十二
これ、先に死ぬ確率の高い場所を定めといたほうがいいな。そうしたら対策も取りやすいし、少しずつ死んだ場所を意識してみるか。現状の場所も踏まえて進んでみよう。
十三
背後からの攻撃の死亡率の高さ半端ねぇ……どうするか、相変わらず背筋が凍るような感覚を頼りにアレクセイの後ろをついて行く。問題点としては足を撃ち抜かれるのと即死クラスの砲撃を喰らう事、この二つを特に意識していこう。
十四
機動力を削がれるのはやはりマズイ。手足は絶対死守だな。にしてもどこまで逃げればいいのか――こうも暗闇ばかり見ていると流石に気が滅入って来る。ああ待てよ、落ち着け。気を強く持て。俺は大丈夫、まだいける。正常だ。さぁ、もう一度だ。
十五
これいっその事斬りかかったらどうよ?殺しに行った方が早いまでありそう。逃げても逃げても手足捥がれるか撃ち抜かれるのどっちかだし、最悪見えなくても斬れる。ん?ていうか空腹少女に斬ってもらえばいいんじゃ――俺天才かよ。
もう敵が近いぞ的な事を伝えて空腹少女にステンバイしてもらう。何故か俺に砲撃が飛んできて腕を吹き飛ばされた、解せぬ。
トリオン兵は無事に空腹少女が斬り伏せた。どうやら斥候というか、たまたま森に放たれていた少数部隊の数体だったらしい。それなら最初から無駄に死ぬ必要なかったじゃん、死に損だ。
腕が片方無くなってしまったので自殺しようとしたら、二人にめっちゃ止められた。
「待て、早まるな!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ごめんなさいはこっちの台詞だよ、いやー悪いな何度も見苦しい所見せて。まぁ暗いから見えないんだが。
スパッと自分の首を掻っ切る。ぴゅーと自分の血が飛び出ていくのを見るのは何度目か忘れたが相変わらずいい気分ではない。暗いから表情は見えないが、割と近くにいたから血がびしゃびしゃかかってる気がする。ごめんな。
十六
今度はさっきの砲撃を警戒しつつ、空腹少女に再度倒してもらう。暗闇の中でも問題なく勘が働くってすげーな。
空腹少女がピクッと動いた瞬間、アレクセイの頭を掴んでそのまま地面に伏せる。地面スレスレで俺は止まったけど、アレクセイはそのまま地面に顔面を叩きつけた。おいおい何してんだこいつ。
ヒュッと音がして俺たちの頭上を砲撃が突き抜けていき、空腹少女のいた方面でガサガサッと音がした。
「~~~~!! ~~~~ッ!!」
あ、地面に押し付けたままだった。顔面を地面に押さえつけられ悶絶するアレクセイの頭からパッと手を離すと、ものすごい勢いで呼吸をしていた。悪いな、死ぬよりマシだろ……?
「た、たった今君に殺されかけたけどね……!」
ぜーはーと肩で息をするアレクセイに謝りつつ、空腹少女が忍者みたいな感じで木から飛び降りてくる。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ。特に攻撃は食らってない」
視界が良くないからあまりよく見えないが、アレクセイの顔とか土めっちゃついてそう。昼間じゃなくてよかったな!
兎に角追っ手が来る前に距離を離そう。そう伝えて、更に空腹少女に賛同してもらう。お前ならきっと何となくで道がわかるよ、そこまで急がなくていいとは伝えた。あまり急ぐとアレクセイが途中で事故ったり俺が事故ったりするかもしれないし。
さっきまでより遅く、それでも明かりのない中森を進んでいるとは思えないほどの速さで進行していく。あれ、これもしかして空腹少女が起きてたらもっと楽にこれたのでは……?
やめよう、虚しくなる。
「さ、流石に少し休みませんか……?」
「わ、私もそろそろ休憩するのに賛成だ……」
膝をガクガク言わせながら若干明るくなってきた空を見上げている俺にそう言ってきた。オイオイお前ら、ミソッカスの俺より才能ある癖にだらしねぇぞ。
「いや体力とトリオンは関係ないですから!!それにトリオンだって私たち同レベルですよ!?」
「どうなってるんだ……正規兵の私もここまで疲労感があるのに君は本当に人間か?」
人間ですー、お前らよりよっぽど人間らしいです〜。まぁ俺も足はガクガクしてんだけどさ、正直あんまり疲労感感じないんだよな。さっきまで感じてた気はするけど。
「も〜無理です!私寝ます!」
そう言いながら倒れこむ空腹少女にため息をつく。まぁ仕方ないか、この暗い中道を作ってもらいながら進んでたのだ。暗闇というのは思っていたより心身に来るものだ。特に見知らぬ場所だと。
「ここで寝るのはどうかと思うがな……もう少しで基地に着くはずだが、どうする?ここで一旦休むか?」
……うーん、実際一回休んでもいいとは思う。少しだけ明るくなってきたおかげで、ある程度周囲は見渡せるようになった。まぁ森だから木しかないけど。
トリオン兵が一方的に見つけて追ってくる暗闇ではなく、こちらも視界が通用する。交代で休憩してもいい気はする。それに基地のすぐそこまでトリオン兵を放ってくるとは考えにくい。
まぁでも、基地の状況は一度は把握しておきたい。潰れてるのか残ってるのか戦闘中なのか、それで判断しよう。まぁ判断するのは次のループだが。
「……そもそも基地が残ってるか分からないしな。わかった、基地まで行こう。ここからは私でも道がわかる」
「でももう疲れました〜……」
そう言う空腹少女を仕方なく抱える。でも右腕で勘弁しろよ。
あわあわ暴れる空腹少女を適当にあしらい、アレクセイにさっさと案内するように伝える。すると、アレクセイが珍しく呆れた顔をしてきた。んだよ、そんな顔する暇あったらさっさと案内しろ。
「そもそもこの基地は森の中から奇襲されないために高台に建てられている。私達の前線基地をプレハブだとすれば、この基地は拠点だ。防衛線を張ればそれなりに持ち堪えられるはずだ」
本当かよ、一晩で壊滅させられた実績があるからさ……まぁ今さら疑ったところでどうにもならないが。
すっかり腕の中でぶらーんと垂れ下がる空腹少女はその姿勢で寝ている。くかーと寝息を立て寝るその姿に少しイラッとするが、こいつらしい。俺とは違って死への恐怖というものに耐えながら暗闇の中を先導したのだ。それは疲労も溜まる。
もうすぐ基地に到着するそうだが――それにしては物音がない。
「戦闘が現在進行形で行われている、という事は無さそうだな」
少なくとも戦闘中であるなら、多少は音が聞こえる筈だ。砲撃の音にしろなんにしろ、何かしら聞こえる。だがそれが無いという事は、そもそも戦闘中ではないという事。戦闘が終わったのか、そもそも戦闘等起きていないのか――見てみなければわからない。
少し覚悟はしておくか――全く、ままならないなほんと。
十七
「ここで寝るのはどうかと思うがな……もう少しで基地に着くはずだが、どうする?ここで一旦休むか?」
まだ基地は陥落していなかった。夜通しの襲撃を受けていた所為で敵味方の区別がつかなかったようで俺に攻撃してきた。アレクセイが必死に止めようとしていたが間に合わず、俺の首が飛んだ。
今度はアレクセイに先に行ってもらおう。まぁ友軍がまだ生存しているとわかっただけまだマシだな、これで敵に占領でもされていたら心が折れてたかもしれない。
アレクセイに先導してもらい、今度はちゃんと合流する。アレクセイが上の人間と話をするそうなので、俺と睡眠中の空腹少女は二人で控え室で待つことに。それにしても、眠いのに寝れない。緊張なのかなんなのか、理由は分からないがかれこれ一日以上は活動してるのに一向に寝れない。
こいつよくもまぁこんな寝れるな……与えられた部屋のソファに横になって涎を垂らしながら寝る空腹少女を見てしょうがないから涎を拭う。いや、普通に考えて汚いじゃん。
「うへへ……」
なににんまり笑顔で寝てんだこの野郎、また叩き起こしてやろうか――そうも思ったが、やめた。別に常に気を張ってる必要もないしな。
こいつが休む分、俺が気を張ればいい。なぁに大丈夫、俺は死なないから。
アレクセイが戻ってきた。とりあえず基地へ滞在の許可は得たらしい。そういえばこいつって一応階級だかなんだか所持してたよな。もしかしてそれなり出来るやつなのか……?立場的に。
「うん? ……ま、権力何てこういう時に使う物だ。こんな物より欲しいモノは沢山あったんだがなぁ」
そのモノが何を示すのか、なんとなく察しはついたが口には出さない。俺が腹に抱えるものがあるように、こいつが腹に抱えるものもあるのだ。そう、
俺の目的は■■響子の元へ再度帰る事。アレクセイが何を考えているかわからないが――まぁ、邪魔にはならないんだ。そう、邪魔にならない事がわかったんだ。なら少しくらい理解したって罰は当たらないだろう。この世界に罰を与える都合のいい存在がいるのかは知らないが。
「さて、君も少しは寝たらどうだ?流石に私も眠いが」
ああ、そうだな。少しだけ、少し、だけど………
目の前でゆっくりと目を閉じて睡眠を始めた青年を見て、アレクセイはふと思う。一体何がここまで彼を必死に生き延びようとさせるのか。
最初の出会いの時は、それはもう酷かった。死にかけの顔でどうやれば剣で敵を斬れるのかを聞いて来た。本部の連中が無能でアホなのは自分が使い捨ての兵士だった頃に理解してはいたが、改めて自分がそれを見ると泣き言の一つでも言いたくなる。
一先ず剣にトリオンを籠めれば敵は斬れると伝えはしたが、恐らく使用はできないだろうと内心考えていた。奴隷兵士に選ばれるという事は、それ相応の能力しかないという事が基本だから。
なのだが――この少女と青年は異常だった。
伝えた瞬間に剣にトリオンを流し込み、あまつさえそのミソッカスなトリオンで戦って
普通この状況で、心が折れない筈がない。自分で言うのもなんだが、それなり以上に最悪な目にはあってきた。だからこそわかる、無力の絶望感と死への恐怖という物が。
それでも――二人は折れずに仲間を導いた。その全てを生き残らせた。
英雄だ。トリオンが無くて戦場の中でもただの奴隷兵士の一人でしかないとしても、英雄だ。それだけのことはやった。人間の子供が大人のゾウと本気で殺し合って生き残ったような物だ。普通は勝てない、そういうものを覆した。
彼には確固たる目的があるのだろう。恐らく、
基地で食事をとるとき、君は口に料理を運んだ瞬間眉間に皺が寄った。それでも無言で口に運び続けていたが、あまり口には合わなかったのだろうか。……隣で何も気にせずバクバク食べまくってた少女もいたが。
自分たちの世界へ帰る――そう口にしてはいるが、それがどれほど難しいか彼は分かっているんだろう。国の中でもトップクラスの実力者で、黒トリガー使い相手に対抗できると判断できる程の実力者が選ばれるのだ。
彼が、なれる筈がない。そんなことは気が付いてるはずなのに、彼は気が付かないふりをしている。戦場に駆り出されるのを好都合と考え、生き延びる為に空腹少女と訓練までする。
あの暗闇の逃亡でも、彼は決して退くことは無かった。敵に真っ先に気が付き、砲撃されそうになった私を救った。……方法は少々手荒だったが。おかげでセルフ顔面土パック(効果なし)を行う羽目になった。
そして、目には常に警戒の色が出ていた。唯一その色が取れるのは、少女と共に居る時だけ。だから、彼が心の底から信用しているのは彼女だけであり彼女も心の底から信用しているのは彼だけなのだろう。羨ましく思う。自分には、そんな人は最初からいなかったから。
だからこそ目をかけてしまう。まるで、昔の自分が果たせなかった事をしている二人が羨ましくて。失敗してほしくなくて。
彼らがせめて――目的を達成するその日が訪れるのを。
「……今はせめて休むといい。私も休むけどね」
そう言いながら割り当てられた部屋の備え付けのソファに腰掛ける。四つあるうちの二つで彼と少女が寝ている為、自分のソファを勝手にここだと決めて寝る。
――ん?ちょっと待て。そういえば彼って脇腹抉れてなかったっけ?
ふと思い、目を閉じて寝ている彼に近づき脇腹の布を見る。もう黒く変色しており、血は止まっているかのように思えた――が。
包帯に触れた瞬間、ぬちゃぁ……と嫌な音と感触が手を襲った。粘ついた感覚と水分の部分が手に付着し不快感が増大する。そして黒くない赤い血も付着していてそれはいまだに少しずつ血が出ていることを示しており――よく見ると顔が青白い。これは典型的な貧血ではないだろうか。
「……衛生兵!! 衛生兵はいるかーー!!」
前線の緊急設備で、軽く手術を行うことになった。普通気が付くだろ!何で自分の痛みにそんなに鈍いんだ……。手術中、落ち着かない様子でうろうろ周りを歩き回る少女が特徴的だった。治す治療でまさか患者が死ぬわけ……ない……よな?