鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、ついに原作における「間章」の1つがスタートです。



083. 決断する国、蘇るモノ

 時が経ち、中央暦1640年12月6日、第二文明圏 列強国ムー国。

 ムー国政府及び外務省、統括軍司令部は混乱の極みにあった。およそ3ヶ月前、突如として舞い込んだ数通の報告書が、その発端である。そしてほぼ3ヶ月も経つというのに、彼らは未だに混乱から抜け出せていなかった。

 

 

 何があったのかを、掻い摘んでお話させていただこう。

 それは、中央暦1640年9月15日のことだった。ロデニウス連合王国に出かけていたムー国の使節団……外務省列強担当部課長オーディグス、外交官ムーゲ、そして統括軍技術士官マイラスの3人が帰国してきたのだ。大量の資料と報告書を引っ提げ、完全に表情とハイライトを失った姿で。

 彼らが提出した報告書……その内容があまりにもあんまりなものであったため、代表著者の名前を取って「マイラス・レポート」と呼ばれているが、その報告書の内容と彼らの口頭報告内容が、色々な意味で衝撃的すぎたのだ。ムー国上層部全体が、頭上にグラインドバスターを投下されたかの如く大荒れになったのである。

 

 まず第一の火種は、“ロデニウス連合王国及び日本と、グラ・バルカス帝国との間に関係が()()()()()()”ということだった。「グレードアトラスター」と「ヤマト級」という、非常に酷似する戦艦を有しておきながら、彼らは一切の関係を持っておらず、従って二種類の戦艦の酷似性は、俄には信じ難いが()()()()()()()()()()()()、というのである。だがまあ、これは“火種としては”まだマシな方だった。

 

 続く第二の火種である「グレードアトラスター級戦艦、正確にはそれに酷似するヤマト級戦艦の詳細性能」。これには特にムー統括海軍に凄まじい激震が走った。そこには、ムー統括軍の常識を以てしても“性質(タチ)の悪すぎる冗談”としか思えない性能が表れていたのである。

 最初にマイラスによって報告された、ヤマト級戦艦の性能。全長263メートル、最大幅38.9メートル、最大(満載)排水量72,800トン、最大速力27ノット、そして主砲は45口径46㎝三連装砲3基等という、子供の考えた夢物語よりもなお空想的にしか見えないこれらの数字が、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これはムー海軍にとって、大きなショックだった。何せ、列強たる自国の最新鋭戦艦「ラ・カサミ級」が()()()()()及んでいない性能なのだから。

 しかも、その報告には“続き”があった。大和(やまと)型戦艦の化け物じみた性能は、これだけではなかったのだ。

 最大装甲厚410㎜。これは、ムー国のいかなる大砲を以てしても貫通できないほどに厚い装甲板である。それ以外にも、副武装として60口径15.5㎝三連装副砲2基、40口径12.7㎝連装高角砲12基、25㎜対空機銃150丁等という、“頭がおかしい”としか思えない武装を施しているそうである。こうした防空火器類は、艦橋を中心とする艦中央部に密集しており、「ソードフィッシュ」1機とて近寄れそうもなかった。しかも、湾曲した形状のスクリュープロペラに、最大射程42,000メートルの主砲、「マリン」とほぼ同等の性能を誇る「ゼロカン」という水上機。そしてムー海軍にはない、“測距儀”という20㎞以上先の敵艦を砲撃するための機械式コンピュータと、電波によって敵艦や敵航空機を遠距離から探知する“電波探信儀(レーダー)”なる装備。どれもこれも、とんでもない代物であった。

 

 また、ついでにムーゲがある写真を提出し、それによってさらに大きな衝撃が走った。それは、旧パーパルディア皇国の皇都エストシラントを海上から捉えたものである。ヤマト級戦艦の艦砲射撃と陸上戦闘によって、ほぼ完全に焼け野原の焦土と化した街の様子は、46㎝砲の破壊力を痛感させるには十分すぎたのであった。

 

 そして第三の火種……おそらくこれが最大の火種にして、ムー上層部を一瞬で大混乱の渦に叩き落とした“元凶”であろう情報。

 

『この浮かぶ要塞にしか見えない大和型戦艦が、なんと2隻とも()()()()()()()()()()()()

 

 ひとたび発表されるや、この情報はまさに「悪事千里を走る」という表現がぴったりの速度でムー上層部全てを駆け巡り、この情報を耳にした全員がギガトンハンマーで頭をぶん殴られたような衝撃を覚えた。

 ムー国も含め、「この世界」においては「戦艦は航空機の攻撃では沈まない」というのが“常識”である。戦艦らしい戦艦を運用しているのは(公式的には)ムー国と神聖ミリシアル帝国だけだが、両国ともそう考えているのだ。そこに、これである。

 マイラスがこれを発表した時、“悪い冗談も大概にするがいい”とばかりに、各所から非難の声が轟々と上がった。しかしそこに、仏頂面のマイラスが第二の「マイラス・レポート」を叩き付けた。その表題は以下の通り。

 

 

『ヤマト、ムサシの最期ーー2隻のヤマト級戦艦は如何にして沈んだか』

 

 

 それは、「タウイ図書館」にてマイラスが発見した、太平洋戦争の記録であった。もちろん、2隻の大和型戦艦が沈没した戦い……「レイテ沖海戦」と「坊ノ岬沖海戦」についての記録である。

 そこには想像を絶する内容が克明に記されていた。海戦勃発の経緯。日本海軍と、敵である「アメリカ合衆国」とやらいう国の海軍の参加戦力比較。海戦の経過。

 

 ……そして、2隻の大和型戦艦の時系列毎の被弾箇所、沈没に至るまでの経緯。

 

 これでさらなる激震が走り、上層部の面々が反論もできなくなったところへ、マイラスが追い討ちをかけた。

 

「この報告書に加えて、映画という“作品”ではありますが、映像記録まで持ち帰りを許可されまして、それを持って帰って参りました。何でしたら、今ここでお見せします」

 

 そして彼が示したのは……ある映画だった。タイトルは伏せるが、沖縄に侵攻したアメリカ軍を迎え撃つため、水上特攻隊として出撃した「大和」、それを(ぼう)()(みさき)沖で待ち構えていた米軍空母機動部隊との激戦、奮戦虚しく沈みゆく「大和」。その「大和」に対空機銃の操作員として乗り込んでいた主人公の物語である。

 

「「「「「………」」」」」

 

 この映画はその場で封を切られることとなり、そして映画を視聴した全員が、自信とプライドを木っ端微塵に打ち砕かれていた。

 信じられない。どう考えても信じられる筈がない。あの怪物じみた性能を持つヤマト級戦艦が、こともあろうに()()()()()()()()()などと。

 だが、そこにあるのは()()。事実だからこそ、こうして映画も作られたのだ。そのことを理解できない面々ではなかった。

 

「「「「「………」」」」」

 

 2時間に渡る映画の上映が終わった後、会議室は深夜の砂漠のような静けさに包まれた。そして報告会の出席者全員が()()()状態になっていたのは言うまでもない。

 その異様な静けさの中、マイラスの報告の声だけが冷たく響いていた。

 

「以上のことから、我が海軍艦艇の対空迎撃能力の貧弱さの早急なる改善と、先の映画に登場したような全金属製単葉機を迎撃できる高性能の全金属製単葉機、及びその単葉機を運用できる大型かつ高速の航空母艦の開発・量産・配備、そして航空機を遠距離で探知できるレーダーの開発を、小官は強く具申するものであります。

ことに、我が海軍艦艇の対空迎撃能力の貧弱さは、あの映画をご視聴になった後では、口にせずともご理解いただけると存じます。現在の主力対空兵器である8㎜単装対空機銃は、あのような高速かつ重装甲の機体に対して、あまりにも無力であるのは明白です。従って、8㎜単装対空機銃に代わるより大口径・長砲身・多連装の対空機銃の開発と、中距離で敵機を迎撃可能な艦載型高射砲の開発を、ここに意見具申致します……」

 

 そして、第三の火種には及ばずとも、第二の火種に劣らない衝撃をもたらした、第四の火種。それが、「戦車及び自走砲の脅威」である。これにはムー統括陸軍が大いに恐怖することとなった。

 「マイラス・レポート」に記載されていた、ティーガーI重戦車の性能。それは“怪物”という他ない、恐ろしい性能であった。

 回転砲塔で56口径88㎜砲を搭載し、その砲撃は最大で2㎞先から84㎜の装甲を穿つ。自動車という比較的小柄な兵器に搭載可能なほど“回転砲塔”の機構が熟成されているのもさることながら、ムー陸軍首都防衛隊の誇る「ラ・テックス」戦車であっても全く対抗できない、という事実に陸軍上層部は凄まじい衝撃を受けた。これでは、「ラ・テックス」戦車は2㎞先という、23口径57㎜砲の遥か()()()から一方的に攻撃され、撃破されてしまうことが容易に予想できたからだ。

 しかも、ティーガーIの防御能力は、砲塔前面120㎜、車体前面100㎜、車体側面・後面80㎜というとんでもない重装甲である。この情報を元に試算を行った結果、「現在配備されているムー統括陸軍の野戦砲では、105㎜クラスのカノン砲や150㎜クラスの榴弾砲であれば、零距離射撃によってティーガーを撃破できる()()()がある。しかし、これらの砲であっても敵との距離が遠い場合や、それ以外の野砲や歩兵砲・山砲ではティーガーを倒すのは不可能である。また、現在ムー統括陸軍は口径37㎜の対戦車砲の開発を進めているが、その砲であってもティーガーの撃破は()()()()()()()()である」という、信じ難い計算結果が弾き出された。このまさかの結果に、ムー陸軍の大砲開発部門のメンバーは揃って大きなショックを受け、その日は体調を崩して早退する者が相次ぐ、という非常事態となった。

 その上、重量57トンにも達する巨体でありながら、整地では最高時速40㎞で走行できるという。まさに「反則」。こんな怪物が戦場に出て来れば、ムー統括陸軍は何ら有効な手立てを打てぬまま蹂躙されてしまうだろうことは、容易に想像が付く。

 そして、この戦車は今のムー陸軍よりも「およそ30年先の技術」で作られた代物だという。30年の間にどれほどの進化があったのか、想像も付かない。

 

 ちなみに、ムー使節団はIV号戦車とⅢ号突撃砲のデータも持って帰ってきたのだが、ティーガーIの余りに凄まじいインパクトの前に、全て吹っ飛んでしまっている。

 

 そして、この恐るべき戦車の性能と併せてもたらされた第五の火種。それが、「機甲師団」という陸軍部隊の存在である。

 この「機甲師団」は、戦車や自走砲を中心戦力として多数配備し、随伴する歩兵隊も自動車や装甲車に乗せて機動力を確保した上で、味方航空戦力の援護の下敵陣に向けて高速で突撃、自前の装甲と砲火力とを以てこれを食い破る、という部隊である。特に道路網が整備された場所や平原・平地等、走り易い場所においてはこの機甲師団は絶大な力を発揮する、と「マイラス・レポート」には記載されていた。そして、ロデニウス連合王国の傘下にいる転移した日本の軍人の話として、『グレードアトラスター級戦艦の性能から考えるに、グラ・バルカス帝国は機甲師団を配備している可能性があり、そしてもし仮にムー陸軍とグラ・バルカス帝国の機甲師団が対峙した場合、ムー陸軍は勝てない可能性が非常に高い』という内容が書かれてもいた。

 しかし同時に、光明も僅かながら見えており、「機甲師団は航空機に弱い」という弱点が記されていた。だが、機甲師団を運用している国家ならそれくらいの弱点には気付いて、上空に味方の戦闘機を飛ばす等の対策を取っているだろう。

 

 報告を受けた面々、特に陸軍上層部メンバーの脳裏に描かれたのは、最悪のシナリオである。

 土埃を派手に巻き上げながら進軍してくる、大量のIV号戦車とⅢ号突撃砲。その先頭に立つ怪物、ティーガーI。ムー陸軍は必死で砲撃をかけ、敵の機甲師団を食い止めようとするも、砲撃が全く通用せず、逆に敵の砲撃によってムー陸軍の砲兵陣地は次々と沈黙を強いられてゆく。ムーの戦闘機「マリン」や爆撃機「ソードフィッシュ」も、必死で敵戦車を食い止めようとするが、圧倒的な性能差の前になす術無く敵の戦闘機に撃墜されていく。そして何ら有効な手立ても打てぬまま、ティーガーIを先頭にした機甲師団は易々と防衛線を突破、その勢いのままムー国の首都オタハイトにまで雪崩れ込む……

 

 悪夢だ。だが、“十分に発生する可能性のある”、()()()()()()()()()()()である。

 

 なお、ムー上層部にこれだけの大混乱を引き起こした元凶たる「マイラス・レポート」は、ロデニウスから持ち帰られた映画等の大和型戦艦に関する一切合切の記録と共に、情報分析課の入った部屋に保管されることとなった。それも、ムー統括軍司令部の建物の4階(情報分析課は4階に入っている)の部屋の片隅を金網で仕切り、床に金属製の箱を固定して二重に鍵をかけ、そこに入れて保管する、という厳重な管理方式である。

 尤も、これだって戦艦「武蔵」の設計図を管理していた長崎造船所のセキュリティほど厳重ではないのだが。

 

 

 この「マイラス・レポート」に大きな衝撃を受けたムー政府では、国王ラ・ムーも交えてもう何度も論戦が交わされた。

 これまでの外交政策である“永世中立”を保つか、それとも“永世中立”を捨て、ロデニウス連合王国と同盟してグラ・バルカス帝国と戦う準備をするか。

 ロデニウス連合王国に直接渡航し、その凄まじい技術を()の当たりにしたマイラスやムーゲ、オーディグスといった面々は、“何としてでもロデニウス連合王国と同盟し、グラ・バルカス帝国に備えるべきだ”と(こわ)(だか)に主張した。ムー統括軍情報通信部・情報分析課の面々も、それに賛同した。

 それに対して、政治家や外交官の多くは、“世界に名だたる列強国ムーがグラ・バルカス帝国なぞという文明圏外国家に負ける筈がない、従って外交政策の転換など不要である”と主張した。だが、「それは如何なる科学的証拠に基付くものなのか? 我が国とグラ・バルカス帝国の人口・面積・技術・軍事力、その他の面を数値化・写真化して得た証拠があるのか?」と、マイラスが容赦のない一撃を突き付ける。

 

 こういった調子で、かれこれ3ヶ月もの間、ムー上層部は大荒れに荒れていたのだ。

 列強国として、また高いレベルの科学技術国家としてのプライドがある。しかしその一方で、「グレードアトラスター級戦艦の性能概要」「転移した日本が持ってきた情報」等の客観的な証拠もある。このため、どちらが良いとも決め切れず、ずっと不毛な論争が続いているのである。といっても、少しずつ「同盟派」……つまり、“ロデニウス連合王国と同盟するべき”という面々が増えているのだが。

 

 だが……ちょうどそこへ、一石が投じられた。

 

 この日、中央暦1640年12月6日、1つの情報がムー統括軍情報通信部及び外務省に飛び込んできたのである。

 

『トーパ王国政府より公式発表。フィルアデス大陸北東部の文明圏外国家・トーパ王国に、魔王ノスグーラが多数の魔物を伴って侵攻。現地では既に戦闘が始まっている模様』

 

 その時、ムー上層部の面々の頭に閃くものがあった。

 トーパ王国といえば、「大東洋共栄圏」に参加している国の1つだ。おそらくトーパ王国政府は、大東洋共栄圏の主宰国に対して「大東洋共栄圏の存続にも関わる非常事態である」等の名目で軍事支援を要請するだろう。そして、その大東洋共栄圏の主宰国はどこかというと、ロデニウス連合王国である。

 そしてムー国にも、フィルアデス大陸やロデニウス大陸に伝わる神話の情報は伝わっている。それによれば、魔王ノスグーラは「太陽神の使い」の力を以てしても仕留めることができなかった、強大な魔物であるらしい。

 ならば、これはロデニウス連合王国の力を試す絶好のチャンスだ。

 

「トーパ王国における魔王侵攻については、如何なる些細な情報も見逃すな。重要と思われる情報は、全て外務大臣及び余に報告せよ」

 

 国王ラ・ムー陛下自らがそう発言したことで、ムー上層部内での議論は一旦収束を見た。そして彼らは、この「魔王侵攻」とそれに関連するニュースに対して、大いなる注意を払い始めたのである……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 突然だが、ここで地理の話をさせていただこう。

 第三文明圏がある、フィルアデス大陸。その北東部には、長さ30㎞幅200メートルという、細長い地峡によって繋がった半島嶼国家がある。その名は、トーパ王国。

 そしてトーパ王国の北東部には、長さ40㎞幅100メートルというこれまた細長い地峡があり、その先はグラメウス大陸という大陸に繋がっている。

 

 グラメウス大陸に生息しているのは、ゴブリンやオークなどといった生物……詰まる所、この世界の人々から「魔物」と称される生物であり、ヒト族や亜人族の国家はない。

 魔物は話が全く通じないし、ヒト族や亜人族を見付けると襲いかかってくる。また、特に文明を築いている訳ではないのだが、身体能力が非常に高く、またヒト族や亜人族に対しては好戦的でバーサーカーのように襲ってくる。

 現代地球に生きる日本人が魔物を見たら、「害獣」と表現すること請け合いである。

 

 トーパ王国は地理的にはグラメウス大陸に最も近い国家であり、従ってグラメウス大陸から魔物が攻め込んできた場合には真っ先に最前線に立つ国家となる。

 そのため、トーパ王国の国民たちは「自分たちはグラメウス大陸に生息する魔物からフィルアデス大陸を守り、魔物の侵入を防ぐ守護者である」という、高い誇りがあった。“文明圏だの列強だの言っていられるのは、自分たちが魔物を防ぎ止めているので、フィルアデス大陸が絶対に安全な状況であるからだ”と。

 そして、トーパ王国の存在がなければ、こうした国々はいずれ立ち行かなくなる……と。

 

 そのため、何としても魔物を押さえ込もうとしていたトーパ王国軍部は、新兵器の導入を始めとする国軍の増強には熱心だった。

 元々トーパ王国軍といえば、有名なのは弓撃部隊である。クロスボウを装備したこの部隊は、上手い人なら50メートル先の鳥を一撃で仕留められるような腕前があった。

 中央暦1639年9月25日にフェン王国で行われた軍祭の際にも、トーパ王国軍弓撃部隊はその腕を他国の軍に見せ付けるつもりでいた。しかし、そこに現れたのがロデニウス連合王国陸軍だったのである。

 彼らはなんと銃を……それも、パーパルディア皇国のマスケット銃より遥かに高性能の銃を持ち込み、150メートル先の目標を三連続で撃ち抜くという凄技を見せ付けた。そればかりか、5秒足らずで30発を連続発射可能な銃まで持ち込んできたのである。このため、ワイバーンロードの襲撃とロデニウス連合王国艦隊の迎撃のインパクトもあって、トーパ王国軍弓撃部隊は完全に見せ場を持っていかれてしまったのだった。

 

 その情報を聞いたトーパ王国政府は、ロデニウス連合王国に目を付け、他国に先駆けて国交を樹立。そして、彼らの主力兵器である「サンパチシキホヘイ銃」を導入してみた。その性能は圧倒的であり、これまでトーパ王国軍に配備されたどんな兵器よりも強力であった。そのため、トーパ王国軍は全部隊にこの「サンパチシキホヘイ銃」を導入するよう検討すると共に、他の武器に関してもロデニウス連合王国製のものを導入することを考えた。

 そして、他国に先駆けてロデニウス連合王国から野戦砲(九〇式野砲)を導入し、機関銃についても国軍の一部の精鋭部隊に試験配備する等、熱心に軍備増強を進めていたトーパ王国軍であった。もちろん、大東洋共栄圏にもしっかり参加している。また、パールネウス講和条約が締結された際に、トーパ王国は中隊規模とはいえ出兵した見返りとして、ロデニウス連合王国から格安の値段で「キュウキュウシキショウ銃」なる、「サンパチシキホヘイ銃」の後継銃を多数入手し、ついには狙撃部隊を支援する歩兵部隊の装備として、「キュウロクシキケイキカン銃」、「キュウキュウシキケイキカン銃」及び「エムピーヨンジュウ」の正式導入に踏み切った。こちらは高価だったのでまだ少数しか導入できていないが、それでも銃を使用しての戦い方はトーパ王国軍の狙撃部隊はもちろん、主力の歩兵部隊にまでも少しずつ浸透しつつある。

 

 この他にも、トーパ王国の北東部、グラメウス大陸との境界に当たる部分には「世界の扉」という巨大な壁がある。これは、グラメウス大陸の魔物の侵入を防ぐために建設されたものであり、建設当時はかけ値なしに“世界一頑丈な建造物”だった。イメージとしては、「◯撃の巨人」の壁である(但し、「世界の扉」は高さ20メートルなので、あの壁の半分ほどの高さしかない)。

 この壁の建造起源は、一万数千年前という神話の時代にまで遡る。

 

 

 トーパ王国の神話によれば、当時、多数の魔物を率いてグラメウス大陸から侵攻してきた魔王ノスグーラにより、トーパ王国(現在のトーパ王国とは異なり、先代のトーパ王国である)は一瞬で滅ぼされ、それどころか魔王軍はフィルアデス大陸に侵攻。フィルアデス大陸に当時住んでいた者たちは、「種族間連合」を結成して魔王軍に対抗した。

 しかし、魔王はハイエルフ族でも及ばないような、他種とは隔絶した魔力を持ち、さらに伝説の魔獣レッドオーガ、ブルーオーガ、ホワイトオーガ、イエローオーガを率い、統率できない筈の魔獣多数を従えて侵攻してきている。しかも、その数も尋常ではなかった。最終的に「種族間連合」は駆逐され、フィルアデス大陸全域が占領された。

 

 フィルアデス大陸を制圧した魔王軍は、魔力が高く厄介な存在であるエルフ族を滅するため、海に生息する魔獣・海魔を多数使役して海を渡り、ロデニウス大陸に侵攻。「種族間連合」を破竹の勢いで破り、ついにエルフ族と種族間連合の最後の砦であったエルフ族の神の森にまで迫る。

 激しい戦いが続き、「種族間連合」の多数の勇敢な戦士たちが散る中、エルフ族の神は自分たちの創造主である太陽の神に祈りを捧げた。太陽の神はその祈りに応え、自らの使者をロデニウス大陸に遣わした。

 

 太陽神の使者たちは、空を飛ぶ神の船を操り、強力な炸裂魔法を放つ鉄竜を使役し、雷鳴のような轟きと共に大地を焼き払う強烈な魔導を以て、魔王軍を撃退した。

 そればかりか、ロデニウス大陸から魔王軍を敗走させ、フィルアデス大陸に逆上陸。そして、何度もの戦いの末に魔王軍をグラメウス大陸まで追い返し、フィルアデス大陸全域を解放したのだった。

 

 ここで、太陽神は自らの使者たちを撤退させることを決めた。

 撤退の時までに残された時間を使い、太陽神の使者たちと「種族間連合」は、協力してトーパ王国の北東部に壁を築いた。この壁こそが「世界の扉」である。

 そして、このような悲劇が二度と起きぬよう、「世界の扉」を管理するための国として国家を建設した。これが、現在のトーパ王国である。

 

 この神話には、続きがある。

 魔王軍を撃退し、太陽神の使者たちがこの世界を去ってから1年後、「種族間連合」は魔王討伐隊を組織した。太陽神の使者たちの力を以てしても、魔王を討伐することは叶わず、追い返すだけに留まったため、止めを刺そうとしたのだ。

 後に「勇者パーティー」と呼ばれるこの討伐隊は、4人の勇士を中心に成り立っていた。

 

ヒト族 剣の達人 タ・ロウ

ドワーフ族 力の達人 キージ

エルフ族 大魔導士 ルーサ

獣人族 武の達人 ケンシーバ

 

 この4人からなる「勇者パーティー」と1千人に及ぶ兵士たちが、魔王討伐のため、「世界の扉」を越えてグラメウス大陸に向かった。

 そして、ホワイトオーガとイエローオーガを倒し、ついに「勇者パーティー」は魔王ノスグーラと対決。しかし、魔王の魔力は尋常ではなく、討ち取ることはできなかった。最終的に、4人は死闘の末ルーサの使った魔法によって、魔王を封印することに成功する。但し、この魔法には人柱が必要であり、ルーサ自身の他タ・ロウとキージが犠牲となった。

 ケンシーバはグラメウス大陸から生還し、トーパ王国に魔王と封印のことを伝えた後、魔王征討行の中でのサバイバル生活ぶりや、その中で魔物を食したことによる変質魔素中毒症により、帰還から3日後にこの世を去った。

 グラメウス大陸から帰還したのは、このケンシーバただ1人である。

 

 魔王を封印するためにルーサが使った魔法「封呪結界」は、時間と共に少しずつ減衰していく……と、神話は締め括られている。

 

 

 そして今、中央暦1640年。トーパ王国軍は「世界の扉」を管理していた。

 

「ふあぁー……」

 

 退屈そうな声…いや、欠伸(あくび)が響く。

 声の主は、トーパ王国の傭兵であるヒト族の男性ガイ。非常勤の傭兵として雇われた彼は、「世界の扉」と呼ばれる壁の上で、グラメウス大陸の監視と警備に当たっていた。

 本日、中央暦1640年12月5日の朝は、いつもと変わらぬ穏やかな朝だった。曇っているし寒いが。

 

「はー、眠いなぁ……寝とくか」

「こらこら。グラメウス大陸の監視は、我々人類や亜人族の生存に関わる大事な任務だぞ。サボるな」

 

 やる気のない声を上げているガイに注意したのは、鎧を着たエルフ族の男性騎士だった。ガイの幼馴染であり、共に勤務しているモアである。モアはトーパ王国軍の正式な騎士だった。

 

「とは言うがよ? この世界の扉は、高さが20メートルもある城壁だ。それに、いくらグラメウスと陸続きとはいえ、ここ10年で最大の敵がゴブリン10匹程度だぜ? 上から弓で射て、はいおしまい、だろ?

魔物にこの壁は突破できん。となれば、俺は寝てても構わないんじゃねえか?」

 

 屁理屈を()ねるガイに対し、モアは理屈で反撃する。

 

「ここ100年のスパンで見ると、ゴブリンロードやオークが出たこともあるぞ。ゴブリンロードはともかくとして、オークは厄介だ」

 

 ぐうの音も出ない正論に、ガイは黙りこむ。

 

「……まあ確かに、オークは騎士10人がかりで倒せるかどうかっていう、厄介な相手だ。だがよ、こっちにはロデニウスから導入した大砲がある。こいつなら、当てれば倒せるんじゃねえか?」

「いや、あいつらはすばしこい。狙いを定めてる間にやられる可能性がある」

「うーむ……。何を言っても敵わねえや。

100年単位での話をするとか、エルフ様は真面目だなぁ。やれやれだぜ」

 

 ガイは項垂れた。

 と、その時。

 

コオォォォォ……コオオォォォ……

 

 背筋が寒くなるような、おぞましい音が聞こえてきた。

 

「何だぁ!?」

「何だありゃ?」

 

 音の聞こえてくる方向に視線をやったガイとモアに見えたのは……グラメウス大陸の方向の雪の積もった白い大地が、少しずつ黒くなっていく光景だった。

 

「大地が黒くなっていく……?」

 

 望遠鏡を覗き込み、その方角を見たモアは、ぎょっとした。

 

「いや違う! ありゃ地面じゃない! 地面を覆い尽くすほどのゴブリンの大群だ! 信じられん……何であんなに!?

む!? あれは……まずい、オークだ! オークが、ひぃふぅみぃよぉ……数え切れん! だが、100や200はいてもおかしくない数だ! いや、ありゃ400はいるぞ!!」

 

 この頃にはガイも、異常事態の発生を正確に認識していた。

 

「あ……あれは……!!」

 

 望遠鏡を使って敵を見ていたモアは、この大群のさらに奥の方に、信じ難いものを目撃して真っ青になった。

 それは、オークよりも大きな体躯を有する、鬼を連想させる魔獣だった。全身赤色の個体が1体と、全身青色の個体が1体。さらに、全長5メートルくらいの、角の生えた犬か狼のような生物が1頭。

 

「あ……あれは!!? 伝説の魔獣レッドオーガにブルーオーガ、しかもゴウルアス!? なんてことだ、伝説に名を残す奴がいるなんて! しかも3体も!!」

 

 そして、最大のサプライズが待ち受けていた。

 レッドオーガとブルーオーガ及びゴウルアスの後方には、フィルアデス大陸に生息する魔法生物リントヴルムを数倍大きくしたような生物が1体いる。その上に、身長3.5メートルに達するかと見られる、とんでもない巨体を持つ黒い人型の生物が乗っていた。頭部には捻れた2本の角が生えている。

 その生物を目撃したモアは、完全に血の気を失っていた。彼は、王国の王立図書館の資料室で古文書を読んだことがあった。そして、その“古文書に出てきたモノ”が今、目の前にいたのである。

 

「せ……赤竜と、ま……ま……魔王ノスグーラだあぁぁぁ!!!?? 通信兵、来てくれーー!!」

「ダニィ!?」

 

 ガイが慌てて城壁から身を乗り出す横で、モアは味方の通信兵を必死に呼び寄せた。

 

「緊急事態発生! 緊急事態発生!

グラメウス大陸の方向から魔物多数が接近中! 凄い数だ、大地が見えない!

敵の推定戦力、ゴブリン系約5万、オーク約400、赤竜1体、ゴウルアス1体! それと、レッドオーガ1体にブルーオーガ1体、そして魔王ノスグーラを確認した!

魔王の復活だ、大至急増援要請を送れ!

 

 「世界の扉」の守護兵力は常備軍の150人、それに加えて「前線演習」のため、狙撃部隊のガドラ中隊35人が駐屯している。だがそれを合わせても185人だ。当面は、たったこれだけの人数で事態に対処しなければならない。

 しかし、敵は物凄い数だ。それに加えて伝説の魔獣が3体、おまけに魔王ノスグーラまでいる。果たしてどこまで抑え込めるか。

 ガイとモアが戦闘準備をしていると、駆け付けてきた騎士長がモアに命令した。

 

「モア! お前は魔獣に精通している。お前は、今見たものをトルメスの北部守護隊司令部に直接伝えてこい! ここは我々が抑える!」

「え……嫌です、私も共に……」

 

 モアが反論しようとするのを、騎士長は怒鳴り付けて無理やり封じた。

 

「うるさい!! 非常事態だからこそだ!

この情報は、政府や軍司令部に()()()()()()必要があるんだよ! ここで情報伝達に失敗すれば、それこそフィルアデス大陸の諸国家、延いては第三文明圏や大東洋共栄圏の破滅に繋がりかねん!!

よって、お前は正確に情報を伝達してこい! 反論は許さん!!

ああそれからな、お前に途中で死なれたら困るから、仲の良い傭兵もお供(警護)として連れていけ!」

 

 そこまで一気に怒鳴った後で、騎士長はニヤッと笑った。

 

「なあに、心配するな! ロデニウスから買った大砲があるんだし、それに狙撃部隊のガドラ中隊だっているんだ、多少の時間稼ぎくらいできる! グズグズしてねえでとっとと行け!」

「は……はっ! 承知しました!」

 

 こうして、騎士モアと傭兵ガイは馬に飛び乗り、トルメスまで向かうこととなった。

 振り返ること無く馬を走らせる彼らの背中に、砲声が遠く響いてきた……。

 

 

 一方、2人がトルメスに向けて出発するのをちらっとだけ見送り、騎士長は声を張り上げた。

 

「さて野郎ども、絶対にここを突破させるな! そのくらいの気合いで行け!

砲兵隊、撃ち方始めー!」

 

ドドドオォォォン!!!

 

 騎士長の号令一下、壁の上に据え付けられた3基の九〇式野砲が砲撃を放った。大地を覆い尽くすほどのゴブリンの群れの中に、砲弾が飛び込んで炸裂する。

 

ピギャアアアァァ……!

 

 多数のゴブリンが跳ね飛ばされ、彼らは耳障りな悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。そして、地面に叩き付けられてひしゃげ、動かなくなった。

 

「くそ……数が多い! 総員銃撃開始! 撃てー!」

 

 魔物の大軍が「世界の扉」に大分近付いてきたのを見て、ガドラ中隊隊長が号令を下す。壁の上に陣取った歩兵隊が三八式歩兵銃をぶっ放すが、敵の数が多すぎて効果が出ているのかよく分からない。だが、その中にあって、大砲は絶大な効果を発揮していた。

 しかし迎撃も虚しく、ついに魔物の大軍は「世界の扉」に到達した。

 

「ふん……壁か。小賢しい」

 

 魔王ノスグーラは一言呟き、ゴウルアスを前面に出す。

 

「ゴウルアス、やれ」

 

 すると、ゴウルアスは口を開いてそこに魔力を溜め込み始めた。壁の上から何発もの銃弾が飛んできてゴウルアスに命中するが、全くダメージになっていない。

 ゴウルアスはそのまま魔力を溜め、次の瞬間、それを球形の魔弾にして発射した。それが壁……「世界の扉」に命中したと思った次の瞬間、爆発が起こる。そして、

 

「まあ、こんなものか」

 

 「世界の扉」は、ほとんど粉々に粉砕されていた。

 

「やれ」

 

 ノスグーラは再び指示を出す。

 魔物たちは崩れ落ちた「世界の扉」の瓦礫を踏み越え、トーパ王国領内へと攻め込んでいった。

 トーパ王国軍「世界の扉」守備隊150人、そして狙撃部隊ガドラ中隊35人は勇敢に戦ったものの、衆寡敵せず全滅に追い込まれたのだった……。

 

 

 まだ守備隊が戦っている頃、トルメスに到着したモアとガイは、すぐさま北部守護隊司令部に出頭させられた。

 モアの発した緊急通信はトルメスでも受信されており、既に北部守護隊は非常事態を発令。全兵力を集結させ、戦争の準備を進めていた。

 

「現状を報告せよ!」

 

 北部守護隊司令アジズは、ガイとモアが入室するや挨拶もそこそこに怒鳴った。モアが返答する。

 

「はっ! つい先ほと、グラメウス大陸方面から多数の魔物が侵攻! 敵の推定戦力はゴブリンとゴブリンロードが合わせて約5万、オーク約400。他にゴウルアス1体と赤竜1体、そして伝説の魔獣レッドオーガ1体、ブルーオーガ1体、魔王ノスグーラ1体を確認しました!」

 

 アジズは絶句する。物凄い戦力だ。

 

「これは……北部守護隊の兵力5千の全力出撃でも足りん! 通信兵!」

「は!」

「王都ベルンゲンに速報! 『魔王ノスグーラ復活、国軍全力投入の必要あり』と送れ!」

「はっ!」

 

 司令室の脇に控えていた通信兵が、命令を受けて部屋を飛び出していく。それと入れ替わるように、別の通信兵が飛び込んできた。

 

「どうした!?」

「は、『世界の扉』が突破されました! 守備隊は全滅です!」

「なんだと!? くそっ、もう来たか!

奴らのターゲットになるのはミナイサ地区だ! ミナイサ地区と周辺の住民の避難を急がせろ!」

 

 状況は目まぐるしく変化していた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ミナイサ地区に魔物の大軍が迫る中、トーパ王国の王都ベルンゲンでは、トルメスからの緊急通報を受けて臨時御前会議が開かれていた。

 会議室の長机の上座に国王ラドス16世が着座し、その他の椅子には国の重臣たちが座って討議を行っている。

 

 会議の議題はもちろん、「魔王復活」だ。

 突如として蘇った魔王ノスグーラ率いる、魔物の大軍団約5万……リーダーが魔王ノスグーラなので「魔王軍」と呼称するが、その侵攻によって城塞都市トルメスにいる北部守護隊5千は、苛烈な攻撃を受けている。これを救援すべく、増援としてトーパ王国軍の主力をなす騎士団約1万5千、それに狙撃部隊のサッキア中隊及びコラー中隊が王都ベルンゲンを出発し、急ぎ現地へと向かっている。

 

「全く突然の復活だな……しかし、何故今、魔王が復活したのだ? そもそも本当に魔王軍なのか? どうやって確認したのだ?」

 

 ラドス16世の質問に答えたのは、トーパ王立大学の教授だった。

 

「我が国の神話におきましては、魔王は『勇者パーティー』4人のうち3人の命を使用した『封呪結界』によって封印されている、とされています。そしてこの結界は、年が経つに連れて減衰していく、ともされています。

今回、この『封呪結界』が弱まったことで魔王は復活したと見られます。ですが、あれだけの大軍を率いているところを見るに、時間軸としては少し前に封印を破って復活し、その後戦力を整えた上で、今回我が国に侵攻してきたものと見られます」

 

 教授は一呼吸置いて、話を続けた。

 

「次に、魔王の確認方法についてです。国王陛下もご存じの通り、『勇者パーティー』の1人であるケンシーバが持ち帰った魔王の容姿の情報について、そのイメージを魔写として石板に映し、今では失われた技術である時空遅延式魔法をかけたものが保存されています。

我が国でも古文書研究者の間ではこの魔写を見た者は多いですし、かくいう私自身も見たことがあります。そして今回、第一発見報告をしてきた騎士モアもまた、この魔写を見たことがあった、とのことです。そして、魔写通りの容姿であったため、魔王と判断したそうです。

また、レッドオーガやブルーオーガという、伝説にその名を残す魔物が目撃されている以上、今回の魔王軍は本当に魔王ノスグーラの元に集ったものであると判断致します」

「なるほど……」

 

 ラドス16世が納得したところで、外務大臣が挙手した。

 

「何にしても、万単位の魔物が侵攻してきていることに間違いはありません。もしも我が国が敗れれば、神話のようにフィルアデス大陸の各国に魔物が溢れ出しかねません。

陛下、各国にこの事実を伝えてもよろしいでしょうか?」

「うむ、魔物の動向はリアルタイムで伝えてやれ。もし我が国のみで魔王を討伐できれば、我が国の力の宣伝にもなるだろうしな」

「はっ。では陛下、各国への援軍要請は如何致しますか?」

「援軍要請か。神聖ミリシアル帝国は、古の魔法帝国絡みと来れば興味を示すが……軍を送ってくれる可能性は低いだろう。ムー国は残念ながら遠すぎる、間に合わないだろう。

だが、我々には“ロデニウス連合王国”という心強い味方がいる。あの国の大砲は、魔王討伐に非常に役立つことは間違いないし、それにパーパルディアを完膚無きまでに叩き潰したあの国のことだから、その軍隊も精強なものである筈だ。

よし、我が国の軍だけでは不安もあることだ、ロデニウス連合王国に救援を要請しろ! 大東洋共栄圏管理局と大使館、2つのルートから救援を要請するのだぞ!」

「はっ!」

 

 こうして、トーパ王国からロデニウス連合王国に対して、魔王討伐のための援軍要請が決定された。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 北部守護隊の抵抗も虚しく、圧倒的な戦力差のため、城塞都市トルメスの北東端にあるミナイサ地区は魔王軍の攻撃によって陥落。魔王を中心とする魔物たちの支配下に置かれてしまい、脱出の遅れた市民およそ600名が魔王軍に囚われた。

 日が暮れたミナイサ地区の領主館では、暗闇の中で松明が焚かれ、その明かりが3体の魔物を照らし出していた。1体は赤色、1体は青色、そして残る1体は真っ黒の身体である。黒いのを中心にして赤いのと青いのが座って食事をしていた。

 黒い魔物は赤い魔物と青い魔物よりも身長が高く、身長は3.5メートルに達する。その黒い体は筋肉で盛り上がり、その上に人間の振るう剣を通さない固い毛が生えている。そして頭部には、渦巻き状に捻れた角が2本生えていた。魔王ノスグーラである。

 他の魔物とは隔絶した魔力を放つノスグーラは、フライドチキンでも食べるように人間の足を(かじ)りながら、レッドオーガとブルーオーガに向かって話す。

 

「しばらく見ない間に、人間どもは随分と数を増やしたようだな。まあ、人間の肉は旨いから、旨い食料の確保に困らなくて済むのは良い」

 

 レッドオーガとブルーオーガも、同意するように頷いた。

 その3体の周囲には、食い散らかされたヒト族やエルフ、ドワーフの骨が散らばっている。どれが誰の骨だったかなど、見分けることもできない。

 

「魔王様。此度の侵攻は、どちらまで行かれるおつもりで?」

 

 ブルーオーガがノスグーラに質問した。

 

「前回は海を渡った南の大陸(ロデニウス大陸のことである)に手を出して、太陽神の使いを召喚されたからな。……今回は、南の大陸(フィルアデス大陸のことである)までにしておくか」

「ははっ。しかし、人間どもは手強いですな。用意したゴブリン4万5千体のうち、既に4千体が消耗。ゴブリンロードもおよそ200が失われ、オークも6体がやられてしまいました。それでいて人間どもをまだ300体程度しか討ち取れておりません」

「うむ。まあ、前回の攻撃から大分時間が経ったからな。下種どもも少しは学習したのだろう。

何にしても、我々の創造主たる魔帝様の復活の日は近い。この世界を自分たちのものと勘違いしている下種どもを駆除し、魔帝様が速やかに統治に移ることができるよう、少しでも助力するのが我らの使命よ」

 

 ここまで言ったノスグーラは、さっきから囓っていた人間の足を飲み込んで、話を続けた。

 

「魔帝様の国が復活なさった暁には、魔帝様はあっという間にこの世界全てを平らげられ、世界を征服なさるだろう。人間や亜人どもは魔帝様のように国を作っているらしいが、下種どもが魔帝様に対抗するなど不可能だ。

復活の時は近い。その前に少しでも征服した地を広げるぞ」

「はっ」

 

 ブルーオーガが頭を下げる。しかしその横で、レッドオーガが浮かない顔をしていた。何かを言おうとしているかのようにも見える。

 しばし迷った様子を見せた後、レッドオーガはノスグーラに向き直った。

 

「ところで、魔王様」

「む、何だ?」

「前回の戦いで、我々は太陽神の使いに敗れました。種族間連合をあっさりと破った我々魔王軍が、太陽神の使いの前には手も足も出なかったのです。

奴らは……強かった。ブーンと音を発する神の船に乗り、炸裂魔法を発射する鉄の竜を従え、強烈な爆裂魔法を放つ全長が250メートルを超える超巨大な魔導船に乗っていました。あの強大な爆裂魔法が、今も恐怖となって魂にこびり着いています。

俺は、魔帝様の国……古の魔法帝国の強さを知りません。魔王様、魔帝様のお力はあの太陽神の使いすらも上回るのでしょうか?」

 

 レッドオーガがそう言うと、魔王ノスグーラは笑い出した。

 

「はっはっは、何だ、そんなことか。あの忌々しい太陽神の使いでさえ、魔帝様のお力の足元にも及ばんよ。

あの空飛ぶ神の船は、おそらく魔帝様の対空魔船にかかればあっさり落ちるだろう。鉄竜も、魔帝様の二足歩行兵器には敵わんだろう。

魔帝様の天の浮舟の速さは、音を超えるぞ! 太陽神の使いの船のように、音の速さの半分強なんてものではない。

あの超巨大魔導船も、爆裂誘導魔光弾の飽和攻撃で沈むだろう。

いずれにせよ、魔帝様のお力は絶大であり、如何なる種族も魔帝様には勝てん。その力は絶対的だ、安心するが良い」

「ははっ!」

 

 かくて魔王軍の夜は更けていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「……という次第でございます。

現在、我が国の軍は城塞都市トルメスにおいて、全種族共通の敵である魔物、そしてそれを束ねる魔王と戦っています。ゴブリン等は我が国の騎士団でも対応可能なのですが、魔王の魔力が伝承の通りであれば、我が国の軍に相当の被害が出ることは必定です。

大東洋共栄圏の筋でお世話になりっ放しの貴国に、斯様なお願い事をするのも厚かましいとは思います。ですが、非常事態です故、どうか増援の軍隊を送っていただきたく存じます……!」

 

 中央暦1640年12月6日。

 ムー国に「魔王侵攻」の情報が伝わった頃、ロデニウス連合王国外務省では、ロデニウス駐在のトーパ王国大使が外務大臣のリンスイに対して、見事なDOGEZAを敢行していた。

 

「大使殿、まずは頭を上げてください」

 

 リンスイは、慌てて大使に顔を上げさせる。

 共栄圏管理局のベルンゲン支部から「グラメウス大陸にて魔王復活、トーパ王国に侵攻を開始せり。本件は大東洋共栄圏の存続にも関わる緊急事態故、大東洋憲章第5条と共栄圏内規定に基付き、直ちに援軍を要請する」と通報があったと思ったら、アポもなしでいきなりトーパ王国大使が訪ねてきて、今に至るのである。2つの異なるルートから全く同じ情報が入ってきたため、リンスイもこれを事実と認定していた。

 

「援軍要請の件については、承知致しました。

ですが、増援の要請となりますと、本件は軍部にも関わりのある案件となります。私の一存だけでは決めかねますので、本件を国王陛下とヤヴィン総司令官の元に報告し、対応や援軍の規模について協議したいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「是非ともお願い致します! 良い返事をお待ちしております」

 

 トーパ王国の大使は、リンスイに何度も頭を下げてから退室した。

 そしてリンスイは、直ちにこの件を国王カナタ1世と軍総司令官ヤヴィン元帥の元に報告し、評議会の開催を申請。カナタ1世はその場で開催申請を受理し、即刻各大臣が集められ評議会が開催された。

 その結果、財務大臣等は「軍事的な出費が大きくなり過ぎ、国庫に負担がかかる」として出兵に反対したものの、「大東洋憲章や共栄圏内規定に照らして、大東洋共栄圏の宗主国として、大東洋共栄圏や第三文明圏全体の平和に貢献するパフォーマンスが必要である」という意見が多く、最終的にトーパ王国への軍の派遣が決定された。但し、「侵攻された場合に備えて魔王のデータを集める」「しかし、財務的な負担を軽減する」という観点から、少数の軍が「先遣部隊」として派遣され、必要ならば「本隊」として大規模な王国陸軍部隊を海軍艦隊の援護付きで送ることになった。

 

 

「という訳で堺殿、トーパ王国救援のため先遣部隊を派遣することになったのだが、卿はこの出兵について、どうすれば良いと思う?」

 

 評議会終了後、ロデニウス連合王国軍総司令部で、総司令官ヤヴィンが呼び出しに応じて出頭してきた堺に尋ねていた。

 

「うーん。まず、その魔王とやらは知的生命体ですよね? しかも、通常の人間やドワーフ等よりも強靭な肉体を持ち、ハイエルフ族すら上回る魔力を有するそうですが、以上の情報は本当ですか?」

「全て本当だ」

 

 ヤヴィンに言い切られ、堺は考え込んだ。

 なお、何で堺が魔王のことを知っているのかというと、本の知識である。彼は歴史好きであり、暇さえあればしょっちゅう「この世界」の歴史書を読み漁っているのだが、その中には神話も含まれていたのだ。そして、そこに魔王の話もあったのである。なので彼は、魔王のことを知っていたのだ。

 

「そりゃまた厄介極まりない相手ですな。“化け物”と言い切っても過言ではないでしょう。

うーん、そうなると、我が軍の中でも比較的新鋭の武器を持った部隊が必要になるでしょう。幸い、“我が陸軍に新たな装甲戦闘車輌が配備された”と聞いています。それを試してみてはどうでしょう。魔王とやらのデータ収集にもなりますし、新たな車輌の実戦データも取れます。それでやってみては如何でしょうか?」

「うむ。そういえば、陸軍第2軍団のイフセン将軍は、ロデニウス連合王国軍所属になってから、まだ実戦を経験していないな。そして彼は、第2軍団の全ての部隊を機械化すると言うて、部隊への装甲戦闘車輌の導入を熱心に行っておる。彼等に声をかけてみよう。

それと堺殿、貴官のところ(第13軍団)にも強力な装甲戦闘車輌がなかったか?」

「ええ、ありますよ。しかも、その車輌を使う兵士たちは、実戦に出たいと散々申しておりまして。必要なら、彼らに出撃命令を出しましょう」

「おう、よろしく頼んだぞ」

 

 トーパ王国救援軍の編成は、少しずつ進みつつあった。

 

 

 タウイタウイ泊地に戻った堺は、すぐさま“件の妖精”に声をかけた。

 

「私が、魔王討伐に?」

 

 提督室に来るよう堺に呼び出されたのは、仲間内で“ミハエル・ヴィットマン”と呼ばれる妖精だった。

 

「ああ。ちょうどルネッサンス型輸送艦……ティーガーを輸送可能な輸送艦が実用化されたんで、そろそろこの艦の実戦データを取りたいと思ってな。

また、前に制式採用されたパンター改や、ブルムベア改の実戦データも取らないといけないし、ティーガーにしても実戦運用経験が必要だろう。そこでお前さんにお願いしたいのさ。どうだ?」

「そこまで言うなら、分かった。やらせてもらおう」

 

 妖精は快く返事してくれた。とその時、

 

「待て。その作戦、私も参加させて貰おうか」

 

 別の声がかかる。

 堺と妖精ヴィットマンが部屋の戸口を見ると、何時からいたのか、そこに別の妖精が寄りかかっている。その妖精の手には、中身が半分残った瓶があった。その中には白い液体が入っている。

 

「お前が? 何でまた急に?」

 

 堺が尋ねると、その妖精は戸口に寄りかかったまま答えた。

 

「聞けば、今回出現した敵は『魔王』と呼ばれるそうじゃないか」

 

 そして、その妖精はニヤリと笑って続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界に魔王は、2人も要らんのじゃないか?」

 

 

「……なるほどね」

 

 堺はその一言で、この妖精…つて「空の魔王」と呼ばれた“ハンス・ウルリッヒ・ルーデル”の言いたいことを察した。

 詰まる所、彼は「()()魔王を名乗るべきはどちらなのか」を争いたいらしい。

 

「だがお前、どうせ2トン分の爆薬抱えて出撃するんだろ? そんな装備で大丈夫か?」

 

 堺がそう尋ねると、妖精ルーデルは真っ直ぐに堺の目を見据えて、ただ一言言った。

 

「……一番いいのを頼む」

 

 何を言いたいのかというと、堺は「爆弾2トンも抱えて、空母から発艦できるのか?」と訊いていたのだ。それに対する妖精ルーデルの答えが、「一番いいのを頼む」……つまり、「油圧式カタパルトを装備した空母を頼む」ということなのである。

 

 こうして、ロデニウス連合王国軍はトーパ王国救援軍を編成していた。

 

 

 2日後。

 たった2日という異例の早さで援軍の先遣隊となる「第一任務部隊」を編成したロデニウス連合王国軍は、トーパ王国救援作戦……「氷山作戦(オペレーション・アイスバーグ)」を発動し、トーパ王国に向けて出撃した。




はい、ムーはだんだんと「ロデニウスと同盟したほうが良いんじゃないか」という考え方が増えてきました。
そしてここにきて、魔王ノスグーラの侵攻がスタート。救援を要請したトーパ王国、大東洋共栄圏の平和を守らんとするロデニウス連合王国、そして魔王との戦いを「1つの判断基準」とすべく状況を静観するムー国。いろいろな国の思惑が複雑に絡み合う…


総合評価が6,500ポイントに迫る…本当にご愛読ありがとうございます!!!感無量であります!
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次回予告。

「氷山作戦」を発動したロデニウス連合王国軍。クワ・タウイを母港とする第3艦隊、そしてタウイタウイ島に拠点を置く第13艦隊の援護を受けて、陸軍第2軍団を主力とする先遣隊が出撃する。その行く手にいたものとは…
次回「トーパ王国に向かって」

P.S. 12月9日より2週間の学外実習が入ります。また、年明けてすぐ、1月8日からまた2週間の学外実習、それが終わってすぐにテスト期間に入ります。
以上から、今後しばらくは更新の遅い状態が続きます。予めご了承願います。

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