ワールドリワインド   作:恒例行事

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二日に一話更新に切り替えます。


想い/思い

 ――妙な浮遊感に包まれている。この感じは覚えてる、これはきっと夢の中だ。何度も何度も味わったこの感覚に既知感を覚えながら目を開ける。当然夢の中なのだから何が見えるかなど分かることもなく、うっすらぼんやりと白い空間が広がるだけだ。

 

 瞬間、唐突に胸に激痛が走る(・・・・・)。痛みなんて感じたのは久しぶりで、あまりの痛みに本気で悶えてしまった。これが夢の中でよかったかもしれない。連続して体中に激痛が走りだし、その痛みに耐えることが出来ず思わず叫ぼうと口を開く。

 

 腹の底から叫ぼうと、何度も声を張り上げようと呼吸をするが――そもそも息が吸えない。その事実に気が付いた途端急激に苦しくなる。身体が空気を求めて呼吸を繰り返すが、一向に吸うことは出来ずにどんどん苦しくなってくる。

 

 声にもならない声をヒューヒュー発しながら、無様に呼吸をしようともがき続ける。どうにもならないその状況を恨みながら、意識が薄れてくるのを自覚する。ふざけるな、なんだこれは――ああ、苦しい。苦しいし痛い。こんなに苦しくて辛いのは初めてだ。いや、もしかしたら初めてじゃないかもしれない。

 

 次第に呼吸を繰り返し過ぎて、まともに考える事すら不可能になってくる。くそ、何なんだよ。この状況は、誰か――■■■■■。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十五

 

 ――目が覚める。目を開いた瞬間、視界に眩い光が入り込んできて目を細める。目が慣れるまでじっくりと耐えて、自然と活動できる領域まで我慢する。

 

 全身に染み渡る光と、寝ても回復しない頭痛にストレスを感じながら身を起こす。うん、いつも通りだ。目覚めが悪いとか、そういうレベルじゃないと思う。布団からゆっくりと身体を出して少しずつ馴染ませる。

 

 窓の外には、崩れた建物とそれを立て直す人たちの姿が見える。

 

 

 

 

 ――制圧作戦から既に一週間経った。俺達三人はあのまま本隊が襲撃を仕掛けたタイミングで参戦。二、三度俺が死んだが二人は一度も死ぬこと無く切り抜けた。これ以上ない程にうまく行ったと思う。

 

 アレクセイは現在基地周辺の哨戒任務に就いている。トリオン体を扱える実力者だから、当然でもある。そして空腹少女は今基地の拡張工事を兼ねた復旧作業に勤しんでいる。

 

 適当に身支度を整える。奴隷兵士とは思えない程マシな部屋を与えられ割と服装とかそこらへんも充実している。黒いズボンと白のジャケットを身に着け、無いと寝れない領域になったいつもの剣を腰に携えて部屋を出る。

 

 前日の内にシャワーは浴びたので、朝からシャワーに入る必要はない。取り敢えず朝食を済ませる為だけに食堂に向かう。

 

「む、君か。よく寝れたか?」

 

 ああ、いつも通りな。お前こそ今日は居るんだな。

 

「ああ、今日で一通り付近の哨戒は終了だ。これからはレーダーを等間隔に配置して二十四時間稼働体制の防衛システムを組むらしい」

 

 そりゃまた大変だな、主に見張る役が。

 

「本部から増員も来たし大丈夫だろう。なに安心しろ、私は階級を剥奪されたからただの正規兵だ」

 

 ……ああ、やっぱりそうなったのか。トリガー奪われてたしな。

 

「これで敵が保存していてくれたらまだ残れたんだが、生憎向こう側に送られてしまったようでな。トリガーは少し自分で手を加える為に勉強もしたし思い入れのある物だった」

 

 なんだかんだ言って少し悲しそうだな。とりあえずいつも通り匂いの欠片も感じない料理を口に運ぶ。今日のメニューはうどんの様な何かだ。本当にそうとしか表現しようがないが。

 

 ずるずる啜りながら口に運ぶ。うん、いつも通り味がしない。ズキリと痛む頭を抑えつつ、アレクセイと話しながら腹を満たす。

 

「しかし相変わらず簡単に食べるな……それ、かなり辛くないか?」

 

 うん?そうなのか。正直辛い甘いも分からん。等しく無味無臭――食事をとるのはぶっちゃけただのエネルギー源だからなのだ。もっと効率のいい方法があるならそっちを取る。

 

 それでもまぁこうやってある程度手の込んでいる物を食べているのは、忘れたくないからなのかもしれない。自分が人である作法というか、まだまともだった頃にやっていたことを一つでも忘れたくないんだと思う。

 

 

 味はわからん、鼻は利かん。そんな状況でも俺は飯を食べる事が出来る、まだ人間らしいと思っていたいんだ。多分、そうだ。

 

「……そうか」

 

 味は気にしてない、そういう旨の事を伝えただけなんだがな。どうにも雰囲気が重くなる。ずるずる麺を啜る俺と黙々と飯を喰らうアレクセイ。おい、誰か何とかしろよ。

 

 

「お疲れ様です!!」

 

 

 ガチャン!!と料理の乗った盆を机に叩きつけながら颯爽と空腹少女が乗り込んでくる。おうお前落ち着けや。

 

「ああおはよう、今日も元気だな」

「私はいつも元気ですよ!」

 

 がつがつ料理を食らう鬼と化した少女を見つつ変わらないなぁと感想を抱く。今日も朝早くから復旧工事をしてきたのだろうか、少し髪が艶やかに光っている。あれ、これはもしかしてただ若いだけ……?

 

 自分の髪の毛を触ってみる。ガサガサ。……あれ?おかしいな、俺まだ――……幾つだったっけ。いいか、まぁそんなこと。別に対して重要じゃないし。すまんちょっと髪触っていいか?

 

「はい? まぁいいですけど」

 

 料理を食らいながら返してきたので、邪魔にならない程度に触る。うーんサラサラしてる。何だろうこの差は、男と女だからか?いや、でもこれまでの生活はほぼ同じだしな……そこまで明確に差が出るとは思えない。

 

 もう一度自分の髪を触ると、パラパラと少しだけ毛が抜け落ちた。見てみると、三本落ちた中の一本は白髪だった。……いや、まだ俺若い筈。うん、多分まだ若い。白髪が生えるような年齢じゃない。それは確かだと思う。

 

「君も大分頭が白くなってきたな」

 

 うるせー、お前は頭真っ赤じゃねぇか!なんで俺だけこんな辛い思いしてんだ。

 

「大丈夫ですよ、多分白いのも似合います!」

 

 いやそう言う問題じゃないから。精神的な問題だから。悲しくなるだろ!

 

 残った汁を飲み干し、一息つく。ああうん、やっぱりこういう何気ない日常が俺はとても好きらしい。どうにも心が落ち着くというか、安らぐ。頭痛は相変わらずだが、この静かな三人でいる空間が心地いい。

 

 制圧作戦を生き残れたのは二人のお陰だ。恐らく、二人が居なければ俺はもう死んでいた。本当の意味で死ぬことは無くとも、恐らく心が。

 

「今日はこれは……なんでしょうこれ。シュークリーム……?」

「私はそのしゅーくりーむとやらがわからないが、確かに何だろうなこれ……ふむ、甘い」

 

 二人が手に持つ謎の食べ物――クソ国家あるある、よくわかんないデザート。

 

「……うん、甘いですね。本当に、甘い。甘いだけなんですけど」

「これは……うん、何とも言えないな。甘いんだが、美味くはない」

 

 微妙な顔でちびちび食べる二人を見て、頼まなくて正解だったと思う。土食ってもデザート食っても俺は変わんないけど。二人に了承を取り、先に席を立つ。俺には俺の仕事があるから、ある程度時間も限られている。

 

 食堂を出て、真っ直ぐ訓練施設へ向かう。通りかかる正規兵達が挨拶をしてくるので、俺もそれに返答する。

 

 少しずつ、少しずつだが俺達三人の立場という物は変動している。ただの奴隷兵士からキチガイ奴隷兵士、更にそこから今は変態人斬りと呼ばれるようになった。いやおかしいだろ。

 

 訓練所について、何時もと同じメンバーが居る事を確認する。

 

 ――今俺は、この前線基地に叩き込まれた奴隷兵士に戦い方を教える教導官をやっている。

 

 奴隷兵士も戦えるように、本部と違い余裕のない前線だから遊ばせる戦力は一つもないということで育成する事になったんだが、生憎正規兵は誰も暇じゃなかった。

 

 そこで俺達三人に白羽の矢が立ったが、空腹少女は感覚派過ぎてボツ。アレクセイは仕事があるからボツで結果俺になった。俺の闘い方でいいのか?

 

 今はまだ、一瞬だけトリオンを籠める練習をさせてる。先ずはここからだ。大丈夫、着実に前に進めてる。まだ希望を持てる。だから前を向こう。

 

 いつか帰るんだ。その事を忘れないように、必死にしがみつけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら地獄だったなんて話、誰が信じるのだろうか。少なくとも、()は信じない。こんな物語の中であったような記憶は信じたくない。

 

 唐突に変な場所に連れてこられて、死んで来いだなんていわれて誰がすぐ冷静になれるだろうか。信じるなんてことは、とてもじゃないけどできない。けれど、それはどうしようもない程に現実だった。

 

「――よいしょっ!」

 

 資材を運び、崩壊した建物に取り付ける。専門的な知識なんて無いから、とりあえず言われた通り何か変なのを塗る。これで固まるらしい、よくわからない話だ。

 

 突如連れてこられた場所で、突如強制させられた戦いを生き残るために必死で戦ってきた。そんなことしたこともなかったから、訳が分からなかった。今も一緒に居るお兄さんが居なかったら、とっくに死んでたと思う。

 

 一番最初に助けられたのは多分、歩いている時だった。

 

 少し休憩を取っているあの時、貰った乾燥した変なパンみたいな奴を食べたけど全然満足してなかった私に自分の持ってた分を分けてくれた。何故かそのあと土を食べてたから、正直頭おかしいんじゃないかなって思った。

 

 しかも無表情でご飯食べるから、味覚がどうかしてるんじゃないだろうか。いや、そうに違いない。食事中のあの不愛想な顔を思い出して笑ってしまう。

 

 その癖戦う時は異常なまでにギリギリの動きをするものだから心臓に悪い。あの時だってそうだ、最初の戦いの時。

 

 皆がギリギリだったあの時、斬ったトリオン兵に身を隠して息を整えていた際の会話の途中。言葉を伝えて、顔を見ようとしたらお腹からブレードが生えていたのは流石に本気で驚愕した。

 

 音もなく近づいて来たトリオン兵もそうだけど、それに全く気が付かないあの人もあの人だ。傷から流れる血の量が多くて、死んでしまう(・・・・・・)と思った私はそれはもう取り乱した。わんわん泣いた。できれば記憶から消えていて欲しい。

 

 今思い出しても恥ずかしい、何であそこまで取り乱したんだろうか。アレクさんが応急処置をして、前線基地――今復旧中のこの基地に移動してからも心配で毎日見に行ってた気がする。ていうか見てた。

 

 熱くなる頬を自覚しつつ、振り払う様に資材を持ち上げる。なんか遠巻きから見られてるような気もするけど気にしない。ああ恥ずかしい、その場の勢いの行動って本当後に来る。

 

 木を突き刺し、崩壊した建物の土台を組み上げながら思い出す。あの基地から逃げる時も、爆睡する私を抱えて逃げてくれたらしい。わき腹が砲撃で抉れてたのにも関わらず。基地に辿り着いた時、出血し続けてたことに気が付かないでそのまま放置して手術になったのは心底呆れた。

 

 何で自分の受けた傷を忘れているんだろう。痛みも全然感じてないんじゃないかな、多分。心配だったから落ち着かなくて、ウロウロしてるところをアレクさんに笑われた。落ち着かなかったからしょうがないじゃん!

 

 何故そこまで自分を犠牲に出来るのか――根本的に、優しいからなんだと思う。なんとなくそう思う。人が傷つく姿は見たくなくて、そうなるんだったら自分を犠牲にしてでも助ける――それがあの人なんだろう。

 

 助けてくれたその恩は未だに返せていない。ていうか、返せる日は来るんだろうか。現状助けられてばかりだし、いつか私も助けられるといいな。

 

 

 

 朝の修復はとりあえずここまでなので、食堂へ向かう。この時間の食堂にはいつもあの人がいるから。そろそろ名前は聞きたいけど、聞いちゃいけないって感じがする。理由はさっぱりわからないけれど、そう思うんだ。

 

 仲間だと、私たちを信じてほしいと伝えた時の顔は暗闇だったから見えなかったけど嫌な顔はしていなかった……筈。多分。きっと。自信はない。だけどそんな気がする。

 

 いつも通り食べる物を選び、今日もハンバーグ(謎肉)とデザート(これも謎)定食にする。この肉は本当に何なんだろうか、一体――やめよう。ご飯が食べられなくなってしまう。

 

 ちょっと食堂の中を見渡して――居た。赤い髪は少ないから見やすくて助かる。二人とも何故か無言で箸を進めている、何でそんなに暗い雰囲気なんだろう。

 

 少し息を整えて、いつも通りの調子で声をかける。私は私らしく、元気良くいた方がいいんだ。なんでかわかんないけど、そんな気がする。

 

 

 

「お疲れ様です!!」

 

 

 元気よく突撃して、あの人の隣の席に座る。無表情だけど少し驚いた仕草をするのがまた彼らしい。私が食べだして数秒で会話が始まった。……いきなりさらわれてきたこの場所だけど、巡り合った出会いは良いモノだと思う。

 

 

 いつかあの人も、心から笑える日は来るのかな――うん、きっと来る。助けられてばかりだからこそ、私がいつか笑わせてあげるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




君達の妄想を信じろ(適当)

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