脱兎は木組みの街で何を想う   作:ライスonライス

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第六話 鮮やかなパンだっていいじゃない

 入学式のあった週の休日……のほんの数日前。タクトはいつものように学校帰りにラビットハウスに寄った。

 そしていつも通りラビットハウスのオリジナルブレンドを啜りながらリゼ達と話していると、ココアがふとこんなことを口にした。

 

「ねえ、ラビットハウスは看板メニューとかないの‍?」

「看板メニュー‍?」

 

 突拍子もないココアの言葉にリゼは首を傾げる。

 

「そう、看板メニュー! コーヒー以外にも何かあればもっとお客さん来るんじゃないかな?」

「コーヒー以外って……うちはフードも出してますよ?」

「そうじゃなくて……そのお店の目玉商品と言えばこれ! みたいのってあるでしょ‍? ラビットハウスでもそう言う感じにするの!」

 

 つまりココアはコーヒー以外に売りにできるようなメニューが欲しいと言っているのだ。話題になるようなメニューがあれば確かに集客力はあるだろう。

 

「へえ、面白そうだな!」

「でも、どんな商品を出すんですか?」

「チノちゃん。大きいオーブンとかある‍?」

「ありますよ。おじいちゃんが調子に乗って買った奴が」

 

 チノがそう言うとティッピーが恥ずかしそうに頬を染める。

 果たしていくらしたのか、そんな野暮なことはタクトには聞けなかった。

 

「……それで、何をするのですか?」

 

 チノに聞かれてココアは嬉しそうに笑う。まるで妹に頼られて喜ぶ姉のように。

 

「ふふふ……よく聞いてくれたね、チノちゃん。実は――」

「ココアの実家がパン屋で、パンを作りたくなったらしい」

「もー!! なんでタクト君が言っちゃうかな!‍?」

 

 タクトにセリフを奪われココアは頬を膨らませて抗議するが、タクトは素知らぬ顔でコーヒーを啜る。

 

「パンか……いいな!」

「いいですね。焼きたてのパンって美味しそうです」

「でしょ! じゃあ今度の休みの日に皆で看板メニュー開発しない‍? タクト君も!」

 

 急に話題に上がりタクトは少し驚いた。

 

「俺もか‍?」

「当たり前だよ! 友達なんだから!」

「そうだな。それに常連客の意見も欲しいしな」

「一緒にやりましょう? タクトさん」

 

 彼女達の誘いにタクトは若干のこそばゆさを感じながら首を縦に振った。

 

 

 

 ということがあり、休日。タクトはパンに入れる材料をスーパーで購入してからラビットハウスに向かった。

 店の扉を開けると既にこの日のメンバーが集まっていた。

 

「あ! タクト君!」

 

 いつものラビットハウスの従業員に加え千夜も来ている。全員既にエプロンを着用しており、いつでも厨房に入れるようだった。

 

「悪いな。少し遅かったか‍?」

「ううん、千夜ちゃんがさっき来て今紹介したとこだよ!」

 

 タクトが千夜の方を見てみるともう仲良くなったのかリゼやチノと話していたようだ。

 

「それじゃあタクト君も来たし、パン作りを始めよう!」

 

 ココアの号令で全員で厨房に移動する。

 

 厨房には既に小麦粉や麺棒などのパン作りに必要な道具が用意されていた。

 

「タクトのエプロン姿って新鮮だな」

「そうですね。私も初めて見ました。不思議な感じです」

 

 リゼとチノはタクトが着けている黒のワンショルダーエプロンを物珍しそうに見る。これは彼が家から持ってきたマイエプロンだ。彼曰く右肩が動かしやすくて気に入っている、とのこと。

 

「そうか‍? その辺に売ってるエプロンだと思うが……」

「エプロンについて言ってる訳じゃないと思うのだけど……」

 

 タクトのボケなのかよくわからない発言に千夜は反応に困ったようにつぶやいた。

 

「それよりも俺はココアが本当にパンを作れるのが意外だと思ったが」

「あー確かに」

「えへへ……それほどでもないよ……」

「褒められてないと思いますが……」

 

 こちらではココアがチノにつっこまれていた。

 褒められたと勘違いして照れていたココアだったが、麺棒を持つと目の色が変わった。

 

「皆! パン作りをなめちゃいけないよ! 少しのミスが完成度を左右する、戦いなんだから!」

「お、おお……! ココアが珍しく燃えている……! このオーラ……まるで歴戦の戦士だ……!」

 

 その様子を見ていたリゼと千夜も感化されたのか、気合いを入れる。厨房の気温が若干上がった気がした。

 

「よし! 今日はお前に教官を任せた! よろしく頼む」

「サー! イエッサー!」

「私も仲間に……!」

 

 それにしてもこの三人ノリノリである。

 そんな彼女達を見てチノは鬱陶しそうにつぶやく。

 

「暑苦しいです……」

「俺とチノはこっちで頑張ろうか」

 

 タクトはチノが熱中症にならないように隣りに避難させた。

 

「それじゃあ、各自パンに入れたいもの提出!」

 

 ココア、千夜、チノは自分の持ってきた食材を自信満々に調理台に並べていく。

 

「私は焼きそばパンならぬ焼きうどんパンを作ってみるよ!」

「私は自家製の小豆と梅と海苔を持ってきたわ」

「冷蔵庫にイクラと鮭、それから納豆とごま昆布がありました」

 

 彼女達が出したのはパンの材料と言うよりもおかずに近いラインナップだった。

 

「なあタクト……これってパン作りだよな……‍?」

 

 イチゴジャムとマーマレードを両手に持ったリゼはこいつらは一体何を作るのか、とでも言いたげな顔をしている。

 材料を出し終わった彼女達は最後にタクトを見る。心配するような面持ちで。

 

「俺はこれを持ってきた」

 

 そう言って彼が取り出したものは、バナナ、板チョコ、牛乳など割と普通の食材だった。

 それらを見た他の四人は安堵のため息をつく。

 

「なんだ、お前にしては随分と普通――」

「ああ、それからこれも」

 

 彼が取り出したものを見て硬直する四人。

 

「なんか……」

「凄く鮮やかな緑で……」

「ゴツゴツしてますね……」

「な、なあタクト……それって……」

 

 タクトが最後に取り出したもの……それは、

 

「ああ。ゴーヤだ」

「なんで!‍?」

 

 ゴーヤだった。熱帯アジア原産のウリ科の植物で、果肉は強烈な苦味があることから別名ニガウリとも呼ばれる野菜界の異端児、ゴーヤだ。日本の暖かい地域では豆腐などと一緒に炒めて食されることがある、あのゴーヤだ。

 

「いや、今夜はゴーヤチャンプルーにしようと思って」

「なんで今出したの!‍?」

「まるごとゴーヤパン……語呂がいいよな」

「まるごと入れる気なの!‍?」

「……」

「冗談って言わないんですか!‍?」

「……冗談か‍?」

「なんで疑問系なんだ!‍?」

「ふっ……冗談だ」

 

 タクトは満足した顔でゴーヤを袋にしまうと、少し考えてから言った。

 

「……少しだけやってみようか」

「お願いだからやめて!‍?」

 

 他の四人から懇願されて渋々ゴーヤをしまうタクトだった。

 

 

 

「はぁ……なんかもう色々と疲れたけど、気を取り直してやるよ! まずは強力粉とドライイーストを混ぜて……」

 

 ココアがボールに強力粉を入れる。

 

「ドライイーストって確か、パンをふっくらさせるんですよね?」

「そうそう! よく知ってるねチノちゃん! 偉い偉い! 乾燥した酵母菌なんだよ」

「こうぼきん……‍? 攻歩菌……」

 

 ココアに頭を撫でられ気持ちよさそうにするチノだったが、酵母菌という言葉を聞いて何やら震える。

 

「そ、そんな危険な物入れるくらいならパサパサのパンで我慢します!」

 

 どうやら菌と聞いて危ない物だと思ったようだ。

 

「はい、ドライイースト」

「ああ……」

 

 そんな事情を知らないココアはさっさと強力粉にドライイーストを入れる。

 そしてそこに水を加え、こねていく。

 

 タクト達もココアと同じように材料を混ぜ、生地をこねていく。徐々に生地に弾力がついてきて力が必要になってくる。

 

「ふぅ……パンをこねるのって凄く体力を使うんですね……」

 

 チノが言うようにパンをこねるのはなかなか大変な作業だ。最も、彼女はティッピーを頭に乗せつつの作業だが。

 

「私も……腕がもう動かない……」

 

 千夜が疲れたように腕を回す。彼女は元々の体力が低いようで、チノより疲れているようだ。

 ココアは流石パン屋の娘といったところか、疲れている様子を見せない。

 

「結構、力がいるよな。リゼは……大丈夫だな」

「な、なぜ決めつけた?」

 

 力作業に慣れているタクトはともかく、リゼもパン作り初心者のはずだが一切の疲れを見せない。これが普通の女の子が為せる業なのかは定かではない。

 

「千夜、大丈夫‍か? ゴーヤあるぞ?」

「うーん……ゴーヤはいらないかな……」

「そうか。きつかったら無理するなよ‍?」

「ありがとうタクト君」

 

 タクトが千夜を気にかけると、千夜は何かを決意して腕をまくる。

 

「……ここで折れたら武士の恥ぜよ! 生きてる訳にはいかんきん!」

 

 千夜に幕末に活躍していそうな偉人が憑依したところでココアが手を止めた。

 

「そろそろいいかな‍? モチモチしてて凄く可愛いでしょ!」

 

 生地を我が子のように撫でながらそう言う彼女からはパンに対する愛が溢れていた。

 

「それじゃあ生地を丸めて、そのまま一時間くらい寝かすよ!」

 

 

 

 一時間後、酵母菌の働きにより生地が膨らんだ。

 チノは一時間前の倍近くまで大きくなったパン生地を見て驚いている。

 

「大きくなってます……!」

「すごいでしょ! じゃあ次はこれを好きな形にしていくよ!」

 

 ココアの指示でパン生地を分割し、それぞれ思い思いの形に仕上げていく。

 

「チノちゃんはどんな形にしたの‍?」

「おじいちゃんです。小さい頃から遊んでもらってたので……」

 

 祖父想いの孫にチノの頭の上のティッピーは嬉しそうに照れる。

 例え外見がウサギになったとしても中身はチノの祖父なのだ。

 

「おじいちゃんっ子なのね」

「コーヒーを入れる姿は尊敬していました」

 

 タクトも生前のマスターのコーヒー入れは何度も見て、味わってきた。

 故に、彼もまたマスターのことを尊敬していた。

 

 生地の成形も終わり、後は焼くだけになった。

 各々が作ったパンをクッキングシートを引いたトレーに並べる。それを十分に暖まったオーブンに入れて、

 

「では、これからおじいちゃんを焼きます」

 

 焼く。

 チノの無意識な火葬宣言にティッピーが慌てていた以外には何も問題はなかった。

 

 パンが焼き上がるまで時間があるのでタクトは持ってきた材料で何かを作ろうと考えた。

 

「チノ、コンロと鍋借りてもいいか‍?」

「いいですよ。何か作るんですか?」

「ああ。ちょっとな」

 

 タクトはチノに教えられた場所からいくつかの調理道具を取り出した。

 リゼが不安げな顔でタクトに聞く。

 

「まさかゴーヤを使うのか……‍?」

「それはそれで魅力的だが、今回は使わない」

「今回は、ってなんだ」

 

 タクトは少し残念そうな顔をしながら使う食材を並べていく。

 リゼが何かを言っているようだが気にしない。

 

「バナナと板チョコと牛乳……チョコバナナですか?」

「惜しい。見てればわかると思う」

 

 タクトはチノの質問に答えつつ、バナナを包丁で輪切りにする。

 ついでにここで板チョコも細かく刻んでおく。

 バナナを鍋に移し、砂糖と牛乳を少しずつ加えながら木ベラで潰していく。

 少し緩めのペースト状になったところでそれを弱火にかける。

 ある程度鍋が温まったら刻んでおいたチョコを加えて溶かしていく。

 

「後は焦げないように混ぜながら煮詰めるだけだ」

「いい香り!」

「本当ねー」

 

 甘い香りに誘われてココアと千夜が鍋を覗きに来た。

 

「タクト君って本当に料理ができたんだね! 凄い! 千夜ちゃんもそう思うよね‍?」

「そ、そうね……」

「……ココアは無意識に喧嘩を売るのが得意だな」

 

 これがわざとではないので困る、とタクトは呆れ気味にため息をつく。

 そんな二人の様子を見て千夜は苦笑いをする。

 するとどうやらチノはタクトが何を作っているか気づいたようだ。

 

「あ、わかりました。ジャムですね?」

「正解。チョコバナナジャムだ。パンにはもってこいだろう」

「へえ、ジャムってバナナでも作れるのか」

「まあ、厳密に言えばジャムと言うよりはピーナツバターに近いな」

 

 しばらくして鍋の表面に小さな気泡が出来てきたところで火を止める。

 そして最後に粗熱を取ればチョコバナナジャムの完成である。

 それと同時にパンも焼き上がったらしくオーブンからチーンと景気のいい音がした。

 

「こっちもできたよ!」

 

 ココアがオーブンからトレーを取り出すと、小麦の焼ける香ばしい香りが厨房を包み込んだ。

 

「いい香りね〜」

「美味しそうです」

「これは良さそうだな!」

「じゃあ、早速食べてみよう!」

 

 タクト達はいただきますの声と共に焼きたてのパンにかじりついた。

 その瞬間、フワフワとした食感と小麦の旨みが口いっぱいに広がる。

 

「美味しい!」

「ふかふかです」

「これなら看板メニューに出来そうだね!」

 

 確かにこの出来栄えなら店に置いても文句なしだろう。

 

「この焼きうどんパン!」

「この梅干しパン」

「この焦げたおじいちゃん」

 

 趣向は若干、と言うよりかなり偏るだろうが恐らく問題ない。

 

「どれも微妙に食欲をそそらないな……」

 

 どうやらリゼには合いそうにないらしい。

 

「俺の作ったジャムはなかなかパンに合うな」

「ちょっと貰っていいか‍?」

「ああいいぞ。皆も食べてみるか?」

 

 タクトがチョコバナナジャムの入った鍋を調理台の真ん中に置くと、四人はそれぞれパンに塗って食べる。

 

「これは……」

「バナナの上品な甘さとビターチョコレートのほろ苦い風味がよく合うわ」

「美味しいです」

「これも看板メニューに出来そう! 凄いよタクト君!」

 

 それぞれがジャムの感想を述べていき、最終的にはラビットハウスのメニュー候補に挙げられた。

 タクトは予想以上の反応に照れるように頬をかいた。

 

「よーし! 私も負けてられないよ! ということでティッピーパンも作ってみたんだ! これも食べてみて!」

 

 ココアが取り出したのはティッピーを形取ったパンだった。

 チノがそのうちの一つを手に取った。

 

「モチモチしてる……」

「えへへ……美味しく出来てるといいんだけど……」

 

 そして一斉にティッピーパンにかじりついた。

 

「あ!」

「これは……」

「中身はリゼちゃんが持ってきたイチゴジャムを使ってみたよ! 美味しいね!」

「あ、ああ。でも……」

 

 イチゴジャムとパンの相性は今更言うまでもないだろう。しかし、一つだけ問題があった。

 

「なんかエグいな……」

 

 かじりついた箇所からだけでなく、ティッピーパンの目や口と言った場所から赤いイチゴジャムが溢れてくる。

 その見た目はなんとも言い難い物がある。

 

 結局主な看板メニューは特に決まらなかったがラビットハウスの新メニューとしてココアの焼いたパンと、タクトがレシピを残したチョコバナナジャムが加わった。

 

 余談だが、タクトは自分の家の小さいオーブンでゴーヤパンを作ってみたらしい。

 彼曰く見た目は鮮やかだったが流石にゴーヤをまるごとというのは良くなかった、とのこと。




今回出てきたチョコバナナジャムは俺が幼少の頃作ったバナナケーキから着想を得ました。
なお、これは実際に作ったことはありませんので、味はわかりません。多分うまいだろうという勝手な妄想による物ですので、どうかご理解ください。
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