鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、いよいよ陸上戦開始です。といっても、今回はドンパチはほんの小さなものです。



085. トーパ王国、救援作戦開始!

 中央暦1640年12月15日 午前8時、トーパ王国 トルメス南方27㎞地点。

 雪降りしきる中、ベルンゲンを出発したロデニウス連合王国軍の先遣隊は、トーパ王国の領内をトルメスに向けて進んでいた。偵察を兼ねてハノマーク装甲車1輌とキューベルワーゲン2輌が先行し、その後方を本隊が進んでいる。本隊の戦力はハノマーク装甲車2輌(うち1輌は7.5㎝ Pak40対戦車砲搭載型)、キューベルワーゲン1輌、そして2輌の戦車と1輌の自走砲。戦車はティーガーⅠのE型とパンター改、自走砲はブルムベア改だった。

 ティーガー戦車のぺリスコープを通して、ティーガーの車長妖精“ミハエル・ヴィットマン”は外を偵察している。操縦手妖精は、ミハエルの指示に合わせて戦車を動かしていた。

 

「♪Ob's stürmt oder schneit, Ob die Sonne uns lacht♪」

 

 すると、砲手を務める妖精がこの呑気な旅路に暇を持て余したか、「パンツァー・リート」を歌い始める。

 

「「「♪Der Tag glühend heiß Oder eiskalt die Nacht♪」」」

「「「「「♪Bestaubt sind die Gesichter, Doch froh ist unser Sinn, Ist unser Sinn!♪」」」」」

 

 あっという間にそれは搭乗員全員に伝播し、妖精ヴィットマンも含めて全員が歌い始めた。

 

「「「「「♪Es braust unser Panzer Im Sturmwind dahin♪」」」」」

 

 完全に、ピクニックでも楽しんでいるかのようなティーガー乗り一同であった。

 

 

 同時刻、トーパ王国の王都ベルンゲン。

 中世のヨーロッパを思わせる城を中心に、これまた中世のヨーロッパ建築に似た石造りの建物が建ち並ぶベルンゲンは、いつもと変わらぬ静けさを湛えている。その雰囲気は、良く言えば趣のある街、悪く言えば田舎の街であった。

 そのベルンゲンの王城にある謁見の間では、国王ラドス16世が玉座に座り、満面の笑みを浮かべていた。昨日、「ロデニウス連合王国が、小規模ながら軍隊をトーパ王国軍の増援として派遣した」という報告を受け、そして謁見してきた彼らの装備をその目で見てきたのだ。その装備が非常に強力に思えたため、満足しているのである。

 

 ロデニウス連合王国といえば、この第三文明圏周辺…別の言い方をすれば大東洋共栄圏とその周辺…において、その名を知らぬ者はない。「大東洋共栄圏」を主宰して参加各国との交易を推進し、第三文明圏全体のレベルを高めようとしている国家。そして何より、第三文明圏を一極支配していた列強パーパルディア皇国を完全に叩きのめし、滅亡にまで追いやった勇敢かつ強力な国家である。パーパルディア皇国を破ったことから、この国はパーパルディア皇国に代わって列強入りする、と見られていた。

 そんな強国の精強な軍隊が、少数とはいえやってきたのだ。

 

 現在、ロデニウス連合王国から武器の提供や教官の派遣等の軍事支援を受けて、以前とは比べ物にならないレベルで強くなったトーパ王国軍は、大きな犠牲を出しながらも、城塞都市トルメスにおいて魔王軍を食い止めている。そこにロデニウス連合王国軍が加われば、百人力どころか万人力になるだろう。もしかすると、魔王を倒せるかもしれない。

 

(今回は、彼らはいったいどんな戦術を用いて魔王と戦うのだろうか?)

 

 ラドス16世は、密かに楽しみにしていた。

 もう間もなく、彼らはトルメスに到着する筈である。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その頃、傭兵ガイと騎士モアは、トルメスの南門の手前に立ち、間もなく到着するであろうロデニウス連合王国軍の派遣部隊を待っていた。2人はこの後、南門から城までロデニウス連合王国軍を案内し、その後はロデニウス連合王国軍と共に、戦場となっているミナイサ地区に向かう手筈になっている。そして今一度、魔王軍との戦いにその身を投じるのだ。

 話では、ロデニウス連合王国軍はトーパ王国の半個騎士団の道案内兼護衛を受けて、トルメスに到着する筈である。

 

「なあモア、ロデニウス連合王国軍ってどんな連中なんだ?

俺だって、ロデニウスがパーパルディアを破った、って噂くらいは聞いている。だが、実際にこの目で奴らを見た訳じゃないから、どんな連中か知らねえんだ。モア、お前何か知らんか?」

「無茶言うなよ、ガイ」

 

 モアは、1つ溜め息を吐いた。

 

「私だって、彼らの軍事教練を受けたことはあるけど、彼らの実戦を()()見たことはないよ。彼らの戦いを直接見たのは、コラー中隊の連中くらいだ。

だが……その時出撃したコラー中隊の連中の話じゃ、彼らは“全身を鎧で覆った地竜”を連れているって話だぞ」

「地竜? それって、パーパルディアのそれと同じか?」

「いや、違うらしい。ロデニウスの地竜は、どうやら銃を装備しているらしいんだ。詳しくは分からんけどな」

「何だそりゃあ……」

 

 ガイがそう言った時、城壁の上から見張りの声が飛んできた。

 

「モア様ぁ! 見えました! ロデニウス連合王国軍です!!」

「そうか、分かった!!」

 

 モアは上を向き、城壁の上に向かって叫び返した。

 ガイが地平線の方を見ると、降りしきる雪に紛れて微かに雪煙が見える。そして、トーパ王国騎士団の兵士たちが掲げる、手持ちのランプの明かりも見えてきた。

 

「「……?」」

 

 しばらくその方角を見ていて、ガイもモアも首を傾げた。

 雪を踏みしだく足音が聞こえるのは当然として、それに混じってブオオオオオン……という、何とも言えない“妙な音”がするのだ。そして、その音が響く方向からは、巨大な何かの影が近付いてくる。

 

(もしや、これがロデニウスの地竜か?)

 

 ガイはそんなことを考えた。

 

 やがて、先頭を行く騎士たちがガイとモアの前を通り過ぎた。その騎士たちは、何故か顔色が悪い。ガイとモアは、その理由が気になった。

 すると、

 

「「!」」

 

 ガイもモアも目を見開いた。

 

ブルルルン……

 

 奇妙な4本足を持つ怪物が2つ、彼らの前を通り過ぎる。その目は白い光を放ち、およそ“生物”とは思えない形状をしていた。

 その後ろから、今度は細長い胴体を持つ怪物がやってくる。その怪物の目も白く光っており、その怪物の後ろ足はキュラキュラキュラと音を立てる妙な形状になっていた。

 

(こりゃ本当に生物か?)

 

 ガイが胡散臭そうな目で怪物……2輌のキューベルワーゲンと1輌のハノマークを見る横で、モアはその後ろから現れた怪物に目を見開いていた。

 

ゴゴゴゴゴゴ…

 

 奇妙な音を立てながら近付いてくるそれは、完全に全身を金属で覆っていた。その身体は非常に大きく、小屋が動いていると錯覚しかねないほどである。そして何より…

 

(こ、これは大砲か!?)

 

 そう、大砲を搭載していた。

 ロデニウス連合王国陸軍が誇る最強の戦車、Ⅵ号戦車「ティーガーⅠ E型」である。その後ろには、傾斜した車体が目立つⅤ号戦車「パンターG型改」と、口径150㎜の太い砲身を持つⅣ号突撃戦車「ブルムベア改」もいた。

 

(こんなものを……こんなものを使役しているとは! パーパルディアの地竜(リントヴルム)などよりよっぽど怪物じゃないか! これでは、ロデニウス連合王国がパーパルディア皇国に勝つ筈だ……)

 

 モアとガイが呆気に取られているうちに、その一行は2人の前で停止した。

 ロデニウス連合王国軍と思しき一行を先導してきた騎士の1人が、馬からひらりと飛び降りると、モアの方に近付いて話しかけてくる。

 

「こちらが、今回いらっしゃったロデニウス連合王国軍の方々だ。この後の道案内は任せた」

「はっ」

 

 モアがはっきりとした声で答えた時、ロデニウス連合王国軍の鉄の竜の体の一部が、バタンと音を立てて内側から開かれた。そこでようやく、モアはこれが生物ではなさそうだと気付いた。

 鉄の竜(?)の中から出てきたのは、奇妙な格好をした1人の男。ただ丸くて黒いだけの、何等の飾りも付いていない兜を被り、苔のようなくすんだ緑色を基調とする斑模様の衣服を着ている。鎧等は身に付けておらず、長剣すらも下げていない。衣服も、飾りも何もない地味なものである。

 モアは、派遣された兵士は派手な飾りの付いた鎧兜を装備しているもの、と勝手に思っていた。だが、目の前にいる男の格好は、そんな想像とはかけ離れたものである。

 

(下っ端の兵士だろうか? それなら、まだ納得できるが)

 

 モアが考えていると、鉄の竜の中からもう1人、人間が出てきた。が、

 

「「っ!?」」

 

 ガイもモアも、思わず息を呑んだ。

 出てきたのは、およそ軍には似つかわしくない、“見目麗しい女性”だったのだ。

 

 その女性は非常に背が高く、トーパ王国軍の兵士の中でも比較的身長の高いモアですら、相手の目を見上げる羽目になった。長い茶髪を後ろで1つにまとめているが、髪があまりにも長すぎて膝の辺りまで達している。

 肩が露出した妙な白い衣服と、赤い短いスカートを着用しており、この寒い中だというのに膝を露出していた。その代わりだろうか、履いている黒い靴下は長い。が、何故か左右で長さが異なる上に左の靴下には白い文字で何か書かれていた。そして、2人が絶句するほどの美人で、おまけに巨乳。

 そんな美人が、変わった形の赤い傘を差してガイとモアの前に立つ。隣にいる、さっき出てきた1人目の男が霞むほどの美しさであった。しかも、赤い衣装が白い雪景色と見事にマッチして、余計に美しく見える。

 

 言葉を失っているガイとモアに、最初に出てきた1人目の男が咳払いをして話し始めた。

 

「ゴホン……今回トーパ王国に派遣されました、ロデニウス連合王国軍の陸軍先遣部隊の指揮官、イフセンと申します。よろしくお願い致します」

 

 そして、モアに向かって右手を差し出し、握手を求めてくる。

 モアは慌てて、その手を握り返した。

 

「私はトーパ王国軍の騎士モアと申します。皆様をご案内致します。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 口ではそう言ったが、モアは衝撃を受けていた。

 

(この男が、陸軍部隊のトップ!? こんな、騎士のような華やかさの欠片もない地味な格好の男が、陸軍部隊のトップだと!?)

 

 軍に見目麗しい女性がいるとか、指揮官でも地味な格好しかしないとか、全く以てモアの常識が通用しない人々である。

 

「ええと……こちらの方は?」

 

 あまりに驚きすぎて、一時心の平穏を失っていたが、モアは気を取り直してイフセンと名乗った男に尋ねた。この男が陸軍のトップなら、こちらの艶やかな女性はどなたなのか。

 

「ああ、こちらの方は……」

 

 イフセンは、ちらりとその女性に視線をやる。女性は、姿勢を正して口を開いた。

 

「ロデニウス連合王国海軍、トーパ王国先遣艦隊司令の大和(やまと)と申します。陸軍の司令部に同行しております。よろしくお願い致します」

((!!!!???))

 

 ガイとモアは、この日一番の衝撃を受けた。

 

(こ、この人が……この美しい女性が、艦隊司令だってぇぇぇぇ!?)

(ひ、人って見かけによらないものだなぁ……)

 

 とことん()()の通用しない人たちだ。

 それが、ガイとモアの感想だった。

 

(ん?)

 

 その時、モアは「ヤマト」と名乗った女性の右腕の袖に、何やら小さなマークが付いているのを見つけた。それは、白地に赤い太陽を描いたマークである。十六条の太陽光線が差し込んでいた。

 

(んー……? こんなマーク、見たことあるな……。どこで見たっけ? そして、何のマークだったっけ……?)

 

 ヤマトの袖にあるマークを気にしながらも、モアは自分の任務に注意を戻すのだった。

 

 

 イフセンとヤマトが、また鉄の竜に乗り込んだ後、ロデニウス連合王国軍一行を従えて、ガイとモアはトルメス城に向けて歩く。大通りを通って城へ向かうのだ。ちなみに、通りの両側に立つ家々の窓から人々が身を乗り出して、この奇妙な一行を見物していたことは言うまでもない。

 

 トルメス城に到着した一行は、モアとガイの他、イフセン、"大和"、そして他4人の計8人だけで城の建物へと向かった。これは、城の門は潜れても、流石に建物の中に車輌が入れないための、已むを得ない措置であった。他の先遣隊員たちは門の内側、中庭のような所で待機している。

 ちなみに、前線が近いこともあって"大和"以外の者は全員、MP40やワルサーP38を携行したまま城の中に入っていった。これから、トーパ王国軍の魔王討伐部隊長たちのところへ挨拶に向かうのである。

 

 トルメス城は、どこか地球でいう中世の城を連想させる古風な作りの城である。トーパ王国の歴史書によれば、この城は神話の時代の魔王軍侵攻の後に築かれ、以来この地を守り続けている由緒ある城なのだそうだ。

 もちろん、何度も改修を受けているため、神話の時代の面影などほとんど残っていない。だが、使い込まれた建物が放つ雰囲気は重厚なものであり、歴史を感じさせるには十分な物であった。

 しかし、歴史観光に来たならともかく、今は戦争の真っ最中であり、そしてここは最前線拠点である。遠くの方から微かに聞こえてくる叫び声や、刀剣のものらしき金属音を聞いた"大和"は、改めてそのことを認識した。

 

 ガイとモアの後に従いて、5人のロデニウス人と1人の日本人(?)は何度も角を曲がり、廊下を歩いて1つの扉の前まで来た。扉は分厚い木の板でできており、重厚な雰囲気を醸し出している。モアは、その扉をノックした。

 

「入れ」

 

 中から聞こえてきた指示を聞き、モアはドアを開けた。

 

「失礼します。ロデニウス連合王国軍の方々がいらっしゃいました」

「そうか、分かった。お通ししてくれ」

「はっ」

 

 モアは扉を大きく開き、ロデニウス連合王国軍の面々を室内に招き入れた。

 部屋の中央には大きな円卓があり、何人かの人がそれを囲んでいた。一番奥に座っていた男が立ち上がる。

 外見年齢は40歳半ばくらいか、身長は約180㎝あり、腕も足も体幹も筋肉モリモリのマッチョマンである。兜を被っていないため、短い白髪の生えた頭部が剥き出しになっており、赤い房の付いた兜は円卓の上、彼の傍に置かれていた。そして白銀色の鎧を装着し、赤いマントを羽織って、左の腰に長剣を吊り下げている。他の者たちも、それと大同小異の格好をしていた。

 "大和"が室内に入った途端、それらの者たちから、おお、と声が上がる。まさか、こんな女神を連想させるような美しい女性が来るとは思ってもおらず、衝撃を受けた格好だった。

 

 立ち上がった男が、握手の手を差し出しながらイフセンと"大和"に挨拶する。

 

「トーパ王国軍、北部守護隊司令のアジズと申します。よくぞロデニウス連合王国から、遥々お越しくださいました。よろしくお願い申し上げます」

「ロデニウス連合王国陸軍、先遣部隊指揮官のイフセンと申します。よろしくお願いします」

「ロデニウス連合王国海軍、先遣艦隊司令の大和です。よろしくお願い致します」

 

(((((なっ!?)))))

 

 室内の一同に衝撃が走る。

 

(((((こ、こんな見目麗しき女性が、艦隊司令だと……!?)))))

 

 相変わらずの衝撃であった。

 

 

 簡単な自己紹介の後、円卓に着いたロデニウス連合王国軍の面々に、アジズの口から詳細情報の説明が行われた。それを要約すると、以下のようになる。

 

・中央暦1640年12月5日、突如としてグラメウス大陸から、魔王ノスグーラが多数の魔物を従えて侵攻。トーパ王国の防衛用城壁「世界の扉」は突破され、守備隊は奮戦虚しく全滅。

・「世界の扉」を突破した魔王軍は、このトルメスのうち北西部にあるミナイサ地区に侵攻、こちらも陥落してしまった。しかし現在、トーパ王国軍は必死で魔王軍を食い止めており、陥落したのは現状ではミナイサ地区のみである。

・偵察の結果から、魔王はミナイサ地区の領主館を使用していると見られる。但し、領主館の外には出てきていない。

・ミナイサ地区が陥落した時、同地区には逃げ遅れた民間人が約600人残っており、彼らは全て魔王軍に捕らえられてしまっている。

・トルメスから偵察した限りでは、捕らえられた民間人たちは、毎日一度、ミナイサ地区中央の広場に集められている。但し、その人数が日ごとに減っている。魔王を始めとする魔物は、人間の肉を好んで食するため、おそらく民間人たちは食料にされているものと推察される。現時点で生存が確認されている民間人の人数は、およそ200~300人前後である。

・民間人を救出するため、計3回の救出作戦が行われたが、いずれも失敗に終わっている。というのは、広場に繋がる大通りには必ずレッドオーガかブルーオーガのどちらかが陣取っており、鉄壁の防御を固めているためである。細い裏道を伝って広場へ向かう兵士もいたが、そちらは各個撃破されてしまった。

・現時点で、戦線は膠着状態になっている。トーパ王国軍はゴブリン約6,000体、ゴブリンロード約800体、オーク約50体を討伐したものの、兵士・騎士合わせて3,000人前後の戦死者と約2,000人の負傷者を出している。

 

 

「これは……早急に民間人を助けなければ……」

 

 イフセンが呟き、他の者も賛成の意を示す。

 

「うむ、イフセン殿、その通りだ。だが、オーガを何とかしなければそれも難しいだろう」

「あぁ……しまった、オーガがいた……」

 

 イフセンが頭を抱えた時、"大和"が口を開いた。

 

「すみません、オーガとは何でしょうか?」

「む、ヤマト殿はご存じなかったか。オーガとは、こちらのような魔物なのだ」

 

 アジズは、"大和"に2体のオーガの魔写を手渡した。そして、説明する。

 

「力が非常に強く、おそらく人の数十倍はあるだろう。しかも身体に生えた毛は硬く、我々の剣や弓が通らない。銃弾は、一応通用はしているのだが、致命傷を与えるに至っていない。

だが、問題はそれだけではない。奴は“疲れを知らん”のだ。人間の肉を食える限り、永遠に力を落とすことなく動き続けられる。さらに、受けた傷も少しずつだが回復していきよるときた。どうやらその身体に、回復魔法がかけられているらしい」

「何だか、生物らしくない生物ですね。『兵器』と言っても過言ではないかもしれません」

 

 実は、"大和"のこの推測は正鵠を射ていた。

 "大和"は知る由もなかったが、レッドオーガとブルーオーガは、どちらも古の魔法帝国こと「ラヴァーナル帝国」が作り出した“生物兵器”なのである。ついでに言えば、魔王ノスグーラもそうであった。

 こんな生物を作り出せるなんて、ラヴァーナル帝国にはどれほどの遺伝子組み換え技術があったのだろうか。

 

「そういう訳だ。早急に民間人を救出せねばならん。我らだけでは難しい作戦ではあったが、今回は我が国の軍でも精鋭部隊と言える『コラー中隊』が出撃するだけでなく、ロデニウス連合王国軍の皆様も加わって下さる。列強国を滅ぼすことのできる軍隊が来てくださるとは、万人力ですな」

「いえいえ、そのようなことは。では、作戦会議に入りましょう。民間人の命が懸かっております故、事を急ぐ必要があります。一分一秒が惜しゅうございます」

「うむ。では作戦会議に必要な物を準備する故、30分お待ちいただきたい」

 

 かくして、会議は一時休憩に入ることとなった。

 

 説明が行われている間、モアは会議室に居合わせていたものの、説明の内容はモア自身も理解している内容だった。そこで彼は、ロデニウス連合王国軍の兵士たち(と、ついでに"大和")を観察しながら考え事をしていた。

 

 ロデニウス連合王国軍は、どうやらオーガを厄介視しており、どうにかして対処しようとしているらしい。しかし、万単位の兵士がいるならともかく、こんな少人数でオーガに勝てるとは思えない。

 オーガは力が強く、動きが速く、そして疲労や傷を知らない。これは、オーガが持つありあまる魔力を利用して、自身の身体に微弱な回復魔法をかけ続けているせいだとされている。

 こんな化け物に、どうやったら勝てるのだろうか。

 

 彼らが連れてきた鉄の竜が持つ大砲なら、もしかするとオーガを倒せるかもしれない。だが、あの鉄の竜は鈍重そうに見える。オーガの素早い動きに尾いていけるかどうか。

 

 そして、古代の「勇者パーティー」の一行は、どうやってあのオーガを退治したのだろうか。

 

 などとモアが考えているうちに、会議は一時休憩になったようだ。

 

 その時。

 

パリーン!!

 

 ガラスの割れる音が響いた。

 何事かと振り返った一同の前に、天井からガラスの破片が降ってきて円卓に落ちる。天窓が割れたようだ。

 そして、天窓のほうから室内に入ってくる、人型の生物が1体。いや、生物と呼んで良いのかどうか。

 それは、簡単にいえば「白い衣服のようなモノを着用し、背中に一対の黒い翼を生やした人間のような生物」だった。

 魔物の知識に精通しているモアは、すぐにその生物の正体を掴んだ。あれは……!

 

「魔王の側近、マラストラス!」

 

 アジズが叫んで剣を引き抜く。そう、天窓から入ってきたのは、魔王ノスグーラの側近とされる人型の魔物「マラストラス」だった。

 モアが剣を抜いた時には、既に室内にいたトーパ王国軍の騎士たちは全員が剣を抜いている。そしてロデニウス連合王国軍の兵士たちは、3人が奇妙な黒い杖のようなものを両手で構えて、イフセンは小さな黒い杖らしきものを片手で構え、1人は細長い黒い杖のようなものを構えようとしていた。"大和"は何も構えていないが、こっそり動いてロデニウス連合王国軍兵士たちの反対側に回り込もうとしている。

 

「ホホホ……人間の頭目を討ち取るために、我が出向かねばならぬとはな。

永きに亘る時の間に、中々進化したようではないか、人間共よ」

 

 背筋がぞっとするような気味の悪い笑い声を上げ、マラストラスはアジズに右の(てのひら)を向けた。そこに魔力が集まり、空間が(ゆが)む。そして黒い炎が現れた。

 

「させるか!」

 

 副騎士団長が叫び、剣を振りかざしてマラストラスに突撃しようとした、その時だった。

 

「皆さん伏せて!」

 

 室内に響く、よく通る女性の声。こんなところで女性といったら1人しかいない。ヤマトと呼ばれたあの人が出した声であろう。

 そう考える間に、モアの身体は咄嗟に動き、床に伏せていた。ヤマトの声の裏に、何か計り知れない恐ろしいものと、はっきりとした“死の予感”を感じ取ったのだ。

 

「ほう、良い女までいるのか。ならば貴様から……」

 

 マラストラスが姿勢を変え、"大和"に向き直った。

 その直後、

 

「撃てーっ!」

 

 イフセンの声が鋭く響き渡る。そして、

 

ダダダダダダダダダ!!!

 

 ロデニウス連合王国軍の兵士のうち3人が、MP40を一斉に発射した。それに紛れて、残りの1人がM40GRG ガラント銃を発射する。イフセン自身もワルサーP38の引き金を引いていた。

 "大和"はというと、イフセンが発砲を命じた瞬間、床に伏せている。

 

 MP40は、ワルサーP38と同じ9㎜パラベラム弾を使用しているので、有効射程は100メートルと短い。だが、ここは狭い室内。であれば、交戦距離はいくら遠くても20メートル前後であり、MP40でも十分に射程距離内であった。

 また、ガラント銃はそのモデルが「M1ガーランド銃(と四式自動小銃)」なので、本来は狭い室内での取り回しは不向きだ。しかし、今回は"大和"が室内にいた皆を伏せさせていたため、空間が開けている。従って、何とかガラント銃を構えることができたのだった。

 銃弾の弾幕が、マラストラスのほぼ背後から突き刺さる。

 

「がっ!」

 

 無防備な背中を撃たれまくったマラストラスは、あっという間にハチの巣にされて円卓の上に墜落した。ついでに、会議室の壁に次々と穴が開く。細かい石の粉がパラパラと落下し、キーンというガラント銃特有のクリップ排出音が響き、そして全てが終わった。

 床に伏せていたトーパ王国軍の騎士たちが顔を上げた時、既にマラストラスは絶命して円卓の上に横たわっていた。円卓はマラストラスの血液で真っ黒に染まり、シューシューと不気味な湯気を上げている。床には、ロデニウス連合王国軍の兵士たちが撃った銃弾の(から)(やっ)(きょう)が、大量に転がっていた。

 

 トーパ王国軍の騎士たちは、唖然として声も出ない。

 魔王の側近を務められるほどの魔力を持ち、空を飛びながら魔法を撃ってくる、このマラストラスという魔物には苦労させられていた。

 変温動物であるワイバーンや火喰い鳥は、寒い地域には生息できない。従って、寒冷な気候にあるトーパ王国には、ワイバーンや火喰い鳥が生息していないのだ。そのため、トーパ王国軍は空からの攻撃に対抗する手段をほとんど持たず、マラストラスが空から撃ち下ろしてくる魔法には、散々苦労させられたものであった。

 こいつ1体のせいで殺されたトーパ王国軍の騎士は、100人を下らないだろう。

 しかも、マラストラスにはただでさえ高い魔力があるため、飛ばなくても十分すぎる脅威であった。

 

 今回奴は、なんと軍のトップを狙って単独で奇襲してきた。

 いくら“室内戦”ではあっても、こいつと正面から戦えばかなりの被害が出ていた筈だ。いや、もしかするとトーパ王国軍の騎士たちは全滅していたかもしれない。

 しかし、ロデニウス連合王国軍の兵士たちは、ほんの数名で、()()()()()こいつを討ち倒してしまった。物凄い戦闘力である。

 

(物凄い音を立てる魔法の杖のようだが……もしや、狙撃部隊が重点的に装備している、銃という兵器の仲間だろうか?)

 

 アジズはそんなことを考えながら、起き上がってイフセンに声をかける。

 

「イフセン殿、魔物マラストラスを滅して下さり、助かった。礼を言う」

「いえいえ、とんでもない。私もこの目でマラストラスを見たのは、初めてです。文献では見たことがあったのですけどね。しかし……敵にあんな奴がいるとは……」

「ええ。我らは、空からの攻撃に対抗する手段がほとんどありませんので、あやつには本当に辛酸を舐めさせられたものです。あやつを滅して下さり、本当にありがとう」

 

 アジズとイフセンは、固い握手を交わした。

 

「それから大和殿、ありがとうございました。上手い視線誘導と戦場調整でしたね。何の打ち合わせもなく、土壇場であそこまで動いてくださるとは……感謝です」

「いえいえ、私は特に何もしていませんよ。皆さんが撃ちにくいんじゃないかな、と思っただけです」

 

 頭を下げるイフセンに、慌てて弁解する"大和"。

 確かに、見事な無言の連携だったと言えるだろう。

 

 

 30分後、マラストラスの死体と山盛りの空薬莢を片付けたところで、作戦会議が開始された。

 

「それでは、今回の民間人救出作戦に参加するトーパ王国軍の戦力を教えていただけますか?」

 

 口火を切ったイフセンに、アジズが答える。

 

「うむ。まず民間人の救出を行うに当たっての作戦の基本は、なるべく敵に気取られずにミナイサ地区に突入する必要があるので、少数精鋭の部隊による潜入が有効と考えた。そこで今回の救出作戦に参加するのは、我が軍の騎士団から選抜した300人の精鋭、そして貴国から輸出された銃で武装した、我が軍でも最強の戦闘力を持つ狙撃部隊の一隊『コラー中隊』だ。32人しかいない中隊だが、その戦闘力は尋常ではないぞ」

「それは心強いですね。我が方は、派遣された陸軍歩兵が30名、移動用の自動車3輌と装甲車3輌。装甲車のうち1輌は大砲を搭載しています。それ以外に、戦車2輌と自走砲1輌です」

「そのセンシャとやらと、ジソウホウというのは何だ?」

「簡単に申しますと、大砲を装備した戦闘用車輌です。戦車は車体の向きに関係なく、大砲を回転させることができます。自走砲は砲を回転させることはできませんが、その分強力な砲撃が行えます」

「なんと! 貴国の軍はムーが使うような車に、大砲を載せているのか! いやはや、驚くばかりですな。ですが、これで救出作戦にかかれるでしょう。

さて、現時点で私が考えている作戦をお伝えします。裏道から広場に進入する……という方法が失敗したので、今回は水道から広場に突入しようと思うのですが、如何ですかな?」

「水道を伝ってですか? すると、広場に噴水でもあるのですか?」

「ええ、今は送水を止めているのですが、噴水があります。そこからなら、広場に出られるかと」

「なるほど、分かりました。ですが、その方法だと囮が必要なのでは? 噴水から注意を逸らし、また救出した民間人を大通りから脱出させる必要があるでしょう。ですが、通りにはオーガがいるのですよね? それを倒せるよう、強力な火力を持った部隊が必要になると思うのですが」

「うむ。そこで、大変申し訳ないのだが、ロデニウス連合王国軍の戦車や自走砲で囮役を務めて貰う訳には行くまいか?」

「良いでしょう、承知しました。どのみち、今回投入している戦車や自走砲の実戦データを取って、本国に持って帰らねばなりません。多少のリスクは引き受けましょう」

「おお、左様か! 感謝する! では、我々はトーパ王国軍の名に賭けて、全力を上げて民間人を救出しよう!」

 

 こうして、ミナイサ地区に取り残された民間人を救出する、決死作戦の決行が決定された。

 

「今回は、大和殿はトルメス城にて待機、ということでよろしいですか?」

「ええ。艦隊司令に“陸上でできること”はないでしょう」

 

 "大和"はそう言ったが、実は嘘である。だって、艤装を展開して「艦艇形態」にすれば、その時点で下手なトーチカや拠点よりよほど堅固かつ強力な()()トーチカの出来上がりなのだから。

 では何故、待機なのか? 答えは簡単である。ずばり「機密保持」だ。

 よほどの事態でもない限り、「陸上にまで投入可能な軍艦」なんて“チートな存在”を明かす訳には行かない。そんなものを出せば混乱は間違いないし、それに他国に情報を与えることになってしまう。従って、『非常事態』でもない限りはこれは隠しておきたい。という訳で、"大和"は人形形態のままトルメス城にて待機、ということになったのだ。

 

 その翌日、中央暦1640年12月16日朝。

 トーパ王国軍選抜騎士団300人と「コラー中隊」32人、そしてロデニウス連合王国陸軍先遣隊がミナイサ地区の門を静かに開き、陥落した市街地に潜入していった。

 トーパ王国軍呼称「救出作戦」(一切の捻りもない、ド直球ネーミングである)、ロデニウス連合王国軍呼称「氷山作戦(オペレーション・アイスバーグ)」第一段階の開始である。




書き溜め第一弾開放。
神話の時代、「太陽神の使い」相手に猛威を振るったマラストラスが、ここまであっさり死ぬとは誰が予想し得たのか。
そしてさりげないロデニウス陸軍と海軍の、見事な連携プレーでした。陸軍と海軍が互いに争い、その余力でアメリカやイギリスと戦争しているどっかの国とは違うのだよ!


UA35万突破…本当にご愛読ありがとうございます! 感謝に耐えません…!
評価6をくださいましたYutaka様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。
「氷山作戦」がいよいよ本格始動。最初の目標は、ミナイサ地区に囚われた民間人の救出である。トーパ王国軍とロデニウス連合王国軍、双方の意地とプライドをかけた決死の救出作戦が始まる…
次回「ミナイサ地区の戦い」

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