Fate/deranged the gear 作:カキツバタ
ではどうぞ
大火災の後、少しずつ賑わいを取り戻してきた冬木市の新都。多くの人々が行き交うなか、一人異質な雰囲気を放つ黒いカソック姿の男がいた。
男───言峰綺礼は冬木市にあるとある病院へ向かっていた。至って健康体である彼が何故病院へ向かっているのか。それには先日起こった未曾有の大災害が関係することとなる。
あの火災で500人余りの命が犠牲となった。あの地獄絵図から逃げ出すことが出来た者は、火の手が回ってくる前に動いた者、なんとか軽症で済み救助隊に助けられた者、怪我を負うもどうにか鎮火後まで生きられた者といったほんの僅かな人々のみ。また、僅かに生き残った人々のほとんどはその被害が浅かった地域の人々であり、火災の中心部とされる建設途中であった冬木市民会館の付近の生還者はほぼゼロ人であった。
ある者は助けて、と叫びながら炎に焼かれて死んだ。
ある者は火の手から逃げることに必死で、すぐそばの電柱が倒れてくることに気付かずに呆気なく潰れて死んだ。
ある者はこの子だけでも、と赤子を守るようにして抱き結局二人とも焼け死んだ。
ある者は全身を炎で焼かれ、もはや声すら出ずにそのまま死んだ。
ある者は誰かを助けようとして瓦礫に潰されて死んだ。
ある者はその様をただ眺めることしか出来ず、結局誰にも助けてもらえずに焼け死んだ。
ある者はアパートの屋上へ逃げ、もはや助からないと知って愛する者と共に飛び降り潰れて死んだ。
ある者はこの地獄を見て発狂し、自殺した。
その地獄を見て言峰綺礼は笑うのだ。とても嬉しそうに、とても愉しそうに。
しかし同時に、彼は地獄の中で消えていったすべての魂に安らぎが与えられることを心の底から願っている。
彼は曲がりなりにも神父である。神父とは悩み苦しむ人々を導く者。それ故、教会には孤独に悩み苦しむ子供達を救うための孤児院が設けられる。それは言峰教会もまた例外では無かった。とはいえ冬木市にやって来てから孤児を預かった記憶はなかったのだ。しかし、今回の大災害の生き残りには子供達もいた。その多くが彼らを守ろうと親が犠牲になり親を失った───つまりは孤児であった。
そこで孤児院の教会に彼らを預ける運びとなったのだ。
病院に着いた言峰は早速手続きを行い、孤児達の集まる病室へ向かう。
「みなさん、神父さんが来てくれました。これからはこの病院を出て教会で暮らすんですよ」
言峰綺礼は子供達一人一人の顔を見て想像する、
彼らの苦しむ顔を、彼らの泣き叫ぶ顔を。
あぁ、それはなんて────
「はじめまして、私は教会で神父をしている言峰綺礼だ。君達とは長い付き合いになるだろう。これからよろしく頼む」
元々こうなると理解していたのか素直に受け止める子、お母さんは?お父さんは?と、未だ現実を受け止めきれずに泣いてしまう子、孤児院に行くことなど気にもせずに遊びに熱中する子など様々だったが、そこで一人の少年が口を開いた
「……なぁ」
「どうした少年、何か質問でも?」
「アンタ、
「───────」
思わず手で自分の口許を触る。そうか、自分は笑っていたのかと今更ながらに認識する。
「……何故、そんなことを訊くのかね?」
次に生まれたのはこの少年への興味だった。挨拶をするときに笑顔でいることは一般人からしてみれば当たり前のことだ。だが、言峰はその一般人には当てはまらない。どんな相手であろうと敬意を振る舞うことはあれど愛想を振り撒くような行為を言峰綺礼がするはずはないのだ。
とはいえ、愛想を振り撒かない人間自体は少なくない。しかし、少年の質問の仕方は何故愛想を振り撒かない奴が振り撒くのかという趣旨の質問とは違うように言峰には感じとれた。
────彼は理解したというのか?
何故それを──言峰綺礼が異常者であるということを、出会って間もないこの少年が知り得るというのか。
「それは…………ん?……なんでだろ」
しかし、少年は自分でも不思議だとでもいうように首を捻る。
「そうか」
言峰は少し落胆の色を見せるが、それも一瞬のことだった。どのみち彼らの運命が変わることはないのだ。
そうして言峰は子供達を連れて教会へ向かう。
道中、言峰の脳内は如何にして彼らに絶望という悦楽を与えるかで一杯だった。
もともと考えはあるのだ。
第四次聖杯戦争において受肉を果たしたアーチャー、英雄王ギルガメッシュ。言峰は己が師を殺し、彼の王のマスターとなった。しかし聖杯戦争が終わった今、聖杯からの魔力供給は絶えた。受肉したとはいえ魔力は必要、ましてやあの英雄王だ。言峰だけの魔力量ではこの先保つ筈もない。
そこで利用するのが目の前にいる孤児達である。彼らの生命力を魔力としてギルガメッシュに送る。そうすることで彼を次の聖杯戦争まで生かすのだ。
当然、彼らから一瞬にして魔力を奪い殺すようなことを言峰綺礼は決してしない。
彼らは皆、生きたいという欲があってこそ生き残り此処にいる。であれば彼らが魔力源とされるのは変わらないが、せめて彼らが願った生きたいという望みを叶えるのだ。そしてより長く彼らが苦しみ泣き叫ぶ様を。
あの大火災から生き残った子供達があの火災を引き起こした張本人の元で更なる地獄を見る。それはなんて愉悦に満ちた光景であろうか。
とはいえ、言峰は子供達を生き地獄の魔力源にした経験などない。故にどの程度魔力を吸いとってゆけば苦しめるのか、それが彼には分からない。
教会に着いた子供達が夜になり眠ると、言峰は子供達の体内から採れる魔力量を調べるために彼らの身体を診始めた。
言峰綺礼は治療魔術や霊媒系の魔術を得意とする。この程度は造作でもない。
────だが、いやだからこそ言峰綺礼は一人の少年の身体の「何か」に気づけたのだろう。
「?何だ……これは?」
少年───確か士郎、といったか。彼の体内に「何か」がある。言峰は早速その正体を確かめようと、眠ったままの少年を部屋から連れ出し「何か」を取り出す。「何か」と彼の身体は一体化を始めていたが、まだ完全ではなく言峰の腕であれば問題なく取り出すことが可能であった。
「!?これは…………まさか」
言峰は士郎の正体、そのたった一つの他の孤児とは違う特異性を知ることになる。彼の中から出てきたのは黄金の鞘。その輝きを見れば、彼の王を────いつか蘇る王を知る者ならばその正体に思い至ることだろう。
───それはアヴァロン。アーサー王の聖剣の鞘であり、所有者に不死に近い力を授けるもの。そしてアインツベルンが第4次聖杯戦争に於いて英霊召喚の触媒としたものである。
「フ……フハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!そうか……衛宮切嗣は!己の理想を捨て!こんな少年一人を救ったというのか!!!」
衛宮切嗣は恐らくこの鞘を埋め込む形でこの少年を救ったのだ。それを知った言峰は一人愉悦に浸る。
さて、この少年をどうしようか。自分達が原因の災害、其処で奴は一人でも良いから救いたいと瓦礫しかない燃える街の中で彷徨い歩いたことだろう。
この少年はきっとそんな切嗣が漸く地獄の中で見いだした一筋の希望だったのだ。
そんな彼が、自分が救った少年は結局救ったところで何の意味もなく、むしろ救われたことを恨むであろう状態にあると知れば一体どんな顔をするだろうか。
そこまで考え、言峰はふと思う。
正直にいえばこの少年に興味が無い訳ではない。あのとき己の異常性に唯一、彼自身が自覚することこそ無かったが気がついた少年。彼ならばもしかすれば、言峰綺礼に存在価値はあるのかという答えを持っているかもしれないと、そう感じたのだ。
…それに、この少年に衛宮切嗣を殺させるというのも悪くない。自分が救った少年に殺される奴の気持ちと自分を救ってくれた男を殺す少年の気持ちを考えると己の口角が自然と上がるのを感じる。
はっきり言って、この少年を生き地獄の魔力源にすることなどいつでも可能なのだ。とりあえずは後者の方に希望を見出だしてみるべきか。
来たるべきその時は恐らく第5次聖杯戦争。そしてそれはあと十年といったところで始まるだろう。
綺礼の心臓は聖杯の泥によって補われている。聖杯と繋がっているが故に分かるのだ。
「それまで……死んでくれるなよ、衛宮切嗣」
こうして士郎は言峰綺礼の元で養子として育つことになった。
────斯くして士郎は言峰士郎となり、その運命は大きく狂い始める。