“数百〜数千メートルの距離”で照射されたらどうなるか?

 

 答えは簡単。「目が眩む」である。

 

 という訳で、“とんでもない明るい光”で()()()を喰らわされた「流星改」のパイロット妖精は操縦を誤り、「流星改」は勝手に海面に突っ込んで“自爆した”のである。もちろん、「爆弾投下のための正確な照準」など、望むべくもなかった。

 こんな調子で、"雪風"は単艦で襲い来る敵機の攻撃を次々と躱し、あるいは「殺られる、前に」敵機に撃墜判定を喰らわせて対処していった。そしてなんと、"雪風"は攻撃を終えて引き揚げていく"加賀"航空隊を追尾し、母艦を発見したのである。

 "加賀"は駆逐艦娘の"(かみ)(かぜ)"と"(はる)(かぜ)"を護衛に付け、“3対1”と数で優位に立っていた。しかし、"雪風"は臆することなく突っ込み、練度(レベル)の差("神風"と"春風"はどちらも41、対して"雪風"は99)と性能差で2人の神風型駆逐艦娘を圧倒。砲撃のみで、あっという間に2人に撃沈判定を喰らわせると、“元が戦艦”であるが故に小回りの利かない"加賀"に酸素魚雷を叩き込み、撃沈判定をもぎ取って勝利した。

 3対4から3対1にまで減らされ、そこから“大逆転勝利”を遂げたのである。「奇跡の駆逐艦」は伊達ではなかった。

 

 

 さて、"雪風"が大逆転勝利を収めている頃、タウイタウイ泊地の司令部では、

 

「ふう……」

 

 提督である堺が仕事をしている……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と見せかけて、思いっ切りサボっていた。

 

 

 彼は"大和(やまと)"の特製紅茶のカップを片手に、椅子をくるりと回して窓から海を眺めている。どこまでも続く海原は今日も青く澄み渡り、風景画家が見れば喜んで筆を取りそうな光景であった。……彼の背後の机に“盛大に積み上げられた書類の山”を無視すれば、だが。

 ちなみにこれ、決して“終わっていない仕事が山ほど溜まっている”のではない。()()()()()()()()なのである。では、何故“処理の済んだ書類が山となっている”のかというと……実は堺、戦闘指揮やら戦略研究なんかはできるのに、事務仕事はどうしても苦手……というか、“壊滅状態”なのだ。「自分の執務机の上を整理整頓することもできない」ほどなのである。「どうしてこうなった」という言葉がぴったりの、極端な“能力の偏りぶり”である。

 以前、不在にしていた堺の机の上を片付けていた時、"大和"は堺の能力について「提督は、“首から下はただの飾り”なんですよ」と、キツい冗談を飛ばしたことがある。ちなみに、それを聞いた"()()"は「はっは、()(ちげ)ぇねえな!」と爆笑した。

 上司相手にとんでもない発言である。本当なら“鉄拳制裁”どころじゃ済まない案件だが……堺の耳に入った、としても不問となるだろう。代わりに、どこかで凄まじい毒舌が返ってきそうだが。

 

 紅茶を楽しんでいた堺の下に、突然"(おお)(よど)"が訪ねてきた。開けっ放しになった執務室のドアをノックすることもせず(これは堺のポリシー故である。「誰に対しても閉ざすドアを私は持っていないから」とは本人談である)、入室してきた彼女は、机を見るなり一瞬眉をしかめた。

 

「提督、いい加減に机の上を片付けてください」

「それができたら、こうはなってないよ」

 

 対句のような返事である。

 

「もう……ところで提督、電令です」

「電令? 俺宛てにか? どこからだ?」

「ロデニウス連合王国軍部からです。『至急()()()に出頭せよ』とのことです」

「至急? しかも“外務省”にだと?

戦争でもする訳じゃあるまいに……何だろうな?」

 

 訝しみながらも、堺は即座に衣服を着替え直し、出頭の準備に取りかかった。

 

 

 1時間後、首都クワ・ロデニウス。

 車を全速でぶっ飛ばしてロデニウス連合王国外務省に駆け付けた堺は、受付をほとんどスルーするようにして階段を駆け上がり、総司令官ヤヴィンに宛てがわれた部屋へと向かった。

 ヤヴィンの部屋は、首都の街並みを見下ろせる建物の4階にある。これは、タウイタウイ泊地司令部の建築設計に倣ったものだ。エレベーターが“設置工事中”なのが悲しいところだが。

 半ば息を切らして4階まで一気に駆け上がった堺は、乱れた呼吸をどうにか整えると、部屋の扉をノックした。

 

「失礼します! ロデニウス海軍第13艦隊司令、堺 修一、出頭しました!」

「来たか! 入りたまえ」

 

 室内から返ってきたヤヴィンの言葉に、堺は「はっ! 失礼します!」と告げてから、静かに扉を開けて部屋に入った。

 ヤヴィンは席を立ち、こちらを見ている。そしてその表情は、決して“良い”とは言えなかった。

 

「急な出頭命令でしたが、どうされたのですか? それも、()()()()()()()()だなんて……」

 

 挨拶もそこそこに、本題に切り込む堺。

 

「うむ、実は少々困ったことになってな。それも、“他国絡み”なのだ。そこで、卿にしか任せられんと思うてな、呼び出させて貰った。急に呼び出してすまない」

 

 かなり重々しい口調で、ヤヴィンは口を開いた。

 

「他国絡み? どうしたのです?」

「ムーが、何やら“言いがかり”を付けてきたようなのだ」

「!?」

 

 憂色深い顔色でヤヴィンが打ち明けた内容に、流石の堺も驚きを隠せなかった。

 ムー国といえば、第二文明圏最強の国家にして世界五列強の2番手。“神聖ミリシアル帝国に次ぐ強力な国家”として、世界にその名を轟かせている国だ。魔法・魔導文明国の多いこの世界にあっては、非常に()()な“科学技術立国”としても名を馳せている。

 ロデニウス連合王国は……正確にはその傘下にいる日本は、“ムー国よりも()()()科学技術”を有してはいるものの、はっきり言うと“国家の成り立ち”が「第三文明圏外国からの成り上がり」であるため、“国家としての世界に対する発言力”はかなり低い(大東洋共栄圏は除く)。それに対し、ムー国の発言力は神聖ミリシアル帝国ほどではないにせよ凄まじいものがある。総合的に見て、“決して敵対してはならない国”の1つだ。

 そのムー国が何故、急に“言いがかり”など付けてきたのだろうか?

 

「すみませんがヤヴィン総司令、“何があった”のかお聞かせ願えませんか。私としても、事情が分からなければお手伝いのしようがありません」

「おお、すまなかった。慌てていてすっかり失念しておった。

実はな……」

 

 ヤヴィンが語ったところによれば、今朝急に、ムー国の使節団がロデニウス連合王国を訪れてきたらしい。使節団といっても3人なので、人数は決して多くないが。

 ムー国が来たということは、『外務省案件』。そう考えられたため、当初は外務大臣のリンスイ卿がムー使節団の相手をした。ところが、彼らはグレード何とかがどうだとか言って、“我が国の戦艦を見せろ”と言ってきたらしい。

 軍事のことなぞ、リンスイには専門外だ。そのため、困り果てたリンスイに急遽呼び出され、ヤヴィンも軍司令部からこの外務省にやってきたのだ。しかし、“グレード何とか”が何のことやら分からず、話し合いができなかったのである。

 打つ手がなくなったヤヴィンは、これは“自分たちの手に負える状況ではない”と判断し、半ば無理矢理にだが休憩を取らせるようリンスイに進言した。そしてムー使節団との話し合いが一時中断されている間に、大急ぎで堺を呼び出した…ということであった。

 

「グレード何とか、ですか……すみません、ムー国の使節団は何と仰っていたのか、発音だけで良いのでお聞かせ願えますか?」

「ああ、えぇと確か、グレード、アト……アト、ラ……?」

 

 ここで堺はピンと来た。

 

「グレードアトラスター、ですか?」

「え? し、知っているのか、堺殿?」

「噂程度には。商人たちの噂に上っていましたよ、何でも“列強レイフォルをたった一晩で滅ぼした軍艦”だとか」

 

 惜しい。堺、そこは()()ではなく()()である。

 まあ、“単艦のみで半日にも満たぬ艦砲射撃”でレイフォルの首都レイフォリアを火の海にしたから、あながち“間違い”でもないのだが。

 

「何だと!? いや、これは助かった。

すまんが、早速来てくれ!」

 

 言うが早いか、ヤヴィンは部屋を出ようとする。堺も慌てて後を追った。

 

「え、ヤヴィン総司令? いったいどこへ?」

「決まっているだろう、卿にムーの使節団と話して貰う!」

 

 “総司令官からの直接命令”である以上、堺が断れる筈がない。

 

(特別報酬を()()って言質を取るか……! 緊急の交渉だ、タダ働きさせられて堪るもんか!)

「仕方ありませんね……総司令、()()()()ですよ」

「うっ!? ま、まあ、事態が事態だ、已むを得ん……分かった!」

 

 こうして、何とかヤヴィンから“言質”を取った堺であった。

 

 

 堺とヤヴィンが、ムー使節団との話し合いの会場となっている会議室に到着してみると、既にリンスイが待機していた。そして、リンスイにまで感謝される堺であった。

 

(後で貸しにして、外務省の情報部にもグラ・バルカス帝国の情報を集める手伝いをさせるか)

 

 そんなことを考えながら、会議室に通される堺。続いてヤヴィンとリンスイも会議室に入る。

 そこにいたムー使節団の面々。その中にいたのは……

 

「あれ? マイラス殿?」

「おおっ、これは堺殿!」

 

 ついこの間、半年間の観戦武官の任を終えて“ムー本国に帰った筈”のマイラス・ルクレールであった。あと2人、見知らぬ人間もいるが。

 

「いったいどうして貴殿がここに? 先日ムーに帰ったのではなかったのですか?」

「ええ、確かに帰りました。()()()()()()のですが……実は、すぐに“こちらに来なければならない()()()()”ができまして。それについては、まずはお2人をご紹介してからに致しましょう」

 

 そう言うと、マイラスは2人のムー人の方を振り返った。

 

「ご紹介致します、堺殿。こちらのお二人は、我が国の外務省から来られました。向かって右側が、外務省列強担当課長オーディグス殿」

 

 右側にいる、立派な顎髭を生やした筋肉ムキムキマッチョマン……とは言わないまでも、しっかり鍛えているらしいがっちりした体格の、40代後半くらいの男性が会釈した。

 

「そして左側が、外交官のムーゲ殿です」

 

 50代後半くらいの見た目の、髪がやや白くなりかけた中肉中背の男性が会釈した。

 紹介を受けた堺は、敬礼しながら名乗る。

 

「これはこれは。遠いところをよくぞお越しくださいました。私は、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊司令官・堺 修一と申します。よろしくお願い致します」

 

 挨拶と自己紹介を簡単に済ませると、堺は早速切り込んだ。

 

「それでマイラス殿、皆様はいったいどのようなご用件でいらっしゃったのか、お聞かせ願えますか?」

「分かりました、ではお話するとしましょう。ですが、まずはその前に、改めてお礼を言わせていただきたい。

半年間の観戦武官の任を終え、我々がムー本国に持ち帰った数々の資料は、どれも“我が国の発展に大いに貢献すること間違いのない情報”でありました。我が国の政府や軍の上層部も、貴国からもたらされた数々の技術や情報に、非常に感謝しております。本当にありがとうございました」

 

 マイラスは、堺に深々と頭を下げた。

 

「いえいえマイラス殿、頭を上げてください。我が国としても、貴国と“良い関係”を築きたいのですよ。そのためなら、“多少の情報提供”は惜しみません」

「そう言っていただけるとありがたく存じます。さて、ここからが()()です。

我々が持ち帰った情報ですが、その中に戦艦『グレードアトラスター』に()()()()貴国の戦艦……確かヤマト級でしたな、その情報がありました」

「グレードアトラスター……ああ、前にマイラス殿が魔写を見せてくださった、あの戦艦ですね」

「はい。実はその情報に関して、“貴国に伺いたいこと”があるのです」

 

 マイラスがそう言うと、ムーゲが後を引き継いだ。

 

「我が国ムーは、貴国ロデニウス連合王国及び日本国と、グラ・バルカス帝国との間に“何らかの関係がある”のではないか? と考えております。貴国のヤマト級戦艦のデータや外見については、私も資料を読ませていただきましたが、“見た目”が非常によく似ております。そこで、グラ・バルカス帝国から貴国に“何らかの軍事支援”があったり、もしくは貴国からグラ・バルカス帝国にヤマト級戦艦のデータがもたらされ、グラ・バルカス帝国はそれを元に『グレードアトラスター』を造ったり、といった関係が……いわば“軍事同盟”に当たるような国家間の関係があるのではないかと思いまして、確認させていただきたく存じます」

 

 口調は穏やかだが、堺はムーゲの“視線の鋭さ”に気付いていた。かなり上手く隠されているが、ムーゲの視線は堺の顔全体をよく見ている。まるで、“一挙手一投足全てを見逃すまい”としているようだ。

 堺は直感した。年齢と物腰から考えると、おそらくムーゲはかなりの“ベテラン外交官”だ。それもこれまで“現場一筋”で、かなりの数の現場を潜ってきたのだろう。パーパルディア皇国のようなプライドの高い国から文明国・文明圏外国、そして神聖ミリシアル帝国という“格上の国家”との交渉……修羅場も1つや2つではなかった筈だ。それらを潜り抜けてきたとなると、“ただ者ではない”。

 若輩の自分が、この“歴戦の外交官”相手に()()()をしようとしても、すぐに見破られてしまうだろう。

 

(これは……“ある程度”は正直に打ち明けるべきか。我が国としても、世界的に見て凄まじい発言力を持つムー国を、敵に回すような愚行は避けたい筈……)

 

 頭脳をフル回転させ、素早く思考しながら、堺は口を開く。

 

「お話はよく分かりました。つまり、グラ・バルカス帝国なる国と我が国との間に、“軍事同盟を含む国家間交渉”があるかどうか確認したい、ということですね?」

「左様です」

「では、単刀直入に申し上げましょう。我が国、ロデニウス連合王国及び日本国は、グラ・バルカス帝国なる国と“国交を()()結んでおりません”。そうですね、リンスイ殿?」

 

 ここで堺は、リンスイを振り返った。

 

「堺殿の仰る通りです。我々は、グラ・バルカス帝国とは国交を結んでおりません。寧ろ我々は、“グラ・バルカス帝国の情報”が欲しいくらいです。現在、我が国の外務省と軍情報部が総力を上げて、グラ・バルカス帝国の情報を集めておりますが、どうやらかの国が“徹底した鎖国政策”を行っているようで、情報収集の成果は余り芳しくありません」

 

 淀みなく意見を述べるリンスイ。

 その様子を観察していたムーゲは、考えていた。

 

(ふむ、言っていることは「否定」か。そしてこの表情、視線……“隠し事をしている”ようではなさそうだな)

 

 実際、ロデニウス連合王国・日本国とグラ・バルカス帝国は、一切国交を結んでいない。そのため、“隠し事も何もあったものではない”のだが。

 

「という訳でございますが……何か、他に“気になること”でもございますか?」

 

 堺はムー国の一団に向き直った。それに対してムーゲが答える。

 

「うむ、貴殿らの話は分かりました。しかし、“それだけでは『確たる証拠』とは言えない”と思います」

「では、“あなた方の望む証拠”とはどのようなものか、お聞かせ願えますか?」

「良いでしょう。率直に申し上げますと、」

 

 ここまで言った時、ムーゲは懐から1枚の紙切れを取り出した。

 

「我々は貴国に対し、“ヤマト型戦艦の詳細なデータ”を求めます。以前に貴国から提供されたデータがありましたが、それに加えて主砲の正確な口径やレーダー等の電子装備・航続距離・対空兵装その他“一切合切の性能情報”を求めます」

 

 ちなみに、何故ムーゲが“技術関連の話題”を淀みなく述べられるのかというと、技術士官であるマイラスから“色々と教えて貰った”からである。その“要求情報”が全て、先ほどムーゲが懐から出した紙に書かれているのだ。

 言い換えれば、ムーゲが懐から出したのは“カンニングペーパー”だったのである。まあ、ムーゲはあくまで()()()であるから、軍事技術方面に詳しくないのは許して貰いたい。

 

(そういうことか)

 

 堺は瞬時に、“ムー使節団の狙い”を悟った。

 “以前にマイラスから聞いた話”と繋ぎ合わせると、現在ムー国は、「グラ・バルカス帝国」という“覇権国家”に対して「大きな危機感」を抱いている。そこにロデニウス連合王国が…正確には日本が、“戦艦グレードアトラスターに()()()()()()()を持っている”という、「確かな情報」を掴んだのだ。自分がムーゲの立場でも、ロデニウスや日本とグラ・バルカスの軍事同盟を疑うだろう。

 

(こりゃあ、我が国としても舵取りは難しいな。この場で不確かなことを言う訳にはいかんが……世界的に大きな発言力を持つムー国を敵に回すのはまずい。大和型戦艦の性能は、できれば明かしたくなかったが……今優先すべきは、“機密保持”よりも“ムー国との信頼関係”だろう。

ムー国は、軍事関連を始めとする“大概の技術”では我が国に遅れを取っているが、基礎技術はしっかりしているから、我が国としては有力な交易相手となり得る。また、一部の技術は我が国よりも優れているから、その技術を得ることができれば、我が国にとっても“損はない”筈だ。

()()()()()として考えれば、今は“大和型戦艦の機密情報”をムー国に与えても構わんのだが……)

 

 そこまで素早く考えた堺は、口を開いた。

 

「あなた方の要求については、よく分かりました。

確かに大和型戦艦は、“我が国の指揮下”にある艦艇です。そして私が管理しております。

しかし、私はあくまでも“一艦隊の司令官”であって、ロデニウス連合王国軍総司令官ではありません。大和型戦艦の性能について、“あなた方にお教えできる()()”は、私にはないのです。ですので、あなた方の要求につきましては、我が国の軍上層部に提出し、検討させていただきたいと思います。しばしお時間をいただけませんか?」

「うむ、承知しました。我々としても、事を急ぐ意図はありません。ですが、“良い返事”をいただけることを期待しております」

 

 1回目のムー使節団との会談は、ここでお開きとなった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その後、しばらく経ってお昼頃。ところはロデニウス連合王国でもトップの格付けを誇る海外客向けホテル「ラ・ロデニウス」。

 会談を終えたムー使節団の面々は、リンスイからこのホテルを紹介され、VIP待遇でチェックインしていた。彼らに宛てがわれたのは、3階にある豪華客室(スイートルーム)の1つである。北向きなので日照は少し悪いが、景観は抜群の部屋であった。

 

「どうだムーゲ? 話してみてどう思う?」

 

 部屋の中、革張りのソファーで寛ぎながらオーディグスが口火を切った。それに対し、ベッドに腰かけたムーゲが答える。

 

「率直に申し上げると、“嘘を言っている”ようには見えませんでした。彼らの発言内容と表情・口調・視線・素振り、いずれも“不自然なところ”は全くなく、彼らは“()()()グラ・バルカス帝国のことを知らない”可能性があります。

ですが、“完全な証拠”とは言えません。グラ・バルカス帝国は、極端に鎖国をしているらしく、我が国の統括軍情報通信部もかの国については詳しいことが分かっていません。つまり、かの国は“極端な秘密主義”だと言えます。

ですが、ロデニウスがあのヤマト級戦艦の詳細性能を“全て教えてくれる”というのなら、彼らとグラ・バルカス帝国との“国交や軍事同盟の可能性”は一先ず払拭できそうです。そうですな、マイラス殿?」

 

 ムーゲに話を振られ、窓辺に寄りかかって景色を眺めていたマイラスが答えた。

 

「はい。いくらグラ・バルカス帝国であっても、あれほどの“怪物”を量産するのは容易ではないでしょう。日本も、結局はヤマト級戦艦を2隻()()建造できませんでした。

つまり、戦艦『グレードアトラスター』はグラ・バルカス帝国にとって、“()()()()()切り札”である可能性が高い、と思います。

そしてあれほどの秘密主義な国家ですから、そんな“切り札の情報”など、明かす訳がないでしょう?」

 

 この辺りの話題は、専門の技術士官であるマイラスなればこそ答えられる話題である。

 ムーゲの交渉スキルによって集められた情報と、マイラスの持つ技術的な知識。それが合わさって、2人はこの“結論”にたどり着いていた。

 

「ふーむ、どうも“状況証拠()()”だが、ありそうな話ではあるな」

 

 オーディグスが頷いた。

 

「まあ、1回の会談だけではすぐには“事は進まない”だろう。我々も、何度か交渉してみる必要があるだろうな。

それにしても……」

 

 ここで、オーディグスは話題を変えた。

 

「非常に発展しているな、この国は。とても“第三文明圏()”とは思えない……」

「はい。我が国の“自動車に似たもの”が多数走っていますし、機械動力船もある。そして小型の軍艦に()()回転砲塔がある。“我が国の一部を切り取って、そのまま持ってきた”かのようです」

 

 マイラスが、オーディグスに同意した。

 

「家具も、我が国のそれに比べると洗練されていないが、かなり高級な素材を使っているのだろう、ということが分かる……。この国、まだまだ発展していきそうだな……」

「はい。我々も()()()()()()、負けてはいられません」

 

 

 その頃、ロデニウス連合王国の外務省でも会議が行われていた。出席者はリンスイ、ヤヴィン、堺とあと1人、海軍大臣ノウカである。

 議題はもちろん、「大和型戦艦の詳細性能をムー使節団に明かすか否か」であった。

 

「私は反対です。大和型戦艦は我が海軍最大の切り札、それも“特注品”と言っていい代物です。そのような重要なものを、軽々に明かすことには賛成できません!」

 

 ノウカが反対意見を述べる。それに対して、リンスイが正面から言い返す。

 

「では卿は、“ムーとの信頼関係は重要ではない”とでもいうつもりか?

ムーといえば、第二文明圏最強の国家にして世界五列強の2番手だ。その“国際的な影響力”は計り知れないものがある。どう考えても、“外交的にムーを敵に回す”のは得策とは言えない。

それに、ムーと我が国の科学技術には“似通った部分”がある。互いに足りないところを補い合い、長所を伸ばし合っていけば、“互いにとって利益が大きい”と思うのだが?」

 

 リンスイのこの意見に、ヤヴィンがやや苦い顔をしながらも賛成した。

 

「私としては、今回のムーからの要請を拒否することは難しいと思う。

確かに大和型戦艦の性能は、私としても簡単には明かしたくない。だが、“大和型戦艦の性能を隠してムーを敵に回す”よりは、“大和型戦艦の情報を犠牲にしてムーとの関係を保つ”方が、将来的に得になるのではないか? と思うのだが」

 

 苦い顔をしているのは、『大和型戦艦の性能をなるべく隠しておきたかった』、という意思の現れであろう。

 

「それより堺殿、卿はどうなのだ? 大和型戦艦は、卿のところで管理しているだろう?」

 

 ヤヴィンに話を振られた堺は、「私はあくまで一艦隊の司令官にすぎませんから、最終的にはヤヴィン総司令のご判断に従いますが」と、前置きした上で発言した。

 

「“私個人の意見”として申し上げるならば、私は『大和型戦艦の性能を明かす』どころか、あの使節団の皆様を『大和そのものにご招待しても構わない』とさえ考えております。

大和型戦艦は、紛れもなく“我が国最大の戦艦”であり、その性能を明かすことは、ノウカ大臣殿が仰るように心情的には受け入れ難いものもあるでしょう。しかし、“最終的な我が国の()()”を考えますと、ムーに大和型戦艦の性能を明かす方が、得が多くなると思います。

グラ・バルカス帝国……ムーは“かの国との国交や軍事同盟の有無”を疑っているようですが、その不信感は大和型戦艦の性能を明かすことで、“完全とは言わないまでも払拭できる”と考えます。かの国は、どうやら“徹底した秘密主義国家”であるようですから、グレードアトラスターの性能なんかどうしたって吐かないでしょう。しかし、我々が大和型戦艦の性能を明かせば、少なくとも“我々はグラ・バルカス帝国とは関係はない”、と判断できるだけの証拠になるでしょう。軍事同盟を結んでいるならば、『軍艦の情報を第三国に明かす』なんて“非常識”なことはできませんから」

「なるほど……」

 

 堺の意見に、ノウカが呟いた。

 

「それだけではありません。“ムーを敵に回す”というのは、国際社会そのものを……言い換えれば“()()()()を敵に回す”も同じでしょう。ムーといえば“第二文明圏の最強国家”であり、また世界五列強の2番手にも名を連ねています。その“国際的な発言力”は、我が国とは天と地ほどの差があるでしょう。我が国はまだ、“列強国と認められた”訳ではありませんから。

逆に言えば、この機会に大和型戦艦の情報を犠牲にして“ムーを味方に付ける”ことで、我が国にも『国際的な箔』が付き、リンスイ殿が仰ったように互いの足りない所を補い合い、長所を伸ばし合って“共に発展していく”ことが可能となるでしょう。それに、我が国にとって格好の“外貨獲得先”になり得ます。

ムーとしても、グラ・バルカス帝国という“脅威”が身近に迫っている今は、“一国でも有力な味方”が欲しい筈。その辺りをくすぐれば、この難局を切り抜けることは可能、と考えます」

 

 これが、堺の持論であった。

 まだ“グラ・バルカス帝国の正確な国力など”は分かっていない部分が多いものの、いくら何でも“グレードアトラスター級を大量に持つ”なんてことは()()()()だ。というのは、グレードアトラスター級とほぼ同等の性能を持つと見られる大和型戦艦は、“燃費の悪さ”が凄まじいのである。

 いや。“燃費が悪い”、というのは語弊があるかもしれない。大和型戦艦は“通常航海”においてはかなりの()()()()だからである。意外に思う方もいるかもしれないが。

 だがそれは、“通常航海に限って”の話。1隻建造しようものなら、“1個艦隊の建造予算”を余裕でぶっちぎる大金が吹き飛び、動かすとさらに“燃料消費”が上乗せされる。ならば、動かさなければ問題ない……と思いきや、“弾薬庫の適温維持等のために()()()()()()必要がある”ため、結局燃料が消し飛んでしまう。大和型戦艦は“()()()()()()()()()()で、1日5トンの重油を消費した”……とはよく言われる逸話である。

 こんな“高コスト艦”を何隻も保有したら、遠からず“財政破綻”が起きる。ということは……如何にグレードアトラスター級といえども、“5隻以上の保有は難しい”筈。堺はそう考えていたのだ。

 

 それに、“大和型戦艦を運用できるほどの()()()()”ということは、そう遠くないうちにロデニウス連合王国にも“グラ・バルカス帝国の魔手”が伸びてくるかもしれない。ならば、ムー国に技術供与して“ある程度”対抗可能なようにしておけば、例えムー国が占領されたとしても“多少の消耗”を期待できる。

 

 

 こんな感じで、ムー使節団側でもロデニウス側でも議論が交わされていたのであった。

 

 

 そして翌日、中央暦1640年9月6日。

 ロデニウス連合王国外務省の一室に、ムー使節団の面々の姿があった。彼らと向かい合うようにして、堺が立っている。

 

「皆様、本日は朝早くからお呼び立てしてしまって申し訳ございません」

 

 口火を切ったのは堺であった。

 

「いえいえ、こちらこそ。

こうしてお呼びくださった、ということは、“昨日の一件”を検討していただいた結果が出た……ということですかな?」

 

 それに対し、ムーゲが応答する。

 

「左様でございます。ではこれより、検討結果をお知らせします」

 

 堺が表情を引き締めてそう言うと、3人のムー人は背筋を正した。

 

「まず、“検討していた件”についての確認を行います。

昨日貴国の使節団から要求がありました、『大和型戦艦の性能詳細の開示』。こちらが、“我々が検討した点”になります」

 

 堺の説明に、ムーゲは黙って頷く。

 

「我が国としても、貴国との関係を損なうのは“百害あって一利無し”、と考えております。貴国ムーは、世界五列強の2番手に名を連ねる()()であり、その国際的な影響力は我が国とは比べるべくもありません。また、我が国と貴国は程度こそ違えど、同じ“科学技術文明国家”であり、互いの長所は伸ばし合い、短所は補い合うことによって、“お互いに更に発展していける”ものと考えております。

その一方で、大和型戦艦は我が国にとって“最大の戦艦”であり、当然ながらその性能は非常に高いものであります。そして、そのような“重要な兵器の性能”は、我々としましても公開するのには抵抗があります。何しろ“自国の最大の兵器を、()()()()()()()()()()()()()()に明かすことになる”のですからな。

こうした要素を踏まえまして、我々は……」




タイトルの意味はお分かりいただけましたでしょうか?
さて次回、ロデニウス連合王国軍部と外務部の決断が発表される…!


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本当にありがとうございます!! 感無量です!

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そして手前の勝手な都合で申し訳ありませんが、今回は次回予告は割愛させて下さい。でなければネタバレになってしまいますので…本当に申し訳ありませんm(__)m

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