ワールドリワインド   作:恒例行事

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犠牲①

 視界が暗闇に包まれている。真っ暗で何も見えない――ここは何処だ。誰か居ないのか?

 

 周りが全く見えないが、それでも見渡す。眼前に広がるのは暗黒に包まれた空間。

 

 ――……す。

 

 何だろう、遠くから声が聞こえる気がする。聞き覚えのある声が。

 

 

 ――…です……から!

 

 

 何だ、この声は。聞こえるが聞こえない、もっとはっきり喋ってくれ。

 

 

 ――……の……いに……こう……を……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 四十五

 

「あ、起こしちゃいました?」

 

 ……いや、別に。最近夢見が悪くなったような気がする。ストレスっていうか、なんて言うんだろうな。疲労が取れない――のは前と同じだけど。

 

 凝り固まった筋肉をほぐすため、身体を伸ばす。バキボキ音が身体から発生するが、感覚がわからん。ガタゴトと振動を感じながら、取り付けられた窓から外を見る。辺り一面に広がる荒野を見て溜息をつく。

 

 

 あの制圧作戦から一ヶ月の時が経った。

 

 

 アレクセイは基地で正規兵として駐在し、俺と空腹少女は前線へと放り出された。既に幾つか戦場は潜り抜けたけど、トリオン兵しかいない所ばかりだった。こないだの制圧作戦でトリガー使いを纏めて捕獲したり殺したりしたからその影響は出てるのかもしれない。

 

 お陰でかなり前線は上がって、俺たちがいた基地は今や最前線ではなくなっている。代わりに中継基地として活用されているが。

 

 そして今は新たな戦場へ向かっている途中、と言うわけだ。転送でもなく徒歩でもなく、車のような何かで。トリオンを動力として動く乗り物らしいが、俺たちは一ミリも供給していない。捕まえた捕虜のトリオンを抜き取ってその分で補っているらしい。

 

 ふんふん鼻歌を歌いながら外を眺める少女を尻目に、なんだか聞き覚えのある歌だと頭の中で思う。なんだったかな、なんか聞き覚えあるんだけど思い出せない。

 

「え? この歌ですか? 地球にいた頃好きだったんですよー」

 

 あぁ、そうか。なんかそんな気もしなくもない。ちょっと前に流行ってたんだっけ?もう曲名もリズムも思い出せないけど。でも何か聞き覚えあるんだよな。

 

「…….女の子には人気の曲だったんです」

 

 へぇ、そうなのか。……俺も帰ったら、音楽とかそう言うの聞いて楽しめるのかな。まだ耳は聞こえるから望みはある。そういう感性が残ってるかは謎だけど。

 

「いいですね! 帰ったらカラオケとか行きたいです!」

 

 ああ、カラオケか。うん、カラオケ……なんだったっけ。ええとアレだ。歌う所だろ、覚えてる。誰かは忘れたけど、誰かといった気がする。

 

 妙に頭に残る少女の鼻歌のフレーズを聞きながら、戦場へ向かう。少しは慣れたが、油断は禁物だ。気を引き締めろ。

 

 

 揺られること数時間程で拠点に到着。拠点と言ってもプレハブ、転送装置すら無い程度の施設なんだが。正規兵数十人で維持しているこの基地だが、前線まで歩いて三十分という驚異の立地。いやもう少し考えて建てろよ。絶対すぐ襲われるだろこれ。

 

 既に三度に渡ってトリオン兵が襲撃してきているらしい。そろそろトリガー使いも来るんじゃないかという話になって俺達が増援に呼ばれたそうだ。俺達程度を呼ぶ前に階級持ちを呼べ。どこもかしこも人手不足、階級持ちは現在色んな場所に散らばってるらしいから残念なことに固まって作戦を行うとかそういう事がない限りめったに会えない。そういえば元階級持ちが居たな。

 

 アレクセイの事を頭の隅に置きつつ、トリガー使いと遭遇した時の事を考える。トリガー使いの厄介な所は、ストレートにその個々によって性能が違う事だ。完全遠距離な奴もいれば完全近距離な奴もいるし全距離対応可能な奴もいる。

 

 初見で対応し辛いのがトリガー使いを相手にするときの辛い点だ。少女は初見でも回避できるチート性能だし、俺もある程度死ねば耐性は出来る――だが、確実に無理なタイミングというのは存在する。要するに、どれだけそういう状況に持ち込まれないかが大事。

 

 俺たち二人と正規兵数十人、この人数で敵を何とかしなければならない。状況は芳しくないが、逃げている途中より全然マシだ。先ずは敵の戦力の詳細を知るところから始めるしかないな。

 

 俺達がある程度戦えることは認知されてるそうで、正規兵に悪い顔はされなかった。やっぱりこの国って上がクソなんじゃないかな。

 

 とりあえずローテーションを組んで見張り作業をする。レーダーを突き抜けて来るのは既に認知されているため、物理的にカメラも用意して警報が鳴るシステムも作ったらしい。

 

 動物がロクに存在しないこの荒野だから出来る荒技、赤外線機能も付けてるから近寄ってきた敵は絶対感知できる――できる。多分、設計上は。

 

 一番可能性が高いのはやはり深夜だろうか。俺達は初日ということもあるから、夜の見張りは明日からでいいらしい。と言うわけで今日は施設内をブラついておしまい。

 

 食堂はない代わりに、効率のいいエネルギー補給剤が大量に保管してある。おう不満そうな顔すんな腹ペコ。

 

「うぐっ……だ、だって美味しいほうがいいじゃないですか!」

 

 そうかなぁ、いやそうだったような気もする。俺には正直関係ないけど。

 

「じゃ、じゃあ私がご飯を作ってあげます! そうして美味しいご飯の有り難みって奴をおしえてあげますから!!」

 

 おう、楽しみにしといてやるよ。今んとこ料理作ってるところ見たことないけど。

 

……れ、練習しとかないと……

 

 ……聞かなかったことにしとくか。うん、そうしよう。その内食事を楽しめる様になったら食わせてもらおう。

 

 ちょっと青い顔でぼそぼそ何かを呟く少女は普段とは違う姿で、少し新鮮だった。

 

 

 

 そして割り振られた部屋は当然の様に同室――てかそもそも雑魚寝じゃないだけマシか。少女除いて男しかいないしな。

 

 ぼふっと音を立てながらベッドに倒れこむ少女を見ながら、俺も自分の寝床に腰掛ける。荷物らしい荷物は無いが、軽い衣服程度の荷物だけはある。アレクセイに持たされた黒ベースの赤い線が入ったYシャツを広げる。

 

 流石に衣服の交換無しで何日間も滞在する訳にはいかない。いくら色々カツカツとは言え、そこは味方の士気にも関わるからしっかりしろ――アレクセイの有難いお言葉である。

 

 半ば押し付けられたこの服だが、そもそもこの国で買い物なんぞしたことないしする金も無いので俺としてはどっちでもよかったが少女の後押しもあり貰っておいた。

 

 明日からまた戦場である――その事を考えると頭痛がするが、切り替える。大丈夫、何とかなるさ。いや、どうにかする。

 

 布団の中でもぞもぞ蠢く少女のベッドを見て何やってんだと思ったがそう言えばこいつも着替えてんのか。……一応目を逸らしておこう。言ってくれりゃあ出てくんだがな。

 

 ぷはっと布団から身を出した少女は服装が変わって――変わって……変わ……変わってんのかそれ?ああでも細かい部分の色は変わってるかも。いや、すまん正直よくわからん。悪いな違いの分からない男で。

 

「いやちゃんと変わってますよ!? ほら! 肩! 丸出しですから!」

 

 ん?あ、本当だ。

 

 ぷんすか膨れる少女に謝りつつ、明日から起きるかもしれない戦いに目を向けながら寝ることにする。大丈夫、乗り切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚める。未だ外は暗闇に包まれている。最近こういうのが多くて寝不足が続く――ぼんやりした頭でそう考える。

 

 隣のベッドを見てみるとすやすや寝息を立てて爆睡している少女が居る。ていうか暗闇なのに割と見えるようになってきてるのやばいな、遂に視覚も人間超えて来たか。

 

 ナチュラルに寝る時もすぐ取れる様に腰に付けといた剣を引っ提げ、ベッドから身体を起こしつつゆっくりと動く。床に足を付けギシリと軋む床を気にせずに歩き出す。また目が覚めちまったしトイレでも行くか。

 

 扉を開け、廊下に出ようとしたその瞬間に背筋が凍るような感覚がしたので急いで抜刀する。

 

 感覚に従い剣を振るうと、その場でキンッ!と甲高い音が鳴り廊下に響き渡る。深夜に侵入され過ぎだこの国は――文句を言いつつも手は動かす。夜襲に対してはもう慣れた。

 

 適当に剣を振るい、相手のトリオン体を破壊する。

 

「な――」

 

 んで、とその言葉は続けさせない。問答無用で殺す。敵に慈悲等必要ない。殺さなければこっちが死ぬのだ。だから殺す。付着した血を振り払い、少女を起こす為に部屋に戻る。はぁやれやれ、この国の警備体制これでも足りてないのか?

 

 ドアを開け、部屋に戻る。

 

 窓が開いていて、既に中に誰か入っているんじゃないか。

 

 ……嫌な予感がする。頭が痛い。やめろ、余計なことは考えるべきじゃない。

 

 足が重い。やめろ、余計な考えは捨てろ。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 

 一歩、また一歩と近づいていく。

 

 

 

 すぐそこまで近づいて来た。あとは布団をめくるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 布団をめくるために手を伸ばし、その場で止まる。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しめくると、彼女の黒い髪が見える。指が震えてるのが露骨に分かる。落ち着け。大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あ

 

 

 

 

 

 


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