占いとは様々な事象を観察し、ある対象の運勢や未来、性質などを予測する行為のことを指す。
その観察する事象というのは国や宗教、時代などによって異なるが、人の先を視るという点では共通していると言えよう。
ただ、当たるも八卦当たらぬも八卦、という文句がある通り、過信は禁物である。あくまでも占いは占いなのだ。
さてそんな占いだが、この木組みと石畳の街の一角に建つラビットハウスという喫茶店にも、客へのサービスとして行っているものがある。
「カフェ・ド・マンシー?」
ココアは初めて聞く言葉らしく、カウンターでコーヒーを啜るタクトの隣で首を傾げた。
「はい。コーヒーを飲み干した時にカップの底にできるコーヒーの模様を見て運勢を占うんです。これがカフェ・ド・マンシー。いわゆるコーヒー占いのことです」
「へえ! コーヒーで占いってできるんだね!」
チノの説明に、ココアは興味津々といった様子で目を輝かせる。
「チノの占いはよく当たるって評判なんだよ」
「わ、私はカプチーノしか当たりませんよ」
リゼに褒められたチノは恥ずかしそうに、持っているトレイで口元を隠す。
「それでも充分凄いよ! ねえねえ! 私もやりたい!」
ついに気持ちを抑えられなくなったらしいココアの言により、リゼ、チノ、ティッピーはコーヒーを一杯飲むことにしたようだ。
「じゃあまずはチノちゃんね……空からウサギが降ってくる模様が見えるよ!」
「そうは見えませんが、本当だったら素敵ですね」
チノに続いてココアはリゼ、ティッピーのカップを覗いていく。
「リゼちゃんはコインがたくさん見えるよ! 金運がアップするのかな?」
「おお! 欲しかった物が買えるかな?」
「ティッピーはね……セクシーな格好でみんなの視線を釘付けだよ!」
ティッピーに関しては既に客から、主に女性からは人気があるように思える。
などとタクトが考えていると、ココア達の視線は彼の方に向いていた。
「次はタクト君だよ! カップを見せて!」
屈託の無い笑顔で彼に手を差し伸べるココアに対して、タクトは首を横に振ることで応えた。
「俺は遠慮しておく。占いは、特にコーヒー占いは俺には合わない……」
どこか遠い目で虚空を見つめるタクトに、困惑気味の三人は彼に聞こえない声で会話を始めた。
「た、タクト君って前に何かあったの?」
「昔、おじいちゃんのカフェ・ド・マンシーは当たりすぎて怖いって有名だったんですけど、前にタクトさんが占ってもらったんです……」
「それでどうなったんだ……?」
「その翌日に凄くボロボロな格好をしたタクトさんがやって来て、いきなり人生に対して呪詛を吐き始めたんです……何があったかは聞かなかった……いえ、聞けませんでしたが、あの時のタクトさんの目はどんなブラックコーヒーよりも黒かったことだけははっきりと覚えています……」
「……」
「……」
話を聞き終えたリゼとココアは、枯れきった笑みを浮かべるタクトの肩にぽんと手を置いた。
「……なんか……ごめんね……?」
「……ま、まあ、生きていれば色々あるからさ」
今はその優しさが彼の心をより抉る。
「大丈夫……俺は大丈夫だ……大丈夫なんだ……」
タクトは今にも死にそうな声でそう呟いたが、その目に光は宿っていなかった。
なんとも近づきがたいその様子にココア達は、彼に占いの話を振るのはやめておこうと頷き合うのだった。
その後、ティッピーによるコーヒー占いが行われていたようだったが、タクトには何も聞こえていなかったようだ。
タクトが過去のトラウマのフラッシュバックをなんとか抑え込むことに成功した翌日。
彼は占いの誘いを断ったおかげか、学校を終えるまで何事も無かった。それどころか、この日の彼の運は驚くほど良かった。
ある時は学校の中庭で五〇〇円硬貨を拾い、またある時は先生から食べきれない、と購買のウサギ型あんパンをもらい、そしてまたある時は女生徒のパンチラを拝むことに成功。
最後のは遠目だったため誰かはわからなかったが、水玉模様だったということははっきりとわかった。
そして帰り道、タクトは千夜とココアと共に帰っていたが、なにやらココアのテンションが低い。
彼女の腕に抱かれている甘兎庵の看板ウサギが関係しているのだろうか。
「はあ……今日はなんかついてない気がするよ……」
聞くところによると、カラスに攫われたあんこが空から降ってきたり、スカートが捲れてしまったりして昼食を食べ損ねたらしい。
秀吉も驚きな兵糧攻めである。
「そんな日もあるわよ」
うなだれながら歩くココアを千夜が励ます。
なんとも哀れでなんとかしてやりたいが、タクトにはどうすることもできない。
彼が困ったようにしてふと空を見上げてみると、ベランダの植物にジョウロで水やりをしている女性が見えた。
このまま歩けばその丁度真下をココアが通ることになるが、今日の彼女の運勢を考えると、ろくなことにならないのは火を見るより明らかである。
「ちょっと止まるか」
タクトはココアの前に手を出して、彼女の進行を止めた。
「……? どうしたの――!?」
程なくして彼女の目の前には中身の入ったジョウロが落ちてきた。地面に水が叩きつけられ、空になったジョウロがころがる音が響く。
「ああ! ごめんなさい! 手が滑ってジョウロが!」
タクトの制止によりココアと、その腕に抱かれているあんこは濡れずに済んだ。
間一髪である。
「びっくりした……ありがとうタクト君!」
「どっちも濡れずに済んでよかったな」
「うん!」
笑顔で自身とあんこの無事を喜ぶココアに、タクトは小さく笑った。
「ありがとう二人共。あんこのお礼と言ってはなんだけど、シャロちゃんの喫茶店に寄っていかない? ご馳走するわ」
「いいの? やった!」
千夜のありがたい申し出にココアは喜んで頷くが、タクトは首を横に振った。
「気持ちだけもらっておこう。俺の分はココアに譲ってやってほしい」
「私はいいけど、どうして?」
「せめてもの償い、かな」
「?」
疑問符を浮かべる二人を横目に、タクトは思い出していたのだ。
昼の時間に見かけた水玉を。そして、ココアが昼食を食べ損ねる原因になった出来事を。
どちらも同じ時間帯だったということは、皆まで言うまい。
ということで三人はフルール・ド・ラパンにやって来たのだが。
「なな、なんてもの連れてきてるのよぉ!! やめて! こっち来ないで!」
どういうことだろうか、シャロに入店を拒否されてしまった。それも、明らかにある一人の方を見て。
「うぅ……私ってそんなに不幸オーラ出てるんだ……」
チノの如くあんこを頭に乗せたココアは落ち込んでしまった。
若干涙目である。
「シャロちゃんって小さい頃にあんこによく齧られて、ちょっと恐怖症なのよ」
どうやらココアではなく、彼女の頭の上の黒ウサギについて言っていたようだ。
「なんだ。よかったなココア」
「うん」
「よくないわよ! って――きゃあ!」
涙目で抗議するシャロの声に反応したのか、あんこは彼女をめがけて飛び込む。
「あああああ……!」
顔面に黒ウサギを貼り付けたシャロはパニックになりながらその場でくるくると回りだした。
「ちょっとどころじゃないよ!?」
彼女には気の毒だが、これはなかなか面白い状況である。
「いやあああ!! 誰かとってよおおお!?」
「わかった」
シャロの懇願に、タクトはカバンから携帯電話を取り出し、写真機能を起動する。
「何かパシャパシャ音がする!?」
「撮ったぞ」
「違うわよ!! 取って!! コイツを!! 私から離して!!」
タクトは、半狂乱しながらもツッコミを入れてくれるとは恐れ入った、と頷きつつ携帯電話をしまい、シャロの顔面からあんこを引き剥がした。
彼女はツッコミと精神を保つのに随分と体力を使ったようで肩で息をしている。
「はぁ……はぁ……」
「お疲れ」
「おふざけも大概にしなさいよ!」
シャロの怒鳴り声に、タクトは流石にやりすぎたと軽く謝罪をする。
「タクト君……」
その横では千夜が下を向いて肩を震わせていた。
幼馴染をからかわれたことに腹を立てているのだろうか。
タクトが恐る恐る彼女の方に向き直ると、千夜はタクトの肩を両手でがっしりと掴み、涙目で言った。
「私のネタを取らないで!!」
「そっち!?」
どうやら彼女も同じネタを考えていたようだ。
それは大変申し訳ないことをした、とタクトはカバンから何かを取り出した。
「それはすまなかった……お詫びにキウイをあげよう」
「毎回なんであるのよ!?」
「野菜じゃないと嫌よ!」
「あんたは何言ってるの!?」
「じゃあキュウリはどうだ」
「野菜もあった!?」
「名前が似てるから却下よ!」
「なんで!?」
「Cucumber」
「英語!? しかも発音がいい!?」
「許すわ!」
「あんたはそれでいいの!?」
「千夜……」
「タクト君……」
千夜とタクトは互いに真剣な表情で向き合い、握手をした。
二人はフルマラソンを完走しきったかのような、全てやりきったという表情をしていた。
その場は、例え明日地球に巨大隕石が衝突したとしてもなんの悔いも無いであろう、とても清々しい雰囲気に包まれている。
「あんた達……いい加減にしなさいよ!!」
シャロの全身全霊を込めたツッコミが店内を震撼させた。
最後までご苦労様である。
その後どうにか席に着き、それぞれ欲しい物を注文した。
「お待ちどうさま……はぁ……」
しばらくして、なにやらひどく疲れているシャロが商品を運んできた。
おそらく仕事の疲れが溜まっているのだろう。
「わーい! 美味しそう!」
ココアが頼んだのはこの店特製のロールケーキだ。
たっぷりなクリームがふわふわと柔らかそうな生地に包まれ、その真ん中にはチョコでウサギが象られている。見た目も可愛らしく、とても美味しそうである。
「今日はコイツが来るなんてついてない……」
あんこにロップイヤーを齧られ、心底不幸そうな顔をするシャロ。
それにつられて笑顔でロールケーキを頬張っていたココアの顔も暗くなっていく。
「ついて……ない……」
どうやら先程の漫才で忘れていた、この日の出来事を思い出してしまったようだ。
「せっかくココアちゃんが忘れていたのに、ついてない、なんて言っちゃダメ!」
「えぇ……」
なんとも理不尽な物言いに、シャロは本日何度目かのため息をつくことになった。
彼女には強く生きてもらいたいものである。
今度コーヒーでも奢ってあげよう、とタクトは決意した。
そして支払い時、タクトだけ個別に会計を済まし、千夜の番である。
「はい、おつり」
千夜は、おつりを渡そうとシャロから差し出された手を掴んだ。
「な、何よ?」
「シャロちゃんの手相も見てあげる」
手相占いをしようとしているらしい。
タクトは占いに関連する単語に一瞬身構えたが、対象が自分でないとわかると胸をなで下ろした。
「えっとね……片想い中で、しかも相手に全く通じない相があるわ。障害だらけの相ね……」
不吉な占い結果にシャロの表情は曇り、同時に彼女の小銭を握っている手が震える。
これまた嫌な予感しかしない。
「後、金運が――」
「これ以上言うなバカ!!」
シャロの手から離れた小銭は、一直線に千夜を狙うが、彼女は運が良いのかはたまた悪いのかクシャミを一つ。
するとどうだろうか、的を失った小銭はその後ろに立っていたココアの額を的確に狙い撃った。
「あぅ!」
ココアに当たった小銭は宙を舞い、やがて地面に落ち、景気のいい音を立てる。
その音は虚しく、まるで今の彼女の心境を代弁したものであるかのようだった。
フルールを出て千夜と別れ、現在ココアとタクトがいる場所はラビットハウスである。
「リゼちゃん! チノちゃん! 今日は私の占い当たってた?」
ココアの唐突な問いかけに、リゼとチノは顔を見合わせる。
「いや、別に何も無かったけど?」
「そっか……私は、空からあんこが降ってきたり、スカートが捲れたり、シャロちゃんにお金ぶつけられたりして大変だったよ……占い勝負はティッピーの勝ちだね……ってどうしたの?」
えへへ、と笑うココアを目の前にタクトは、ココアの占いについて思い出していた。
空からウサギ、コイン、セクシーな格好、これは偶然なのだろうか。
「ココア……今後占いはやめた方がいいぞ……自分の為に」
「なんで!?」
リゼの総括に反論は無かった。
しかし占いもたまにはいいものだ、とタクトは拾った五〇〇円硬貨を見ながらいつものコーヒーを啜るのだった。
水玉もいいですが、縞や無地だっていいですよね。
しかし俺が一番好きなのはお茶です。白いお茶が大好きなのです。
おそらくオリ主も同じでしょう。