津田の家からの帰りに悠里と会った日から3日がたった。あの日の悠里の言葉の意味が気になって何度も頭を捻っているが、何一つ正解にちかそうな答えは出ないままだった。せっかく原稿が完成し津田からも良い評価をもらえて万々歳だったのに気分は晴れないままだ。そんな状態でまともに睡眠をとることもできず、昨日に至ってはついに用事もないのに徹夜してしまった。
「おい優介、目の下にトラができてるぞ」
学食で昼食を共にしていた隆盛がそんな事を言っているが、優介はそれに反応する気力もなくきつねうどんをすする。もはやつゆの香りも麺の歯ごたえもなにも考えない、単純に栄養をとるという作業をするマシーンと化していた。
「そこは『いや、クマだろ!ボケのクオリティが低すぎるわ!』ってツッコミを入れるところだろ」
「え?ああ、そうだな。ツキノワグマは温厚らしいな」
「唐突なジョブチェンジだな。もうツッコミは飽きたのか?」
「そうだな、今時期は転職も大変らしいな」
隆盛は『こりゃだめだ』といわんばかりのため息をつく。
「優介、今日はもう帰ったらどうだ?次の講義ディスカッションだぞ?そのまま行ったら評価マイナス間違いなしだぞ」
「……そうだな。今日は帰る」
「何悩んでるか知らないけど何かあったらいつでも言えよ?取りあえず話だけなら聞いてやるから」
「おう……」
力なく返事を返し、最後の麺をすすりつゆを飲み干すと優介は席をたち学食を後にする。
学食は校舎の3階にあるので階段で下りるだけなのだが、そんな気力さえない。のろのろと歩きながらエレベーターの方へと向かい、付近の自販機でミルクココアを買い、ベンチに座ってちびちびと飲み始める。
「……俺が悩んでも仕方ないのにな」
そんな呟きが漏れる。あの時悠里がどんな思いで話していたのかなんてそれこそ本人にしか分からない。優介がどんなに頭をひねってもそれは想像の範囲を出ないのだから。
それに、あの時の悠里の格好についても疑問が残る。以前メイド服を着ているのは見たし、なんなら制服姿だって見た。だが、それらの格好はあくまで悠里としてのイメージを超えるものではなかった。それにひきかえあの時の格好はまるで別人だった。罰ゲームだと言っていたが、周囲に悠里の友達はいなかったし、流石にゴスロリなんて悠里は絶対に嫌がるはずだ。なのに、どこか着なれているようにも見えた。
「そもそも、なんでこんなに気にしてるんだろうか」
そこが全く分からない。確かに友人である悠里の心配をするのはごく自然なことなのだが、3日も寝れないのは何かがおかしい。表面上はなにもおかしくないように見えているのだが、第六感のようなものが優介に何かを訴えているような感覚がする。
「うーん……」
尚も唸りながら何となく携帯を取り出し起動させる。このまま考えていても精神的に疲弊するだけなのでゲームのアプリを開こうとする。
が、そこで一件メールが来ていることに気付いた。別にどうしてもゲームがやりたい訳でもなかったのでメールを開いてみた。
『心理学科3年 桜井優介様へ
お探しのUSBメモリだと思われる者が落し物として届きました。一度こちらへ来て確認のほどお願いいたします。
深奥大学学生支援課より』
以前小説のデータの入ったUSBを無くしていたのを思い出した。今から学生支援課へ行くのも億劫だがメールを見てしまった以上行かないのもなんだか悪い気がする。
仕方なくココアを一気に飲み干し、学生支援課へ向かうことにした。
***
「失礼しまーす」
ゆっくりと扉を開け、学生支援課へと入る。中では職員たちがあわただしく書類を整理したりパソコンに何かを打ち込んだりしている。その様子を見ながらカウンターへ向かい、受付のおばさんに話しかける。
「すみません。心理学科3年の桜井です。落し物のUSBが見つかったとメールが来たんですけど」
「あ、はいはい。それじゃあ学生証を見せてくれる?」
財布から学生証を取り出し提示する。おばさんは受け取ってからおそらく名簿と思われるものと見比べ、「ちょっとまっててね」と言い残しその場を立った。
暇なので後ろにあった掲示板の掲示物を眺める。新年度の春だけあってかなりたくさんのポスターが貼ってある。例えば『自動車で通学する方は入校許可証の申請を忘れずに!』というものや『最近不審者が増えています。夜道は気をつけましょう』とか『サークルの部長は名簿提出を今月中にお願いします』など。どれも優介には関係の無いものばかりだったのですぐに興味は薄れ、大人しく待つことにした。
しばらくするとおばさんが戻ってきた。
「桜井君、これで合ってる?」
差し出されたのは白いUSB。表面に印字されているメーカーやギガ数を確認し、自分が無くしたものと同じことを確認する。
「はい、これです」
「はい、それじゃあこの名簿の名前の欄にチェックつけてもらえる?」
それに従い名簿にチェックをつける。
「ありがとうございました」
おばさんにそう告げて、学生支援課を後にする。
「あ」
学生支援課を出て早々そんな声を漏らしたのは廊下を歩いてくる悠里の姿が見えたからだ。とっさに曲がり角の壁に姿を隠す。
「……良く考えると、なんで隠れたんだ?」
別に悠里に対して後ろめたいことがあるわけではない。ただ、何となくだが今悠里に会うのは避けたかった。
「あれ?ゆーすけ先輩?」
「っ!」
突然話しかけられ体をびくりとさせる。一端落ち着いてから声の方を見るとそこにいたのは朱里だった。
「なんだ、朱里さんか。びっくりさせないでよ」
「?良くわかんないけどごめん」
朱里は首をかしげつつも適当な口調で謝ってくる。
「あ、そういえばせんぱ――ふぐっ!?」
なおも大きな声で話を続けようとする朱里の口を慌てて手でふさぐ。このまま喋られ続けると隠れた意味が無くなってしまう。
「んんー!んー!」
「ちょっと、だまってて!」
小声で告げると朱里は取りあえず黙ってくれた。そのまま気配を殺していると悠里はそのまま通り過ぎて行った。それをしっかり確認し、朱里の口から手を離す。
「ぶはあ!はあ……死ぬかとおもった……」
「ごめん……」
「別にいいけどさー。あんまり不用意に女の子にふれるとセクハラだって言われるよ?」
朱里はそう言いながら右手でそっと唇を撫でる。
が、すぐにそれをやめ、優介に問いかけてきた。
「何で天草先輩から隠れてたの?」
「べ、別に隠れてるわけじゃ……」
「いや、隠れてたじゃん」
「……そうですね」
「喧嘩したの?」
「してないけど……」
「けど?」
何故か今日の朱里はしつこく聞いてくる。いつもならこちらが難色を示せば空気を読んで深入りしてこないのだが今日はどういう心の変化なのだろうか。
「そ、そういえばさっき何か言おうとしてなかったか?」
「ん?あーそうそうそれそれ!」
こんなあからさまな話題転換にのっかてくる人を初めて見た。
「夏休みに友達と一週間関西に旅行にいくから、お土産なんか欲しいかなって」
まだ五月なのにもう夏休みの予定が立っているとは、さすがといったところだろうか。
「お土産?いいよいいよ。そんな無駄にお金かけなくても」
「無駄じゃないよ。私があげたいって思ってるんだから」
エレメンタルランドの件で恩義を感じているのだろうか。別に見返りが欲しかったわけではないのだが、ここまで言ってくれているのだし無下にするのも悪いだろう。
「じゃあ、やつはし」
「あはは、なにそれ!超普通すぎ!おもしろ~!」
「いや、いいでしょやつはし!むしろ普通じゃないお土産を欲しがる人がいないよ!」
「はいはいわかったよ、やつはしね」
朱里は尚も笑いながら優介に手を振るとその場を去っていった。
***
その後、帰宅した優介は何をするでもなくベッドに寝そべっていた。いつもお構いなしにやってくる隆盛も優介を気遣ってくれたのかやってこない上にラインすらこない。それがかえって暇になり、優介に余計な思考をさせる時間を作り出す。
何故悠里を避けたのか、何故あの日悠里はあんなところであんな恰好をしていたのか、何故あんなことを言ったのか。
「……だめだこりゃ」
これ以上考えても先ほど同様疲れるだけだ。気を紛らわすためにパソコンの電源をつけ、さっき手元に戻ってきたUSBを差し込み、中身を確認する。
「……は?」
が、その中には優介の小説のデータは入っていなかった。その代わりに他のファイルがたくさん入っていた。だが、タイトルには日付しか書いていなかったので仕方なく一つ開いてみることにした。
「これは、小説?」
中に入っていたのは小説の原稿だった。ページ数をみると50ページほどの短編のようだ。
他人の小説を勝手に読むことに罪悪感を感じつつもページをスクロールしてしまう。
小説の中身は恋愛もの。男女が通学路の曲がり角でぶつかり即恋に落ち、特に何の障害もないままただひたすらいちゃいちゃするだけ。余りに起伏がなさすぎて、20ページくらいで読むのが辛くなってきた。
「……この書き方、どこかで」
ふと、前に投稿サイトに上がっていた作品を思い出す。あの作品もストーリーの構成がひどかった。それなのに情景描写がやたらうまいところもこの短編と酷似している。
「これ、同じ作者か……!?」
となると、あの作品の作者は深奥大学の学生で、たまたま優介と同じUSBを使っていて、優介はそれを持ってきてしまったわけだ。
何か持ち主の手がかりになるものはないかと適当にファイルを開くと、一つ目に留まるものがあった。
『夏休み関西旅行!』と銘打たれたそのファイルを見て、優介は思い当たる節があった。