「で?これはどういうことかな?」
怖いくらいの笑顔を浮かべ仁王立ちする悠里の前に、優介は正座されられていた。その横には朱里が頭のうえにクエスチョンマークを浮かべながら座っている。
「いや、待ってくれ、誤解なんだ!」
「私はまだどういうことかなってしか言ってないんだけど、その返答だと何か隠してるようにしか聞こえない」
「うぐっ」
本当に誤解なのだが、悠里への接し方がわからずさらに誤解されてしまいそうな言い方をしてしまった。
「ねえねえ、この人だれ?ゆーすけ先輩の知り合い?」
空気を読まずに朱里が訪ねてくる。『ゆーすけ先輩』という呼び方に悠里が少し反応する。
「君、桜井とはどういう関係なの?」
「そっちこそ、先輩とはずいぶん親しいみたいだね」
「いや、ちょっと待て!なんで浮気の発覚現場みたいになってんだ!とりあえず説明するから二人とも落ち着いてくれ!」
何とか二人をなだめ、優介は説明を始める。
「えっと、まずこっちは桜井朱里さん。2年生で今101号室に住んでる。さっき帰ってきたときに鍵がなかったからとりあえず俺の部屋に来てもらった」
「ふーん」
「ていうかこないだ大家さんとあいさつ回りしてたと思うんだけど」
「私そのとき留守だったから。蘭子さんに新しい人が来るのは聞いたけど会うのはこれが初めて」
「そっか。じゃあ朱里さん、こっちは天草悠里。俺と同じ心理学科の同期で103号室の住人だ」
とりあえず一通り説明したが、それでも二人はまだ納得していない様子だ。
「えっと、まだ説明不足だった?」
「いや、そういうわけじゃないけど?ただあったばかりの後輩にシャワーを貸して自分の服を着せて次は何をするつもりだったのかなと思って」
「なにもせんわ!深読みするな!」
「本当に?よこしまな考えは一切なかったの?」
「ないよ!」
「それはそれで女の子には失礼だと思うよ」
「どう答えても出口ないじゃねーか!」
その会話を聞いていた朱里がじとーっとこちらを見てくる。
「な、なにかな朱里さん?」
「ゆーすけ先輩と天草先輩ってなんかあやしー」
その言葉に優介と悠里は一瞬言葉に詰まった。当然朱里は二人の関係を正確に理解しているわけではない。ただなんとなくで言っているだけ。それでもその質問は強烈な一撃だった。
「べ、別に怪しくなんかないぞ?な?悠里」
「そ。そうだよ。私と桜井は前に何かあったとかじゃないし」
「前に何かあったんだ」
ごまかそうとしたら悠里が自爆してしまった。
「ひょっとして……」
「そ、そういえば悠里はなにか用があってきたんじゃないのか?」
朱里が核心を突きそうになったので優介はあわてて話題を変える。
「あ、うん。蘭子さんが明日、水道管の点検があるって伝えておいてって言ってたから」
「そ、そうか。わざわざありがとう」
そらした話題があっという間に終わってしまった。次の話題を必死に考えるが何も思いつかない。
「やっぱりあやしーよね」
「「怪しくないって!」」
「息、あってんじゃん」
このままだと話しの流れが一生変わらない。そう思い優介は鞄から先ほど良太郎に見せていた原稿をとりだす。
「そ、そうだ悠里。これ。俺がいま書いている小説なんだけど良かったら読んで感想をくれないか?」
「え?あ、うん。いいけど……。また応募するんだ」
そういえば悠里には何も話していなかった。正確には話す機会が無かったし、小説の話をすれば必然とあの学祭の事が想起される。だから、悠里の気まずそうな反応をみてからやってしまったと後悔した。しかし、一度出た言葉を取り消すことができる訳もなく部屋には再び沈黙が訪れる。
「え!ゆーすけ先輩出版社に応募とかするんだ!見せて見せて!」
その沈黙を破ったのは朱里だった。そもそも朱里は事情を何も知らないのだし当然といえば当然だ。ともあれ、今はそのおかげで助かったのも事実だ。
「あれ、朱里さんは桜井が小説書いてるの知ってるんだ?」
朱里の事を桜井と呼ばなかったのは優介とかぶるからだろう。
「うん!去年の学祭で読んでから大ファンなの!」
せっかく流れを断ち切ったのにまた学祭に話が戻ってしまった。このままではまた気まずくなってしまうのではないだろうか。だが、何故か悠里は気まずいというよりは少し不機嫌な顔をしている。
「なんで不機嫌そうなんだよ?」
「別に……不機嫌じゃないって」
「そうは見えないけど……」
「う、うっさい!桜井のバカ!読むから原稿かして!」
悠里は優介から原稿をひったくり、むすっとしながら読み始める。だが、すぐに集中モードに入ったのか黙々と読み進めている。
「せんぱーい、私も読みたいんだけど~」
そういって近づいてくる朱里は髪も乾かしておらず、何と言うか艶めかしい。優介が普段使っているものと同じはずなのにシャンプーやボディソープの匂いは女の子特有のいい匂いに感じる。
「ちょ、ちょっと、朱里さん近いから!」
「桜井、鼻の下伸びてるよ」
原稿に目を向けたまま悠里が冷ややかな声で告げる。
「の、伸びてない!」
「ま、見てないから分かんないんだけど」
「でしょうね!」
「せーんーぱーいー」
「わ、分かったって。ひとつ前のバージョンになっちゃうけどいい?」
「ひとつ前?それって別の作品ってこと?」
朱里はポカンとしている。
「いや、同じ作品だよ。ただ、納得のいく完成度に達して無いから何回も手を加えてるんだ」
「へー。ゆーすけ先輩はそうやって書いてるんだ。てっきり一発でばばーんと完成するんだと思ってた」
「そんな簡単にはいかないって」
「そうなんだ……」
朱里は少し考え込むようなポーズをしていたが、すぐに優介から原稿を受け取り読み始めた。二人が原稿を買いている間に優介は携帯を起動させ、さっき会っていた良太郎にラインを送った。
『俺の隣人たちが修羅場って俺の小説に興味津々なんだがどうすればいい?』
するとすぐに既読がつき、返信がきた。
『流石にそのタイトルは二番煎じ感甚だしいうえにどう考えても俺つえーハーレム系にしか見えない。没にしておいた方がいい』
『ちげーよ!なに真面目に考察してんだよ!現在進行形の事実なんだって』
『良くわからんが隣人のうち一人はさっきの2年生だな?』
『え、なんでわかんの?』
『二本傘を持っていった理由を俺なりに考察した結果だ』
なんという名推理。
『それで、もう一人は誰だ?というか状況がさっぱりわからないから詳細を400文字以内で頼む』
それに従い、優介は422文字で状況を説明する。良太郎は既読を付けてから3分後に返信をよこしてきた。
『なるほどな。告白を断った相手に対して距離感の近い上に空気の読めない後輩とのやり取りを見られてしまい合わせる顔が無い上にいつ地雷を踏みぬくか分からない状況に困惑しているということか』
『そんな感じ』
『それで、何故俺に頼る?手島の方が上手い方法を考えてくれると思うぞ』
それに対して返信することを躊躇った。隆盛に伝えないのは自分の部屋にいることで朱里の恋に支障が出るのを避けるためだが、それを良太郎に伝える訳にもいかない。これは諦めたほうがいいだろうか。
『言えないなら言わなくてもいい。だけどこれだけは言っておくぞ』
良太郎は察してくれたようだ。
『なに?』
『現実も小説もさじ加減一つで変わる』
『どういうこと?』
『それは自分で考えろ。もうすぐ自宅だ、そろそろ落ちる。ノシ』
それっきり良太郎からの返信は途絶えた。
「なんだよ、わけわかんねー」
携帯をベッドに投げ、その横に腰掛ける。悠里と朱里はまだ原稿にくぎ付けになっている。
そんなに熱心に読まれるとなんだか照れくさくなってくる。
しばらくの間そんな二人を見ていたが、ずっと見ていても仕方ないので投げた携帯を再び手に取りブックマークしている小説投稿サイトをひらき、適当に新着の小説を流し読みする。その中で、一つ気になる小説があった。内容に関しては、小説を書き始めた時の優介より格段に……酷いものだった。特にキャラの描写が拙く、特にでかいイベントがあるわけでもないのに恋に落ちたり喧嘩したりしている。だが、気になった理由はそこではなく、情景描写だった。まるでその風景を見ながら書いたように鮮明で、文字を読んでいるはずがまるでドラマを見ているかのように感じるほどに良質なものだった。こうなってくるとキャラクターの拙さが非常にもったいない。そう思うが、なんだか気になり気がつくと一気に読み進めていた。
「桜井……桜井!」
「うおっ!な、なに!?」
我に帰ると、悠里が不思議そうにこちらを見ている。
「どうかしたの?ずっと呼んでるのに返事しないなんて。如何わしいサイトでも見てたの?」
「見てません!断じて!」
「ならいいけど」
「それで、なんか用だったか?」
「あ、うん。朱里さんが他のも読みたいって言うから」
朱里の方を見ると、大きく首を縦に振る。
「えっと、二人とももう読んだのか?」
「私はまだ途中だけど、朱里さんは読んだみたい」
「へ、へえ」
いくら優介が集中していたとはいえそこまで長い時間は経っていないはずだし、量にして120枚近くあったのだが、本当に読んだのだろうか。とはいえ疑っても悪いので、取りあえず頷いておく。
「他のといっても、後は練習に書いた短編しかないんだけどそれでもいいかな?」
「いーよいーよ!なんでもいいから読みたい!」
朱里はかなりのハイテンションだ。よっぽど優介の作品が気に入っているのだろうか。
まあ、自分の作品をここまで評価してくれているのは素直にうれしい。優介はペンケースを開け、短編をまとめたUSBを探す。
「あれ?」
「どうしたの桜井?」
「いや、確かペンケースに入れたんだけど……無いな」
「無くしたってこと?学校で?」
「多分」
「じゃあ、明日にでも学生課で落し物申請しといたほうがいいよ。流石に良識がある人が拾ったなら中身を見られたりはしないだろうし」
「そうだな、明日行ってくるよ……そういうわけで朱里さん、悪いんだけど」
ペンケースを鞄に戻し、朱里に謝る。
「わかった。その代わりUSB見つかったら即見せてね!即!」
「了解」
ふと、腹の虫が鳴いた。時計を見ると5時半を回っていた。そろそろ晩御飯の準備をしたいところだが、二人に帰れというのも何となく気が引ける。
「なあ、二人とも」
呼びかけたところで、腹の虫が再び鳴く。とはいっても今度は優介のものでは無かった。
「わ、私じゃないから!」
悠里が即座に否定する。となると消去法で音源は確定する。自然と優介たちの視線はそちらへ向く。
「ちょ、ちょっと!二人ともなにその視線は!」
朱里が憤慨する。
「そーですよ!私ですよ!悪いですか!」
「なんで開き直ってるんだよ……」
「う、うるさい!ゆーすけ先輩のくせに!」
どこぞのガキ大将の様な発言だが、それと同時に再び朱里の腹が鳴る。
「あう……」
「仕方ない。二人ともうちで食べてきなよ」
「え!?私も?」
悠里が疑問の声を上げる。
「俺と朱里さんを二人にしたらまたあらぬ誤解をするだろうしさ」
「し、しないわよそんなの!……多分」
「そこはしっかり自信持ってくれよ」
「わかったわよ!食べて行くわよ!」
「それじゃあ、決まりな。朱里さんもそれでいい?」
「うん……ごちそうになります……」
思えば、人に料理をふるまうのは凄く久しぶりな気がする。現実には隆盛に作ったりしてはいたのだが久しぶりに悠里と話し、新たな住人である朱里とも友好的に出来ている現状がそんな気分にさせているのかもしれない。
そんなこんなで、その日は優介が作った野菜炒めを食べながら適当に世間話をすることで過ぎて行った。
それでも、朱里のこれからを思うと、喜んでばかりもいられなかった。