ワールドリワインド   作:恒例行事

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孤独

 ■■■

 

 

 首を斬り飛ばし、赤の斬撃を更に伸ばす。折り返し枝分かれした斬撃は、そのまま敵の身体を串刺しにし更に伸びて折り返す。ザクザクと全身を貫き、最早奴の身体に剣の刺さっていない箇所は無い――そういう領域になるまで伸ばす。

 

 

「テ、メェ……クソが、そう言う事かよ……!」

 

 

 今更何をされているのか気が付いたのか、必死に粒子化しようとするが遅い。既に効果は発動している。

 

 粒子が次々固定された赤い斬撃によって吸収(・・)されていく。粒子を吸収する斬撃は、みるみる内に赤く紅く朱く染まっていく。濃く、色濃く。まるで胎動しているかのように、トリオンを吸収し続ける。

 

 

「クソが、こんな辺境で――俺が、黒トリガー使いが……!」

 

 

 じわりじわりと、トリオン体そのものを削っていく。脚が、腕が、胴体が維持できず、次々と崩れ落ちていく。

 

 

「俺が、こんな場所で、こんな、トリオン体すら作れねぇ死にかけ野郎に……!?」

 

 

 そう言う間にも崩壊は止まらない。ボロボロ落ちていくそのトリオンの残りカスを見届け、赤の斬撃を巻き戻す。刀身は鈍く赤黒く光って、まるで生きているかのように感じ取れる。

 

 ――……あぁ……そう、なんだな。やっぱり、そうなんだ。

 

 胸の内に、ストンと事実がのしかかる。認めたくなかったけど、認めるしかない。ああ、嫌だ。嫌で嫌で、この現実から逃げたい。頭が痛い。吐き気もする。ああ、最悪だ。本当に――……最悪だ。

 

 トリオン体が解除され、その場に座り込む敵の元へと跳ぶ。先程までの、前までの圧倒的な戦闘能力は既に無く。そこにいるのは、ただの生身の人間が一人いるのみ。

 

「……ハァ、クソッタレめ。こんな奴がいるなんざ聞いてねぇぞ」

 

 俯きそう呟く敵を確認し、無意識に右腕が動く。脳裏で言葉が浮かび上がる。

 

 ――こいつが、二人を殺したんだ。

 

 感情が一気に噴き出る。自らへの怒りや失望、純粋な悲しみも全て殺意となって浮かび上がる。お前が、お前さえいなければ。お前は、お前が――……どんな言葉で言ったって、意味はない。殺す。それだけだ。

 

 剣に無意識に力を込めるが――堪える。ただの剣じゃない。二人なんだ。そう、二人そのものなんだよ。改めてそう認識し、再度胸が締め付けられるような感覚がする。俺は、俺は――

 

 

「……早く殺せよ。テメェら三人(・・)の勝ちだ」

 

 

 不意に、そんな声をかけてくる。嫌味かよ、皮肉かよ。大事な仲間を救えなかった、俺に対する挑発か。イラつく、ああイラつく。お前の言う通りだよ。俺は所詮、一人じゃ何もできないんだ。だから、だから……せめて死のうと。喪わないために。死んで、巻き戻して。何とかしようと、必死にもがいて。

 

 それでも足りなくて――結局、助けられた。自分の情けなさに、心底怒りが沸く。沸くが――どうこうしようという気にもなれない。でも、こいつだけは殺す。殺して、そのあとは……そうだ。二人を元に戻さないと。悔やんでる場合じゃない。折れている場合じゃない。

 

 俺に託してくれたんだ。信じてくれたんだ。命を、預けてくれたんだ。助けてくれたんだ。俺はまだ、何も返せてない。

 

 共に旅行をして、好きな物を食べて。好きな様に生活する――そうだろう。まだだ。まだ、こんな場所で折れている場合じゃないんだ。

 

 ああ、そうだ。俺の勝ちじゃない。俺達、三人(・・)の勝ちだ。お前が負けて、俺達が勝ったんだ。そう、勝ったんだよ。勝ち、なんだ。

 

 勝ちなのに、勝ち、なのに……こんなにも、悲しい。胸に穴が空いたようで、それでいて常に締め付けられる。

 

 剣を握り、振るう。トリオンを籠める事もなく、首を斬る。躊躇いもなく、スッパリと一撃で斬り落とす。地面にゴトリと落ちる生首を見て、特に何も考えずにトリガーを漁る。たしかこいつは、黒トリガーだった筈だ。

 

 そうだ。これを持って、拠点に帰れば少しは手柄になるだろう。

 

 二人のためにも、そうだ。手柄を立てて、侵略の部隊に――……なる必要は、あるのだろうか。黒トリガーを解除するのに、何が必要なんだろうか。そこを考えないといけない。

 

 これがトリガーだろうか、腕に巻かれているバンドを見る。……こんな、こんなモノで。二人は苦しんで。犠牲になって。剣になったのか。

 

 

 何がトリガーだ。何がトリオンだ。そんなもの、一ミリだって欲しくは無かった。俺は、俺達はただ――少しでも、幸せになりたいと願っただけなのに。

 

 

 ……戻ろう。拠点に。

 

 二人を連れて、戻ろう。

 

 俺が絶対助けるから。頑張るから。倒壊した瓦礫の中から、鞘を探す。流石に抜身のまま持ち歩く気にはならない。ただの剣ならそれでもいいが、大事にしなければ。

 

 武器と言う認識などではない。二人を振るうなど、最初は出来なかった。振るえるようになるまで何度も繰り返した。無駄にしたくなくて、絶対に何かの糧にしないといけないと脳と身体に刻み込んで。

 

 鞘を腰に着けようとして、片腕だからとてもやりづらい事に気が付く。ああ、不便だな。でも、俺はこうやって一人で生きていける。呼吸ができる。

 

 でも、二人はそれすらできない。贅沢なんて言う気にならない。俺の為に、こんな姿になっているんだ。

 

 何とかぶつけたりしないように鞘に納めて、例のトリガーを右腕に口を使って嵌める。これくらいは良いだろう、許せよ。お前も中に人がいるのだろうか。そう考えると、無駄に考えてしまう――やめよう。

 

 俺にそんな強さは無い。現実を受け止めるのですらギリギリなんだ。俺がやるべきことは、二人を元に戻す事。

 

 探そう。黒トリガーから元に戻す方法を。考えよう、時間が無くなれば死ねばいい。

 

 

 拠点に向けて、歩き出す。どれだけ時間がかかるかなんて知らないが、帰ると決めたんだから帰る。死なないんだし、それくらいの無茶はしても許されるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無茶ばかりしたら駄目ですよ!(君は無茶ばかりするな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、後ろを振り向く。当然そこに広がるのはただの瓦礫のみであり、二人の姿は無い。――……さっきまでいた二人がもう居ないと考えると、ますます胸が苦しくなる。ああいや、居るにはいるんだ。でも、声は聞こえないし、声は届かない。想いも聞こえない、届かない。

 

 頭痛が響く、吐き気がする。……駄目だな。でも、忘れたくはない。ああ、うん。忘れるより、聞こえた方が断然いい。仮に幻だとしても、その記憶が薄れるよりはいいのだ。その大事な物を抱えて、俺は生きていきたいから。

 

 頭の中で浮かび上がる、プンスカ怒る彼女とため息をついて呆れる表情をするアレクセイの姿に、ああ、何だと思い――唐突に、涙が出る。

 

 会えないんだ。もう、会えない。悲しい。悲しいよ。ああ、クソ。涙が、止まらない。

 

 ボロボロ目から溢れて地面に落ちていく涙を眺め、拭く様な事もしない。そうする気力もない。

 

 

 

 

 

 

 ――……ごめんなさいは、こっちの台詞だ。

 

 

 

 

 

 

 頬に感じる筈のない仄かな熱を感じながら、その感情に身を任せる。浸かる様に、染み込ませるように。

 

 

 

 

 

 

 ……少しくらい、こうしていても許してくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ぼやける視界に遠い空の色を感じながら。静かに、涙を零し続ける。噛みしめるように、忘れないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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