ワールドリワインド   作:恒例行事

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地獄へ⑫

 四十三

 

 それとなーく、それとなく情報収集している素振りを見せる。前の襲撃事件からずっと持っていた連絡用装置を手に取って喋っている振りをしたり、メモしたり時折時間を気にするような仕草をしたり。

 

 監視の目が増えていると感じる――というよりも、こっちに割かれる割合が増えてる。現状まだ本隊側は発見できていないのか、こっちにかかりきりなのか。どちらにせよ作戦的には上手く行ってる。

 

 まだ直接的に攻撃は仕掛けてこないが、これはあくまで情報収集であると思わせることが大事だ。

 

「大分時間は稼いだが、日はまだまだ落ちないな……。どうする?休憩を挟もうにも下手に動けば不都合なところが出てくるぞ」

 

 わかってる。あくまで情報収集をしている部隊と思わせて、他に敵がいるとは思わせない動きをする。やることはわかってるがいざ実行となると難しい。

 

 もっと簡単に言えば、俺たちの姿が見えなくなってはマズイ。だがずっと見えたままでは怪しい。いっそのことその場でめっちゃ高速移動してレーダー困らせてやるか。

 

「それは最早嫌がらせだな」

 

 うん、自分でもそう思う。ただもう何する?これ以上手のつけようがないと思う。

 

 ぐううぅぅ~。

 

 ……ふむ。

 

「……いや、違うんですよ。今のは私じゃないです。勝手にお腹が音を出しただけで」

 

 つまり腹が減ったんだな?腹ペコ。

 

「う、うううぅ……! そ、そうですよ! お腹すいたんです! 文句ありますか!?」

 

 そんな悔しそうな顔するなよ……大丈夫、それがお前のいいとこだ。ぷんすか怒る空腹少女を尻目に、少し考える。どうする。現状を維持するにしろ、体力は少しずつ消耗していく。限られた選択肢の中で、最も生存できる物を選ぶしかない。

 

 生存できる道を選びつつ、更に基地を取り返せる作戦を思いつかなければいけない。いや、基地を取り戻すのは正直俺たちの仕事じゃないからそれは考えなくていいな。一番大事なのはやっぱりこの気を引くという事。

 

 今の正確な時間はわからないが、今はまだ昼過ぎ位だ。それでこの手詰まりなんだからもうどうしようもない気がする。本隊襲撃予定地から反対側に現在俺たちは居るが、それだけで十分なのだろうか。レーダーの範囲を広げていてもおかしくはない。

 

 ……今そんなことを考えてても無駄だな。それは無し、うまく行っている過程で考えよう。

 

 敵には現状ただの斥候三人組だと思われてるはずだ。何故か奇襲を回避してあまつさえ初見殺しに対応して逆に斬り殺そうと接近する俺と、攻撃のほぼすべてを回避する変態軌道少女と、純粋にトリオン体での戦闘経験が豊富で強者のアレクセイ。うん、俺だったら相手にしたくないな。

 

 ということは、ある程度レベルの高い奴が今俺達を見張っている筈だ。肉眼で見てるかどうかは流石に分からないが、少なくともレーダーで捕捉はずっとしている筈。

 

 迂闊に動けないが、動いてしまえば敵も動かざるを得なくなる。だが、今はまだその時じゃない。

 

 まだだ、まだ耐えるんだ。本隊の接近に伴いこっちも進み始めよう。敵の狙撃手の位置は不明だが、大丈夫。初見で対応できなくても、俺を狙う様に立ち回ればいい。

 

 で、腹は大丈夫か。

 

「大丈夫です!!」

 

 そうか。まぁ腹が減るのは仕方ないな。あの暗闇を三人で歩いたあの時よりかは状況は良いが、それでも緊張をずっと保っているんだ。そりゃあ腹も減る。……逆に食が細くなりそうだな。

 

 ロングソードを手でチャキチャキさせつつ、少し移動する事を提案する。同じ場所にとどまるより、何個か移動することでその場所に何か痕跡を残したんじゃないかと疑わせる。

 

 俺たちが移動してる隙に近づいて、その場所を調べさせて時間を稼ぐ。これをずっとやっていこう。ある程度こっちの戦力も把握した相手だからこそこうやって悠長な選択を取る事が出来る。敵もまさかこうやって工作した日の夜に突撃してくるとは思わないだろう。

 

 少しずつ休憩をはさんでトリオンを回復させながら、夜の闘いに備える。

 

 我慢しろ、ここはまだ本番じゃない。本当の闘いは次にあるんだ。

 

 

 

 

 

 ―――

 ――

 ―

 

 

 日も沈み、暗闇で辺りが包まれる頃。そろそろ本隊が進軍を開始する時間だ。

 

 俺たちもそれに合わせて準備する。目は見えないが、空腹少女を頼りについて行く。ある程度の距離だったら薄っすらぼんやりと見える位には目は慣れた。少なくともこの前みたいに少女を抱えて逃げるみたいなことにはならないからな。

 

 少女もアレクセイも準備は出来たらしい。後は本隊が襲撃にギリギリまで気づかれないように俺たちが動き回る。そうすれば後は本隊が襲撃して任務終了だ。

 

 

「――行こう」

 

 

 俺の声を合図に、空腹少女が暗闇の中走り出す。その音と気配を頼りに辿り、ぐんぐん距離を詰める。今頃見張り役は大慌てだろうな、突然基地に進軍しだした連中が居たら。流石にすぐには襲ってこないが、それにしたって静かすぎる。俺たちの移動する木々の音以外は何も音が聞こえない。風を切る音がびゅうびゅう耳に響くが、他に音は一切ない。

 

 

「――来ます!」

 

 

 空腹少女のその声に合わせて、その場で横に跳ねる。前回の暗闇で無闇に動きまくると木に激突する事は把握しているので木に体の一部が触れた瞬間体を捻り木を滑る様に回避する。そして先程まで走っていた地点から大きな物音がしたので、恐らく昼間のような曲がる狙撃ではなく大きい威力の砲撃が飛んできたのだろう。

 

 二人と別れてしまったが、問題ない。既にアレクセイはトリオン体だし、空腹少女に関してはどうせ躱すだろうし。

 

 よって俺が一番の問題なのである――背中が凍るような感覚がしたので、急いでその場を飛び退く。後ろに思い切り飛び跳ね微かに見える枝を踏み台に更に跳躍。距離を離し、その冷たい感覚が通り過ぎるまで移動する。

 

 地面に着地する瞬間抜刀し、前方へ斬りかかる。透明化のトリガーがあったとしても、この暗闇では意味がない。それに、真っ暗闇で戦うのは初めてではないから。どこに振れば当たるか、なんとなくでわかる。敵の胴体を切断し、トリオン体から通常の身体になる瞬間に再度斬りつけそのまま絶命させる。

 

 身体を縦で真っ二つにされ、腸を撒き散らしながら地面に倒れる――筈だ。うっすらとしか見えないが、恐らくそう。

 

 二人はどこまで行ったのだろうか。正直俺が離れただけだから何とも言えないが、あの二人の生存を早く確認しておきたい。頭痛がする。急げ、急げ。手遅れになる前に。

 

 歩き出した時、木にぶつかった。ああ待て落ち着け。まだ慌てるような時じゃない。クールに冷静に、大丈夫。あの二人なら大丈夫だ。

 

 走り出して、足を引っかけて転んだ。盛大に転んだせいで二回転くらいした。イライラする、頭痛がする。落ち着け。大丈夫。

 

 地面に顔を叩きつけたけど、ゆっくりと呼吸をする。何も匂いがしない。よし、いつも通りだ。落ち着けよ、ここで信じなくてどうする。あの二人は俺が助けないといけない程弱くないぞ。手で鼻から垂れる血を拭い、そのまま再度走り出す。

 

 走ると言っても自分の視界にあった速度だから、全然速くはない。けど気持ち少しでも早く、もっと早くと足を動かす。逃げてきた方向は覚えてるから、そっちに向かう。

 

 脚を動かせ、思考する時間を取りこぼすな。

 

 ――刹那、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。

 

 その感覚に従い、剣を抜き背後を斬りぬく。走りながら振るったという事を一切気にさせず、何度も繰り返し練習した成果がここで発揮される。不利な体勢から剣を振る――その動作はもう何度も繰り返し繰り返し行ってきた。今更崩れることなどありえない。

 

 一瞬でトリオン体を破壊し、追撃の一閃。絶命させ、それを確認する事もなくまた走り始める。邪魔だどけ、お前たちなど必要ない。俺に必要なのは、あの二人だ(・・・・・)

 

 急げ、だが焦るな。ああ、微かに音が聞こえる。そっちに向かって急いで足を向かわせる。木と木を跳ね、這うように進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、食料あるぞ。食べるか?」

「あ、頂きます! ……なんですかこれ」

「わからん。……動物? 丸焼き?」

 

 何してんだお前ら、人が全力で来たってのに。

 

「む、そっちは片付いたのか。いやなに、襲ってきた連中を適当にあしらってたら横からこの子が乱入してきてな。なし崩し的に乱戦になったから、同士討ちを多発させて封殺した」

 

 流石は正規兵、戦い慣れてるな……。

 

「……それで、どうだ? 私たちは頼りになるだろう?」

 

 頼りにはしてるさ、ずっと前からな。

 

 変な生物の丸焼きを手に取り、そのまま固まって動かない空腹少女は置いといて顔は良く見えないが自信満々な顔をしてそうなアレクセイを見る。まぁ暗くてよく見えない。

 

「大丈夫だ、安心したまえ。君が思っているより、私たちは強い」

「そうですよ! 所でこれ何かわかります?」

 

 いやわからん。何だその謎生物の丸焼き。……ね、ね……ネズミ?変な生物だな。

 

 そんなことはさておき、二人が俺より強いのは当然だ。俺は所詮凡人なのだから。

 

 だけど、二人が死ぬ映像がいつまでも脳から離れないんだ。これは多分、一生消えることは無いんじゃないだろうか。それは映像であり、記憶である。紛れもない真実だからこそ、余計に消えない。

 

 

「人間何時かは死ぬものだ――なんて、そんなことを言って欲しいわけじゃないだろう? いいか、私たちは仲間だ。互いが互いをカバーする、そういう物なんだ。だから――もっと頼れ」

 

 

 ……あ、あ。ああ。そう、だな。もっと、頼って、いいのか?

 

 

「存分に頼るがいい。私はこう見えて大人だからな、君たち子供の面倒くらいみてあげよう」

「お腹すきました!」

「すまないが少し黙っててくれるか?」

 

 

 は、はは、そう、だな。大人は、頼るもんだな。

 

「……表情があまり見えないのが残念だ。全く、君の驚く顔が見たかったんだがな」

 

 ……趣味悪いぞ。全く。でも、そうか。じゃあ、もっと頼るよ。

 

 

「うむ、どんとこい。何時でも待ってるぞ」

「私の事もですよ!」

 

 ああ、わかってるよ。ありがとうな。

 

 

 

 ……本当に、ありがとう。

 

 

 

 ああ、なんだか少し。

 

 

 

 ――救われた気がする。

 

 

 

 

 

 

 


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