影道化師はもう少しお待ちください。
三体目のラストドール、登場。
あの日は不気味なほど静かな朝だった。
数日前に輸送機の荷物に紛れてきたM4A1とM4SOPMODIIに叩き起こされるまでは。
寝ぼけ頭で緊急無線を聞いた俺は、二人を改造が終わったばかりの一式陸攻に乗せて飛び立った。
混乱する鉄血部隊の頭を飛び越し、低空飛行で鉄血司令部に肉薄する。
主砲の照準器を覗く視力3.9の目が、慌てているハンターを捉えた。
横に突っ立っている人形が救出対象のAR-15か?
砲撃音に反応するとは思うが…仕方ない、ハンターの立つ床を狙うしかないか。
…照準よし。
『SOPII、コイツの引き金を引け』
『え?』
『待ちに待ったハンターをバラバラにするチャンスだぞ。コイツの引き金を引くんだ』
『え…これあの大砲の引き金だよね?AR-15がまだ居るんだよ?』
『安心しろ、きちんと狙いは外してある。俺を信用しろ』
『でも…』
『撃て、撃つんだよ。お前が撃たないと俺が撃つぞ』
『……………』
SOPIIはゆっくりと引き金を引き、放たれた砲弾は司令部をぶち抜いた。
俺が三体目の人形を手にした瞬間だった。
「おかしいな…」
俺はそう呟きながら、ある人形を探していた。
トレードマークは黒い眼鏡型デバイスとヘッドホン型の機械。
大抵はすぐ近くに居たり、探せば見つかる位置にいる。
だが今日は10分ほど探しても見つからない。
いつも入り浸っている執務室にもいない。
レイやヒトミも見ていないという。
おかしいなと思いつつ、上を見上げてみると…居た。
この島特有のタコノキの様な植物の枝にハンモックを吊り下げて本を読んでいる。
「そんなところで何をやっているんだ、フタバ」
「あ、おやっさん」
下から呼びかけると、フタバは本を閉じてひょっこりと顔を出した。
元はハンターである彼女は、眠そうな目とダボダボの服と見た目はG11の様なだらけた奴に見える。
だが性格はかなり真面目であり、頭の回転も速い。
ハンターは静かな狩人を標榜する割に五月蠅い奴だったが、フタバはかなり物静かだ。
だらけた様に見えるこのダボダボの格好には理由がある。
あの砲撃でハンターの四肢は完全に吹き飛んだ。
さて回収したは良いものの、吹き飛んだ手足のストックがなくチビッ子人形のパーツを置き換えざるを得なかった。
その結果、胴体の割には手足が小さいというこの形態が誕生した。
ギリギリ体格に合う服がこのダボダボの服なのだが、やはり胸部のサイズが合っていない。
ハンターの名残である大きな胸が強調されて目に毒だ。
この服、男物なのだがな。
その時は人形のパーツと共に服も不足していたので、彼女には昔俺が着ていたワイシャツとジャージを宛がう事になった。
急造ゆえに微妙なファッションだがフタバは案外気に入っているらしい。
つい先日その服を変えたらどうだと提案してみたのだが、彼女に『このクタクタ感が良いからヤダ』と拒否されてしまった。
全く、ダサいと言われても知らんぞ。
「で、何しているんだ?」
「強いて言うならアウトドアリーディング。ヒトミ姉に『たまにはお外に出て遊ばなきゃダメ―』と言われたからな」
「ただ外で本を読んでいるだけだろう」
「彼女曰く、楽しいと思える行為が遊ぶという事らしい。今私はこれをやって楽しいと思っている。だからこれで合っている」
「そうやって誤魔化す算段か」
「まぁね」
フタバには特別な五感こそ無いが、分析能力に優れている。
それ故に感情で動くヒトミやレイと違い、彼女は常に理性的な人形だ。
他の人形に絡むことはなく、基本的に一人で行動する。
大抵は執務室の片隅で本やら報告書を読んでいることが多い。
だからこそこの前の二件のスクランブル出動でオペレーター役を務められたわけだが。
こんな話をしていたら、オペレータと防空戦闘機隊を揃えないといけないという問題へと思考が移り始めた。
パイロットは現在改装中のラストドールに任せるとして、オペレータはどうするかな…。
カリーナに任せてもいいが、これ以上仕事を押しつけるのはな。
そもそもティルトローター機を造らないと来れないので話にならない。
「…で、何の用?」
トリップしているうちにフタバがいつの間にかハンモックを降りて目の前に来ていた。
顔面ドアップは流石に心臓に悪い。
「あ、ああ、済まない。だがお前も大方見当はついているのだろう?」
「まぁ、大体は」
「詳細な説明は後で伝える。10分で支度できるか?」
「問題ない」
「では、10分後に格納庫に集合」
「うにゃ、了解」
わざとなのかは知らないが、フタバはビシッと形ばかりの敬礼した。
こちらも仰々しく敬礼を返す。
俺は彼女と分かれ、出撃準備に取り掛かった。
○○○
きっかり10分後。
俺達は準備を整えて格納庫に集合した。
目の前では爆弾を装備された濃い緑色と灰色の機体が今か今かと出撃の時を待っている。
九六艦戦と同じく親父の時代から使っている固定脚の機体だ。
野戦飛行場でも運用できる程頑丈なのだが…如何せん機材が古い。
装備更新を急がないとな。
緑色の機体である九七式艦上攻撃機は魚雷攻撃や水平爆撃を行う機体で、コイツはその中の二号艦攻と呼ばれた固定脚タイプだ。
俺がグリフィンに引き入れられる任務で乗っていた機体だ。
オールドカミングプロジェクトでは機体構造と武装が強化されている。
幸いなことに工場の連中の魔の手からは逃れており、変更点はドラグーン銃座人形のみだ。
武装はドラグーン銃座が機銃手を務める7.7mm旋回機銃とオールドカミングプロジェクトで追加された主翼の20mm機関砲6門で、胴体下と主翼下に2000kgまでの爆弾を積載可能なペイロードを持つ。
改良によって機体も重くなっているため、最高速度は2500馬力のモーターを積んでいる割には400kmhと遅めである。
灰色の機体である九九式艦上爆撃機は急降下爆撃を行う機体だ。
急降下爆撃によるピンポイント攻撃が出来る点から、我が基地では爆撃から近接航空支援まであらゆる任務を任せている。
この機体は工場の連中によりフル改造が施されている。
急降下した時に速度が出過ぎないように主翼に設けられたダイブブレーキを胴体後部下に移設し、そこにパイロンを増設して1000kgまで積載量を増やした。
後部座席の7.7mm旋回機銃には機銃手として安心と信頼(?)のドラグーン銃座人形が設けられている。
武装はかなり強化されており、元の機体の7.7mm機関銃2挺の他にオールドカミングプロジェクトで追加された主翼の20mm機関砲、そして今回の改造で主翼下に40mm機関砲ガンポッドが追加されて火力が限界まで高めている。
機体構造と装甲も強化されているため、九七艦攻と同じく2500馬力のモーターを積んでいる割には最高速度は415kmhと遅めだ。
「はぁ、そろそろ新しい機体が欲しい」
「そうだな」
そう言いつつフタバに任務詳細が書かれた端末を渡し、俺は九七艦攻に搭乗する。
モーターを始動させつつ隣を見ると、フタバは端末を見ながら九九艦爆に乗り込んでいた。
まだ出発には時間が掛かりそうだな。
フタバに先に行くと合図をし、俺はタキシングを開始した。
俺の乗る九七艦攻は豊富なペイロードを持つ代わりに他の機体より重く、滑走距離が長くなっている。
その為これに乗っている時は先に離陸したり、僚機に離陸を譲る場合が多い。
今回は先に行くことを選択した。
機体は重そうな身体を起こすようにゆったりと飛行場を飛び立った。
出力を緩めて鷲峰島の周りをゆっくりと旋回し、彼女の乗る九九艦爆の離陸を待つ。
やがて灰色の機体が飛行場から飛び立ち、寄り添うように飛んできた。
「行くか」
『よし、行こう』
フタバに合図をし、スロットルを全開にする。
縺れ合う様に爆撃任務へと飛び立った。
〇〇〇
3時間後。
我々は高度5000mで作戦空域に到達した。
今回の目標は鉄血の夜間作戦用の基地を爆撃してしばらく使い物にならなくする事だ。
付近で活動する味方を支援するための陽動作戦でもある。
そこで”基地破壊セット”を携えた九七艦攻が高高度水平爆撃で基地施設と在地兵器を破壊。
やってくるであろう敵部隊を”部隊バラバラセット”を引っさげた九九艦爆が撃破する。
後は適当にアドリブの様な形で良いだろう。
作戦自体の難易度は低い。
『目標を視認した。これより爆撃に入る』
『了解、対空警戒は任せて』
「頼りにしているぞ」
自分の後ろに置かれた機械から照準スコープを目の前に持ってきて覗き込んだ。
もちろん一切索敵は出来ない。
では何故こんな危なっかしい事をしているかというと、水平爆撃の照準ができないからだ。
九七艦攻にある操縦員、偵察員、通信員用の座席のうち、水平爆撃の照準器があるのは真ん中の座席にある。
つまりこのままでは俺は水平爆撃出来ないのだ。
だが爆弾の問題で水平爆撃以外の手段を取ることが出来ない。
この水平爆撃専用の照準スコープはただ照準が出来るだけではなく、搭載コンピューターの計算によって正確に爆弾を投下できるという優れモノだ。
あの作戦でグリフィンが九七艦攻に載せていた記録装置を基にしているので、搭載されたカメラによって事後の戦果確認も容易である。
全く、あの工場の連中も真面目に働けばこういった素晴らしい製品も造れるというのに、何故大半でふざけるのだろう。
確かに遊びも必要だが、遊びで本来の開発が遅れたら意味がないというのに。
…おっと。
今日はいやに別の事を考えてしまうな。
任務に集中しなければ。
目標の司令部を確認、付近にはマンティコア及び装甲機械兵と装甲人形がいる。
爆弾全弾投下。
まずは胴体の下に付いていた1t爆弾が離れ、司令部の屋根を貫通した。
続いて主翼の下に付いていた10発の100kg爆弾がパラパラと離れ、司令部の近くに居た装甲人形やマンティコアといった兵器に降り注いでいく。
次の瞬間、投下した爆弾が炸裂し、鉄血基地全体が赤い爆炎に包まれた。
相変わらず呆れるほどの威力だな。
ギリシアの火薬。
これが基地破壊セットの爆弾に詰められた火薬の名称である。
タバコ箱サイズで5階建ての鉄筋コンクリート造りのビルが木っ端微塵になる代物で、水平爆撃以外ではもれなく母機がパイロットもろとも吹き飛ぶ。
運用が難しく煙が目立つのが難点だが、今回の様な任務では丁度良い。
『おやっさん、奴らが来たぞ』
「数は?」
『ざっと251体』
「よし、全部吹き飛ばすぞ」
『了解』
スコープを再び覗き、敵部隊を確認する。
鉄血のドローンや人形は一見わらわらと動いているだけに見えるが、よく見ればきちんと統率されている。
基地司令部は潰しているのでそちらはあり得ない。
という事は、指揮ユニットか通信ユニットがある筈だ。
だがコイツでは分からない。
「フタバ、通信が一番集中しているユニットは何処だ?」
『確認する』
フタバの本領はここにある。
鉄血の通信やら動きをデバイスで集めて分析し、その頭脳を駆使して敵の戦略を見抜く。
感覚で動くレイやヒトミには出来ない事だ。
だからこそ俺は参謀と呼んでいる。
この為にプロテクトを完備したヘッドホンと眼鏡型のデバイスを装備していると言っても過言ではないのだ。
『真ん中後ろのユニットに通信が集中している』
「よし、まずはその指揮ユニットを破壊して部隊を混乱させる」
『了解』
「索敵は任せろ」
フタバの乗る九九艦爆は、左に少し傾けるとほぼ90度の角度で降下していった。
速度超過で空中分解しない様にダイブブレーキを展開する。
流石に俺でも垂直で降りることは出来ない。
急降下爆撃に天性の才能を持つフタバだからこそできる所業だ。
彼女が高度500mのところで機体を引き起こすと同時に、九九艦爆の胴体下に付けられた爆弾が投下アームによって放り出される。
投下された爆弾は地上十数メートルで炸裂し、その破片の雨で指揮ユニットを周りの部隊ごと葬り去った。
鉄血の兵士達は通信が切れても自律行動は出来るものの、自分に近い敵しか狙わない。
個別にあっちこっちを狙う姿は正に烏合の衆だ。
問題なく殲滅できるだろう。
『ユニットの破壊を確認、地上銃撃に移行する』
『了解、よろしく』
低空まで高度を下げ、パイロット席にある照準器を覗き込む。
黒い塊の一つに向かって弾丸を撃ち込んでいく。
銃撃に反応した奴らは仲間をバラバラにされつつ別の方向へ逃げ出していく。
旋回して別の方向から銃撃すると別の方角へと進路を変える。
また別の方向から銃撃するとまた別の方角へ。
鉄血の兵士たちは塊を少しずつ崩されながらある方向へと追い込まれていた。
さながら牧羊犬に追われる羊の様に。
反射行動しか出来ない鉄血の機械兵たちは導かれているなんて考えてもいないだろう。
そんな哀れな兵たちを待ち受けていたのは、パラシュートで垂直に落ちてくる黒光りする細長い物体だった。
塊の真ん中、同時に飛び出した散弾は彼らの体を次々と食い破って壊滅させていく。
部隊バラバラセットの中身はえげつない量の散弾を搭載する破片爆弾だが、その種類は異なる。
胴体下の500kg爆弾は低空で炸裂し、主翼の250kg爆弾は垂直に着弾して爆発するタイプだ。
後者はジェリコ作戦で使った超低空垂直爆弾の改良型である。
爆撃から生き延びた敵を地上銃撃で仕留めていく。
残りは一割ほどしか居ないからさっさと殲滅できるだろう。
機械兵達を2機で銃撃してチマチマと潰していく。
よし、殲滅完了。
正直言って、ただの爆撃任務であればヒトミに一式陸攻でさっさと爆撃させていた。
そのほうがリスクも少ない。
だが今回のように陽動が絡む任務では機動性の高い九九艦爆のほうがやりやすい。
それに…。
『ソードが接近中、数は6機』
敵戦闘機が迎撃に上がってくることもある。
ソードは全長10mの戦闘攻撃機で、剣のような見た目の全翼機だ。
零戦並の速度と1.5tという兵装搭載量を誇るが、旋回性能は最悪の直線番長だ。
ブーメランのモーターを推進式に装備している為、その消費電力が太陽電池の供給を上回っている。
このためソードには我が基地の航空機とは無縁の昼間航続距離というパラメータが追加されている。
つまり、太陽が出ている時間でも飛べる距離が限られているのだ。
調査によると大体1000km程らしく、夜間は全く使い物にならないらしい。
なので運用としては昼間に爆弾を装備してのヒット&アウェーが主となる。
20mm機関砲4門を積んではいるが、ラストリゾート隊のメンバーにとってはチョロい相手だ。
速度で劣るこの機体でも1分ほどで全機撃墜出来るほどに。
だが、対空攻撃の手段に乏しいグリフィンの部隊にとっては脅威そのものだ。
デストロイヤー追撃戦でAR小隊を撤退させ、俺が怪我をする遠因を作ったという意味では侮れない存在である。
それにソードにしろブーメランにしろ纏まった数を投入されれば俺達でもどうにもならない。
S08地区での不甲斐無い撤退戦がそれを証明してしまっている。
だからこそ戦力強化が必須なのだが、現実は…はぁ。
『敵の反応なし。作戦成功』
「了解、帰るぞ」
まぁ良い、今回のミッションは成功したのだ。
戻ったら工場の連中にハッパをかけておくことにするか。
効力があるかどうか疑問だが。
○○○
…ふぅ。
ミッションが終わり、おやっさんの乗る九七艦攻と編隊を組んで帰還する。
残弾がやや心許ないけど、敵機を追い払うぐらいは出来るだろう。
鷲峰島まで結構な距離があるし、何をして暇をつぶすかな。
そうだ、会話でもしよう。
「おやっさん」
『済まないなフタバ。暫く放っておいてくれるか』
「…考え事?」
『そんなところだ』
「了解、通信終了」
通信機を切り、座席に身を預ける。
朝から浮ついてばかりだし、今はすこぶる機嫌が悪い。
さて、どうしたものか。
デバイスに搭載された音楽プレイヤーから、あるものを選択する。
おやっさんセレクション。
彼が歌っていた鼻歌や私を労ってくれた時の声。
このデバイスが拾ったあらゆるおやっさんの声が記録されている。
さっき索敵を任せてくれた時の声は新たなコレクションの一つに仲間入りだな。
私はおやっさんの事が好きだ。
我ながらよくここまで拗れたものだと思えるほどに。
拗れているとは分かっているが、彼のことを知りたいという気持ちは抑えることが出来ない。
だからこそ頭を使う。
どうすれば盗聴や盗撮が出来るかとか、どうやれば彼の私物を取れるかとか、この頭脳は戦闘以外は碌な事に使われない。
すっかり彼の行動パターンも把握している。
もはやここまで来るとストーカーだ。
部屋に帰れば、おやっさんが使っていた物を入れた箱やら盗撮写真といったものが私を待っている。
部屋に戻ってはこうした物品に囲まれて恍惚に浸っている。
冷静に考えると、ヒトミ姉に負けず劣らず病的だ。
だけど好きという気持ちを打ち明ける勇気も無くて、ずっとこんなことをやっている。
これがおやっさんにバレたら完全に引くだろう。
彼にバレたくないから影でこそこそと色々やってしまう。
入手した戦利品でトリップして、後に冷静になって自己嫌悪に陥る。
この繰り返し。
だからこそ戦術人形達に対して何らかの感情を抱くことは無い。
まぁお互い様だ。
ヒトミ姉の気持ちも理解出来ないではない。
私は今の所は中立だけど、あちらが無理矢理おやっさんを奪おうとするのなら考えはある。
兎も角、今はおやっさんに嫌われないように動くだけだ。