新学期が始まってから何日かが経ち、ココアもラビットハウスでの仕事に慣れてきたようだ。
この日は、と言うよりもいつも通り閑古鳥が鳴くこの店では常連客を交えたコーヒーブレイクが取られていた。
「……美味い」
「本当だねー。私もチノちゃんが入れてくれたコーヒーを飲んでから癖になっちゃった」
タクトがコーヒーを啜って一言、ココアもそれに同調した。
「……ココアさんは味の違いがわからないじゃないですか。それじゃあただのカフェイン中毒ですよ。それと仕事してください」
どうやら言葉に綾があったようだ。コーヒーブレイクを取っているのはココアだけだったらしい。見るとチノはカウンターでカップを拭き、リゼは店内を軽く掃除している。
一方で自主休憩を取っているココアは手に持っているコーヒーカップを眺めていた。
「そう言えばラビットハウスのカップってシンプルだよね」
確かに彼女が言うようにこの店のコーヒーカップはほとんどが無地である。
ラビットハウスはコーヒーは拘っているが容器はそうでもないらしい。
「シンプルイズベストです」
「もっといろんな物があったらきっと皆楽しいよ? そうだ! 今度皆でカップを見に行こうよ! この前面白いカップを見つけたんだ!」
「へえ、どんな?」
リゼがそう聞くとココアは嬉しそうに答える。
「えっとね……ロウソクが立っててなんかいい匂いがするの」
どうやらアロマキャンドル用のカップのことを言っているようだ。
保登家ではキャンドルホルダーで飲み物を飲む慣わしでもあるのだろうか。
「キャンドルホルダーでコーヒーというのもなかなか乙だな」
「お前は何を言っているんだ」
どうやら違ったらしい。
ということがあり学校があった日の放課後、タクト達は一旦ラビットハウスに集まってからカップを見に行くことにした。
そして彼らがやって来たのは陶器を専門に扱っている店だった。
「わー! 可愛いカップがいっぱい!」
「あんまりはしゃぐなよ」
店に入るなりココアは子犬のようにはしゃぎだした。
それをリゼが咎めるがそのほんの数秒後、つまづいたココアが店の棚に頭突きをかました。
衝撃で棚の上から写真立てが落ちてくる。
それをチノがキャッチし、倒れそうになるココアをリゼが抱きとめる。
そしてココアに一番近い位置に居たタクトはというと、彼女は予想を裏切らないな、と関心しながら携帯の写真機能でその光景を収めていた。
「よし」
「よしじゃない」
「よしじゃないです」
二人はなにやら不満があるらしいがタクトはとりあえずスルーした。
「えへへ……ごめんね……あ!」
少し赤くなった額を撫でながらココアは二人に謝罪をするが、彼女の意識はすぐにチノの持っている写真立てへと向けられた。
写真の中にはカップの中からひょこっと顔を出すウサギが収められていた。
「可愛いね! うちもティッピーでやれば注目度アップだよ!」
「そんな大きなカップあるわけ……」
「ありました」
「あった!?」
チノが両手で抱えるようにして持ってきたのは、ティッピーがちょうど収まりそうなくらい大きいカップだった。
実用と言うよりはインテリア色が強いそのカップに早速ティッピーを入れてみた。
「なんか……」
「違いますね……」
「……」
「タクト、無言で割り箸を構えるのはやめろ」
茶碗のようなデザインのカップに入る真っ白でモフモフなティッピー、どこからどう見ても大盛りの白米にしか見えなかった。
白米を放置し、改めてラビットハウスの新しいカップを探していると、ココアが一つのカップに目をつけた。
「あ! これなんか良いかも……」
彼女が手を伸ばしてそれに触れようとすると、誰かの手と重なった。
「あ……」
「その……」
互いに恥ずかしそうに見つめ合う。
それは偶然の出会いだったが運命においては必然だったのかもしれない、と言うようなナレーションが入りそうな光景をチノ達は遠目に見ていた。
「このシチュエーション漫画で見たことあります」
「よく恋愛に発展するよな」
「確か百合展開、って言うんですよね」
思い出すようにチノが言う。
純粋な心を持つチノの口から出たその言葉にリゼは凍りついた。
「……一応聞くけど、どこで知ったんだ?」
「この前タクトさんが教えてくれました」
「タクト、後でココアも交えてお話しような?」
店から出ようとするタクトの肩を掴み、笑顔でリゼはそう言った。
嗚呼哀れ、タクトの冒険はここで終わってしまうようだ。
「り、リゼ先輩!? ど、どうしてここに……?」
ココアと手を重ね合った、金髪の少女がこちらの存在に気づいたようだ。
「あれ、シャロじゃん。バイト先の喫茶店で使うカップを買いに来たんだよ」
リゼも相手のことを知っているらしく、相手の名前を言う。
「知り合いですか?」
「ああ。学校の後輩のシャロだよ。ココア達と同い年」
「え? リゼちゃんって年上だったの?」
「今更!?」
どうやら同い年だと思っていたらしい。
そんなココアを尻目にシャロと呼ばれた金髪の少女はタクトをじっと見つめる。
「それとあなたもどこかで会ったような……」
「俺か?」
シャロはしばらくタクトを観察してから思い出したように声を上げた。
「……あー! 思い出したわ! あの時の!」
「……すまないがどうも思い出せない」
「私は忘れないわよ! あなたの嫌がらせを!」
彼女は恨めしそうにタクトを睨む。
タクトはそんな彼女をなだめて鞄から何かを取り出して彼女に渡した。
「まあまあ落ち着いて。今日はナスをあげよう」
「あ、ありがとう……って、あなた絶対に覚えてるでしょ!?」
「というかなんでナスを携帯してるんだ!?」
「やるな、二人共」
流石は同じ学校に通うだけのことがある。見事なツッコミを繰り出した二人にタクトは称賛の声を贈った。
「ところでタクトさんはシャロさんといつ知り合ったんですか?」
「そう言えばそうだよね。二人は学年も学校も違うよね?」
チノとココアは不思議と言った様子で二人に尋ねる。
「そ、それは暴漢から――」
「ウサギにカツアゲされているところを助けたんだ」
「私の時と同じ!?」
「せめて最後まで言わせて!」
どうやらリゼとの出会いもタクトと似たような状況だったらしい。
同じことを繰り返すとは、ひょっとしてギャグでやっているのだろうか。だとすれば素晴らしい芸人魂だ、とタクトは感心する。
一方でシャロは慌てるように近くにあったカップを手に取る。
「ほ、ほら。このティーカップとかどう?」
「話を誤魔化そうとしてますね」
「ち、違うの! ほら見て、この広くて浅い形。香りがよく広がるの」
彼女が取ったカップをチノは近くで見てみる。
「へえ、カップによって色々違うんですね」
「こっちのカップは持ち手の触り心地が工夫されているのよ」
ココアは差し出されたカップの持ち手を指で撫でてみる。
「あ、本当だ! 気持ちいい!」
「でも、うちの喫茶店はコーヒーがメインだからカップもコーヒー用じゃないとな」
リゼの言う通り、シャロが紹介したそれらは全てコーヒーではなく紅茶のカップだった。残念ながらラビットハウスでは紅茶は取り扱っていない。
「そうなんですか!? リゼ先輩のバイト先行ってみたかったのに……」
彼女は残念そうに言う。
もしかしてコーヒーが苦手なのだろうか。
「コーヒーが苦手なの?」
「苦手と言うか……カフェインを摂りすぎると異常なテンションになるらしいの……自分じゃよくわからないんだけど……」
コーヒー酔いというものだろうか。それなら仕方がない、とタクトは頷いて鞄の中から何かを取り出してシャロに渡した。
「それは残念だな。飲むか?」
「ありがとう……って、これ缶コーヒーじゃないのよ!」
「安心してくれ。ミルクと砂糖のまろやか仕立てだ」
「なんだ、なら安心……って、違うわよ! カフェインがダメなの!」
「そう言えば最近はノンカフェインというのもあるよな」
「今言ってもこれはインカフェインのままよ!!」
「うまいな」
「うまくない!!」
「まあ、落ち着いて。タマネギをあげよう」
「なんで持ってるの!?」
なんとキレのあるツッコミの数々だろうか。もしかしたら彼女は先天的なツッコミ属性があるのかもしれない。
腕を組んで頷くタクトを見ながらシャロはため息をついた。
「はぁ……あなたを見てると知り合いのことを思い出すわ……」
「まあ……あれだ。飲めなくてもいいから遊びに来なよ」
「は、はい!」
シャロは嬉しそうに頷いた。
ラビットハウスは懐の深い店である。どんな人でも気兼ねなく訪れることが出来るのがこの店の最大の長所だろう。
その後もゆったりとカップを見ていたが、やがてココアが本題を逸れマイマグカップを探し始めていた。
「チノちゃん、これお揃いのマグカップだよ! 買おうよ!」
「私物を買いに来た訳じゃないですよ……」
ペアのマグカップの前で話しているチノとココアを、リゼはなにやら羨ましそうに眺めていた。
さらにその光景をシャロが心配そうに見つめている。
そこでタクトはシャロに話しかけた。手にペアのマグカップを持って。
「シャロ。リゼとこれを買ってやったらどうだ?」
「え? でも……」
戸惑うシャロにタクトは優しく微笑みかけた。
「大丈夫だ。リゼなら一緒に買ってくれる」
「そう……かな?」
「ああ」
するとシャロは少し考えて笑った。
「……ありがとう。言ってみるわ」
彼女はタクトから二つのマグカップを受け取ってリゼに持っていった。
リゼは喜んでシャロからカップの片方を受け取る。どうやら購入するようだ。
シャロは自分のマグカップを見てなにやら顔を赤らめていたが、実はタクトが渡したのは恋人用だったらしい。タクトもリゼもそのことには気づいていない。
「それにしてもシャロちゃんってお嬢様って感じがするよね! カップを持っている格好も凄い似合ってるし!」
「お嬢様!?」
唐突にココアがそう言い出す。
「そうですね。シャロさんやリゼさんの制服の学校は秀才とお嬢様が多いと聞きますし」
「ああ。シャロは立ち振る舞いからも気品が溢れているからな」
「え、えぇ!?」
それにチノとリゼも便乗する。
確かに彼女達が言うように、シャロからは何故かお嬢様というオーラ的な何かを感じる。
「きっと、凄い豪邸に住んでるんだよ!」
「メイドさんとかもたくさん居そうです」
「多分銃のコレクションもいっぱいあるんだろうな」
「え、あの……」
最後のリゼの発言はともかく、三人のシャロに対するイメージはお嬢様ということで定着したらしい。
対してシャロは目を泳がせて明らかに困惑している。
タクトはそんな彼女を見て何かを察した。そして腕時計を見て言う。
「そろそろ夕飯の買い出しに行かないといけないから俺は行くぞ」
「そうですね。私達もそろそろお店に戻らないとですね」
「コーヒーカップはまた今度ゆっくり見ようね!」
「だな」
「ほっ……」
チノ達がシャロの話題から外れたことで、彼女は安堵のため息をつく。
その後、リゼとシャロのマグカップの会計を済まし店の外に出た。
「それじゃあ、私達は店に戻るよ」
「またねタクト君! シャロちゃんも、また今度ラビットハウスに来てね!」
「お疲れ様でした」
タクトとシャロはこちらに向かって手を振る彼女達に応えて、陶器の店を後にした。
タクトが歩き出し、シャロもその後ろをついていく。どうやら途中まで同じ道らしい。
互いに無言のまま歩いていると一つの分岐路に着いた。
「じゃ、俺はこっちの道だから」
タクトはそう言って一つの道に向かって歩き出す。
「ま、待って! 買い物はいいの? スーパーはこっちよ?」
シャロは店のある方向と違う店に進もうとする彼を呼び止めた。
タクトは足を止めて振り返る。
「俺の家はこっちなんだ」
「でも、さっき買い出しがあるって……」
おずおずとそう聞くシャロにタクトは小さく笑って答えた。
「ふっ……考えてみたら昨日済ませたばかりだった。俺としたことがうっかりしてた」
「そ、そうなの……?」
「ああ。じゃ、またな」
「あ……」
シャロには彼の言葉の真意はわからなかった。
しかし、夕焼けに照らされたタクトの後ろ姿を見てこう言わずには居られなかった。
「……ありがとう」
その声がタクトに届いたのかは誰にもわからなかったが、シャロはなんとなく彼が笑ったように思えた。
アニメでのティッピーカップのデザイン、俺が普段使ってる茶碗に似てるんですよね。
流石に持ち手は付いてませんが、その他はほとんど同じです。