それから3日が経過した。優介は以前と同じ時間帯に繁華街へと足を運んでいた。その理由は当然、悠里を連れ戻すため。
「上手くいくかな?」
不安そうに呟きながらも隣を歩く朱里に対し特になにを言うわけでもなく、大丈夫だとアイコンタクトをとる。準備は万端。そのために3日も費やしたのだから。
そんな中、ポケットの中の携帯が鳴る。それに応じ通話ボタンを押し、携帯を耳に当てながら目的地まで歩き続ける。
「もしもし。桜井です」
「そっちの状況はどうだい?桜井君」
望の声のトーンがいつもより低いのは電話越しでもはっきり分かる。
「後少しで目的地に到着します。望先輩の方はどうですか?」
「こっちも準備完了だよ。桜井君が到着したら作戦開始だね」
「すみません先輩、いろいろ任せちゃって」
「謝るならこれが終わってからラーメンでも奢ってよ。私、もう店決めてるからさ」
「……そうですね。みんなでラーメン行きたいですね」
「うん。『みんな』でね」
そこで望が電話を切る。同時に優介たちも目的地に到着する。それは何と言う事もない古ぼけたゲームセンターだが、今の優介にはまるで悠里との間を塞ぐバカでかい壁に感じられた。
「時間通りだな」
腕時計で時間を確認する。この3日間で悠里とあの男たちの行動パターンはあらかた調べつくした。カラオケやその辺のゲームセンターで遊んだ後、必ずここで油を売っているのだ。そしてこのゲームセンターはかなりの無法地帯で、あの男たちのようにガラの悪い連中がはびこっている。
だが、その前情報があれば対策の打ちようはいくらでもある。
「朱里さん、アプリ起動してる?」
「う、うん」
優介の言っているアプリとは最近小学生の間で流行っている鬼ごっこ用のGPSアプリで、フレンド登録している相手がアプリをオンにしていると居場所がわかるシステムになっている。
「それじゃあ、俺は中に入るからここで待ってて」
朱里に対し小さく笑みを浮かべ、自動ドアの前に立つ。すぐにドアは開き、優介はゲームセンターへと足をふみれる。
「ゆーすけ先輩!……絶対、絶対大丈夫だよね!」
その言葉に振り向くまもなく自動ドアは閉じて行く。
建物の中はそう広くもない。薄暗く、ゲーム機器のモニターの光が辺りを照らしている状況だ。そして案の定頭の悪そうな連中が格ゲーの台の近くに群がっている。
その中から悠里を探すことに時間はかからなかった。今日もゴスロリに身を包み、男たちのゲームを観戦している。
「さて……。やるか」
そんな独り言で自分を鼓舞し、大きく息を吸い込み、吐きだす。そしてゆっくりと男たちへと近づいてゆく。
「ぐあー!負けたー!」
大きな声を出すのはこの前のハゲだった。どうやらゲームに負けたらしい。
「へへへ、これで俺の勝ちだ!賭け金は全部貰うぜ!」
「すげー!翔さんこれで7人抜きだぜ!」
「次は俺だ!」
そんな男たちだったが、ようやく近づいてくる優介の存在に気付いたらしく、こちらへ視線を向けてきた。
「おいおい兄ちゃん。悪いけどこのゲーセンはお前みたいなやつが来るところじゃないんだぜ?」
メンチを切ってくるハゲはどうやら優介の事は憶えていないらしい。向こうからしたら道端の石ころと同然と言う事だろう。
「そうだな、こんなゴミの溜まり場みたいなところ、普通なら来ようとも思わない」
挑発的な言動に対し、男たちは一斉に立ちあがり優介を睨みつける。
「なんだ、本当のこと言われたからってそんな怒るなよ」
それにひるむわけでもく、優介は再び挑発する。
「おいおい、こいつ俺たちに喧嘩売りに来たみたいだぜ?」
「はっ、たった一人で俺たちに勝てると思ってんのかよ?」
ゲーム序盤にでてくるザコキャラのようなセリフを吐きながら拳を鳴らす男たちはじりじりと近寄ってくる。
「かわいそうな奴らだな、数に頼らないと何もできないのか?それともタイマンだと俺に勝つ自信もないのか?」
言葉が終わると同時にハゲが優介の顔を思い切り殴ってきた。その衝撃で優介は後ろのゲーム機に激突する。
「おいおいどうした兄ちゃん、お望み通りタイマンで殴ってやったぜ?」
「情けねー!あんだけ煽っといてパンチ一発でKOかよ!」
やかましく騒ぐ男たち。そしてハゲが優介の胸倉をつかみもう一度殴ろうとする。
「やめて!」
それを制止した声の主は、悠里だった。男たちは優介から悠里へと視線を移す。
「なんだよ悠里ちゃん?今はこのクズを始末するので忙しいんだ。ゲームなら後で……」
「桜井を……放してあげて……」
「なんだ?こいつ悠里ちゃんの知り合いか?」
悠里は頷く。その表情はこの状況への恐怖、そして優介が殴られたことへの怒りの両方を表していた。
それを見たハゲの隙を見計らって優介はその腹部を思い切り蹴り飛ばす。
「ぐへあっ!」
今度はハゲが近くのゲーム機に激突する。
「この野郎!やりやがったな!」
他の連中が身を乗り出す。それに対し、優介は殴られた痛みをこらえながら口を開く。
「悪いけど、悠里は返してもらう。あと、一つ謝っとくことがあるんだ」
唐突な発言に男たちは一瞬固まる。それを見て優介は最後の言葉を口にする。
「数に頼らないと何もできないのは、俺の方だった」
その言葉と同時に、男たちの周囲から覆面をかぶった集団が現れる。
「な、何だこいつら!いつの間に!」
不意をつかれた男たちはあっと言う間に囲まれる。
「て、てめえ、まさか!」
ようやく立ち上がったハゲの驚き様に優介は自分でも口角が上がるのが分かるほどだった。
このゲームセンターの薄暗さ、そして挑発的な発言で優介に注意を向けさせている間にこの集団は配置についていた。すべて作戦通りの展開だ。
「く、クソ!この野郎!」
頭に血が上ったのかハゲが優介に殴りかかる。だが、その拳は横から急に現れた覆面によって止められる。
「な、何だお前!離しやがれ!」
「お断りだ。それにしても俺の親友を随分痛めつけてくれたみたいで、それはすなわち自分が同じ目にあっても文句は言えないよな?」
覆面、いや手島隆盛はそのままハゲの腹部を殴り付け、ハゲはその場にうずくまる。
「よう優介。さっきの煽りは結構カッコ良かったぜ?」
「普段のお前とのしょうもないやり取りのおかげで語彙力だけ無駄に上がってたみたいだよ……てかなんだよその覆面。どうみても強盗じゃねーか」
「百均製だからな。流石に30人分も高いの用意できないだろ?」
「30人もいるのか……流石望先輩は人望あるな……」
「ま、無駄話はこれくらいにしといて、さっさと次の作戦と行こうぜ」
隆盛の差し出した手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。
「それじゃあ、後は頼む」
「あいよ」
隆盛のもとを離れ、乱闘する男たちの脇を通り抜け、悠里のもとへとたどり着く。
「さ、桜井?これって一体」
「話は後だ。とにかくこの場を離れる」
強引に悠里の右手を掴み、優介は出口に向かって走り出す。
「ちょ、ちょっと桜井!?」
悠里の言葉には答えず、自動ドアを通過する。
「ゆーすけ先輩!こっちこっち!」
自動ドアから数メートル離れたところで朱里が手を振っている。そこへ向かいながら優介は携帯を取り出し、望へと電話をかける。
「もしもし、先輩!ゲーセンを出ました!」
「やったね桜井君!それじゃあ朱里ちゃんにルートを指示するからそれに従って目的地まで向かって!」
「了解です!」
走りながら通話を切り、携帯を仕舞っている間に朱里のもとへとたどり着く。
「あ、朱里さん?なんで……?」
ただ一人、状況を理解できていない悠里の言葉に朱里はにっこり笑う。
「大丈夫!全部作戦通りだから!」
「いや、意味がわかんな――」
悠里の言葉が終わる前に、朱里は走り出し、優介も悠里の手を掴んだままそれに続く。
繁華街をかけぬける優介達には、もう前しか見えていなかった。