脱兎は木組みの街で何を想う   作:ライスonライス

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随分と遅れましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


第十四話 球が返せても点は取り返せない

「タクト……お前……」

「タクトさん……」

 

 夕焼けが美しい街のとある公園にて、タクトは立ち尽くしていた。

 彼の目の前には喫茶店ラビットハウスの新住人ココア、甘兎庵の看板娘千夜。二人共ジャージ姿で地に伏せており、側にはバレーボールが一つ無造作に転がっている。

 呆然とした表情でいる彼を疑うような目付きで見つめているのは、同じくジャージ姿のリゼとチノである。

 

「待て、俺が来た時には既にこの有様だった。だからその手持ちの携帯をしまってほしい」

「犯人はみんなそう言うんだ。観念しろ」

 

 タクトは、今まさに彼を豚箱送りにせんとするリゼに必死の弁明をするも、その努力もむなしく散りそうである。

 

 こんなところで自分の人生は終わってしまうのか。将来が潰えてしまうのか。刑務所の飯は美味いのだろうか。

 一筋の汗がタクトの額をつたう。それと同時に、この危機的状況を如何に回避するかという思考が彼の脳内を支配する。

 彼は目を閉じ暫し考えると、一度だけ大きく深呼吸をし、片膝をつき、ゆっくりと目を開いた。

 

「……ああ! 麗しき御仁よ。今一度考えを改めてほしい!」

「う、麗しい!‍?」

「た、タクトさん!‍?」

 

 突然仰々しい手振りを交えて芝居を打つタクトに、リゼとチノはうろたえ一歩引く。

 それを気にもとめずに彼は続ける。

 

「私が、かの可憐な御二方を手に掛けたと、本気でお思いか!‍ 私には、美しく、愛らしいものを自らの手で壊すなど到底出来ない! もしそのようなことを考えたとなれば、この命……絶つことさえ、息をするが如くやって見せよう!」

 

 自身の無実を声高々に訴えるタクト。多少引かれようと、軽蔑されようと自分の未来を守る為には恥も外聞もない。

 

「た、タクト君、もう勘弁して……!」

 

 彼の迫真の演技にココアと千夜は頬を染めながら起き上がった。恥ずかしそうに、だが申し訳なさそうにする二人を見てタクトは口の端をにぃ、と吊り上げた。

 彼はわかっていたのだ。彼女達が途中からノリノリで死んだフリをしていたことを。二人はリゼ達の位置からちょうど見えないように、しかしタクトにはわかるように笑っていたのだ。

 そんないたずらを易々と見逃してやる程タクトは善人ではない。

 

「おお! 生きておられたか! 太陽も霞むその麗しき御姿、まさに天女と言っても――」

「謝るから! わざとやってたの謝るから許して!!」

 

 いよいよ恥ずかしさに耐えきれなくなった二人が泣きつき、タクトは少し残念そうな顔をしながらも立ち上がった。

 

「ここからが本番だったんだが……」

「お前はどこを目指しているんだ……」

 

 素材があればとことんボケを追究するのがタクトという男である。

 

「ところでお二人はどうしてこうなっていたんですか?」

「実は……」

 

 二人は事の顛末をつらつらと話し始めた。

 

 近日に行われる球技大会に向けてバレーボールの練習をしていたらしいのだが、千夜は運動が苦手だと言う。

 ココアは彼女にトスで返すように、と高いボールを送ったが、返ってきたのは強烈なスパイク。躱す術も無く顔面に直撃し、ノックアウト。

 千夜自身もスパイクの反動で体力を消耗し、ダウン。

 

 その結果が先程の疑似殺人現場である。

 タクトは『とある事情』により居残りをさせられた後、ふらふらと帰っていると、公園に倒れている二人を見つけたのだ。

 何事か、と彼が近づいたところをリゼとチノに発見され現在に至った訳だ。

 

「千夜ちゃん……和菓子作りと追い詰められた時だけ力を発揮するから……」

 

 よく見ればココアの頬にはボールが当たったような痕があった。

 想像以上にハートフルボッコなあらすじに、タクトは多少の恐怖を覚えた。

 

「これじゃあチームプレーも難しいな……」

 

 リゼの言う通り、味方に攻撃されてはたまったものではない。

 

「顔に当てたら反則なんだよ‍?」

「うそ‍‍! 知らずにやってたわ」

「わ、わざとじゃないよね‍……?」

 

 むしろ狙って顔面に当てるというのは、なかなか高等な技術ではないだろうか。

 

「確か、顔面はセーフじゃなかったですか?」

 

 そう言えばそんなルールもあったか、とタクトは頷いた。

 今の千夜にはぴったりのルールである。

 

「よかったな、千夜」

「ええ」

「全然良くないよ!」

 

 チームメイトが反則を取られないという喜ばしい事実が判明したのだが、ココアからは抗議の声が上がった。

 今の会話に不満があったらしい。

 

「タクトは球技大会の練習しなくてもいいのか? ココア達と同じ学校だろ‍?」

「一応バレーボールで参加するが、練習相手もいないしな」

 

 授業でもやってるから問題はない、とタクトは笑った。

 

「それじゃあタクト君も一緒に練習しようよ!」

「そうね。人数が多い方が楽しいわ」

「いいのか?」

「もちろん! あ、でも……」

 

 ココアはタクトの今の姿をまじまじと見つめる。

 彼は学校から帰る途中だったので今の服装は学ランである。

 ココアの視線に気がついたタクトは笑って言った。

 

「ああ、服装なら問題ない。体育の授業でもこの格好だ」

「えっ」

 

 彼は運動をする時も学ランで授業を受けている。

 

「動きづらくないんですか?」

「そうでもない」

 

 もちろん彼の学校では男子生徒にも体操着はあるが、タクトは着替えるのが面倒くさいという理由でほとんど着たことはない。

 そのせいか彼の制服の裾やズボンには多少砂埃が付いたりしている。

 

「そう言えばタクトはどうして制服なんだ‍? 学校はとっくに終わっていたんだろ‍?」

 

 タクトはリゼの質問に目を逸らすことで答えとした。

 まだ先日の定期考査の結果が返ってきて日が浅い。

 

 

 

 タクトがなぜ制服姿なのかはさておき、彼らはそれぞれの練習に取り組むことにした。

 タクト達バレーボール組は三角形になるように陣取った。いわゆる円陣パスをしようという話である。

 

「タクト君! 行くよ!」

「ああ」

 

 ココアから打ち出された高く緩やかなボールを、タクトはトスで千夜の方に送る。

 

「ほら、千夜。スパイクだ」

「待って!‍? 千夜ちゃん普通に回してね!‍?」

 

 二人から異なる指示を受けた千夜が混乱しない訳がなく、迫り来るボールを前にして非常に慌てふためいているのが見て取れる。

 

「え!‍? え!‍? 私は……どうしたらいい――の!‍!」

 

 彼女が苦し紛れに放ったのはとても鋭いスパイクだった。

 

「ヴェアアアアア!‍?」

 

 まるで砲丸と錯覚するようなボールを、ココアは紙一重で躱した。

 ボールはココアの横髪を揺らすとそのまま地面を数センチ程抉りながら進み、止まった。

 

「おお。ナイススパイク」

「はぁ……はぁ……ありがとう……」

 

 タクトがぱちぱちと手を叩いて千夜を褒めると、彼女は肩で息をしながら笑う。

 

「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思ったよ……」

 

 ココアも息を切らせているが、おそらく体力面ではなく精神的な問題だろう。

 もしかすると下手にジェットコースター乗るよりもスリル味わえるのではないだろうか、などと考えながらタクトはちらりとチノとリゼの方に目を向けた。

 二人はどうやらバドミントンの練習をするようだ。チノに聞くと、中学の授業でバドミントンの試合をやるらしい。

 

「それじゃあチノ。行くぞー‍?」

「は、はい!」

 

 リゼはチノに呼びかけると、バドミントンのシャトルを緩やかに打ち出した。

 ゆっくりと落ちてくるシャトルを、チノは大きく振り返って打ち返そうとするが、振られたラケットにシャトルが当たることはなく、彼女の隣をすり抜けて地面に落ちる。

 

「す、すみません」

「あはは。落ち着いてやれよ‍?」

「は、はい!」

「次行くぞー」

「お願いします!」

 

 なんと和やかな雰囲気だろうか。殺人スパイクの恐怖に苛まれるような殺伐とした雰囲気ではなく、とてもリラックス出来る空間がそこに広がっていた。

 

「私そっち行きたい……」

「……ダメだ」

 

 隣の芝生はなんとやら。ココアは和気あいあいとした様子が眩しく見えたようで、切実そうな表情で二人の練習風景を眺める。

 リゼはそんな彼女の願いをばっさりと切り捨て、再びラケットを構える。

 ココアも渋々といった様子で自分の後ろの地面に刺さっているボールを引き抜いた。

 

「今度は‍千夜ちゃんから行くよ! レシーブで返してね。レシーブだよ‍?」

「チノ、行くぞ」

 

 なんの偶然だろうか。リゼがサービスを打とうとしたその瞬間彼女の手からラケットが滑り抜け、ココアが放ったボールと交差線を成すような軌道で一直線に飛んだ。

 それらの進まんとする交点には千夜が居たが、彼女はなにやら思索に耽っているようで目の前の出来事に気づいていない。

 

「千夜ちゃん!」

「危ない!」

 

 サービスを打った二人が声をかけるが時すでに遅し、悲劇は彼女の目先まで迫っていた。

 

「あ、靴紐が……」

 

 しかし彼女はまるで図ったかのように、解けていた靴紐を直そうとしゃがんで事なきを得た。

 タクトは彼女の危機回避能力に驚きながらも感心したように頷く。

 

「リゼちゃん交代してー!」

「しょうがないな……」

 

 ココアの懇願にリゼが折れてやり、二人は場所を入れ替わった。

 

 吹っ飛ばされたラケットとボールを回収し、新しい組み合わせで練習を始めることになった。

 

「それじゃあタクト、行くぞ」

「ああ」

 

 リゼは片手でボールを上げると、タクトを目掛けてオーバーハンドサーブを打ち込んだ。

 

「よっ……と。千夜、スパイクだ」

 

 タクトはそれをレシーブで、千夜の方へ高く送る。

 

「よし、来い!」

「う、うん!」

 

 リゼはどっしりとレシーブの構えをして迎え撃つ気満々である。

 千夜はそれに応えるように高く跳躍し、

 

「えい!!」

 

 全力でスパイクを放った。

 勢いよく打ち込まれたボールはリゼを目掛け――ず、

 

「あ――」

 

 何故かココアの居る方に逸れて進み、

 

「がっ!!」

 

 彼女の側頭部に着弾した。

 思いもよらない奇襲にココアは地に伏せることとなった。

 

「ああ! ごめんなさい! 私、周りに迷惑掛けてばっかり……! きっとバレーボールの才能が無いんだわ……!」

 

 千夜はその場にうずくまって、よよよ、と泣き始めた。

 

「でも……さっきから……私にしか当たってないような……」

 

 よろよろと立ち上がったココアは蚊の鳴くような声で訴える。大した耐久力である。

 

「だとしたらそれはもはや愛です!」

「ああ。何度倒れても起き上がる並ならぬフィジカルを信頼しているんだろう」

「さあココアさん!」

「俺達に……」

「華麗なる顔面レシーブを見せてください!」

 

 タクトとチノは仲良くココアにガッツポーズを見せる。

 

「そんな愛嫌だ!」

「よし、みっちり鍛えてやるからな!」

「なんで私の特訓になってるの!‍?」

 

 リゼもノリノリで彼女に訓練を施してくれるようだ。

 ココアはなんと幸せ者なのだろうか。

 

「ここでやらなければ男が廃るぞ」

「私女の子だよ!‍?」

 

 タクトはココアに近づくと、学ランのポケットからある物を取り出して彼女に手渡した。

 

「うまし棒あげるから頑張れ」

「本当になんでいつも何か持ってるの‍!‍?」

「サラダ味だ」

「また野菜!‍?」

「残念、サラダ味は野菜ではない」

「そうなの!‍?」

「冗談……」

「違うの!‍?」

「ではない」

「紛らわしいよ!‍!」

 

 タクトが、元気そうでよかった、と笑うとココアは頬を膨らませる。

 ぱっと見て彼女に外傷が無さそうでタクトは胸を撫で下ろした。女の子の顔に傷がついてしまっては一大事である。

 

「千夜ー! おばあさんが帰りが遅いって心配してたわよー!」

 

 突然聞こえた声の方に顔を動かせば、土手の上には私服姿のシャロが見えた。

 

「あら、シャロちゃん」

「おー、シャロもちょっとやってくか?」

「り、リゼ先輩!‍?」

 

 リゼに声を掛けられたシャロは、なにやら恥ずかしそうに自分の服の裾を握る。

 

「その服装なら大丈夫だよ!」

 

 その姿をやる気に満ち溢れていると捉えたらしいココアは彼女に手招きをする。

 

「被害者……人数が多い方が楽しいよ!」

 

 不穏な言葉が聞こえたようだが、タクトには人数がいくら増えたとしても千夜の攻撃はココアにしか当たらないのではないか、と思えて仕方がなかった。

 それが杞憂に終わることを切に願いたいものである。

 

 

 

「それでは、バレー勝負を始めます」

 

 シャロも加わり、何故かバレーボールの試合をすることになった。

 チーム分けはリゼと千夜が組み、それに対するのはココアとシャロである。

 チノとタクトは審判、というよりは特にスコアを競う訳でもないので観客と言った配役だ。

 タクトは公園のベンチに置かれている自分の鞄の中から数人が座れそうな大きさのブルーシートを取り出すとおもむろに地面に広げ、靴を脱ぎ、その上に腰を下ろした。

 

「随分用意がいいな……」

「どうしてブルーシートなんて携帯してるんですか……」

 

 リゼとチノは驚きとも呆れとも取れるような面持ちでタクトを見つめる。

 彼は鞄から麦茶の入った水筒を取り出しながら言った。

 

「いや、以前バイト先から何ぞの役に立つかとブルーシートを貰ったんだが忘れててな」

 

 意外なところで役に立った、とタクトはあっけらかんと笑う。

 彼にとっては特になんとも思わないような些細なことなのだが、

 

「タクトさんの謎がまた深まりましたね……」

「ああ……あの鞄の中は一体どうなっているんだ……」

 

 どうやら彼女達にとってはその光景は不思議に見えるようで、とても訝しげに彼の傍に置かれている鞄を睨んでいた。

 別にこれといって特徴がある訳でもない至って普通な鞄なのだが。

 

「タクト君! コーヒーある‍?」

 

 タクトが水筒の中身を啜っているとココアがやってきて飲み物の催促をしてきた。

 彼は一旦水筒をブルーシートの上に置いてから、鞄の中から缶コーヒーを取り出してココアに渡した。

 

「あるぞ。ほら」

「ありがとう! シャロちゃーん!」

 

 タクトから缶コーヒーを受け取ったココアは笑顔で礼を言うと、再びシャロのもとに駆けて行った。

 カフェインでドーピングでもするのだろうか。なるほど、確かにテンションを上げてから戦に臨むというのは戦略としては丸なのではないだろうか。

 シャロにコーヒーを飲ませるココアを眺めながらタクトが感心したように頷いていると、リゼとチノの会話が耳に入ってきた。

 

「ああ見えて中は結構大きいんですよ。きっと」

「いや、多分中は四次元空間に繋がっているんだ」

 

 タクトの鞄は決して未来の産物ではない。どこにでもある、少し丈夫なごく一般的な構造の鞄である。

 ただ少しだけ彼が収納上手なだけなのだ。

 

 

 

 

 その後、練習の甲斐もあって千夜はトスができるようになったのだが、本番はドッジボールの選手と交代してもらい、球技大会では無事に勝利を収めたという。

 一方でタクトはバレーボールでは見事なスパイクを連発したらしいが、『何故か』英語の追課題をやることになり、それは未だにレシーブできていないというのは彼だけの秘密である。




俺の高校でも球技大会があり色んな競技があったのですが、部活動に所属している人は同じ競技はダメという規定がありまして、バレーボールばかりやっていました。
手が痛くなるのと、何故か相手チームに元バレーボール部員がたくさん居てとても怖かったです。

年も明けて新しい年号に変わるなどという話がありますが、俺は今まで通りちまちまと書いて行きたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

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