鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、これが今年最後の投稿です。ですが、正月に一話投稿したいと思っております。

ちょっと早いですが、本年も拙作「鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。」をご愛読いただきまして、本当にありがとうございました!
来年も「異世界鎮守府」をよろしくお願い申し上げます!



089. ミリシアルの驚愕、ムーの決断

 中央暦1640年12月25日、第一文明圏(中央世界)列強 神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス。

 年末迫るこの街は、いつもよりも人々の行き交いが足早になっているように感じられる。まあ、日本にあっても12月は「師走」と呼ばれ、師匠や上司に当たるような人々ですら忙しくしているくらいだから、無理もない。12月の人々の忙しさは、何処へ行っても変わらないのだーー例え異世界であろうとも。

 

 そんなルーンポリスの一角、帝国情報局。

 局長室のデスクで、情報局長アルネウス・フリーマンは内臓がでんぐり返りそうな感覚を覚えていた。震える彼の手に握られるは、1通の報告書。そして、デスクを挟んで彼と向かい合って立っている1人の男が、報告書の提出者にして筆者、帝国情報局員ライドルカ・オリフェントだ。トーパ王国から帰ってきて、魔王ノスグーラ関連の報告をしていたのである。

 

「これは……これは、本当に本当のことなのか?」

 

 不意に、アルネウスが苦虫を噛み潰したような顔でライドルカを見上げ、一言尋ねた。ライドルカも沈痛な面持ちで頷く。

 

「全て“事実”です。私がこの目で全て目撃しました。信じがたいことですが……」

「そうか……」

 

 ライドルカの返事に、アルネウスは大きな溜め息を一つ吐いて言葉を続けた。

 

「神話に残るほどだから、魔王ノスグーラの強さについては、ある程度覚悟はしていたが、まさかロデニウス連合王国に“こんな力”があるとは……」

 

 アルネウスの溜め息の原因は、ライドルカが提出した報告書に書かれた内容だった。魔王ノスグーラの力について(ライドルカの見た範囲で)情報収集した結果と、ロデニウス連合王国軍について(ライドルカの見た範囲で)情報収集した結果が、その内容である。

 まず魔王ノスグーラについては、概ねアルネウスが予想した通りの内容が書かれていた。特記事項として、魔王ノスグーラ特有の「制御ができない筈の魔物を多数統率する能力」。さらに、騎士団200騎を一瞬で焼き尽くした高温の黒い炎の鳥を生み出す魔法、岩の巨人「カイザーゴーレム」の召喚術。防御魔法の存在。どれも、神聖ミリシアル帝国の技術を以てしては実現不可能な代物である。やはり、こんなものを行使できる魔王ノスグーラを生み出したとされる、古の魔法帝国……「ラヴァーナル帝国」の技術力は、想像を絶するものがあると見て間違いない。

 しかしそれ以上に問題なのは、ロデニウス連合王国軍についてのデータであった。まず、魔王ノスグーラと対峙した際にロデニウス連合王国軍が繰り出した、「戦車」なる兵器。それは、ミリシアルでも使われる自動車のような乗り物に、分厚い装甲板と強力な大砲を装備させた、恐るべき陸戦兵器である。

 

「ライドルカ。お前は、この戦車なる“兵器”について、どう見る?」

「はい、絶対に侮れない兵器だと考えます。

おそらくこの戦車という兵器こそ、エストシラントで目撃報告があった『地竜リントヴルムとは異なる鎧を着た怪物』であると考えて良いでしょう。私が見た範囲の戦車ですが、確かに車のような……いや、車より少し遅い速度で走っていましたし、生物のような印象は全くなく、寧ろムーで作られる“機械”のような印象を受けました。魔力測定器に一切の魔力反応が探知されなかったことも、それを裏付けています。また、その戦車が装備する大砲は、カイザーゴーレムの足を一撃で吹き飛ばすほどの威力を持っております。我が国の陸軍にも、二足歩行型の陸戦兵器がありますが、あれらはどう考えてもカイザーゴーレムほど頑丈ではないと思います。よって、ロデニウス軍のこの戦車と対峙すれば最悪の場合、一撃で倒されてしまうでしょう。

戦車の防御力については未知数ですが、おそらく相当のものを持っていると見て良いと思います」

「ううむ。陸軍の機甲兵器では、まず勝てないということか」

「私はそう思います」

 

 アルネウスの「痛み」の種、1つ目である。なお、この「痛み」とは、主に頭痛と胃痛である。

 次に、

 

「ロデニウスの『天の浮舟』か……」

「はい。天の浮舟というより、どちらかというとムーの飛行機械に似てると思います。現に、“プロペラらしき機構”が付いておりましたし」

 

 「痛み」の種2つ目、ロデニウス連合王国製の「天の浮舟」。

 報告書には、それについて以下のように記されていた。

 

「ムーの戦闘機『マリン』が持つ“プロペラエンジン”なるものと同様の機構によって飛行していると見られるが、ムーの『マリン』が複葉機であるのに対して、こちらは単葉機である。その外見的特徴は、我が国の『ジグラント3』に似た、中ほどから上方に向かって折れ曲がった奇妙な主翼と固定脚である。固定脚であるからして、我が国の『ジグラント1』より前の世代の爆撃機程度の性能であると思われる。

ただし、我が国の『ジグラント3』を以てしても決してできない攻撃方法として、“垂直急降下爆撃”がある。我が国の最新型爆撃機『ジグラント3』に乗る練度の高い搭乗員であっても、降下角度約60度での急降下爆撃が限界だというのに、ロデニウス連合王国の『天の浮舟』は、ほとんど垂直落下にしか見えない急降下爆撃を実践してのけた。しかも、搭載されていた爆弾は3発あり、我が国の520㎏魔導爆弾とほぼ同サイズと見られる爆弾2発と、それよりも遥かに大きな爆弾1発である。あれほどの大型爆弾を急降下爆撃機に搭載できるとすると、ロデニウス連合王国の航空技術は、『ジグラント1』より前の世代の爆撃機を運用していた頃の、我が国のそれを凌いでいる可能性がある」

 

「この記述についてだが……君が見間違えたなんてことはないと思うが、本当に垂直急降下していたのか? 『ジグラント3』よりも遥かに過積載の状態で?」

「私とて信じ難いのでありますが、遺憾ながら“全て”この目で目撃致しました。間違いなく、()()急降下です」

「そうか……」

 

 ギュルギュルと、自分の胃が悲鳴を上げたようにアルネウスには思えた。

 垂直急降下爆撃だなんて、夢物語よりも性質(タチ)の悪い冗談にしか思えない。だが、ライドルカは嘘を吐くような男ではない。おそらく、全て()()()見たのだろう。

 

(考えたくはないが……まさかロデニウス連合王国の爆撃隊は、こんな化け物じみた練度の持ち主ばかり揃っているのか? いや、考えすぎだ……と思いたい)

 

 アルネウスは激しく頭を悩ませていた。

 

 なお、読者の皆様には既にご承知のことと思うが、あれはルーデル閣下がおかしいだけである。有名な「艦爆の神様」こと、空母"(そう)(りゅう)"所属の()(ぐさ)隊長であっても、これほどの練度ではない。あれはただ単に、“ルーデル閣下がおかしいだけ”である。大事なことなので二度言いました。

 

 そしてアルネウスの「痛み」の種3つ目、ロデニウス連合王国陸軍歩兵の装備である。

 

「全員が、比較的短時間での連続発射が可能な小銃を配備し、しかも“個人が両手で持てる機関銃”を持った歩兵や、肩に背負えるようなレベルまで小型化した魔導砲、更には掌サイズの爆弾まで装備している、だと……?」

 

 もう報告書を読んだだけで、頭痛どころかくも膜下出血でも起きそうな内容しか書かれていない。

 もちろん、ミリシアル陸軍にも魔導小銃はあるが、1発撃ったらボルトを引いて次弾を装填しなければならない仕掛けなのだ。云わば“ボルトアクション式”魔導小銃という訳である。どんな銃か想像し難い人は、狙撃手(スナイパー)が使っているような銃や猟銃を想像して貰えばよろしい。

 ボルトアクション式銃は、威力が高く精度も素晴らしいのだが、欠点がある。1発撃ったら、すぐ次弾を装填しなければならないため、機関銃に比べるとどうしても“一定時間にばら撒くことができる弾の数”に限界がある。言い換えると、瞬間火力が低いのだ。この欠点を補うため、現在ミリシアル陸軍は「ボルトアクション式でない、連続発射が可能な新たな小銃」の開発を進めているのだが、難航している。

 ところがロデニウス連合王国陸軍は、その「ボルトアクション式でない、連続発射が可能な新たな小銃」を既に実用化して、前線部隊にまで配備してしまっているのだ。「ボルトアクション式でない、連続発射が可能な新たな小銃」の開発において、栄光ある神聖ミリシアル帝国は、高が()()()()()()()に先を越されてしまったのである。

 しかも、いくら持ち運び可能な野戦用魔導砲や掌サイズの爆弾がミリシアル陸軍にあると言っても、掌サイズの爆弾はともかくとして、魔導砲は決して肩に背負えるようなサイズではない。そして“個人が両手で持てる機関銃”なんて開発されていない。ミリシアル陸軍の切り札である、二足歩行型陸戦兵器に持たせる機関銃はあるが。

 という訳で、先に出てきた戦車の情報も総合して考えると、どうやらロデニウス連合王国陸軍の技術の方が一枚上手らしいのである。

 

 そして、アルネウスの「痛み」の種4つ目。それは……

 

「ロデニウス連合王国は、グレードアトラスター級戦艦に酷似する戦艦を“少なくとも”1隻保有しており、さらにそれを、1人の女性の中に隠すことで陸上での展開も可能としている、だと……」

 

 報告書を読んだ瞬間、アルネウスの意識が一瞬遠くなった。卒倒しかけたのだ。

 慌ててライドルカに助け起こされ、どうにか意識を取り戻したアルネウスは、グルグルグルと音を立てる胃を何とか宥めながら、真っ青な顔で書類を読み直す。

 

「色々と突っ込みたいことが多い……。まず、ロデニウスの戦艦の見た目が『グレードアトラスター』に似ていた、というのは本当か?」

「はい。見間違えようもない、酷似したシルエットでした」

「ううむ、そうか……」

 

 これだけで既に頭の痛い案件である。下手をすると、ロデニウス連合王国とグラ・バルカス帝国が同盟しているかもしれない、ということが、この情報だけで容易に想像できるからだ。同盟していない限り、姿が酷似した戦艦を建造するなんて不可能だろう。

 

「その戦艦の性能の方はどうなのだ? それと、ロデニウスとグラ・バルカスの同盟の可能性は?」

「すみません、そこは分かりません。あまりにも情報が無さすぎます」

「やはりか……」

 

 薄々覚悟はしていたものの、ライドルカはきっぱりと言い切った。

 

「まあ、その辺については国交開設の時にでも確認すれば良いだろう。

だが、ロデニウス連合王国は1人の女性の中にそんな超巨大戦艦を隠せるという情報、これは本当か? 女性を船に変身させるなんて、聞いたことがないぞ!」

「それも信じられないのですが、事実です。この通り」

 

 そう言うと、ライドルカは1枚の魔写を取り出して机に置いた。そこには、金属製の鎧のようなものを着けた長身の女性が写っている。率直に言って、かなりの美人だ。

 

「これは……?」

「グレードアトラスター級に酷似するロデニウスの戦艦が変身したのが、その女性です。肩のところをご覧いただくとお分かりになると思いますが、三連装砲が付いているでしょう?」

「どれどれ……これか。む? 言われてみれば、確かに『グレードアトラスター』の主砲の形と似ている気がする……!」

「それが証拠に、こちらもご覧ください」

 

 ライドルカは、さらに2枚の魔写を差し出した。1枚はレイフォリア沖で撮影されたグレードアトラスターのそれだが、もう1枚の方は空中を舞う「大和(やまと)」である。

 

「なっ……!? これは……そっくりじゃないか!」

「はい。それ故酷似している、と申し上げたのです。

しかし、まさか軍艦1隻を1人の女性の中に隠せるとは、予想外も良いところでした。先ほど局長殿も仰いましたが、女性を船に変身させる魔法なんぞ私も聞いたことがありません。古の魔法帝国しか知り得ないような、高度な魔法が使われたのかもしれません」

「まずい、本当にまずいな……」

 

 本日何度目かの溜め息を吐くアルネウス。しかも、今度の溜め息は本日最大規模である。

 それはそうだろう、1隻の船、それもグレードアトラスター級戦艦クラスの“化け物”を1人の女性の中に隠すことができるとなると、これは大変だ。グレードアトラスター級擬きを持っている時点で一大事だが……アルネウスはその先を見ていた。

 

「何がそんなにまずいのですか?」

「ライドルカ、考えても見ろ。“船が人間に化けることができる”ということは、まず防諜のしようがない。我が国は商人の行き来も盛んだ、それに紛れ込んで我が国に侵入することくらい難しくないだろう。だから、云わば『スパイ運搬船』として、多数の間諜を誰にも気取られることなく我が国に送ることができる。これが1つ目。

次に陸上でもあの軍艦を展開できる、という点だ。我が国の魔導戦艦の例を見れば分かるが、大型の軍艦は非常に堅牢なものだ。そんなものが、ある日突然我が国の()()に出現したらどうなる? 思わぬところにまで密かに侵入され、しかも一瞬で大兵力を好きなところに展開できる、なんてことも不可能じゃないし、それに一度戦艦が陸上に出現してみろ、その大火力と堅牢さのお蔭で無視できない、しかし破壊するのが非常に困難な要塞となるだろう。

それに、……流石にこれは空想だと思いたいが、もしかするとロデニウス連合王国はこうした女性を複数人、“切り札”として持っているかもしれない。しかも、そういった人間が化ける船が戦艦だけとは限らない。仮に上陸作戦用の輸送艦がこうした女性に化けることができてみろ、どうなる?」

 

 ここまでアルネウスが説明すると、流石にライドルカも血の気を失っていた。

 

「ある日突然、数千人規模のロデニウス連合王国兵が我が国の領内に出現……。しかも最悪の場合、あの戦車を伴っているかもしれない……。そういった兵力を好きなだけ、我が国に一切気付かれることなく展開することができ、我々が気付いた時には既にアルビオン城が占領され、皇帝陛下が捕らえられている、なんてことも……?」

「想像したくないが、十分有り得る話だ……」

 

 ここで一旦話を切り、アルネウスとライドルカは揃って「はぁー……」と重い溜め息を吐いた。

 まあ、彼らの想像は決して間違ってはいない。実際、艦娘にはそういうことができるだけの“能力”がある。そして、ライドルカが想像したような形で戦闘に投入した例もある。

 読者の皆様は、パーパルディア皇国との戦争の最終盤、パールネウスでの戦いを覚えておいでだろうか? あの時、あの戦いに決着を付けたのは、強襲揚陸艦の艦娘"あきつ丸"だった。ディグロッケとの合わせ技ではあったが、誰にも気付かれずにパールネウスの皇宮内に侵入し、数日間の綿密な偵察を経て皇宮の内部構造を把握し、そしていざ戦闘となった時に数千人規模の陸軍妖精隊を一挙に展開、電撃的速度で皇軍司令部と皇族たちを制圧、捕らえてしまったのである。艦娘の特性を上手く活用すれば、そんな戦い方も可能となるのだ。

 つまり……アルネウスはこう考えたのである。“ロデニウス連合王国は、恐るべき軍事力を持っているのだ”と。

 

「パーパルディア皇国が敗れるのも道理だな。天の浮舟やそんな超大型軍艦を運用しているとなれば、戦列艦やワイバーンロードでは到底勝てない。我が国の海軍でも、パーパルディア軍をあっさり吹き飛ばせるのだからな。

何故、“第三文明圏外の国”がそれほどの軍事力を有しているのかは不明だが……これはますます、ロデニウス連合王国を軽視できなくなってきたぞ」

 

 そしてロデニウス連合王国関連だけでもこれだけ悩みの種が出てきたというのに、アルネウスにとっては最大の「痛み」の種が待ち構えていた。それは、

 

「い、古の魔法帝国が、ち、近いうちに復活する、だと……?」

 

 今度こそアルネウスは意識を失いかけたが、気力を振り絞ってどうにか意識を現世に繋ぎ止めた。そして真っ青な顔のままライドルカに尋ねる。

 

「これは……確かか?」

「魔王ノスグーラ自身が、今際の際にそう言ったのです。間違いないでしょう。……信じたくない、という点については同意いたします」

 

 沈痛な面持ちで返答するライドルカ。

 古の魔法帝国と言えば、「この世界」の誰しもが知っている恐怖の名前だ。ヘタをするとアレルギー反応すら出しかねないレベルの名前である。その国が復活するというのだから、アルネウスの心労が溜まるのも無理からぬことである。

 

「……分かった。この報告書、確かに受理した。ご苦労だったな、ライドルカ」

 

 アルネウスの「痛み」の種は、当分解消されそうになかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 一方その頃、第二文明圏の列強国ムー国にも、「トーパ王国政府の公式発表」と「観戦武官からの報告」という形で、魔王ノスグーラとの戦いの顛末が伝わっていた。

 

「そうか……」

 

 報告を聞いていた軍高級幹部の1人が、呟くようにそう言った。

 

「空からグレードアトラスター級を投下……。しかもそれは、あの『艦娘』と呼ばれる、ロデニウス連合王国の“秘密兵器”だった、と……」

「マイラス君、君はこの艦娘についてどう見る? 君は長いことロデニウスに行っていたから、ある程度分かると思うのだが?」

「は、まずは魔写を拝見させてください。……これは……、間違いありません。グレードアトラスター級に酷似する日本の戦艦『ヤマト級』です。そして、彼女はそのネームシップ、『ヤマト』で間違いありません」

「確かか?」

「はい。ヤマトさんには、私も何度も会っていますし、それにヤマト級を公開していただいた時にも会っています。間違いなく、ヤマト級のネームシップ、『ヤマト』です」

「そうか、ありがとう。しかし、信じられんな……。本当にロデニウスは、こんなものを運用しているのか……」

「以前に私の報告書でも申し上げましたが、驚くべきはそれだけではありません。どうやらロデニウス連合王国は、こうした艦娘をざっと150人以上は保有しているようなのです」

「なんだと!?」

「それだけではなく、どうも艦種も様々にあるようなのです。巡洋艦や航空母艦、果ては『潜水艦』という、自発的に海に潜る船にも艦娘がいるようです」

「なんと……」

 

 底知れないロデニウス連合王国海軍の戦闘力に、ムー統括軍上層部も恐れをなしていた。

 

「そうだ、信じられないといえば。以前君が報告書に書いていた、『戦艦は航空機や空母に勝てない』というのは本当か?」

「は、私も実際にこの目で見た訳ではありませんので、正確なところは不明です。ですが、書籍にまで書かれていることから、本当のことであると考えます。いくら何でも、嘘を書籍に書くような真似はしないでしょう」

「ふむ。本当だとは思うが、確信は持てない、か……」

 

 別の軍高級幹部が、マイラスの意見を聞いてそう呟いた時、

 

「静粛に!」

 

 議長が発言し、場は静まり返った。

 

「形はともかく、ロデニウス連合王国軍は魔王ノスグーラを倒した。これは“事実”である。彼らは古の勇者パーティーにもできなかった“偉業”を成し遂げたのだ。我がムー統括軍の全力を以てしても、できるかどうか判然としない偉業をだ。

ロデニウス連合王国の力は本物であると認めざるを得ない。そこで、以前から何度も話し合われている『永世中立の破棄、ロデニウス連合王国との同盟締結』についてだが、これに反対する者はここにいるか?」

 

 議長がそう問うと、席の一角から手が挙がった。

 

「異議……というほどではありませんが、意見具申させていただきたく存じます。

ロデニウス連合王国軍の強さについては、もはや疑う余地はありません。ですが、先立ってマイラス君が伝えてくれた、『戦艦は航空機や空母に勝てない』という情報……この情報の“確実性”だけは疑問符が付きます。我が国、いや、この世界においては、『戦艦は航空機の攻撃では()()()()』というのが常識となっています。しかし、マイラス君の報告やその元となったロデニウス連合王国の書籍は、その常識に真っ向から異を唱えるものであり、私としてはどちらを信ずるべきなのかが判然としません。同盟締結の前に、そこのところを確かめるべきではないかと存じます」

 

 この意見を唱えたのは、先ほどマイラスに『戦艦は航空機や空母に勝てない』という情報について尋ねていた高級幹部である。

 

「ふむ、その情報の確認か。して、(けい)は如何にしてその情報の確度を確かめるのか、方法はあるのか?」

 

 議長が尋ねると、幹部は即答した。

 

「はい。私としては、年が明けてすぐにロデニウス連合王国海軍と我が海軍との合同軍事演習を行い、そこで模擬戦闘によって確認する方法を考えております。規定としては、ロデニウス連合王国海軍が投入できるのは空母()()。こちらは艦数はともかくとして、艦種については無制限に戦力を投入し、それで模擬戦闘を行って判定したいと考えます。

我が海軍にも少数ではありますが、空母の有用性を訴えている者がおります故、これはその者たちの考えの確認にもなるでしょう」

「なるほど、合同軍事演習か。これに異議ある者は?」

 

 議長のこの質問には、今度こそ「異議あり!」の声は出なかった。

 

「よし、ではユウヒ大使を通じて、年明け後にロデニウス連合王国海軍と我がムー統括海軍の合同軍事演習を行う、という方向で行こう。そこで航空母艦の有用性を確認し、確かなデータが取れれば、今度こそロデニウス連合王国と正式に軍事同盟を締結する、という方向としたい。詳細については、外務省と協議した上で追って通達する。

今回の演習は、おそらくこれまでに例のない大規模なものとなるだろう。諸君には遺漏無く演習の準備を進めて貰いたい。以上、解散!」

 

 これにて、ムー統括軍上層部の会議は終了した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その翌日、中央暦1640年12月26日、ロデニウス連合王国 首都クワ・ロデニウス。

 

「ムー国との合同軍事演習……ですか?」

「ああ。先方からの立っての願いだそうだ」

 

 ロデニウス連合王国軍総司令部では、ヤヴィンに呼び出された堺が説明を受けていた。

 

「昨日ユウヒ大使から渡された文書によれば、ムー海軍が航空母艦の有用性を確かめたがっているらしい。以前我が国を訪れた観戦武官たちが持ち帰った、『戦艦は航空機や空母に勝てない』という情報が正しいのかどうか、確認したいのだそうだ。演習の結果次第では、ムー国はこれまでの外交姿勢を転換して、我が国との軍事同盟の締結も考慮に入れているそうだ。もし同盟が締結されれば、我が国はムー国という大きな後ろ盾を得て、国際社会に対する箔が付くだろう。

堺殿。度々すまないが、卿の第13艦隊の力を貸して欲しい」

 

 言いながら、頭を下げるヤヴィン。

 

「ヤヴィン総司令、まずは頭を上げてください」

 

 堺は、慌ててヤヴィンに声をかけた。

 

「軍事演習の件については、承知致しました。ですが、受けるにしてももう少し詳しい情報が欲しいので、後でそのムー国からの文書を見せていただきたく存じます。詳細な情報がなければ、こちらが派遣する戦力を考えることも難しくなりますので」

 

 そう言いながらも、堺は素早く計算を始めていた。

 

(“空母の有用性を確かめたい”、か。となると、こちらは空母以外の戦力は投入できんな。対して、向こうは戦艦から何から一切合切投入してくるに違いない。これを叩き潰すとなると、誰にどの飛行隊を乗せるのが適任だろうか……?)

 

 

 そのしばらく後、タウイタウイ泊地 第13艦隊司令部。

 

「なるほどな……」

「提督、何が『なるほど』なの?」

 

 ムー国から届いた文書を持ち帰った堺が、提督室でそれを見て唸っていると、本日の秘書艦である"()()"が書面を覗き込んだ。

 

「……ムーとの軍事演習?」

「ああ。どうも奴さんたち、空母が戦艦を仕留められるほど“強力な艦艇”なのか、確かめたいらしい。で、編成を見てみたんだが……明らかに殺す気満々だな」

 

 堺が見ていた書面のうち、〈ムー統括海軍の投入戦力〉と題された項目には、次のように書かれていた。

 

『戦艦 4隻

航空母艦 2隻

巡洋艦 16隻

計 22隻』

 

 堺が「殺す気満々」と評するのも、無理からぬことであろう。

 ムー海軍のこの戦力は、“高が22隻”かもしれないが、神聖ミリシアル帝国を除く各国にとってはとんでもない大戦力だ。これほどの規模の艦隊が相手となった場合、神聖ミリシアル帝国を除く各国海軍の最精鋭の連中でも、尻尾を巻いて逃げ帰るか、叩き潰されるかするに違いない。「世界的」には、それほどの大戦力なのである。それが、この「22隻」という数字だ。

 

「数は凄いけど……提督、質的にはどうなの?」

 

 そこをすぐ聞いてくる辺り、流石に"伊勢"はよく分かっているというべきだろう。

 

「正直に言うと、“質的”には俺たちの敵ではない。ムー海軍の装備は、地球で言うと19世紀後半〜20世紀初頭程度の質だ。ぶっちゃけた話、戦艦は最新鋭艦で『()(かさ)』レベル、空母はだいたい『(ほう)(しょう)』レベル。巡洋艦もこれに準じる程度だ。つまり伊勢、お前から見たら“時代遅れの連中”を相手にする格好になる計算だ。10対22で戦っても、間違いなく勝てるだろう。

ただ……俺としては、ここは“1人の空母艦娘”に任せるべきだと考える。奴さんたちが見たいのは、『空母がどれだけ戦えるか』、だ。また、こっちから見れば(がい)(しゅう)(いっ)(しょく)で倒せる連中ばかりだ。そういう点を考え合わせると、ここは1人の空母艦娘に任せた方が、コスパが良いと思ってな」

「なるほど……じゃあ()()さんにでも任せちゃう? どうせ改二艤装の実戦データ、全部は取れてないんでしょ?」

「お見通しだな、お前は」

 

 堺は苦笑した。

 

「よし、ならそれで行こう。この演習は加賀1人に任せることにするか」

 

 あっさり決断した堺であった。

 

「ふう……」

 

 "加賀"への命令書を持って"伊勢"が退室した後、堺は椅子をくるりと回して窓の外を見ながら、1人呟いた。

 

「やれやれ、厄介な案件を2つも片付けたと思ったら、今度は年明け早々外国との合同軍事演習か。休む暇がないな……」

 

 そう。実は堺が取り組んでいた案件は2つもあり、そのどちらもが厄介な代物だったのだ。故に、堺は案件の片方に注力し、もう片方……「魔王ノスグーラと魔王軍の討伐」の指揮を"大和"に任せていたのである。

 

(あそこで手に入った情報……実り多いものであることは確実だ。強力な魔法が絡む案件っぽいし、マッドエンジニアどもを急かして解析を急ぎたいところだが……気ばかり急いても仕方ない。もう年末だ、せめて年末年始くらいは休まなくては……)

 

 そう考えた時、堺は“あること”に気付いた。

 

「そうだ、俺がこんな考えをしてるってことは、艦娘たちや妖精たちもまた然り、同じことを考えてる筈だ。当直の哨戒任務は仕方ないとして、その他の全員に12月31日から来年1月3日までの4日間、休みを命じておかなければ。たまには、あいつらにも休みを取らせてやらんとな」




というわけで、簡単にまとめるとミリシアルは((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル、ムーは軍事演習で最後の確認を決定、というところです。
まあそうですよね、船が女性になるなんて誰に想像できるんだ、って話です。これがもし敵に回れば、ミリシアルは間諜され放題、最悪の場合はアルビオン城に敵の潜入を許して皇帝を人質に取られる可能性もあるのですから。

そして、どうやらムー海軍との軍事演習には"加賀"が単独で出撃することになりそうです。果たして、演習の行方は…?


UA37万突破、お気に入り登録1,800件突破、そして総合評価が6,700ポイントに迫ってる…重ね重ね、ご愛読本当にありがとうございます!!!
評価10をくださいました五式戦様、ヘカート2様、米うまし様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

第三文明圏大戦とその後始末、ムー使節団の「大和」視察、そして魔王戦と、多くの出来事があった中央暦1640年。その1640年も終わり、そして新たな年が来る…
次回「中央暦1641年の元旦」

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