恐れは時に幻覚を見せるという。
だが、今の状況で俺が見てるものは明らかに畏怖の対象では無いことは明らかだ。
だが俺は恐れずにはいられない。
それが例え自分の理想の美少女だったとしても。
「そこは俺の居場所だろう。」
掠れるような、声にもならないような声を恐怖から絞り出す。
「君の居場所は僕の居場所だ。自分自身の事を、今置かれている状況を把握したらどうだい?」
嘲るような調子で目の前の美少女は呟く。
俺はそれに深い憤りを感じると共に納得していた。
いや、正確に言うと納得せざるを得なかった。
頭では違うと分かっている。
だが、反論するような言葉が出てこない。
否、思い付かない。
これは夢だ。覚めてくれ。
そんなわけはない。
夢ならばとっくに覚めているはずだ。
いや、もしかすると今までがすべて夢...そこまで考えたところで思考を中断する。
それは今の状況では意味のないただの現実逃避だと分かるからだ。
頭はまだ働く、思考を止めなければなんとかなる。
そう思い続ける事が今の希望だ。
起きて顔を洗うと頭も目覚めて今日が水曜日だと理解する。
彼の名前は黒川 百舌
制服を着ようとしてすでに11時であることを確認してやめた。
今日は休もう。そう決意してスマホと財布だけをもって外に出ると眩しい光が黒川の顔に照りつけていた。
「まだ5月だろ。ちっ、何でこんな暑いんだよ」
そう独り言を漏らした。
平日の午前と言うこともあり人気はない。
道行く人と顔を合わすのを無意識に避けながら目的地へ向かう。
「人が苦手だ」
そう自覚したのは2年前、中学2年の時だ。
その時誰かにいじめられた、暗い学校生活を送っていたかと言われれば違う。
傍目から見ると世間一般で言う、ごく普通の中学生それが正しいと思う。
だからこそ苦手なのだ。
「ああぁ、うるせえなぁ。思い出させるなよ。」
今度は独り言とも取れない周囲に聞こえるくらいの声で声を放つ。
辺りに誰かいる訳でもない。誰に向けるでもない声は空へかき消える。
強いて言うならば自分へと向けられたその声は百舌をうつむかせ早足にするのには十分な理由になりえた。
「今日も来たんだ?学校は?」
ふと耳に声が入ってくる。
その声から目的地に着いたことを理解してこれは無視できない。無視してはいけない声であると瞬時に理解する。
そして顔を上げて
「学校は休んだ。ここは別に好きに来て良いだろ。」
客なんだし...その言葉は言いかけてやめた。
ここは長い歴史があると言う古本屋だ。
別に本が好きなわけではない。何故か。
簡単に言えば居心地が良いからだ。
ここの店主をやっているのは俺と同じ年の「幼なじみ」と言われればそれほど深い関係でもなく、知り合いかと言われるとそれほど浅い関係でもない。暑いのに長袖を着ていて、ショートカットの長身。黒川の好みではないが一応可愛い部類なのではないだろうか。
名前は天草 鳩
「まぁ、来るのは勝手だけど営業の邪魔になるようなことはしないでね」
そう言った鳩は別に彼に向き合う訳でもなく軽口でそう言う。
「別にこんな平日の昼間に客は来ないだろ。」
百舌もまた、相手と顔を合わす訳でもなく言う。
「それもそうだね」
これ以上会話が続くことはない。
百舌は今までの経験からそう推測する。
この状況だけを見ると二つの疑問が出てくる。
一つはなぜ百舌と同じ年なのにも関わらず学校に行っていないのか。二つ目は百舌は人が苦手ではなかったのか。
一つ目の疑問は、鳩の壮絶な過去のせいとも言える。
鳩は3年前親を無くして父方の祖父母に引き取られた。
彼女の両親が経営していたこの古本屋に去年高校に入らずに祖父母に無理をいって、ここを引き継いだのだ。
売れ行きはどうなのかと聞かれると、分からないが祖父が資産家とかなんとかで援助してもらっているらしい。
彼女が高校に行かなかったのは別の原因もあるのだが...
二つ目は単純明快だ。
百舌と鳩は似た者同士であるからだ
似た者同士と言うと鳩に失礼だと百舌は思い直す。
百舌は人が嫌いなだけ理由もなく、人がゴキブリを嫌悪するのと同じようなもの。
生理的に無理というやつだ。
鳩は人を嫌いと言うか、信用できない彼女はそれ相応の苦痛を味わい、人から逃れるようになった。
百舌には彼女の苦痛など到底理解できないし。出来たところでなんの意味もない。だが、百舌は彼女、鳩に少なからず嫌悪を抱かなかった。
また、鳩も百舌を必要以上に避けることはなく、普通に接していた。そして鳩は百舌と違い苦手を克服し打破出来るよう人と接するため努力をしている。さもなければ古本屋など継がないだろう。
普通の人なら自分が出来ず逃げる事をできる人を見ると妬むか羨むかのどちらかだが百舌はそのどちらでもなかった。
「今は同じような感性を抱いており、鳩に仲間意識の様なものが芽生えているが、鳩が人を克服したら、鳩も自分が嫌う対象になる。」
「だから今だけの付き合い」
その程度のものと考えていた。
そんな思考も突然した音と共にかき消される。
理由は明らかだ。
今したのは紙を破る音。
下を見ると。破り去られた本のページが乱雑に散らばっている。
破られた紙を見ているのに気づいた鳩ははっと気がついたように紙を拾い上げながら、今度は百舌の方に顔を向けて
「また、やっちゃった。」
と無機質な声で呟く。
「そうか」
「こんなの嫌だよ。またこうして家族との思い出が破り捨てられる。お父さんがお母さんが残したこの本を...」
そう言って失念に溢れた声で言いながらも彼女は今までの無表情とは裏腹に顔は笑っている。
「そうか、今日は帰った方がいいか?」
まるでここまでの流れが決められていたかのように百舌は提案する。
「どっちでも良いけど。そうして欲しいかな。」
そう言った鳩からはすでに笑みは消えていた。
そう言って古本屋を後にした彼はスマホを確認する。
12時。まだ一時間しかたっていない。
だが、彼は内心満足していた。
自分と同類、そして自分より満たない人を見るのは楽しい。
これが彼の本心であった。
百舌の背中を横目で見送りながら鳩は再び口に笑みを戻す。
「私の事なんて、何も理解してないのに理解してるような顔をして自分は私とは違うとでも言いたいのかな?」
鳩は分かっている。百舌のことを。
鳩と百舌は10年前から知り合っていた。
いや、正確に言うと8年前からだ。
鳩は自分以外に興味がなかった。
物心のついた頃から自分が常に中心であり正しいと思っていて、それ以外は付属品に過ぎなかった。
だが、鳩と百舌の親が仲の良いこともあり必然的に2人が会う頻度も増える。そうすると鳩はある疑問を抱く。
「こいつは何故こんなにも周囲に気を配り楽しそうなのだろう。」
まだ幼かった鳩はそれが理解出来ず百舌に、自分以外に初めて興味を持った瞬間であった。
興味を持ったといっても、それは純粋に百舌がどんな考えで何をしたいのか知りたいという知識欲であった。
それは、知れば知るほど彼女を満たしていった。
それに伴い、彼女は愛を抱くようになった。
恋ではない愛だ。
それは異性に向けるようなものではなく、自分のお気に入りの玩具にむけるようなもの。
また、それが独占欲へと変貌し、鳩が百舌を自分と同じ色に染め上げたあの二年前の惨状が起こるまでは必然とも言える。
読んで頂き感謝です。