鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
19.11.26 ある読者からのご指摘を受け、一部書き直しました。
「我が国としても、貴国との関係を損なうのは“百害あって一利無し”だと考えております。貴国ムーは、世界五列強の2番手に名を連ねる
その一方で、
こうした要素を踏まえまして、我々は……
貴国、ムー国に大和型戦艦の性能諸元を公開すると共に、あなた方ムー使節団の皆様を、
それが、堺の口からムーの使節団に告げられた、ロデニウス連合王国側の決断であった。
中央暦1640年9月6日のことである。
どうやってこの決断に至ったのか。それには、様々な事情があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
時はこの前日、9月5日。
「グラ・バルカス帝国とロデニウス連合王国及び日本国との国家間関係を
会議はかなり
30分に亘って持論を展開していた双方であったが、議論が一瞬止まったタイミングで、国王カナタ1世が声を上げた。
「私としては、今回のムーからの要求を拒否する訳にはいかないと思う。
確かに『自国の戦艦の性能を明かせ』という要求は、いくら何でも無茶だとは思う。だが、ムーを敵に回すのはまずい。あの国の国際的な影響力は、我が国のそれとは比較にならない。下手をすれば、我々がせっかく築き上げた『大東洋共栄圏』が崩壊し、我が国は国際社会から孤立してしまうかもしれない。そのような事態だけは、何としても避けねばならぬ」
カナタ1世がそう言うと、双方の陣営が静まり返った。そこでカナタ1世は、まず開示反対派の面々を見て尋ねる。
「
「さ、左様でございます」
反対派の代表が答えたのを見て、カナタ1世は今度は開示賛成派の方を見た。
「反対派の懸念については、賛成派はどう考えるか?」
「では、それは私からお答え致します」
カナタ1世の疑問に答えたのは、堺だった。もちろん、彼は賛成派の1人である。
「大和型戦艦を管理している私の目から見てみますと、大和型戦艦をムー独自の力で建造することは、現時点では
堺がバッサリと言い切ったことで、双方の陣営から大きなざわめきが上がる。
「何故そう言い切れるのかと申しますと、大和型戦艦を建造するために必要な技術が、今のムーにないからです。
おおよその性能を申し上げますと、大和型戦艦は全長250メートル以上、最大幅35メートル以上、排水量は4万5千トン以上、さらに主砲として『特別な40㎝砲』を搭載しています。参考までに、ムー国の最新鋭戦艦『ラ・カサミ級』の性能は、全長131メートル、最大幅23メートル、排水量1万5千トン弱、主砲は30.5㎝砲です。大和型戦艦の方が圧倒的に大きいのは、一目瞭然でありましょう。
船というものは、大きければ大きいほど建造が困難になるものです。皆様の中には、
堺がそう言って周囲を見渡すと、賛成派・反対派ともに何人かが頷いている。それを確認した堺は、話を続けた。
「実は、ムーも金剛型戦艦をコピー建造しようとしていますが、難航しています。こう言っては何ですが、金剛型戦艦は全長たったの222メートル、最大幅31メートル、排水量も僅か3万2千トンの、戦艦としては小柄な艦です。率直に申し上げますが、金剛型戦艦の建造に苦戦するようでは、
それに何より、ムーには大和型戦艦を建造するための設備がありません。4万トンもの重さの艦に耐えられる船台や、250メートル×35メートルの巨艦を入れることのできるドック、いずれも1年やそこらでは研究・建設ともにできないでしょう」
そう。堺の言う通り、金剛型戦艦の建造に四苦八苦するようでは、大和型戦艦の建造など不可能なのだ。造船技術から見ても、設備から見ても。
「また、我が日本にあっても、大和型戦艦の建造には5年を費やしましたし、その建造費も想像を絶する額がかかりました。それほどの時間や大金をかけて、やっと大和型戦艦を1隻造ることができるのです。しかもこれは『造る』のにかかる時間であって、『戦場で使えるようにする』……つまり乗組員の慣熟訓練には、さらに半年はかかります。それくらいの期間があれば、こちらも大和型戦艦を
止めに、今から重要な存在となるのは戦艦よりも寧ろ
以上のことから、ムーは今すぐに大和型戦艦を建造することができない”ので、性能を開示したとしても直ちには問題ないということ、またこれからは戦艦よりも寧ろ航空機を重視すべきである、という点で大和型戦艦の性能を開示しても良い、と考えます」
理路整然と主張を述べていく堺に、全員が黙って話を聞いている。
「それとこれは、まだヤヴィン総司令官やノウカ海軍大臣殿にしかお知らせしていないことですが、ここで公開致します。私の第13艦隊に所属する2隻の大和型戦艦のうち、1隻に大規模な改装を施して、主砲火力や装甲を大幅に強化しました。同艦は、大和型戦艦の装甲をも貫ける強力な主砲を搭載しています。また、航空機の性能もムーより我々の方が上です。
ですので、ムーが大和型戦艦を用意したとしても、十分に対抗可能です」
堺のこの言葉で、反対派の面々の顔に安堵の色が浮かんだ。
「という訳ですので、私としてはムーに大和型戦艦の性能を開示するどころか、使節団を大和に御招待しても構わない、とさえ考えております」
そう答えて、堺は口を閉ざした。
「とのことだが、反対派の皆はこれに対する反論はあるか?」
カナタ1世は反対派の面々にそう尋ねたが、これほど明快に言い切られては、反論なぞある筈もない。
こうして、ムーの使節団に「大和」の性能を開示することが決まったのである。
ただし、当然だが
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、時は9月6日へと戻る。
「但し、但しです。無条件で御招待する、という訳にはいきません。こちらからも
堺はそう言うと、懐から1枚の紙を取り出した。それを見て、ムーゲの眉が僅かに動いた。何を言い出されるか考えているのだ。
「1つ。情報公開に際し、ムー国は情報料として2億ムル(ムルは、ムー国の通貨単位)をロデニウス連合王国軍部に支払うこと。前払い、かつ
1つ。大和型戦艦の写真撮影も許可する。但し、ムー国に情報や写真を持ち帰る際には、必ず第13艦隊司令部の
1つ。ムー国は把握した大和型戦艦の性能情報に関して、その一切を
1つ。大和型戦艦の性能情報は、部外者に
1つ。性能情報の漏洩の可能性が発覚した場合、ムー国は直ちにロデニウス連合王国に報告すること。
大和型戦艦の情報開示に関して、ムー国は以上の
以上が、大和型戦艦への御招待と詳細性能開示に際して、我が国から貴国に出す条件です」
淡々と要求文書を読み終えると、堺はそれをムーゲに手交した。文書を受け取りながら、ムーゲとオーディグスは同じことを考える。
((足元を見てきたな……))
これが外交交渉である以上、ロデニウス側が何等かの条件を付けてくるだろうことは、2人も予想していた。だが、付けられた条件は2人の予想の斜め上を行った。
まず、「情報料2億ムルを現金で一括前払いしろ」という条件。ここからして、既にかなりの
2億ムルという額は、決して安いものではない。どのくらいの額かというと、ムー統括軍の予算1年分の約12分の1。パーセントにすると約8%だ。
たった8%、などと侮るなかれ。「軍」というのは維持するのに金のかかる組織だ。どこの部署も1ムルでも多くの予算を欲している。そこへ、2億ムルなんて取られたら堪ったものではない。それも分割払いができず、一括で現金2億ムル、ポンッと出すしかないのである。
次に、「検閲を受けなければならない」という条件。それはつまり、ムーに持ち帰れる情報に制限がかかるということだ。
その次の「情報管理と廃棄」についても、とんでもない条件が付いてしまっている。いったいどれだけ情報漏洩を恐れているのだろうか。
だが、グラ・バルカス帝国の脅威がある今、このチャンスを逃す訳にはいかない。
(ロデニウス側も上層部の知恵を結集してこの条件を考えたのだろうが……この若造も当然関与している筈だ。何せヤマト級戦艦を管理しているのは、この若造の艦隊なのだから。
この若造、中々やりおるな……!)
引きつりそうになる顔をどうにか押し留めながら、ムーゲは言葉を捻り出した。
「要求文書については、確かに受け取りました。
ですが、情報料が2億ムルとは……高すぎではありませんか?」
文書にさっと目を通したムーゲは、気になったところについて聞いてみた。これに対する堺の答えは。
「大和型戦艦の建造には、およそ
表情筋1つ動かすこともなく、一蹴であった。
まあ、実際の大和型戦艦の建造費用はおよそ4,000億「円」であって「ロデン」ではないので、若干の嘘は入っているのだが。
「高い……!」
マイラスが小さく呟く。2億ムルもあれば、(まだ集計が完了していない「ラ・コンゴ級戦艦」の建造コストを除けば)今のムー統括軍にとって最も高価な兵器、「ラ・カサミ級戦艦」が10隻は建造できてしまう。それほどの
「分かりました。では、一度本国にこの条件を提出し、検討させていただきます。大和型戦艦の性能開示の機会を与えてくださったこと、感謝致します」
堺に頭を下げるムーゲ。これで、2回目の会談がお開きとなった。
この後、使節団を代表してオーディグスが伝えてきたこの条件に、ムー政府と外務省、それに統括軍上層部は盛大にモメた。
特に、最初の条件にあった「情報料2億ムルを、現金で一括前払いすること」には、凄まじい反発が発生した。先にも書いたが、2億ムルもあればムー海軍の最新鋭戦艦「ラ・カサミ級戦艦」が10隻は建造できてしまうからだ。ムー国にとって、2億ムルとはそれほどの大金なのである。
だが、これでもこの「情報料」がかなり安い値段であることは、彼らにも良く分かった。
そもそも大和型戦艦自体、かなり大きいのだ。それこそラ・カサミ級戦艦など比較にならないくらいに。ならば、建造には相当の金がかかるのも当然である。
それをたった2億ムルで情報提供してくれるというのだから、2億ムルなぞ安いものだ。
2億ムルを惜しんで情報を逃すか、それとも2億ムルを犠牲に情報を得て今後に備えるか。
これ以上不透明なことを増やす? ただでさえ「グラ・バルカス帝国」という
……そう考えれば、最初からムー国に選択肢などなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
1週間後、中央暦1640年9月13日。
ムー本国から2億ムルの現金が届けられ、オーディグス、ムーゲ、マイラスの3人は、それを持ってロデニウス連合王国外務省を訪れた。そして、第13艦隊司令の堺、王国軍総司令官ヤヴィン元帥、外務大臣リンスイ卿、その他王国上層部メンバー立会いの下、ロデニウス連合王国国王カナタ1世の御前にて“誓約の遂行”を誓わされ、誓約書に血で署名までさせられた。それほど厳重な
ロデニウス連合王国軍部が、大和型戦艦にどれほどの期待をかけているかが良く分かる。
そしてその翌日、ようやく3人は第13艦隊の拠点・タウイタウイ島への渡航を許可され、警備員詰所でこれまた厳重なボディーチェックを受けてOKを貰い……やっと、「大和」と対面できる時が来た。
「これが、大和……!」
それが、タウイタウイ泊地の海に浮かぶ黒鐵の城……大和型戦艦1番艦「大和」の巨大な艦体を見て、マイラスが上げた声だった。
中央暦1640年9月14日 午前9時、マイラス、ムーゲ、オーディグスの3人は、タウイタウイ泊地の
夏の盛りは過ぎたといえ、「この世界」ではかなり南方に位置するロデニウス連合王国、そしてタウイタウイ島は、地球でいう「亜熱帯」に似た気候である。そのため、太陽の日差しは夏とあまり変わらず、強烈な光を湾内に投げかけていた。その日差しを浴び、一種の神々しさすら伴って、「大和」がその勇姿を海上に浮かべている。
全長263メートル、最大幅38.9メートル、基準排水量65,000トンの巨体は島かと錯覚するほどの存在感を放ち、その中央にはオタハイトの高層建築もびっくりのスマートな艦橋が
「な、なんと大きい……!」
「ラ・カサミ級が
オーディグスとムーゲも、完全に圧倒されていた。
「さあ皆様、こちらへどうぞ!」
桟橋に停泊している15メートル級
滑るように桟橋を離れた内火艇は、そのまま「大和」へと向かう。まずは「大和」艦首の菊の紋章をムーの使節団一同に見せ付けるようにして、「大和」の右舷前方へと抜けた。その後「大和」の周りを時計回りに周回しながら、艦尾をぐるっと回って左舷前方にかかっているタラップへと向かう。
少々波の高い日であったが、「大和」は小揺るぎすらもせず浮いている。高く聳え立つ艦橋を以て周囲を
「「「………」」」
マイラス、ムーゲ、オーディグスの3人は、「大和」の圧倒的な雰囲気に、完全に呑まれてしまって声もない。
(いつ見ても、やっぱ美しいよな、「大和」は……)
いつも
内火艇を降り、堺を先頭にして3人のムー人が甲板に上がってきた直後、
「
鋭い号令と共に、甲板に並んでいた水兵妖精たちが、銃剣を着けた九九式小銃を身体の前面に掲げた。一瞬のタイミングのズレもなく、バネ仕掛けの人形のように全員がピシッと銃を掲げ、最敬礼の姿勢を取っている。この動作にも、芸術品に匹敵する美しさがあった。
ずらりと並んだ妖精たちの奥には、46㎝三連装砲が鎮座している。遠くからでも非常に大きく見えたが、間近で見るとその迫力は別格だ。
「さて。ではまず、甲板上の大まかな案内をさせていただきます」
堺の案内と共に、3人のムー人は第一砲塔から艦首に向かって、坂になった甲板を上がり始めた。
「堺殿、ここは何故このような坂になっているのですか?」
「ああ、それは重心を下げて艦の復元性を保つとともに、凌波性を向上させるためですよ。主砲が
坂を登りながら、マイラスが堺に尋ねている。
「大和の主砲は、そんなに重いのですか?」
「ええ。主砲塔1基だけで2,780トンもあるのです。下手な船より重いですよ」
「え……? しゅ、主砲1基だけで約2,800トン!?」
絶句するマイラス。残りの2人は、話のスケールの大きさに従いて来られなくなっている。
「何ですか、その重量は!? 下手すると我が国の小型巡洋艦より重いですよ!?」
「
そんな会話をしているうちに、4人は艦首にたどり着いていた。
「ここから見ると、案外小さいんだな」
オーディグスが、艦橋を振り返って言う。
「いいえ。それは距離が遠いので、
その後、4人は再び第一砲塔のすぐ側へと戻って来た。
「これが大和の主砲……45口径46㎝三連装砲です。最大射程は42㎞あり、重量1,460㎏の徹甲弾を時速2,808㎞で撃ち出します。その威力は“強力無比”の一言に尽き、距離3万メートルでも3万5千トンの排水量を持つ敵艦を仕留めることができます。巡洋艦や駆逐艦くらいなら、一撃で消滅するでしょうね」
「「「………」」」
もはや数字が大きくなりすぎて、マイラスですら言葉を失ってしまっている。
「そ、それでは、我が国のラ・カサミ級戦艦なら……」
「46㎝砲弾が1発当たった
オーディグスがやっとのことで絞り出した質問を、堺はバッサリと切って捨てた。
「「「………」」」
ラ・カサミ級ですら、一撃で消滅させられる威力である。これでは、ムー統括海軍はどれだけ頑張ったって、勝ち目なぞある筈がない。
「で、では、ラ・コンゴ級……金剛型戦艦をコピーしたものなら?」
「
「な、なんと……」
金剛型でも勝ち目がないと言われ、マイラスは言葉に詰まった。
大和型でこの有り様ということは……つまり「ムー海軍はグラ・バルカス海軍には勝てない」と言い切られたも同然である。かの国だって、大和型戦艦に
「後で詳細な資料もお見せしますね。それと…せっかくご乗艦いただいたのですから、実際の射撃も味わっていただくことに致しましょう」
「え? もしや、あれを我々の前で撃ってくださるのですか、堺殿?」
「もちろんです。百聞は一見に如かず、聞くより体験していただく方がご理解が早いですから」
「これは……ありがとうございます!」
マイラスに返事をしながら、堺は懐からトランシーバーを取り出し、艦橋に連絡を取った。
「こちら堺。大和、後で主砲射撃パフォーマンスを実施する。準備しといてくれ」
『大和より提督、了解しました』
"大和"に命令を終えた堺がトランシーバーをしまった時、
「堺殿、質問よろしいですかな?」
ムーゲが質問してきた。
「はい、何でしょうか?」
「この砲ですが……この世界での実戦で撃ったことはあるのですか?」
「そうですね……」
言うべきか否か。堺は一瞬考え……思い直した。
観戦武官として来ていたリアスとラッサンが、「大和」の砲撃を見てしまったことは、"
「ありますよ。パーパルディア皇国との戦いの中で、本砲は使用されました。
私は、直接現場に居合わせた訳ではありませんので詳細は見ておりませんが、部下からの報告では『フェン王国南方沖でパーパルディア戦列艦隊を殲滅した後、エストシラント市街地に全力砲撃を浴びせた』となっています」
「え」
ムーゲの顔が、一瞬凍り付いた。
無理もない。エストシラントといえば、ちょっと前まで
(エストシラントが中立地帯になった、というのを聞いて、何故あの第三文明圏の経済の中心が中立になったのか、と思っていたが……まさか……?)
「では、現在のエストシラントは……?」
「我々が市街戦を行ったせいもありますが、エストシラントは少なくとも市街地の5分の4が焦土と化しました。特に市街地の東半分は、この46㎝砲の全力砲撃が行われたことで完全に耕され、パラディス城を含む全域が更地になった、と聞き及んでいます。死者も正確な数が分かっていませんが、10万は下らないと見られています」
「うわぁ……」
横で2人の話を聞いていたマイラスが、真っ青な顔で声を上げた。オーディグスも、顔面蒼白で固まっている。
「なるほど、そういうことでしたか……」
「ん? 何かご存じだったのですか、ムーゲ殿?」
「いえ、私も外交官ですから、パールネウス講和会議の中継は見ておりました。その中で『エストシラントは中立地帯とする』という放送があったもので、何故第三文明圏の経済の中心とも言えるあの大都市を中立にするのか? と思っておったのです。貴殿の説明で納得がいきましたよ」
「ああ、そうか……忘れておりましたが、あの会議は国際中継されておりましたね、そういえば」
堺と言葉を交わしながら、ムーゲは表情が硬直しそうになるのを必死で隠していた。
(良かった……我が国の政府が
もしムー政府からの退避命令が遅れたり、あるいはそもそも命令が出ていなかったら、自分は今この世にいなかったかもしれない。そう思ったムーゲは、心底ほっとした。
実際には、大使館街一帯はロデニウス連合王国軍の攻撃対象には入っていなかったので、もし逃げ遅れていたとしても、大使館に立て籠っている限りムーゲの命は繋ぎ止められていただろう。だが、炎の海と化すエストシラント、市街地を駆け抜ける銃を持った兵士たち(と戦車)、そして市街地を吹き飛ばしていく超巨大戦艦を見て、生きた心地がしなくなっていたのは間違いないだろう。
((やはり、ロデニウス連合王国、そしてその傘下にいる日本国とは、絶対に敵対しない方が良いな……))
ムーゲとオーディグス、2人の外交官は、揃って同じ感想を抱いていた。そしてマイラスも、それに全力で賛成していた。
「さて、では次に参りましょうか。副砲と高角砲、それに対空機銃をお見せしてから、いよいよこの戦艦の心臓部、機関室にご案内します」
放心しかけていた3人は、慌てて堺の後を追った。
「これが、『大和』の防空の要となる12.7㎝連装高角砲、そして25㎜対空機銃です」
副砲の説明を終えた堺は、3人のムー人に高角砲と対空機銃を見せていた。ちなみに、
「航空機を撃つために大きな仰角を取れる、小口径の砲……それが、これですね」
「左様でございます」
以前の堺の説明を覚えていたマイラスが、堺に確認している横で、オーディグスが呟いた。
「なんと厳重な……まるで浮かぶ防空要塞だ。これでは、1機の航空機も近寄れないだろう」
と、この説明を聞き付けた堺が割り込んだ。
「いえ。そうでもないのですよ、オーディグス殿。意外に思われるかもしれませんが、これだけずらりと並べても、敵機を
例えば……」
堺は、目の前にある露天の25㎜三連装対空機銃を指差した。
「この対空機銃ですが、弾倉に15発しか弾が入りません。なので、10秒も撃ったらすぐ弾倉を交換する必要があるんですよ。
また、この機銃は2人の兵士が操作しますが、1人は左右の旋回を、1人は上下操作と発射を担当します。なので、2人の息がぴったり合わなければ効果的な迎撃になりません。それに口径は25㎜と、まあ機銃としては平均的な威力ですが、目視照準なので余計に当たりにくくなっています。
それと、これは露天銃座なので……後はお察しください」
「「……?」」
外交官2人には、堺が何故最後に口籠ったのかは分からなかった。だが、技術士官とはいえ軍人であるマイラスは、その理由に気付いた。
青い顔をして固まりながら、マイラスは堺に尋ねる。
「堺殿。露天銃座ということは、戦闘機の機銃掃射でもあったら……」
「お、流石はマイラス殿。そうです。戦闘機の機銃掃射
マイラスと堺の会話で、やっと全てを飲み込んだオーディグスとムーゲは、一瞬で顔から血の気が引いた。
「え、でもあちらの機銃や高角砲は、防盾が付いてますよ?」
そう言いながらマイラスが指差す先には、シールドに守られた25㎜機銃と12.7㎝高角砲がある。
「マイラス殿、貴方に
しかし堺は、絶望的な宣告をマイラスに突き付けた。
「え……あ、あはははは……」
全てを諦め、乾いた笑いを漏らすマイラス。そう、彼は今の堺の説明だけで気付いてしまったのだ。装甲の効果がない以上、
「という訳で、これだけ集めても航空機は
「そういえば、
「「え」」
ピシリ、と。
今度は、ムーゲとオーディグスが凍り付いた。
マイラスは今、さらっととんでもないことを言った。「戦艦が……それも、この浮かぶ要塞にしか見えない大和型戦艦が、航空機によって沈められた」と。
この世界においては、「戦艦は航空機の攻撃では沈まない」というのが定説である。まあ、航空機なんて持ってるのがムー国と神聖ミリシアル帝国(あと、明らかにはなっていないがグラ・バルカス帝国とアニュンリール皇国)くらいしかないから、無理からぬことなのだが。
だというのに、「転移した国家」だということを差し引いても、日本が誇った大和型戦艦が航空機によって沈められてしまったようだ。それは、ムーゲとオーディグスにはかなりの衝撃であった。
「え? ……あ、しまった」
2人の反応を見たマイラスが、自身の失言に気付くも、もう遅い。
「マイラス殿? この微妙な雰囲気はいったい……」
流石に、堺も異常に気付いた。
「あー……実はですね堺殿、我々の間では『戦艦は航空機では
頭を掻きながら、正直に説明するマイラス。そしてその一言だけで、堺は全てを悟った。
「なるほど……ですがムーゲ殿、それにオーディグス殿。少々落ち着いてください。
確かに、大和型戦艦は航空機によって沈められました。これは事実です。しかし同時に、その航空機の装備が
あの時、大和型戦艦を攻撃した航空機は、爆弾だけではなく魚雷を抱えておりました。魚雷とは、水中を自走する爆弾です。そんなものを何本も受けたら、艦内に大量の海水が入り込んで、
ですから、爆弾だけの攻撃で戦艦が沈むことは、まあまずないでしょう。主砲の弾薬庫にでも爆弾が落下して、誘爆すれば話は別ですが」
「主砲の弾薬庫に爆弾が落下して誘爆し、それによって戦艦が沈没する」というのは、決してあり得ないことではない。有名どころでは、ソ連の戦艦「マラート」がルーデル閣下の急降下爆撃を受けて真っ二つにされてしまっているし、九七式艦上攻撃機の水平爆撃で主砲弾薬庫が爆発した「アリゾナ」は、今も真珠湾の海底に眠っている。だがまあ、こんな事態が発生する可能性はかなり低い、と言えるだろう。
しかし、堺の話に納得しながらも、2人の表情は青ざめたままであった。別の問題が発生したからである。
「マイラス殿、確かラ・カサミ級戦艦の対空兵器って……」
「8㎜単装機銃30丁、です……。それも、全部
オーディグスの質問に、真っ青な顔をしながら震え声で答えるマイラス。この時、3人は全く同じことを考えていた。
(((我が海軍の艦艇は、航空機には全くの
そう、ラ・カサミ級も含めて、ムー海軍の艦艇がどれも航空機に対して無力であることが証明されてしまったのだ。
大和型戦艦の対空兵器は、12.7㎝連装高角砲12基と25㎜対空機銃150丁。場合によっては、主砲である46㎝三連装砲や副砲である15.5㎝三連装砲も、対空迎撃に参加する。敵艦を狙い撃つための主砲で、航空機を迎撃することがあるとなると、少なくとも日本は航空機をかなり危険視していることになる。
それに対してムー海軍の艦艇は、どれも航空機に対して使用する艦載兵器があまりに貧弱である。対空兵器が
大和型戦艦に比べれば、ラ・カサミ級戦艦の対空迎撃能力の貧弱さは目も当てられない。まして他の艦など、考えるまでもない。
(本国では、ボイシ准将やバルドー准将等の一部の人々だけが「航空機の重要性」を訴えているが……やはり少数派だ。だが、日本の情報に照らせば、これからの軍に求められるのは、戦艦よりも空母と航空機だ……! そして、航空機を狙い撃てる高角砲と対空機銃、それに航空機の接近を遠距離から探知できるレーダーだ……!)
今ここに、「マイラス」という名のムー統括軍では貴重な
(あー……)
堺も、事態を察していた。
(次、ムーに設計図を供与するようなことがあれば、防空能力の高い艦の設計図を渡してやろう……理想はフレッチャー級とクリーブランド級辺りだが、最悪マハン級やリヴァモア級、アトランタ級やダイドー級でも良いか……)
その35分後、「大和」艦内深部、機関室にて。
「……以上が、この『ロ号艦本式缶』の説明になります」
「大和」見学者一行が、機関長妖精からボイラーとタービンの説明を受けていた。いくら堺でも、流石にボイラーやタービンの仕組みまでは詳しくないので、専門家に任せることにしたのである。
「高温高圧の蒸気機関か……まさか、蒸気機関にこんな代物があるとはな……」
「我が国では、蒸気機関は発展性が低いと見做されていますからねぇ」
オーディグスとムーゲが言葉を交わしている。
2人の言葉通り、ムー国においては、蒸気機関はあまり発展しておらず、代わりにディーゼルエンジンが大きく発展していた。ラ・カサミ級戦艦の機関も、実はディーゼルエンジンである。
「すみません、質問よろしいですか?」
2人の会話を小耳に挟んだマイラスが挙手した。
「はい、どうぞ」
「この戦艦の機関が、蒸気機関だというのはよく分かったのですが、ディーゼルエンジンはないのでしょうか?」
マイラスの質問に答えたのは、機関長ではなく堺だった。
「ディーゼルエンジンを使用した艦艇ですね。少数ですが、ありますよ。ついでに言うとこの大和型戦艦も、元々はディーゼルエンジン2基とタービンエンジン2基で動かす予定でした」
「え!? そうだったのですか!?」
「はい。しかし、我が国のディーゼルエンジンは性能が悪く、思ったほど出力を発揮できなかったのです。それが分かったため、大和型戦艦へのディーゼルエンジン使用は取り止めとなり、タービンエンジン4基での運用が決まったのです」
「そんなことが……」
堺の説明に驚くマイラス。
実は、旧日本海軍にもディーゼルエンジンを使用した艦艇は存在していた。潜水母艦の「
これらの艦艇のディーゼルエンジン搭載は、大和型戦艦にディーゼルエンジンを搭載するかどうかを決定する性能テストを兼ねていた。だが、こうした艦に搭載されたディーゼルエンジンの性能テスト結果が芳しくなく、そのため大和型戦艦はディーゼルエンジンを搭載しなかったのだ。
「オーディグス殿、ムーゲ殿、難しい話ばかりで申し訳ありません。ですが、この後主砲の発射パフォーマンスをお見せしますので、艦橋に上がります。それまでどうかお待ちくださいませ」
2人の外交官に堺が一声かけた時、機関室に号令が響いた。
「出港するぞ! 機関回せ、両舷前進微速!」
「前進微速よーそろー!」
妖精たちが慌しく走り回る。艦本式タービンが、ゴウンゴウンゴウン……という腹の底に響く轟音を上げて、動き始めた。
「お、どうやら演習海域に向かうようです。では皆様、一度甲板に戻りましょう。
先に一言ご注意申し上げますが、艦内は迷路そのものです。
堺が声を上げ、3人のムー人は機関室を辞した。
この後、
40分後。
「た、高い……! 辛い……!」
「はぁ、はぁ……年寄りには、これはちとキツいですな……」
ムー使節団一同は、艦橋トップにある射撃指揮所に上がるため、「大和」艦橋後部に設置されたラッタルを上がっていた。鍛えていないマイラスとムーゲには、これはかなりの苦行である。オーディグスは比較的余裕があったものの、それでもやや息が上がっていた。
「さ、堺殿だって……息切れ、してるじゃないですか……!」
「あはは、まあ、この階段が、かなりキツい、のは、認めますがね」
マイラスの指摘通り、堺も息を切らしていた。
下手な運動よりよっぽどキツいラッタル登りを熟し、やっとのことで4人は見晴らしの良い射撃指揮所にたどり着く。それは高い艦橋の天辺に設けられた一室で、数人の妖精が詰めていた。車のハンドルのような機械が幾つかあり、そして銃のトリガーに似た装置もある。
(多分、これを引いたら主砲が撃たれるんだろうな)
そんなことをマイラスが考えていると、1人の妖精が声を上げ始めた。
「主砲、射撃用意! 目標、左同航の敵戦艦! 方位270度、距離フタゴーマル! 交互撃ち方!」
「どうやら、本艦の左に敵戦艦がいると想定しての主砲射撃訓練を行うようです。『同航の敵戦艦』という表現でしたから、同航戦、つまり敵艦と同じ方向に進行しながらの砲撃戦になります。敵艦との距離はフタゴーマル、つまり25㎞ですね」
「遠い……!」
妖精が上げていた声の内容を堺が通訳すると、マイラスが小さく声を上げた。ラ・カサミ級戦艦であっても、その主砲の最大射程は約13,000メートル(13㎞)。だが、今の「大和」の砲戦距離は、その倍近いものである。ラ・カサミ級戦艦の40口径30.5㎝砲では、明らかに
「遠い? いえいえ、大和型戦艦の想定砲戦距離は20〜30㎞ですから、これは
そうこうしている間に、どうやら射撃照準の測定が終わったようだ。
「主砲旋回、方位フタナナマル、仰角……」
「甲板要員は、至急艦内へ待避せよ!」
「堺殿、何故待避する必要があるのですか?」
放送を聞いて疑問に思ったオーディグスが、堺に尋ねた。
「46㎝砲は、発射時の爆圧が凄まじいんです。主砲塔1基3門の一斉射撃を行った場合、爆圧は77.5メートル先でも1平方センチ当たり0.5㎏です」
堺の解説を聞いただけでは、ムーゲとオーディグスには何が起きるかは分からなかった。だが、技術士官であるマイラスは顔面蒼白になっている。どうやらこの説明だけで
「これが何を意味するかというと……46㎝砲を撃った瞬間、甲板の人間が衝撃波でペチャンコにされます。
「「ヒエッ……」」
この説明なら、2人の外交官にも分かったようだ。
「測的よし!」
「装填よし!」
「方位盤よし! 照準よし!」
「主砲、射撃用意よし!」
ついに、主砲の発射準備が整った。
「かなり強烈なのが来ますよ、覚悟してください!」
堺がムー使節団に注意喚起した時、
「撃ちぃ方用意!」
大音声で号令がかかった。同時に、ジジーッ、ジジーッ、ジジーーッとブザーが鳴る。
「てぇ!」
号令の後、ジジーーーーーという長いブザーの音が響いた。それが途切れた直後、トリガーがカチッと音を立てて引かれ、
ドオオオオォォン!!
雷もかくやという大音響が轟き、周りの音が一瞬聞こえなくなった。同時に、下の方から強烈な衝撃が突き上がる。
「46㎝三連装砲」が発射されたのだ。但し、まだ「交互撃ち方」なので、各砲塔の1番砲が撃っただけである。斉射ではない。
「うっ……! な、なんと凄まじい……! ラ・カサミ級の主砲全門斉射でも、これほどではありませんよ……!」
ラ・カサミ級戦艦の主砲発射テストに関わったことのあるマイラスが、悲鳴じみた声を上げる。
「なんと!? ではマイラス殿、この大和の砲撃は、ラ・カサミ級のそれよりも強烈だと言うのですか?」
「間違いありません、非常に強力です!」
オーディグスの質問に、マイラスははっきりと言い切った。
「では皆様、今度はこんな立て込んだ場所ではなく、広々としたところで、発射の砲炎をご覧いただきます!」
「え? もしや、外で見るのですか!?」
「
そこへ、まだぐわんぐわん響いている砲声の残響の中、堺が声を張り上げた。
戦艦「大和」の艦橋
堺とムー使節団の一行が防空指揮所に出てきた時、ちょうど「大和」各主砲の2番砲が、砲撃を放った。砲声が周囲の大気を震わせ、艦全体がビリビリと震える。だが、「大和」の巨体は発射に伴う反動をしっかりと受け止め、安定を保っていた。
「す、凄い砲声……!」
両耳に人差し指を突っ込んだまま、オーディグスが呟く。ムーゲもマイラスも、両耳を塞いで顔を
そんな中、堺はトランシーバーを使って第一艦橋にいる"大和"と交信している。
「この後の砲撃訓練の予定は?」
『この後、各砲の3番砲で砲撃し、それで照準を合わせて斉射に移行します。相手は長門型戦艦と想定していますから、最少で5斉射程度と考えてください!』
「了解した。ムー使節団の皆様が防空指揮所からご覧になってるから、ひとつド派手にぶっ放してくれ!」
『提督の御命令とあらば!』
堺とのやり取りが終わり、"大和"が通信を切った時、
「だんちゃーく、今!」
報告が上がった。その直後、「大和」左側の水平線付近に赤く着色された水柱が3本突き立つ。その上空を1つの黒い黒点…「零式水上観測機」が旋回していた。
「観測機より受信、『至近弾1、全弾遠』!」
「下げ50!」
観測機から送られたデータを元に、照準が調整される。
『砲術より艦橋、射撃用意よし!』
「撃ちぃ方用意! ………てぇ!」
ドオオオオォォン!!
警告ブザー音の後、強烈な砲声が艦橋までをも震わせた。
「5、4、3、だんちゃーく、今!」
三度、真っ赤な水柱が高く太く立ち上る。そして、待ち望んだ報告が観測機からもたらされた。
「観測機より受信、『目標
「夾叉か……うん、次は直撃させます! 次より斉射!」
夾叉弾の報告が入った瞬間、"大和"は躊躇なく命じた。
「艦橋より砲術、一斉撃ち方!」
「諸元そのまま、装填急げ!」
ついに、46㎝砲全門斉射の時が来た。といっても演習なので、迫力は実戦時より幾らか落ちるが。
「砲術より艦橋、射撃用意よし!」
『防空指揮所、用意よし! 派手にぶっ放せ!』
「撃ちぃ方用意!」
警告のブザーが、ジジーッ、ジジーッ、ジジーーッと鳴り渡る。
「てぇ!」
鋭い号令。そして、ジジーーーーーという長いブザーが切れる直前、"大和"は叫んだ。
「全主砲、薙ぎ払え!」
「な、なんと強烈な……」
「発射炎の強烈さが、ラ・カサミ級の全門斉射
3回目の「交互撃ち方」の様子を見て、その大迫力の砲撃シーンに圧倒されているムー使節団の面々に向けて、堺は叫んだ。
「主砲の照準が合いました! これから
今度の砲撃は、これまでのとは完全に
この警告に、オーディグス、ムーゲ、マイラスの3人は青い顔をしながら従う。全員が大きく口を開け、両耳に人差し指を固く突っ込んだのを確認して、堺は伝声管に叫んだ。
「防空指揮所、用意よし! 派手にぶっ放せ!」
返事の代わりに、伝声管から警告ブザーと"大和"の声が聞こえてきた。
『全主砲、薙ぎ払え!』
堺は両耳を塞ぐと、口を大きく開け、下腹にぐっと力を込めた。
次の瞬間、
ズドドドドドオオオオオオオオォォン!!!!!!
30㎝先でカメラのフラッシュを
落雷さえも遠く及ばない、鼓膜を突き破ってやると言わんばかりの圧倒的な音の暴力。
マッハ2以上の高速で発射された砲弾によって引き裂かれ、物理的な破壊力を持たされた大気。
そして、内臓が一斉にひっくり返るようなとんでもない衝撃。
それらが、
戦艦「大和」の主砲、46㎝砲9門の一斉砲撃である。
ブラスト圧が海面を叩き、主砲の真下の海面は、波が叩き潰されて鏡のように平坦になった。その上を霧状になった細かい飛沫が舞う。そして、火山の噴火もかくやという凄まじい量の炎が噴き出し、やや遅れて大量の茶褐色の煙が視界を遮る。
万物を貫き消滅させる、と言わんばかりの一撃が、放たれたのだ。
「「「………」」」
ムー使節団一同、あまりのことに絶句してしまって、声すらもない。
だが、マイラスだけは必死で思考を巡らせていた。
(なんという激烈な衝撃……! おそらく、ラ・カサミ級の主砲発射を1メートル先で見たとしても、これほどの衝撃ではないだろう……。
これが、46㎝砲か……!)
マイラスは、グレードアトラスター級戦艦の砲火力の脅威を、
その後、「大和」は40秒おきに主砲斉射を繰り返し、予定通り5斉射で長門型戦艦の撃沈判定を叩き出した。
そして、ちょうどお昼時になったので、一行は「大和」の長官公室へ行き、そこで昼食を摂ることになったのだが……その際、エレベーターを使って下に降りたのが間違いだった。
大和型戦艦のエレベーターは、艦橋要員の中でも上級士官と対空機銃の弾薬運搬員、そして水上機の搭乗員くらいしか利用できないのだが、「2・3回乗ったらもう乗りたくない」という人が多かったそうだ。かなり高速である上に加速・減速装置が上手く働かなかったため、乗り心地がよろしくなかったのである。
それに空腹が重なったため、エレベーターから降りた時には、ムー使節団3人は全員揃って吐きそうになっており、立ち上がれるようになるには結構な時間がかかってしまったのである。堺だけは平気な顔をしていたが。
「「「おお……」」」
長官公室に入った瞬間、3人のムー人は揃って感嘆の声を上げた。
「大和」は連合艦隊旗艦を務めたこともあり、米軍との艦隊決戦の際には連合艦隊司令長官の座乗艦となることが想定されていた。その為、公室の家具はいずれも一流品が揃えられている。素人が見ても「これは高級品だ」と、はっきり分かる物ばかりが揃えられているのだ。
「これは……豪華ですな。我が国の一流ホテルにも負けてません」
ムーゲが素直な感想を述べた。
「はは、『大和』は連合艦隊の総旗艦を務めることが想定されていましたからね。艦隊司令長官が乗る艦の、
それと、ムーゲ殿が仰った『一流ホテル』というのは、あながち間違いではないと思います。日本においては、『大和』は内装の豪華さや居住性の高さから『大和ホテル』と呼ばれていましたからね」
史実においては、大和型戦艦は艦隊決戦の切り札として建造された。しかし、日本海軍の懐事情の寒さ(主に原油関連)と
なお、後日堺はこの会話を聞いていた公室付きの妖精に密告され、「ホテルじゃありません!」と、"大和"に〆られる羽目になった。
そして、気になる昼食のメニューは……
「本日のメニューは、士官以上の将校に供されていた本艦自慢の一品、オムライスになります」
そう、戦艦「大和」のオムライスである。
皿に流し込まれた茶色のデミグラスソースと、その上の卵の黄色が、綺麗なコントラストを醸し出している。卵の上に乗せられた5つのグリーンピースもアクセントだ。ちなみに5個乗せられている理由は、「割れないように」という願いである。実際には
ふんわりと焼き上げられた卵の中には、ケチャップ潤うチキンライスが包まれている。新鮮なタマネギとニンジンをフル活用し、栄養バランスにも配慮したものだ。
その隣には「大和ホテル自慢の」コンソメスープもある。本当に一流ホテルでも通じるような、かなり本格的な代物だ。
「こ、これは……」
「う、う……」
「「「旨い!」」」
一口食べるや、オーディグス・ムーゲ・マイラスの3人は、異口同音に同じ評価を下した。
「お口に合いましたでしょうか?」
「ぴったりです。特に遠距離航海や外征中で娯楽が限られる軍艦で、こんな
堺の質問に笑顔で答えるマイラス、早くも4分の1ほど平らげてしまっている。
「そりゃあ、作戦行動中の軍艦において唯一とも言える楽しみは、食事ですからね。これで飯がまずかったら、敵と戦う前に
堺のこのコメントは、冗談でも何でもない『事実』である。
乗組員に不味い飯が出された軍艦で反乱が発生した例は、歴史上枚挙に暇がない。映画にもなるほど有名な、帝政ロシア黒海艦隊の戦艦「ポチョムキン」の反乱事件も、乗組員の食事に腐肉入りのボルシチが出されたことが引き金であった。
作戦行動中の軍艦というものは、酒保でもない限り娯楽には非常に乏しい。その癖、訓練、戦闘、掃除、当直、ついでに上官からの鉄拳制裁と、辛いことばかりは多いのだ。
娯楽に飢える乗組員を宥める
「ところでマイラス殿。今回こうしてあなた方に我が国の戦艦をお見せしたのですし、こちらから1つ伺いたいことがあるのですが……」
食事が終わり、"大和"の特製紅茶による食後のティータイムを楽しんでいる時に、堺がマイラスに質問を投げた。
「はい、何でしょう?」
「貴国の陸軍について、お伺いしたいことがあるのですが……」
堺は、地球における技術発達の歴史と突き合わせて、ムー国の軍事技術レベルを探っていた。
航空機関連で見ると、ムー国空軍の技術レベルはおそらく第一次世界大戦期、または戦間期レベル。全金属製単葉機がムー国にないこと、しかし「マリン」が
海軍の技術レベルについては、ギリギリ第一次世界大戦期に届いていないレベル。ムー国の最新鋭戦艦、ラ・カサミ級戦艦が日本でいう前弩級戦艦「
では、陸軍のレベルはどうであろうか?
おそらく、地球の歴史でいうガトリング砲(今の地球の戦闘機が持っている機銃ではない、原始的な方)やマキシム機関銃くらいはあるだろう。ボルトアクション式小銃もあるに違いない。何せ、ムーは自動車を国産化しているのだし。
ならば、判断の基準となる兵器は何であろうか。最も簡便な判断基準は、第一次世界大戦で初めて登場したあの兵器の有無だろう。
そして堺が投げた質問は、次のようなものだった。
「貴国、ムーの陸軍には、“戦車”はあるのですか?」
はい、というわけで、ムーの使節団の皆様は「大和」に招待されることになりました。ムーとの信頼関係と、国際社会との繋がりが重視されたこと、そして「今のムーに大和型戦艦なんか到底作れないから、情報管理さえ徹底させれば大丈夫」と判断されたのが理由です。
そしてラストで堺からマイラスに投げられた質問…果たしてマイラスの答えは…?
総合評価が6,400ポイントに迫ってる…! 本当にありがとうございます!!
評価8をくださいましたIloveramen様
評価9をくださいました混世魔王様
評価10をくださいました武御雷参型様、霧悠様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
大和型戦艦の恐るべき性能に、凄まじい衝撃を受けたムー使節団一同。その一行に堺から放たれた、1つの質問。
そして、更に驚くべき情報が、ムー使節団に叩き付けられる…
次回「ムー使節団のいちばん長い日」