それから10分後、列が進み優介は隆盛と朱里にメロンジュースを望にリンゴジュースを買い、自分には炭酸を買って隆盛達のもとへ戻った。望も、さっきの真剣な雰囲気は跡形もなく消え去り、優介がおごったジュースをまるで花の蜜を吸う蝶のような勢いで飲んでいる。
「はい、これ隆盛と朱里さんの分だよ」
「さんきゅー優介、いくらだった?」
「130円」
「へえ、遊園地にしてはずいぶん安いな」
感心しながら隆盛は小銭入れを取り出す。
「ほい。70円おつりくれ」
「相変わらず100円玉しかないのな」
「ゲーマーだからな」
隆盛のドヤ顔はスルーしておつりを渡す。
「朱里さんも130円ね」
「うん……」
「……?」
なんだか朱里のテンションがさっきより一段と低いような気がするがもしかしてもう告白してしまったのだろうか。横目で隆盛の方を伺うが特に変わった様子もない。とはいっても隆盛の表情から何かを察するなんてそれこそ望でもない限り不可能だろう。
「朱里さん?」
「え?な、なに?」
「いや、ジュース代」
「あ、うんごめん。今出す……」
そういって財布を取り出した朱里は、小銭をばらまいてしまった。あたりに小銭が地面にぶつかる甲高い音が鳴り響く。
「きゃっ!ああ、お金!」
「ちょと、朱里さん落ち着いて――」
「ひぎゃあ!」
お金を拾おうとしゃがんだ朱里は勢い余って転んでしまった。それと同時に朱里の手提げカバンから物が散らばってしまう。さらには持っていたメロンジュースがこぼれる始末だ。
「あ、朱里さ……」
「桜井君、これ持ってて」
優介が朱里に声をかけるより早く、望がジュースのカップを押し付け朱里の横にしゃがむ。
「朱里ちゃん、大丈夫?」
望が朱里の肩をやさしくゆする間に隆盛と優介は散らばった小銭とかばんの中身を拾う。
「だ……大丈夫です」
そうは言っているが起き上がった朱里は半泣きだった。服にはメロンジュースがかかりシミになっている。
「とりあえず、これで服ふいて。あと、膝すりむいてるから傷口きれいにしないと」
望はハンカチを朱里にわたし、かばんから消毒液と絆創膏を取り出す。さすが女子、というか絆創膏はともかく消毒液を持ち歩いている人なんてはたしてどのくらいいるのだろうか。
ともあれ望は素早く朱里の膝を処置し、へたり込んだ朱里をゆっくりと立ち上がらせた。なんというか、まるで母と子のような感じだ。
「あーやっぱり染みちゃったね。仕方ない。これ、上に羽織っていいよ」
望は自分のパーカーを脱いで朱里に渡す。朱里は受け取るのをためらったが望は無理やりパーカーを朱里に持たせる。観念したのか朱里はおとなしく袖を通す。
「大丈夫?少し休む?」
「大丈夫です……」
「そう?でも、無理は――」
「大丈夫ですっ!」
急に朱里が大きな声で拒絶する。それは朝元気に集合してきたときとも、園内に入って必死に隆盛にアピールしていた時とも違う、悲痛な声だった。見れば、その顔は今にも泣きだしそうだ。
「え、えーと?」
望は急に拒絶されたことに戸惑いつつも、なんとか朱里の心境を読みとろうとしている。だが、そんなことはお構いなしに朱里は走り出してしまった。
「あ、朱里さん!?」
優介の呼びかけも虚しく、朱里はあっという間に人ごみの中へと消えてしまった。
「優介、追いかけろ」
それまで口を開くことのなかった隆盛が唐突にそんな事を言ってくる。
「いや、そりゃ追いかけるけど、お前も手伝えよ」
「俺が行った方がいいか?」
「は?何言ってんだよ。そんなの……」
「本当に俺が行っていいのか?」
そう言って隆盛は優介をじっと見つめる。それを見て優介にはなんとなく朱里の態度の意味が分かった気がした。
「……お前、気付いてたの?」
「これでも人に向けられる感情には敏感な方なんだぜ?敵意にも、好意にも」
おどけた表情で隆盛は言葉を発しているが、それが偽りだという事は流石に分かる。でも、やはり隆盛にはあの時の告白がギャグで無いことなんてお見通しだったのだろう。だからこそ、あの場で即断った。それが一番傷つきにくい終わらせ方だから。それなのに、朱里の言い分だけ聞いてもう一度振らなきゃいけない状況を作ってしまった事を少し申し訳なく思う。
「お前の場合、大体が敵意だろうけどな」
でも、黙っていたのはおあいこだ。だからぶつけたのはそんな言葉だった。
「ひでえな」
「まあ、言いたいことはいくつかあるけど、取りあえず全部後回しだな」
「一応、俺らもその辺探してみる。戻ってくるって事もあるだろうし」
「頼む」
それだけ言い残し、優介は走り出す。
「大丈夫かな?」
後に残された望は隆盛に聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声量で呟く。
「大丈夫さ、優介なら。あいつが走る時はいつも何かが変わるんだ」
走っていく優介の後ろ姿を見送る隆盛は、いつだったか雨の中を『彼女』を探しに走って行った後ろ姿と重ねながら自嘲気味に笑うのだった。
***
朱里が走って行った方角はたしか絶叫マシーンのコーナー。ジェットコースターだのフリーフォールだの、果たして何が楽しいのか理解不能なアトラクションが立ち並ぶ区画を人ごみをよけながら優介は走っていく。
朱里は今落ち込んでいる。告白したか否かは分からないが、それだけは確かだ。なら、そんな人間が絶叫マシーンに乗ってキャーキャー言うテンションでないことは明らかだろう。つまり、アトラクション付近は無視。そして、人ごみも無視。優介が朱里なら、落ち込んでいる時に、周りで楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくるなんてどうにかなってしまうだろう。
だが、それを踏まえてもエレメンタルランドの敷地は広大。それも絶叫マシーンの区画は相当だ。
だからこそ、さっきから携帯に電話をかけているのだが一向に出る気配はない。
「そりゃ、出る訳ないよな……」
朱里は優介に、このデートで終わりにすると宣言した。その言葉を発した時にどれくらいの想いがあったかは分からないが、優介に宣言した手前、今の状況では合わせる顔がないとでも思っているのだろう。
だって、今の彼女は終わらせられないから。
「駄目だ、このまま探しても埒が明かない……」
膝に手を置き、肩で息をしながら優介は考える。朱里が行きそうな場所を。
トイレだろうか。木陰だろうか。建物の中だろうか。
「……わかんねえ」
そもそも朱里とそんなに深い関係でもなければ長い付き合いでもない。ただ、新学期に隣の部屋に引っ越してきた後輩。それだけでしかないのだ。
「隣……か」
何故か優介の頭の中には朱里ではなく、その前の隣人の姿が浮かんでいた。さっき望にその話をされたからだろうか。だが、今彼女の事を考えても事態は好転することは無いはずだ。それなのに、優介の頭から彼女は出て行ってくれない。
「くそ、こんな時に俺は……」
『こういうときはね……』
ふと、鮮明に蘇る記憶があった。それは去年の秋、学祭に向けて小説を準備していた時の、彼女との会話だった。