日は堕ち、先の見えない暗闇の中を歩く。人の喧騒も聞こえず、あるのは虫の鳴き声だけ。
瓦礫が積まれ山となった頂点に腰を下ろす。見上げればこちらを照らす月。周りにはまんべんなく散りばめられた星が美しい風景を作り出していた。
その風景に見惚れているとポケットから単調なメロディーとバイブレーションの振動が着信の合図を告げていた。
「──やっと接触してきたか」
『ああ、すまないね。私もなかなか忙しかったんだ。まさか君が私を探してくれているとは......ククッ、なんて愉快で嬉しいことか』
機械越しに聞こえてくる、懐かしき
「お前、いや、
『はてさて、一体、何のことやら』
「馬鹿にするのもいい加減にしろよ。遠回しに誘ってきたのはそっちだろ? それに、手もまわしてたんだ。だが、なんでこういう事態になってる」
和光は今回の事件のことの顛末は元から知っている。だが、それ以前にあちらからコンタクトが来ていた。故に、事前に動くことが出来たが、残念なことに予期していた
『そうか、君が......おかげで依頼主が怒っていたよ。それに私もやることが増えてしまった』
「......悪いが、止めるぞ影胤。こっちから迎えに行ってやるよ」
『──クク、アハハハ! 本当に嬉しいことを言ってくれる! だけど、その言葉をもっと前に聞きたかったよ......君はこちら側の人間さ。どう足掻こうと君はこっちに来る』
プツリ、と切れて聞こえてくるのは終わりを告げる機械音だけだ。力を抜くように手を下ろし夜空を見上げる。
ああ、知っている。
そう心の中でつぶやく。和光は人知れず戦争が終わった後もモノリスの外へ足を運びガストレアを狩っていた。理由は単純だ。
昂りを抑えるためだ。
戦争を体験し、英雄と言われた者は戦争が終わった後どうなるか。
英雄は戦争が無ければ英雄じゃなくなる。戦いしか能のない自分たちにとって戦争とは生きる活力の一つだった。そんな時に言われたあの言葉、あの提案。
なんと魅力的なことか。
目的は違えどあの言葉は魅力的だった。
戦う場所を、生きている実感を求めていた和光にとっては心が揺らいだ。
存在してはいけない。戦争が終われば居場所がなくなり自分たちの存在を言うことも許されない。
存在しない兵士。それが俺たち『新人類想像計画』だった。人間兵器などそんな程度。生き残りもそんなに多くない。影胤の気持ちも良くわかる。
──だが、違うだろ。
俺は何のために力を手に入れたんだ。
守るためだろう。世界を救うためだろう。
その為に生身を捨てた。身体を剣術に耐えれるように自ら改造した。そのことに後悔は無い。
世界を救うなんて馬鹿げた話だ。だが、犠牲を持ってしも成し遂げて見せよう。それが、
「──となればこのまま召喚してしまった方が消せれるか......梯子が
やり合いたくもないが、ここで確実に消せる可能性は高いのだ。このまま原作通りに行くのであれば。
しかし、自分という存在があり、影胤も本来の動きをするとも思えない。しかし、この世界に強制力というものがあるのなら、あるいは......。
と、和光は深く思考の海に沈みこみ、色々と巡らせる。
「────ば」
まず自分が主体で動くこと。これは無しだ。下手をすれば動けなくなる可能性が高い。政府も俺が自由に動き回ることをよしとしないだろう。こうしていられるのは天童のおかげか。
「───ってば」
まだ、融通はきく。だが、影胤が出てくれば自然と俺も拘束されるかも知れない。良くて監視で終わると思うが......そこもまた考えなければ上手く行かないだろう。
やはり、それ相応の地位は必要かもしれない。
「──もう! かずみつおじさんってば!!」
顔を小さな手で挟まれ強制的に正面を向かせられる。
「か、カリン? お前、もう寝てるはずじゃあ......」
視界いっぱいに幼い子供──眼鏡をかけ髪をサイドテールに結っているカリンという少女が両頬を膨らませていた。
「目が覚めたの。それにここカリンのお気に入りの場所だから。ていうか何をそんなに考えこんでたの? 相談に乗ろうか?」
横に腰を下ろし膝を抱えこちらを見るカリン。どうやら彼女に気が付かないほど考え込んでいたらしい。
「いや、お前に相談できるような簡単なことじゃ無いからな」
「えー、カリンいっぱい勉強したよ?」
「そうか、気持ちだけ受け取っとくよ......どうだ、今の生活は」
「楽しい! 妹が増えて大変だけとみんないい子なんだ」
月明りに照らされて満面の笑みが見える。その笑顔を見て少し昔を思い出した。
カリンは元々、和光が今日のように空き家をある依頼で見て回っていた時に見つけた子だった。
三人の同じ身なりをした少女が身を寄せ合って隠れていたのを発見した時は驚いたものだ。今まで随分と酷い目にあってきたのだろう。こちらを怯えながらも一人の少女が二人を前に出てこう言った。
『お願い......します......妹たちだけでも......ッ!』
自分の身はどうなってもいい、だから妹たちだけは。
こんな小さな少女は身を挺して妹たちをーー家族を守ろうとしている。良く見れば後ろの二人は小綺麗で、心なしか細くもないように見える。
だが、目の前にいる少女は酷く痩せ細り、服は薄着で汚れが目立った上に顔色も悪かった。普通なら立っていることもままならないはずなのに。そこはガストレアウイルスのおかげか。
自分の身を犠牲にしてまで妹を、恐らく血も繋がっていない他人のために命を張ると言っている。
こんな幼い少女がどうして命を張る必要がある? なぜ、そんなことが出来る?
普通なら無視するか保護するかのどちらかだ。しかし、今ほど少女たちの扱いは良くない。保護されてもロクな扱いは受けないだろう。
何度も彼女たちのような子たちを見てきた、知らぬふりをしてきた。だが、今でも不思議なことに自分はこの子たちに手を差し伸べてしまった。そのようなことをする
前から知り合いであった松崎さんに無理を言って彼女たちの面倒を見てもらった。もちろん必要な資金も出している。
本来なら手を差し伸べた自分が面倒をみなければいけないのだろう、だが、どうしても自分では無理だ。彼女たちとは一緒にいられない。
そんな心情を問いかけるようにカリンはこちらを見ずに口を開いた。
「ねえ、おじさんは一緒に住んでくれないの?」
「......仕事があるからな、後、おじさんじゃない」
「そっか」と何処か哀しげに呟くカリンの頭に手を置いて優しく撫でる。
「じゃあ、もっと勉強して賢くなったらお仕事手伝える?」
その言葉に一瞬、呆けた和光はカリンも初めて見るような柔らかい笑みを浮かた。
「──ああ、その時は手伝ってもらうよ」
「約束だよ!」
喜色に顔を染めて年相応にはしゃぐ姿を見て、あの時手を差し伸べた理由が何となく分かった気がした。
似ているのだ、
「じゃあ、カリンはもう寝るね。おやすみなさい」
「ああ、ゆっくりと休め」
随分と軽やかに瓦礫の山を飛び降りていく。そこに危なっかしいというものは無い。どうやら本当にお気に入りの場所だったようだ。
カリンもいなくなり一人となった今、また静寂が場を包んだ。こうして静かになればまた考え込むと思っていたが、一体、何でそんなに悩んでいたのか思い出せない。逆に思考がとてもクリアになっていた。
一度、ゆっくりと今後起きるであろう
犠牲をなくすのは無理だ。余りにも多すぎる。だが、全員を救えないわけじゃない。
何も俺がいれば影胤を多少動きにくくさせることも可能なはずだ。
犠牲を最小限にかつ影胤を止める。ステージⅤもここで始末する。身体は流れに任せるが、抗える
和光は瓦礫の上で汚れることも気にせず寝転がりそっと目を閉じた。
✝️
昼下がりの省庁。
蓮太郎と木更は役人に呼ばれ防衛省へと足を運んでいた。どうやら前回の事件ことについてなにか聞かれるらしい。だが、いつもの報告書だけでは駄目なのか。
しかし、木更は役人に、いいから来いとしか言われてないらしい。政府絡みということもあって断ることできななかったそうだ。
二人は職員に案内され第一会議室と書かれた部屋の扉を木更に変わって蓮太郎が開けた。
「木更さん、こいつは......」
「ウチだけが呼ばれたわけではないだろうと思ってたけど、さすがにこんなに同業の人間が招かれているなんて思ってなかったわ」
小さい扉からは想像できないほど室内は広く、中央には細長い楕円形の卓に、奥には巨大なパネルが壁に埋め込まれていた。
そして、その楕円形の卓を中心に仕立ての良いスーツに袖を通した、おそろく民警の社長格の人間たちは既に指定された席に着いており、その後ろには見るからも荒事仕事専門といった厳つい男たちが傍に控えていた。
彼らはバラニウム合金製の武器を携えており、その横には延珠と同じ年齢と思わしき少女が見える。十中八九イニシエーターだろう。間違いない、彼らは蓮太郎と同じプロモーターだ。
これほど多く民警を集めて一体何が始まるんだ、と思いながら蓮太郎たちが一歩部屋に足を踏み入れると、雑談していた彼らの声がぴたりと止まり、殺気の籠った視線が蓮太郎を貫く。
「おいおい、最近の民警の質はどうなってんだよ。ガキまで民警ごっこか? 部屋間違ってるんじゃないか? 社会見学なら黙って回れ右しろや」
プロモーターのうちの一人が聞えよがしに近づいてきた。
鍛え抜かれた身体がタンクスーツの上からでもよくわかる。燃え上がるように逆立った頭髪に、口元はドクロパターンが入ったフェイススカーフで覆っている。こちらを品定めする吊り上がった目は三白眼だ。
十キロ以上は軽くありそうな肉厚長大な段平のバスターソード。当然、バラニウム合金で出来ているため刀身は黒い。それを軽々と扱っているだけでただ者じゃないと知れる。
蓮太郎は木更を庇うように前にでるが、それが男にはいたく気に障ったらしい。
「あぁ?」
「アンタ何者だよ、用があるならまず名乗れよ」
「何が『アンタ何者だよ、用があればまず名乗れよ』だよぼくちゃん。見るからに弱そうだな」
「別に民警は見た目で実力が決まるわけじゃねぇだろ」
「んだと? ムカツクなテメェ、斬りてぇ、マジで斬りてぇよ」
粘つく視線を気にせず、一体何処の民警の社員だと思い周囲を見渡していると突如、目の前の奴が頭突きをかましてくるのが分かり咄嗟に身体を後方に退いた。
「ッ! テメェ......」
どうやら、それが我慢の限界を越したらしい。ゆっくりと右手が背中に背負われたバスターソードに伸びていき──
「──やめたまえ将監!」
蓮太郎も構えを取ろうとした時、卓の一つに腰かけていた彼の雇い主と思われる人物から発せられた。
「おい、そりゃねぇだろ三ケ島さん!」
「いい加減にしろ。この建物で流血沙汰なんか起こされたら困るのは我々だ。この私に従えないのであれば、いますぐここから出て行け!
将監と呼ばれた男は何か考えを巡らし、こちらに舌打ちをすると「へいへい」といって引き下がった。
蓮太郎は身体から力を抜く。と、今度は彼の雇い主がやってきた。
「そこの君、すまないね」
「......別に、慣れてるから大したことねぇ」
その蓮太郎の言葉に将監が反応を示したが目の前にいる彼の雇い主が視線を向けるだけで煩わしそうに視線を逸らした。
確かに将監は蓮太郎より強者だとわかる。しかし、隔絶した実力差があるわけじゃない。
蓮太郎はもっと恐ろしく強く底が見えない強さを知っている。
蓮太郎がそう大して根に思っていないことを確認した男は木更に向き直る。
「お綺麗な方だ。お初にお目にかかります」
「あら、お上手」
男はもうこちらを見向きもしなかった。高級スーツに身を包み、泰然とした態度だが、どこか神経質そう雰囲気。
木更は社交用の微笑みを浮かべながら適当なところで切り上げ背もたれの高い椅子に腰かける。
「俺たち末席だな」
「仕方ないわ。実績では一番ウチが格下なんだし」
良く見ればこの場に招かれたのは、如何にも遣り手ですといった雰囲気を醸し出す強者ばかり。
ならなぜ、自分たちのような弱小が呼ばれたのか皆目見当も付かなかった。
「それより、あいつら何者だったんだ?」
蓮太郎は体面に座っているさきほどの奴らを見ながら言う。すると、木更は正面を向いたまま先ほど交換した名刺を手渡してきた。
背景にすかしの入った金字で『三ケ島ロイヤルガーダー 代表取締役 三ケ島影餅』とあった。
大手も大手、蓮太郎でも知っているぐらいの超大手だった。大量の有能なペアを抱えている巨大な民警だ。
「つうことは、あのプロモーターも相当な使い手だな」
「さっき将監って呼ばれていたから、多分、伊熊将監よ。『IP序列』は千五百八十四位」
「千番台か......」
IP序列──
ちなみに蓮太郎のIP序列は端数を除いて十万台だ。
「それに比べてウチはイニシエーターは優秀なのに、プロモーターがお馬鹿で甲斐性なしで私より段位が低くて、おまけにどうしようもなく弱いのよね」
木更のわざとらしく溜息を吐きながら言われた言葉に蓮太郎は聞こえないフリをした。
その時、制服を着た禿頭の男性が入ってきた。
木更を含む社長クラスの人間が一斉に席から立ちあげる。それを男は手で制し席に座るように促す。遠くて階級章が分からないがおそらく幕僚クラスの自衛官だ。
「ふむ、一つ空席か。まあいい」
見れば、確かに一つだけ空いている席があった。確か、一度現場であったことがある民警であったが、どうしたのだろうか。
「本日集まってもらったのは他でもない、諸君ら民警に依頼がある。依頼は政府からと思ってもらって構わない。また、この依頼を聞いたら断ることが出来ない。故に、依頼を辞退するなら速やかにこの場から立ち去ってもらいたい」
何かを含ませるように一拍置いて見る。木更を含め約三十名近い社長クラスの人間がこの楕円形に卓に座っているが、誰一人立つものはいなかった。
「よろしい。では説明はこの方に行ってもらう」
禿頭の男が念を押すように全員を見渡し身を引く。
突然、背後の巨大なパネルに一人の少女が映った。
『ごきげんよう、みなさん』
木更がかっと目を見開き、次の瞬間勢いよく立ち上がった。ほぼ同時にほかの社長格も泡を食ったように立ち上がる。
蓮太郎も信じられないような瞳でパネルを見た。
雪を被ったような純白の服装と銀髪──聖天子。敗戦後の日本、その東京エリアの統治者。その横にはつかず離れずの距離には影のように天童菊之丞も付き従っている。どこかの洋室から中継されているらしい。
ほんの一瞬、菊之丞と木更の視線が交差し火花が散る。この二人の確執を知っている蓮太郎は生きた心地がしない。
聖天子は
蓮太郎は突如あらわれた権威者に大変なことに巻き込まれていることを予感する。そして、その予感は正しく当たっていた。
『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』という口上と共に依頼の内容を説明された。
その内容は至ってシンプルだ。
東京エリアに侵入してきた感染源ガストレアの排除と、その体内に取り込まれているであろうケースを無傷で取り返すこと。一見、この場にいる大手の民警たちにとっては簡単な仕事に思えた。
しかし、パネルに映し出されたケースと思われるフォトとその横に書かれた成功報酬を見て全員が唖然とする。
簡単な内容だというのにこれほどの報酬は余りにも比率があって無かった。
「質問よろしいでしょうか」
三ケ島がすっと手を挙げた。
「ケースはガストレアが飲み込んでいる。もしくは取り込まれていると見てよろしいですか?」
『その通りです』
被害者がガストレア化した際、破れた衣服や表皮、身に着けていた装飾品が変化したガストレアの皮膚部などに癒着してしまう現象のことだ。そうなるとガストレアを倒すしてから取り出すしか方法は無くなる。
しかし、政府側も感染源ガストレアの形状や種類など掴んではいないらしい。
そんな中、今度は木更が手を挙げた。
「回収するケースの中身には何が入っているの聞いてもよろしいでしょうか」
ざわりと周囲の社長格たちが色めき立つのが分かる。図らずも木更の意見が全員の意見を代弁したような形になった。
『おや、あなたは?』
「天童木更と申します」
聖天子は少し驚いたような表情をした。
『......お噂は聞いております。それにしても、妙な質問をなさいますね天童社長。依頼人のプライバシーに当たるのでお答えできません』
しかし、それは木更にとって納得いくものではなかった。常識的に考えれば感染者がモデル・スパイダーであるように感染源も同じ遺伝子を持つモデル・スパイダーだということ。
それであれば蓮太郎でも十分に対処出来る......であろう木更は考える。
「問題はなぜそんな簡単な依頼を破格な依頼料で──しかも民警のトップクラスの人間たちに依頼するのが腑に落ちません。ならば値段に見合った危険がその中にある邪推してしまうのは当然ではないでしょうか?」
『それは知る必要の無いことでは?』
「そうかもしれません。しかし、そちらが手札を伏せたままであるならば、ウチはこの件から手を引かせて貰います」
『......ここで立つとペナルティがあります』
「覚悟の上です。そんな不確かな情報でウチの社員を危険に晒すわけにはまいりませんので」
人知れず蓮太郎は木更に感銘を受けた。政府絡みの依頼は断れないと言われたばかりなのに.......。
何か言わなければと口を開きかけたそのその瞬間、突如笑い声が聞こえてきた。
どこか気品めいた笑い、蓮太郎はここ最近その声を聴いたことがある。忘れもしない、あのアパートであった仮面の女の......。
『誰です』
「いや、失礼。あまりにも滑稽だったからね」
蓮太郎を含め、全員がそちらに視線を向けぎょっとした。
空席であった席に、仮面にシルクハット、燕尾服の怪人が足を組み座っていたのだから。隣に座っていた社長格は驚きのあまり椅子から転げ落ちた。
女性にしては長身である仮面の女はそのまま土足で卓の上へ踏み上がると堂々と真ん中に立ち、聖天子と相対する。
『......名乗りなさい』
「これは失礼」
女はシルクハットを取って体を二つに畳んで礼をする。女性でありながらも紳士めいた挨拶はとても様になっていた。
「私は
ちょっと長くなったため別けます。それと、ちょくちょく原作とは違いがあります。誤差の範囲ですけど。