結構短くなってしまいましたがどうぞ。
第一回ラテアート交流会の後、四人時々もう一匹と暫し雑談をしていたら日は既に傾きかけていた。
「あ、もうこんな時間!」
「本当ですね。そろそろお店を閉じましょう」
ラビットハウスは夜間はチノの父が経営するバーとなる。そのため夕方には店を閉じ、軽い掃除と片付けをするのだ。
「じゃ、俺もそろそろ帰るかな。夕飯の買い出しもしないといけないし」
「ええ!? タクト君って料理するの!?」
「なぜそんなに驚く……」
ココアはタクトの意外な一面に目を丸くする。
「だって、タクト君って料理と縁が無さそうな見た目してるもん!」
「……ココア、君が意外と失礼な奴だということは分かった」
タクトはため息をついて半目でココアを見つめる。
その様子を見てリゼは笑う。
「ははは! 私も初めて知った時は驚いたよ。でも残念ながら料理しているらしい」
「あのな……」
タクトは二人の失礼な物言いに再度ため息をついた。しかし、彼の見た目から料理をしている姿を想像するのは確かに難しいのだ。
彼はバイト柄からそこそこの筋肉がついている。多少ゴツゴツしている手に包丁を握る姿は想像に難い。
「そりゃ一人暮らしなんだから飯ぐらい作るさ」
「へえ、タクト君一人暮らししてるんだ」
「まあな。だから料理は必須なんだ。毎日店の弁当とかだったら食費がバカにならないからな……さて、俺はそろそろ行くか」
タクトは席から立ち上がり、伸びをする。そして、コーヒーの会計を済ませて店を出ようとするとリゼに声をかけられた。
「タクト! 途中まで同じ道だし一緒に帰らないか?」
「ああいいぞ」
「じゃあちょっと着替えてくるから待っててくれ」
そう言って女子三人は店の奥へと消えていった。
店舗に残されたタクトがカウンターで転がるティッピーを撫でていると、店の奥の扉からダンディという言葉が良く似合う風貌の男性が入ってきた。
「やあタクト君。来ていたんだね」
「どうもタカヒロさん。お邪魔しています」
タクトにタカヒロと呼ばれた彼はチノの父親である。夜間のバータイムの準備に来たのだ。
「はは、邪魔と言うことはないよ。アキヒロとは古い付き合いがあるからね。その息子である君は息子同然だ。いつでも来てくれて構わないよ。それに、娘のチノとも良くやってくれてるようだしね」
「確かにのう。お前さんがこの店に通い始めてからチノが笑うことが多くなった気がするわい」
タカヒロの言葉に同意するマスター。体がウサギになったとしても孫であるチノを心配しているのだろう。
「ワシとしてはこのままこの店の従業員になって欲しいんじゃがの……そうすれば店にとっても、チノにとっても良いことになるじゃろうて」
「親父。無理強いは良くないぞ。タクト君にも事情というのがあるからね」
タカヒロはワイングラスを拭きながら自分の父親を諌める。
「……そうじゃな。すまんの、タクトよ」
「いえ。誘っていただいてありがとうございます。ですが俺は今の状態が、ラビットハウスのお客という立場が好きなのでそのお誘いは他の人にとっておいてください」
「ほっほっほ。お前さんのように味の違いがわかるような奴はそうそう見つからんわい」
「それに……」
タクトが何かを言いかけた時、奥の扉が開き女性陣が戻ってきた。
「悪い、待たせたなタクト」
「すみません。ココアさんがわがままを言うので」
「えー、チノちゃんのお手伝いをしようとしただけだよ!」
タクトは彼女達のやり取りを楽しそうに眺めながら言う。
「……今だって従業員に恵まれてるじゃないですか」
「……かもしれんな。あのココアとか言う娘もすっかり店に馴染んじまった。チノにとってはいい友達になるかもしれんの」
そう言うマスターの声は心なしか嬉しそうに聞こえた。
「じゃあまた、タクト君。リゼ君もまたよろしく頼むよ」
「また来ます」
「はい! チノとココアもまたな!」
リゼがラビットハウスの住民に手を振ると、彼女達も笑顔でそれに応える。
「お疲れ様でした」
「またね! リゼちゃん! タクト君!」
タクトとリゼは並んで歩く。
「なあタクト」
しばらく歩いたところでリゼがいきなりタクトに話しかけてきた。
「さっきタカヒロさんと何か話してたのか?」
「聞いてたのか」
「いや、なんかさっきお前が何か喋ってたみたいだったから気になっただけだ」
どうやらタクトがティッピーと話してたのを見られていたらしい。
「良くわかったな」
「相手の行動を把握するのは基本だろ? それで何を話していたんだ?」
「見合い話」
「は!? み、みみ見合いってお前……チノとか!?」
「冗談だ」
「……殴ってもいいか?」
タクトは彼のお茶目な冗談に握り拳を作るリゼから少し距離をとった。
「……はあ……隠すようなことじゃないだろ? 教えろよー」
「そうだな……簡単に言うとスカウトされた」
「スカウト?」
「ああ。ラビットハウスの従業員にならないか、ってな」
そう言ったのはマスターだったが、ティッピーは喋らないことになっているのでタカヒロの言葉ということにした。
「それでタクトはどうしたんだ?」
「誘われたのは嬉しかったが断った。俺は今のままがよかったからな」
「そうか……それは残念だな。お前が居れば仕事が楽になると思うんだけどな」
「力仕事は普通の女の子にはきついからな」
「……」
「無言で脇腹をどつくのはやめてくれ」
その後も二人で雑談しながら歩いていると一つの交差点に着いた。
「じゃあ俺はこっちだから」
「ああ。またなタクト」
タクトとリゼは互いに違う方向に向かって進んだ。街は夕陽でオレンジ色に染まっていた。
タクトはいつものスーパーで食材を買った。今日の彼の夕食はシチューだ。
外に出ると辺りは薄暗くなって遠くが薄らと赤くなる、俗に言う黄昏時と呼ばれるような時間になっていた。
「ちょ、ちょっとそこどきなさいよ! 通れないじゃない!」
タクトが帰り道を歩いていると面白い状況に遭遇した。
ウェーブのかかった金髪の少女が涙目でフリーズしている。彼女の目線の先には野良ウサギが鎮座していた。
「うぅ……お願いしますどいてください……じゃがいもあげますから……」
彼女はそう言って持っていた袋からじゃがいもを取り出し、ウサギの前に差し出した。
すると野良ウサギは少女に近づく。
「ひっ!」
タクトはその状況を面白そうに見物していたが、今にも泣き出しそうな少女を見て行動に移した。
「ほら、そんなとこに居たら通行の邪魔になるぞ」
タクトは野良ウサギを撫でて持ち上げた。そのまま少女の方に振り返る。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございました……」
「ウサギ抱くか?」
「い、いらないわ! は、早く遠くにやって!」
「そうか。じゃあ撫でるか?」
「愛で方の違いじゃないわよ!」
「そうか」
これ以上やると本当に泣かれかねないと判断したタクトはウサギを路地裏の方に逃がした。ウサギが見えなくなったのを確認して改めて少女に話しかける。
「はぁ……とりあえず助けて頂いてありがとうございます……で、も! どうしてウサギを抱かせようとしたんですか!? 嫌がらせですか!?」
少女は鬼気迫る表情でタクトに迫った。
「いやウサギと触れ合いたいのかな、って」
「どこをどう見てそう思ったんですか!?」
「エサをあげようとしてたから」
「あれは賄賂よ! 見逃してもらおうとしたの!」
「まあ落ち着いて。これあげるから」
そう言ってタクトはレジ袋から人参を取り出して目の前の少女に渡した。
「え? あ、ありがとうございます……って違う! 私は至って落ち着いてるわよ!」
見事なノリツッコミにタクトは関心して頷いた。
「それはそうと君はどうしてあんなことになってたんだ?」
「苦手なのよ! ウサギが! 悪い!?」
不機嫌そうにウサギが苦手だと宣言する彼女にタクトは首を横に振って言った。
「誰にでも苦手なものの一つや二つあるさ。気にしなくていい」
「え……あ、ありがとう……」
「じゃ、俺はそろそろ行く。君も気をつけて」
「あ……」
タクトはそのまま自分の家に向かって歩き出した。
金髪の少女はその後ろ姿を見てつぶやくのだった。
「人参、もらっちゃった……」
今日のタクトの夕飯はシチューである。人参はもう無い。
シチューはご飯のおかずにはならない、なんて思っていた時期が俺にもありました。あれって意外と米に合いますね。
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