本作は『お隣さんは引きこもり!?』の37話から最終回までの間の話となります。
再び動き出す彼らの物語を楽しみにしていただけると嬉しいです。
夢ってなんだろう。私がそう思ったのはそんなに昔の話じゃないけど、たぶん誰もが一度は考えたことがある、そんな問いかけ。人は夢があるから生きていける、なんて言っていたあの人は今は夢によって死んでいる。だから、私は夢を持たないことにした。それはいけないことなのかな?それとも賢い生き方なのかな?何度自分に問いかけても、私は答えを出せずにいた。多分、私は生きていながら死んでいた。そんなつまらない人生の責任を自分じゃない他の存在のせいにして、自分を欺いてきた。でも、やっと巡り合えたんだ。
私の『光』に。
***
3月末、大学では来週から新年度が始まる。特に大学3年生ともなると就職活動や卒業論文などの準備が待っている。世の中の大学生が忙しく活動する中、ぼろアパートハイツ諏訪部102号室には携帯のアプリゲームの操作音とBGMが軽快に流れていた。敵を倒すことで得られる経験値が貯まりに貯まって行くのがSEだけで分かるほどだ。問題なのはそのアプリの音で今やっている作業に全く集中できないことだ。
「お、やったぜレベルアップ~」
ベッドに腰掛ける手島隆盛は片手でポテチを食べながら嬉しいのかよくわからない声でレベルアップを教えてくれる。そしてその間も隆盛が食べるポテチのかけらがベッドに落ちる。だが、本人は気にする様子なくゲームを続ける。
「いや、ちょっと待てえ!」
ついに限界をこえ異議を唱えるのはこの部屋の住人、桜井優介。優介は今、去年の文化祭で出会った津田克也の勧めで今年立ち上がるラノベ文庫の公募企画に応募するために執筆活動に励んでいた。12月にようやく納得いくプロットが完成し、年初めからずっと書き続けている。その横で好き勝手騒がれたらたまったものではない。
とはいっても別に堪忍袋の緒が切れた訳ではない。この程度で切れていたら何袋あっても足りやしないことは隆盛と3年目の付き合いになる優介には分かり切っていることだ。とはいえ、この状況を放置してもなんらいいことはない。
「どうした優介?ポテチ食べたいのか?」
「いや、それ俺のポテチ……ってかなんで一人で3袋も食べてんだよ!自宅か!ゴキブリ並みの生命力だな!」
「なにカリカリしてんだよ。男の子の日か?」
「そんなもんあるか!さっきからお前の生命力が溢れだして作業が滞ってるんだよ!」
「照れるぜ」
「褒めてねーよ!」
怒涛のぼけに対して怒涛のツッコミをいれる。3年間繰り返してきたこのやりとりは卒業しても続きそうで末恐ろしい。
「いや、マジレスすると多分お前疲れてるぞ。20分前くらいまではわき目も振らずに作業してただろ」
「え、まじで?」
時計を見ると既に午後3時を回っていた。作業を始めたのは確か午前11時だったからゆうに4時間も作業していたことになる。
「まじだ……」
「だろ?ちょっと休めよ。ついでにこのガチャ引いてくれよ」
「こんなところで無駄に運を使いたくないんで却下。……ん?」
「どうした?」
「隆盛、お前いつから部屋にいた?」
「昼飯食ってからだから、1時くらいかな」
「俺、その間玄関を開けた覚えが無いんだけど」
「まあ、開けてないからな」
「お前、どうやって入った?」
「ピッキングした」
優介はいったん隆盛から視線を外しドアへと移す。なるほど、たしかに締めたはずのドアの鍵が空いている。ピッキングする意外に入れる手段は限られている。つまり、ピッキングだ。証明終了。
「一応もう一度聞くけど、どうやって入ったって?」
自分の閉め忘れに賭けてもう一度聞いてみる。
「ピッキングだ」
「偉そうに言うことか!」
「ピッキングなのだ!」
「帰れインチキハム太郎!なに堂々と不法侵入してんだ!」
「俺がインターホンを鳴らした可能性は考慮しないのか?」
「鳴らしたのか?」
「いや、一度も」
「今のやり取り何の意味があったんだよ!」
頭が痛いのは作業に集中しすぎたせいか今のやり取りのせいなのか、もはや判断ができない。取りあえずへなへなと座布団に膝を落とし、気を静める。
「落ち着いたか?」
「なんで俺が乱心した体なんだよ……」
「まあでも、思いっきりツッコミいれて少し清々しいだろ?」
「まあ、そんな気もする。さすがカウンセラーを目指してる奴は違うな」
「お褒めにあずかり光栄です、優介パイセン」
わざとらしい隆盛の口調はスル―してさっきまで作業をしていたパソコンを向ける。
「お、執筆は順調みたいだな」
「おかげさまで。ちょっと読んでみてくれ」
「あいよ」
隆盛はマウスでページをスクロールしていく。一見流し読みに見えるが、実際にはすべて頭に入っているのだから大したものだ。
「締め切り、いつだっけ?」
読みながら隆盛が聞いてくる。
「5月の中旬」
「結構遠いようで、近いんだな」
「そうなんだよ……好きでやってるとはいえ結構つらいわ」
「ほどほどにしとけよ?学業に支障がでたら卒業出来ないぞ?」
「隆盛に言われるんじゃ末期だな」
そんな他愛もない話をしているとインターホンが鳴った。
「さっさと出ないとピッキングされるぞ」
「そんな奴は全世界でお前くらいなもんだろ……」
苦笑いしながら玄関へと歩き、扉を開ける。インターホンにモニターでもあればいいのになと思いながら来客へ視線を向ける。
「あ、桜井君。こんにちは」
来客の一人は大家の諏訪部蘭子だった。この格安ボロアパートを一人で経営しているやり手で、現在独身。かなりの美人である彼女に彼氏ができないのだから世の中ってのは理不尽だ。そして、もう一人の来客はしらない女の子だった。ショートヘアーで、茶髪に染めている。身長は優介よりも頭1個低いくらいで、ものすごく頭の悪い言い方をするとリア充でパリピな感じだ。
「えっと、大家さん。この子は?」
「あ、こちらは新しい入居者の桜井朱里(さくらい あかり)さんです。101号室に入ります」
「なるほど、それであいさつ回りって事ですね」
蘭子は頷く。紹介された桜井朱里は咳払いをすると口を開いた。
「桜井朱里で~す。これからよろしくねっ!」
語尾に音符がつきそうなくらいの元気な挨拶に一瞬戸惑いながら優介も自己紹介をする。
「102号室の桜井優介です。隣同士、よろしく」
「桜井……優介?」
朱里が少し首をかしげる。
「あーそう言えば二人とも同じ苗字ですね。親戚とかですか?」
「いえ、初対面です」
そもそも桜井なんて名字はありふれているしこんな偶然も起きても不思議じゃない。
「えっと、桜井さんは何年生?」
「え?ああ、私は経済学部の、来週から2年生だよ!」
「そっか。俺は心理学部の来週から3年生だ。ここのアパート、ちょっと古いけど大家さん含めいい人だから、気楽に暮らせると思うよ」
すると朱里は急に一歩後ろへ下がった。
「もしかして、桜井先輩私のこと狙ってる?いくら私が可愛いからって桜井先輩みたいなモブっぽい人とはちょっと……」
出会って早々モブ呼ばわりをされたのは誠に遺憾だが、取りあえず誤解は解いておきたい。
「いや、俺は……」
「なんか騒がしいな。どしたよ優介」
後ろから隆盛がやってくる。
「ああ、隆盛。こちら新しい入居者の……」
「桜井朱里です!101号室に住みます!先輩お名前は!?」
急に朱里が前のめりになりながら捲くし立ててくる。
「ん?俺は手島隆盛。よろしくな、桜井……だとかぶるから、朱里ちゃん」
「あ、朱里ちゃんだなんて恐れ多いです!あーでも嬉しい!あの、彼女とかいますか!いなかったら私と付き合ってください!」
どうやら朱里は隆盛に一目ぼれしたらしい。まあ、普通にしていれば隆盛はイケメンの部類だしあり得ないことでもない。
「あーごめん。俺付き合ってる人がいるんだよね」
「ガーン!」
少女の淡い恋心ははかなく散った。というか今時自分で「ガーン」なんて言う人がいるのに少し驚いた。
「あ、優介。俺このあとバイトだから帰りは9時くらいになるわ。飯用意しといて~」
朱里の告白はギャグだと捉えられたようで、隆盛はいつの間にか身支度を終え、部屋を出て行った。
「いや、なんでうちで飯食う前提なんだよ……」
呆れつつも取りあえず隆盛を見送る。果たして今日冷蔵庫にまともな食材はあっただろうか。最近買い出しに行っていないからほとんど空だった気もする。
「むむむ!?」
なんて考えていると朱里が妙な声を出した。と思うと急に優介の方を見つめてくる。
「な、なにかな?」
「もしかして、同棲!?手島先輩の付き合ってる人って、桜井先輩!?」
「は、はあ!?」
いきなりのぶっ飛びトンデモ発言に優介は絶句する。隣にいた蘭子は笑いをこらえるのに必死そうだった。
「い、いや、まてって。少しまとう。な?」
「うるさい!この変態!ホモ!恋敵!」
散々な罵倒の末,朱里は走って部屋へと戻って行った。後に残された優介はわらにもすがる思いで蘭子を見る。
「ふふ、楽しい一年になりそうですね」
「どこがだあああああ!」
かくして、桜井優介の新しい一年は幕を開けるのだった。