「和、光......
今、目の前でいともたやすくステージⅠのガストレアを細切れの肉片にして見せた人物はこちらを見据えている。
『天童和光』
天童家の鬼子と言われ、天童式武術を全て短期間で納めた後、開祖である天童助喜与を打破。その後は各地をふらつきながら道場破りをしているということは聞いていた。
しかし、もう十年以上前の話だ。
その和光が目の前に立っている。背丈や体格など昔よりずいぶんと変っている。だが何より佇まいが昔と違う。
天童家に引き取られ馴染めずにいた自分に気を使ってくれたのは和光が一番最初だった。兄弟のいない蓮太郎にとって初めて兄と言える人だった。優しく、厳しく、遅くまで武術を教えてくれたもう一人に師であった。
だが、今はあの時の穏和な雰囲気は感じられない。あるのは斬られるんじゃないかと思うほどの威圧。
喉に刃物でも突き付けられているような張り詰めた空気が蓮太郎たちに纏わりついていた。
「再開を祝すべきなのだろうが、時間が惜しい。蓮太郎、蛭子──
「ッッ!? そ、そうだ! アイツは一体何者なんだ!? それに義兄さんのことを迎えに行くって、それで......クソッ、一体、何が起きてるんだよ!」
ガストレアの出現。そして、謎の仮面の女。恐ろしく強く、何より十年以来会ってもいない和光を知っており、しかも自分との接点も知っているような口調だった。
それに合わせたかのように十年間も姿を眩ませていた和光の登場。たった数時間の間に起きたことの情報量が多すぎた。
「蓮太郎?」
「......延珠」
手を掴まれ困惑していた思考が少し落ち着く。横を見れば不安そうな表情でこちらを見上げる延珠がいた。
「遅かったか......蓮太郎説明している暇は無い。今回の件から手を引け、俺から言えることはそれだけだ」
一方的にそう言い放ち背中を蓮太郎に見せ歩き出す。
「手を引けって──
しかし、返事は返ってこなかった。蓮太郎は何を言わず去っていく和光の背中をただただ十年前と同じように見ていることしか出来なかった。
「......延珠、帰ろう。帰って木更さんに報告する」
「蓮太郎......追わなくても──」
「──追わなくていい!」
思わず声を荒挙げてしまう。延珠の手を離し和光が行った方向に背を向けた。その先には多田島警部が呆けた顔で行先を見守っており、蓮太郎はぶっきらぼうな口調で声をかける。
「多田島警部、こんな形になっちまったがガストレアは排除したことしてくれよな」
「あ、ああ、それは構わんがあの兄ちゃんは何者だ?」
今の今まで呆気に取られていた多田島は蓮太郎の声で何とか状況を理解し、真っ先に頭の中に浮かんだ言葉を口にする。
「あの人は......いや、あんまり藪蛇を突かない方がいい。何が飛び出てくるか分からない」
「は、はぁ?」
それだけ言うと蓮太郎は延珠に声をかけ速足で現場を去っていた。いまいち状況に着いていけてない多田島は後頭部を乱雑に掻いた。
「主任、無事でしたか?」
振り返ると手分けしてガストレアを探していた部下たちが遅れて現場に到着していた。
「あいつら
「さあな。そういえば『IP序列』を聞くの忘れてたな」
ほとんど無意識に胸ポケットから煙草を一本取りだすと火を点ける。
「くわえ煙草っすか?」
「堅いこというなよ。死にかけたんだからな......ただ、まあ──」
先の言葉を口にしようとして、先ほど言われたことを思い出す。普通ならガキの戯言だと言いたいところだが......。
「──いや、なんでもねえ」
「ええ?」
本来なら素性を調べるべきだ。なんせプロモーターかも分からない奴がガストレアを排除し、何も言わずに去っていった。
まるで戦争中に聞いたことがある噂話を彷彿とさせる。今では都市伝説にもなっている存在。
「......『剣鬼』。洒落た異名だな」
「いきなりどうしたんですか、都市伝説の剣鬼のことなんて」
「うるせえ、さっさと現場片付けるぞ」
今回ばかりは余り気が乗らない。都市伝説を信じるわけでもないが忠告通り突かない方が良さそうだ。
下手をすれば鬼が出てくるかもしれない。
✝️
「里見くん、それは本当?」
「ああ、それと今回の件から手を引けって言ってた」
蓮太郎は事務所に帰るなり、『天童民間警備会社』社長である天童木更にこと細かく報告した。流石に兄である和光が出てくるとは思っていなかっただろう。
だが......。
「そう。ご苦労様」
ただ、目を伏せただけだった。その他に何かすることも言うことも無い。ましてや、動揺も驚きも何も無かった。
そのことに、あの和光の名前が出てきたというのに何も感じてないのか。その木更の態度に思わず眉を顰めた。
「木更さん、アンタ何も思ってないのかよ」
「仕事中は木更さんじゃないくて社長よ、里見くん。それに......今更、お兄様が現れようと私達のやることは変わらないわ」
「だけども、それは......」
ソレとコレは別。今は私情を挟んでいる必要は無い。自分たちが成すべきことは何のか。だからといってここまで肉親に冷たくなれるのか。
何も言えず、ただただ木更がパソコンにキーを叩く音が響いていたが、ふと何かを思ったのか木更はこちらを向く。
「ねえ、君が倒したガストレアって感染者だったのよね?」
「そうだよ」
ぶっきらぼうに返事をして彼女が言わんとすることを察した。
感染源はおそらく今回倒したガストレアと同じモデルスパイダーの単因子ガストレアだろう。鳥型や羽虫型ではないため遠くには行けないはずだ。となると、もう既に他社の民警によって始末されているだろう。
何か問題があればこっちにも応援があるだろうし、バイオハザード警報も発令されていない。
お世辞にも仲が良いとは言えない民警同士でも流石に手を焼くようであれば他社と連携し殲滅する。
そのお呼び出しも無いのだ。あっさりと殲滅出来たのだろう。
「でも、おかしいのよね。殲滅した情報もなければ目撃情報も無いの」
「えっ」
木更はくるりと百八十度ノートパソコンを回転させディスプレイを蓮太郎に見せる。そこに映っていたのは地図だった。
ガストレアと交戦があった場所、目撃情報があった場所などが九十日間に渡って掲載されている民警期間のウェブサイトだ。
「これは......」
蓮太郎は木更の方を見ると、ゆっくりと頷いた。
「ないでしょう?」
「ああ、でも目撃情報すら上がってないなんてありえないだろう」
「ここにあるじゃない」
木更の挑発めいた物言いを流して、もう一度サイトをチェックするがやはり目ぼしい情報は無かった。
「どうして政府は周囲一帯に警告をしないんだ? これは一大事ッ」
「里見くん、政府は無能じゃないけど、避難警報とかの強制手段はほとんど取らないから、期待しても無駄よ。まあ、だからこそ民警も仕事があるんだけど」
本当に嫌な仕事だなと思い舌打ちしながら、蓮太郎は軽く頭を振った。
「でも、木更さん。何で和光義兄さんはこの件から手を引けって言ったんだ?」
そこが疑問だった。良くある、とまでは言わないが別に稀に見るケースじゃない。民警にとって一般的な仕事のはずだ。
やはり、仮面の女が関わってるのが原因なのか。
「分からないわ。でも、だからこそよ」
「ってことは」
「ええ、なんとしても私たちの手で感染源ガストレア狩るわよ。可及的速やかに。それこそ、十年もほったらかしにしたお兄様の言うことなんて聞くわけないじゃない」
「それは昔からだった──」
「──人をじゃじゃ馬みたいに言わないで」
キッ、と睨み付けられて言いどもる。
「私も同業者にそれとなく当たってみるわ」
「わ、わかった。俺も『先生』に話を聞いてみる」
木更は目を伏せて、ずず、とお茶をすすった。蓮太郎は横目でそっと自分の社長に尊敬の視線を注ぐ。
一番に優先すべきは人命であるとキチンと弁えているし、何だかんだ言って和光のことも少なからず思っているようだ。
「あ、里見くん。報酬は何処にあるの?」
「......あ」
言われて報酬を貰い忘れていたことに気が付いた蓮太郎は急いで多田島警部に連絡を取ったが。
『あんれぇ? 今回は無償の奉仕でやってくれたと思ってたんだけどな。まあ、今回は初回無償キャンペーンってことでよろしく頼むわ。また事件があったら優遇して回してやるよ。ファハハハハハ』
そう多田島は哄笑を残して切ったいった。
「里見くん?」
何気ないその木更に呼びかけに過剰に反応してしまう。ビクリと肩を震わせ恐る恐る携帯をポケットにしまった後、ゆっくりと言われたことを話した。
「──このお馬鹿っ!!」
それとは別に、和光はあれから至る所を歩き回っていた。
「ここにいた......か?」
外周区とも都市とも言えぬ曖昧な場所には何年も人の住んで無い空き家となっていることが多い。未だ、戦争の傷が残っている場所もある。
憶測の範囲ではあるが、影胤はここらを転々としているのだろう。ここ最近、使われた形跡も見える。
だが、煙草の吸殻が地面に乱雑してあったり、中身の無い缶ビールが机の上に陳列されていた。
影胤は喫煙者でも無ければ飲酒をしない。恐らくホームレスか地元のガラの悪い少年少女たちが根城にしているのだろう。
手持ち無沙汰となった和光は理由も無く空き缶をお手玉のように遊ぶ。
「今のところ当たりは無しか」
もうそろそろ日が落ちてくる。今日のところはここで引き揚げた方がいいだろう。
あのアパートを中心に探ってみたが痕跡すら追えなかった。流石にあれだけの情報で探し出せるほど奴は甘くない。
だが、迎えに行くという言葉が気になる。あえて分かりやすいように動き回ってみたが接触してくる気配も無く、痕跡を消していることから誘い出す気も無い。
これによってますます言葉の意味が分からくなった。まだ、その時じゃないというのか。
無駄足になるだろうが明日以降も探ってみるしかない。それか、余り使いたくは無い手ではあるが確実に会えなくもない方法もある。
「……また、
脳裏によみがえる怪物。
余りにも巨体で、こちらの攻撃が通りもしない硬い皮膚に、その巨体から繰り出される攻撃は地形すら変えられる。
あの時の任務で思いもしない
あれとやり合うのは色んなお膳立てを経て初めて同じ土俵に立てるところだろう。だが、立った所で勝てるかなんて大穴を狙った方がまだマシといえる。
確かに自分ならあの皮膚を斬れるかもしれない。だが、殺すことは不可能だろう。こちらがまずもたない。だからこそ、やり合いたくはない。
この先、原作通り進むとは限らないのだ。自分という
故に、召喚してももしかしたら蓮太郎は引き金を引けないかもしれない。やるなら百パーセントの確率でなければ。
和光は廃墟を出て都市とは反対側に歩いていく。まだ不確定要素が多いこの世界でことが思惑通りに進むことはまずないだろう。
今回からこのくらいの文字数で行きたいと思います。もうサブタイ思いつかなくなった。