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「だ~わかんねえ~」
夕方5時、自室の机でうめいていた。目の前には書きかけの小説がパソコンに表示されている。
「どうしたの優介?寝言?」
「そんな鮮明な寝言言うわけないだろ!」
向かいに座り、カタカタとパソコンに打ち込む彼女に対してツッコミをいれるも、すぐにへなへなと突っ伏す。
「どれどれ?よっと」
そんな声がしたと思ったら、急に背中に暖かな感覚と柔らかさが伝わってきた。
「あのー、麻耶さん?何をしてらっしゃるんですか?」
「優介の背中乗ってる」
「淡々というな!どけて!すぐに!」
「えーなんで?」
「俺の理性が危ないからです!」
彼女の服装はパジャマとの上下というかなりの軽装なので普段着よりも、伝わってくる感触が段違いなのだ。控え目な胸でさえ、強い刺激になってしまう。
「まーそれはいいとして」
「いいの!?この場で俺がけものになっても?」
「すっごーい!優介はえっちな妄想が得意なフレンズなんだね!」
「たつきに謝れ!……じゃなくて!」
「ここのヒロインの行動に迷ってるんだね?」
「そうだよ!……え?なんで分かったんだ?」
「今読んだから」
そう言って彼女は優介から離れる。背中に残る感触を脳裏に刻みながら優介も顔を上げる。
「流石、プロは違うな……」
「うーん、ボクが思うにこれは優介の考えすぎだよ」
「というと?」
「小説を書きすぎるとさ、普通であるべきところにも深みをだそうとかして、かえって不自然になることがあるんだよ」
「うん?分かるようで分からないような」
「まあ、それはおいおい分かるから今はいいよ、それでね、こういうときはね」
「こういうときは?」
「テンプレを使います!」
思わず優介は体を床に倒す。もっと専門的な話しかと思ったのに肩すかしをくらってしまった。
「テンプレ、分かる?」
「分かるよ!あれだろ、異世界行ったらハーレム、的な」
「そうそれ、今回のヒロインにもそんなテンプレが使えます!」
「まじで?」
「まじ!」
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走りながら、そんな風景を思い出す。確か、あの時彼女が言っていたのは……。
『その一!ヒロインは走る、主人公は追いかける!』
優介が主人公かは定かではないが、この状況に則している。
『その二!主人公は仲間の協力を得てヒロインを助けに向かう!』
この場合、隆盛だろうか。彼女も当てはまるかもしれない。
『そしてその三!ヒロインは意外と構ってちゃんで、見つけやすいところで待っている!』
見つけやすいところ。この状況、朱里は隆盛には見つけてほしくないだろう。おそらく、望にも。となると、朱里がいるとしたら優介が見つけられるところだろう。あくまでテンプレ通りなら。
そうなると、今と似たような状況から推測するべきだろう。朱里が走ってどこかへ行き、優介がそれを探しながら移動する。
あの雨の日、傘を持った優介が朱里を見つけたのは……。
「……テンプレ通りだな」
「ゆーすけ先輩……」
朱里はあの日と同じ、大きな木の下にいた。もっとも、あの日とちがって泣きじゃくってはいないようだが。
「大丈夫?」
「あんまり……というか、かなり」
「そっか」
優介はそれ以上は言わずに朱里の横で木によりかかり、彼女の言葉を待つ。
「なんだろうね、いま凄く泣きたいのに、涙が出てこないんだ」
ゆっくりと、朱里は話し出す。
「多分、私ってすごく面倒な体質なんだ。いつも情緒不安定かってレベルで感情むき出しなのに、本当に気持ちを出したい時にそれがでないの」
「……」
「ゆーすけ先輩は、なんで私が手島先輩の事好きか分かる?」
「……一目惚れ?」
「ううん。多分、ふた目惚れ」
「……?」
「実は、ゆーすけ先輩と知り合う前に、一度手島先輩と会ったことあるんだ。1年生のころ」
「そうなんだ」
「うん。とはいっても、多分手島先輩は憶えてない。友達と学校でクレープ食べながら歩いてた時、服にこぼしちゃって。近くにいた手島先輩がティッシュくれたの。それだけ。その時は特になにも思わなかったんだけど、あの日、ゆーすけ先輩の部屋であった先輩はなんだかその時より輝いて見えて、それでかな」
恋をすると人は変わる。そんな言葉があった気がする。去年の隆盛に無くて今の隆盛にあるもの、それは間違いなく望の存在だ。去年、望と再会し自分のあり方を見つめ直し、将来への目標を定めた隆盛はしっかり望に恋している。いつも一緒にいる優介は気付かなくても、他者が見れば変化は一目瞭然だったのだろう。
「そっか」
優介に出来ることは、そんなありきたりの返事だけだった。
「うん。でも、それも全部、今日で終わらせるつもりだった」
「……」
「でも、それ自体がウソ。私、全然諦めてなんて無かった。一緒にいればいるほど、気持ちって強くなっていくんだ」
「……」
「高坂先輩のことも、嫌いになるんだって、奪ってやるんだって。そう意気込んで今日来たのに……あの人優しすぎるんだよ。手島先輩が好きになっちゃうのも分かるくらい優しいの。でも、その全部が私には痛いんだよ……」
そんな朱里の頭に、優介は自分も気付かないうちに手をおいていた。
「ふにゅ……」
そして、その頭を、ゆっくりと、やさしく、撫でた。感情を押し殺す彼女は、いつか、優介に別れを告げた時の彼女に似ていたから。
「朱里さん……テンプレって知ってる?」
「急に何……?知ってるよ、異世界チートでしょ?」
「そう、それ。可愛いヒロインは、悪い王子様に振られてしまうも、主人公のパーティに入り、心から大切な居場所を見つけます」
「それ……ヒロイン最後死ぬ奴じゃん……」
朱里は少しだけ、表情を緩める。
「俺は、朱里さんの気持ちが間違ってるなんて思わない。誰かを好きになることも、嫌いになることも、その一つ一つが朱里さんの選択なんだから。隆盛の事を忘れるのに時間がかかるならカラオケでもボウリングでも付き合うよ。多分俺、今年の前期で単位とり終わるから暇だし」
「……ほんとに?途中で降りたりしない?」
「自分で言うのもなんだけど、俺、かなりお人好しだからね」
「それは思う」
そう言って笑う朱里の目には、少しだけ、涙が浮かんでいた。それはきっと、朱里の決意なんだろう。
――その日、私は手島先輩に告白した。もちろん結果は駄目だった。先輩は気付いていたから。でも、先輩が今日この場所に来たのは、私に諦めるチャンスを作ってくれるためだったんだろう。それを残酷だと言えばそうかもしれない。そんな回りくどいことしないで、ずっと気付かないふりをしていればそれで良かったのかもしれない。でも、人の気持ちって、気付かれないのが一番辛い。どんなに必死に想っても、二度とそれに向き合えなかったあの人みたいに――