「手島先輩とデートがしたいの!」
朱里から唐突な提案がなされたのはあの雨の日の後、新年度が始まり優介が正式に3年生になってから2週間が過ぎたある日、朱里に学食で聞いてほしい話があると言われ、天ぷらうどんを一口食べたちょうどその時だった。
「えっと……」
「手島先輩とデートが」
「それは分かったけど、なんでまた唐突に?」
「だって、早くしないとほぼゼロに近い可能性が本当にゼロになっちゃうじゃん!」
「だからって……」
「むー。あんまり気乗りしてない感じだなー」
朱里は口をとがらせてジトーっとこちらを見てくる。気乗りしないも何も、朱里が言うとおり可能性はほぼゼロなわけで、しかもいきなりデートに誘うなんてのは最初から撃沈すること間違いなしだ。
「ゆーすけ先輩約束したよね?私をサポートしてくれるって」
「ま、まあそれはそうなんだけど」
答えながら天ぷらをかじる。つゆが良くしみていてとても美味しい。今度は天ぷらの数をふやしてもいいかも知れない。
「ちょっと、聞いてるの先輩?」
「聞いてるよ。でもさ、いきなりデートってどうやって誘うつもりなの?」
「それなら大丈夫!」
「ほう、そのこころは?」
「ゆーすけ先輩がなんとかしてくれるから」
「ものすごい丸投げだな!俺は22世紀の高性能ロボットか!」
「高性能ってのは自意識過剰じゃない?」
「そこは重要じゃないから!」
一端落ち着いてうどんをすすり、温かいお茶でのどを潤す。
「でさードラすけ先輩」
「そのネタ続けるのかよ!」
「冗談だよ。それで、デートなんだけど、私作戦があるんだ」
「あ、うん。何?」
聞きながらお茶を一口飲む。
「もうそこでコクっちゃおうと思うんだ」
唐突な時短作戦に思いっきりむせてしまう。しばらく咳を繰り返し、なんとか落ち着いたとろで朱里の発言についての話を再開する。
「展開、急すぎないかな?」
「急がば回れだよ!」
「いや、それを言うなら善は急げだよ!どんだけ遠回りな告白するつもりだったんだ!」
「まあとにかくさ、さっさと告白して終わりにしたいの」
そう告げる朱里の表情はさっきまでのふざけた感じは一切なく真剣そのものだった。そんな想いを適当に流すことは優介には出来るはずもなかった。
「わかった。それで行こう」
「あれ、なんか思ったよりすんなりだね」
「朱里さんが決めたことを否定する気も権利も俺にはないよ。それに……どうしても伝えたい想いってあるだろうしさ」
なんだか恥ずかしい言葉だが、その言葉はすんなりと出てきた。
それはあの時の優介自身、そして悠里と『彼女』を朱里と重ね合わせているからだろうか。
「じゃあ、最終目的を告白に設置して……どこでデートしたいの?」
「やっぱり遊園地が定番じゃない?」
じゃない?と言われても優介にはあまり分からないのだが何となく遊園地にはカップルが多い気もする。
「じゃあ、エレメンタルランドあたりにしとくか。この時期ならそんなに混まないだろうし」
エレメンタルランドはここらだと結構有名な遊園地で、絶叫マシーンやお化け屋敷などが特に人気だ。短絡的な考えかもしれないが、怖い思いをして弱っているところを見れば男心がくすぐられるのではないだろうか。
「おっけー。じゃああとは手島先輩をどうやって誘うかだね!」
「そこが一番肝心だよな……」
普通に考えて彼女がいる男子に女子から『遊園地に行きましょう』とさそわれて了承を得られる可能性は限りなく0に近い。ましてや彼女が望で彼氏は隆盛だ。そんな誘いにほいほい乗るわけもない。なら、どうやって誘えばいいのだろうか。
考えていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「え!もうそんな時間!?」
朱里は慌てて鞄を持って立ち上がる。ちなみに朱里が食べていたのは購買のパンだったのでとっくに食べ終わっていた。優介は3講は空き講なので特に焦る必要もない。
「じゃあ先輩!手島先輩になんとか話し通しといて!私来週の土日なら空いてるから!」
「え、ちょ、ちょっと!」
まさか冗談抜きで丸投げされるとは。走って学食を出て行く朱里の姿を見送りながら優介は大きなため息を吐いた。
しかし、どうやって隆盛を誘えというのか。そもそも優介が誘って朱里と隆盛が出かけるというのはよく考えなくても不自然でしかない。
「まじでどうしよう……」
誰かに相談しようかとも思ったが、誰に相談するべきなのだろうか。こういう真剣な話を出来る知り合いは限られている。一番話しやすいのは隆盛だが状況が状況なだけあって選択肢に入れることすらできない。同じ理由で望も却下。悠里も今恋愛関係の事を相談するのは気が引ける。となると残るは良太郎だろうか。だが、良太郎が快く答えてくれるだろうか。あまりイメージができないが、取りあえずラインを送ってみる。数分後、返事が返ってきた。
『知らん』
まあ、だいたい予想できていた返答である。それでもなんとかならないかとラインを送る。すると良太郎から電話がかかってきた。よくわからないが通話ボタンを押す。
「もしもし」
『桜井、お前は俺に何を求めているんだ?』
「デートの誘い方だよ」
『俺が知るわけないだろ』
「ええ……いつも吉岡先輩とデートする時はどうしてるんだよ」
『いつも切りだしてくるのは向こうだ』
「このヘタレ野郎が……」
『なるほど、これがブーメランか』
「あー、もういいよ。じゃあ吉岡先輩に聞くよ。ついでに良太郎が自分からデートに誘う気が無い酷い男だってことも伝えとくから」
かなりでかいつり針だが優介は確信していた。『釣れる』と。
『ま、まて!おちつけ桜井!』
予想的中。
「それで、どうしたらいいと思う?」
『俺が有効な答えを持っていないのは事実だが、適任を知っている』
「もしかしてとは思うが“あいつ”か?」
『その“あいつ”だ。今日もいつもの場所にいるはずだ』
「勘弁してくれよ……」
『そう言うな、あれでも俺の身内なんだ。ついでにちゃんと講義に出るように言っておいてくれ』
「いや、良太郎君、あのね?」
そこで電話は切られてしまった。もう一度かけようかとも思ったが無視される可能性が高いので諦めることにした。
「仕方ない。こうなりゃやけだ」
うどんの汁を一気に飲み干し、席を立つ。あいつは今日もあそこにいるのだろうか。
***
深奥大学は教室や学生課、学食などがある本館と運動部が使う体キャンに分かれており、本館は20年前に増設されたものと、創立当時からあるもの、そして図書館に分かれている。そして、創立当時からある方を学生たちは初号館と呼んでいる。
そして初号館の一番の特徴は屋上が解放されていることだ。とは言っても、屋上を利用する生徒は限られている。なぜなら、屋上に唯一繋がっている非常階段はかなり急な作りになっている上に、普通にすごしていると存在にすら気付かないような場所にあるからだ。優介がこの場所を知ったのは去年の11月だった。その時も今回のように良太郎との電話が発端だった。屋上の主に弁当を届けるクエストのために急な階段を上ったことが記憶に新しい。
「にしても、この階段マジできつい……」
息を切らしながら階段を上り切り、屋上の扉を開ける。暖かな春の風を全身で感じながら屋上の中心に大の字になっている目的の人物に方へと近づいて行く。長い髪、綺麗な肌、華奢で下手に触ると折れてしまいそうな体。そしてかなり高い顔面偏差値。そんな無防備な姿に何を感じるでもなく優介は顔の上に抹茶豆乳の紙パックを落とす。
「ふにゃっ!」
「おはよう、小雪(こゆき)」
小雪は豆乳を顔からどけ、ゆっくりと起き上がり目をこする。
「んん……なんだ、優介か。何か用?」
「言っとくけど、俺先輩だからね?」
「わかったー。今度からはさんづけするように努力する……」
そう言いつつも小雪は再び夢の世界へと旅立とうとする。
「いや、寝るなって!別にさんづけしてほしいって用事じゃないから!」
「ええ……まだ今日は12時間しか寝てないのに……」
「充分だろ!いいから起きろ!せっかく豆乳買ってきてやったんだから少しは俺に時間割いてくれ!」
「へーい」
小雪はしぶしぶと目を覚まし、パックに付属のストローをさし飲み始める。優介はその様子を眺めながら小雪の意識が完全に覚醒するのを待つ。
「……なに?優介。俺がストロー吸ってるのみてエロい事でも考えたの?」
「考えるかそんなこと!大体お前は『男』だろうが!」
そう。その見た目と小雪という名前から誤解されやすいが彼はれっきとした男なのだ。
「ですよねー。そんで、何?また兄さんからのお弁当?」
「良太郎からはいい加減講義に出ろって言伝くらいだな」
兄さん、と言うように彼は良太郎の弟、山田小雪。心理学科の2年生にしてハイツ諏訪部202号室の住人でもある。だが、この後輩は1年生の時からほぼ講義にはでておらず、受講態度は隆盛より劣悪とも言える。むしろ出席しているだけの隆盛がとても勤勉に感じるほどだ。だが、どんな裏技を使っているのかわからないが、それほど単位を落としているわけでもないのが不思議なところだ。そんな小雪は何故か分からないが毎日を屋上で過ごしている。
「いやだよめんどくさい。単位はとってるんだから文句はないでしょ」
「それなら良太郎本人に言えって」
「それこそめんどくさい。兄さんと話すと疲れるだけだからね」
何故かは知らないが小雪は良太郎と距離をとりたがる。これが年頃の兄弟としては普通なんだろうか?
「お前、良太郎の事嫌いなの?」
「別に……すきでも嫌いでもないよ」
「あ、そうですか……」
「それで?優介は何の用?」
「ああ。そうだった。実はさ……」
ことのいきさつを丁寧に伝えると、小雪はあきれたような顔でため息をつく。
「前から思ってたけど優介って頭悪いよね」
「いきなり罵倒から入るのかよ!」
「ま、それはそれとして」
「どれだよ!」
優介のツッコミをスル―して小雪は話しを再開する。
「要はその後輩ちゃんの為に隆盛を遊園地に誘って告白できる環境を作ってやりたい訳だ」
「その通り」
「で?何に迷ってるわけさ?」
「何って……。隆盛が朱里さんからの誘いに乗る可能性が低いってところだよ」
「ええ……やっぱり頭悪いじゃん」
「それじゃあ小雪はなんかいい作戦あんの?」
「あるね。108個はある」
「煩悩かよ!」
「そもそもさ、なんで優介は最初から隆盛とその子を二人にしようとしてるわけ?」
「え?いや、だってデートだし二人で行くのは当然だろ?」
「でも隆盛は二人で行くのを了承しないわけでしょ?なら答えは一つだよ。二人で行かなければいいんだ」
「え?」
いまだに小雪の言っていることの意味が分からない。
「だからさ。……ってことだよ」
「は?いや、流石にそれは駄目だろ」
「そんなことないよ。多分それで問題の解消はできる。優介の要望には100%叶うプランさ」
確かに、その方法なら隆盛が応じる可能性はあがるし、他にいい方法も思いつかない。
「……考えてみるよ。それじゃあ、今日はもう行く。ありがとな。あと、講義には行けよ?」
「はーいどういたしまして。あと、兄さんに今度はからあげ弁当が食べたいって言っといてー」
「兄弟そろって俺を伝言板にするのやめてくんない?」
そう反論したころには小雪は再び夢の世界に入っていた。