鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

90 / 230
はい、いよいよ「氷山作戦(オペレーション・アイスバーグ)」本格始動です。まずはその前に、トーパ王国到着前に一悶着あったので、その記述をば。



084. トーパ王国に向かって

「トーパ王国に出張命令……ですか?」

「ああ」

 

 中央暦1640年12月7日、中央世界列強 神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス。

 年末押し迫る今、この街の活況は相変わらずである。太い大通りには多くの人々や自動車が行き交い、あちこちの店からは売り子の声が響いてくる。そんなルーンポリスの一角にある政府組織の1つ「帝国情報局」にて、情報局員の1人であるライドルカが、彼の直属の上司・情報局長アルネウスから命令を受けていた。

 

「トーパ王国からの公式発表は、もう耳にしているだろう?」

「ええ。確か、1万年以上の時を経て魔王ノスグーラが蘇った……でしたね?」

「ああ。今回はそれに関してのものだ。魔王ノスグーラは、かの“古の魔法帝国の遺産の1つ”だという情報がある。真偽のほどは定かではないが、神話に残るほどの強さを誇った魔王だ、古の魔法帝国が絡んでいても不思議ではない。そこで、君には商人としてトーパ王国へ出向いて貰い、魔王ノスグーラを観察して情報を集めてきて貰いたいのだ」

 

 突然アルネウスに呼び出されたため、ライドルカは何となく覚悟はしていたが……やはり、魔王ノスグーラ絡みだった。

 

「承知しました。では、旅の準備にかかります。出発は何時ですか?」

「今日の午後3時だ。ゼノスグラム空港に専用機を用意させるから、それまでに準備を急いでくれ」

「あまり時間がありませんね……承知しました。では、失礼します」

「あ、待った!」

 

 さっそく退室して旅の準備にかかろうとしたライドルカを、慌てたようにアルネウスが呼び止めた。

 

「何でしょうか?」

 

 ドアノブに伸ばした手を引っ込め、ライドルカは尋ねる。

 

「実はな、ここだけの話なんだが……」

 

 言いながら、アルネウスはライドルカをちょいちょいと手招きした。どうやら余り大きな声では言えない話らしい。

 怪訝な顔をしながらも、ライドルカはアルネウスに近付く。

 

「今回のトーパ王国への出張……魔王ノスグーラの情報収集はもちろんだが、実はもう1つ目的がある」

「まだ何かあるのですか?」

「うむ。まずは1つ聞くが、君はトーパ王国軍()()で魔王ノスグーラを倒せると思うかね?」

「いえ、無理でしょう」

 

 ライドルカは即答した。

 トーパ王国軍の装備といえば、未だに(よろい)(かぶと)に剣・槍・弓だ。魔法があるとはいえ、こんな装備ではとても魔王ノスグーラは倒せないだろう。倒せるのなら、古代の「勇者パーティー」が魔王を討伐している筈だ。

 

「では、トーパ王国はどんな行動を取ると思う? ここまで聞けば、察しの良い君のことだ、すぐに私の意図が分かると思うが?」

「そうですね……」

 

 ライドルカは必死で思考を巡らせる。

 自国の軍のみで魔王の討伐が不可能、となると、最も確実な手段は周辺国から軍事支援を受けることだ。具体的には兵器供与とか、軍の派遣とか。

 だが、トーパ王国という第三文明圏外国なんぞに、援軍を送るような物好きな国が、果たして……ある。確か、トーパ王国は大東洋共栄圏に参加している筈だ。

 そこまで考えた時、ライドルカの脳裏を電光が走り抜けた。

 

「もしや、魔王ノスグーラの情報を集めるついでに、ロデニウス連合王国軍についても情報収集してこい……ということですか?」

「察しが良くて助かるよ。そうだ」

 

 アルネウスは、あっさりと認めた。

 

「トーパ王国が、大東洋共栄圏の筋を通じてロデニウス連合王国に軍事支援を要請するのは確実だろう。そして、大東洋共栄圏を主催しているあの国のことだから、『大東洋共栄圏の平和に対する重大な脅威を排除する』とか理由を付けて、トーパ王国に派兵する筈だ。ということは……我々は魔王ノスグーラの情報とロデニウス連合王国軍の情報、この2つを一挙に得ることができる。まさに一挙両得だ。

現在、我が国の議会ではロデニウス連合王国に使節団を送るかどうかが話し合われている。先進11ヶ国会議にロデニウスを呼ぶかどうかもな。外務省のリアージュ様が根回しをしてくださっているので、おそらく使節団の派遣と会議への参加要請、どちらも可決されると思うが……その前に少しでもロデニウス連合王国の情報を集めておきたい。そこでライドルカ、君に頼む。本当は私が直接見に行きたいのだが、職務があるものでな」

「承知しました。では魔王ノスグーラの情報とロデニウス連合王国軍の情報、この2つを収集して参ります」

「頼む。戦闘地帯だから、くれぐれも気を付けてな」

「心得ております。では、失礼しました」

 

 ライドルカは今度こそ退室し、慌しく出国の準備にかかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 少し日が進み、中央暦1640年12月14日 午前10時、フィルアデス大陸北東部 トーパ王国南東25㎞の海域。

 空はどんよりと曇り、時折流氷や氷山の姿も認められる。低く垂れ込めた黒雲からは、荒々しい風に乗って時々細かい雪が吹き付けてくる。そんな海を、ロデニウス連合王国の国旗を掲げた艦隊が北に向けて進んでいた。数は全部で33隻。うち12隻は、赤い太陽を描いた白地の旗……(きょく)(じつ)()も掲げている。

 艦隊陣形は、ラ・フランス型輸送艦3隻と新たに竣工したルネッサンス型輸送艦……ティーガーⅠ重戦車を輸送可能な輸送艦1隻を中心にした輪形陣。複縦陣を組んで進む4隻の輸送艦をリング状に囲むようにして、海軍第1艦隊の各艦艇が展開している。その後方には、第13艦隊の各艦艇が第一警戒航行序列を組んで殿(しんがり)を務めていた。

 

 そう、「氷山作戦」に基付いて出撃した、トーパ王国救援部隊である。陸上戦闘がメインになるだろうと推定されていたが、万が一魔王軍とやらが海上戦力を繰り出してきた場合に対応できるようにするため、また対地砲撃があるかもしれない、とのことで、第13艦隊の護衛が付いているのだ。

 

 そのうち、ラ・フランス型輸送艦に続いて設計された大型輸送艦・ルネッサンス型1番艦「ルネッサンス」の艦上では、陸軍第2軍団司令官イフセンが、海上を眺めていた。

 12月であるせいもあって、外は極めて寒い。そのため彼は軍帽を()(ぶか)に被り、厚手のコートを着込んでいた。

 

「いよいよ我々の初陣か……。しかも、相手が魔王とはな……」

 

 彼は呟く。

 

「だが、第13軍団から応援を受けているし、行きと帰りは第1艦隊と第13艦隊が護衛してくれる。あれだけの艦を護衛に付けて貰ったのだから、データ収集だけでも何としても成功させねばな……」

 

 呟き、彼は洋上の一点を見詰めた。そこには、太陽の旗を掲げた1隻の軍艦が航行している……のだが、べらぼうにデカい。「城をそっくり海に浮かべた」と言われても納得できそうだ。そして、非常に美しい艦でもある。

 大和(やまと)型戦艦1番艦「大和」。

 第13艦隊が誇る、最大最強の戦艦である。45口径46㎝砲の火力と最大装甲厚410㎜の重装甲は、他の艦の追随を許さない。その他にも対空機銃と高角砲をハリネズミのように搭載し、敵航空機も容易に接近させない。まさに鉄壁の洋上要塞である。

 その戦艦が、トーパ王国救援部隊先遣隊を護衛する海軍艦隊の1隻として航行していたのだ。

 

 それ以外にも、第13艦隊の中核戦力を担う艦艇が、複数集められていた。

 今回トーパ王国に向かう艦隊戦力は、以下の通りである。

 

 

海軍第3艦隊護衛部隊

アイカ型重巡洋艦(ロデニウス製高雄型)2隻

ニジッセイキ型軽巡洋艦(ロデニウス製川内型)4隻

カイジ型駆逐艦(ロデニウス製夕雲型)6隻

ウインク型砲艦5隻

 

救援部隊先遣隊輸送艦隊

ラ・フランス型輸送艦3

ルネッサンス型輸送艦1

 

海軍第13艦隊護衛部隊

戦艦「大和」(艦隊()(かん))

航空母艦「(ずい)(かく)

航空巡洋艦「(すず)()」「(くま)()

軽巡洋艦「(てん)(りゅう)」「(たつ)()」「()()(くま)

駆逐艦「(うら)(かぜ)」「(いそ)(かぜ)」「(はま)(かぜ)」「(たに)(かぜ)」「(しま)(かぜ)

 

 

 どちらかといえば、水上砲戦を重視した艦隊編成になっていた。

 第13艦隊から投入された戦力は、いずれ劣らぬ手練れ揃いである。駆逐艦の「浜風」と「谷風」「島風」は、タウイタウイ泊地に比較的初期の頃から着任している古参であるし、「大和」は練度・性能ともに言うに及ばず、「瑞鶴」「鈴谷」「熊野」「天龍」「龍田」といずれも古株である。

 結構ガチ目の編成であった。

 

 何でこんな編成になったのかというと、理由はいくつかある。

 まず第一に、敵となる魔王軍の航空戦力が少ないと予想されたこと。トーパ王国は寒冷地帯にある国である。そのため、この世界の主要な航空戦力たるワイバーンも、古い時代の航空戦力である火喰い鳥も、トーパ王国には生息しない。また、魔王軍にしても空を飛べる魔物は少ない、という。

 第二に、敵の地上戦力が多いこと。敵の数が多いため、強力な火力で面制圧をかけ、一気に吹き飛ばすのが良策と見られていた。その意味では「大和」の火力が最も頼りになるし、仮に「大和」が不在だったとしても、()(がみ)型重巡洋艦である「鈴谷」「熊野」の火力も中々のものだ。

 そして第三に、魔王の力が“未知数”であること。相手について分からないことが多すぎるため、最も頼りになる()()の戦力、つまり「大和」を持ってこざるを得なかったのだ。

 

 艦隊旗艦「大和」の艦橋では、"大和"が各艦艇からの報告をまとめている。彼女は第13艦隊派遣部隊の旗艦であると同時に、第1艦隊の方にも注意を配っているため、引っ切り無しに情報が入ってくるのだ。だが今のところ、緊急を要する通報はない。

 

(このまま行けば、何事もなく陸軍部隊を揚陸できそうですね。

ですが、『百里の道を行く時は、九十九里を以て半ばとせよ』とはよくいう話です。最後まで、気を付けないと……)

 

 "大和"がそう考えたその瞬間、

 

「五航戦瑞鶴から、緊急入電!」

 

 通信長妖精が声を上げた。

 

(ほらやっぱり……)

 

 見事にフラグが回収されたことを感じながら、"大和"は続きを聞く。

 

「『索敵4番機より通報、トーパ王国王都ベルンゲン方面に接近する一群の生物らしきものを発見。艦隊よりの方位160度、距離フタナナマル(27,000メートル)、数100』とのことです」

「生物? 生物ですか? 艦艇ではなく?」

「はい。間違いなく生物らしい、とのことです。現在新たな情報を待っています」

「了解」

 

 報告を聞いた"大和"は、下顎に手を当てて考えた。

 

(生物……? それも、こんな北の海で?

いえ、地球にもアザラシとかシロクマとかいましたから別におかしくはないのですが……このタイミングで生物、というのがどうにも引っかかりますね。もしかして、魔王軍の別働隊? まさか、そんな……)

 

 そこまで考えた時、通信長妖精がほとんど絶叫するようにして新たな報告を上げた。

 

「瑞鶴から続報! 『生物の群れは、海を渡る何かの背中にゴブリン、オーク等の魔物を乗せた群れと判明』。それと……」

「……?」

 

 通信長妖精の顔が柄にもなく真っ青になっている。"大和"はそれに疑問を抱いた。

 

「その、海を渡る何かについてですが……『大きさを除けば、()()()()の駆逐艦クラスに酷似している』とのことです!」

「ッ!?」

 

 まさかの報告に、"大和"も一瞬息を呑んだ。

 

 (しん)(かい)(せい)(かん)。それは、艦娘たちの()()(たい)(てん)の敵にして、かつてタウイタウイ泊地が存在した世界「地球」の海を牛耳っていた恐るべき存在である。

 記録によれば、いつ頃からそれらが存在していたのかは、はっきりとは分かっていない。ただ、確実に言えることは、西暦2060年の8月に初めてその存在が人類に認知され、そして「深海棲艦」と呼ばれるようになった、ということである。

 その種類は駆逐艦から巡洋艦、戦艦、航空母艦はもちろん、潜水艦、補給艦、重雷装巡洋艦、水上機母艦、港湾施設、さらには陸上飛行場と多岐に亘っており、容姿も能力も様々であった。駆逐艦クラスならば、概してクジラのような見た目(タウイタウイ泊地は「出撃! 北東方面 第五艦隊」のイベントが始まった直後に転移したため、ナ級駆逐艦は知りません)、巡洋艦以上のクラスになると人間に近い見た目になる。それ以外に「鬼」とか「姫」と呼ばれる、規格外の存在も認知されている。どれも基本的に肌がアルビノのように白く、そして艤装には人間の「歯」に似た形状の意匠が目立つことが多い、という特徴がある。

 

 この生物とも軍艦ともつかない恐るべき存在は、登場するや否や世界各地の海を次々と封鎖。人類の艦船は軍艦だろうと輸送船やタンカー・客船であろうと問答無用で撃沈し、各国の海上交通網はもちろん、航空路線までズタズタにしていった。人類側も黙ってはおらず、イージス艦や原子力空母といった多数の戦力を投入したものの、何故か深海棲艦やその航空機は人類側のレーダーに映らず、また艦砲やミサイルも通用せず、人類側の艦艇は片っ端から撃沈されていった。その結果、地球人類は各大陸ごと、あるいは島ごとに寸断されてしまったのである。一部では深海棲艦の陸上侵攻すら発生し、特にソロモン諸島のガダルカナル島やセイロン島のトリンコマリー、更にハワイ諸島は陥落、深海棲艦の支配下に置かれてしまっている。

 また、これはあくまで“経験則”であるが、第二次世界大戦において、多数の艦艇が沈没した海域にはより多くの、そしてより強力な……それこそ「鬼」とか「姫」クラスの深海棲艦が発生する。特にその傾向が顕著なのが、「鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)」と呼ばれるソロモン諸島一帯、マリアナ諸島近辺、そしてフィリピン周辺であった。いずれもガダルカナル島の戦いに付随するソロモン海戦、マリアナ沖海戦、そしてレイテ沖海戦と大規模な海戦が発生し、敵味方問わず多くの艦艇が海底に消えた地域である。

 

 これに対して人類側がどうにか投入することができた兵器、それが「艦娘」という存在である。いつ頃から艦娘の運用が始まったのか、そもそもどうやって艦娘が産み出されたのかについては、公式的な記録はない。だが、“深海棲艦相手に戦える唯一の兵器”ということもあり、人類は思想主義の如何に関わらず、艦娘に頼らざるを得なかった。

 そして人類は、この仇敵とも言える存在を相手に、延べ140年もの間戦争を続けていた。その最中に、深海棲艦と戦う艦娘たちが利用する拠点の1つであった「タウイタウイ泊地」は、突然この世界へと転移した、という訳なのである。

 閑話休題(それはさておき)

 

「深海棲艦……!? まさか、私たちと同時にこの世界にまで……!?」

「馬鹿な……!」

 

 戦艦「大和」の第一(昼戦)艦橋では、報告を聞き付けた他の妖精たちがざわついている。

 

「皆さん落ち着いて!

まだ深海棲艦と決まった訳ではありません。それに、ゴブリンやオークを海上輸送している以上、間違いなく()です。どのみち叩くことになるのですから、焦る必要はありません」

 

 しかし"大和"が一喝すると、そのざわつきは次第に収まっていった。

 

「通信長、瑞鶴に打電! 『現刻を以て、発見せる生物集団を敵と判定。第一次攻撃隊発進、敵を撃滅せよ』と送ってください!」

「『現刻を以て、発見せる生物集団を敵と判定。第一次攻撃隊発進、敵を撃滅せよ』。瑞鶴宛、打電します!」

 

 復唱するや、通信長妖精は高速でモールス打鍵機を叩き始めた。その送信が完了したタイミングで、"大和"は新たな指令を立て続けに下す。

 

「通信長、第1艦隊と輸送艦隊全艦に向けて打電! 『当隊後方より、敵魔物集団が海棲生物らしき存在に乗って多数接近中。我が艦隊はこれより反転、敵部隊を撃滅せんとす。貴隊は予定通り揚陸作業を遂行されたし』!」

「『当隊後方より、敵魔物集団が海棲生物らしき存在に乗って多数接近中。我が艦隊はこれより反転、敵部隊を撃滅せんとす。貴隊は予定通り揚陸作業を遂行されたし』。友軍宛、打電します!」

「こちら大和、総員対水上戦闘用意!」

 

 最後の"大和"の命令は、彼女の艤装に取り付いている妖精たちに向けての命令だった。

 メインマストに戦闘旗が掲揚され始め、「対水上戦闘」を意味するラッパが音高く鳴り響く。妖精たちは一斉に各々の持ち場へと走り出した。

 

「通信長、第13艦隊全艦に音声通信を」

「了解、音声通信繋ぎます」

 

 続いて"大和"は、己が指揮下にいる艦娘たちに命令を伝達し始める。

 

「大和より各艦へ、送れ」

『こちら鈴谷、どったの大和?』

『熊野、受信感度良好ですわ』

『こちら天龍、どうかしたのか?』

『こちら龍田、聞こえてるわよ〜』

『あ、阿武隈、よく聞こえてます!』

『こちら浦風、問題なしじゃ!』

『こちら磯風、感度良好。応答願う』

『浜風、如何されましたか?』

『谷風さんだよ! 何かあった?』

『かけっこしたいの? 負けませんよ!』

 

 最後のは"島風"からだ。こんな状況でもブレないな、あの子は。

 "大和"は通信機の向こうでそっと苦笑いを噛み殺した。

 

『こちら瑞鶴。……やるのね?』

 

 だが、その苦笑いも"瑞鶴"からの通信を聞いた瞬間に消え去った。

 第一発見報告をしてきただけあって、"瑞鶴"は状況を分かっているようだ。

 

「大和より各艦へ。敵集団接近、当隊よりの方位160度、距離フタナナマル(27,000メートル)、数100。深海棲艦の駆逐艦らしき存在を認める。これより反転、迎撃する。

全艦、面舵反転160度。反転と同時に第四警戒航行序列へ移行、第三戦速へ加速せよ。総員対水上戦闘配置に付け。送れ」

『『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』』

 

 いざ戦闘となった途端、通信機の向こうで全員の雰囲気が変わるのがはっきり分かった。

 

『こちら瑞鶴、艦首風上! 攻撃隊、発艦始め!』

 

 逸早く「瑞鶴」が反転すると、艦載機を飛ばし始める。手際の良さは流石というべきだろう。

 

『島風は、速いから!』

『皆さん、私の指示に従ってください。うう、従ってくださーいー!!』

 

 "阿武隈"は、相変わらず指揮下の駆逐艦たちに振り回されているらしい。特に、"島風"にである。二水戦の"(じん)(つう)"指揮下なら、"島風"は借りてきた猫のように大人しくなるというが、これが彼女のデフォルトなのだろう。

 

『鈴谷にお任せ!』

『一捻りで黙らせてやりますわ!』

 

 この台詞が来たということは、"鈴谷"と"熊野"が「(ずい)(うん)」を出し始めたようだ。

 

『よっしゃあ、夜戦突入! ビビってんじゃねーぞっ!』

『天龍ちゃーん、まだお昼よ〜?』

『わ、分かってら! カッコ付けたのにぶち壊すなよ、龍田!』

 

 "天龍"はああ言っているが、()で間違えたのだろう。耳まで真っ赤になっている彼女の様子が、手に取るように分かる。

 

「では……行きましょう。

戦艦大和、推して参ります!

 

 そして、"大和"も気合いを入れ直した。

 

 

「……あれか」

 

 飛び続けること20分、眼下に目標を見出した妖精“ハンス・ウルリッヒ・ルーデル”は呟いた。

 よく見ると、海面に黒い背中が幾つも突き出て、その上にこの世の生物とは思えない恐ろしい見た目のモノが大量に乗っている。あれが、ゴブリンやらオークやらの「魔物」という奴らなのだろう。

 そしてそれらを背中に乗せて運んでいる黒い連中は、大きさこそ大きいものの、“見た目”は確かに深海棲艦の駆逐艦クラスに酷似していた。「瑞鶴」索敵機の連中が慌てたのも無理はないだろう。

 

「ま、相手が深海棲艦だろうと何だろうと、この爆弾をお見舞いするだけなんだがな!」

 

 妖精ルーデルの口元に、獲物に狙いを定めた肉食獣を思わせる獰猛な笑みが浮かんだ。

 今回の航空攻撃では、妖精ルーデルが攻撃隊総指揮官を務めることになっている。必然的に、この妖精が先頭に立って敵軍に突っ込むことになった。だがそれこそ、妖精ルーデルの望むところである。

 

「よし、ここだ。行くぞ、突っ込め!」

 

 彼は機体を左右にバンクさせて後続の味方機に合図を送ると、操縦桿を左に倒し、フットバーを左に思い切り踏み込んだ。

 大きく機体を傾けた「Ju87C改」は、わざと左の揚力を失い、次の瞬間ジェットコースターもびっくりの速度と角度で急降下に入った。

 

「ダイブブレーキ異常なし。降下角度85度…目標捕捉」

 

ゥゥゥウウウウー……

 

 シュトゥーカ独特の逆ガル翼が北風を切り裂く。そして、特徴的な甲高い音「悪魔のサイレン」が鳴り始めた。

 

「3,000! …2,800! …2,600!」

ウウウウウウー……!

 

 後部座席に座る相棒の妖精“エルンスト・ガーデルマン”が、さらに高くなるサイレンに負けまいと、大声で高度を読み上げる。

 

「まだだ、まだ……まだ……!」

 

 重くなる操縦桿を握り締める妖精ルーデル。「悪魔のサイレン」がさらに高く鳴り渡る。

 

ウウウウウウウウーーー!!

 

 眼下では、深海棲艦っぽいものの背中に乗った魔物たちが慌てふためいている様子がはっきりと見える。そして、その深海棲艦っぽいものは必死に回避行動を取ろうとしていた。だが、背中に多数の魔物を乗せている上に、元々そう機敏な生物ではないため、もどかしいほどに回避が遅い。当然、逃すルーデルではない。

 

「320!」

「投下!」

 

 妖精ルーデルは、いつもより低い高度で投下レバーを引いた。

 機体の下で金属質の作動音がしたかと思うと、機体がガクンと重くなり、次いで軽くなった。同時に凄まじいGが2人の妖精の身体を締め上げる。何とか意識を保ちながら、ルーデル機は重力の鎖を振り切って再び空へ舞い上がった。

 その時には、既に投下された500㎏爆弾が炸裂し、深海棲艦っぽいものは魔物たちもろとも叩き潰されている。さらに、後続のシュトゥーカが次々と抱えてきた500㎏爆弾を投下し、サイレンに足が竦んで動けない深海棲艦っぽいものを吹き飛ばし、ゴブリンやオークが次々と海面に投げ出される。

 「Ju87C改(Rudel Gruppe)」の爆撃が終わった直後、今度は雷撃と機銃掃射が始まった。「瑞鶴」から飛び立った「(りゅう)(せい)」が、中隊ごとにずらりと並んで一斉に魚雷を投下する。その射線から逃れようとする深海棲艦っぽいものには、今回の作戦に当たって特別に"Saratoga(サラトガ)"から貸して貰った「F6F-3 ヘルキャット」艦上戦闘機がブローニング12.7㎜弾を浴びせていく。黒い液体が次々と海面にぶち撒けられ、射弾を浴びた深海棲艦っぽいものが悲鳴を放って腹を上に向ける。

 

「ん?」

 

 自らも機銃掃射に加わろうとした時、妖精ルーデルは“あること”に気付き、後席に座る相棒に尋ねた。

 

「おいガーデルマン」

「どうしたルーデル?」

「深海棲艦ってさ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脆いものだったっけ?

 

「………え?」

 

 質問の意図を理解しかね、妖精ガーデルマンが首を傾げる。

 

「いや、だって見てみろよ? あいつらF6Fの機銃掃射だけでバタバタ死んでるぜ?」

「ホントかよ? ……って、マジだ。本当にバタバタ殺られてるな。

おかしいな、いくら無印の駆逐艦クラスでも、深海棲艦は戦闘機の機銃掃射()()で死ぬほどヤワなもんじゃない筈だぜ?」

「だろ?」

 

 この瞬間、妖精ルーデルは確信した。

 

「つまり……ありゃあ見た目こそ深海棲艦そっくりだが、中身は全く別の“パチモン”だ! 多分、この世界に特有の海中生物か、クジラの親戚辺りだろう。

だったら、シュトゥーカの主翼7.92㎜機銃でもやりようはある! 行くぞガーデルマン!」

「あいよ。それじゃ、こっちのこれ(後部座席の7.92㎜旋回機銃)も浴びせてやりますかね」

 

 空の魔王、本領発揮(?)であった。

 

 

 結局、この謎の生物らしきものたちは、「瑞鶴」の第一次攻撃隊の攻撃だけで9割方が仕留められてしまった。

 深海棲艦っぽいものたちは「F6F-3」や「Ju87C改」、「流星」の機銃掃射を受けて次々と白っぽい腹を上に向け、海面に横たわって動かなくなっていく。その背中にいたゴブリンやオーク等の魔物は一緒にミンチ肉にされるか、海面に投げ出されるかの二択となった。

 ただ、悲しいことにどっちに転んでも運命が決められてしまっている。ミンチ肉にされればもちろん死ぬが、海面に投げ出されても同じだったのだ。というのも、この海域は流氷や氷山が普通に見られる海域であり、つまり海水温は非常に()()のである。そんなところへ放り出されたら、いくら身体能力の高い魔物であっても5分と経たずに心臓が麻痺したり、身体が動かなくなってしまう。つまり、魔物たちの運命は“既に決していた”のであった。

 あっという間に数を減らしてしまった仲間たちを見て、生き残っていたオークの中でも一際大きな体躯を持った者が何やら号令らしきものを下し、魔物を乗せた深海棲艦っぽいものたちは一斉に反転し始めた。が、もう遅い。

 艦載機より脚が遅いために遅れていた「瑞雲」が、このタイミングで襲ってきたのだ。そして、辛くも「瑞鶴」航空隊の攻撃を逃げ延びた魔物たちも、「鈴谷」「熊野」の「瑞雲」隊の総攻撃で全員海底送りにされたのである……。

 

 

「『鈴谷』航空隊より入電。『トラ・トラ・トラ。我敵集団ノ全滅ヲ確認セリ。今ヨリ帰投ス。ヒトマルゴーヒト(10時51分送信、の意)』」

「了解」

 

 戦艦「大和」第一艦橋で、通信長妖精の報告を受け取った"大和"は呟いた。

 

「あらまあ、航空攻撃だけで全滅しちゃいましたか。もし生き残りがいたら、艦隊決戦を挑もうと思ったのですが……仕方ありませんね」

 

 そして彼女は、第13艦隊の各艦娘たちに音声通信を繋いだ。

 

「大和より各艦へ。敵集団は此方の航空攻撃により全滅。総員戦闘配置解除、戦闘用具収め。対水上・対潜警戒を厳としつつ、取り舵反転160度、針路をトーパ王国の王都ベルンゲン港に取ってください」

『『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』』

 

 こうして、ロデニウス連合王国軍・トーパ王国救援先遣隊は、まずは輝かしい勝利を挙げたのであった。

 

 

 その後は特に何事もなく、第13艦隊の面々はベルンゲンの港に入港し、既に入港して揚陸作業を行っていた第1艦隊と合流した。

 ここからはしばらく、艦隊の面々はベルンゲン港にて待機となる。但し"大和"だけは例外であった。彼女だけはベルンゲン港の遥か沖合で艤装を格納して「艦娘形態」に移行し、「鈴谷」に乗り込んで姿を隠していた。そして港に着いた後は、人形形態で陸軍に同行し、イフセン中将指揮下の陸軍第2軍団と行動を共にしていたのである。

 

 陸軍第2軍団の最初の仕事は、ベルンゲン市内にある王城へと向かい、トーパ王国現国王ラドス16世に謁見して到着と参戦を報告することであった。

 キューベルワーゲンに乗って王城へ向かう道すがら、"大和"はイフセンにあの深海棲艦っぽいものについて、何か知らないか尋ねてみた。すると、

 

「ああ、それは多分『(かい)()』と呼ばれる連中ですよ、大和殿」

 

 あっさりと答えが返ってきた。

 

「海魔、ですか?」

「ええ。あ、すみません、ご存じなかったみたいですね。

海魔というのは、その名の通り海に生息する魔物たちの総称です。大きさも形も様々ですが、最も大きいものですとだいたい全長100メートルくらいです。我が国に伝わる神話には、この海魔が魔王ノスグーラによって使役され、フィルアデス大陸からロデニウス大陸への渡洋侵攻において魔物を運ぶのに利用された……と書かれています。

おそらく大和殿たちが戦ったのは、トーパ王国側の後背を衝こうとしていた魔王軍の別働隊だったのでしょう。敵に対して先手を取れるとは、何と幸先の良い……お手柄でしたね、大和殿」

「いえいえ、たまたま運が良かっただけですよ」

 

 イフセンにそう返事しながら、"大和"はほっと胸を撫で下ろした。

 

(良かった……。一瞬ぎょっとしましたが、どうやら深海棲艦はこっちの世界には来ていないみたいですね)

 

 ともかくも、まずは海上戦闘で一勝を挙げたロデニウス連合王国軍であった。

 だが、戦いの本番はまだこれからである。




はい、まさかの別働隊登場。しかし登場と同時に2コマ即オチとなりました。そりゃあ、ねえ? まともな対空迎撃手段を持たない海魔に、航空攻撃は辛すぎました。

あと、「海魔の一部に深海棲艦に似た存在がいる」という設定ですが、これは瀬名誠庵様のご提案を採用させていただいたものであります。決してパクりとかそういうものではなく、正式な許可を得た上でのものです。
…流石にこっちでは魔法による砲撃はしてきませんでしたが。

次回からは、いよいよ本格的な陸上戦闘に入ります。ティーガーⅠが大暴れする時は近い…?
あと、トーパ王国といえば、皆様は以前の第三文明圏大戦で出てきたあの狙撃部隊…「コラー中隊」を忘れてはいませんよね?
彼らにも、登場の機会が出てきます。


UA34万突破、総合評価6,500ポイント突破だと!? 本当に、ご愛読ありがとうございます!!

評価5をくださいましたなごろ様
評価8をくださいましたきらら様
評価9をくださいました鬨森 壱様、時雨テイ=トク様、himajin409様、ふれんち様、ステグマzzzz様
評価10をくださいましたZERO零様、クラストロ様、隆星様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

トーパ王国に到着したロデニウス連合王国軍・先遣隊。ベルンゲンの王城にて到着と参戦を報告した彼らは、戦場となった町トルメスに移動、魔王軍との戦争に踏み込んで行く…
次回「トーパ王国、救援作戦開始!」

p.s. ガル◯ンを見て、勢いのままに間章を1つ書いてしまいました。ナンバーは024.5となっております。そちらのほうもよろしくお願いします!
あと、予告通り明日よりしばらく忙しい期間に入ります。書き溜めがある分はまだ良いのですが、基本的に更新遅れます。何卒ご了解願います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。