Fate/deranged the gear 作:カキツバタ
どう歪んでこうなったし。
ではどうぞ
────街が、燃えていた。
炎溢れる地獄の中を、ただひたすらに歩いている。
助けを求める誰かの声がある。
死にたくないと喘ぐ声がある。
自分が助かる事だけに精一杯で、それら全ての声を黙殺して歩み続ける────罪悪感に潰れそうになりながら。
溢れる怨嗟の声、すべてを焼き尽くす呪い。
それらからただ逃げ続けた。
今にも溢れそうな涙を堪えて、唇を強く噛みしめ、もうボロボロで動こうとしない足を引きずりながら必死に歩いていた。いつしか脳は思考することを放棄し、しかしそれでも身体は動き続けた。
空に穿たれた黒い孔のような太陽の下であてもなく、ただ助かりたいと何処かを目指して歩き続ける。やがて限界を迎え、その小さな体が倒れ伏す。
あつい。いたい。くるしい。
死がすぐ傍にいた。このままゆっくりと目を閉じてしまえば楽になれるのだろうか。
そんなことを思いながら、それでもソラを眺めていたのは自分の最後の意地だったのかもしれない。
────そして、『正義の味方』は現れた
『生きてる! 生きてる! よかった、生きている! ありがとう、ありがとう……!』
そんな姿が少し眩しくて────少年はその瞳を閉じた。
ゼロに至った物語は狂い始める
これは、そんな一つの偶然が生み出した歪んだ物語
────その答えは、神のみぞ知る
気がつけばそこは病院だった。
「!先生!あの子が目を醒ましました!」
何処からかするそんな声を聞きながら、
少年は自分があの燃える街から救われたのだと認識した。
少しして何処からか急ぎ足で此方へやって来る人影があった。
「こんにちは。突然だけど自分のお名前わかるかな?」
そう言われて初めて、自分があの火災の前のことを何も覚えていないのだと知った。
それでも必死にその名を思い出そうとして
「……しろう」
「……他には?」
そう問われてその首を力なく横に振った。思い出せたのは顔も思い出せない誰かが言っていた『しろう』という名だけ。
「……やはり、火災のショックでしょうか?」
「そうだな。とりあえず……」
大人達が何やら話している中、士郎は理解した。
────あの火災の中で確かに自分は救われた。
しかし、身体は死ななかったが心は死んだのだ。
冬木市に建つ立派な武家屋敷。そんな屋敷に、一人の男がいた。彼の名は衛宮切嗣。嘗て魔術師殺しと恐れられたフリーランスの魔術使いである。
「ふぅ、これで一段落ついたかな……」
スーツケースを閉めて一息ついているその様子は、どうにもそんなイメージとはかけ離れている。
衛宮切嗣は今日、一人の少年に会いにいくのだ。あの日、心が折れそうだった自分を救ってくれた希望。衛宮切嗣を救ってくれた少年───士郎の元に。
そこで彼は士郎に問うのだ。このまま孤児院に連れて行かれるのと、知らないおじさんに引き取られるのはどちらが良いか、と。
……できれば、引き取りたいと思う。しかし、その選択をする権利は士郎にある。切嗣は彼の意思を尊重するつもりだった。
こんな様子を見れば嘗ての衛宮切嗣を知る者は口々にこう言うだろう。『信じられない。あの冷徹な魔術師殺しが他人の意思を尊重するなど』と。
実際、嘗ての衛宮切嗣であったのならばそのようなことはしないだろう。彼は自身の抱いた理想────世界の恒久的平和の為ならばどんな犠牲も厭わない冷徹さを持っていた。
正義の味方───といえば聞こえは良いが、とどのつまりは一を見捨て十を救う殺人機械である。
機械故に情などなく、効率が良い。魔術師のみならず彼を知る多くの人々が魔術師殺しを恐れていたのだ。
だが、第四次聖杯戦争で衛宮切嗣は多くのものを失った。愛する者を失い、平和の為の最後の希望も潰えた。
故に彼は残ったほんの僅かな希望を大切に集めて、せめて最期くらいは父らしく生きたい、とそう思ったのだ。
そして早速士郎の元へ向かおうとした、その時であった。
「ガッ……!!?……あぁっ…………く……」
突然胸を押さえて切嗣が蹲る。その息は荒く、何時倒れても可笑しくない程だ。
「アンリ……マユ……」
衛宮切嗣の身体に残った第四次聖杯戦争の大きな傷痕。切嗣の中に巣食う悪意の泥は彼を蝕み続ける。
(……ごめん、士郎君…………君に会いにいくのは、少し先になりそうだ)
そうして彼は意識を手放した。
────偶然によって生まれた本来の運命とは異なる空白の数日、それが一人の少年の運命を大きく狂わせることとなる。