脱兎は木組みの街で何を想う   作:ライスonライス

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 お久しぶりです。いや、本当に。


第十八話 最高の笑顔を貴方に

 喫茶店の役割とは何か。

 この問いに対する回答は十人十色、人によっても状況によっても変わるだろう。

 タクトは喫茶店は心休まるオアシスのような場所であるべきだと思っている。

 日常生活という名の砂漠を歩く途中でふらりと訪れ、そこで出されるコーヒーと料理をゆっくりと味わい、店員との会話に花を咲かせる。そうすることで明日を生きる活力を蓄えるのだ。

 タクトもそうした心穏やかに過ごせる場所を求めて、この日も変わらずラビットハウスを訪ね、高品質なコーヒーを味わいながら、二人の小さい臨時アルバイトとの会話を楽しんでいたのだ。

 そして現在。

 

「さて、タクト。何か言いたいことはあるか?」

 

 オアシスは大嵐に見舞われていた。

 数分前、突如として店を飛び出したリゼだったが、しばらくすると落ち着いたらしく、随分と軽やかな足取りで戻ってきた。彼女は店に入るなり、タクトを視認するととてもいい笑顔で近づいてきたのだ。

 この時タクトは言い知れぬ危機感を覚えその場を離れようとしたが、第六感が少しでも目を離せば殺られると告げており、とてもじゃないが逃げ出せる様子ではなかった。

 そうこうしているうちにもリゼとタクトの距離は狭まり、ついには手を伸ばせばリゼに触れられる位置まで来てしまった。それは彼女にとっても同じであり、つまりは逃げられないのである。

 

 こうして出来上がったのが、この状況だ。

 一見すると和気藹々(あいあい)とお喋りを楽しんでいるようにも見えなくはないが、どことなく命のやり取りが行われているような剣呑な雰囲気があたりを支配している。

 依然としてリゼは笑顔を絶やさずに、カウンターを背にして座るタクトの前に仁王立ちをしている。

 怖い。

 

 自分の話術だけではどうにもならないと理解したタクトはココアに助けを求めようと、正面のリゼから視線を逸らしてアイコンタクトを送るが、

 

「ふふふ。タクト君、リゼちゃんとお話ししないとダメだよ?」

 

 ココアが怖い。

 もしかしなくても先ほどの件でお怒りなのだろうか。

 いや、彼女の目が笑ってないところを見るに、確実にキレてる気がする。

 タクトとしてはちょっとした冗談のつもりだったが、これは少し洒落にならない状況だ。

 

 笑うという行為は本来攻撃的なものである、などといった話は聞いたことがあったタクトだったが、まさか身に染みて知ることになるとは思いもよらなかった。

 

 一縷の希望を託し、今度はカウンター内で恐る恐るといった様子でこちらを伺っているチノとティッピーに助けを求めるが、

 

「すみません。私にはどうすることもできません……」

「自分で蒔いた種じゃ。自分で何とかせい」

 

 希望は潰えた。

 もはや一切の救済も残されていない。

 

 確かにこの状況はタクトの冗談が招いた結果だが、タクトは穏便に事を運びたいと思っている。

 どうにかして店から脱出しなければならぬ。

 

「ああ、そういえば用事が残っていたんだった。そろそろお暇しないと……」

 

 タクトはわざとらしく腕時計を確認して椅子から立ち上がり、荷物を持って店を出ようと扉を目指した。このまま店から出てしまえばミッション・コンプリートだ。

 

 ガシッ、と。

 背後にいたリゼに肩を掴まれた。

 その手には少し、というかかなり力がこもっているようで、痛い。

 ココアもタクトの進行方向上に立ち塞がるように移動してきた。

 退路が完全に断たれてしまった。

 

「まあタクト。もう少しゆっくりしてけよ」

「そうそう。私もう少しタクト君とお話ししたいなあ」

 

 そう言って笑う彼女たちの声はとても穏やかで、しかし、どこか冷たさを感じる。

 傍から見ると笑顔の美少女二人に囲まれてなんとも羨ましく妬ましい状況にも見えなくもないが、

 

「ふっふっふ……」

「ふふふ……」

 

 再度言うが、彼女たちの笑顔は目が笑っていない。

 前後共に動けない状態から横にズレて後退りするが、やがて壁に背をぶつけてしまった。

 完全に身動きを封じられたタクトに、黒い笑顔を浮かべた少女達が詰め寄る。

 これは万事休すか。

 

「あはは! みんな仲がいいんだな!」

「そうだねー。みんな楽しそうだね!」

 

 追い詰められたタクトが最終奥義『大地に咲きし風信子(全力の土下座)』を発動するべきかと悩んでいると、臨時バイトの少女たちの笑い声が聞こえてきた。

 マヤとメグの二人にはこの緊迫した状況が微笑ましい光景に見えるらしく、リゼの肩越しにそちらの方に目を向ければ楽し気に笑い合っているのが確認できた。

 当事者としては息が詰まるような思いだが、二人が楽しそうで何よりである。

 

 タクトと相対していたリゼは振り返ってマヤとメグの姿を改めて確認すると首を傾げた。

 

「そう言えばこの二人は?」

 

 リゼはどうやら二人とは初対面のようだ。

 再び店に戻ってきた彼女の意識は全てタクトに向けられていたので、そのことはすっかり頭から抜け落ちていたのだろう。

 不思議そうに自分の制服を着たマヤを観察するリゼに、ココアはすかさず、

 

「マヤちゃんとメグちゃんだよ! チノちゃんの友達で、私の新しい妹達です!」

 

 と、さりげなく妹を増やした。

 

「妹云々は置いとくとして、二人は店を手伝ってくれていたんだ」

 

 制服はついでだ、とタクトは冷や汗を頬に伝えながら説明を加える。

 するとリゼは感心したように頷いて、

 

「へえ、なかなか見込みがあるじゃないか。ありがとうな」

「お礼なんていいよ。ね、メグ!」

「うん! 可愛い制服も着られて楽しいよ」

 

 感謝されたマヤとメグは屈託なく笑うと、素直な感想を述べた。

 本人達は初めての接客が新鮮で、制服を着ることで従業員の気分を味わい、遊び感覚で手伝ってくれていたのだろう。

 それが一悶着を起こした訳だが。

 とはいえ、タクトの冗談が全ての始まりだったことはタクト自身も理解しているため、勝手に制服を着ていることについては特に思うことは無い。

 寧ろ、この一件でリゼやココアの普段見ることのできない一面を垣間見る事ができたので感謝しているくらいである。

 当の二人が怖いので口には出さないが。

 

「それに面白い物も見つけたからね」

 

 マヤは無邪気な笑顔で制服のポケットから銃とコンバットナイフを取り出す。

 ナイフの切先と銃の黒いボディがキラリと光った。

 

「リゼェェェ!! 物騒なモノを持ち込むでない!!」

 

 マスターの叫びもごもっともである。

 どちらも模造品だと信じたい。

 ともあれ、マヤの持つ得物はどちらもリゼのものだ。

 すると当然、

 

「素人に扱えるものじゃない。返せ」

 

 こう来るわけだ。

 しかし、タクトとしてはこれを易々と見逃す訳にはいかない。

 リゼの手にこれらの脅威が戻った時、彼女は間違いなく嬉々としてタクトを潰しに来るだろう。

 すかさずタクトはリゼとマヤの間に割り込んで物申す。

 

「マヤ。渡さなくてもいい。それは、君のものだ」

「私のだぞ!?」

「マジで!? 貰ってもいいの!?」

「良くない!」

「今ならほら、カロリンメートも付けよう」

「訪問販売か!」

 

 流石リゼ。今日も良いツッコミだ。

 

「私チョコ味がいい! メグは?」

「じゃあ私メイプルー」

「全種類あるから好きなのを持ってっていいぞ」

「やったー!」

「もうなんかつっこむのも疲れた……」

 

 どうしたのだろう。

 やけにリゼが疲れているように見える。

 働き詰めで休みが取れていないのだろうか。

 

「どうしたリゼ。疲れているのか。休める時は休んだ方がいいぞ」

 

 ピクリ、と。

 リゼの肩が震えた気がした。

 

「……」

 

 続いてニコリ、と。

 莞爾とした笑顔と共にこちらを振り返るリゼ。

 

「そ、れ、は……」

 

 ずんずん、と。

 タクトに詰め寄ると、

 

「お前の……」

「ちょ、リゼ――」

 

 むんずと。

 タクトの腕を掴み、

 

「せいだあああああ!!」

「がああああ……!」

 

 一思いにアームロックを掛けた。

 タクトの腕は締め上げられ、曲がってはいけない方向に曲がろうとする関節が悲鳴をあげる。

 それ以上いけない。

 

「おお! 本物のCQCだ! すげー!」

 

 マヤが歓声をあげるのが聞こえる。

 確かにすげーにはすげーが、これはCQCではなく単なる暴力である。

 助けてくれ。

 

「そ、そうか?」

 

 人の関節をキメながら上ずった声で答えるリゼ。

 照れるなら手を放してからにしろ。

 

「うん! 憧れちゃうなあ」

 

 憧れてないでリゼを止めてもらいたいのだが。

 キリキリと、関節から変な音が響き始めてきた。

 どうにかして抜け出さなければ、タクトの腕が限界である。

 

「ど、どうだ……? 今日はこのまま店を手伝ってみては」

 

 息も絶え絶えなタクトがそのようにマヤとメグに提案すると、二人は「いいの!?」と目を輝かせる。

 

「チ、チノもいいか?」

「それはもちろん大丈夫ですけど……大丈夫ですか……?」

 

 大丈夫かそうでないかでいえば大丈夫ではない。血の巡りが悪くなってるのか徐々に腕の感覚が無くなってきている。最早、指先の触覚がまともに機能していない。

 ともあれ、チノから許可を得られたことなので、マヤとメグにはこのまま臨時バイトとして店を手伝ってもらおう。

 

「俺達は……よっと」

「あっ!」

 

 タクトはリゼの力が弱まった一瞬を狙って、くるりと身を翻し、器用にリゼの腕から逃れた。

 解放された腕をだらんと垂らすと、血が戻ってきてじいんと熱くなってくる。

 

「客として座っていよう」

 

 タクトは手近なテーブル席に腰を下ろし、指先まで戻ってきた触覚を確かめるように手を握ったり開いたりする。

 どうにか最大の修羅場は乗り越えた。

 腕の感覚も戻り、無事にコーヒータイムに戻れそうで一安心である。

 

「そうだね。私達もお客さんをしていようかな。ね、リゼちゃん」

「そうだな。なあ、タクト?」

 

 ココアとリゼもタクトと同じテーブル席に座った。

 無論、タクトの退路を潰すように、タクトの右側にココアが。左側にはリゼが。

 両手に花である。

 

「ふふふ……」

「ふっふっふ……」

「……」

 

 その花はとても冷たく、鋭い棘と毒がついているが。

 

 この後タクトは二人から懇々とお説教を喰らうことになる。途中で挙げられた悪行のほとんどに身に覚えがあったので、タクトには粛々とお叱りを受けるしか選択肢はなかった。

 冗談も程々にしろだの、突っ込む身にもなれだの、妹を取るなだの、お前の鞄はどうなってるだの、どうしたら妹に頼られるのかだの、先程のアームロック抜けを教えろだのと、こってりと絞られた。

 後半から説教というよりはお悩み相談のような状態になり、最終的に臨時バイトのマヤとメグも会話に参加し、和気藹々とした雰囲気が店に戻ってきたのだった。

 

 少女達の話を再度注文したコーヒーを片手に聞く最中、ふとカウンターの方に目をやると、物憂げにこちらを見つめるチノの姿が印象的だった。

 

 

 

###

 

 

 

 ラビットハウスのバイト事件から数日、タクトはフルール・ド・ラパンに足を運んでいた。

 太陽は既に最も高い位置を過ぎて若干傾きつつあり、所謂おやつの時間の真っ只中である。

 喫茶店の激戦区でもあるこの街はアフタヌーン・ティーの時間になるとあちらこちらから魅惑的な香りが立ち始めるのだ。

 当然、タクトがフルールに着くまでの間もパンの焼ける芳ばしい香りだったり、ハチミツやチョコの甘い香り、嗅ぎなれたコーヒーの香りが辺りを漂っており、タクトの空腹中枢を刺激していた。

 この日タクトは昼食を早めに摂ってしまったこともあり、この時間帯の街歩きには少々辛いものがあった。

 

「お待ちどうさま」

 

 タクトが空腹感を紛らわそうとメニューを適当に眺めていると、金髪のくせっ毛にロップイヤーが良く似合うお嬢様メイドが、タクトの注文をトレイに乗せてやって来た。

 ハイビスカスティーとシャロ特製クッキーが目の前に置かれるので、軽く会釈をしてからティーカップに手を伸ばす。

 爽やかな酸味とフルーティーな味わいが空っぽの胃袋を優しく潤してくれる。

 

「それにしても珍しいわね。タクトがこっちに来るなんて」

 

 シャロは不思議そうな顔をして軽くなったトレイを抱き抱えた。

 それもそうだろう。

 タクトはラビットハウスでコーヒーを飲んでから喫茶店に顔を出すことも多くなったが、そのほとんどがコーヒーを主に取り扱う店である。コーヒー以外の、紅茶や日本茶などといった飲み物を提供する店にはあまり行かない。

 別にタクトはこれらの飲み物が嫌いということはなく、寧ろコーヒーを嗜む以前までは抹茶ばかり飲んでいた。それどころか、ある日ふらっと訪れた古物市で茶道具が安売りしているのを見つけ、それら一式を衝動買いした上で暇な時間に自分で抹茶を点てるなど、それなりに茶を嗜んでいたのだ。

 最も、数ヶ月もすれば市販でもそれなりに旨い抹茶が飲めることに気づき、茶道具一式は押し入れの奥の方に仕舞われることになったが。

 あれらはまだ使えるのだろうか。

 

「たまには紅茶も悪くないと思ってな」

「そんなこと言って、どうせうちの制服が目当てなんでしょう」

 

 嘘をつくなとでも言いたそうにタクトをジト目で見るシャロ。

 そういった気持ちが全く無かったと言えば嘘になるが、紅茶が飲みたかったのも事実である。

 正直に伝えたのに疑われるのは誠に遺憾である。

 

「まあ、一番はシャロに会いたかったんだけどな」

「えぇっ!? ……じ、冗談も大概にしなさいよね!!」

 

 怒られてしまった。

 タクトとしてはこちらが本題であり、そのためにフルールを訪れたという、嘘偽りなど一切含まれていない言葉だったのだが。

 顔を赤くしてこちらを睨みつけるシャロに肩を竦めて、タクトは用意されたクッキーを一つ頬張った。

 少ししっとりしていて甘すぎず、紅茶と合わせても相性が抜群な仕上がりだ。

 

「ん。相変わらず美味いな」

「ほ、褒めても何も出ないわよ」

 

 そう言いつつ、シャロはくせっ毛を指先で弄りながらニヤけるのを隠しきれない様子だ。

 見ていてとても心が暖かくなる。

 気分としては手料理を褒められて悪態をつきながらも嬉しそうにする孫を見守る祖父だ。

 無論、シャロもタクトもそんなに歳の差はないが。

 

「それで! 今日はどうしたの? 何か相談事でもあるの?」

 

 自身の照れを隠すようにしてシャロは強引に話を進めようとする。

 タクトとしてはもう少しからかいたいという悪戯心もあったが、これ以上やると出禁にされかねないので、ここは大人しく引き下がることにした。

 

「まあ……相談事という程でもないが、少し気になってな」

 

 タクトは紅茶を一口飲み、一息ついてから話す。

 

「最近、チノの元気がないように見えるんだ」

「チノちゃんが?」

 

 先日、チノのクラスメイトであるマヤとメグがラビットハウスに立ち寄り、店の手伝いをしていった。

 二人とも初めての体験だったらしく、たどたどしい様子はあったものの、一生懸命に仕事をこなそうとする姿はココアとリゼも高く評価していた。

 あれからというものの、マヤとメグは時々店を訪れるようになり、リゼ達と楽しげに会話している姿を見かけるようになった。

 タクトも何度か彼女達の会話に混ざっているが、なぜかその度に鞄の中身を見せてほしいと頼まれる。特にやましい物を隠し持っているわけでもないので鞄の口を開いてみせるが、皆一同に首を傾げる。別に普通の鞄なのだから何もなくて当たり前だろうとタクトは思う。

 

 それはさておき、この頃からだろうか。チノが仕事中に上の空でコーヒーとアイスココアを淹れ間違えたり、ココアやリゼ、タクトに対する当たりが普段と違ったりするのは。

 具体的にはコーヒーの感想を述べても若干素っ気ないのである。普段であれば自分が淹れたコーヒーが褒められて、照れながらも嬉しそうにするのだが。丁度、先程のシャロのように。

 最近は「そうですか」の一言で片付けられてしまうのでタクトは少し寂しかった。

 シャロくらいの反応をしてくれればとても満足できるのだが。

 

 タクトが事の顛末を話し終えると、シャロは神妙に頷いて言う。

 

「嫉妬しているんじゃない?」

「嫉妬? 俺達にか?」

 

 言われてみれば確かに、心当たりは無くもない。

 タクト達がマヤ、メグと話している時、チノはいつも遠目で見ていた。

 それはチノが会話に参加したくなかったという訳ではなく、普段から一緒にいる友人達が自分以外と話して楽しそうにしているのがもどかしいのだろう。

 心の内にそういった思いを抱えているため、実際に本人達と話す時にどのような顔をしていいのか分からない。そのせいでタクト達に素っ気ない態度を取ってしまうのだろうとタクトは考える。

 

「それだけじゃなくて、貴方達がその友達を相手にしているから寂しいのよ。きっと」

「かまって欲しかったということか?」

 

 けれどもタクト達はチノを蔑ろにしていた訳ではないはずだ。

 いくらマヤとメグが店に来たからといって誰か――チノとの交流を疎かにするなどありえないし、実際にそのようなことはしていない。寧ろ、積極的なコミュニケーションを取ろうと話しかけていたくらいだ。

 ココアに至ってはチノの気を引こうと仕事そっちのけでチノとのスキンシップを図っていた。もちろん、その度にリゼに注意を受け(CQCを掛けられ)ていたが。

 

「複雑なのよ。チノちゃんくらいの女の子は」

「そういうものか」

「そういうものよ」

 

 思春期の少女は色々と大変なのだろう。

 チノ自身も自分の思いと実際の行動の乖離に悩んでいて、タクト達との接し方にも四苦八苦しているのかもしれない。

 タクトとしてはチノが困っているのなら親身になって相談に乗ってやりたいところだが、こればかりは本人の気持ちの問題で、何よりタクト達自身がチノの悩みの対象なのだ。

 タクトにできることは黙って見守ってやるくらいだ。

 

「それならチノが落ち着くまで待つさ」

 

 焦らなくても時間が解決してくれるだろう、とタクトは少しぬるくなった紅茶を口に運んだ。

 店の窓ガラス越しに外を見れば、木組みの街は夕焼け色に染まりつつあった。

 時間が経つのは早いものだ。

 ふと、シャロがこちらを物珍しそうに眺めているのに気づく。

 

「……タクトは変わっているわよね」

「そうか? そんなに変か? この服」

 

 別に普通のワイシャツだと思うのだが。

 容姿でおかしな所はないとタクト自身は思っている。

 タクトの美的感覚が一般的なそれとズレているのなら最早どうしようもないので諦めるしかない。

 

「そうじゃなくて!」

「じゃあズボンか」

 

 別に普通のテーパードパンツだと思うのだが。

 カラーリングもピンクや紫といったショッキングなものではなく、ごく一般的な紺色のズボンだ。

 タクトの色彩センスが一般的なそれとズレているのなら最早どうしようもないので諦めるしかない。

 

「それも違う!」

「ともすればこの鞄か」

 

 別に普通の手提げ鞄だと思うのだが。

 中身も銃火器や薬物などといった危険なものではなく、タオルや畳まれたビニール袋など、入っていてもおかしくない物ばかりだ。

 タクトの収納センスが一般的なそれとズレているせいで見た目より多く入るので非常に重宝している。

 

「それは……少し気になるけど……違うの!! なんていうか、私達との接し方が……その……遠すぎないけど近くないというか……」

 

 途中でごにょごにょと言い淀むシャロだが、どうやらタクトの、彼女達との距離感が気になっているらしい。

 タクトとしては異性にベタベタとくっつかれては彼女達が嫌な思いをするのではないかと思い、気を配っているつもりだったのだが、それがかえって変な気を遣わせることになってしまったようだ。

 

「不快なようだったら申し訳なかった」

「ち、違うの!! 嫌って訳じゃないの! 何回もウサギから助けて貰ってるし……野菜もくれるし……リゼ先輩の写真もくれたし……。むしろ……気にかけてくれてるようで……嬉しいし……」

 

 タクトが頭を下げて謝ると、シャロは慌てた様子で弁明をする。

 尻すぼみに声が小さくなっていき、後半は周囲の客の会話にかき消されて聴き取れなかったが、どうやらシャロはタクトのことを嫌っている訳ではないようだ。

 

「そうか。それなら良かった」

 

 タクトはてっきり馴れ馴れしいと思われているのではないかと心配していたが、それも杞憂だったらしい。

 

「タクトは……」

 

 嫌がられてる訳ではなくて安心したタクトが紅茶を一口飲んで一息つくと、シャロは何やら意を決したようにタクトの名を呼んだ。

 

「……タクトは、いつも私達を見守ってくれてるけど……タ、タクトだって! 何か困ったことがあったら……相談くらいは乗るわよ……? だって――」

 

 一息、

 

「友達じゃない。私達」

 

 顔を僅かに赤らめながらも、はにかんで笑うシャロに、タクトは一瞬見とれてしまった。

 それと同時にタクトは驚いた。

 頭蓋を大きく揺さぶられた気分だった。

 

 タクトは高校に入るまで、親友や友達と呼べるような付き合いはなかった。

 唯一、自身と親しくしてくれた存在も中学校に上がる前に失せてしまい、中学時代は学校を転々としていたため、友人などできるはずもなく、ただ時を過ごしてきた。

 そのため、タクトには友達との距離感の掴み方が分からなかったのだ。

 

「そうだな」

 

 それでも、ひょんなことから知り合った彼女たちは、一概にタクトのことを友達と呼び、その接し方を教えてくれる。

 タクトはくつくつと笑い、やがて落ち着くと、今度はシャロに微笑み返した。

 

「これからもよろしく頼む。シャロ」

「い、言われるまでもないわよ」

 

 この日の夕焼けはいつもよりも眩しく、暖かく思えた。




 と、言うわけで3年ぶりの投稿です。
 私生活にも色々と変化が訪れましたが、こちらは変わらないノリでお送りしたいと思います。

 この小説の昔の話も随時更新していきたいと思いますが、大まかな話の流れは変えません。
 また、よろしくしていただければ幸いです。

 大分長く空いてからの再開となりますが、よろしくお願い致します。

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