いつもより早めにバイトが終わったタクトはいつものスーパーで買い物をして自宅に帰る途中だった。
レジ袋を片手にいつも通りの道を歩き、一つの喫茶店の横を通り過ぎようとすると見覚えのある服装の四人を見つけた。
彼が通う喫茶店の制服が三つと、最近立ち寄った甘味処の和風な制服が一つ。そのうちの一人の頭の上には白くて大きい毛玉。何やら喫茶店の植木に隠れて店内を偵察しているようだ。
タクトは友人達の奇怪な様子に声をかけまいか悩み、答えを出した。
タクトは白昼堂々と覗きをする四人をスルーして喫茶店の扉を開けた。
店内に足を運ぶと店員が笑顔で彼を出迎え――
「いらっしゃいませー!」
――随分と大きなウサギがスカート丈の短いメイド服を着て笑顔で彼を出迎えた。
「……」
金髪のくせっ毛が特徴的なロップイヤーのそのウサギはタクトの姿を確認するとしばし硬直する。
タクトは無言で懐から携帯電話を取り出し、構える。
パシャリという音で彼女は動き出した。
「なんで居るのよ!? って言うか、なに撮ってるのよ!?」
「いや、つい。前者については……」
タクトは携帯電話をしまいつつ、店の窓の外に顔を向ける。
それに続いて彼女もそちらに目を向ける。
そこには先程の四人と一匹が植木から顔を覗かせていた。
「本当になんで居るの!?」
「ここはハーブティーがメインの喫茶店よ。ハーブには色々な効果があるのよ」
外で覗き見をしていたココア達も店内に招き入れ、事情を聞く。
どうやらこの喫茶店――フルール・ド・ラパンのチラシを見た千夜が、シャロがいかがわしい店で働いている、と勘違いをしてその調査に来たらしい。ココア、リゼ、チノはそれに付いてきただけだという。
「全く……勘違いも程々にしなさいよね」
「それにしても素敵な制服ね!」
「話を聞きなさいよ!」
ため息をつきながら言うシャロと彼女の制服を見て微笑む千夜。
タクトは仲がいい二人を見て気になっていたことを聞いてみた。
「この前シャロが言ってた知り合いというのは千夜のことだったのか」
「そうよ。言ってなかったかしら?」
「シャロちゃんとは幼馴染なの」
道理で仲が良い訳だ、と納得がいったようにタクトは頷いた。
「それにしてもシャロちゃんそのウサ耳本当に可愛いね!」
「て、店長の趣味よ……」
シャロはココアに褒められて恥ずかしそうにウサ耳を隠そうとする。
タクトは真剣な面持ちでシャロを見つめて言った。
「是非とも店長さんと語り合いたい」
「……タクトって意外とこういうのが好きなのね」
「ああ」
「いっそ清々しいわね」
シャロから軽蔑とも驚きともとれるような目で見られながらも、タクトは曇りなき眼で頷いた。
白いブラウスに黒いベスト、それに加えて白いエプロンという、一見メイド服を彷彿させる組み合わせの服装。もはやこれだけでも相当なステータスとなりうるが、そのスカート丈は短め。しかも、その上でこの店ではカチューシャの代わりにウサ耳を着けるという芸当をやって見せている。さらに言えばこのウサ耳、ロップイヤーなのだ。左右に垂れるように耳が生えている、ロップイヤーなのだ。再度言おう。ロップイヤーなのだ。一般的にウサ耳と言えば二つの長い耳が天に向かって伸びているものを思い浮かべるだろう。もちろん、それも悪くは無い。むしろそうだったとしても誰がそれを否定しようか。いや、しない。しかしこの店ではその常識をぶち破り、愛らしくふわりと垂れたウサ耳を採用しているのだ。ロップイヤーとスカート丈の短いメイド服。双方の融合により生まれるのは、もはや幻想を超えた美だ。芸術と言っても過言ではないそれを作り上げるのは至難の業であろう。これだけの偉業をやってのける人物は世界広しと言えどもフルールの店長だけだろう。
歴史に名を残すべき人物に一度会ってみたいとタクトは言った。
普段は無愛想な彼は世間一般的に言う萌えというものには無関心だと思われがちだが、むしろ人一倍こういう物に対して鼻が利くのだ。
「なんというか……お前キャラ崩壊してるぞ……」
引き気味にリゼが彼に告げる。
よく見ればその場の女性陣のタクトに対する視線は絶対零度を大きく下回るものになっていた。
どうやら半分以上声に出てしまっていたらしい。
タクトは周りを一瞥して深呼吸をした。
「……で、店長はどこだ?」
「ブレないわね!」
その後なんとかその場を収め、タクト達はシャロに案内された席についた。
「せっかくだからお茶してってもいいかな?」
「しょうがないわね。はいメニュー」
タクトは渡されたメニューを眺めてみると、彼にとって馴染みのある名前のハーブティーを見つけた。
「ハイビスカスティーか……」
「タクト知ってるのか?」
意外なものを見たようにリゼが聞いてきた。
「ああ。昔母さんが親父にこれを入れてやってたんだ。肉体疲労に効く、ってな」
「確かにそれは体の疲れを回復する効果があるわね。タクトはそれにするの?」
「ああ、頼む。バイト終わりで多少疲れてるしな」
「そう言えばタクト君はどこでバイトしてるの?」
シャロがタクトの注文を受けるとココアが興味津々という様子で聞いてくる。
「私もタクトと会ってしばらく経つけど聞いたことないな」
「私もです」
それに同調してリゼやチノ達もタクトの方を向く。
「ああ、そう言えば言ってなかったか。俺はこの街の力武さんって言う大工さんの下で働かせてもらってる」
「ほほう。力武とな?」
チノの頭の上のティッピーが渋い声で呟いた。
「チノちゃん知ってるの?」
「確か、昔おじいちゃんが喫茶店を始めた時に内装の工事をしてくれた方が力武という大工さんだったとは聞いています」
「俺の雇用主は多分その息子さんだろうな」
なんとも不思議な縁があるものだ、とタクトは笑う。
「なるほどな……確かにタクトは力仕事が向いてそうだな」
「大変じゃないんですか? 大工さんってなんか厳しい人が多いイメージがありますし」
チノの質問にタクトは小さく笑って首を横に振った。
「力武さんは確かに見た目は少し厳ついが、優しい人だ。力仕事だから楽ではないのも事実だが、俺の住む場所を提供してくれた恩もある。不満は無い」
タクトがはっきりとそう言うと、ココアがなにやら目を輝かせていた。
「今の言葉なんかかっこいいね! できるバイトさん、って感じ! 私も負けてられないよ! ……という訳でシャロちゃん、私はダンディライオンにするよ!」
「……一応聞くけど、どうして?」
「これを飲めばライオンみたいに強くなれるんだよね!」
得意満面に言う彼女を呆れ顔で見つめるシャロを誰が責められようか。
確かにダンディライオンという言葉の響きはなんとも雄々しいが、その実はタンポポのことである。
「……私がそれぞれに合ったハーブティーを選んであげる。とりあえずココアはリラックス効果のあるリンデンフラワーがいいわね」
「へえ!」
これでも飲んで落ち着けということだろうか。
「千夜はローズマリー。肩こりに効くの」
「助かるわ〜」
甘兎庵の仕事で疲れが溜まってるのだろう。決して年齢から来るようなものでは無い。
「チノちゃんは甘い香りで飲みやすいカモミールはどう?」
「子供じゃないです……あ、タクトさん笑いましたね!」
「気のせいだ」
「むー……」
普段はコーヒーには砂糖とミルクが必須なのを思い出して小さく笑ったタクトだったが、どうやらチノはお気に召さなかったようだ。
「リゼ先輩は最近眠れないと言ってましたから、ラベンダーがおすすめです!」
「なるほどな」
リゼの眠れないというのは大方、単純に夜更かししてることではなかろうか。
「あ、ティッピーには腰痛と老眼防止になるものをお願いします」
「ティッピーってそんな老けてるのか!?」
その通り。祖父想いの孫に恥ずかしそうに頬を染めるその毛玉は実際に老けている。
それを知る者は数少ない。
しばらくしてシャロがそれぞれのハーブティーを持ってきた。
お湯を注げば赤色に、レモンを入れれば青色が赤色に変わる魔法のようなハーブティーの様子にココア達は夢中だ。
「面白いわねー」
「見た目だけでなく味もいいな」
タクトは自分の赤色のハーブティーを飲む。酸味の利いた爽やかな風味が鼻孔を通り抜ける。
「あの……ハーブを使ったクッキーを焼いてみたのですが、よかったらどうぞ」
「へえ、シャロが作ったのか。どれ……」
リゼはシャロの持ってきたクッキーを一つ齧ってみる。
「お! 美味しいな!」
「本当ですか! 良かった……」
リゼに褒められてシャロは恥ずかしそうに顔を染める。
ハーブティーの色変よりもこっちの方が見ていて面白いとタクトは微笑む。
「私もいただきます! ……あれ? このクッキー甘くない?」
同じように一つ齧ってみたココアだったが、不思議そうに首を傾げる。
「そんなことないわよ? ね? タクト君」
「ああ。ちゃんと味がある」
千夜とタクトもクッキーを頬張るが、特に甘くないということはなかった。
するとシャロが不敵に笑った。
「ふふふ……それはギムネマ・シルベスタを飲んだからよ!」
「え!?」
気づくとココアはいつの間にかハーブティーをおかわりしていた。
それが原因なのだろうか。
「ギムネマとは、砂糖を壊す者の意味。それを飲むと一時的に甘みを感じなくなるのよ!」
「そ、そんな効能が……!」
なにやら片手を髪の毛のところにやる、いわゆるお嬢様ポーズを取りながら言う彼女はどことなく自慢げだった。
「なるほど。糖分の吸収を抑えられると言うことはダイエットにも良さそうだな」
「そうなの。シャロちゃんはダイエットでよく飲んでいたのよ」
「言うな馬鹿ー!」
タクトと千夜によってあっけなく秘密がバレてしまったシャロには先程までの優雅さと余裕は微塵も残されてなかった。
なんとも哀れである。
ハーブティーも飲み終え、五人は一息つく。
「たくさん飲んじゃったわ〜」
「お腹の中で花が咲きそうだよ」
シャロが食器を片付けようとするとチノが申し出る。
「ごちそうさまでした。なにか手伝えることがあれば言ってください」
「ありがとう。チノちゃんは年下なのにしっかりしてるわね。妹に欲しいくらい」
シャロがチノの頭を撫でると彼女は気持ち良さそうに目を細める。
その様子を見たココアは涙目で立ち上がった。
「チノちゃんは私の妹だよ!」
「……何言ってるの?」
「妹じゃないです」
「はぅ……!」
チノに無慈悲に突き放されたココアはそのままテーブルに突っ伏してしまった。
「……ココアはほっといて三人はリラックスできました?」
「確かにリラックスできたけど……」
「なんだか肩が軽くなったような……」
「ああ。今なら空も飛べそうだ」
「私も少し元気になった気がします」
「……流石にプラシーボ効果だろうけど、タクトのは絶対に違うと思う」
しれっと混ぜたボケにつっこむのは流石リゼと言ったところだろう。
「まあ、プラシーボ云々は置いといてハーブティーもクッキーも美味かった」
「だな。また来てもいいか?」
「ど、どうぞ! 先輩方さえよければいつでも……」
「あの……」
帰る準備をして立ち上がったところでチノがおずおずと声を出した。
「……ココアさんが寝ています」
見ると彼女は気持ち良さそうに寝息をたてていた。
「ハーブティー効きすぎ」
「今頃夢の中で花に囲まれてるな」
「それはロマンチックね」
チノはココアの体を揺すってみた。
「ココアさん、起きてください。帰りますよ」
「えへへ……チノちゃんがたくさん……」
「どういうことだ!?」
どうやら花ではなくチノに囲まれてるようだ。
タクトはそれはそれで楽しそうだと笑った。
「起こすのも可哀想だし、ココアは俺が持っていこう」
「そんなぬいぐるみを持っていくみたいに言うなよ……」
「今のココアさんなら大して変わりませんよ」
チノは意外にも毒舌キャラなのかもしれない。
フルール・ド・ラパンからの帰り道、タクトはココアを背負って歩いていた。
「ココアさんがすみません」
「大丈夫だ。気にしなくていい」
タクトの背中で気持ち良さそうに眠るココアを見ながらチノは申し訳なさそうにする。
文面だけ見たらどちらが年上かわかったものではない、とタクトは笑った。
「それにしても本当に軽々と持ち上げたな」
「仕事で慣れてるからな」
「そうは言っても人一人運ぶのは大変だろ? 代わるか?」
「大変なことを普通の女の子に任せる訳にはいかないだろう」
「そ、そうか……」
そう言ってタクトはリゼに微笑みかけると、彼女はなにやら顔を赤らめて俯いてしまった。
「タクト君って無愛想に見えて結構大胆よね……」
「凄い破壊力です……」
タクトには千夜とチノが顔を赤くしている理由がわからなかったが、きっと夕焼けのせいだろうと解釈した。
この後もラビットハウスに着いてタクトの背中で目覚めたココアが一悶着していたらしいがそれはまた別のお話である。
フルールの制服は素晴らしいですね。あのちょこんと垂れてる耳がなんとも可愛らしいです。それに加えてスカートとニーソの間にできる絶対領域、あれを芸術と言わずしてなんと言いましょうか。