ラビットハウスの看板メニュー開発の後日、天気も良く、バイトも休みであるタクト達は街を歩いていた。
「千夜ちゃんの話だとこの辺だと思うんだけど……」
「また迷ったのか?」
「……タクト君って結構失礼だよね?」
「そうか?」
ココアからジト目で見られながらタクトがこの木組みの街を歩いているのには訳がある。
先日のパン作りでお世話になったお礼に、と千夜が働いている喫茶店に招待されたのだ。
なので、こうしてラビットハウスの顔ぶれと共にその喫茶店を目指しているという訳だ。
「なんて名前の喫茶店なんですか?」
「確か……甘兎、だったかな?」
「甘兎とな!?」
甘兎という言葉を聞いた途端チノが、と言うより彼女の頭の上のティッピーが声を上げる。
彼の中身はチノの祖父だ。彼の生前にラビットハウスと千夜の喫茶店とで何かあったのだろうか。
「チノちゃん知ってるの?」
「おじいちゃんの時代に張り合っていたお店だと聞きます」
どうやらラビットハウスのライバル店だったらしい。どうりで先程からティッピーが何やら険しい表情をしている訳だ、とタクトは頷く。
間も無くして一つの甘味処と思われる店に着いた。
「ここじゃないか? 看板だけやたら渋いな」
リゼの言う通り店の外観は周囲の建物に合うような西欧チックな佇まいだが、店に掲げられた木製の看板だけは歴史を感じさせるような体裁である。
「……おれ、うさぎ、あまい?」
どうやらココアは看板の文字を左から読んだようだ。その上庵と俺の文字が混同したらしく、謎のスウィートラビット宣言をした。
「……甘兎庵な」
リゼの訂正が果たしてココアの耳に入ったのかはさておき、一行は甘兎庵のドアをくぐった。
「あら? 皆、いらっしゃい」
店に入ると着物姿の千夜が四人を出迎えた。
「あ! その服、お店の制服だったんだ! 初めて会った時もその格好だったよね」
「ああ、言われてみれば」
「あの時はお仕事でお得意様に羊羹を配った帰りだったの」
それであの時羊羹を持っていたのかとタクトは納得した。
「そうだったんだ! あの羊羹美味しくて三本もいけちゃったよ」
「三本まるごと食ったのか!?」
「そう言えば栗羊羹のカロリーはどのくらいなんだろうな」
「……」
タクトのつぶやきを聞いた瞬間にココアは笑顔のまま硬直した。なんとも奇妙な光景である。
「一般的な羊羹自体がカロリーの塊のようなもので、そこに栗が――わかった。この話はやめるからそんな目で見ないでくれ」
栗羊羹について推察するタクトにココアはやめてくれと懇願せんばかりの視線を送る。
「……タクトってなかなか容赦ないよな」
「ふふ、うちの栗羊羹はカロリーと糖質を抑えているから大丈夫よ?」
「本当……?」
「ええ」
「そっか! なら大丈夫だね!」
「変わり身早いな!」
「あ! ウサギだ!」
早くも立ち直ったココアは店の中央の小さなテーブルに座っている王冠を被った黒いウサギの置き物に目をつけた。
「看板ウサギのあんこよ」
「本物なのか?」
「もちろん」
訂正、どうやら置き物ではなく本物のウサギのようだ。
皆で近づいても微動だにしない。
「置き物かと思ったぞ」
「あんこは余程のことがないと動かないのよね」
千夜がそう言った矢先に、あんこがチノを――チノの頭の上のティッピーを目掛けて飛びついた。
「チノちゃん!?」
それに驚いたチノは倒れそうになったが、タクトが支えたので無事だった。
「大丈夫か?」
「は、はい。びっくりしました」
「のわあああああ!?」
チノは無事だったがティッピーはあんこにロックオンされてしまったようだ。
「縄張り意識が働いたのか?」
「いえ、あれは一目惚れしちゃったのね」
「一目惚れ?」
チノが千夜にそう聞き返すと彼女は手でハートを作る。
「あの子恥ずかしがり屋君だと思ってたのに、あれは本気ね」
「あれ? ティッピーって雄じゃないの?」
「ティッピーは雌ですよ。中身は違いますが……」
衝撃の事実が発覚した。どうやらティッピーは雌だったらしい。
タクトは彼、改め彼女の中身を知っているので余計に驚いた。
「助けてくれえええ!!」
ウサギになってウサギに恋愛対象として追いかけられるのはどういう気分なのだろうか。タクトはあんこから逃げるティッピーを見ながら今度聞いてみようと思うのだった。
四人は千夜に案内されたテーブルに腰を下ろした。
すると、千夜が店の奥からお盆を持ってやってきた。お盆には人数分の茶碗が見える。
「この前ココアちゃんのラテアートを見て抹茶でもやってみたの」
彼女がタクト達に出した抹茶には見事な大和絵が描かれていた。
「北斎様に憧れていて……」
「浮世絵?」
「それと、はい」
続いて彼女が出した抹茶には川柳がしたためられていた。
――ココアちゃん、どうして今日は、おさげやきん。
本日のココアの髪型はおさげだ。恐らくチノとおそろいにしたかったのだろう。
「この前のタクト君の詠んだ俳句を聞いてから芭蕉様にも憧れていて……」
「ああ、入学式の日のやつか」
「ええ。タクト君、あの一句は見事だったわ!」
千夜はタクトに向かって親指を立てた。
リゼとチノは何のことかわからないという顔をしていたが、ココアはなんとも言えない表情を浮かべていた。
「後、お品書きよ」
渡されたお品書きを見たチノとリゼは頭にはてなマークを浮かべている。
「煌めく三宝珠、雪原の赤宝石、海に写る月と星々……なんだこの漫画の必殺技みたいなメニューは……」
しかし、タクトとココアだけは違ったようだ。
「わー! 抹茶パフェもいいし、クリームあんみつも白玉も捨てがたいなあ!」
「いちご大福と三色団子……どちらにするか迷うな」
「なぜわかる!?」
どうやら二人にはこれらのメニューがちゃんと読めるらしい。
「千夜さんとココアさん、タクトさんは感性が似ているのでしょうか?」
「ふっ……チノは冗談を言うのがうまいな」
「やっぱりタクト君って失礼だよね!?」
「冗談言うのがうまいのはタクト君でしょ!」
「つっこむところそこか!?」
目の前で漫才を繰り広げる四人を見てチノは呆れたように言った。
「注文しましょう……」
「そうだった! それじゃあ私は、黄金の鯱スペシャルで!」
「俺は雪原の赤宝石を」
「私は……よくわからないけど、海に写る月と星々で」
「花の都三つ子の宝石で」
「はーい、じゃあちょっと待っててね」
千夜は注文を受け店の奥へと消えていった。
その後ろ姿を見ながらココアがつぶやく。
「和服っておしとやかって感じがするよね」
ふとリゼの方を見てみるとぼんやりと千夜が向かった先を見つめていた。
もしかしたら着物が気になっているのかもしれない。
「着てみたいんですか?」
「あ、いや! そういう訳じゃ……」
「良いじゃん! リゼちゃんなら似合うよ!」
「そ、そうかな……?」
リゼは目に見えて照れている。
そこで、タクトは想像してみた。着物を着て、振り返りながら肩をはだけさせるリゼの姿を。
「……かなり艶っぽいな」
「艶っぽいって……ば、ばばば、馬鹿!! お前は本当に何を想像したんだ!?」
「すまない、俺が悪かった。だからその手を離してくれ」
顔を赤くしたリゼに首を掴まれて前後に揺すられながら、タクトは何か既視感があるなと思いつつ意識が薄れていくのを感じ取った。
しかし救世主は現れた。
「お待ちどうさま……あら? リゼちゃんは新しいツッコミの練習中?」
「ち、違う!」
「げほっ……助かった、千夜」
タクトは咳き込みながらも一命を取り留めた。
心なしかココアとチノからの視線が冷たい気がしたが、彼の心はダイヤのように硬いのでなんの問題もない。ハンマーで叩いたら割れるということはない。絶対にない。
「はい、リゼちゃんは海に映る月と星々ね」
「へえ、白玉栗ぜんざいだったのか」
「チノちゃんは花の都三つ子の宝石ね」
「あんみつにお団子が刺さってます!」
「タクト君は雪原の赤宝石ね」
「結局いちご大福にしたんだね!」
「ああ」
「ココアちゃんは黄金の鯱スペシャルね」
「おお……!」
ココアが頼んだ物は一番インパクトがあった。
あんみつに白玉と抹茶ソフトを乗せたい焼きを鯱に見立てたパフェのような物だった。
「たい焼きが鯱って無理がないか?」
「遠目に見ればそれっぽいからセーフだ」
「ふふ、さあ召し上がれ」
タクト達はいただきますの一声と共に自分の頼んだ物を口に運んだ。
「んー……! 美味しい!」
「このお団子、桜の風味が……!」
「大福も小豆の甘さがイチゴの爽やかさとよく合うな」
それぞれがあまりの美味しさに驚いている。リゼに至っては黙々とぜんざいを口に放り込んでいる。
「あんこは栗羊羹ね」
いつの間にか定位置に戻っているあんこは千夜に栗羊羹を与えられたが、それには手をつけずこちらを見ている。
「ん? どうしたの?」
「こっちのを食べたいのでしょうか?」
「しょうがないなー、ちょっとだけだよ? その代わり、後でモフモフさせてね?」
ココアがあんこの方にスプーンを向けるが、彼は本体に真っ直ぐ飛び込んできた。
「本体まっしぐら!?」
「あらあら」
千夜があんこを抱き抱え元の位置に戻した。
ココアは何事も無かったかのようにパフェの続きを食べ始め、満足そうな顔をする。
「それにしてもこのぜんざい本当に美味しいな」
「うちもこのくらいやらないとダメですね……」
チノは目の前のあんみつを食べながらむむむと唸る。
すると千夜が手を合わせて提案してきた。
「それならラビットハウスさんとコラボなんてどうかしら? コーヒーあんみつとか!」
それを聞いてココアは目を輝かせた。
「いいね! タオルやトートバッグなんてどうかな?」
「私はマグカップが欲しいです」
タクトは料理じゃないのかと心の中でツッコミを入れるが、すぐにバッグやマグカップは実用性はあるので案外悪くないかもしれないという思考に移っていた。
彼は一人暮らしなのでそういう物への執着はあるのだ。
出された物を食べ終え、千夜も入れ五人で談笑していると不意にココアがチノにこんなことを言った。
「そう言えばチノちゃんはあんこには触らないの?」
チノは残念そうな表情であんこを見つめている。
「チノはティッピー以外の動物が懐かないらしいんだ」
その話を聞いてタクトは頷き、立ち上がった。
彼は中央の小さなテーブルに近づき、あんこを抱き抱え戻ってきた。
「大丈夫だ」
そしてそれをチノに差し出し笑って頷く。
「……」
チノは恐る恐る手を伸ばす。ゆっくり、ゆっくりとあんこに近づきそして、
「……!」
指先があんこの耳に触れる。ぴくりと揺れるそれにチノは驚くが、今度はあんこの背中を撫でてみる。
タクトの腕の中のあんこはチノに触られても逃げることは無く、されるがままになっている。
そんな彼を見てチノは意を決してタクトからあんこを受け取ると、ぎゅっと優しく抱きしめる。
「凄い! もうこんなに仲良く……!」
そして、チノはぽんとあんこを頭の上に乗せる。彼女は満足そうだ。
「頭に乗っけないと気が済まないのか!?」
人のアイデンティティにツッコミを入れるのは野暮というものだろう。
「良かったな、チノ」
「は、はい! 私、触れました!」
嬉しそうに笑うチノを見てタクトも微笑む。
「た、タクト君にチノちゃん取られる……!」
周りから見れば兄妹だと言われても何の違和感もないその光景にココアは言い知れぬ焦燥感に駆られていた。
しばらく話に夢中になっていたが、窓から外を見てみると空が赤みがかっていた。
「じゃあそろそろお暇するか」
「皆さん、また来てくださいね」
帰る用意をして立ち上がるとココアがふと言った。
「私の下宿先がラビットハウスじゃなくて千夜ちゃんの家だったら、ここでお手伝いさせて貰っていたのかな?」
すると千夜は笑顔でココアの手を取る。
「今からでも来てくれていいのよ? 従業員は常時募集中だもの」
「それいいな」
「同じ喫茶店だからすぐ慣れますね」
どうやらリゼとチノはココアの転職に反対意見はないようだ。
「じゃあ早速荷物をまとめて来てね! 部屋は空けておくから」
「誰か止めてよ!」
タクトはあくまでも客の立場なのでとりあえず黙っておくことにした。
「千夜ちゃんまたね!」
「ごちそうさまでした」
「またな!」
「ごちそうさま、またな」
店を出た四人は見送りに出てきた千夜に手を振る。
彼女もそれに応える。
そして帰り道。
ココアがしみじみと呟いた。
「昔はあのお店とライバルだったんだね」
「今はそんなこと関係ないですけどね」
昔は競い合っていた二つが時が経ち、いさかいも無くなるというのはよくある話である。
タクトは自分と父親とを当てはめてみて小さく笑った。
「ん? どうしたんだ? タクト」
「……いや、なんでも無い。時間というのは偉大だと思っただけだ」
「ははは、なんだそれ」
そう。時間というのは偉大だ。どんなものでも時間が経てば自然と馴染んでしまうのだ。
例えば、チノの頭に乗っているウサギが白い毛玉ではなく王冠を被った黒いウサギだったとしても、慣れてしまえば些細な違いなのだ。
タクト以外がこのことに気づくのはチノとココアがラビットハウスに帰った時のことだった。
和菓子では芋羊羹が好きです。と言うより芋系の菓子は基本的に好きです。
芋羊羹を甘兎庵風に言うとしたら『大地から授かりし黄金箱』あたりでしょうか。あのネーミングセンスは俺も見習いたいものです。
お気に入り登録、たくさんのUAありがとうございます。リアルでダブルガッツポーズしました。