鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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時節柄、先に中央暦1641年の元旦の様子をお送りしてしまいましたが、中央暦1640年の出来事で描き残したものが1つありますので、今回から数回かけて、描写したいと思います。
また、1月8日からまた実習があります。今回が実習前最後の投稿になるかは不明ですが、この先更新が遅い時期に入りますことを、予めご了承願います。



091. 堺の案件 新たなる外交

 中央暦1640年12月6日、ロデニウス連合王国 首都クワ・ロデニウス。

 12月ということもあるのか、人々の往来は心なしか忙しそうに見える。あちこちの建物の建設工事は急ピッチで進んでおり、「オタハイト(ムー国の首都)に負けない街並みを」を合言葉に、近代都市の建設が急がれていた。

 そんなクワ・ロデニウスの一角にある外務省庁舎。そこでは、外務大臣リンスイ卿以下の外務省高級幹部たちが、“ある案件”に頭を抱えていた。

 

「ここに国があるらしい、という情報が、堺殿のところから流れて来たのだが……これ、どうやって接触を図れば良いんだ?」

 

 リンスイの呟きは、この場にいる者全ての悩みをそっくり代弁していた。

 彼等が見ていたのは、世界地図だ。ロデニウス連合王国海軍第13艦隊にしか配備されていない特殊機材(UFO)を駆使して作られたものらしいが……そこには変わった地形が映し出されていた。

 なんと、高さ約1,500メートルの山々がカルデラのようにリング状に連なっており、その内側にはアルタラス島の約半分くらいの大きさの島と内海が存在しているのだ。タウイタウイ泊地からの報告では、その内海に浮かぶ島に城壁らしき構造物に囲まれた都市が幾つも確認され、明らかに文明が築かれている、とのことであった。また、王城らしき建物も確認されたことから、国家があるものと推測される、とのことでもある。文明レベルとしては、タウイタウイ泊地が転移してくる前のロデニウス大陸の各国とほぼ同レベルだそうだ。

 その位置は、ロデニウス大陸から見て北東方向距離約4,500㎞。かなりの距離だ。しかも島を囲むカルデラ状の山脈は、港湾施設はもちろん、天然の港湾や砂浜すらも存在しない断崖絶壁ばかり。船で乗り付けるのは不可能と言って良い。しかも、内海に浮かぶ島もこれまた断崖絶壁ばかりである。

 ならば空から行けば良いではないか、という話になるが、そもそもこの島、航空機が降りられるような飛行場、またはそれに使える結構な広さの平地が存在しない。滑走路を造るためだけに他国の領土を空爆する訳にもいかない。従って、「ドゥーリトル空襲」よろしく陸上機を空母に乗せて無理矢理飛ばしたとしても、着陸できない。さりとて空挺降下、という訳にもいかない。空挺降下は難易度の高い技であり、訓練している軍人ならまだしも、“外交官”という軍事にはずぶの素人を降ろさなければならないのだ。従って、空挺降下も不可能。

 ヘリコプター? そんな便利な代物ロデニウス連合王国にある訳が……いや、“それっぽいもの”なら存在する。タウイタウイ泊地に配備された「カ号観測機」だ。ヘリコプターではなくオートジャイロだが。

 だが、最終的にそれを使うことになるとしても、相手国から見てこんな奇怪な機械で、いきなりお邪魔する訳にも行くまい。

 

 結論として、「これでどうやって戦えば良いんだ!」という話である。

 

 ロデニウス連合王国は、中央暦1640年になってすぐに発生した、約半年にも亘るパーパルディア皇国との戦争とその事後処理を全て終え、現在は改めて周辺国との国交の開設や大東洋共栄圏への参加の打診、さらには第一文明圏(中央世界)や第二文明圏との国交開設も視野に入れた、本格的な外交活動を精力的に行っている。ロデニウス連合王国に対する世界的な注目の高まりを予想しての活動だった。いや、もしかすると神聖ミリシアル帝国主催の「先進11ヶ国会議」に招待される可能性もある。なので、そういった事態に備えて優秀な外交官を育てておく、という実地訓練としての意味合いもあった。

 そんな折、第13艦隊麾下の独立第1飛行隊……ディグロッケを装備するあの部隊である……から、「長期飛行訓練中に新たな国家と思しきものを発見した」という知らせがもたらされ、調査が行われた結果、これは第13艦隊が密かに進めている“世界地図作成プロジェクト”に関わるだけでなく、外務省案件でもあると堺が判断し、情報が外務省に回されてきたのである。

 

「うーん、航空機でも船でも接近は無理だな……。どうしよう…」

 

 リンスイが頭を悩ませていたその時、幹部の1人がぽつりと呟いた。

 

「……そうだ。ワイバーンって使えないでしょうか?」

「ワイバーンだと?」

 

 幹部の呟きに、リンスイは驚く。

 

「いや、ワイバーンも滑走路が必要だろう?」

「いえ。私の知り合いの1人から、確か“『滑走無しで垂直に離着陸できるワイバーン』を操る竜騎士を知っている”と、聞いたことがあるのですが」

「何……だと……!?」

 

 リンスイの目の色が変わった。

 

 

 その1時間後、ロウリア州某所 ロデニウス連合王国軍基地。

 ワイバーン用の飛行場を併設するこの基地の司令部に、1人の竜騎士が呼び出されていた。彼はその名をムーラと言い、旧ロウリア王国の時代から前線で勤務しているベテランの竜騎士である。

 

「竜騎士ムーラ中佐、参りました。此度はどのようなご用件でしょうか」

「うむ。まずは1つ聞きたいのだが……」

 

 司令部の司令室に出頭したムーラに対し、基地司令が顎髭を撫でながら質問してきた。

 

「君は、ワイバーンに君ともう1人の人間を乗せた状態で、背の高い木々が生い茂る深い森に“滑走路無しで離着陸が出来る”らしいが、それは本当かね?」

「はっ、可能であります」

 

 真意が掴めないものの、ひとまず質問されたことに答えるムーラ。その答えを聞いて、司令の目の色が変わった。

 

「そうか。よし、ではムーラ中佐、(けい)に1つ任務を命じる」

「はっ!」

 

 ムーラは、無意識に姿勢を正した。

 

「我が国の軍部の命令、そして外務省からの要請だ。外交官を、君のワイバーンの後ろに乗せて竜母から発進し、未知の国に飛んで欲しい。

簡単に言えば、外交官の輸送任務とその護衛任務だ。

今回は、空軍と海軍が共同で建造した我が国初の竜母の運用試験、そしてワイバーンロードの運用試験も兼ねられており、何よりあの第13艦隊の護衛も付く予定だ。危険も少ないだろう。

頼む。我が国の国威発揚のためにも、君の力を貸して欲しい」

「承知致しました。ご命令とあらば、このムーラ、責任を持って外交官を無事に他国まで送り届け、また迎えに行かせていただきます」

 

 軍部からの命令とあっては断れない。

 ムーラは即答で、この任務を拝命したのであった。

 

 その頃リンスイは、いきなりアポイントも無しで外務省を訪ねてきたトーパ王国の大使から、「魔王ノスグーラ復活、多数の魔物を率いてトーパ王国に侵攻。大東洋憲章と共栄圏内規定に基付き、大至急援軍派遣を要請する(意訳)」という緊急案件を持ち込まれ、悩みの種を1つ増やしていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ロデニウス連合王国がディグロッケの飛行訓練の際に発見し、国交開設を図ろうとしている島には、3つの国があった。

 

「カルアミーク王国」

「ポウシュ国」

「スーワイ共和国」

 

 この3国である。

 この、外の世界とは隔絶された島に存在する3国の文明レベルは、タウイタウイ泊地が転移してくる前の第三文明圏外相当である。他国との交流が全くない状態で、自力のみでここまで文明を発展させることができたことも凄い、とうp主は個人的に思うのだが。

 

 

 時に中央暦1640年12月14日、「氷山作戦(オペレーション・アイスバーグ)」に参加する陸軍部隊を護衛する第13艦隊護衛部隊が、魔王軍の別働隊を(がい)(しゅう)(いっ)(しょく)で蹴散らしていた頃。(ところ)は上記の3国のうち、カルアミーク王国の王都アルクールにあるウィスーク公爵邸。

 ウィスーク公爵家は、カルアミーク王国の建国時に大きな功績を挙げ、マウリ侯爵家・イワン公爵家と合わせて「王国の三大諸侯」と呼ばれている。そのウィスーク公爵家の大きな屋敷の中で、1人の女性が本を読んでいた。本の表紙は『英雄の伝説』と題されている。

 

 数々の英雄伝説が書かれた本にその女性、20歳になったばかりのウィスーク公爵家令嬢エネシーはハマっていた。

 

「エネシー、昼ごはんの時間よ! 早く降りて来なさい」

 

 母親がエネシーを呼ぶ声が、1階から聞こえてくる。

 

「はーい!」

 

 エネシーは、食後にまた読もうと思い、本をベッドの上に伏せて置き、食堂に向かった。

 いつもの昼食が始まる。

 

「エネシー、貴女小さい子が読むような本ばかり読んでいないで、彼氏の一人でも見付けて来たらどうなの? もう20歳にもなるのだから」

 

 母のニッカが、エネシーにとっては痛いところをズバリと突いてくる。

 

「母さん、エネシーに彼氏はまだ早いよ」

 

 それに対し、エネシーの父、ウィスーク公爵は娘を庇った。

 

「早いもんですか! 女盛りの時期に男が出来なかったら、男なんて一生できやしないわよ」

 

 公爵に言い返し、ニッカはエネシーに更に尋ねる。

 

「ちょうど1ヶ月後に、王国建国記念祭があるでしょう? あれはカルアミーク王国の一大イベントよ。一緒に行けるような男はいないの?」

「うん、いないよ」

 

 エネシーは静かに答える。

 

「いないなら、建国記念祭で見付けておいで!」

 

 そう言って、エネシーに発破をかけるニッカであるが、

 

「うーん、そういう出会いって何だかなぁ……」

 

 エネシーの反応は微妙なものだった。

 

「何よ?」

「やっぱりこう……劇的な出会いがしたい! 心が揺さぶられるような」

「貴女、劇みたいなことを言ってないで、現実を見なさいよ」

 

 ロマンチストなところを見せるエネシーだが、母親のニッカはそれをばっさりと切って捨てる。まさに、本音で話をする家族の会話であった。

 

「そうだ、現実と言えば」

 

 と、そこへウィスーク公爵が話に割って入る。

 

「王下直轄騎士団の団長から聞いたんだが、最近霊峰ルードの火口付近で多数の魔物の出没が確認されているんだ。王都からは遠いから問題は無いと思うが、念のために王都から勝手に出てはいけないよ。

特にエネシー、君はあちこち出歩く癖があるから気を付けなさい」

「はーい。ごちそうさまっ」

 

 食事を終えたエネシーは、2階の自室に戻り、ベッドの上に伏せて置いてあった本を開く。その本「英雄の伝説」は、今までのカルアミーク王国の歴史の中で起きた、様々な英雄的出来事が記されている。

 中でもエネシーが好きなのは、本の最後に記された古代の預言者トドロークの預言、カルアミーク王国の危機について記された文章だった。

 その文に曰く、

 

『幾多の魔獣現れ、王国に危機を及ぼさんとする時、天翔る魔物を操りし異国の騎士が現れ、太陽との盟約により王国のために立ち上がる。

王国は建国以来の危機に見舞われるだろう。しかし、異国の騎士の導きにより、王国は救われるだろう』

 

 意味が良く分からない文章であるため、一般的にはトドロークは「とんでもない予言者」として通っていたが、エネシーはこのトドロークの予言を信じていた。

 

「私の……運命の人は、きっとこの騎士様よ……。王国が危機になるのは困るけど、必ず私のナイトは現れる!」

 

 エネシーは邪気が見え隠れする笑顔で本を閉じたのだった。

 

 

 その頃、王都アルクールの北側約100㎞付近にある、カルアミーク王国の聖地「霊峰ルード」にて。

 

「また見付けたぞ! 矢を放て!」

 

 男性らしい太い声で命令が飛ぶ。それは、魔物討伐のため霊峰ルードに出撃していた、カルアミーク王国軍騎士団から発せられたものだった。

 30名の騎士団のうち、10名が弓に矢を(つが)え、引き絞って放つ。放たれた複数の矢が突き刺さったのは、二本足で歩行し、その手に原始的な槍をもったトカゲであった。

 

「ギョォォォォ……!」

 

 気味の悪い声を発しながら、トカゲは騎士団に向かって走ってくる。それに対し、1人の騎士が槍を構えて相対する。

 衝突はほんの一瞬で済んだ。騎士が持っていた槍の方が、トカゲの槍よりもリーチが圧倒的に長かったからだ。

 騎士の槍の一撃で心臓を貫かれたトカゲは、血飛沫を撒き散らしながら地面に崩れ落ちる。鱗に覆われた巨体が何度か(けい)(れん)した後、その両の手足から力が抜け、トカゲは動かなくなった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……討ち取ったぞ!」

 

 トカゲに槍を突き立てた若い騎士が、血に染まった槍の穂先を天高く突き上げながら叫ぶ。自らの手柄を誇示しているのだ。

 

「よくやったぞモリソー!」

 

 団長コウシュは、若い騎士に労いの言葉をかける。

 カルアミーク王国の辺境にある聖地、霊峰ルード付近では、最近急激にその数を増し、付近の村々に被害を及ぼすようになってきた魔物を討伐するため、交代で騎士団が巡回していた。

 強い魔物が出現しても対応できるように、30名を1つの班として、複数の班が交代で巡回しているのである。

 

 団長コウシュは、たった今モリソーが討ち取った魔物の死体を見下ろした。それはグランドマンと呼ばれるトカゲの化け物で、原始的な武器を持っており、気性は荒く人間を見るとすぐに襲いかかってくる、という厄介な魔物である。

 

「最近の魔物の増え方は異常だ。いったいどうなってやがる!?」

 

 コウシュは、増え続ける魔物の討伐依頼に頭を悩ませていた。

 

 

 コウシュ率いる班が巡回と魔物の討伐を行っている頃、この国にとっては“先例の無い客”がこの国に降り立たんとしていた。そう、ロデニウス連合王国外務省の使節団、及びそれを護衛する第13艦隊の護衛部隊である。

 カルアミーク王国等3つの国を内包する島を囲む輪状山脈、その南西300㎞の沖合に、多数の艦艇が太い航跡を曳いて北東へと向かっている。平べったい印象を与える大型艦が3隻、明らかに戦艦と分かる巨体と丈高い艦橋、それに巨大な連装砲を装備した大型艦が2隻。それらの艦艇に複数の中小艦艇が付き従っている。

 その陣容は、外国との国交開設のための使節団を護衛する戦力としては、過去最大規模のものだった。

 

 

〈動員艦艇一覧〉

()()型航空戦艦「伊勢」「日向(ひゅうが)

(そう)(りゅう)型航空母艦「蒼龍」

()(りゅう)型航空母艦「飛龍」

(たか)()型重巡洋艦「高雄」「愛宕(あたご)」「()()」「(ちょう)(かい)

(なが)()型軽巡洋艦「長良」「()(とり)

(あさ)(しお)型駆逐艦「(あられ)」「(かすみ)

(かげ)(ろう)型駆逐艦「陽炎」「不知火(しらぬい)」「(はぎ)(かぜ)」「(あらし)」「()(わき)」「(まい)(かぜ)

 

アマオウ型航竜母艦「アマオウ」

サトウニシキ型補給艦4隻

 

 

 (そう)(そう)たる面子であるというのが、これを見ただけでもお分かりいただけるだろう。しかも、"伊勢"、"日向"、"蒼龍"、"愛宕"、"摩耶"、"鳥海"、"名取"、"霰"、"霞"、"不知火"と、艦隊の中でも古株のメンバーを揃えた、ベテランばかりの編成だ。特に"伊勢"と"摩耶"など、艦隊の最古参と言っても過言ではない。

 さらに言うと、「伊勢」にはこっそりディグロッケが1機搭載されている。これらによって外交使節団の護衛を行う予定であった。

 

「ここまで来るのに5日かかった……か。まあ、伊勢と日向、それに補給艦の脚は決して速いとは言えないから、寧ろこれだけの日数でここまで来れたことに感謝すべきだろう」

 

 艦隊旗艦「伊勢」の艦橋でそう呟いているのは、堺 修一その人であった。

 これが、魔王ノスグーラとの戦いで堺が陣頭指揮を執っていなかった理由(わけ)である。彼は外務省の要請と軍部からの命令によってこちらの案件に駆り出されてしまい、魔王の方を最も信頼する艦娘・"大和(やまと)"に任せるしかなかったのだった。

 

「ごめんね提督、あんまり速力出せなくて」

「ああ、いやすまん伊勢。お前に責任はないよ。“艤装の性能限界”ってもんがあるから仕方ない。寧ろ、この距離を進むのに5日しかかかってないんだから、逆によくやってくれたと言いたいくらいだ」

 

 すまなそうな顔をする"伊勢"に、堺は慌てて労いの言葉をかける。

 

 

 ロデニウス連合王国は、国交開設の前段階として使節団を派遣したものの、今回は対象国の地形があまりに特徴的であるため、ファーストコンタクトに限り担当外交官はワイバーンに騎乗、竜騎士の後ろに乗って現地に降り立つこととされた。また、その随員と護衛の面々は、貢物の搬送も兼ねて「伊勢」と「日向」に搭載された「カ号観測機」でワイバーンの後を追うこととなった。

 上空の警戒はディグロッケと、第二航空戦隊の2隻の空母「蒼龍」「飛龍」の航空隊に一任される。今回は直接の上陸も沿岸からの護衛も不可能であるため、航空戦力を護衛の中心にせざるを得なかったのだ。

 

 その頃、竜騎士ムーラは、ロデニウス連合王国初の竜母「アマオウ」の艦内で、愛騎の世話をしていた。

 

「クゥーン」

 

 ワイバーンがムーラに甘えてくる。

 

「よしよし」

 

 観察したところ、ワイバーンの体調は悪くないようだ。

 

「ムーラ中佐。緊張しておりますか?」

 

 そこへ声をかけてくる者がいた。それは、旧クワ・トイネ公国の竜騎士マールパティマである。皆様はお忘れかもしれないが、このマールパティマは、今のロデニウス連合王国に住まう者たちの中で、()()()タウイタウイ泊地の面々と接触した者だ。

 

「いや。まあ、全く緊張していない訳ではないが、それでも緊張より未知の空を相棒と飛べることの嬉しさが大きい」

 

 ワイバーンを撫でながらムーラは答える。そして、“あること”を思い出してマールパティマに尋ねた。

 

「そういえば、ターナケインはどうした?」

「ああ、彼でしたら本土で訓練中ですよ。まだ一人前とは言えない、と判断されたのです」

「そうか……それは残念だ。この作戦も、彼にとっては経験になると思ったのだが」

「まあ、彼は竜騎士としての技術は未熟なところがありますから、ある程度は仕方ありません。それを言い出したら、私の方が実地訓練をさせられそうです」

「実地訓練? そうか、卿は相棒が変わったんだったな」

「はい。今回が、新たな相棒……ワイバーンロードに騎乗しての私の初任務です」

 

 そう、マールパティマの相棒となる竜は、ワイバーンではなかった。ワイバーンロードに変わっていたのである。

 

「ムーラ中佐! そろそろ任務開始の時間です! ワイバーンと共に、エレベータで甲板に移動してください!」

 

 格納庫の入口から聞こえてきた甲板要員の叫びを聞いて、ムーラは顔を上げる。

 

「む、もうそんな時間か。では行ってくる。マールパティマ、ここを頼むぞ」

「はっ! お気を付けて!」

 

 敬礼するマールパティマを残し、ムーラは相棒のワイバーンと共に飛行甲板に上がった。そこには、既に外交官が待機していた。

 

「こ……これに、私が乗らなくてはいけないのですか?」

 

 ロデニウス外務省に所属するエルフ族の外交官リヴァロ・コーデルは、自分の不運を嘆きたくなった。

 何が悲しくて自分がワイバーンに乗って、しかも300㎞ばかりも飛ばなくてはならないのだろうか?

 

「外務省からの命令、つまり国命にして王命でしょう? 貴方も国のために働く者なら、命を懸けるのは当たり前でしょう。早く乗ってください」

 

 そんなコーデルに、ムーラが活を入れた。

 

「うう……」

 

 しぶしぶながら、ムーラの後ろに騎乗するコーデル。

 

『こちら「アマオウ」艦橋。ムーラ中佐、発艦を許可する。発艦せよ』

 

 竜母「アマオウ」の艦橋から、魔信で指示が入ってくる。それと同時に甲板要員が旗を振り回し、発艦許可の合図を出した。

 

「では、ムーラ、行きます! はっ!」

 

 相棒の脇腹を軽く蹴るムーラ。次の瞬間、ワイバーンは甲板を勢いよく蹴って、力強く翼を羽ばたかせ、遠く広がる青空へと舞い上がった。

 竜母「アマオウ」からムーラが飛び立った時、「伊勢」の飛行甲板も騒がしくなっている。先んじて飛び立った主担当外交官コーデルを追うようにして、国交開設のための使節団随員2名とその護衛、及び相手国に献上するための貢物を乗せた「カ号観測機」が、順次飛び立っているのだ。今回「伊勢」は、せっかくの「(ずい)(うん)」を全て降ろして、代わりにこの「カ号観測機」を載せてきたのである。

 堺を始め艦隊に残る者たちが挙手の礼で見送る中、1頭のワイバーンと、延べ10機にも達するオートジャイロ(と、こっそり尾いてきている1機のUFO)は、国交開設の対象国に向けて飛び立った。そこに“待ち受けるもの”が何であるかも知る由もなく。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 しばらくの後、今回国交を開設する相手国……カルアミーク王国の王都アルクールから山1つ隔てた、王都の西側約10㎞地点。

 巨大なプロペラの回転によって発生する風に木々は煽られ、枝が大きくしなる。そして、この国では絶対に聞かれない、レシプロエンジン特有の轟音と、それに混じって力強そうな羽音が1つ響いていた。そう、ロデニウス連合王国外交使節団が降り立ったのである。

 王都らしき都市からは山を隔てているため、視界が遮られている。また、北側にある主要道路と思われる山道からも、小高い丘を隔てた場所を選んで着陸しているため、着陸の様子は誰にも見られていないと思われた。

 その陣容は外交官1名、書記や書類作成等を援助する随員2名、護衛に当たる軍人5名、竜騎士1名、ワイバーン1頭という、「ごちゃ混ぜ」という表現しか見付からない混成使節団である。

 

「すまんが、ここにいてくれよ。危ないことがあったら、一時的に避難していいからな。

それと、人間は()()()食べちゃ駄目だぞ」

「キュウキュウ」

 

 ムーラはワイバーンに言って聞かせ、ワイバーン用の保存食も近くに置いておく。その横で使節団の随員や護衛の軍人、貢物を降ろしたオートジャイロは、ディグロッケが密かに見守る中で順次離陸していく。

 やがて全てのオートジャイロが飛び去り、使節団全員の出発準備が整い、いざ出発しようとした、その時だった。

 

「キャァァァ! 誰か、助けてぇぇぇぇぇ!!」

 

 森に女性の悲鳴が()(だま)したのだ。

 

「魔物が! 魔物が!! いやぁぁぁぁぁ!!」

 

「ど、どこだ!? どこから聞こえている?」

 

 コーデルを始め、使節団の一同は慌てて周囲を見回す。

 この悲鳴はおそらく北側から聞こえる。しかし、森に視界が遮られ、場所が掴めない。

 

「私が見て来ます!」

 

 言うが早いか、ムーラは愛騎であるワイバーンに騎乗する。

 

「はっ!」

 

 地面を勢いよく蹴り、ワイバーンは風を掴んで一気に離陸した。

 

 

 同時刻、使節団が降り立った場所から見て北の丘の斜面を、1人の女性が苦労して登ろうとしていた。その女性こそ、エネシーである。

 父たるウィスーク公爵から「王都から出てはいけない」と言われたにも関わらず、何故彼女がここにいるのか。それには、ちょっとした理由があった。

 

 昼食を終え本を閉じた後、エネシーは親には内緒で、“ある決意”をしていたのだ。

 

(やっぱり、ベノンの花は外せないよね……! ちょっと取ってこよう!)

 

 間もなく開催される建国記念祭では、エネシーは公爵家の娘としてドレスを着ることになるだろう。だが、それに当たってドレスの飾りとして、べノンの花は絶対に外せなかった。

 街の商人たちに声をかけたものの、今年は不作であり、僅かな在庫も既に買い取られているという。しかし、そこで諦めるエネシーではなかった。

 彼女は小さい頃、山で多数のべノンの花を見たことがあった。その山は、王都の外とはいえ王都から見てかなり近いところにある山である。

 

(日があるうちなら、きっと大丈夫!)

 

 彼女は、こっそりと出かける支度をする。

 

(魔物が危険だから王都から出てはいけないよ)

 

 父の言葉が脳裏を(よぎ)るが、彼女はお構いなしに窓からこっそり抜け出し、王都の外にある山に向かったのだった。そして今に至る、という訳である。

 

 よく晴れた日だった。空を見上げると雲は高く、青空が一面に広がる。

 背の高い木々の下をエネシーは歩いていた。小川のせせらぎは耳に優しく、鳥の囀りは耳に快適な響きを以て伝わる。とにかく気持ちがいい。

 

(確か、そこの小さな丘を登ったところにベノンの花が咲き乱れていたはず……)

 

 彼女は、慣れない手付きで丘を登る。

 やっとのことで丘の上に着くと、彼女の思っていたとおり、野生のベノンの花が一面に咲いていた。

 

「わぁ……!」

 

 綺麗な花、彼女はその中でも特に目に付いた綺麗な花を選んで摘んでいく。

 

ガサッ!

 

 その時、彼女の背後で茂みが揺れる音がした。びくっとした彼女が振り返ると、そこには野生の二重(まぶた)イノシシがいた。二重瞼イノシシは、気性が大人しく人懐っこいため、人間に害はないとされている動物だ。

 

「もう! 驚かさないでよ」

「プピプピ」

 

 エネシーが肩の力を抜いて叫び、イノシシは呑気そうな鳴き声を上げる。次の瞬間、

 

ガサッ!

 

 一際大きな、茂みの葉が掻き分けられる音と共に、何か大きい黒いものが眼前に飛び出してきたのだ。

 

「な!」

「プギャアァァァ……!」

 

 2つの悲鳴が上がった。片方は恐怖と驚愕の、そしてもう片方は断末魔の叫び。もちろん、断末魔を迎えたのはイノシシの方である。

 

「あ……あ……」

 

 エネシーの前に、全身に黒い体毛を生やし、目の吊り上がった魔獣が1匹現れた。そいつは全長が3メートルにも及び、足は6本あり、体の筋肉は体毛のすぐ下で剥き出しになっている。

 そして、他の魔獣には見られない特徴として、頭からは角が12本も生えていた。

 

 それは、エネシーが今まで読んだことのある本に記載されていた伝説の魔獣……「十二角獣」であった。先ほど登場したグランドマンなどとは到底比べ物にならない、強力な魔獣である。

 恐怖に震える彼女の眼前で、イノシシは魔獣に引き裂かれ、生のまま食われていく。

 

「た、確か、十二角獣の生態って……」

 

(人間には強い敵意を抱いており、お腹が空いていなくても、人間に襲いかかってくる)

 

 エネシーは、本に書かれていた魔獣の知識を思い出した。

 

「キャァァァ! 誰か、助けてぇぇぇぇぇ!!」

 

 堪らず、エネシーは大声で叫んだ。

 脳裏を巡る死の予感……嫌だ! 私はまだ若い、まだ……死にたくない! 結婚だってしたいし、子供も産みたい。死んで堪るか!

 

 エネシーは本能的にではあったが、正しい選択をした。十二角獣に対し逃げることしか出来ない、と考えて、本気で走って逃げ始めたのである。

 だが、誤算があった。それも、()()()な誤算が。

 

シュギャァァァァァ!!

 

 十二角獣の運動能力は、エネシーが本で読んだ知識以上に高いものであったのだ。そしてもちろん、彼女の運動能力を軽く凌駕してもいたのである。

 (ほう)(こう)を上げ、魔物は迫ってくる。

 

(恐ろしく速い……!)

 

 ちらっと後ろを振り返り、追ってくる魔獣の姿を確認したエネシーは絶望した。このままではあっさりと追い付かれてしまうだろう。

 

「魔物が! 魔物が!! いやぁぁぁぁぁ!!」

 

(助けて……助けて……誰か助けて!

私の将来のナイト! あんた、未来の()が死にそうな時に何をやってんのよ!?)

 

 様々な思考が、エネシーの脳裏を駆け巡る。もちろん2つ目の思考は、エネシーの勝手な妄想なのであるが……。

 

(駄目だ、もう追い付かれる……!)

 

 エネシーが死を覚悟し、ぎゅっと目を閉じたその瞬間、黒い影が太陽を遮る。

 

ギュォォォォォーーン!!

 

 体の芯から震えの来る咆哮が、エネシーの鼓膜を震わせた。続いて、何か重い物が地面に着地する音もする。

 

「えっ……!?」

 

 訪れるはずの最期が中々来ないことに気付き、エネシーは目を開けて……眼前の光景に絶句する。

 そこには“ある生物”が、エネシーと魔獣の間に割って入っていた。灰色の体、漆黒の翼、刺々しい姿……彼女は、伝説の本でだけ見たことがあった生物を思い出す。

 

(まさか……竜!? はっ!)

 

 今更ながら、彼女は「あること」に気付いた。

 

「人が……竜に人が乗っている!」

(神様が……私のためにナイトを遣わしてくれたんだわ!)

 

 なお、エネシーはそう考えているが、残念ながらムーラは子持ち既婚者である。繰り返すが、子持ち既婚者である。大事なことなので二度言いました。

 かくしてここに、エネシーの“壮大な勘違い”が始まる……




はい、今回から原作でいう「竜の伝説」編突入です。
ロデニウス連合王国による「外交政策」の一環としてこの国にも目が付けられたのですが…果たしてどうなるやら。


UA38万に迫り、総合評価6,800ポイントに迫る…だと…!? こんなネタのごった煮をご愛読くださいまして、本当にありがとうございます!!

評価9をくださいました凡人作者様
ありがとうございます!!
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次回予告。

「念のための護衛」という形で、またもや外交案件に駆り出されてしまった堺。だが、今回はこれは正解だったのかもしれない。
カルアミーク王国に、戦乱の魔の手が迫る…
次回「堺の案件 忍び寄る戦乱の気配」

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