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アレクセイを探すか、彼女を治療室に運ぶか。
選択肢は限られている。彼女は既に呼吸が浅くなってきた、このままではマズイことは一瞬でわかる。アレクセイもどうなってるか分からない、こっち側にはまだ居ないだけなのか、それとも――……分からない。
どうする、どうするどうするどうすればいい。彼女は治療しなければ、だがアレクセイも危機的状況にあるかもしれない。
くそ、どうする。ここでこいつらを全滅させようにも出来ないし、かと言ってこの距離では直ぐに追いつかれる。
考えろ、考えろ考えろ考えろ。俺に出来るのは考えて行動することだ。アレクセイは基地の反対側を担当しているから、アレクセイに合流するとなると基地に逃げ込んだ方が早い。だが、基地にこいつらを押し返すほどの戦力は既になかったはず。
基地に入って潜伏するか?いや、発見されるのは時間の問題だ。どうする、考えろ。
俺達の方向に数十人、アレクセイ一人に対してそれほど多くの戦力を割いてるとは思えない。そもそも反対側から戦闘の音は聞こえない。戦闘そのものが発生していないか、既に戦闘は終わったか。
どうにか時間を稼ぐか?いや、彼女には時間がない。急がなければ間に合わない。
こう考えてる間にも、敵は黙っていてはくれない。クソ、どうする。どうする、どうするどうするどうする。何か無いか。何だって良い、この状況をどうにか打破する方法は。
「――……置いて、行って、くだ、さい」
キュッと服の裾を掴みながら、喋るのさえ大変だろうにそう伝えてくる。断る、お前は絶対見捨てない。
苦しそうに浅く呼吸を繰り返す彼女を再度しっかり腕で抱きなおし、決める。
基地に逃げ込んで、他に生き残ってる奴がもしいればそいつを餌にして隠れる。少なくとも彼女の血を止めれれば、少しは戦闘できる。
ここから基地まで恐らく三秒程度、彼女の事を考えると五秒。敵に追いつかれるだろうし、どうにか回避しないといけない。もう、死に戻りで回避出来るとは限らない。この一回で回避しなければ。
できるのか?
全部俺一人で。
これだけの数を一人で捌けるか?
――捌ける捌けないじゃない、
――駆けだす。敵に向いていた身体を反転、基地を目標に足に力を込める。
その瞬間、背後から何かが飛んでくる気配がした。その物体を回避するよう、上半身を少し斜めにずらし避ける。
「おい、うっそだろ……!?」
飛んできたモノ――恐らく銃弾。不安定な体制のまま地面を蹴り加速する。最高速度にはならないが、彼女に負担をかけさせないためには仕方がない。
正面背後左右上――至る所からの警笛が脳に鳴り響く。
その全てに集中し、一つずつ処理していく。
上から斬りかかってきた野郎を急加速する事で回避し、背後からの攻撃をそいつに押し付ける。
左右から挟み込んでくる連中を、右に剣を振り斬る。一瞬でトリオン体から通常の身体に戻った奴を無視し、そのまま左側から詰めてきた奴を
正面に回り込んだ例の粒子化野郎に対し、どう対処するか一瞬逡巡する。
「――迷ったな」
その瞬間、彼女を抱えている重さを感じなくなった。なんだ、何を食らった。左腕を見る。肩付近に、奴の爪が生えている。腕が切断されたか。
しょうがない、一度死んで――
瞬間、剣を放り捨てて左腕と一緒に空中に留まっていた彼女を拾い上げ、そのまま右に転がる。
俺達の居た場所に、無数の爪が転移してくる。最後の仕留められそうな場所で切り札か、けどもう見えた。それはもう喰らわない。だけどどうする。剣が無いから死ねない。舌を噛み切るか?
いや、うまく行くとは限らない。死んでさっきの状況に戻れれば回避できるかもしれないが、舌を噛み切って即死できるとは限らない。即死できなかったら、その間に彼女が殺されて巻き戻れなくなるかもしれない。
駄目だ。ここで死ぬ方法は俺だけを殺してくれることを願うくらいしかない。
さっきのを考えればそれは現実的じゃないのがわかる。駄目だ、別の方法を探せ。
周り全てを囲まれてる、どうする。
「……なぁオイ、もう諦めたらどうだ」
喧しい、無視する。こいつの不意を突いて逃げられるか。逃げたとして他の連中が居る。そもそもこいつは爪を転移させて俺達を殺す事が出来る。その時点で逃げる場所を視界から最低限外さなければいけない。
クソ、どうするどうするどうする。右腕に抱えた彼女の血が染み出し、地面にポタポタと落ちていく。急げ、急げ急げ急げ。
視界が少しふらつく、恐らく斬られた腕からの出血だろうか――気にしない。出血多量で死んだところで俺は死なない。そんなもの考えるだけ無駄だ。
何がある、何が残ってる。手札は他に何がある。彼女の剣も、俺の剣もない。利き腕は斬り飛ばされて使用不能、彼女は死にかけ。何がある。考えろ、考えろ。
「……せめて、苦しまねぇように殺してやる。生身でここまで逃げたのは、お前らが初めてだ。誇れよ」
蹴る? 否、効果は無い。
殴る? 否、効果は無い。
目潰し? 否、効果は無い。
考えれば考える程詰んでいる、そう脳が認識してくる。今すぐ内臓そのものを吐き出してしまいたいと思うほどの吐き気と頭が物理的に割れるのかと言うくらいの頭痛が襲ってくる。自然と呼吸が荒くなる。
爪を手に転移し直して、どんどん歩いて近寄ってくる。どうする、どうするどうするどうする!考えろ!全てを捻りだせ!
視界が眩む。明確に迫る
今更死ぬのは怖くない。
怖いのは、この状況を打開する術がないと理解してしまう事だ。
「――あ?」
――刹那、歩み寄っていた敵の身体が縦に真っ二つに割れる。目の前まで迫って眼前が埋まっていたが、粒子化するよりも早くズレる身体の先の景色が見える。
赤い髪に、若干筋肉質で高身長。トリオン体ではない、生身で剣を両手に持つ男。
「――ッ」
一本を敵が転移しようとした場所に縫い付け固定化し、その間に立ち上がる。周りの敵もこちらに向かってきているが、それよりこっちの方が動くのが早い。
すぐさま基地に向かって走る。走るというより跳ぶと言った方が正しいかもしれない。地面を踏みつけ、その場を抉り爆発的な加速で基地に向かっていく。
視界が霞むのは相変わらずだが、まだ耐えられる。
基地に滑り込み、彼女を医務室に真っ先に連れていく。間に合え、大丈夫だ。間に合う、問題ない。
廊下を走りつつ、若干覚束ない足取りになったのでそれに気を付ける。
誰一人居ない廊下を走り抜け、医務室に到着し彼女を誰も使用した形跡のないベッドに寝かせる。彼女の苦しそうな顔を見ると心臓が鷲掴みされたかのような錯覚をするが、それは気にしない。
適当に机を漁り、置いてあった包帯を手に取る。いいのかこれで、だけど血を止めなければ。そうだ消毒、けど傷口とかそういうレベルじゃないぞ。どうすればいいんだ。
「――無事だったか」
開けっ放しだった扉から、アレクセイが入ってきた。頭から血を流し、左肩に穴が開いている。お前もヤバいな、治療しないと。
「正直、この基地を警戒するのもあと数十秒だろう。レーダーを回して、我々のような生身の人間が他に居ないか探索して終わりだ」
困った顔で左肩を抑えるアレクセイに、何も言えなくなる。いや、まだだ。大丈夫だ。先ずは治療して、俺が道を切り開くから、彼女はお前に任せて。
「……ふ、やはり君は――……」
そう言って、俺の持っている包帯を取って俺の左腕に巻き付ける。そう言えば肩から斬り落とされてたな。
「いいか、よく聞け」
アレクセイが真面目なトーンでそう切り出したので、彼女の元へ包帯を持っていきつつ話を聞く。
「――三人で生き残るのは、不可能だ。だから、君に全てを任せる」
…………何、言ってんだ?
腰にぶら下げていた剣を、右腕でぎゅっと握りしめるアレクセイ。そのまま俺達の元へと歩いて、腹から血を流し続ける彼女を見て嘆息する。
「全く、あれ程後悔は残すなと言ったのに……いいか。彼女はここの医療器具で生き残らせるのは無理だ。君の傷だって、今はまだ何とかなっているが出血多量で死んでもおかしくない」
そのままベッドに腰掛け、彼女の頭を撫でる。
「そして私も既にトリオン体は破壊され、基地に置いてあった
アレクセイが言ったその言葉が、ストンと胸に落ちる。
……ああ、わかってるよ。わかってるさそんなこと。だけど、だけど……それを、認めて何てたまるか。俺は、絶対に認めないぞ。
「ああ、わかっている。だから、最後の手段だ。誰か一人が生き残るために――いや、考えれば私の役目は最初から……」
若干晴れた笑顔でそう呟くアレクセイに、激しい頭痛を感じる。
何だ、何か手があるのか。お前が犠牲になるようなモノだっていうなら俺は認めない。彼女を見捨てるのだって認めやしない。三人で、戻るんだろ。
「ああ、
そう言って、アレクセイの持つ剣が淡く発光し始める。何だ、何してるんだ。
「彼女を中にしまい込むから、君のトリオン体を作る事は出来ない。だが、少なくとも彼女はこれで生き延びれる。だから、だから――……いいな。何時か、何時か彼女を救うために……!」
剣の光が増えた瞬間、遠くの方から爆発がする。どうやら基地を強引に突破してきたらしい。
「もう時間もない、か……君に全てを押し付けることを申し訳なく思う。だが、だが君ならば……」
どんどん光が部屋に満ちて、視界が明るく満たされていく。やめろ、やめてくれ。待ってくれ、何をしようとしてるんだ。
その光の中、アレクセイを止めようと腕を伸ばそうとして腕が無かったことに気が付く。クソ、何だ。やめてくれ、待ってくれ。何度だって死んでやるから、死んで見せるから。頼むから、待ってくれ。
そうだ、彼女は。彼女は大丈夫なのか。ベッドの方向に腕を伸ばし、ベッドそのものに足を引っかけ転ぶ。眩い閃光に満たされた視界の中で、微かに失った筈の感覚が蘇った。手に、人肌の感覚――ああ、まだ居るんだな。そこに居るんだな。
彼女の力の入らない手を握り、それに安心する。頼む、止まってくれ、何が起きてるんだ。
そして、彼女の温もりを感じて――唐突に、それが消えた。
何故だ、何でだ。どこに行った。おい、どこにやったんだ。
混乱と驚愕に脳を支配されて正常な思考ができないまま、光の中で声が聞こえた。
――