ココアが入学式を間違えた翌日、つまり本当の登校日。タクトは朝からラビットハウスに来ていた。学生服を着て学校指定の鞄を持ち、店のドアを開ける。
「タクトさん、おはようございます」
タクトが店に入るとチノが出迎えた。チノは既に中学校の制服に着替えている。
「おはよう、チノ。ココアは?」
「ココアさんはさっき起きたばかりで大慌てで準備中です。全く……自分からタクトさんと学校に行くって言っておいて……どうしようもないココアさんです」
チノがため息をつきながら言うように、タクトはココアと登校するためにラビットハウスに寄ったのだ。
それは昨日タクトが不貞腐れるココアをなだめていた時に言われたのだった。明日一緒に登校すれば許す、と。
「まあ元は俺がココアを怒らせたのが原因だし、大目に見てやってくれ」
しばらくして二階からドタドタと音がして、ココアがやってきた。
「ご、ごめんね! チノちゃん! 遅れちゃった! あ、タクト君おはよう!」
「ああ。おはよう。寝癖凄いぞ」
「え!? 嘘!?」
「冗談だ」
「もう! タクト君ったら!」
タクトは頬を膨らませて怒るココアを軽くなだめる。
チノはそんな二人のやり取りを見て呆れた顔で言う。
「あの……早くしないと遅刻しますよ……」
チノに急かされ、足早に出発した三人は途中まで一緒の道……かと思いきやラビットハウスを出てすぐの橋でチノと別れてしまった。
その後登校途中の千夜と合流し、三人で学校へ向かう。
「千夜ちゃん聞いてよ! タクト君ったらひどいんだよ! 私達と同じ学校だったのに入学式のこと黙ってたんだよ!」
ココアは恨めしそうな表情でタクトを睨みながら昨日の出来事を千夜に話す。
それを聞いた千夜は笑ってタクトを見る。
「ふふ……タクト君って意外とお茶目なのね」
「ふっ……そう言う千夜もなかなかいい性格してると思うが?」
タクトの言う通り、彼女は彼女でなかなか侮れないところがある。
「うふふふ……あなたとは仲良くなれそうね……」
「ふっ……奇遇だな。俺も同じことを思っていた……」
「ふ、二人共何か怖いよ……?」
類は友を呼ぶということだろうか。二人は互いに思うところがあるのか黒い笑みを浮かべ合う。
そんな二人を見てココアは言葉にし難い恐怖を感じたのだった。
「それにしてもタクト君がまさか同じ学校だったなんて驚きだわ。学年も上だし……タクト先輩って呼んだ方がいいのかしら?」
「私もそう呼んだ方がいいかな?」
千夜とココアの質問にタクトは笑って首を横に振る。
「いや、適当に呼んでくれて構わない。学年なんて所詮飾りみたいなものだしな」
「じゃあ今まで通りタクト君って呼ぶね!」
「私も。改めてよろしくね? タクト君」
「ああ。こちらこそよろしく」
その後、三人は中学校と間違えることもなく無事に学校に到着した。ココアは昨日見た学校と違うことを気にしていたが、特に問題はなかった。
入学式を無事に終え、二年生は式の片付けをした後、タクトのクラスではホームルームがあった。と言っても先生から軽く新学期の挨拶があったくらいですぐに終わった。
この日は入学式とホームルームだけで学校は終わりになるので、タクトが帰る用意をしていると同じクラスの女子が話しかけてきた。
「白波君、廊下で一年生の子達が呼んでるよ」
タクトが廊下の方を見るとココアと千夜がこちらに手を振っていた。
そのことをタクトに伝えた女子はニヤニヤしながら聞いてきた。すると周りの生徒が同調して騒ぎ始めた。
「なになに? 白波君の彼女?」
「え! 白波君彼女いるの!?」
「キャー! しかも二人よ!」
「白波君って意外とプレイボーイ!?」
「きっと他にもいるわ!」
タクトが通うこの学校はつい最近共学になったばかりで元は女子校だったのだ。それ故に女子の比率はかなり高く、特にタクトのクラスは男子が彼のみである。そのためだろうか、タクトは意外にも学校内で話題になっている。というよりも男子という存在自体が珍しいのだ。
「ただの友人だ。それ以上ではないさ」
「でもさっき先輩じゃなくて、タクト君って呼んでたわよ!」
「キャー! やっぱりそういうことなのかしら!」
友人だと説明しても効力がないと理解したタクトは少し考えてから笑顔で言った。
「ふっ……まあでも……もし二人が彼女だったら幸せかもな」
「キャー!」
タクトは再び騒ぎ始めるクラスメイトを軽くあしらいつつココア達と合流した。
「わざわざ来てくれたのか。ありがとな」
彼がそう話しかけると二人は恥ずかしそうに若干頬を赤らめていた。
「あ……うん……一緒に帰ろうと思って……」
「……タクト君って……意外と大胆なのね……」
「なんのことだ?」
タクトは千夜に言われた言葉に首を傾げ、騒がしい教室を後にした。
その後ろをココアと千夜の二人は恥ずかしそうについて行くのだった。
「それにしてもタクト君モテモテだったねー。私びっくりしたよ」
少し早い帰り道、ココアが先程の出来事について述べる。
それに対してタクトは笑って言う。
「そんな大層なものじゃないさ。男子が少ないから話の種になっているだけだ。それよりも、二人は新しい学校はどうだ?」
「そうだ! 聞いてよタクト君! 私達同じクラスになったんだよ! ね! 千夜ちゃん!」
「ふふ……ココアちゃん、学校でも迷子になっててびっくりしちゃった」
「それは言わない約束だよ!?」
笑顔でココアの秘密を暴露するあたり千夜は本当にいい性格をしている。
それを聞いたタクトは少し考えて言った。
「……日が昇り、ひらひら惑う、桜かな」
「私で一句詠まないで!?」
「季語も入ってて綺麗だわ〜」
「ココアの髪飾りと桜をかけてみた」
「意外と凝ってる!?」
「いやそれほどでも」
「褒めてないよ!!」
「ふむ……漫才で食ってくのもありか……」
「私も!?」
タクトのボケにツッコミをかますココア。
二人の漫才に笑っていた千夜はあることに気づいた。
「あら? 何かいい匂いがするわ」
彼女の言葉を聞いて二人も鼻を動かす。
「本当だな。小麦を焼いた時の匂いだな」
「きっとパン屋さんの匂いだよ! あ! ほら!」
ココアが指さす方を見てみると確かにパン屋があった。
三人はパン屋に近づいて店先のガラスショーケースを覗いてみる。そこには様々な種類のパンが陳列されていた。
それらを目の前にしてココアは目を輝かせた。
「可愛い!」
「パンが?」
ココアのパンに対する感想に疑問の声を上げる千夜。
するとココアは懐かしむように言った。
「うん! 実家がパン屋さんでよく作ってたんだ! また作りたいなー……」
「お手製? 凄い!」
タクトと千夜はココアの意外な一面に驚く。
「パンを見てると私のパン魂が高ぶってくるんだ!」
「わかるわ。私も和菓子を見てるとアイデアが溢れてくるの!」
「そう言えば前に和菓子作ってるって言ってたな」
「ええ。でも、何より好きなのは……できた和菓子に名前をつけること……!」
「かっこいい……!」
同じ職人で通ずるところがあるのか互いに手を取り合う二人をタクトは納得するように眺めるのだった。タクトがふと腕時計を見ると彼のバイトの時間が迫っていた。
「二人共、悪い。俺今日バイトがあるから先に行く」
「あれ? タクト君今日はラビットハウスに来ないの?」
「ああ。今日は学校が早く終わるってバイト先に言ってあるんだ」
今日は稼ぎ時だとタクトは笑う。
「そうなんだ。じゃあまたねタクト君!」
「さようなら。タクト君。今度うちのお店にも来てね」
「ああ。機会があったら寄らせてもらうかな。じゃ、ココア、千夜。また明日」
タクトは手を振る二人を背に駆け足でバイト先に向かった。
タクトが向かった先は木組みの街のとある工事現場だった。目の前では新しい木組みの建物が建設中だった。男達が声を上げて作業をしている。
タクトはその中で厳つい顔つきをしてハチマキを着けた大柄の初老の男性に話しかけた。
「すみません力武さん。少し学校が長引いてしまいまして……」
「おお! アキヒロの坊主じゃねえか! 待ってたぞ! お前さんの分の仕事はちゃんと残してあるから安心しろよ! ガハハ!」
力武はドスの効いた声で言う。
タクトはそれに笑顔で応えた。
「ありがとうございます。少し着替えてきます」
「おう!」
タクトは人目につかないところで作業着に着替えて早速仕事を始めた。
彼の主な仕事は資材を運んだり、足場に乗って作業をしている人間に道具を届けることだ。タクト自身が直接建築に携わることはなく、専ら建築のサポートをしている。
そうこうして一時間が経過した頃、力武の指示で休憩になった。彼の差し入れで全員に缶コーヒーが配られた。
タクトが木材に腰掛けて休んでいると力武がやってきた。
「よう坊主! お疲れさん!」
「力武さんこそお疲れ様です」
力武はタクトの隣に腰掛けると自分の分の缶コーヒーを開けて飲み始めた。
タクトは彼に話しかける。
「差し入れありがとうございます。もう少しでこの建物も完成しますね」
「おうよ! この街にまた一つ俺達の手がけた物が建つ。これほど嬉しいことはないぜ!」
嬉しそうに語る力武を見てタクトも笑う。
「本当に嬉しそうですね」
「ガハハ! 当たり前よ! それもこれもあいつらと坊主のおかげだぜ!」
力武はそれぞれに休憩している男達を見てそう言った。
「いえ……俺は資材を運んだり、低所で片付けをするくらいなので……」
「謙遜するなよ! お前さんは十分にやってくれてるだろ。それに、たまに差し入れ持ってきてくれるじゃねえか! あれ仲間内で結構評判良いんだぜ! もちろん俺もな! この前のチーズをベーコンで包んだやつなんて酒が欲しくなったぞ!」
タクトはたまに差し入れとして様々な料理を作って持ってくる。最初はつい興が乗って作りすぎてしまった握り飯を差し入れとして仕事仲間に振舞ったのだが、そこそこ評判が良かったので今では気まぐれに作っているのだ。
「はは、あれは気まぐれに作った創作料理を味見していただいてるだけですよ。それに皆さんには住む場所を提供していただいたご恩がありますし」
タクトの住んでいる家は彼らが建てたのだ。タクトの父親が彼らに依頼して建ててもらったらしい。その際、建築費用を大きく割り引いてもらったとタクトは聞かされている。
タクトがそう言うと、力武は笑いながらタクトの背中を叩く。
そこそこ強かったのかタクトは少し顔をしかめた。
「そんなこと気にすんなって! それを言うなら、お前さんの親父さんには昔命を助けてもらったんだ! なんだったら豪邸を建ててやっても足りねぇくらいだぜ」
そう言って力武は自分の服をまくって腹をタクトに見せる。綺麗に六つに割れた腹筋の脇には大きな傷跡がある。まるで刃物で刺されたような傷跡が。
服を戻すと力武はポツリと話し始めた。
「八年くらい前だったか……俺はあの時、遅くまで酒を飲んですっかり出来上がっていた。家に帰ろうとした時にはもう周りは真っ暗になっていた。そんな中、路地を歩いていたら前から誰かが歩いてきたんだ。そいつとすれ違おうとしたら急に腹に激痛が走った。俺はその場に倒れてな、どんどん意識が遠のいていくのが嫌でもわかった。その時はもう俺は死ぬんだと思ったぜ……」
そこまで話して力武は缶コーヒーを一口飲んだ。
タクトは力武の話を息を呑んで聞く。
「……それで俺が次に目覚めた場所は病院のベッドの上だった。その時は何がなんだかわかんなかったが、病院の先生がある人を連れてきたんだ。そして、先生はこう言った。この人の応急処置がなかったらあなたはこの世には居なかった、と」
「……その応急処置をした人が――」
タクトがそう言うと力武は頷いた。
「そうだ。お前さんの親父さん、アキヒロだった」
「……」
「俺はアキヒロを見た瞬間泣いたよ……大の大人が声を出してな。今思い出すと赤っ恥もいいところだぜ」
力武は小さく笑った。
「それで俺はアキヒロに聞いたんだ。この借りはどう返せばいいか、ってな。そしたらアキヒロの奴はなんて言ったと思う?」
「……なんて言ったんですか?」
タクトが恐る恐るそう聞くと力武は笑って答えた。
「俺と飲み友達になってくれ、って言ったんだ。他に金とかあるだろ? ……でもあいつはそれ以外は言わなかった」
「……親父らしいですね」
「……ああ。あいつは本当に変わった奴だよ。俺が金を払おうとしたらアキヒロは決まってこう言った。自分に払うくらいなら奴の友人が経営してるバーで使ってやってくれ、ってな。後にも先にもあんな凄い人には出会ったことなかったな」
力武はそこまで話して立ち上がった。
それに続いてタクトも立ち上がる。
「……それで犯人はどうなったんですか?」
力武はため息を吐いて答えた。
「……結局見つからなかった。多分まだ捕まってないだろうよ」
「犯人の特徴とかは……」
「ガハハ! なんだ坊主、探偵ごっこか? ……特徴はわからん。あの時は暗闇だった上に突然なことだったからな。顔も見えなかったぞ。ただ、奴は俺を刺した時妙なことを言ってた気がするな」
「妙なこと?」
気になったタクトは聞いてみた。
「ああ。確か……やっと見つけた、とか言っていたな。俺は誰かの恨みを買うことなんざしてないと思うんだがな」
「……人違いでしょうか?」
「ガハハ! 馬鹿言うなよ。人違いで刺されるなんてことがあってたまるか! どうせ親父狩りかなんかに決まってる! ……さてと、そろそろ仕事再開するぞ!」
力武がそう言うと他の男達も立ち上がって気合いを入れる。皆それぞれの持ち場につき、作業を始めた。
力武も仕事に向かおうとするが、タクトはそれを呼び止めた。
「すみません、最後に親父の友人が経営してるバーの名前を教えてください」
「なんだ坊主、酒飲むのは成人してからにしろよ?」
力武の言葉にタクトは笑って首を横に振った。
「違いますよ。立ち寄る機会があったら挨拶しておきたいんです」
「なんだそう言うことか。それなら教えるぜ。いいか? 店の名前は――」
バイトが終わり、帰路についたタクトは先程の話を思い出していた。
「……もしかしたら世界は意外と狭いのかもな」
自分の父親が昔救った友人が今の自分の雇用主であり、父親とその友人達が語り合った場所が今では自分とその友人達との憩いの場になっている。そんな奇妙な繋がりは世界中探してもなかなか無いだろう。
――ラビットハウスという喫茶店はつくづく面白い場所だとタクトは小さく笑った。
今回はオリ主関係をチョロっと書いてみました。オリジナルの話を書くのは楽しいですけど少し大変ですね。
バイトの云々に関してはそこまで詳しくないので一生懸命調べながら書きました。そのためなんだこれ、と思う箇所もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。
力武(リキタケ)さんはオリキャラです。ごついです。