鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
そして、トーパ王国軍に新キャラ登場。もちろん、モデルは「あの人」です。
なお今回も盛大にネタをぶちこみました。
(怖い……怖い……。誰か……助けて……!)
ミナイサ地区で飯屋を営んでいたある家族の娘…エルフ族の少女エレイは、もはやそれしか考えられなくなっていた。
中央暦1640年12月16日、トーパ王国北東部にある城塞都市トルメスの北端・ミナイサ地区。
突然の魔王軍の侵攻によってミナイサ地区は陥落してしまい、守備隊は壊滅して退却。逃げ遅れた約600人の民間人(エレイ含む)は、1人残らず魔王軍に捕らえられた。
民間人たちは、毎日朝には必ず広場に集められ、そして夜になると魔物が見張りをしている建物に移動させられる。必ず魔物が見張っているため、逃げることはできない。
それでも逃げようとした者はいたが、いずれも捕らえられ、皆が見ている前で料理されてしまった。魔物たちは料理される民間人を指差して、「生き踊り、はっはっは」等と嗤っていたものである。
また、脱走者がいない日でも、10人単位の民間人が連れていかれ、料理されていた。
『今日は、おばえと、おばえと……おばえだな』
隣に住んでいた幼馴染の少女メニアも昨日、連れていかれてしまった。メニアを連れていかれまいと、メニアの両親は必死に抵抗していたが、結局3人とも連れていかれてしまった。
しかも、捕まった民間人には、食事などまともに出されていない。この寒さもあって、民間人たちは日に日に弱ってきていた。
まさに生き地獄という言葉が相応しい。
いったい何故、今になって魔王が復活したのだろうか。
(そんなことよりも、神様、お願いです。助けてください……)
エレイは必死に祈っていた。
(助けといえば、幼馴染のガイ君とモア様は無事かしら……。モア様は「世界の扉」に勤務していたから、もう死んじゃってるかも……)
何度か、トーパ王国軍の騎士たちが助けに来ようとした。
しかし、広場に続く大通りに立ち塞がっているオーガによって撃退され、多数の死傷者を出しているようだ。
そういえば、今に伝わる昔話として、かつて魔王がエルフ族と戦っていた時、エルフの神の願いを聞き届けた太陽神が使いを寄越し、魔王軍を撃退したという。
私はエルフであり、神ではない。けれど、助けがくることを祈ろう。
(神様、どうかお願いします……! 私たちを、助けてください……! そして、魔物たちを滅してください……! お願いします……!)
祈るが、何も起きない。
そこへ、また魔物たちがやってきた。
「ええと、今日の肉は、と……」
“品定め”の時間だ。
皆に緊張が走る。
「魔王様が、今日はあっさりしたものがいいと仰っていたな」
「ほんどか? んだら、今日は野菜をメインにして……」
肉は少なめにする……つまり、自分が肉にされる可能性は、どうやら低くなりそうだ。
皆が安堵しているのが、雰囲気で分かる。
「味付け程度に、エルフの女くらいがちょうどいいだろ」
しかし、続く魔物の一言で、該当者全員がビクンッと両肩を震わせた。そして、
「おばえな」
魔物が掴んだのは、エレイの腕だった。
その瞬間、自身の運命を悟ったエレイは、けたたましい悲鳴を上げた。
「嫌あぁぁぁぁっ! 助けてぇぇぇぇ!!」
「ゴ、ゴラ! 暴れんな!」
魔物がエレイの腕を引っ張り、無理矢理連れていこうとする。その時だった。
カランカランと軽い音を立て、大通りに立っていたレッドオーガの足元に、棒状の物体が2個転がってきた。と思う間もなく、
ドォン! ドォン!
鋭い音を立てて、2個の物体は爆発した。
大通りに煙が流れ、飛び散った破片がレッドオーガの足を傷付ける。怒りに満ちた目でレッドオーガは周囲を見回し、“ある一点”に目を止めた。
レッドオーガの足元で起きた爆発の正体は、ロデニウス連合王国軍の2人の兵士が投げた、2個のM24型柄付手榴弾だった。
大通りに繋がる裏路地から顔だけ出していた2人の兵士のうち1人は、レッドオーガと目が合った途端、手を突き出して中指だけをちょいちょいと曲げた。挑発である。
グゥオォォォォォッ!
背筋が凍るような怒りの咆哮を上げ、レッドオーガは一直線に裏路地に向かってきた。
「こっち来るぞ! 走れ走れー!」
兵士たちは慌てて逃げ出す。兵士の1人は空に向けて、赤い信号弾を1発打ち上げた。合図である。
「くそっ、思ったより速い!」
「振り返るな! 走れ!」
レッドオーガはかなりの大股の癖して、足が速い。だが、あと少しで“キルゾーン”だ。
前方に、太い街道に繋がる交差点が見えてきた。あと少しだ。だが、レッドオーガは10メートル後ろにまで迫っている。
死の恐怖が、兵士の中を駆け抜ける。それでも、足は止めない。
(あと、少しで……!)
その時、交差点に何か巨大なサンドイエローの物体が飛び出してきた。
「「ここだぁーっ!」」
2人の兵士は腰を投げ出し、ホームベースに滑り込む野球選手のような格好でスライディングを決めた。その直後、交差点に飛び出したサンドイエローの物体……ティーガーⅠ重戦車が、88㎜砲を発射する。
発射された砲弾は、照準
レッドオーガの強靭な肉体がバラバラに弾け飛び、上体を失った赤い両足が空しく路面に倒れる。レッドオーガを吹き飛ばした砲弾は、その勢いのまま飛んでいき、路地に面した家のうち1軒に命中して爆発した。窓ガラスが割れ飛び、壁に大穴が開く。
「命中! レッドオーガ撃破!」
兵士の報告の声に、待機していたロデニウス連合王国軍の兵士たちが歓声を上げる。
と、レッドオーガの後を追うように、多数の魔物が姿を現し、ティーガーⅠに向けて走ってきた。しかしこの時既に、ティーガーⅠは超信地旋回して車体の向きを変え、車体前面のMG34機関銃を魔物たちに向けていた。更に隣に、ハノマーク装甲車が1輌滑り込んでいる。
「Feuer!」
号令一下、MG34機関銃が唸りを上げる。空になった薬莢が次々と路面に落下し、金属質の音を立てる。
MG34機関銃2丁の連続射撃の前に、魔物たちは悲鳴を上げて次々と倒れていった。
「撃ちまくれ! どうせこっちは相手の目を引き付けるのが目的なんだ、ド派手にやれ!」
「は!」
兵士たちはMP40やガラント銃を構え、トリガーを引く。更にティーガーの88㎜砲が火を噴き、「素敵なパーティー」(という名の一方的殺戮)が始まった。
同時に大通りの方でも、ブルムベア改が150㎜砲の空砲を盛大にぶっ放し、それを聞き付けて大通りに向かってきた魔物たちを、パンターG型改や直協歩兵たちと共に蜂の巣にしている。
さて、大通りに向かったロデニウス連合王国軍の戦車隊が派手に騒ぎ立て、魔物たちの注意を惹き付けている一方、ロデニウス連合王国軍の増援の一部(イフセン含め3人)とトーパ王国軍狙撃部隊「コラー中隊」を中心とする別動隊は、予定通りに枯れた水道を使って、広場の真下へとやってきていた。
送水の止まっている噴水から、彼らは地上へと上がってくる。
「こりゃまるで、モグラの散歩だな」
地上に這い出しながら、ロデニウス連合王国陸軍・第2軍団司令官のイフセンがぼやく。
「散歩かぁ、いいよねぇ。そんじゃ、ちょっと市街地散歩に行きますか!」
ピクニックに行く子供のようにはしゃぎながら、トーパ王国軍狙撃部隊・コラー中隊の隊長「アーノルド・ネイラン」が噴水から飛び出す。と思った時には、彼は既に九九式小銃を構え、電光石火の早業で1発撃っていた。見事にヘッドショットを喰らったゴブリンロードが、悲鳴を上げることすらできずに地面に崩れ落ちる。
「散歩ってアーノルド殿、もっと緊張感を……って、早っ!」
イフセンが呆気に取られる間に、噴水から飛び出した他のコラー中隊の兵士たちが、素早く九九式小銃を構えて発砲していた。民間人を見張っていた10体ほどのゴブリンロードが、反撃の暇もないまま次々と射殺されていく。そして、ほんの3秒ほどでゴブリンロードは全滅した。
その頃になって、やっと傭兵ガイと騎士モアも噴水から上がってくる。
「全く……敵地のど真ん中に飛び出すなんて、こんな作戦を考える奴は、きっと正気じゃないな」
そう呟きながら、ガイは周囲を見回し……連行されようとしている民間人に目を止めた。
「あ……あれはっ!」
連行されようとしていたのは、ガイの幼馴染、エレイだったのだ。
彼女の姿を認識するや、ガイは一直線に突撃する。そして、握った剣を振り下ろした。
ザシュッ!
ピギャア!
切れ味鋭いガイの剣が、ゴブリンの胴体を
「よ、よお……エレイ。大丈夫か?」
剣に付いた血を振り払った後、ガイはエレイに話しかけた。
「ガイ君……」
エレイは正直言って、面食らっていた。
何せレッドオーガの足元で小さな爆発が起きたと思ったら、レッドオーガは怒りの形相で路地の1つに駆け込んでいった。大勢の魔物がそれに続いた、と思った直後、裏路地の方で大きな爆発音が響き、それと同時に大通りの方でも巨大な音が響いた。そして、広場に残っていた魔物の大半が二手に分かれ、大きな音のした方へ走っていった後、広場の真ん中にある枯れた噴水から、突如として妙な色をした生物が複数現れた。
一瞬ぎょっとしたが、よく見ると人間であり、手には黒い棒状の物体を持っていた。彼らはそれを目に当てて、バン! バン! と音を出し、次々とゴブリンロードを倒していった。
さらに、そのうち1人が剣を振るって、エレイの腕を掴んでいた魔物を斬り捨ててくれた。その剣士が、ガイだったのである。
ガイは、エレイの店にもよく食べに来てくれていた。
エレイは3年前に付き合って欲しいと告白されたが、丁重にお断りしている。というのも、ガイの職業が「傭兵」であり、安定した収入が見込めないからである。
(でも、私が助けてほしい時に、助けに来てくれた。それも、こんなに怖い魔物がいる戦場に……。
ちょっぴり、かっこよかった……)
そう思って、エレイが言葉を続けようとした時だった。
「エレイさん、大丈夫ですか?」
ガイの後ろから別の声がかかった。
(この声は、モア様……!)
エレイは即座に、声のした方を見た。
「も……モア様!」
(いけない、一瞬気が迷ってしまったわ。戦場まで助けに来てくれたのは、モア様も同じ。やっぱり、私の王子様はモア様だわ)
「私のために来てくださったのですね! エレイ、カ・ン・ゲ・キ!」
救われない傭兵ガイであった。
かくして、ロデニウス連合王国軍とトーパ王国軍の連合部隊は作戦を成功させ、生き残っていた民間人を全員救出した。
レッドオーガは倒したし、広場にいた魔物たちの大半は、囮となったロデニウス連合王国軍戦車隊と随伴歩兵部隊に突撃して、戦車砲で吹っ飛ばされるか、銃で撃たれて蜂の巣になるかしている。
あとは、民間人を護衛しながらトルメス城まで帰還するだけだ。
ミナイサ地区からトルメス城城門までの距離は、約3㎞。
近いように見えるが、実のところかなり遠い。というのは、捕らえられていた民間人たちはまともに食事を摂れておらず、エネルギー不足に陥っているからだ。しかも、今は雪が降っており、降り積もった雪も行く手を阻む。
それでも、魔王の元から1メートルでも遠くに離れようと、民間人たちは必死で歩いていた。
何とか500メートルを歩き切り、待機していたアジズ率いるトーパ王国軍騎士団本隊と合流した彼らは、なおもトルメス城に向けて歩こうとする。
と、その時である。
グゥオォォォォォッ!!
突如として魔物の咆哮が響いた。
振り返った民間人たちと軍の兵士たちの目に飛び込んできたのは、40体ばかりのオークを引き連れ、こちらに向けて走ってくる“青い巨体を持つ鬼”である。
「ちくしょう! ブルーオーガだぁぁぁっ!」
「逃げろー!」
民間人たちがパニックに陥り、我先に逃げようとする。
「民間人を誘導しろ!」
アジズが指示を出し、トーパ王国軍の騎士たちは民間人の誘導にかかる。
「総員、射撃用意! 目標、敵魔物集団!」
イフセンの号令一下、ロデニウス連合王国軍の兵士たちが戦闘態勢に入る。ブルムベア改が信地旋回をかけて向きを変えようとし、ティーガーⅠとパンター改はその場で砲塔を旋回する。
エレイは、絶望を感じていた。
斑模様の服を着たロデニウス連合王国軍の兵士たちのお蔭で、何とか広場を脱出したものの、後方からブルーオーガとオークの集団が接近している。
あの足の速さでは、城門に辿り着くまでに追い付かれてしまうだろう。
そしてまず、オークからして難敵だ。騎士10人が同時にかかって、ようやく1体を討ち取れるほどの敵なのだから。
そのオークが集団で襲ってきたら、単純に“10倍の数の騎士”をぶつければ勝てる、というものではない。まして今回は、あの伝説の魔獣・ブルーオーガまでいるのだ。
ダメだ……せっかく助かると思ったけど、これは助からない。
ロデニウス連合王国軍の兵士たちはよく戦ってくれたが、ここまでではないか。
……ん?
30人ばかりのロデニウス連合王国軍の兵士たちが、横一線に並んで立ち止まり、オークの群れに向けて、黒い棒のようなものを構える。
助けようとしてくれるのはありがたいけど……この人数で、あのオークの大群を食い止められるとは思えない。時間稼ぎにすらならないだろう。
ところが、トーパ王国軍の騎士たちはロデニウス連合王国軍の兵士たちを助けるでもなく、民間人を守って城門へと急いでいる。
他国の兵士を捨て駒にしてでも、自国民を守るということだろうか。その心意気は理解できる。けれど、捨て駒にされた兵士たちは、何と思うだろう?
エレイが考えている間に、
「撃てっ!」
ズダダダダダダン!!
号令一下、ロデニウス連合王国軍の兵士たちは一斉に黒い棒状の物体から大きな音を出し、先端から火を噴かせた。
次の瞬間、信じがたいことが起きた。
オークが……強力な魔獣である筈のあのオークが、いともあっさりと地面に崩れ落ちたのだ。ロデニウス連合王国軍の兵士たちが持つ黒い棒が、ズドン! と火を噴く度に、オークが悲鳴を上げ、血を流して倒れる。
いったいどんな魔法を使っているのだろう。
しかし、オークが全滅に追い込まれる中、ブルーオーガだけは全速力で突っ込んできた。
「敵オーク集団全滅!」
「ブルーオーガ、こちらに接近!」
緊急の報告を受けて、イフセンは命令を下した。
「撃て! 撃ちまくれ!」
兵士たちは一心不乱に銃を撃ちまくり、M40GRG ガラント銃やMG34機関銃の銃弾が、吸い込まれるようにブルーオーガに命中していく。だが、ブルーオーガは一向に参った様子を見せない。それどころか却って速力を上げ、こちらへ突っ込んでくる。
「戦車隊、砲撃まだか!?」
イフセンが叫んだ時だった。
「
トーパ王国軍狙撃部隊「コラー中隊」の兵士が1人、ロデニウス連合王国軍の兵士たちの間に割り込んで、銃を構えた。だが、それは
「おいおい! そんな銃じゃ、効き目がないぞ!」
イフセンが叫ぶ。
「こうするんだよ!」
しかし、割り込んだトーパ王国軍の兵士はイフセンに叫び返すや、
ズドォン!
ズドォン!
流れるような動作で、2発
「「「な!?」」」
イフセン以下、全員が仰天する。
九九式小銃は“ボルトアクション式銃”であり、連続発射など到底できない。にも関わらず、この兵士はガラント銃顔負けの
次の瞬間、
グオオオオッ……!
ブルーオーガが、両手で目を覆って悲鳴を上げる。その両手の間から血が流れているのを、ロデニウス連合王国軍の兵士たちは見逃さなかった。
「馬鹿な……! あの一瞬だけで、オーガの両目を潰したのか!?」
「なんて正確かつ素早い射撃なんだ!」
「たったあれだけで、オーガに目潰しを喰らわせるとは……!」
兵士たちにざわめきが走り、イフセンは信じ難い思いでブルーオーガを見詰めた。
どうやら、さっきのトーパ王国軍兵士の銃撃により、ブルーオーガは目を潰されたらしい。だが、問題はそこではない。
彼は“全力疾走中のオーガの目”を、たった2秒ほどで
連発の効かないボルトアクション式銃で半自動装填銃もびっくりの連続射撃を行い、それでいて走っているオーガの両目を正確に撃ち抜く。バケモノという言葉すら生温い、それほど恐ろしく高い練度である。何をどう練習したらこんなことができるのか、想像も付かない。
ロデニウス連合王国軍の兵士たちが呆気に取られている間に、
ズドォン!
ズドォン!
ズドォン!
右手の動きが残像と化して残るほどの速度で、トーパ王国軍の狙撃兵はもう3発、銃弾を発射していた。狙いは、大口開けて悲鳴を上げているブルーオーガの口の中。
3発目の銃弾が突き刺さった直後、ブルーオーガは糸が切れた操り人形のように、力無く前のめりに
『こちらティーガー、砲塔旋回よし! ……って、あれ? もう終わったのか?』
そこへ、ティーガーⅠの車長妖精“ミハエル・ヴィットマン”が通信を入れる。
「す、すげぇ……」
地面に崩れ落ちたまま動かないブルーオーガを見て、イフセンはそれだけしか呟けなかった。
一方、謎のトーパ王国軍の狙撃兵はというと、惚れ惚れするほどの速度で次のクリップを装填していた。
その後、無事にトルメス城に帰還してから、イフセンは例のトーパ王国軍の狙撃兵に話を聞きに行ってみた。
ちょうど彼が銃の手入れをしているのを発見し、イフセンは隣に腰を下ろす。
「先ほどは、ブルーオーガを倒してくれて助かった。ありがとう」
「いえいえ、気にすることはありませんよ。ところで、貴方はどちら様で?」
「これは、名乗り遅れて失礼した。私は、ロデニウス連合王国陸軍・トーパ王国救援部隊の指揮官イフセンだ。よろしく頼む」
「指揮官殿でしたか、失礼しました。私はハモシ・ユパ。トーパ王国狙撃部隊の隊員で、狙撃を専門にしています。先ほどのタメ口は、失礼しました」
「狙撃を専門にしているのか。射撃の腕が上手いと思ったら、そういうことだったのだな。あれほどの腕を、どこで身に付けたんだ? 我が軍にも、あそこまで的確かつ素早い狙撃を行える兵はいないので、後学のために是非とも聞いて置きたい、と思ったんだ」
「それでしたら簡単です。ひたすら練習あるのみ、ですよ。
私は元々猟師をやっておりました。ご存知の通り、トーパ王国は寒い土地にありますから、食料がどうしても不足しがちなのです。また、隣にグラメウス大陸があるせいもあって、たまに陸棲や海棲の魔物が出たりすることもあるのですよ。そういう場合に備えて、この国には猟師が多いのです。
そして猟師というものは、よほどの大物を仕留める時でもない限り、大抵は“単独”で動きます。猟師として働いていると、自身が生き残るために色々なことを覚えてしまうんですよ。天気を予想する術、罠の仕掛け方、気配の潜め方、等とね。
そういったスキルの中でも、最も重要なのは『どうやって、獲物をなるべく傷付けずに仕留めるか』です。例えば剣で獲物を滅多斬りにした場合、仕留めるには仕留められますが、毛皮は破れてしまいますから“商品としての価値”がありません。肉にしてもそうなります。しかし、銃で獲物の頭を撃って1発で仕留めれば、毛皮も肉も綺麗なままですから、焼いて食べるも良し、商品として売るも良し、となります。
そうやって、どうすればなるべく傷付けずに獲物を仕留められるか……言い換えると、どうやって相手の急所を撃ち抜くか、ということをすぐ考えるようになるんですよ」
ユパの説明に、イフセンは感心し切っていた。
「あのブルーオーガの場合だと、まず私は『相手の足を止める必要がある』と考えました。しかし、皆様の銃撃の様子を見ていると、身体に銃弾を撃っても効き目がないようでしたから、確実に相手の足を止めるには目を撃つしかないと考えて、相手が暴れる前に決着を付けようと、2発で両目を撃つ手に出たのです。
すると、相手は大口を開けて悲鳴を上げました。そこで私は、これで首の後ろを撃ち抜けると考えたんです。通常、首の後ろは急所になりますが、そんな所は相手の後ろから忍び寄るか、相手をやりすごして奇襲しない限り狙えません。しかし、今は相手が口を開けていますから、銃弾の貫通能力と距離を考えれば、十分当てられます。しかも、相手は足を止めていますから、絶好の的。そう考えて、残り3発の銃弾で相手の急所を撃ったんです。
まあ、仮に外したとしても、私のリロードは早いですから、『絶対に大丈夫だ』と確信していたのですが」
「な、なんと……」
もはや絶句するしかない。なんと素早い状況判断能力と作戦立案能力、そしてそれを実行できるだけの勇気と技量だろうか。
そういえば、このコラー中隊と共にパーパルディア皇国軍と戦った第3軍団のサムダ中将が、「コラー中隊の兵士たちは、猟師上がりなせいもあって、体力には舌を巻くものがあるし、夜間でも正確に相手の位置を探知して、相手の急所を正確に撃ち抜くだけの技術がある。おそらく、我々が敵として戦ったとしても、凄まじい被害を受けて負けるかもしれない」などと言っていたが、本当のことだったのだろう。
「いやはや、これは凄いな。我が軍の狙撃部隊の兵士たちにも、貴方を見習わせたいものだ……。ところで、あの素早い連続射撃も、練習の
「はい。1発で仕留め切れなかった場合、特に鳥のような獲物はすぐ逃げてしまいますので、それを逃がさないようにしようと考えた結果、“徹底的な早撃ち”という方法に辿り着きました」
恐ろしい狙撃手もいるものだ。イフセンの背筋に鳥肌が立ったが、それは寒さのせいだけではないだろう。
「トーパ王国軍の狙撃部隊は、皆貴方のような腕前なのか?」
イフセンの質問にユパが答えようとした時、
「いや、そういう訳ではないですよ」
別の声が割り込んだ。声の主は、コラー中隊の指揮官アーノルドである。ユパが銃の整備の手を止め、立ち上がってアーノルドに敬礼した。
「おお、アーノルド殿。今回の作戦、お疲れ様でした」
「こちらこそ、お疲れ様でした。
彼は我がコラー中隊において、いや、トーパ王国軍全体において最高の技術を持つ狙撃兵ですよ。彼に匹敵する腕を持つ狙撃兵はあと1人、狙撃部隊のサッキア中隊にいるだけです。
ちなみに、彼とあと1人のトップクラスの狙撃手は、300メートル離れた所にいる人間の頭くらいのサイズの獲物でも、1発で撃ち抜ける腕前があります」
こんな“バケモノ”を2人も抱えているとは、恐るべしトーパ王国軍狙撃部隊。もし陸上戦闘、特に夜戦にでもなろうものなら、敵がどこにいるのかも把握できぬまま、味方の歩兵や騎兵が次々と射殺されるという憂き目を見ることになり、生き残った兵士もトラウマを抱えて、とても戦闘どころではないだろう。
「それはそれは……我が軍の狙撃部隊の兵士たちに、見習わせたいものですな……」
「はは……。我々としては、貴国の戦車を導入したいですな。あの装甲は、魔物に殴られたって凹まないでしょう。それでいて、多数の魔物を一網打尽にできる機関銃と、オーガすら一撃で仕留める大砲を併せ持つ……とても魅力的です。ああいったものがあれば、我々も相当に戦えるでしょう。
攻めてきた魔物を機関銃で迎撃し、ある程度損害を与えたら、狙撃部隊で側面を援護しつつ、戦車を先頭にして騎士団が突撃し、破砕する…向かうところ敵なしとはいかないまでも、敵に相当の打撃を与えられるでしょう」
そう言いながら、アーノルドはトーパ王国軍騎士たちの注目の的になっている戦車……「ティーガーⅠ」を見やった。
「ああ、あれは確かに、我々としても頼りにしています。
ですが、少し残念なことに、戦車や自走砲は道路が平らに均されているような場所、もしくは起伏の少ない平地等でなければ、その強さを十全に発揮できないのですよ。特に山林での戦いなどは全く不向きです。平原地帯なら、かなりの強さを発揮できるのですが」
「ふむ、そうでしたか……」
落ち込んだのかと思いきや、アーノルドの目は怪しく輝いている。決して雪の反射光のせいなどではないだろう。
「では、我々が古代の勇者パーティーのようにグラメウス大陸に攻め込む時があれば、あの戦車を前面に立てれば良さそうですな!
あるいは、あれほどの重装甲ですから、元パーパルディアの地竜リントヴルムのように、一定の土地を維持する、というのにも向いていますな。あの装甲は、並大抵の攻撃では破れないでしょう」
「はは、確かに」
苦笑いを浮かべるイフセン。
こうして彼らは、ともかくも民間人の救出を成し遂げたのだった。
「ところでアーノルド殿。アレ、上手く決まりましたかね?」
「あんな挑発的なことをやってやったんです。必ずや成果を出せるでしょう」
その一方で、イフセンとアーノルドが何やら不穏な会話をしていた。
一方のミナイサ地区。
領主館の一室で、黒い体毛に包まれた筋肉ムキムキの巨体を持ち、頭部に一対の捻れた角を生やした魔物…魔王ノスグーラが、身体をぶるぶると震わせていた。ノスグーラの前に控えるゴブリンは、血の気が通っていない顔付きでカチコチに固まってしまっている。
ノスグーラの手には、1枚の紙切れが握られていた。そこに大陸共通語で書かれていた文章が、これである。
『アンタらの飯とオーガの命2つ、確かに頂戴致しました。
誉れ高き人間たち一同より
追伸
飯には逃げられ、オーガは討ち取られ、ザマぁねえな! バーカバーカ!
ねえねえどんな気持ち? 今どんな気持ち? ねえ? wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
悔しかったら、アンタ1人で俺たちに勝ってみな! こんなの余裕だよねぇ?(笑)』
酷い煽りを見た。そう思った人は全員、感想欄にて挙手してくれ。
ちなみに、この
そもそものきっかけは、イフセンの“何気ない一言”だった。
「そういえば、魔王って非常に強力で、“敵無し”な存在なんですよね? だったら……俺たちは貴様を見事にやり込めてやったぞ、という意味を込めて、ちょっと煽ってやったらどうでしょう?」
するとこの意見に、アーノルドが即座に食い付いた。
「いいねそれ! ザコにしか見えない存在から挑発されるなんて、よっぽど屈辱だろうしね」
元々
イフセンとアーノルドの間であっという間に形となったこの挑発案は、「魔王ノスグーラに対する置き手紙」という形に決定され、アーノルドがその場で文面を考えた。そして、書き上げた手紙を広場の噴水に貼り付けて撤退してきたのである。
ちなみに、この文面を見たユパが「大丈夫ですか、そんなの置いて帰って」と尋ねると、アーノルドとイフセンは口を揃えて「大丈夫だ、問題ない」と発言したとか。
で、その置き手紙が発見され、そしてノスグーラの手に渡っていた、ということなのである。
ぶるぶると震えていたノスグーラの身体の筋肉が、いきなり物凄い勢いで膨れ上がった。グシャァッ! と派手な音を立てて、ノスグーラの手にあった手紙が握り潰される。
命の危険を感じたゴブリンは慌てて逃げ出そうとした……が、遅かった。
「ふざけやがってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
領主館の窓ガラスを全部突き破るほどの勢いで、魔王ノスグーラの怒声が響き渡った。
その直後、憤怒に駆られたノスグーラの剛腕が、ゴブリンの顔面に突き刺さる。抗すること能わず、ゴブリンの頭部はザクロのように砕け散った。
頭部を失ったゴブリンの身体が力無く床に倒れるのに一切頓着せず、ノスグーラは憤怒の表情で叫ぶ。
「この我を
人間という、魔帝様の奴隷にしかすぎない連中に、自分と創造主たる光翼人様がここまで侮辱され、舐められた。ノスグーラにはそうとしか思えなかったのである。
しかも、どうやってやったのかは知らないが、下種どもはあれだけいた“餌”を、一瞬のうちに
その上置き手紙にある通り、腹心の部下であるレッドオーガとブルーオーガは、揃って討ち取られてしまっていた。それもブルーオーガはともかくとして、レッドオーガはバラバラ死体で発見されたのである。それもまた、ノスグーラの
「もう我慢できん! 明日の朝一で出撃だ! そんなに殺られたいのなら、貴様らのような木っ端、我の力だけで地獄送りにしてやる!!」
そして魔王ノスグーラは、凄まじい怒りを
「野郎、ぶっ殺してやらあぁぁぁぁ!!!」
大声で叫んだノスグーラだが……この時、ノスグーラは全く気付いていなかった。
今ノスグーラが抱いている「怒り」という感情こそ、アーノルドとイフセンが“
アーノルドとイフセンが仕掛けた策略は、実に
魔王ノスグーラは魔力や身体能力が非常に高いために、(自らの創造主である光翼人以外には)誰にも負けることはないと自負している。また、ヒト族や亜人族を「下種」呼ばわりするほどプライドが高い。
しかし、なまじ魔力や身体能力が高く、これまでほとんど敵無しだったばっかりに、メンタル面は(意外に思う人もいるかもしれないが)非常に弱く、特に“煽り耐性”はゼロである。そこに、この煽る気MAXの置き手紙。
こうかは ばつぐんだ!
かくして魔王ノスグーラは、気付かぬうちに「下種」と蔑む人間たちの策略に落ち込んでいたのであった……。
ユパのモデルですが…もう分かっている方もいるかと思いますが、解説します。
フルネームの「ハモシ・ユパ」からマルを取っ払って「ハモシ・ユハ」とし、これをアナグラムすると「シモ・ハユハ」となります。これはある外国語での発音でありますので、これを日本語に近い発音に直すと、「シモ・ヘイへ」となります。
そうです。ユパのモデルは、500人以上のソ連兵を狙撃で射殺し、「白い死神」と恐れられたフィンランド国防軍最強、いや世界最強の狙撃手、シモ・ヘイへ兵長です。
ヘイヘ兵長のスナイピング技術は恐ろしく、300メートル先の人間なら、スコープなしでほぼ確実にヘッドショットできるという驚愕の腕を誇ります。中には、夜中に野営中の敵兵がテントからトイレに行くのを見つけて、敵兵が用を足してテントに戻るまでのたった10メートルの間にヘッドショット、なんてこともあったとか。しかも早撃ちの名手でもあり、ボルトアクション式ライフル銃で150メートル先の目標に向かって、1分間に16発の射撃に成功したそうです。恐るべき腕前ですね。
もしヘイヘ兵長が各種ゲームに実装されたら、バト◯フィー◯ドシリーズだろうと◯野行動だろうとインクの乱れ飛ぶ某イカの惑星だろうと、阿鼻叫喚の地獄絵図になりそう…
なお、この際なのでついでに解説しますと、コラー中隊の指揮官アーノルド・ネイランも、モデルとしたのは「アールネ・エドヴァルド・ユーティライネン」です。実際にシモ・ヘイヘ兵長の上司だった人で、ピクニックに行く子供のようにはしゃぎながら敵戦車5輌ぶっ壊して、ついでに対戦車砲を2門滷獲するという人外です。
そして、「コラー中隊」という部隊名称も、冬戦争においてコッラー河流域の守備に当たったフィンランド国防陸軍の「カワウ中隊」がモデルです。アールネ・エドヴァルド・ユーティライネン、シモ・ヘイヘといった人外を擁するこの中隊は、4,000人のソ連兵相手にたった32人で防衛にあたり、これを撃退したという恐るべき部隊です。
さてさて、こうなってくると、サッキア中隊にいるという「あと1人の狙撃手」って誰なんでしょうね。
そしてもう一度言います。
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次回予告。
民間人の救出に成功したトーパ-ロデニウス連合軍。挑発的な置き手紙に怒髪衝天のノスグーラ、それに挑むはあの男。伝説の存在が、ついに激突する!
次回「魔王vs魔王」
p.s. 書き溜めの在庫が一時的に尽きました、次の更新は当分先になります。
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