四十五
目が合う。
ぱっちり瞳孔まで開かれたその無機質な目には、いっそ恐怖すら感じる。
生気があるのかどうかも分からない程に開かれたその目には、明らかに絶望の色が混じっている。
視線を下にずらす。顔から首へ、首から胸へ、胸から腹へ。
腹部を見たとき、手に何かを握っているのに気が付いた。
それはいつも俺達が使用している剣であり、ずっと使ってきた武器である。
何故そんなものを持っているのだろうか、その剣が伸びる先を見る。
よく見れば、彼女の手と剣は血で濡れている。そして、手から伝わって腹部、胸部も血で濡れていく。
「あ…………ぇ…………な……ん……で………」
彼女の手から伸びた剣は、俺の腹部へと突き刺さっていた。
それを確かめる様に手で剣を握る。ああ、確かに刺さってる。
呆然とする彼女の頬に触れると、剣を触った時に付着した血液が顔に塗られる。
「な……んで? え? う、そ。うそだ、そんな、そんな、そんな」
悪い、汚すつもりは無かったんだけどな。身体の奥から何かが上がってくるのを感じ、急いで手で口を押さえようとしてバランスを崩し少女に向かって倒れこむ。
ギリギリで体重を掛けずにベッドに手を当てるが、その所為で口を押える手が使えず液体が出てくる。
赤い液体――血液。
彼女に向かって吐血してしまったのでこれは後で怒られるなと苦笑しつつ、血で真っ赤に染まった服を見て申し訳無く思う。
「ぁ……あ、ああ……あああああ!!」
そんな顔するなよ、俺が不注意だった。まだやり直せる。
彼女の剣を引き抜き、そのまま首に突き刺す。
彼女の叫び声が響き渡り、窓の外に届いて行く。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ぶつぶつと、壊れたかのように同じ言葉を続ける彼女に申し訳なく思う。
大丈夫、死ねば会えるから。
四十六
――目が覚める。
ゆっくりと身体を起こし、隣のベッドにある膨らみを確認する。
ああ、良かった。無事だ。
顔を覗いてみると幸せそうな面で寝てる。ふにふに頬を触ると、むず痒いのか若干嫌そうな顔をして顔を逸らす。
生きてる。生きてるんだ。死んでない。
視界がぼやける。あれ、おかしいな。こんな風になるのは初めてだ。
あ、くそ。なんだこれ。全然無くならない。ああくそ、なんなんだ。
ここまで死に戻って、遂に頭の血管でも千切れたか?拭えきれず、必然的にポタポタと下に垂れていく。勿論下では少女が寝ているのでその顔にポタポタ垂れていく。悪い、さっきも汚しちまったのに。
少女の顔に垂れた液体を拭う為に布を手繰り寄せ、少女の顔を拭く。その動作の際に目が覚めたのか、ぼんやりと目を開ける。
相変わらず視界はぼやけたままだし、液体が零れ落ちるのも止まらない。
「ぁ……え、えーと、その、まだ私達、そう言うのは、早いんじゃないかなって、思うんですけど……」
ああ、ごめん。邪魔だよな。ちょっと今目が見え辛くて、ごめんな。少女の真上に居たからどく。
「……そうですよね、そうじゃないですよね……泣いて、いたんですか?」
泣く? ……ああ。
これが、涙か。
そうか。涙か。泣いてたのか。
俺はまだ、泣くほどの感情が残っていたのか。
自覚した途端更にポロポロと涙が零れ落ちる。駄目だ、止まりそうにない。
「……えいっ」
そっと手を伸ばして、涙を拭い続ける俺の手を取る少女。何故だろう、何も感じない筈なのに、どこかいつもと違う感じがする。
「……どうですか? 少しは落ち着きますか?」
『……■い夢■も、見■の?』
頭に、他の誰かの声が混じる。聞き覚えのある声でありどこか懐かしい声。急に頭痛が増し、いつもの数倍の痛みが頭を蝕む。くそっ、何でこんな時に限って――!
痛む頭と零れ続ける涙の中で、さっきの絶望した少女の顔が頭に浮かんだ。
それは、駄目だ。そんな顔して欲しくない。彼女らしく、笑っていて欲しい。
そうだ。そんな顔は似合わない。お前は笑っているべきだ。なあ、そうだろ。俺の手を握るその手を軽く握り返す。ああ、大分落ち着いたよ。ありがとう。
「……私も、泣く事はあります。私って結構弱虫なんですよ?」
……ああ、知ってるさ。少なくとも、俺やアレクセイが死んだ時の取り乱し方的に考えて。
「最初だって、苦しくて、悩んで、諦めて……そんな時にあなたが居たから立ち直れたんです」
そうだっ……え、そうだったっけ。ああ、そんな気もする。うん?そうだったっけ。やべぇ自信無い。
「……ま、まぁそんな事もあったんです。前にも言いましたけど、私達もあなたを大事だと思ってます。大切な仲間だと」
ああ、そうだな。俺もそれは今更疑わないよ。
キィ、と扉の開く音が僅かにした。少女もそれに気がついたのか、話そうとしていた口を止めている。
ああ、そうだ。仲間だ、守るべき対象なだけじゃない。共に戦う仲間だ。思い出せ。
窓から一人来る、対応できるか?
嬉しそうに笑顔になり、手を握り返してくる。ああ、そうだ。お前らしい。
「――はい!」
「――という事がありました」
「……もういい加減この国の防衛システム組みなおした方が良いんじゃないか?」
赤い髪を掻き上げた高身長の男性と、セミロングの髪を後ろで纏める――所謂ポニーテールの少女。
二人が椅子に座りながら、シュークリームの様な何かを口にして微妙な顔をしながら話を続ける。
「夜に侵入されるのが最早デフォルトになってきたな。夜勤システムを早急に組み立てる必要が……?」
「あ、私は年齢的に寝ますね」
「駄目だ」
がーんと口に出しながら変なのを頬張る少女。そして微妙な表情をしつつ話を切り出す。
「……ギリギリでした」
「……そうか。よく、無事で帰って来たな」
何時もとは違い、元気のない姿でそう言う少女。
「……疲れたなぁ」
吐き出すように、声が漏れる。恐らくその声には色々な感情が詰まっているのだろう。
「ふ、帰るのを諦めるか?」
「まさか」
諦めるわけがない、そう言わんばかりに目を輝かせる。
「私たちは帰るって決めたんです。だから帰る。帰って美味しい物食べて、温泉行ったりして、三人旅行して――ね?」
「当然だ。私だってそれは非常に気になるからな」
若干笑顔を取り戻し、手に持った変なのを口に一気に放り込み微妙な顔に戻って咀嚼する。
「……本当甘いだけですねこれ」
「……流石に味音痴が作ったとしか思えない」
二人して微妙な顔をして食べ終えて、少女が椅子から立って伸びをする。手を上に、思い切り背中を伸ばす。
「――よし!」
頬をパシンと軽くたたき、気合の一言。
「頑張ります。あの人は弱音何て吐きませんから」
「その通りだな。私の方が年上だ、少しは頼ってもらえるようにならなければ」
食堂を出て、廊下の窓から見える大きなグラウンド。剣を振り、ひたすら素振りをする数十人の男の姿がある。
「……うん、頑張らないと」
そんな呟きを残し、先に歩いて行った少女を見送ってアレクセイもグラウンドを見る。その視線の先には、剣の振り方を身振り手振りで何とか伝えようとしている黒髪の男がいた。
「……せめて君にもっと頼られるようにならなければな」
まだまだ先は長い――そう心の中で呟きながら、自らの仕事に戻る。戦いは続いているのだから。