鷲峰島(しゅぶとう)
34km程沖合に行ったところにある火山島。
浄水器や太陽光パネルなど比較的整った設備がある。
核戦争ともゾンビ化とも縁遠いこの島を『清き民に約束された楽園』とほざく連中もいる。
だが、そこはそんなに甘い場所じゃない。
名前こそ霊鷲山の別名から取っているが、あの島から生まれるのは説法なんて生易しいものではなく獰猛なハゲワシだ。
生半可な気持ちで島に近付けば、奴らに補足されて必ず喰われるだろう。
命が惜しいのならば、絶対に渡航してはならない。
【とある港町の掲示板に貼られた、インクが消えかけの紙】
愛するべきは我が家。身体が離れても心は残る。
だからこそ俺は我が家であるこの島に残った。
共に釜の飯を食った仲間が死んでも、俺を育ててくれた親が死んでも残った。
だが、寂しいという感情はない。
それがヴァルチャーとしての宿命だし、仕方ないと思っている。
…そして俺は孤独になった。
「ん…んん…」
さっきからカーテンから漏れる何かが瞼をノックしている。
正直まだ眠っていたい。
真っ暗だから太陽ではないし、一体何なのだろうか。
ピピピという小鳥のさえずりが耳に届き、パッチリと目が覚めた。
むくりと起き上がって壁掛けの時計を見る。
…夜明け前だが、いつも通りの時間だ。
「ふぁあ…ねむ」
今腰かけている人間工学を重視したベッドなど部屋の調度品は一流ホテル並みだが、何もかも真っ白で何の飾り気も無い。
まぁ、お客様を泊める施設ではないからな。
鏡を見つつ長髪を軽く整え、ベッドの下に置いていた靴を履いて部屋を出る。
飾り気のない真っ白な廊下にコツコツとブーツの靴音が響く。
エントランスホールを出ると、工場のような大きな建物とだだっ広い滑走路が目に入る。
子供の時から見てきた光景だ。
ここは元々小島を改装した大規模な航空機工場だったらしい。
俺が寝床にしていたのは社員用の宿舎だ。
何処の企業がここを造ったのか、どういう人間が居たのか、何故そいつらが居なくなったのかは知らないしどうでも良かった。
どうせ真実を知る者は両親を含めてこの世に居ない訳だし、使えるものは使わせてもらう。
ここには滑走路以外にも浄水器もソーラーパネルも地熱発電も港湾設備もある。
天然の温泉だってある。
こんな優良物件は他にはない。
夜明け前の空の下を歩き始めてから320m。
四角い棟のような建物に入り、カンカンカンと長い階段を上って指揮室へと入る。
元々はコントロールタワーと呼ばれていた施設で、見晴らしも良く通信機器とレーダー機器が充実している。
だからこそ指揮室と呼んでいる訳だが。
レーダー画面が見える位置にあるくたびれた革の椅子に座る。
ごちゃごちゃとした機器の上に、盾の様な紋章の入った機器がまるで積み木のように積み上がっているのが見える。
急造で据え付けたゆえにアンバランスだ。
今度の休みにでも整理してみるかな…。
俺の名前は烏丸猛。
元々は傭兵パイロットであるヴァルチャーという職(?)に就いていた。
自分で言うのもアレだが、腕は良い方だと思っている。
数か月前にお得意先だった民間軍事会社グリフィン&クルーガーという会社にヘッドハントされ、戦術人形という民生品の女性型アンドロイド兵士の指揮官として就任した。
今まで彼らの誘いを断り続けていたので、結構強引な手法を使われてしまったが。
目の前にファイルされている採用書によれば、『…の陽動作戦であるジェリコ作戦において多大なる戦果を上げたため指揮官の素質アリと判断したため緊急採用』と書かれている。
こんな感じで建前が書かれているが、ヴァルチャーが持っている航空戦力が欲しかっただけだろう。
あいつらヘリと輸送機しか持っていないし。
後は攻められにくく立地条件の整った基地が欲しいとか。
まぁそんな感じで体よく俺を採用したグリフィンだったが、ここで大きな問題が発生した。
それは、この鷲峰島から予定された戦場まで輸送ヘリの足が届かないという事。
離島である鷲峰島は結構な沖合にあり、グリフィンの主力ヘリコプターは中継点なしでは片道分しか飛べない程に遠いのだ。
故にここには戦術人形は一体もいない。
普通は採用段階で気付きそうなものだが、鉄血の襲撃で次々と司令部を失っているグリフィンはなりふり構ってられなかったらしい。
だがこれではヘリで戦術人形を送り込むことが出来ない。
折角採用したのにそれでは本末転倒なので、グリフィンはある決断を下した。
それは『解決策が出来るまで指揮官と人形を別々の基地に置く』というものだ。
俺は今まで通り鷲峰島を拠点に活動し、指揮下の人形は前線に近い基地を間借りして活動する。
その間にグリフィンの技術支援を受けた我が基地が『出来るだけ航続距離の長い垂直離着陸機』の開発を行う。
色々あって開発は遅々として進まないがね。
まぁ、戦場というか鉄血の連中はそんな事情を考えてはくれないが。
「新しい任務か…」
通信機がピーと音を立て、司令部から新たな作戦命令が届けられた。
脳みそが作戦立案へとシフトする。
諸事情によって変則的な指揮系統となっているため、戦術人形の運用もかなり独特だ。
出撃前に隊長の人形に作戦プランを提示する形で指揮を行い、前線では航空隊として人形たちを支援する。
…のだが、地上銃撃や爆撃をするなりして自分でカタを付けてしまう事が多い。
ヴァルチャー時代の癖が完全に出てしまっている。
ぶっちゃけ占領以外は全部やっている気がするな。
色々な意味でちゃらんぽらんな指揮官ではあるが、俺の後方幕僚でもう一つの基地を仕切っているカリーナによれば人形達には結構支持されているらしい。
確かに彼女らを助けてもいるが、同時に目の前で戦果をひったくっているのも俺だ。
普通は恨まれそうなものだが。
うちには成り行きでAR小隊や404小隊といったエリート部隊も編入されており、俺が居なくても独立して作戦行動を行うことも可能だ。
…なのだが、なぜかこいつらを含めた人形達から『こっちに来て』だの『そっちに連れていって』という謎の要請は絶える事はない。
通信で会うだけじゃ満足できないのか?
というか、たまに会いに行っているではないか。
彼女らにはきちんと事情を説明してはいるのだが、個性が爆発する彼女らの中には必死にせがんでくる奴もいて若干対応に困っている。
まぁ、メインの問題に比べれば遥かにマシだが。
「はぁ…」
溜息を吐きつつ、呼び出しボタンを押す。
この問題の解決策である輸送機の開発は一向に進んでいない。
残念ながら鷲峰島に残されたオールドカミングプロジェクトのデータは百年以上前の第二次世界大戦期の日本海軍という組織の中で造られた機体のもので、ヘリコプターはない。
野戦飛行場で何とか運用できる短距離離着陸機のデータはあるのだが、野戦飛行場が作戦司令部に選定される建物の近くに必ずあるという訳ではない。
かといってグライダーや空挺降下では後処理が面倒だ。
だからこそ戦術人形たちはヘリボーンで運用されるわけだが。
技術者によればティルトローターなる方法があるらしいのだが、それを造るには最低5000馬力のモーターが必要らしい。
手持ちにあるモーターは2500馬力なのでその二倍は必要なのだが、つい最近ようやく試作一号機が完成したばかりだ。
鉄血の動きが油断ならないので早急に開発して欲しいが、悲しいかなここの技術者たちはそのモーターを開発せずにしょっちゅう脱線して別の物を作り出す始末。
…勘弁してくれ。
さて、ちゃらんぽらんな技術者に触れた所でうちのスタッフの話をしよう。
俺の入社に際し、グリフィン社内の一部の幹部が日頃から疎ましく思っている部下を文字通り島流しにした。
その結果、腕”は”良い問題児たちがこの基地に集結している。
というかこの基地の工場に。
モーターの開発とは関係ない変な研究をする天才科学者の夫と、その研究を形にしてしまう天才技術者の妻という困った天才夫婦。
そんな夫婦に盲目的に追随する少年の心をいつまでも忘れない凄腕の技術者たち。
腕は優秀だが『勿体ない』という理由で何でもかんでも拾って来てしまう回収屋の一団。
確かに他の基地で問題児と言われる理由がわかる面々だ。
こんなメンツが集まった結果、何が生まれたかというと。
鷲峰島を哨戒する地上型や飛行型といった数々の鉄血ドローン。
色々な場所でスタッフに混ざって働くリッパ―タイプやイェーガータイプといった鉄血の人形達。
鷲峰島の南にある畑で鍬を振るうイージスタイプと呼ばれていた装甲人形に、後付けされたショベルやドーザーを動かして畑を拡張するマンティコア。
回収屋が拾ってきた様々な鉄血の機械を工場のメンツが嬉々として改修するもんだから、鷲峰島はグリフィンの基地なのに鉄血の機械兵の方が多いという謎の状況にある。
そんな中でも彼らの究極の作品と呼べるものがが今からやってくる。
何故かって…さっき呼んだからな。
「チーっス。入りやすぜ、キャプテン」
「ふみゅ、パパ何の用?」
「仕事か、おやっさん」
指揮室の扉をバァンと開け、首にお揃いの白いチョーカーを付けた三人の少女が入ってくる。
とりあえずノックしてくれよ。
入ってきた順番に、レイ、ヒトミ、フタバという。
元はスケアクロウ、エクスキューショナー、ハンターという鉄血のボス人形だった。
ラストドール(Rust doll)。
それは戦場で撃破された鉄血のボス人形をうちの工場のメンツが改修したもの。
Rustという言葉は錆を意味しており、鉄血の人形にグリフィンの手が加わったという状態を錆と称した中々皮肉めいた名前だ。
その場にあったグリフィンやIOP製のパーツやら戦場で拾ってきたパーツを使って組み上げられたので、元の鉄血のボス人形に比べると色々と変わっている。
その中でも特に変わっているのはその性格だろう。
というか、元のキャラクターが完全に崩壊している。
ほぼ頭脳が吹っ飛ばされるのでそこは必然的に置き換えられているのだが、どうやらそこを変えると性格が199度は変わるらしい。
性格が変わっても各々の声はそのままなので笑いのツボがかなり刺激される。
…特にエクスキューショナー。
俺はもう慣れたのだが、直属の上司であるヘリアントスは笑い過ぎて毎度毎度死にかける。
あのクルーガー社長でさえプルプルと笑いを堪えている程だ。
もしも鉄血のボスたちがメンタルモデルをコピーしていたとしても、彼女らを見たらその恥ずかしさでヴェアアアアみたいな奇声を上げて爆死するだろう。
…特にエクスキューショナー。
「喜べ、新しい仕事が入ったぞ」
「本当ですかい!?」
「えへへ、やったぁー!」
「…ようやくか」
「では作戦を説明する」
天井から下ろしたスクリーンにマップ、作戦概要、敵の配置などが映し出される。
先程組み立てた作戦プランを彼女らに説明する。
この作戦に必要なのはラストドールと彼女らが操る航空機のみ。
…俺も行くけどな。
説明しつつ彼女らの表情を観察してみると、その目が物理的にキラキラと輝いていた。
ラストドールは俺の要請でパイロットとしてプログラミングされており、俺を含めたこのメンバーでラストリゾート航空隊を編成している。
ラストドールとリゾート的な基地の立ち位置から俺が命名したが、今考えると『最後の手段』という意味は中々笑えるな。
レイと俺の二人からスタートしたこの航空隊はM4A1の救出任務から始まって、メンバーを増やしつつAR小隊の救出任務やグリフィンの拠点防衛などで数々の大戦果を上げた。
だが元鉄血のボスという出自も手伝って、とある事件で情報漏洩の犯人の疑いが掛かって最近は活動自粛となっていたのだ。
工場の連中はラストドールの改修を続けてたけどな。
…実に数週間ぶりか。
まぁ一応、彼女らを改修した段階で鉄血の通信ユニットを徹底的に取り払ったり、最強クラスのプロテクトを掛けるなど最大限の対策はしている。
が、もしもの事があれば首に巻かれたチョーカー型爆弾が爆発する。
そしてそのボタンは俺の懐中時計に化けている。
…こいつらは家族同然だから『もしも』といってもあまり使いたくはないが。
「という訳で、味方の占領作戦に合わせて鉄血の大規模な生産工場を攻撃する。復帰最初の任務だ、全力出撃で派手に暴れるぞ。ラストリゾート、出撃!」
「了解っ!」
「はーいっ!」
「ラジャー」
三人と共に階段を駆け下りて格納庫へと向かう。
指令室から格納庫まで走って平均1分21秒。
ちなみに人間である俺が一番遅い。
右往左往する整備員をかわし、各々が割り当てられた機体に取り付いた。
機体を一周サッと点検して乗り込み、モーターをスタートさせる。
プロペラが空気を切り裂く音が耳に心地いい。
俺達がありったけの爆弾を携えて飛び立つ頃には、空は朝焼けの赤みを帯びていた。
今書いている小説との兼ね合いがあるので更新は遅くなるかもしれません。
タイトルと部隊名が違うのは…気にしないでください。