Fate/deranged the gear   作:カキツバタ

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prologue3 少女と少年

 

未曽有の大災害より半年近くが経ってから故・遠坂時臣の葬儀は執り行われた。

 

 彼はしっかりと己の最期の責務をやり遂げていた。娘である凛への魔術刻印の移植と当主という立場の移譲。彼の遺言に従い凛への遠坂家当主の継承を行った。彼は『根源』への到達を悲願としていたからか、妻子と再び会えないという覚悟は出来ていたようでその準備は順調に運んだ。

 

 言峰綺礼の視線の先ではまだ十歳にも満たない幼い子供の凛が葵に代わって喪主として葬儀を執り行っていた。

もう誰も彼女のことを子供とは侮りはすまい。

彼女は子供とは思えぬほどにやって来た人々に対して堂々と接し、遠坂の当主は自分であると示していた。

 

そう、この日をもって名実共に遠坂凛は遠坂家の頭首となった。

それは同時に彼女も聖杯戦争に参加し聖杯を掴むという義務を負ったことを意味している。

 

「ご苦労だった。新たな当主の初舞台としては充分な働きだ。お父上もさぞや鼻が高いことだろう」

 

凛は無言で僅かに頷く。

 

「そろそろお母上を連れて来てはどうかね?」

 

「────ええ、そうする」

 

そう応えて、凛は車椅子に座った葵を時臣の元へ連れていく。葵はその虚ろな双眸を凛へと向けて言う

 

「あら凛。今日は誰かのお葬式なの?」

 

「そうよ、お父様が死んだのよ」

 

「まぁ大変、早く時臣さんの喪服を出さなきゃ────ねぇ凛、桜の着替えを手伝ってあげて。

ほら、あなた。ネクタイが曲がっていますよ。うふふ、しっかりなさってください。あなたは凛と桜の自慢のお父様なんですよ……」

 

凛は無言でそれを見つめる。

 言峰には分かる。ああして気丈に振る舞っているものの凛の中では深い悲しみが渦巻いている。

 

確かにこの娘は極上の酒の瓶だろう。しかし、その蓋が開かないとあっては、甘露どころか癇癪の種だ。

 

 いっそのこと言峰綺礼こそが父の仇だと教えてみれば、凛はどんな顔をするだろうか。激高するか悲しむか、どちらにせよ面白くはある。

 

(だが、まだ駄目だ。楽しみは後にとっておかなければな)

 

葵を先に遠坂邸へと送った後、言峰は渡したいものがあると凛を教会に連れてきた。

 

「……ねぇ、あの子達って…」

 

凛の視線の先にいるのは遊んでいる凛と同い年位の子供達。

 

「あぁ、彼らはあの大災害の孤児達だ。まぁ、彼らのほとんどがもうじき新しい場所へ連れて行かれるがね」

 

「そう……」

 

「親を失った者同士、何か思うところでもあるのかね?」

 

「…いえ。それより何よ、渡したいものって」

 

「……そうだな。これでも私は忙しい身だ。いつまでもお前に関わってやるわけにはいかん。故に後見人としてやるべきことを果たしておこう。お前は時臣師父の後を継ぎ頭首となったわけだが、魔術刻印はよく馴染んでいるかね?」

 

「ええ。とってもよく馴染んでるわよ。まさかそれを訊くために連れてきた訳しゃないわよね? 私も忙しいから早く帰りたいんだけど」

 

 彼女の魔術刻印は馴染んではいないだろう。魔術刻印は肉体にとって異物に等しい。刻印を継承した凛にはそれによる苦痛や気分の悪さがあるはずだ。

 

 それでも凛は自分が苦しめば言峰が喜ぶだけだと知るからこそそんなことはおくびにも出さない。

 

「ふむ。では改めて、後見人としてお前の当主就任祝いに贈呈するものがある」

 

「あんたからの当主就任祝い?」

 

「ああ。私などよりお前が持っているべきもののはずだ」

 

 言峰が取り出したのは装飾の施された儀礼用の剣だった。

 

「私が時臣師父より見習い修了の祝いにと譲られたアゾット剣だ。お前の就任祝いには相応しいものだろう?」

 

 「これが……お父様の、剣?」

 

それを凛に手渡す。美しい意匠が施されたソレを凛は食い入るように見つめていた。

 その剣を見つめていると漸く凛の目から年相応の滴が零れ落ちた。透明の滴はアゾット剣に落ちると、刀身を通って刃先から落ちる。

 

 葬儀中も一度も見せることのなかった遠坂凛の涙。それを見た言峰は満面の笑みを浮かべるとその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

#

 

 

 

 

「………お父、様」

 

一人残された凛はその場で立ち尽くし、その剣を見つめる。

 

「……大丈夫か?」

 

そんなか弱い少女の背中に声が掛かる。それは同時に少女を一人の父を失った少女から遠坂家当主へと戻した。

慌てて振り返ると、そこには赤みがかった髪に琥珀色の瞳をした同い年位の少年が不思議そうな顔をして立っていた。

 

遠坂家の当主たる者が他人に泣き顔を見せるなど。凛は突然現れた少年に笑顔を向けて言う。

 

「あら、どうされたんですか?」

 

「……いや、だって泣いてたから」

 

「そんな筈無いですよ。だって私は笑っていたんですから」

 

すると少年は不服そうな顔をして、突然凛の手を握るとぐいっと引っ張っていく

 

「な、何を───」

 

「ほら」

 

少年が指を指したのは水溜り。この時は丁度雨があがったばかりであった。そこに映るのは指を指す少年の姿と────顔を泣き腫らし、今にもまた泣き出してしまいそうな凛の姿だった。

 

「あ────」

 

「何があったのかは知らないけど、泣きたいときは泣けばいい。人間っていうのは心の奥底では自分に嘘はつけない生物だって言ってたから」

 

そう言う少年の様子は本当に凛を心配しているもので。

 

───凛の双眸からはまた、涙が溢れ出した。

 


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